第五話 「祝宴」
翌日、朝起きるとラトメアとナフィは既に動き出しており、リリーもどこへやら連れて行かれていた。ていうか、家にいるのが俺一人だった。
俺は何をしていればいいのだろうか……やることがなくてそわそわしてしまう。
仕方ない、外に出て誰か捕まえるか。
玄関の扉を開けようと手をかけようとしたとき、反対側から扉が開かれた。
そこにはモートンがいた。
「モートン」
「ネロ、おめでとう!」
「ああ、ありがとう」
開口一番に祝われ、正直どういう顔したらいいのだろう。笑っておけばいいのかな。こういう時、昔からの知り合いに対する対応がわからん。
「リリーたちがどこか知らねえか?」
「え、ラトメアさんから聞いてないの?」
「何を?」
「……やっぱ来てよかった」
安堵するように息を吐いて、モートンは俺を家の中へと押し戻した。
リビングまで行き、椅子に座るように促されたので座る。
「えっと、ここでは結婚する際、いくつか決まりがあってね」
「風習か」
「そう。それで、午前中に夫は自分の家から出てはダメなんだ。そこが自分たちの家だと示すために」
「そうなのか。でもここ」
「うん、リリーの家でもあるし、所有者はラトメアさんだろう。でも君の実家っていうわけにもいかないし、昨日言っていたネロの国は遠いだろ? だから、妥協点」
「なるほど。リリーは?」
「妻も普通は自分の家で化粧とか、いろいろ結婚の準備があるんだけど、それを夫に見られてはいけないってのもあってね。だから、リリーは別の家を借りて準備してる」
「じゃあ、お母さんはリリーの手伝いとすれば……ラトメアさんは? 狩猟?」
「うん。里の男性、特に戦闘民族を中心に、宴に並べるための食材の調達に向かってる。里全体での宴になるから、有り余るほどいるからね」
まぁ、わからんでもない風習だな。というか、割と普通なのでは? 里全体で、てのは慣れないものがあるけれど。
「レイシーとユカリ……それにシャラは?」
「結婚する男性の家に女性がいるってのもおかしいでしょ」
「はぁ……なるほど」
確かに言われればそうだな。
「ユカリちゃんとシャラちゃんはナフィさんが連れて行ったけど、レイシーさんは料理の準備に行ってるよ」
「そっか。まぁ、誰の相手もしなくて済むなら気が楽でいいけど」
「お昼になれば家から出ても大丈夫なんだけど、各家に挨拶にもいかなきゃいけなくて……これにもまたルールがある」
「多いなぁ」
風習ってそういうものなのだろうけれど。
それにしても多いなぁ。今度は何だ?
「まず夫婦になる者同士は結婚式が始まるまで会ってはならなくて、だからあいさつ回りも鉢合わせしないようにするんだ。その頃にはラトメアさんも戻ってくるはずだから、ついて来てくれるはずだよ。会わないように確認する必要もあるし、後何人か来ると思うけど」
「ふーん……それにレンビアも呼ぼうか」
「言うと思ったけど、意地悪いなぁ……」
モートンが呆れた様に笑う。
レンビアの奴、リリーが好きだったはずだしな。今もかは知らんけど。人の心なんて一年経てば随分と変わるものだ。
「で、モートンは何をしに来たんだ?」
「そうそう、君も服を変えなきゃ。そのお手伝い」
「どんな服?」
「ラトメアさんのを使うって言ってたから、この家にあると思うんだけど……」
ラトメアの服が着れるかな……? 体型は大丈夫だと思うのだけど、身長がラトメアの方が高いし。
救いはダークエルフという、比較的人族と体型が似ているところだな。ドワーフとかだったら絶対に横が合わない。
そんな伝統衣装、この家にあっただろうか?
この家に住んでいた俺が知らないのなら、普通は探さない場所だろう。
押入れの奥とかかな?
「まずはその衣装を探そうか。悪いんだけど手伝ってくれる?」
「お安い御用で」
ということで、家探しを始めた。
「ただいまー……おっ! 決まってんじゃねえか!」
昼前にラトメアが帰ってきて、モートンと一緒に探し当てた伝統衣装を着た俺を見て、嬉しそうな顔をした。
「ちょっとでかいですけど……それに落ち着きません」
「似合ってるからいいじゃねえか!」
この服、白色を基調としているせいで、黒の魔導師とか黒系の中二ファッションだった俺からすればとても落ち着かない。
黒が、黒が良い! 光合成をするんだ!
でも伝統だとか言われるとどうしようもないしなぁ……。
この一日だけだろうし、とりあえず我慢しよう。
とか言いながら、俺の髪って今白いんだった。実際は透明なのだけど。白熊みたいに光の反射で白に見えるらしい。ついでに瞳もだ。
「時間はそろそろ昼だな。じゃああいさつ回りに行くか!」
「拒否権ないですよねー……」
「あるわけねえだろ! 風習だからな」
ラトメアに促されるまま、俺は家を出てあいさつ回りへと向かった。
☆☆☆
あいさつ回りを何とかリリーと鉢合わせずに終え、日が傾き出したころにようやく式場という広場へと連れてこられた。
広場の中心には一本の大木が生えており、エルフの里では神木としてまつられているものだ。エルフらしいと言えばらしい。ダークエルフを同じと言っていいのか謎であるが。
ともあれ、広場には里中の人が集まっていた。
俺が住んでいたころの奴らは、成長の速い奴は俺と同じくらい、あるいはより成長していたりもする。
学校の教師たちだっている。教官もね。
ラトメアに促され、ここからは一人のようだ。
中心の大木に向かって歩いていく。
牧師とかそう言った立ち位置の人はいない。仲人とかも、いない。
ここからの流れは一応聞いているが、上手くできるか不安だ。人前だし。
リリーの登場を待っているが、どういうわけか一向に姿を現さない。
出て来ないリリーに、集まった人たちも少しずつ動揺し始める。
あっれー、逃げられたかな? これだけやっておいて逃げられるってなると、自殺も辞さないぞっ。
まぁ冗談として、いつまで待てばよいのだろうか。
と思っていると、広場にレイシーが駆けこんできて寄ってきた。
レイシーは耳打ちをしてくる。
「リリー様が恥ずかしいといって部屋から出てこなくて……その、魔導師でもありますし……」
「わーお、お母さんに反抗するとか度胸あるな」
ナフィに反抗できるのなんてシャラくらいしかいないと思っていたのに。
俺だって衣装着替えさせられて十分恥ずかしいのだけれど。ていうか、よくその状態であいさつ回りできたな。
「仕方ない、お姫様のお迎えに上がるとしよう」
「すみません、お願いいたします」
レイシーに誘導され、リリーが閉じこもっているという家に向かう。
家にはナフィを始め、リリーの友人やモートンもいた。
皆で説得しているみたいだけど、出てくる気配はなさそうだ。
「リリーはどの部屋ですか?」
「ごめんなさいネロ……急にこの部屋から出てこなくなったものだから」
「そういうこともありますよ」
ナフィにそう返しながら、部屋を魔眼で視る。
聖域の魔導を使っているな。これじゃ同じ魔導師でもなければ入れないだろう。
「リリーは連れ出すので、お母さんたちは広場の方へ行っておいてもらえますか?」
「そう……? でも」
「説得に他の人はいない方が良いので……」
「わかったわ。じゃあ、先に行っておくわね」
ナフィはモートンたちを連れて先に広場へと向かった。
一人になったところで、俺は部屋の扉をノックする。
「リリー、何を怖がってる?」
「……ネロ」
中から随分とか細い声が聞こえてきた。
リリーが恥ずかしいから出てこないってのは、たぶん間違いだ。それくらいで閉じこもることは、ないはず。
だから別の要因だろう。まぁ、怖がっているかどうかは、正直わからないけれど。ただの勘だ。
「……今日、起きた時からナトラさんの声がするの」
「あー……」
それは、その声は、俺が植え付けてしまったリリーのトラウマだ。
里を出る時、リリーを引きはがすために。
俺がしでかした、失策だ。
「どうしてそう思う? 兄さんは……死んだよ。もういない」
「ち、違うのっ、ネロを困らせたいわけじゃなくて……!」
「落ち着いて。俺は困ってない。大丈夫だから、話して」
「……えっと、ね」
扉越しに、リリーが寄ってくるのを感じる。
「昨日……この話を始めた時、本当にうれしかった。あたしはあの時から、ずっとネロが好きだったから。イズモやノエルがいたって、その気持ちは変わんない。ネロも、あたしをちゃんと見てくれるって知ってる」
「うん」
「でも、なんでかわからないけど……その時からずっと不安なの。ネロの気持ちが本物だってわかってるのに、あたしの気持ちが本物なのかわからなくなってきたの」
「……それが原因?」
「たぶん……そう思ってから、今日の朝からずっとナトラさんがちらつくの。もういないってわかってる。でも……この気持ちは、この気持ちがナトラさんに向いているものなんじゃないかって……!」
「…………」
「そう思い始めたらもう止まらなかった、ずっと、今日、今もずっと、ナトラさんがずっと!」
リリーの声が涙声に変わった。それほどまでに苦しんでいる証拠だ。
難しいなぁ。どうやってこの状態から抜け出させるか……。とりあえず、ナトラはいないことを認識してもらおう。
「リリー。今お前は、誰と話している?」
「誰と……? ネロ、じゃないの?」
「うん、そうだ。俺はネロ・クロウド。そんで、リリー。お前が言ってくれたはずだ。ナトラじゃなくネロが好きだ、と」
「そう、だけど」
「じゃあ俺が言おう。ネロ・クロウドはリリーが好きだ。愛してる。――結婚してくれ」
言葉は、案外すんなり出てきた。
あの時言えなかった言葉でもあった。きっと反対されたらどうしようっていう気持ちがあったからだと思う。けれど、もう今はそんな心配もない。
随分と小心者な発想だけれど、それでも言えた。
責任を持つとか、そんなのはどうでもいい。
俺は、リリーが好きで、愛していて、だから結婚したい。
あの時、言わなければならなかった言葉。
でも、まだ遅くないはずだ。
そうだ、こんな感じだ。
ネロ・クロウドは、こんな感じ。
リリーなら絶対に頷いてくれるっていう、確信。それを疑いようもなく信じる。そんな小心者な部分も俺なのだ。
万が一に拒否されたら、そりゃ死にたくなるほど落ち込むだろうさ。
けれど、今はそんな後のことはどうでもいい。
決めつけるのだ。押し付けるのだ。
俺の感情を、誰かに。他人に、愛する人に。
決めつけてしまえ。押し付けてしまえ。そして納得してしまえ。
受け入れられなかったら? 拒否されたら? 知ったことか。
俺が感じた想いは変わらない。向けた相手に伝えなければ気が済まない。
好きかどうか、迷う余地もない。
リリーがナトラと俺を混同してしまったとして、そんなことで俺の気持ちがぶれるわけがない。
だから、どうでもいい。
決めつけて、押しつけろ。
俺がそうなのだから、誰も彼も俺に対してそうしろ。
リリー、お前もそうすべきなのだ。
「リリーがその感情に不安があるのなら、言葉にしろ」
人は単純だ。想っていることを言葉にするだけで、簡単に騙せる。
怒っていることを公言すれば怒っている。好きだと言ったなら好きになるのだ。
文字ではダメだ。言葉にしなければダメだ。言葉で伝えられればなお良い。
うだうだ考える暇があるなら、一言でもつぶやけば人は変わる。騙せる。嘘から出た真。
言葉にしない限り、その不安はぬぐえやしないぞ。
「簡単だろ? お前は別れる時も、首都の時も、逃げた俺と違ってちゃんと伝えてくれた。できないわけないだろ。俺ができたんだから」
「……ネロ」
扉越しに、まだ少し涙声のリリーがいる。
「あたしも、好き。愛してる。結婚して」
「――喜んで。お姫様」
涙声の中にうれしさをにじませ、リリーは伝えてくれた。
「で、魔導は解いてくれるのか?」
「これくらいネロなら解けるでしょ。連れ出してよ」
「我が儘なお姫様め」
扉にかけられていた聖域の魔導を破壊し、扉を開けて放つ。
中からは、純白の衣装に身を包んだリリーが出てきた。
☆☆☆
リリーに言われ、お姫様抱っこをして広場へと戻ると、随分と盛り上がった。
その後は予定通りに式は進んでいった。この里では誓いのキスの代わりに、聖水とされるものの回し飲みがあるのだが、こういう時って大体酒な気がする。と怯えながら飲んだが普通に水だった。
途中、祝辞を述べるところでラトメアが号泣して言えなかったりと、些細なハプニングはあったけれど。
滞りなく進んでいき、宴は二部へと進んだ。
二部は披露宴みたいなものだろうか? 最初は俺とリリーが座っている場所にいろんな人がお祝いの言葉を述べに来たりしたが、途中からはリリーが一人で動き出したので俺も動くことにした。
参加者はリリーやラトメア、ナフィを中心に話しこんでいたりする。
モートンやバルドなど、友人を中心に回っていると、昨日からずっと姿の見えなかったエルフが二人、佇んでいた。
一人はライミーだ。彼女は今日の夕方に帰ってきたらしい。あいさつ回りの時にはいなかった。
もう一人は、俺が視界から消していたエメロアだ。
エメロアは随分と不機嫌そうな顔をしている。その様子をライミーが宥めているようだった。俺は二人に近づいた。
「ちゃんと謝ったみたいじゃん。感心だな」
「何よ……無理矢理謝らせたもんじゃない!」
「別に俺に見えないだけで、他の人には見えるし問題はないはずだけど」
エメロアを視界から消していた魔法を解くトリガーは、エメロアの謝罪とリリーの返答だった。
リリーの返答がどういうものであれ、エメロアの姿は見えるようになる。リリーに謝らせることだけが目的だったし。
「この子、こういっていますが本当は感謝しているんですよ」
「ちょっと姉さん!」
「感謝? ドMかよ。引くわ」
「違うわよ!!」
無理矢理謝らせたのに感謝って、被虐趣味じゃなければ何なのだろう。
「……ちゃんと謝る理由を、くれて」
「これは意外だ。謝ろうと思っていたなんて」
「あなたわたくしを馬鹿にし過ぎではなくて……?」
そうだろうか? プライド高い奴の考えることなんてわからないわー。
「わたしからも、ありがとうございます。少しずつですが、妹も変わってきています」
「あっはっは。じゃあ手始めに――下僕の二人でも探すかい?」
「ぐっ……そう、ね。もしその機会があるなら、そうさせてもらおうかしら」
「良い店を知ってるから、その気になったら言えよな。まぁ、ミイラ取りがミイラにならないようにだけ、気を付けておけ」
「そうさせてもらいますわ」
フン、と鼻息荒く返してくるエメロア。
こいつ自身に俺は恨みはないし、別にいいけどね。どうでもいいから、別にどうだっていい。
「ともあれネロ様。ご結婚おめでとうございます。わたしもちゃんと探さなくてはなりませんね……」
「ありがとう。お前の相手はすぐに見つかりそうだけどな?」
「そうですかね……わたしの理想が高いのでしょうか」
「へぇ。理想があるのか」
「はい。少なくとも、わたしを地下から救い出してくれそうな人でなければ」
「そういう発言やめてくれる? あとお前はもう奴隷じゃないよ?」
しれっと理想を俺にしないでほしい。それに加え、お前はもう地下にいないだろうに。
ライミーはふふっと笑うだけだ。冗談だとは言ってくれないのか……。でも地下から連れ出してくれるだけなら、別に見つけられそうだけどな。
「レンビアとかはどうなんだ?」
「そうですね……もう少し頼りがいがあれば……あるいは頼ってくれそうであれば、なくはないです」
「手厳しい……まぁ頑張れよ。行き遅れないようにだけは」
「それは、もう」
生き遅れた奴の怖さを知っているからな……。
ライミーも人づてには聞いているのか、しっかりと頷いてくれた。エメロアは別にいいんじゃないかな。もらってくれる人いそうにないし。
「あなた、今失礼なことを考えましたわね……?」
「何のことやら。まぁ世の中物好きもいるしな」
「その言葉でどんなことを思ったか丸わかりでしてよ!? ちょっと早く結婚したくらいで粋がらないでくださる?」
「だったら行動で示せよ? 手始めにレンビアでも落としてみろ」
「望むところですわ!」
エメロアは言うが早いか、レンビアのいる方へ向かって行ってしまった。
あー……やっちまった。そりゃ、あいつの性格からすりゃ売り言葉に買い言葉だよな。
「ちゃんと後先考えて発言してください……」
「本当に申し訳ない……」
結果は火を見るより明らかであり、そしてこれは誰も得をしない行動でもある。
ちゃんと、考えて言わなきゃな……将来のこともあるし。
ライミーと別れ、適当に回りながらエメロアがレンビアに振られるのを待って、レンビアの下へ行く。
レンビアは俺を見るなり、これ見よがしに盛大なため息をついてきた。
「悪かったよ……ごめん」
「お前から素直に謝罪されると対応に困る」
俺もそう思う。のらりくらりと逃げるし。
でもまぁ、あれは本当に悪かったと思ってる。
「……はぁ。いいけどさ、お前はそういう奴だもんな」
「あっはは。よくご存知で」
「お前は酒を飲まないのか?」
俺が持っている飲み物がジュースなのを見て、レンビアが聞いてくる。
「飲まない。一度やらかしたからな」
「へぇ、どうなったんだ?」
「言わねえよ。面白がって飲ませようとしてくるだろ」
「ちっ、ばれたか。でもその情報だけでも十分飲ませるに値するけど」
「魔法を駆使して阻止する。容赦なく。五体満足でいられると思うな」
「本気じゃねえか……やめておくよ」
こんな場所であんな状態になりたくない。危険すぎるだろ。
「なぁネロ。この話はいつに決めたんだ?」
「んー……機会があればいつだってよかった……ってとこか」
「昨日の時点で、決めてた?」
「漠然と」
「そうかぁ……」
言う決心したのは、帰ってからだったけど。
とはいえ、このタイミングを逃せば次は相当先になるのはわかっていたしな。
「お前さぁ……前もって言ってくれないか!? いつも唐突過ぎるんだよ!」
「し、仕方ねえだろ直前まで言う勇気がなかったんだから!」
「外堀から埋めるとかいう発想はねえのか! ていうか聞いたぞリリーにも言ってなかったんだってな!?」
「……そ、その方がサプライズになるかなー、って」
「……本当は?」
「伝えるタイミング逃しちまった」
「だよなぁ!」
いやほんと。俺の中であらゆるものがぐだぐだしていた。
だからもういっそのこと勢いでいっちゃえっって……。
レンビアは大きくため息をついて、項垂れてしまった。
「こっちにだってさぁ……準備があるんだぞぉ……」
「わ、悪かったよ」
「祝いの品もちゃんとしたものじゃないし……本当はエルフの森まで行きたかったんだぞ」
「その気持ちだけで嬉しいよ」
贈り物ってのは、高価なものや質の良いものもそりゃ嬉しいけど、ちゃんと自分たちのことを思って悩んだり決めることに意味があるはず。
レンビアの贈り物ってのは、きっと俺たちのことを考えて決めてくれたものだろう。それだけで十分だ。
「……敵わないよなぁ」
「何が」
「お前に、さ。お前は一人で何でもやっちまうし、場をかき乱すけど良い方向にも進んでいく。どんどん先に行って、生き急いでいるんじゃないかってくらい、危うい」
「リリーも取っていくし?」
「そこは……そうだけど。でも僕じゃ、お前には敵わない」
レンビアの言葉には、言い得ぬ嫉妬とかが混ざっていたけれど、たぶん、一番は羨望だった。
「生き急いでいるように見えるのは、お前が長命なエルフだからじゃないか?」
「それを抜きにしたって生き急いでいるよ。早死にするなよ」
「くはは。性格上、保証はできんな」
「だろうね」
これから進む道も、危険だらけだ。
「でも、生きてる。死ぬつもりはないさ。危なくなったら助けてくれるだろ」
「そういうことをしれっというな……助けるけどさ」
一人で何でもできることはない。できるように見えるだけだ。いつだって俺の立てた計画は破たんしそうで、でも優秀な仲間が支えてくれる。
俺一人じゃ、できることは限られる。それこそ場をかき乱して終わるのが関の山かもしれない。でも、それを成功へと導いてくれるのはいつだって仲間だ。
危うくなったら助けてくれる。そう信じて、信じる仲間とともに。
「ともあれ、お前の理想は応援しているよ。いつになるかわからないけど、そっちに行かせてもらうし」
「ああ、その時はよろしく頼む」
レンビアと別れ、途中教官を弄りにいったりしながら回っていると、ラトメアが一人でいるのを見つけた。
俺はそちらへと向かう。
「随分と哀愁漂っていますね」
「ん……ネロか」
ラトメアは酔っているのだろう、少し顔が赤い。
そういえばラトメアが酒を飲むところは見たことがないな。禁酒でもしていたのだろうか。
ラトメアの手にあったコップを指差しながら聞いてみる。
「お酒、飲まれるんですね」
「ああ……そういや、随分と飲んでなかったな」
「お祝いだからですか?」
「それもある。が……一番は、お前がサナの子だからか、な」
ラトメアは小さく息を漏らした。
俺が、サナの子だから。
どういうことだろうか。サナの子というのは、別に最初からわかっていたことだろうに。
「オレが酒を飲まなくなったのは、パーティが解散してからだ。それまでは結構飲んでてな、エレオノーラと張ったくらいだ」
「そうなんですか」
エレオノーラってどれくらい飲めたっけ……まぁ、あの人が酒豪なのは何となく想像はつく。家にも酒瓶大量にあったし。
「そういえば、あれだけ時間があったのにラトメアさんから冒険者時代の話を聞いたことがありませんね」
「まぁ……聞きたいか?」
訊かれて、俺は逡巡していた。
聞きたくないわけじゃない。興味は十分にある。
でも、今じゃなくてもいいはずだ、と思う。
「今日は遠慮しておきます。時間はいくらでもありますし」
「そうか。聞きたくなったらいつでも言えよ」
「その時は、パーティメンバーを集めるのも面白いですね」
馬頭やエレオノーラ、それにまだ会ったこともない人々。
皆集めてみるのも面白そうだ。できるかはわからないけれど。
「それもいいな。久々に会いたくもなる」
「考えておきますよ」
「まかせっきりな感じで悪いな」
「構いませんよ。俺の方が自由に動けますもん」
他国に行くのなら、ね。まぁ時間的自由はそうないかもしれないけれど。
それでもいつか、集まってくれるなら集まって欲しい気もする。
ラトメアと馬頭、それにエレオノーラにはお世話になったわけだし。
ラトメアは手に持っていたコップを一口飲み、小さく吐息した。
そして横目にこちらを見る。
「……これでお前も、正式にオレの息子かぁ」
「――え、正式かどうか気にしてたんですか? お父さん」
「は?」
妙にしんみり言うものだから、思わず尋ねてしまった。ラトメアはラトメアで豆鉄砲でも食らったような表情をするし。
「いや、だって――」
「そういえばお父さん、リリーとの結婚の条件に自分より強い相手って言っていませんでした? ちょうど決闘で行っていた親子喧嘩が途中でしたし、決着付けます?」
「やらねえよ!? そんなのもういいよ!!」
「えーでも決着付けないともやもやしません? 俺はします」
「じゃあお前の勝ちだ! お前の勝ちでいいよ」
「えぇ……」
それはそれで納得いかないんだけど。
ラトメアは手で顔を覆いながら深い溜息をついた。なんで俺が関わると皆もれなくため息をついていくんだろう。ふっしぎー。
「あんな約束、ハンパな奴にリリーをやらねえ牽制のための言葉だ」
「ハンパな奴……俺はしっかりしていますかね」
「そういうことを言うんじゃねえよ」
ラトメアが肩を組んでくる。一歩離れていたので、急に引き寄せられる形になりバランスを崩して倒れそうになる。何とか踏ん張るが、ラトメアの引き寄せる力は強い。
「お前もリリーも自慢の子だ。だから自信持て。カッコ悪ぃぞ」
「……はい」
「うし、それでいい」
ラトメアはわしゃわしゃと俺の頭を撫でると解放してくれ、歩いて行ってしまった。
俺は、撫でられた頭を自分の手で触る。
頭を撫でられたのは、いつ以来だろう。それも、明確な大人に。――親に。
安心感があった。大きな手で、父親らしく頼もしかった。
――俺もなれるかな。
そう思っていた。
ラトメアの手と、それからニューラの手を思い出そうとする。
父親の手だ。俺の、お父さんの手だ。
「……これが、普通の家の父親なのかなぁ」
俺には、分からなかった。
普通の家を、俺は知らないから。
思い出したくもない、前世の家。家族。父親は、あの父親は、こんな父親らしくなかった。
……いや、どうなんだろう。
ラトメアやニューラが変わっていて、普通の父親はもっと淡泊なのだろうか。
わからない。
普通も、特殊も。
俺には、わからない。
「ネロ!」
「うん?」
突然後ろから呼ばれ、振り返る。そこには声で予想していたけれど、リリーが満面の笑みを浮かべて立っていた。
リリーは歩いて近づいてきて、俺の両手を握ってくる
「あたし、今一番幸せ!」
「そっか。まぁそりゃ」
「ネロを好きになってよかった! 愛してよかった! だから――結婚して良かったって、言わせて!」
「――うん、もちろん」
「ねぇネロ。気付いてる? あなた、時々子供っぽくなるの」
「リリー、酔ってんのか?」
「ネロは酔ってないの?」
「飲まないって決めたから」
「良いじゃない今日くらい!」
「今日だからこそ飲みたくないんだ」
「えー……酔ったネロも見たい」
「また今度、二人きりの時にでも飲んでやるさ」
「絶対だよ」
酔っぱらっているようなリリーに約束を取り付ける。
どうせ明日には忘れているだろうし、もし忘れてなくても周りに人がいなけりゃ大丈夫だろう。
「あっ、あなた話逸らしたでしょ」
「ち、ばれたか」
「今ならあなたのことが手に取るようにわかるよ」
それは酔っているからだろうか。
どうだっていいけど、いや良くはないけど。
でも話を逸らしたのに気付かれてしまった。
俺の言動が時々子供っぽくなる、だっけ。そうだろうか。そうでもないような気がするけど。
「あなたの言葉、時々子供っぽくなるの。でも、あたしはそれが好き」
「ありがとう。酔っているなら水を飲もうな」
「子供っぽいのは、あなたの本心だから」
「子供っぽいって言っているのか? 否定はしないけど」
「違うよ。あなたの本心はとても子供なの。そこが可愛くて、いとおしくて、好き」
「リリー。ちょっと酔いを覚まそう?」
「あははっ、ネロ顔が赤い!」
そりゃこんだけ臆面もなく好き好き言われりゃ誰だって顔を赤くするだろうよ。
それが好きな相手ともなればなおさらだ。お願いだから少し黙って欲しい。
リリーの対処に困って助けを求めて回りを見渡そうとしたとき、いきなり首に腕を回された。
リリーに引き寄せられる。リリーの口が耳元に来た。
「ネロ大好き」
……あれ、リリーってこんないとおしかったっけ。
そんなことを思っているうちに、リリーは一歩離れ、ニーっと顔を真っ赤にして笑って去って行った。
台風にでも襲われたような気分だった。嵐が去って行った気分だ。
自分でも顔を赤くして、熱くなっていることを自覚しながら、大きく息を吐いた。
溜まっていた熱を吐くようにしたけれど、どうにも上手くいっていない。
こんな顔、誰かに見られたくないな。ちょっと人気のないところへ行くか。
そう思い、広場の隅へと移動する。
皆、酔いがうまい具合に回っているようで、俺が一人離れたところで目くじらを立てる者はいなかった。
夜風に吹かれ、熱を冷ます。
その時、不意に耳元に何かが近づいて来るのを感じた。
「……祝いの席だぞ。凶報は明日にしてくれねえか?」
『――申し訳ございませんの』
声は、久々だけど割と記憶に新しい声。
エルフクイーン、アニェーゼのものだった。
そして耳元にいるのは妖精だ。アニェーゼは妖精を使い、遠隔通信をしているのだ。
「便利だな、妖精」
『ええ。でもわたくしにしかできませんのよ』
「だろうな。けど、妖精を説得すりゃ――」
『話を逸らさないでくださいの』
「……そうかい」
彼女は、どうしても今伝えなければならないことがあるらしい。
それも凶報を否定しない。
悪い情報に、違いはないのだろう。
だから聞きたくないのだけれど。今は祝宴の真っ最中。俺だけ外されるような気分だ。
『心して聞いてくださいの――デトロア王が暗殺されました』
「……ふぅん」
俺は、ため息とともに返事をした。
『あまり驚かれないですのね?』
「そりゃ、想定できることだろ。それに……悪いことだけじゃない」
次のデトロア王国の王座は、第一王女フレイヤへと渡る。それはこちらにとっては、好都合だ。
俺の理想に共鳴してくれている分、やりやすくなる。
まぁ、実際はそう簡単にことが運ぶとは思わないけれど。ごたごたが起きそうだ。
でもフレイヤの身の危険はないだろう。そのためにグレンがいるのだから。
とはいえ、警戒すべきなのは事実だ。
なぜならアニェーゼはとある言葉を使った。
「エルフクイーン、デトロア王は暗殺された。それで合っているな?」
『はい。暗殺されましたの。公表はまだですが、もしかすれば暗殺は伏せられる可能性が高いですの』
「どうして暗殺だとわかる?」
『妖精のおかげですの。お判りでしょう?』
「まぁ……な」
妖精は、自分が惚れたエルフクイーンには嘘をつかない。
それをどこまで信じられるのか、正直わからないけれど。
でも、確認を取る方法はある。それこそグレンに連絡を取れば、あるいは。
まぁ変なところで真面目だし、絶対に教えてくれるとは言えないけれど。
「……わかった。連絡ありがとう。こちらでも確認と調査をする」
『はいですの。――ああ、それと、わたくし、貴方の理想には反対ですのよ』
「ハッ、そうかい。別に構いやしない。満場一致で賛成してくれるとは、思っちゃいない」
『ええ、その意気ですの。それでは――祝宴に、大変失礼いたしました。エルフクイーンとして祝言を。おめでとうございますの。それとダークエルフクイーンから、「ぶっ殺す」とのことですの』
「あいよ、どうもありがとう」
カミーユの言葉くらい、予想できていたさ。だから……こ、怖くなんかないんだからね!
妖精は俺から離れていき、どこかへと姿を消した。
魔眼を使ってみれば、離れた妖精とは別に、彼らも各々この祝宴を楽しんでいるようだった。
「良い知らせ、悪い知らせはいつだって一緒に来るなぁ」
けど、今は。
この祝宴を、楽しまなければ。




