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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
建国編 奔走する魔導師
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第十七話 「計画進行」

 ノエルとの結婚をヴァトラ神国は特に反対しなかった。いや、できなかった、のだけど。借金の形にもらったようなものだけど。

 経緯はどうあれ、ノエルはこれでホウライに住めるようになる。ちょくちょくヴァトラ神国に帰るようだが、転移魔法陣を使えば一跳びだ。

 転移魔法陣の縮小や効率化については、ドルード族の知識やノエルのサポートでかなり改善されてきている。ホウライからヴァトラ神国となるとそれなりの魔力量が必要になるが、それでもだいぶマシになった方だ。

 そして今、俺はデトロア王国への介入をできるだけ避けている。あれだけの大事を起こしてしまっているので、やろうにもできないと言った方が良いか。

 なので、内政の方を重点的に行っている。

 厄介な問題の一つは、自種族以外の他種を食糧として見ている種族たちへの対応だ。

 だが、この問題に関しては意外な奴が解決策を提示してくれた。

 ジギルタイドだ。奴は私にお任せを、と叫んで姿を消すと、翌日には報告に上がった。

 王城の一室で城下町の調査書類をまとめていた俺の下へとやってきたのだ。

 ジギルタイドの姿は、パッと見ルガー族に見える。ルガー族に取り入るためにわざわざ姿を変えたのだろうか。割と賢いのかこいつ……?


「我が主よ、成功いたしましたぞ!」

「お、おおそうか。何が成功したんだ?」


 何も説明せずに飛び出したから、俺はお前が何をやったのか全然知らないんだ。


「食べ物というものは美味しければ美味しいほど良いものでございます。不味ければ食べはしません」


 ああ、確かにそうだ。

 食物連鎖の頂点に人が君臨しているのは疑いようのないもの。人はいろんなものを調理して食べている。昆虫食だってあるくらいだし、それをおいしいと思う人もいる。美味しいから、食べるのだ。

 生きた化石などと呼ばれる魚もいるが、あれは単に美味しくないから生き残っている、とまで言われているのだから。

 あとは、物理的に手が届かないところにいる生物とか。深海魚とか。


「ですので、人のどこがおいしいのかを聞きだし、より美味しいものを魔物で用意してやりました」

「まぁ……理に適っちゃいる、のか。でも良く納得したな。普通、不味くても今まで食べてきたものをいきなり食うなってのは、無茶な気もするけど」


 口に合わないとか、中には文句もだろうし。


「ええ。しかし、抜かりは在りません。食べる人の部位を聞き、同じ食感、味、肉汁など、あらゆる部分で上位互換となるものを用意したところ、今度からはこれを儀式にも宴にも何もかもに代替すると宣言されておりました」

「マジかよ頭良いじゃねえかお前」

「お褒めに与り光栄至極!」


 恭しくお辞儀をするジギルタイド。

 まぁ、こいつが魔物に詳しいのって、それだけ魔物を食べてきたってことなんだろうけれど。

 魔物ならいっかー。俺たちも普通に食べてるしー。

 希少種とかでなければ別にいいか。


「ついでに儀式など特別な行事に使うとのことでしたので、特別感が出るように希少種を選びました」


 おっとっと。俺の考えが。

 とはいえ、確かにその方が特別感が出るな。祝いの席というのなら、その辺ですぐに食べられるものを用意するよりは高級食材の方が豪華さを演出できるし。

 爆食いしなければ大丈夫だろう。


「そうか。助かったよ。なんか褒美とかいるか?」

「主に褒められること以上のものはいりませんとも! 主を傷つけるものは排除せねば」


 そりゃ安上がりなものだ。


「ですが、お願いを一つしても良いですか?」

「うん? 珍しいな。内容によるが……構わねぇよ」

「今度の迷宮探索の際はご一緒させていただきたいのです」


 迷宮探索の同行?


「何分この世界の魔物はほぼ味わってしまいまして……迷宮であれば私も知らぬ魔物がいるかと思いまして!」

「ああ、なるほど……」


 そういうことか。

 まぁ、別にそれくらいなら良いか。いつになるかわからんけどな。


「では、残っている種族たちのもとへ行って参ります」

「また報告よろしくなー」


 ジギルタイドは窓から颯爽と去って行った。

 割れたガラスで俺が怪我したらどうするつもりだったんだろう、あいつ。



☆☆☆



 食人主義の種族はジギルタイドに任せるか。

 こっちはこっちでやることがあるしな。

 俺は調査書類を読み、まとめ終えると部屋から出る。

 そのまま廊下を抜けて階段を降り、正門の扉を開けて外に出る。


「どこに行かれるのですか?」

「リリックのとこだ」


 いつも通り何の気配もなく俺についてきたレイシーにそう返す。

 リリックに用があるのではなくて、主に技術開発の進捗確認だ。

 今開発部に依頼しているのは、蒸気船の開発と結界魔法陣の研究だったか。

 蒸気船の方から先に確認しようと、マフラーを展開して海辺へと向かった。こちらについてはある程度完成はしている。先の結婚騒動の際に、オルカーダ艦隊がヴァトラ神国へと向かったが、その際の防衛に一隻出した。試運転は済んでいる。

 潮の香りがしてきたころ、倉庫が見えてきた。あの中で開発が進んでいるだろう。

 倉庫の前にいた警備員に軽く挨拶し、中に入れてもらう。一応、蒸気機関は機密事項として扱っている。

 中にはリリックと、それにドレイクも一緒にいた。


「よう、ドレイク。船はどんな感じだ?」

「ネロか。言われたとおりの機関を搭載して何度か動かしちゃいるが、問題は特にないぞ」

「そうか。ならよかった」

「しかし、こんなものが必要なのか?」


 ドレイクは艦船を見上げながらそうつぶやいた。

 ま、確かに魔法のあるこの世界ではあんまり必要ないかもしれない。ヴァトラ神国の船だって帆船だったし、基本的にこの世界の船は帆船だ。

 風魔法で操れば逆風もお構いなしに直進できるし、水魔法で潮流を操作できる。蒸気船で、風に関係なく突き進む必要も、揺れを抑える必要もあんまりない。

 けど、重要なのはそこじゃないんだよな。


「そうだな。もうちょっと機関の効率が上げられると嬉しいんだけど……魔法じゃ限界か?」

「人員を足せば何とかなる。お前さん一人乗れば十分だと思うが」

「そらそうだ。増員しか打つ手なしか?」

「今のところはな。詳しくはリリックに訊け」


 ドレイクが指差した方には、数人の技術屋と顔を突き合わせているリリックがいた。

 俺はそちらへと寄っていく。


「――これ以上火力を上げると壁が持ちませんよ」

「わかってる。けどこれじゃただの船と遜色がないじゃないか」

「そうは言いますが、これでも十分革新的ですよ。今までの船の魔力消費量を考えると、かなりコストダウンしています」

「機関が大きすぎて積荷が少なくなっちまうだろ」

「それはそうですが……」


 リリックは頭を抱えているようだった。


「商船には不向きか、リリック」

「ああ、ネロ! ちょうどいいや。助言をくれないか?」


 と、言われてもなぁ。

 蒸気機関の知識はあんまり持ってないんだよ。後教えられることとしたら……回転式か?


「タービンにしたらどうだ」

「タービン……?」

「今まではピストン方式だったろ。それをタービンに換えるんだよ」

「なるほど……回転式にしたら小型化できそうですね……」

「ちょっと試作してきます」


 そういうと技術屋たちは散り散りに去って行った。


「ありがとうよネロ! これでより手広く商売がやれそうだ」


 バシバシ背中を叩いてくるが、手加減なしなのでやめてほしい。普通に痛い。

 まぁ、艦船の進捗確認はできたし、この辺でいいか。


「リリック。結界魔法陣の方はどこでやってる?」

「ああ、それはうちの商館の地下でやってるよ」

「そうか。そっちも見て来るよ」

「頼むよ。魔導師様が来るのを心待ちしていたぞ」

「もう魔導師じゃねえんだけど」


 俺とレイシーは倉庫を後にし、ホドエールの商館へと向かった。

 途中、少し遠回りをして城下町の再建を行っていたアルマにも挨拶をしておいた。

 城下町もある程度再建が終わってきており、もうあと数区画で完了してしまうそうだ。

 とはいえ、住民はまだ地元民だけだ。大陸から呼ぶにしても、この島への渡り方はまだ伝えていないので、外から来れないのだけど。

 今はとりあえずインフラの整備を完了させてしまいたい。人が住む前に済ませてしまった方が楽だろうし。

 やがてホドエールの商館に辿り着いた。ここは煉瓦の重厚な造りで、規模も大きいので周りから見ればよく目立つ。

 扉を開けて地下へと続く階段を降りた。

 地下室の扉を開けると、中にはドルード族やグレムリ族など知識と技術を持つ種族が数人いる。

 部屋の中心には俺の身長くらいある大きな水晶が台座に置かれている。


「ネロ様! よくおいでくださいました」

「魔法陣ができたのか?」

「ある程度は完成いたしました。後は命令式を組み込み、正常に作動するかどうか確認するだけです。なので、早速ですが命令式を組み込んでいただけますか?」

「ああ、わかった」


 組み込む命令式は、結界魔法陣を張った後に、何を探知し、何を弾くかというものだ。

 そうだな、とりあえず犯罪者は弾きたいんだけどー……どう命令式に組み込んだものか。後は異質な魔力と、それから武器類、他にー……。

 なにを組み込むかいろいろ考えこみながら、部屋の中心の水晶に手を触れる。水晶が大きいため、より多くの命令式を組み込める。

 探知するものと弾くものを別々に設定しながら、命令式を送り込んでいく。


「――……まぁ、このくらいだろ」

「ありがとうございます。起動させてみます」


 そういうと、台座に組み込まれていた装置を何やら弄り始めた。


「これ、どういう仕組みになってるんだ?」

「この水晶を基準として、城壁に設置した四つの同じような水晶と連係させます。そうすることで、城壁を覆う大きな結界が張られ、組み込まれた命令式によって指定されたものを探知、弾きます。また、この水晶を覆う魔力に波紋が浮かんだ場所で、探知や排除といったことがなされたところに一致します」

「ふむ」

「空だけでなく地中にも結界は広がり、城壁を球体のように覆いますので、どこからでも探知は可能です」

「なるほど。かなり使えるな。これ、移動できるのか?」

「可能です。完成すれば王城でも商館でも、城壁内であればどこでも設置できます。その際は、設置された場所が中心にはなりませんので、波紋の浮かんだ場所を誤認しないようにだけお気を付けください」

「わかった」


 話している間に、目に見えない魔力場が広がっていくのを感じ、また城壁に設置したという水晶への連係が終わる。

 そして目の前の水晶が薄い魔力の膜でおおわれるのが、目で見てわかる。


「やりました! 成功ですよ」

「そりゃよかった」

「これで無用な侵入者を探知できます。が、過信はしないでくださいね。まだ完成したばかりで、どんな不具合があるかわかりませんから」

「わかった。じゃあ数日はここに置いておいた方がいいか」

「そうしてくださると助かります」


 とりあえずこれで城壁の守りは大丈夫そうだな。



☆☆☆★★★



 デトロア王国の王城、その一室。

 フレイヤは、そこでソファに座って一息ついていた。

 ヴァトラ神国との協議も終わり、友好国のままでこれからも関係を維持していくことを取り決めることができた。

 ようやく休息を取れる。

 部屋の外にはグレンがいてくれる。今はできるだけゆっくりしようとしていた。


 ――ずるり、と。


 壁にできた影から、人が入ってきた。

 フレイヤは驚きに目を見開くが、すぐさまソファから立ち上がり警戒態勢を取る。

 フレイヤが見つめる中で、壁から入ってきたのは男女の二人いた。どちらとも面識は一切ない。

 誰だ、と思うよりも先に、相手が話しかけてきた。


「ああ、君が女王様だったのか。初めまして」

「……どなたですか?」

「あれ、お兄さんから聞いてないのか」

「当たり前でしょ。私たちはまだ秘密なんだから」

「そっかそっか」


 二人はフレイヤを置いて会話していた。女王を目の前にして、まったく敬意を払う様子はない。人族ではない。だが、見た目は紛れもなく人族だ。

 では、誰だ?

 彼らはお兄さん、フレイの存在を示唆した。ならば、フレイの仕業だろうか。

 フレイが秘密裏に集めた人材だろうか? それならば、フレイの指示通りに動く。こちらの都合などお構いなしだろう。


 だが――今の技は何だ。

 壁を抜けて現れるなど、魔導でも使わなければ難しい。そもそも魔法陣もなく現れたのはどういう仕組みだ。

 魔導師であった経験、魔法が得意なフレイヤですらわからない。

 移動手段に壁を抜けるような魔導があるのは知っている。ネロがよく使っていたのだから。だが、それは黒の魔導書に書かれているもののはず。黒の魔導書は今イズモの手にあるはずだ。

 では、どうやって壁を抜けてきたのか。


「あれ、外の人は呼ばないの?」

「入ってこれるならすでに入ってきていますので」

「信頼してるねぇ」


 男の方が、扉の外にいるはずのグレンを示す。だが、フレイヤの言う通り入ってこられるならすでにフレイヤの前に立っているはずだ。いないのならば、入ってこられない理由がある。

 来ないのであれば、おそらく彼らが何かをしたのだ。


「蒼真。暢気にしている暇はないんでしょ。さっさと終わらせましょ」

「そうだね、姉さん」


 すると、姉さんと呼ばれた女の方がフレイヤへと近づいてくる。


「用があるのならまず手続きを踏んでくれますか?」

「ダメって言われるから強引な手を使ってるのよ。わからないの?」

「ダメと言われる心当たりがあるということですか」

「揚げ足取りやめてくれる? すごくイラつく」


 女はフレイヤとの距離を詰め、フレイヤの肩に手を置いた。


「なにを――」


 フレイヤがその手を払おうとした瞬間、電流でも流されたかのように体を跳ねさせた。そして膝から崩れ落ちる。


「できたわ。戻して、蒼真」

「はいはい」


 指示された男は、ここに侵入してきたときと同じように壁に黒い影を作った。

 それと同時くらいに、扉を何度も叩きつける音が響き始めた。


「外の人が気付いたみたいだ」

「大丈夫よ。もう立ち上がるから」


 二人は、男が作った影から部屋を出て行った。それからすぐに、扉が開かれる。

 そこからグレンが駆けこんでくる。グレンは床に座り込んでいたフレイヤに気付き、すぐさま駆け寄る。


「何度かノックさせてもらったのですが、返事がなかったので入らせていただきました。何がありました?」

「――何もありませんよ。少し疲れてうたたねしてしまっていたみたいです」

「……しっかりお休みください」

「はい。わかっていますよ」


 そう言って笑うフレイヤは、いつもの彼女だ。

 だが――グレンは、違和感を覚えてしまった。

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