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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
家族編 小さな魔法師
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姉の温もり

 ……ん? いったい何があった……?

 俺は寝ていたようで、体を起こして辺りを見回す。


 ああ、そうか。確か魔導書に変なもの飲まされて……のた打ち回った後に気絶したのか。


 その魔導書はというと、俺の懐の中に戻って一切反応を示さない。

 こいつ……まあいいか。


 俺はため息を吐きながら、魔導書を取り出す。

 そして、無駄だと知りつつも魔導書を開いてみる。


「……おお?」


 しかし、予想に反して魔導書は開けた。

 そしてページを捲っていくが、6分の1くらいの辺りでまた開けなくなってしまった。


 だが十分だ。魔導書が使えることに変わりはない。


 やった! これでノーラが帰ってしまう前に魔導書を使うところを見せることができる!

 ……あれ? でも待てよ。……俺、どれだけ気絶してた?


 やばい! 前に一か月も寝込んだことがあるから、尋常じゃないほどの焦りがある。

 俺は急いで立ち上がると、階段を一段飛ばしで駆けあがり、神殿の外に出る。


 アレルの森は木が生い茂っているため、時間が把握しにくい。

 だが、それでも昼に入るよりかは薄暗いし、それに夕焼けでもない。まだ早朝であることは確かだろう。

 ここで問題なのが、日を跨いでいないかということだ。


 俺は急いでトロア村に向かって駆け出す。

 これで日を跨いでいなければ、早朝散歩で言い訳が効く。だが、そうでなければこっぴどく叱られるのは避けられない。


 怒られるかどうかを心配しながら、俺はトロア村を目指す。

 それでも、アレルの森を抜ける際、村人が誰もいないことを確認してから出ないと言いつけられるかもしれないから注意はしないとな。


 俺は加速しながら走る。

 家から神殿は地味に距離がある。

 片道大体30分だろうか。今は全力疾走だし、20分くらいで着くかな?



 そんなのんきなことを、俺は考えていた。



 トロア村に近づくと、異様に明るいことに気付いた。

 目を凝らして見てみれば――


「燃えて、る……?」


 トロア村が、業火に包まれていた。



☆☆☆



「嘘……だろ……?」


 アレルの森から抜け出し、トロア村の惨状を見た俺は……呆然とそうつぶやくしかできなかった。


 見えるだけで被害を受けていない家はない。どの家も燃えるか破壊されている。

 地に倒れ伏して、ピクリとも動かない村人が点々と見える。

 そのどれもが出血しており、血の海に倒れ込んでいた。


「くそッ!」


 俺は再び駆け出すと、一直線に家を目指した。

 敵は少ないのか、はたまた既に撤退をしているのか。見える範囲に敵はいない。


 心臓が高鳴るのが聞える。

 全身から冷や汗が噴き出して止まらない。

 疲れてもいないというのに息が荒くなる。


 走っている途中、兵士の死体も見つけた。

 敵は、当然というべきかゼノス帝国だ。獣人族の死体が、確かにある。

 だが、同時に馴染みの騎士甲冑を着た、ニューラの部下の死体も多くあった。


 まだ……まだナトラやニューラの死体は見ていない。

 というか、あの二人が負けるわけがない。どちらも護神流を超級まで修めているんだぞ。そう簡単にやられるわけがない。


 そんな微かな希望を原動力に、俺は家を目指した。



 家が見えてくると、そこは戦場と化していた。まだ生きている兵士が集まっているようだ。

 魔術の光が見えるし、きっとノーラだ。

 よかった。まだ、生きてる。


 家に近づくと、やはりノーラが帝国軍に魔術で応戦していた。


 俺は魔力を最大限まで込めた火魔法を放つ。


「万物が恐れる赤き象徴、その力を我が手に。

 彼の者を撃ち抜き、燃やし尽くせ。【ファイアボール】」


 今までに込めたことのない量の魔力を注ぎ込み、詠唱を完了する。

 俺の放ったファイアボールは一直線に兵士へと向かい、不意を突いたこの攻撃はその場の兵士すべてを燃やし始めた。


「ぎゃああああああああああああ!!」


 兵士の苦しそうな叫びが木霊する。

 俺はその燃えている兵士の脇を抜け、目を丸くして座り込んでいるノーラに近づく。


「姉さん! 大丈夫ですか?」

「ね、ネロ!? あなた、どこに……いえ、そんなことよりも早く逃げなさい!」

「姉さんも一緒にです」


 俺はそういって立ち上がる。が、ノーラは立ち上がろうとしない。


「姉さん……?」

「ネロ、一人で行きなさい。お姉ちゃんは……歩けないから」


 ノーラの言葉を聞いて、すぐにノーラの足を確認した。

 ノーラの足は、腱を綺麗に切られていた。


「……私、回復魔法は苦手でね。治せないの」

「なら僕が治します」

「ダメ。早くいかないと、兵士が集まってくるわ」

「なら抱えてでも行きます!」

「きゃあ!?」


 俺はノーラを抱え上げる。

 歳が8つも違うが、女性だ。抱えて走れないほどの重さじゃない。


「ダメよ、ネロ! 私は置いていきなさい! 賢いあなたならわかるでしょう!?」

「置いていくことが賢いなら僕は馬鹿でいいです。早く兄さんとネリを探しましょう」


 俺は振り返り、火魔法で焼け死んだ兵士の死体の中を駆けて、家の敷地から出る。


「……くそッ」


 だが、出てくるところを待っていたかのように、庭先にはすでに大勢の兵士が待ち構えていた。


「……退いてください」

「ああん? 敵にそんなお願いが通るとでも思ってるのか? ……と言いたいが、その女を渡せば考えてやらんでもない」

「下衆野郎が……。いいよ、殺して行くから」


 俺はノーラを抱えたまま、詠唱を開始する。


「はっ! 唱え終わるまで待つと思うのかよ!?」


 だが、獣人族の兵士は詠唱中に攻撃を仕掛けてきて、正直詠唱どころではない。

 ……まあ、そりゃ当然か。俺だって、敵が詠唱するのをのんびり待つなんてことはしない。ゲームでも、詠唱する奴から倒すしな。

 ここがゲームではないことは重々承知しているけど。


 だから死ねば死ぬし、都合よく瀕死で止まるわけもない。

 死ねば終わり。だからこそ、ノーラを置いていけない。


 しかし、やはり人一人抱えて熟練の兵士どもの攻撃をかわし続けるなんて不可能なわけで。

 少しずつ、追い詰められていく。しかも遊ばれている。……当然だよな。子供が、大人抱えて必死に攻撃避けてんだ。遊んでくれなきゃあっという間に死んでる。


 だが、それならそれでいい。


「姉さん、魔術の詠唱をお願いします」

「わかったわ」


 小声で、ノーラにだけ聞こえるように言う。

 俺は相変わらず詠唱をし続ける。兵士の注意を俺に向けておくためだ。


「万物が恐れる赤き象徴、その力を我が手に。

 彼の者を撃ち抜き、燃やし尽くせ。【フレイムバレット】!」


 ノーラの詠唱と共に、火魔術が撃たれる。

 フレイムバレットはファイアボールの魔術書版だろう。ファイアボールが大量に生み出され、兵士に向かって飛んで行った。


「くそ……あいつら、女の魔力すら削りきれてねえとは……」


 結構な人数がノーラの火魔術のおかげで燃え尽きてくれたが、まだかなり多い。

 火魔法を受けて動揺しているうちに、俺も先ほどのように魔法を放とうと詠唱を開始する。


「――ネロ! 後ろ!」

「え?」


 ノーラが叫び、俺は振り向こうとした瞬間、背中に衝撃を受けた。

 俺はそのまま前のめりに、それでもノーラを守るようにして倒れ込む。


「くそ……はっ……はッ……! この、クソガキがぁぁぁああああああああ!!」


 ドカッと背中に、たぶん足を乗せられる。


 俺はその衝撃に堪えながら、後ろを振り向く。

 そこには、先ほど俺が燃やしたと思った兵士が、全身を黒くして立っていた。

 目は血走り、皮膚は焼け爛れている。見ているだけで痛々しく、生きているのが不思議に思うくらいの重傷だ。


 その兵士は俺を蹴り上げ、無理矢理ノーラと引きはがされる。


「テメエッ……ぶっ殺してやる……!」


 そいつは完全にイカレており、別の兵士が叫んでいる言葉にも反応を示していない。

 そして、腰に佩いていた剣を抜き放ち、振り被る。


「やめてっ! 私は大人しくするから、その子には手を出さないで!」


 ノーラが叫ぶが、そんな声はこいつには届かないだろう。

 それに、そんなことは俺が許さない。


 俺は振り下ろされる剣を転がって何とか躱し、その勢いでノーラの近くまで戻る。

 そして、ノーラを庇うようにして、詠唱を始める。


「万物が恐れる赤き象徴、その力を我が手に。

 彼の者を撃ち抜き、燃やし尽く――ひっ……!」


「うおらああああああああああああああああああ!!」


 その時、俺は本気の殺意に怯んでしまった。

 詠唱は中断され、魔法を放つために流れていた魔力は散ってしまった。

 どう足掻いても絶望。この剣は、避けられない。


 俺は固く目を閉じ、その斬撃の痛みに耐えようとした。


「……?」


 だけど、いつまで経っても痛みが走ることはなく。

 その代わりに、誰かに抱きしめられている感触がしていた。


 ゆっくりと目を開けた時、


「は……? え、……あ?」


 ノーラが、庇うように抱きしめてくれていた。


 なんで……? ノーラは、俺の後ろに、いたはずじゃ……?

 は? へ、え? ……斬撃を喰らったのは、ノー、ラ?


「ね、えさん……?」


 兵士は、この攻撃が最後の力だったのか、その場に崩れ落ちて動かない。

 ノーラは、背中から大量の血を流していた。


「……ネロ? 怪我は、ない……?」

「え……は、い……ありま、せん……え?」


 よかった、と優しく微笑む。その目からは涙が零れていた。


 こんな状況、冷静になれば別に不思議でもなんでもない。

 姉が弟を守ろうとして庇った。

 立ち位置だって、俺を引いてノーラが前に出れば難しくはない。


 それに、こんなものマンガやアニメではよくあることじゃないか。

 俺はそれを見るたび、思ってたじゃないか。


 俺ならもっとうまくやれる、って。

 相手が死に物狂いで殺しにかかっているなら、こっちだって死に物狂いで助かろうとできるはずだ、とか。

 そんな大事な局面で、都合よく怯えるわけがない、とか。

 それ以前に、こんな状況になる前に対処できただろ、とか。


 前世の記憶を引っ張り出したって、結局は妄想じゃないか。

 現実は、そう甘くない。

 そんなこと、わかりきっている。いつだって、現実は非情だ。

 わかってる。わかってるわかってる。……わかってる、はずなのに。


 俺の頭は、この状況を理解しようとしていなかった。


「ネロ……? 最後くらい、お姉ちゃんの……いいところ、見せれた……かな?」

「そ、んな……姉さんは、いつだって……」

「ありがとう……。こんな状況で、言うのもなんだけど……12歳のお誕生日、おめでとう……。プレゼント、は……アルさんが持って、くれてるから……ね」

「ねえさ、ん?」


 やめろよ……やめてくれよ……! 死んじゃうような雰囲気を、作らないでくれよ……!


「こんなお姉ちゃんを慕ってくれて、ありがとう……。私の話を真面目に聞いてくれて、ありがとう……。ネリの面倒押し付けたりして、ごめんね……。いつも私を優先して、ごめんね……」

「そんなの……もっと慕ってあげますよ。話くらいいくらでも聞きますよ。ネリの面倒くらい見ますよ。姉さんがしたいことすればいいですよ!」

「私の弟で、ありがとう……」


 ノーラは最期の力を振り絞るようにして、俺を抱きしめてくれた。

 そして、ゆっくりと……目を閉じた。


「……そんなの、いつまでも弟でいますよ……だから……目を、閉じないで……!」


 お願いだから、死なないで……!

 もっと慕わせて。つまんない話をいくらでも聞かせて。ネリの面倒を放って魔術の勉強をして。やりたいことをやりたいようにして。

 ……もっと、俺の、優しい姉でいてくれよ……!


 前世のクソ兄とは正反対の、良い姉で俺と居てくれよ。

 前世では味わえなかった幸福を、味わわせてくれよ。

 前世とは全く違うこの世界を、見せてくれよ。

 前世にはない魔法というものを、教えてくれよ。


「あ、ああ……ああああああああああああああああああああああああ!!」


 そこで、ようやく頭が状況の理解を始めた。


 俺の手から、砂のように零れていく、何か。

 前世で冷えた心を温めてくれていた、何か。

 確かに感じていたはずの……何か。


 失われていく。――何もかも。


 兵士を焼いたときだって、こんなに感情は揺れなかった。

 人を殺すよりも、殺される方が動揺する。そんなの、当たり前のはずだ。……俺はそれすら理解していなかったのか。


 ……こんな世界、俺は望んじゃいない……。


「感動シーンで悪いんだが、そろそろいいか?」


 ノーラの亡骸を抱いて、喉を潰さんばかりの絶叫を迸らせる俺に、兵士がそう尋ねてきた。

 俺の絶叫は次第に収まっていき、ようやく頭が冷えてきた。


「……そう、だな。待っててくれてありがと」

「いや、気にするな。どうせ殺すんだからよ」


 そういって、兵士は剣を抜き放った。

 対して俺は、……魔導書を取り出した。


 取り出した瞬間、魔導書が独りでにページを捲っていき、とあるページを開いて見せた。

 俺はそのページに書かれている詠唱を、そのまま読んだ。


「闇より這い出る混沌よ、その力を振るう愚者は我なり。

 地獄より出獄炎よ、我が呼び声に応え、今ここに顕現せよ。

 命を刈り取り、屍を喰らい、そのすべてを糧とせよ。

 天を焦がし、地を舐めつくし、残るは我唯一人。

 この世の全てを、燃やし尽くせ。【タワーリングインフェルノ】!!」


 今までにない速度の詠唱。そのためか、兵士は完全に出遅れ、俺の詠唱を止めることはできなかった。

 そして、詠唱が済むと同時に黒色の炎が、地面から噴き出して兵士の大軍を舐めるようにして焼き払っていく。


「な、ンだこれはああああああああああああああああ!?」


 黒い炎に焼かれ、断末魔を残してこの場の兵士はすべて燃え尽きた。

 今度は生き返らないよう、骨まで灰になるまで。


 だけど、俺の頭は驚くほどクリアだった。

 兵士が燃えていく姿を、つまらなさそうに、眺めていた。

 人が焼ける臭いが鼻を刺激する。


 それでも、俺の心は空っぽのように何の反応も示さなかった。


「こんな世界……!」


 空を仰ぎ、ノーラの体を抱きしめて。

 俺は泣くことしかできなかった。


「ねえさん……」

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