後悔先に立たず
「姉さん、少し待っててください」
俺はノーラの体を、比較的無事な家の中に置き、ネリとナトラを探しに行く。
既に兵士は撤退を開始しているようで、生きている兵士はどこかへと集合しているようだ。
俺はその集合場所に近づかない様にしながら探す。
できるだけ戦闘は避けたい。やはり、人を殺すことに罪悪感が全くの皆無というわけでもないのだ。
それでも、先ほどの連中を殺して後悔している、などはありえないが。
はっきり言って、殺すだけじゃ足りない。地獄まで付き添って、業火に包まれている姿を見たって満足するわけもないのだが。
……この思考はやめよう。今は、ナトラとネリだ。
ニューラとサナは大人だし、今は兄妹と会いたい。
一番近くにいたのがネリだし、この世界では親よりも兄妹の方が好きだし。
村を駆け回っていると、まだ生きている村人もいた。
怪我をしている者には回復魔法を使ってやって歩ける程度には回復させて、家族の情報を聞き出して避難させていく。
避難場所の確保はアルバートがしてくれているらしい。
ニューラは村で騎士団を率いて兵士と交戦しているのを見た者がいた。サナは、ニューラと一緒にいたところ見た者と、一人で避難所の方へ行く姿を見た者がいた。
ナトラは自警団を指揮して避難誘導を行っていた。ネリはナトラのそばにいた。
情報はこれだけだ。
俺は目撃した場所を優先的に周り、4人を探す。
村を駆けずり回っていると、アレルの森の入り口方面から剣戟が聞えてきた。
急いでそちらへ行こうとするが、
「あん? ガキが残ってるじゃねえか」
集合場所に移動中であろう兵士と鉢合わせてしまった。
くそ、時間がないってのに……。
「邪魔ッ!!」
俺は火魔法を唱え、魔力を惜しみなく注ぎ込む。
特大の火球が出来上がり、それは鉢合わせた兵士全員を飲み込むほどの大きさだ。
絶叫を迸らせる兵士など目もくれず、剣戟の音がする方へと急ぐ。
だが、そこへ着く前に剣戟の音は消えてしまった。
間に合わないのか!?
「――兄さん!?」
ようやく見えた人影は、紛れもなくナトラだった。
しかし、ナトラは地に倒れ伏して動かない。倒れている場所には血の海が出来上がっている。
俺はナトラを抱え上げる。
「兄さん、しっかりしてください!」
回復魔法を唱えながら、そう呼びかける。
しかし、回復魔法など効果がないように、傷が塞がらない。血はどんどん溢れてくる。
「ネロ、か……?」
「そうです、ネロですよ! すぐに治しますから、あんまり喋らないでください!」
「い、い……それよ、りも……“人喰い……将軍”、を……」
「何を言ってるんですか! 今はそれどころじゃ――」
「ネリが、連れて行かれ、た……」
「……え?」
「まだ、間に合う……から、急げ……!」
「でも……」
「いいから……早く……!」
「……!!」
先ほどの剣戟は、ナトラと“人喰い将軍”のものだったのだろう。
だがナトラは負け、一緒にいたネリは……攫われた?
しかもナトラの傷は治る気配がない。マンイーターに斬られたら回復魔法を打ち消す呪いでもかかるのか?
ナトラは口から血を吐き、苦しそうに呻くが……俺にはどうしようもできない……。
だが、それでもナトラは近くに落ちていた自分の剣を手に取ると、それを支えに立ち上がろうとする。
「兄さん!? 大人しくしてください!」
「俺、よりも……ネリを、心配しろ……!」
「……わかりました。だから、大人しくしてください。僕が、ネリを連れ戻します」
そう宣言すると、ホッとしたように息を吐き、再び倒れ込むナトラ。
「悪い、な……本当は、兄の俺、が……いかなきゃ、いけないんだが……」
「わかりました。だから、もう喋らないで。そして、絶対に死なないでください!」
俺は近くにあった家からタオルなどを拝借し、傷口に押し当てる。
それから、軽傷で済んでいる村人を何人か呼び、ナトラを任せ、俺はナトラが使っていた剣を拾い上げて兵士の集合場所へと向かう。
兵士が集合していたであろう場所には既に人影はなく、しかし足跡が残っていた。
帝国の兵はアレルの森へと向かっていた。
足跡を辿って俺もアレルの森へと入り、追いつくために走る。
どうせ敵は獣並みの勘と感覚器官をもっているんだ。隠れたってすぐに見つかるなら、堂々と行こうじゃないか。
足音や踏みしめられた草を頼りに、真っ直ぐに帝国兵を追う。
「いた……!」
前方に、待ち構えるようにして兵士が並んでいた。
そして、その中心にはネリを小脇に抱えた“人喰い将軍”と思しき人物。
そいつは一言でいえば、人型のライオンだ。たぶん、レオ族と呼ばれる種族だ。
ネリは気絶しており、起きる気配が一切ない。
ここじゃ火魔法は使えない。……タワーリングインフェルノは炎なのか? よくわからないが使わない方がよさそうだな。
別の魔法がないか、俺は魔導書を開く。
すると、また初めと同じように勝手にページが捲られていく。
開かれたページの詠唱を、同じように読む。
「闇より這い出る混沌よ、その力を振るう愚者は我なり。
天を覆う黒き闇よ、今ここに集え。
冥界より出闇は、この世の光を塗り潰すもの。
悪魔の力をもって、光を貫け。【イビルショット】」
唱えると同時に、黒い小さな球が一つ浮かび上がり、そして待ち構えている兵士一人一人に、黒い線がレーザーのように伸びて射抜いた。
寸分違わず急所を貫き、声もなく絶命する。
「ほう、こりゃすげぇ」
中心のライオンがつぶやくが、そいつは傍にいた兵士が守っていた。
「魔術師ならば、私が」
今度はオオカミか? ウル族とか言ったっけ。
そいつは俺の魔導を、どうやら剣で切り払ったようだ。
魔術を斬る……普通は無理なはずだ。熟練だろうがなんだろうが、魔術関連の動力は魔力だ。魔力は流動的で実体など持たない。斬れるわけがないのだ。
だとすれば――
「聖剣かよ……」
「見抜きましたか」
どうやら正解らしい。
魔剣の将軍に、側近が聖剣ね……。そりゃ勝てそうにないわ。
そしてオオカミの持つ聖剣、あれは魔力を吸い取り、自らの魔力に変換するものだろう。魔術が吸い込まれたように見えたし。
「この聖剣の名は【マジックアブソーバー】といいます」
「魔術無効化、しかも自分の魔力に変換機能付き……獣人族にはもってこいの武器だな」
「まったくです」
「――だけど」
その吸収量、超えたらどうなるんだろうなぁ?
「止まることを知らぬ水流よ、今ここに集え。
流れをかき集め、彼の者を撃ち抜け。【アクアボール】」
俺の全魔力を注ぎ込むような感覚で、詠唱する。それでも魔力を使い果たすことはなかったが、今までで一番大きな魔法になっただろう。
魔導は使い慣れていないし、万が一暴走でもしようものならネリが危険だ。
アクアボールは半径5mほどの特大の水球へと変わり、その大量の水で兵士を押し潰すように飛んでいく。
「これは……!」
驚愕の表情を浮かべるオオカミ。それでもマジックアブソーバーを構え、迎え撃つ態勢に入る。
……だが、そんなことを予測できないわけがないだろうが。
俺はオオカミの目が水球に行っているうちに、風魔法で加速しながら一気にオオカミに肉薄する。
「なッ……! 魔術師が接近戦など……!」
「できないって決めつけたのはお前だ」
予想外の攻撃に目を白黒させているオオカミを、ナトラの剣で切り伏せる。
そのまましゃがみ、水球の進路から外れる。水球はオオカミに当たらなかったことで、標的をライオンへと変えて飛来する。
「ほう! なかなかやるじゃねえか!」
ライオンはそう叫ぶと、跳んで躱した。
な……! 軽く跳ぶだけで10mの水球を避けるのかよ!?
「何、あの村で大体100人は斬ったからな。元の身体能力から、大体100倍だ」
「人喰い……か」
「おう。なんかそう呼ばれてるらしいな」
チッ、こいつ、ふざけているのか、子供相手だから余裕なのか。
一切緊張感がない。
「アガイドは甘いな。魔術師相手には慢心するなと、あれほど言っておいたんだが……」
ライオンはそうつぶやきながら、鬣? を掻く。
「それにお前も容赦ねえな。妹のはずだろ? オレごと水球ぶつける気か?」
「寝坊助だから冷水ぶっかけるのがちょうどいいんだよ」
「はっはっは! そうかいそうかい!」
ライオンは何がおかしいのか、いきなり大声で笑い出す。
その声は、不快でしかない。
ひとしきり笑うと、ライオンはすぐに真面目な表情を作り出した。
「さて、そろそろ仕事するか。“人喰い将軍”ガルガド・レオルガ、推して参る」
ライオン……ガルガドは宣言すると同時にマンイーターを抜き放った。
マンイーターの刀身は赤く、血で染められているような鮮やかさだ。
「名乗ることを許してやるよ。5秒凌げば、覚えてやる」
「……“黒の魔導師”ネロ・クロウド」
別に覚えさせるような無駄なことをしてやるつもりはないが、それでも対抗するように俺は名乗る。
黒の魔導師だって、別に魔導書を使えるんだから名乗ったっていいだろ。
「ハッ! 最ッ高だなお前!」
嬉しそうにガルガドが叫ぶ。
何が最高なのか。魔導師か? そう名乗ったことか?
どうでもいいか。
どうせ、詠唱する暇さえ与えてはくれないのだろうし。
俺の思った通り、ガルガドは一気に肉薄してくると、魔剣を横薙ぎに振るった。
俺はその攻撃をしゃがんで躱すと、逆袈裟に切り上げる。
ガルガドは俺の攻撃を、身を軽く下げるだけで避け、そして強く踏み込んでくる。
「妹をもっと大切に扱ってやれよ!」
俺は大上段からの切り下げを、転がって躱し、すぐに態勢を立て直すと跳んで首元を狙って襲い掛かる。
「どうせ避けるんだから心配ないね」
首を狙った俺の攻撃を、ガルガドは魔剣で防ぐ。
「オレを買ってくれるのは嬉しいが、それだと妹が可哀想だろ?」
「大体、僕は遠距離系なんだよ。近接は妹の領分。なのに寝てる方が悪い」
魔剣と打ち合っている箇所を軸にして剣を弾くと、一旦距離を取る。
「はは、そりゃ悪いな」
「……ていうかさ、なんでネリを攫うの? 僕をおびき寄せる餌なら、お役御免じゃない?」
「いやいや、オレの話になるが、まあ聞け」
「剣戟の中でどう、ぞ!」
俺は喋っているガルガドに容赦なく攻撃を加え続ける。
「お前程度ならいくらでも凌げるさ。……あのなぁ、オレは軍人よりかは教官職の方が向いているんだ。ま、そこのアガイドもオレが師事したんだが、出来はよくなかった。で、オレは才能のある奴を育てたいと思ったんだ」
ガルガドはネリを抱え、喋っているというのに、俺の攻撃をすべて受け止めている。
くそ、これならもっと剣術を習っとくんだった。
「……お前もなかなかの伸び代を持っているが、このガキにゃ劣る」
「そうかい。僕はてっきりお前はロリコンなのかと思った」
「ろり……なんだ?」
「少女趣味の変態」
「それだけは強く否定する。大体、オレには既に妻子がいる」
「へぇ、少女趣味のくせに」
「てめぇ殺すぞ?」
ガルガドは引きつった笑みを浮かべ、そういった。
「おかしなことを言うね。僕を殺すんじゃないの?」
「そういう命令でもあったが、今はそんな気にゃならん。5秒凌いだしな」
「……命令?」
「気にするな。……言っちまえば、この戦争はかなり黒いぞ」
「……どうもありがとう。変態おじさん」
「はっはっは。それ以上言ったら脳天かち割る」
「で? 命令に背いてでも、僕を殺さない理由は?」
「お前を殺すと、こいつが自殺でもしそうなんでな」
「……そうかよ」
「オレはこいつを育て上げる。帝国一、いや世界一の剣豪にな。期待して、お前は魔術でも磨いてろ」
「期待したいが、ネリを連れて行かれると僕が死にそう」
「んなわけねえだろ。お前は強い」
「……姉さんを殺しといてよく言う」
「そいつは悪かったな。だが、人間いつかは死ぬもんだ」
「ふざけるな!!」
ガルガドの魔剣を強く打ち払い、叫ぶ。
「それが今である必要が、どこにある!? そういうことを言っていいのは、天寿を全うした奴だけだ!! 姉さんは! これからだったんだぞ!?」
「なら弱かっただけだ」
「詭弁だ! 弱けりゃ誰でも敗者になるなんて――」
「強くたって敗者になる」
俺の言葉を遮り、ガルガドが言った。
そして、一瞬の間に俺に近づき、魔剣を手放すと俺の首を掴んで持ち上げる。
「生き残った奴が強いんだよ」
「そ、んなこと……!」
「お前が近くに居ながら死んだなら、お前含めて弱かった。だが、お前は生かしてやる。感謝しろ。そして……強くなれ。世界ごときに、負けんじゃねえ」
「……! お前……!!」
「後悔は先にも役にも立たん。なら、どうすればいい?」
「……強く、なる……」
「そうだ。それでいい。強けりゃなんだってできる。身体だけじゃねえ。知力も、活力も、気力も財力も識力も権力も魔力も体力も集中力も実行力も競争力も、何もかもすべてにおいて! ……強くならなきゃ、後悔する」
ガルガドの言葉には、妙な説得力があった。
俺だって、そのくらいのことはわかっていたつもりだ。なのに、ガルガドが言うだけで、実行しなければと、強く思える。
次第に首を掴んでいた手に力が込められていき、意識が遠退いて行く。
「今は寝てろ。……お前の本当の姿を、オレは待ってるぜ」
それが、ガルガドから聞いた最後の言葉だった。
そして、最後の際に聞き取れた、微かな声は――
「にい、ちゃん……?」




