第八話 「思うが儘に」
フレイヤの即位式には、俺は行かなかった。理由は多々あるが、都合がつかなかったのが一番の原因。
リリックやイズモ、それにリュートとノエルも参加したようだが。
即位式は滞りなく終わった。何にも邪魔されることなく。
フレイヤが女王になったことで、いろいろと各国が動き出しているようだ。そして、それに応えるようにフレイヤも。
フレイヤは今までのデトロア王国の態度を強硬なものから融和へと転換させた。
ゼノス帝国、ユートレア共和国との首脳会談を積極的に行い始めた。そのそばにはいつも必ずグレンがついていたようだ。
そして今までは手を出していなかったシードラ大陸のアクトリウム皇国、ドラゴニア帝国とも関係を持ち始めた。その際の渡りに俺が使われたりもしたが、まぁ大したことはしていないので割愛。
彼女は彼女なりに、平和への道を模索し始めたようだ。
☆☆☆
夜、突然通信水晶が光り出した。
それに気づいたレイシーに起こされ、俺は通信水晶を受け取った。
この水晶は……ヴァトラ神国か。ノエルからの通信だろうか。
通信水晶に魔力を通し、応答する。
『出るのが遅い』
「リュートかよ……こっちは夜だぞ」
『いいから話を聞け』
いつにもなく語気の強いリュートに、俺は黙って耳を傾ける。
『……昨日、デトロア王国から申し出があった。ノエルを渡せ、と』
「……はぁ? 渡せ? どういう意味だ」
『ウルフディアと結婚させてやる、だとさ』
「そりゃ……また難儀なことで」
思考が停止しそうになる。
ウルフディアとノエルを結婚させる、ね?
まぁ、政略結婚に相違はない。王族とまで行かずとも、公爵との婚姻は強い結びつきになる。
なるけど。
「ノエルには?」
『話した。無言で部屋から出て行ったけど』
「あー……で、どうして俺に?」
『話さない方がよかったか? 一応、君の気持ちも考えてやっての行為なのだけど』
「そりゃどうも。とてもうれしゅうございます」
なんて軽口言っている場合ではない。
どうすればいい。
『ま、こちらとしても断る理由は特にないんだが』
「そう……だよな。今以上に強力な結びつきが持てる、んだから」
『それ本心か?』
「……そんなわけないだろ」
『素直でいいね。それくらいいつも素直でいて欲しいものだ』
「お前とそんなに話した覚えないんだけど」
『ともあれ、問題がいくつもある。この話に、同盟国のカラレア神国がどういう反応を示すか。それに魔導師を易々渡してしまうことにもつながる。加え、君、魔導師集めているんだろ? そっちに送り込んだ方が、特があるんじゃないかとも思える』
「……ごちゃごちゃ言っているけど、結局どうすんだ?」
『断れない理由がある。借金だ。主に先王の時代のものだが、農業や軍事に金を費やしていてね、その際の借金をデトロア王国にしていた。僕が王になってから少しずつ返してはいたが、何分額が大きくて。それを帳消しにしてくれるってんだから、大臣たちも乗り気でさ』
「その借金がなくなれば」
『こちらにも一考の余地が出てくる。現状は無理だが』
つまりこいつ、俺に金をせびっているのか?
……まぁ、そういうことなのだろう。
俺とノエルの関係を知った上で。
本当、どうしようもねえ奴だ。
けど。
けれど。
知らせてくれたのは、本当にありがたい。
『明日、こっちに来い。ノエルに会わせてやるよ。それから返事を聞いてやる』
「随分と優しいな」
『そりゃね。君が本当に魔導師を皆集めてしまえば、恩を売っておいた方がいいのは明白だ』
「ぶれない奴だ」
『そういう風に育てられた』
「じゃあ、明日。行くから」
『ああ、楽しみに待ってるよ』
そういって、リュートは通信を切った。
俺は通信水晶をレイシーに渡す。
……さて。
明日。
俺も、腹をくくるしかない、か。
☆☆☆
翌日、俺は転移魔法陣を使ってカラレア神国へと移動した。
そこでイズモたちと応接間のような部屋で顔を合わせる。
「マスター、待っていました」
「イズモ、ヴァトラ神国から連絡は来ているな?」
「はい。そのことについて、アレイスターさんたちとも話し合っていたところです」
さすがに連絡しないわけがないよな、最も近い同盟国に。
「それで、カラレア神国の判断は?」
「デトロア王国へ抗議する予定です」
「ま、そうだよな……けど、それを想定していないわけがない。それでも突きつけられたってことは」
「ヴァトラ神国は決して断れないと踏んでいる」
アレイスターの返しに頷く。
おそらく、リュートの言っていた先代の借金が相当多いのだろう。それを、ノエルが渡せないのなら今すぐ返せとでも言われているとすれば。
「ですが、どうしていきなりそのようなことが決まったのでしょうか……女王はフレイヤ様のはずですよね?」
「大方、フレイヤが他国との関係強化に奔走している間に裏でフレイが動いていたんだろう。そのせいで気付くのが遅れ、引き返せないところまで行っていた、ってところだ」
フレイもよくわかっているのだろう、フレイヤがその提案を受け入れないことくらい。
しかも他国との関係強化を進めている中で、婚約という最も強い結びつきを得られる機会を逃すとあれば、本末転倒と取られてもおかしくない。
そしてノエルを迎え入れることのメリットは多くある。ノエルは白の魔導師だ。魔導師を獲得でき、ヴァトラ神国との関係強化に繋がり、そしてカラレア神国とのパイプも得られる。ヴァトラ神国の魔法陣の技術も持ち出せる可能性もある。
ヴァルテリア山脈に閉ざされ、どことも国交を断絶してきたヴァトラ神国だからこそ、盗める技術は多々あるだろう。
「ネロ、どうするつもり?」
「これからヴァトラ神国に直接向かう。その時に解決策をいくつか提示するつもりだ」
考えてはいるが、おそらく問題になってくるのはヴァトラ神国がどれくらい借金をしているかが重要になってくるだろう。そこをクリアすれば、ヴァトラ神国側にも選択肢が出てくる。
だから、今はどうするとも言い難い。
できることならその話は阻止したいが……上手く行けるか。
感情だけで動いてしまえば、結婚式などぶち壊して攫ってしまえばいいのかもしれないが、さすがになぁ。できることをやって、できなければそれで行けばいい。
「ノエル様、絶対にその結婚に反対ですからね」
「何だよ、いきなりプレッシャーかけて来るなよ……」
イズモの強めの言葉に、思わず苦い表情を浮かべてしまう。
国同士の取り決めというか、取引というか、その辺に介入することに対して別に怯えているわけではない。そんなこといくらでもやってきた。
けれど、今、国を作ろうとしている今は、さすがにいろいろと考えてしまう。
「……君はいつも考えすぎだ」
「アレイスターまでなんだよ」
「君が思うが儘にやればいいさ。僕らは、君のサポートをすると約束する。だから、君の思い通りに」
「……いつだってそうしてきたつもりさ」
いつだって、そう。
どうあろうとも、俺の思い描く通りに。
そうやってきた。
いつだって。
だから今回も。
「悪いな、アレイスター。迷惑をかけるだろう」
「任せて。何を準備していればいい?」
「そうだな……まずは――」
すべての手を尽くして、思うが儘に。




