第十五話 「神級?」
俺もアブストルも構えを取ることはなかった。どちらが先に動いたかわからないくらいには、同時に前に出ていた。
お互いにまっすぐ突っ込んでいく。衝突する直前で、アブストルは跳ねるようにして大きく一歩を引いた。が、そんなものは魔眼で見切っている。
離された距離を詰めようと、俺はさらに踏み込んだ。その瞬間、踏んだ地面が激しく爆発を起こした。
「動きで魔法を使うのは、ネリが初めてではないんですよ」
「――なるほど。お前の入れ知恵か」
爆炎の中から、さらに前へと進む。
危なかった。極神流だから先手で何かしらを仕掛けてくると思い、全身硬化をしていた。それがなければ片足吹っ飛んでいただろう。
いつもなら部分硬化をしているのだが、相手は極神流の神級だ。備えておいて損はない。確信した。
「剣で相手、って言ったのに。つれねえな」
「極神流のあるべき姿ですよ」
ああ、まさしくそうだろう。どこでも殺せる。いつでも殺せる。何があろうと殺す。嘘も罠も道具も、使えるものは全て使って標的を殺す。それが極神流。
「ですが、それが真髄ではありません」
「へぇ」
「極神流というのは――生き残るために殺す剣です」
「さすが戦場の剣術だ」
つまり暗殺や騙し討ちが目的ではない、と。
自身が生き残る上で、必要な殺しを行う、と。必要なければ殺さない選択肢もあるということか。
「とはいえ、あなたは全力で殺しにいったところで殺せそうもない。だから、全てを使って殺します」
「くはは。怖い怖い」
これは本当に殺されるかもな。ネリと戦った時は魔導書を持っていたのだが、今はない。ただの魔法師だ。いや、魔法使いの方がより正しいのかも。
まぁ、そうだな。
わざわざ相手の土俵に上がる必要はない。
極神流が全てを使って殺しに来るなら、俺は全力を持って殺しに行こう。
俺は剣を握った腕をだらりと垂らす。
そして、一歩ずつ進んでいく。
魔力の流れは魔眼に集中し、予測眼や魔力眼に常に変化させながら近づいていく。
アブストルは俺の動きに身構えている。何をやられるかわからないのだろう。
が、やることなど至極単純だ。
俺は魔導であるシャドーバインドを真似た魔法、【影縫い】でアブストルの動きを封じる。
「……動けませんね。受けるしかない、と」
「ああ。龍帝みたいな真似だが、まぁ、人だし。生き残れるだろ」
「なるほど。ですが、この程度では極神流が使えないというわけではない」
「だったらやってみろ」
応えるようにアブストルは剣を持った腕を勢いよく振った。だが剣の間合いに俺はいない。
であれば、飛んでくる。
魔眼に映った暗器の軌道から、体をずらしてかわす。
避けた暗器のいくつかに細い糸がつけられている。普通なら見えない細さだが、魔眼には映ってしまう。それらを束ねるようにして掴む。
「悪いな。眼はいいんだ」
「それだけじゃありませんよ」
「雷でも流すか?」
「……ええ」
応える前に、先に俺が糸に火をつける。
糸は焼き切れるが、火はアブストルへと向かって走る。燃え移る直前に糸から手を離す。
そそいて、俺はアブストルとの距離を詰めに詰めた。
「そんなもんじゃあ、ねえだろ。神級」
「……期待はずれでしたかな」
「そうだな。とはいえこっちも急いでる。――感謝するよ」
俺は剣を両手で振り上げる。アブストルは受けるように構える。
そして、ありったけの力で振り下ろした。身体強化を重ねがけし、闘気の真似事をし、持てるだけの力を発揮させて。
アブストルの剣はたやすく折れた。
俺の剣は、アブストルの目の前で止まる。
「――ラカトニアに戻ることにしますよ」
「ああ。それがいい」
敵に情けをかけられ、逃げられる。神級というにはあまりにお粗末。
彼には彼なりの事情があった。サミュエルに逆らえないだけの何かがあったのだ。
俺を追ってきた騎士団がこの結果を皆知った。故に報復は免れないだろうけれど。
「じゃあな、じいさん」
「また、いずれ。怪物さん」
俺は、袈裟懸けにアブストルを斬り捨てた。
☆☆☆
アブストルが倒れ、恐慌状態に陥った騎士団を適当に蹴散らし、残っていたエレオノーラにアブストルと一緒に乗せてもらう。
「死んでねえのか?」
「急所は外したし、回復もかけた。あとは、生きる気力があれば眼を覚ます」
「ふーん。そいつをラカトニアに運べばいいんだな」
「ああ。頼む」
「帰るついでだ。頼まれた。お前は?」
「一旦島へ帰る。それにまだデトロア王国が黙ったわけじゃない」
「そうか。また何かあったら、常識の範囲内で頼ってくれ」
「悪かったよ……」
嫌味を残し、エレオノーラはアブストルを運んで飛び去っていった。
残された俺も一度教会の方を眺めてから、マフラーを広げて島へと向かった。
マフラーの上で、俺は通信水晶を取り出し、魔力を通す。
「ガルガド、そっちはどうだ」
『今、艦隊が見えたところだ。オルカーダの旗を掲げてるよ』
「だろうな。任せるぞ」
『どっちかっつーと陸の方が得意なんだが』
「ならドレイクを軸に立ちまわれ。追い返せよ」
ガルガドの返事を受け、通信を切る。
ま、来ないわけがないよな。
ガルガドは今、ヴァトラ神国の領海近くで艦隊を広げている。そこにオルカーダの艦隊が接近している。十中八九、フレイの差し金、そしてヴァトラ神国の親デトロア派による手引きだ。
予想できる攻撃なら、対策すればいいだけだ。
それに、カラレア神国からの援軍もある。
念のためにミネルバにも出向いてもらっているので、万が一負けることもないだろう。
これでデトロア王国のごたごたは片付くはずだ。
その後を、考えなければ。




