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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
建国編 奔走する魔導師
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第十八話 「赤色の場合」

「フレイヤ様!」


 俺は、女王の前であるということを忘れ、大声を上げていた。王城の一室に俺の声が反響した。


「何でしょうか、グレン」

「これは、この条文は本気なのですか?」

「――本気でなければ盛り込みません」

「しかし、これではあまりに一方的過ぎます」

「ではグレン、あなたの調査に不備があったと?」


 確かに。

 確かに俺は、フレイヤ様の命に従ってウルフディア家、特にサミュエルを監視してきた。

 その結果に彼がクーデターを企てていたことを突き止め、報告を行った。だが、これはあまりにも出来過ぎている。ネロでなくとも、俺ですらわかる。これは、罠だ。

 サミュエルがノエルとの結婚を妨害された報復をしようとするのは容易に考え付く。だからこそ、良い尻尾になる。フレイという蜥蜴の尻尾に。

 サミュエルは尻尾に過ぎない。今、本当に斬り捨ててしまえば、蜥蜴を追えなくなってしまう。


「不備は、ありません。しかし今一度お考え直しを。フレイヤ様の敵は、国内、ひいては城内に多くいますが、だからといって彼らをむやみに斬り捨ててはなりません」


 フレイヤ様が書いたというこの勅令の内容は、あまりに無慈悲だ。俺が突き止めたクーデター参加者をすべて処刑とし、他にも疑いのあった者を軒並み処罰対象としている。

 疑わしきは罰せよ、そう言っている。


「あなたの意見など聞いていません。とにかく、それを公表してください」

「……できません。あなたは、本当にフレイヤ様ですか?」

「何を言っているのですか。私に刃向うというのなら、あなたでも容赦いたしません」


 俺は、フレイヤ様と睨み合いのようになってしまう。

 ……今はどうにかできるものではない、か。


「私がどうなろうとも構いません。ですが、この勅令だけは今一度お考え直しください」

「く――ぃ、あ……わかりました。公表は、待ちます」

「ありがとうございます」


 頭を下げ、俺はフレイヤ様の前を去った。



★★★



 こんな時、あいつなら……どうにかできたのだろう。

 だが、俺にはどうにもならなかった。これが、俺と奴との差だ……。


 通信水晶、と呼んでいたか。ネロにもらった水晶を目の前に、俺はかれこれ小一時間ほど悩んでいた。

 ネロに助けを求めるなら、これを使えば一瞬だろう。奴なら……きっと駆けつけてくる。

 デトロア王国の居心地が悪いとはいえ、フレイヤ様のこととなれば、奴はきっと来てくれる。

 来てくれる、だろうけれど。

 呼んで、どうするというのだ。奴が解決してくれるのを、やはり傍から見ていることしかできないのではないか。

 それでいいのか。

 それで、いいのだろうか?


 また奴がどんなことをやらかすかわからない。

 ノエルとウルフディアの結婚を破断した今、デトロア王国の世論は真っ二つだ。ネロの横暴に対する怒りやフレイヤ様の融和政策への反発から生まれたフレイ率いる派閥。フレイヤ様の融和政策を是とし、フレイ率いる派閥の強引な手段を牽制したい派閥。現状では、前者が優勢だ。

 今度こそ奴の介入により、二つの派閥に決定的な亀裂が入ってしまえば、国政どころではなくなってしまうのではないか。

 どうしたらいい?


 実家に助けを求めるのも手ではあるが、レギオン家当主である父は、派閥に所属しているわけではないが、フレイの思想寄りだ。フレイヤ様の勅令を吉報とする可能性は高い。

 それではダメだ。これまでのフレイヤ様を理解しており、今のフレイヤ様が変わったとわかる人物でなければ。

 ……一人、いるか。

 正直、俺はあまり得意な人物ではない。だが、現状どうにもならぬのであれば、頼るしかあるまい。


 そう決め、俺は部下に学園長を呼びつけるように指示を出した。



★★★



 クレスリト魔法学園の学園長を呼びつけると、その日のうちにやってきた。

 場所は王城にある俺の部屋だ。魔導書のサンクチュアリを使い、警戒を行う。


「珍しいな、君から私を呼びつけるなんて」

「あなたこそ、早かったですね。明日でも構いませんでしたが」

「ちょうど王太后に用があったからここにいたのさ。どうかしたのかい?」

「実は――」


 俺はフレイヤ様について、学園長に話した。

 先日から少しずつ様子がおかしくなってきたこと、今日のフレイヤ様の様子、そして勅令の内容。

 まだ公表していないことばかりで、本当は他言無用のことばかりだ。が、俺では抱えきれない。

 この人も口が堅いとは言い難いが、それでも王太后との関係もある。きっと黙っていてくれるだろう。


「待て待て。私に政治のことを聞かれても応えかねるぞ」

「政治については聞いてはいません。フレイヤ様の様子がおかしいことを、誰かと共有しておきたかったのです」

「なるほど……確かに学園時代の彼女を思えば、少し過激になっているように思うが……聞いた限りでは何とも言えん。そもそもフレイヤ様の敵は城内に多い。厳しくしても良いと私は思うがね」


 そうか……これは俺が直接フレイヤ様と関わっているから、感じている違和感なのだろうか。であれば、これくらい普通なのか?


「どうしても気になるというのなら、私ではなくネロに訊いた方が早いんじゃないか?」

「いえ、奴に訊いて、問題に介入されてはどうなるかわかりませんので」

「ま、そうだな。ノエル様の一件もある。話しにくいのはわかるが、友人として聞いてみればいい」

「友……人……?」

「なんだその反応は。まさか友人ではなかったのか?」

「いや……その、俺の思う友人と奴との違いが大きすぎて」


 友人というのは、もっと気軽にいろんな話ができる人のことではないか? 奴と話すといつも言い争いになってしまっている気がする。

 奴は俺にとって友人なのだろうか? その定義に入らない気もするが。

 学園長は俺の反応に大きなため息をつく。


「ネロから通信水晶を受け取っているのだろう? それを使えばいい」

「しかし……」


 俺が迷っていると、通信水晶を手に取った学園長が勝手にネロと通信を始めてしまった。


「ちょ、何をしているんですか!」

「おお、ネロか。今大丈夫か? 大丈夫でなくともグレンの悩みだ、聞いてやってくれ」


 水晶からネロがぎゃんぎゃん騒いでいる気がするが、お構いなしに学園長が水晶を投げてくる。


『――ったく、グレンか? 今ちょっとだけ忙しいんだわ。手短にお願いできるか?』

「あ、ああ……えっと」

『まーお前のことだから、どうせ姫様関連だろ。お前で解決できねえってことは政あたりで、姫様のことで問題が出るなら――方針の転換でもしたか?』


 ――こいつは。

 よくもまぁ、ここまで言い当てられるものだな。

 気持ち悪い。


『おい、今失礼なこと考えたな?』

「どこまでも見透かすからだ。それと……当たりだ」

『いいぜ。詳しく聞かせろ』


 俺は、できるだけ手短にネロに、フレイヤ様のことを伝えた。


『はーん。姫様が過激に走ったか――イズモ、もうちょいかかりそう……わかってる、できるだけ急ぐ』

「貴様はカラレア神国か?」

『まーな。カラレア神国とヴァトラ神国、そんで俺の国で協定を模索中。ちょっと難航しててな』

「どうせ貴様が無茶な要求を吹っかけているからだろう」

『お前だって見透かしてんじゃねーか』

「これくらい誰でもわかる。それより」

『ああ……その姫様がおかしくなった日以前は、フレイヤはヴァトラ神国との新しい友好条約の取り決めを行っていたんだな』

「そうだ。ヴァトラ神国から戻ってきて、その日はお休みになられていたのだが……まさかヴァトラ神国の仕業か?」

『違う……と言いたいが、否定材料はあんまりないからなぁ。その線は薄い、ってくらいしかいえねえが、注目すべきは、それまで長期間王国にフレイヤがいなかったってことじゃないか?』

「確かにヴァトラ神国への往復を考えれば、相当な時間がかかるが……」

『お前も姫様と一緒だったんだろ。王城にいた奴にその時のことを聞いたら少しは何かわかるんじゃねえか?』

「だが、フレイヤ様が変わったのは帰ってきてからだぞ」

『帰ってきた直後、だろ。だったら何かしら、誰かしらが用意していた可能性が、ゼロじゃない。こと姫様は国内に敵が多い。姫様とお前がいたヴァトラ神国で何かがあったと考えるよりかは可能性が高いと思うけど』

「……そう、だな」


 確かにそうだ。

 フレイヤ様の様子は、ヴァトラ神国に行って帰るまで変わらなかった。何か時限式の魔法だったするなら、フレイヤ様が気付かないはずがない。

 だったら、帰ってきたその日、その時に何があったのか。

 そこが重要になる。

 ネロの言う通り、帰ってきた直後に変わったのであれば、何かしら準備が必要のはずだ。

 だが。


「部下の報告では特に変わったことはなかった」

『バッカお前、お前の部下皆お前のように姫様盲信じゃねえだろアホ』

「口が過ぎるぞ!」

『良いから訊け。せめてお前がわかる範囲で、姫様側の人物を探せ。そして不在の間に変わったことがなかったか聞け。なかったのなら、なおさら疑え。穴を探せ。王城のように人の多い場所なら、首謀者はどれだけ用意周到にしようとも、必ず誰かしらに見られている。見られていないのなら、絶対に見られない場所を突き止めろ』

「……わかった。こちらで調査してみる」

『ああ。悪いが、今は俺もすぐには動けない。手詰まりになったらまた頼れ。そっちに行けないかもしれないが、アドバイスくらいはやれるよ』

「ああ。期待している」

『姫様を頼むぞ。そっちは危険が多いからな』

「任せろ……とは言いにくい。何分こういったことは苦手だ。が、全力は尽くす」

『それでいい――ああ、もう終わる。すぐ行くから、急かすな。グレン、奴らの存在を忘れるな』

「――わかっている」

『じゃ、また困ったら連絡してくれ』


 ネロはそういって、通信を切った。

 俺は少しだけ肩の荷が下りた気分になった。


「お礼は言わなくて良かったのかい?」


 学園長が、茶化すように言ってくる。


「そんな間柄ではありません」

「お礼は大事だぞ。いざという時、言い慣れてないと言えないんだから」

「ちゃんと全部片付いたなら、言いますよ。きっと」

「そうかい。ちゃんと、片づけるんだよ」

「ええ。わかっています」


 そう、言って。

 俺は決意する。フレイヤ様を、このまま見捨てはしないと。必ず、以前のフレイヤ様に戻ってもらう。

 そう、決意した。



 ……した、のに。

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