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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
番外編 夢見る魔導師
141/192

学園の魔導師

「ふわ……」


大きく欠伸をかく。

先生はちょうど黒板を向いており、バレはしない。

バレたところで、何か言われるわけでもないのだが。


代わり映えしない、というか……。

頬杖をつき、窓の外へ視線を投げる。

つまらない。


学年を上がり、クラスも変わった。

当然ながら、成績上位者の1組に配属されたわけだが、やっている授業は別に変わらない。

実戦的なものが増えた程度で、最下位クラスの7組との差はあまりない。


周りが必死こいて板書する中、俺はただ全体をボーッと眺めているだけだ。

突っ伏して寝ようものなら、他の連中から目くじらを立てられる。

やることもなく、小さくため息をついた時。


後頭部に何かを投げつけられた。


「……」


またか。

俺の後ろ、何とか言う侯爵がいる。そいつは毎日、飽きもせず嫌がらせをしてくる。


消しカスでも投げつけられているんだろう。

別に痛くもなければ、気になるほどでもない。

こういう手合いは無視に限る。


最初は消しカス、次に消しゴムを千切った欠片、そしてペーパーボール。

さすがにペーパーボールを投げつけられれば、気にもなる。


別に授業を聞いているわけでもないし、ボーッとしているだけだから、構いやしないともおもうけど。


俺が振り向き、文句を言う前に。


「センセー、ネロくんがゴミを散らかしてまーす」


手を上げ、アホみたいな声を出す。

その言葉に、周りから失笑がもれる。

先生も振り向き、俺の周囲に目をやる。


「ネロ、特待生だからって何でも許されるわけじゃないんだぞ」

「……」

「ちゃんと片付けておけ」

「……はい」


いつもの対応だ。

反論するのも馬鹿らしく、反抗するのも面倒臭い。

ただ返事をし、それで矛を収めてくれるなら、その行動を選ぶ。


だが、今日は少し違った。

先生が黒板に振り向かず、こちらを見ているのだ。


「お前はいつも散らかしているな。身の回りの乱れは心の乱れだぞ」

「……」


そんな、馬鹿みたいな説教を垂れ始めた。

周りの者も、笑いを堪えながら肩を震わせている。


その後も続いた説教のせいで、結局授業は進まず、その責任を俺に押し付け、先生は退出していった。




今日の授業が全て終わり、俺は机に突っ伏した。

そのまま数秒いると、廊下から慌ただしい足音が響いて来る。

廊下を走るなという、どこの世界でも共通のルールを守れないそいつは、スライドのはずの扉を蹴破る勢いで入ってきた。


「ネロ様ー!」


甲高い、見ずともわかる満面の笑みを浮かべたミューが、教室に入ってきた。

ミューは真っ直ぐに俺の机のそばに来る。

周りの男子が声をかけるも、一切を無視して。


「何ですかその頭?新しい髪留めですか?」

「……」

「あ、なんだ消しカスじゃないですか。こんなの頭につけててもモテませんよ?」

「……」

「ほら、今日は城下を案内してくれる約束ですよ」


払ったつもりで、まだ残っていた消しカスを撫でるように払い落とされ、肩を叩かれる。

消しカスが乗っていたのはこいつのせいだし、俺はそんな約束をした覚えもない。


「ミューちゃん、城下町ならオレらが案内してあげるよ?」


何とか侯爵が、そう申し出る。

見ずともわかる。

下心丸出しの、にやついた笑みで誘っているんだろう。


ミューは、田舎者だ。

俺も人のことを言えた義理ではないが、俺よりさらに常識のない田舎者。

確かデトロア王国に編入されている公国のお嬢様だとか。言い様によっちゃお姫様だ。


容姿としては、金髪碧眼。身長は俺の胸あたり。

体型に特筆すべき点はないが、まぁ、男子に群がられる程度には整った顔立ちだ。


そんな奴が、俺にだけ構ってくるものだから、俺は周りから疎まれているというのに。

なんでこんなことになっているか。

学園長のせいだ。

このお姫様の護衛役に、俺を推薦しやがったのだ。

そんな面倒なこと、当然拒否した。


が、その場にいたミューが涙を浮かべて睨んでくるものだから、断り切れなかった。

王様も、どういう考えのもとか知らないが、了承するし。


ミューの護衛役として一週間は経ったが、引き受けた手前、放置するわけにもいかず、付き合ってやっていると懐かれた。

まぁ、王都で一人だったのが心細かったりして、その傷心のところに付けいった形になるのだろう。

そんな面倒臭い考え、一切なかったけど。


女なんて森に放って魔物に襲われそうになったところを颯爽と現れて助ければコロっと落ちるだろ。

違うか。違うな。


ミューは何とか侯爵の申し出に、少し迷う様な反応を見せる。

知り合いの少ない中、申し出は嬉しいけど、知らない相手だから怖いのか。


「そんな奴よりイイところも知ってるし」

「そうですか……?」

「寝てる奴なんかと行くよりも絶対楽しいって」

「……じゃあ」


頷きそうな雰囲気を察知して、机から立ち上がる。

ミューと侯爵の方に向けば、侯爵が差し出した手をミューが取ろうとしていた。

そのミューの手を取り、荷物を担いで歩き去る。

後ろから、忌々しそうな舌打ちが聞こえてきた。


「ちょ、ちょっとネロ様、速いです」


俺の歩く速度に、躓きながら何とかついて来るミューを無視して、とりあえず学園から出る。

城下町の入口近くで、ミューの手を離して振り返る。

ミューは、少し上がった息を胸に手を当てながら整えていた。


俺は整うのも待たず、口を開く。


「あの侯爵に近づくな。黒い噂しか持ってない奴だぞ」

「あ、はい。知っていますよ」

「……」


当たり前のように言われ、思わず閉口する。


「ああでもしないと、ネロ様が反応してくれないんですもん」

「……俺が反応しなけりゃどうするつもりだ」

「考えていません。仮に何かあっても、助けてくれると信じていますので」


そういって笑うミューは、月も見劣りするほど綺麗だけれど。

俺は、顔がわずかに歪むのを自覚する。


なぜか、俺にはミューに対して思うところがない。

ただ、手の掛かるお姫様程度にしか、思えない。


俺が反応を返さないのを不満気に、ミューは眉根を寄せて唇を尖らせる。


「むぅ……クラスの皆さんはわたしが笑うと顔を赤くするのに……」

「残念だったな」


それだけ返し、俺は反転する。


「……城下町を案内する」

「はい、お願いします」


歩き出した俺の左腕に、ミューの腕が巻きついて来る。

その腕から引き抜こうとするも、がっしりと掴まれて抜けやしない。


「離せ」

「イヤです」

「歩きにくい」

「ゆっくり歩いて下さい」

「周りの目が面倒臭い」

「この際開き直って下さい」


糠に釘。暖簾に腕押し。焼け石に水。

無駄だと知りつつも、何とかしようと努力する。


「あと、そろそろ叫ぶのやめろ」

「何でですか?あ、恥ずかしいんですね?」

「当たり前だろうが」

「ふふふ、ネロ様がもっと反応してくれれば、考えなくもないです」

「はぁ……」


額に手を当て、ため息をつく。


俺は、もっと静かに学園生活を送りたいのに。

一年の頃は、まだ静かだった。

貴族の家系で、なのに最下位クラスの俺を周りは馬鹿にしていたけど、今よりは静かだったと断言できる。


7組は周りが平民なので、クラスではちょっかいを出されることはなかった。

周りが怯えて、ろくに友達はできなかったけど。

今よりは断然マシだ。


1組になって何が変わったって、ミューの護衛役に選ばれて悪目立ちしてちょっかいを出されるようになった。

俺の学園生活が騒がれている原因はミューじゃないか。


原因の、上機嫌に歩く隣のお姫様を見る。

喜色満面。そんな顔に毒気を抜かれた。


「何ですか?」


俺が見ていることに気付き、ミューが首をこてんと倒しながら聞いてきた。


「……いや。悩みもクソもなさそうだな、て」

「あら、悩みはありますよ」

「聞きたくない」

「ネロ様がわたしの好意に気付いてくれないことです」

「言うことを聞かない奴は嫌いだ」

「む……返されてしまいました」


少しだけ不満そうに。

だけどすぐに笑みを浮かべるミュー。


「でも、デートができているのでいいです」


なぜそうも堂々と言えるのか。

嘆息を漏らし、歩を進めた。



☆☆☆



翌日。

俺はいつも通りに登校した。

ミューは学園長の家、つまり俺と同じ家なので、ミューの所属する2組までは一緒だ。


1組の方が奥側にあるので、2組の前でミューと別れ、クラスの扉を開けた。


「……」


自分の席を見て、顔が歪む。

ありとあらゆる不満や文句をため息として吐き出し、席に向かった。


自分の机の上に置かれていた、花瓶をどかす。


その下、机には落書きが満載だ。


よくもまぁ、ここまで無駄な労力を使えるな。

周りの堪え切れずに漏れて来る笑い声を聞きながら、無駄だろうけど落書きを消そうと試みる。


「あっれ?ネロくんどうしたの?机に落書きなんかして、またセンセーに怒られるよ?」

「……」

「身の回りの乱れは心の乱れ、だっけ?机の落書きは自分への評価かな?」


何とか侯爵の言葉は、全部無視。

こんな奴の相手なんて、時間の無駄でしかない。

むしろ無視することで、反応がないからつまらないとか言って手を引いてくれるまである。

いや、それはこの状況に限ってはないか。


俺は一人、黙々と机の落書きを消す。

やがて反応がなくて飽きた様子の何とか侯爵は、舌打ち一つして離れてくれた。


先生が来るまで頑張って消そうとしたが、消えることはなく。

ガミガミとうるさい先生の説教を聞き流した。



☆☆☆



授業が終わり、机に突っ伏す。

いつも通りだ。

いつも通り過ぎて欠伸が出る。


今日はミューと服の買い物に行く予定だ。

昨日、周り切れなかったから、と言うのが彼女の言い分。

はっきり言って、服の買い物に俺がついて行って何かアドバイスができるわけではない。


まぁ、あのお姫様は俺と買い物ができれば満足なのだろう。

あれだけ言われれば、さすがにわからないわけがない。

わかっていて、わからないふりをしているわけだが。

あんなお姫様と一緒になるなんて、面倒臭すぎる。


「……」


おかしいな。

帰りの会が終わり、数秒もすれば騒がしい足音が聞こえるはずなのだが。


来ない。

ミューが、来ないな。


いや、まぁ、今までが異常であって、クラスで出来た友達と駄弁っていれば遅くもなるだろう。

昨日の今日で、出来るのかは知らないけど。

ちなみに俺は一日で放課後まで喋れる友達など出来なかった。

友達の絶対数が少なすぎるし、そもそも友達と呼んでいいのかわかんないし。

誰か友達のラインを明確に、簡単に教えてください。


「……」


本当に来ないな。

忘れているのか?そんなわけないよな。


俺は席から立ち上がり、荷物を肩に担ぐ。


「あれー?お姫様は待たなくてもいいの?」


何とか侯爵が声をかけてくる。

これだけ話しかけてくるとか、こいつ、逆に俺のことが好きなんじゃね?全力で断らせてもらうが。


当然、そんな声には反応せずに教室を出る。

隣の、ミューの所属する2組を覗く。

人はまばらで、帰りの会が終わってからにしては少し少ないか?


2組を眺めていると、ミューの荷物があることに気づく。

ということは、まだ帰っていないのか。


なら……と考え、ようやく思い当たる。

確か、今日2組は午後に体育館を使用しての訓練だったか。


体育館はここから少し離れている。更衣室も向こうにある。

迎えに行くにも、ミューの荷物をここに置いて行っては二度手間だな。


2組の教室に入り、ミューの荷物を拾い上げる。

その際、机の中が見えた。

一枚の手紙が入っていた。


ミューのものだろう。カバンに入れておくか。


手紙を取り出し、他に何もないのを確認して、屈めていた体を起こす。

すると、封の開いていた手紙がこぼれた。

拾い上げ、もどそうとしたとき、内容が目に入った。


それは、ただ一言。


果たし状のような、一文。


『体育館裏においで』



☆☆☆



「ミュー!」


体育館裏に急いで来たが、そこにはミューすら、誰もいなかった。

俺は手を頭に当てる。


もう手遅れだった?

それとも、場所を変えられた?

入れ違いになったか?


だが、その場に居合わせていない俺では当然わかるはずもない。

ふと、目に入った体育倉庫が気になった。

近づいてみると、倉庫には南京錠がかけられているはずが、外されていた。


俺は倉庫の取っ手に手をかける。

そこで、なぜか体が固まった。


急に全身が震え出していた。


背すじに悪寒が走る。


心臓が早鐘のように鳴り響く。


脳が、開けるなと警鐘を鳴らしているようだった。


「……」


息を止め、全身を止める。

そして脳の命令を無視して倉庫を開けた。


そこには--


「あら、ネロ様」

「ミュー……」


体操服のままで、マットに腰掛けたミューがいた。

元気そうな顔を見て、大きく安堵の息を吐いた。


「どうしたんですか?そんな顔して……はっ!ここは倉庫の中、人通りも少ない体育館裏!まさか、とうとうネロ様も……!」

「馬鹿言ってんな」


ミューに近づいて、頭を小突く。

よかった、何もなさそうで。

俺の早とちりで、思い過ごしで、本当によかった。


ミューに思うところはなくても、何かあれば後味が悪いし、何より護衛役を果たせられていない。

与えられた役くらいは、全うしないとな。


「ほら、服の買い物行くんだろ。着替えは?」


聞くと、ミューは少し困ったような表情を浮かべた。


「あ、えと……その、今日はこのまま帰りたいです」

「うん?まぁ、別にいいけど」


女性の買い物は長いしな。特に服飾関係は。

行かなくていいなら、俺としてはそれに越したことはない。


ミューに手を伸ばし、取ってくれた手を引いて立たせる。


「服は?」

「更衣室です。少し待っていてください」

「わかった」


そう答え、体育館についている更衣室まで移動する。

更衣室の外で、壁に寄りかかってミューの着替えを待つ。


男子の俺からすれば、ミューが出て来たのはかなり遅かった。

まぁ、女性だし、仕方ないのだろう。


家までの道中、ミューに抱きつかれながら帰った。

その力がいつもより強く感じたのは、俺の被害妄想のせいだ。



☆☆☆



学園での一日は、穏やかさを取り戻しつつあった。

机に花瓶は置かれるし、落書きはされるし、脅迫状めいた手紙も入れられている。

それでも、穏やかだと感じる。


ミューが来なくなったからだ。


学園へ、ではない。

2組へ、俺が迎えに行く様な形になった。

まぁ、これが本来あるべき形なのだろう。

どこの護衛役に、主人を迎えにこさせる奴がいる。

ここにいたな。


いや、俺の場合はミューが勝手に来ていただけだ。

来なければ、俺だって迎えくらい行くよ。

だから、2組へ行くんだけど。


「ミュー?」

「あ、はい。どうしました?」

「……そりゃお前だろ。制服はどうした?」


ミューは、なぜか制服ではなく体操服を着ていた。

周りを見ても、午後は別に実戦授業だったわけでもなさそうだし。

教室で体操服は違和感しかない。


「授業で汚してしまいまして」

「ブレザーもか?」

「いえ、ブラウスだけですから、大丈夫です」

「そう。ちゃんとカゴに入れとけよ」


洗濯は俺の魔法で簡単に終わらせるからな。

洗う服は出しておいてもらわないとわからない。

まぁ、女性服まで俺に洗わせる学園長には抗議したいところだけど。


「あ……今日は自分で洗いますよ」

「は?どういう風の吹きまわしだ?」

「時々くらい手伝いますよ」


そんなこと、今まで一切なかったはずだけど。

まぁ、洗うというのなら、無理に止めやしないけど。

というか、それが普通な気がするんだけど。特に女性服は。


ミューは席からゆっくり立ち上がり、荷物を取ろうとして中腰で固まる。


「……持ってくれませんか?」

「ああ」


頼まれ、ミューの荷物を担ぐ。

教室を出ようと歩き出そうとすると、右手を掴まれた。


「……外まで我慢しろよ」

「繋ぐだけで、いいので」

「……?」


そういって微笑むミューの顔に、影が差しているのは、気のせいではないはずだ。


「……なんかあったのか?」

「いえ、特には……ないですよ?」

「言ってくれないと対処できないぞ」

「本当に大丈夫ですよ。……本当に」


俯くミューは、何か隠している。

それはわかる。わかるけど……言ってはくれそにない。


どう行動すれば正解だ?

いじめだとして、強引にでも聞き出すべきか?


……俺の場合は話さない方を選んだ。

誰に何を聞かれても、黙っていた。

そうやって自尊心を保っていたから。

後から思えば、強引にでも聞き出して欲しかったという思いがあったことに気付いた。


けど、ミューと俺は違う。

ミューの場合は、どうすればいいのか。


元気がないのはわかる。

原因はわからない。

学園か、クラスか、それとも俺か。

ふと先日の、ミューが体育館裏に呼び出されたことを思い出す。


……クラスか、友人関係か?


だけど。

公国のお姫様を、誰がいじめるのか。


「……なんかあったら言え。俺じゃなくても、学園長だって力になってくれるはずだ。何とかしてやるから」


俺には、そう伝える以外のことを思いつけなかった。



☆☆☆



授業中、廊下から慌ただしい足音が響いて来た。

だが、先生は授業を続ける。

まぁ、関係ないのに止める必要もないよな。


が、結局授業は中断させられる。

教室に、学園長が入ってきたからだ。


皆が目を丸くする中、先生が突然入ってきた学園長に訊く。


「どうしました?」

「ネロ、今すぐ保健室へ行け」


先生の問いを無視し、学園長はこみらを向いていた。

頬杖をついて見ていた俺を、学園長は睨むように見て来ていた。


「保健室?」

「行けばわかる」


それだけ残し、学園長は去って行った。

吐息し、席から立ち上がる。

行けと言われたのだから、行くしかない。


席を離れる際、誰かに笑われた。



☆☆☆



「……」


保健室に着き、保険医の先生はいなかった。

いたのは、ベッドで寝かされているミューだけだ。


そのベッドの端に立って、見下ろしていた。


外傷はない。

そりゃ、回復魔法をかければ、外傷は消える。


顔色は良くない。

寝ているが、時々表情が苦しそうに歪む。


熱があるようではない。

風邪だとか、病気ではなさそうだ。


服は変えられていた。

制服でも、体操服でもない。

入院患者が着るような、簡単な服だ。


視線を移す。

ミューの服が、乱雑に置かれている場所に。


異臭がする。

臭い。

においの元は、服だろう。


「……」

「どう思う?」


いつの間にか現れ、隣に立っていた学園長に問われた。


「……くさい」

「何が?」

「全てが」


服から漂うニオイ。

ミューから漂うニオイ。

今までいた場所のニオイ。

腐ったニオイ。


自分のニオイ。


「状況を教えようか?」

「いらない」


聞きたくない。

聞けるはずがない。


壊れずにいるのに、精一杯なのだから。

叫び声を押し殺し、震えを押さえつけ、衝動を殺しつける。


「どうしたものか、困っている」

「でしょうね」


本当に、この学園にはろくな奴がいない。


上が腐れば下も腐る。

最下層はニオイに耐え切れず、反乱を起こす。

指導者が腐った何かの頂点に立つ。

そうして臭いものに蓋をする。


ニオイは、消えない。


俺の鼻をつくニオイは、消えやしない。


「俺に押し付けてくれて構いませんよ。王様も、どうせそのつもりでしょうし」

「どうだか。魔導師の君を敵に回すかね。それに、意識のあったミュー様が、君のせいではないと擁護した」

「……無駄なことを」


結局、誰かが責任を負わなければならない。

その際、あの何とか侯爵が認めるか?そんなことあるわけがない。


「手でも握って上げればいいじゃないか」

「そんな資格が、俺にありますかね?」


自嘲気味に、口端を上げる。

握れるわけがないじゃないか。

誰のせいで、ミューがこうなったというのか。


気付いてやれなかった、俺じゃないか。


体育館裏。

あの時に、気付いてやれれば違ったのに。

俺が気付いたのは、抱きつかれた時の力加減だけだ。


思い出せば、気付ける部分があったじゃないか。

ミューは『まさか、ネロ様も……!』と言った。

別の誰かが、先にやっていた可能性を示唆していた。


「それでも、誰にも握られないよりはマシだと思うが?」

「……」


吐息一つ。

近くにあった椅子を引き寄せ、座ってミューの手を握る。


少しだけ、嫌がるように手を震わせたが、強く握るとすぐに収まった。

心なしか、ミューの表情が和らいだのが救いだ。


「私はいろいろやることがある。ここは頼むよ」

「ええ」


学園長の方は見ずに返事をすると、足音が遠ざかって行った。


「……」


結局、何も変わらない訳か。

俺はこの後、どうなるのだろうか。

この責任の追及についてではない。


よく、似ているのだ。


俺が、世界を憎んだ時と。


また壊すのだろうか。

また捨てるのだろうか。

またリセットするのだろうか。

また転生するのだろうか。


そしてまた、何も変わらない世界を繰り返すのだろうか……。


「ミュー……」


今は、ミューが起きるのを待つだけだ。




「ん……」


小一時間したころ、ミューが目を覚ました。


「おはよう……じゃないか」

「ネロ様……申し訳ございません」

「本当にね」


ああ、ダメだ。

少し嫌味っぽくなってしまった。


ミューの責任ではないのに。

責任転嫁なんてしちゃいけないのに。


俺が取り繕おうと口を開く前に、ミューとつないでいた手が、力強く握られた。

無理に笑顔を浮かべ、歪んだ表情をするミュー。


「それじゃ苦しそうにしかみえないよ」

「だったら……それがわたしの本心です」

「……そう」


苦しくないわけがないか。

笑みを浮かべられるわけがないか。


俺に心の傷は、見えない。

自分の傷すら曖昧なのに、他人の傷まで見えるわけがない。


だけど、無傷じゃないのは確かだ。


それだけわかれば、十分じゃないか。


「何かして欲しいことある?今なら何でもしてあげるけど」

「今は……何も」


ミューは、俺の手を痛いほど握りながら空いている腕で顔を覆う。

その覆った端から、涙が溢れてくる。


「……ネロ様」

「何?」


涙声で、訊かれる。


「本当に何でもしてくれますか……?」

「出来る範囲で」

「……わたしを愛してください」


絞り出すような声で、伝えて来た。


「……それは」

「今日だけ、今だけでいいんです……今だけは……あなたに愛されたい」


強く強く、手を握られる。


「ミュー、もう一回寝よう。まだ疲れてる」

「疲れていません。わたしの本心です」

「そうかもしれない。だけど、まだ早い」

「何がですか?早い方がいいに決まってます」

「傷が剥き出しだ」

「そんなものありません。どこも、どこにも痛みなんてないです」

「ミュー」

「やっぱりダメですか?こんな身体では、穢れた身体では、嫌ですか?」

「違う。そんなことない」

「なら、どうして……!」

「ミュー、痛いよ」


握り込まれる手に、耐え切れずに顔が歪む。

だが、ミューには俺の声なんて聞こえていない様で、力は弱められるどころか強められる。


「なんで、どうして……!誰も、誰も……誰もいないんですか……!」

「ミュー」

「あなたたちなんか好きじゃありません……!わたしは……!」

「ミュー!」

「どうして、どうして……!」


溢れ出す涙は、そのままミューの袖と枕を濡らしていく。

毒でも吐き出すように、ミューは涙を流し続ける。


「どうして……本当に好きな人には届かないんですか……!」

「……届いてるよ」


うわごとを言い続ける口を、俺の口で塞ぐ。

数秒、口づけたままでいた。


口を離すと、ミューの涙がさらに溢れ、うわごとももう言わなくなった。


「……今は、寝てて」


ミューの頭に手を当て、強めの催眠魔法をかける。

これで、学園が終わるまでは起きないはずだ。


小さく寝息を立て始めたミューを見て、大きく息をつく。

もう震えている様子はない。

苦しそうな表情も浮かべない。

ただ、手だけは何かを探すように開閉されていた。


その手は取らず、頭を軽く撫でて椅子から立ち上がる。

保健室から出て、そこでもう一度ため息を吐いた。


目を閉じ、数秒静止する。


ゆっくりと開いた視界は、良好だ。


さぁ。


「魔女狩りを始めよう」



☆☆☆



1組の扉を開け、中に入る。

先生はちらっとだけ俺を見るが、特に何かを言うこともなく授業に戻る。

クラスの連中の反応も似たものだ。


俺は教室内を歩き、席に移動する。

俺の、ではない。


「あ?」


何とか侯爵の、取り巻きだ。


開幕一番。

椅子ではなく、人を蹴りつける。


取り巻き1は声を上げる間もなく、周りの机や椅子を巻き込んで音を立てながら転がって行く。

被害にあった生徒から悲鳴が上がる。


「な……何をしているんですか!?」


先生を無視し、もう一人の取り巻きにも近づき、こちらは胸ぐらを掴んで、1の方へ投げつけた。


「こ、こら!」

「は?」


殺気すら撒き散らし、周りを黙らせる。

先生も踏み出しかけた足を、後ろに引いて冷や汗を流し始めた。


俺は、未だに状況を飲み込めずにいる取り巻き1と2を壁際まで蹴りつけて移動する。


「な、何すんだよ!」

「ミューに何した?」

「ああ!?」

「聞き方が悪かったな。誰に命令された?」

「知るかよ!」

「そうか」


こちらも簡単に話すなんて思っちゃいない。

だから、俺は足を振り上げる。


「お前に訊く。誰にさせられた?」


言葉と同時に、足を振り下ろす。

顔面に入り、骨でも折れるような感触がした。


だが、俺が訊いている相手は、蹴りつけた取り巻き1ではない。

顔は、取り巻き2の方へ向けている。


「な、な……!」

「お前には二つの選択肢がある。正直に話すか、こいつが再起不能になるのを眺めるか」


1の顔から足を離すと、鼻がへしゃげていた。

が、間髪いれずに蹴りを入れる。

それを何度か繰り返し、呆然としている2に顔を向ける


「ひっ……!」

「わかりやすく言うとだ。お前が喋るまで、蹴るのをやめない!」


1の顔を蹴りつけ、踏み付け、腹に爪先を食い込ませ、踏み潰し。

呻いていた1も、いつしか声もなくなっていた。

そこでいったん足を止め、髪を掴んで引き上げる。


「別に喋れるなら、お前が喋ってくれても構わないんだ。痛いの、嫌だろう?」

「……あ、ぅ」


1を手放し後ろを振り向く。


「別にお前らでも構わないんだ。誰が、誰に、命令をしたか。知っている奴が教えてくれればいい」


クラスの連中は俺から少しでも離れるように、俺のいる逆側の壁まで下がっていた。

俺を怪物でも見る様な目をしているが、今はそれすら心地良い。


「……話してくれないのか」


大仰にため息を吐き、振り向く。

取り巻き2が、震えて跳ねた頭を壁にぶつけた。


「心苦しいけど、蹴りを続けよう」

「お、お前普通じゃねえよ!なんで笑って人を殺せるまで蹴れるんだよ!?」

「あっはっはっは」


自分でも驚くほど乾いた笑いが出る。

周囲が凍り付いた。


笑って人を殺せるまで蹴るのと、笑って人の尊厳を踏みにじるのと、一体どっちが間違っている?


少なくとも、俺は後者が間違っていると思うな。

だって、殺せるまで蹴るわけで、殺してはいない。

回復魔法でも何でも、外傷は消えるんだ。


心の傷は、どうなる?

消えるわけがない。


心は見えない。

ゆえに傷がついているのかさえわからず、気付いた時には手遅れの場合もある。

そんな、限界まで我慢した傷は、回復魔法では癒えない。


死んでも、まとわりつく。


「さて、誰かが話してくれるまで、頑張るとしよう。何、代わりはたくさんいる。お前を痛めつけても誰も心が痛まないと言うのなら、誰かが代わりになるだけさ」


足を振り上げた時、取り巻き2が指を突きつけた。


「どうせ……わかってやってんだろうが……」

「まぁね」


2が突きつけた先、そこには当然、何とか侯爵がいる。

何とか侯爵は、取り巻き二人を見て舌打ちをした。


俺は蹴りつけていた取り巻き1の傷を回復魔法で治してやり、反転する。

二人から離れ、何とか侯爵に近づく。

三歩ほど距離を開け、問う。


「何か異論は?」

「……一切知らねえ」

「そう。お前らは?」


目を周りの連中に向ける。

皆、目を合わそうとしない。

それだけで十分だ。


「皆は反対しないようだけど?」

「記憶にねえな」

「その言葉が聞きたかった」


頬が吊り上がる。

皆が一斉に震え出した。


どんな笑みを浮かべているのか。

教室に鏡がないのが残念だ。


俺はポケットからナイフを取り出す。

ここにくる前に、適当な場所から拝借して来た。


「なんだ脅すのか?魔導師サマも野蛮だ」

「いやー怪物で構わないよ。それと、脅すんじゃない」


握ったナイフを突き刺した。


「--は?」


流れるように、なんてことないように。

習慣のように、日常の一部のように。

朝起きるように、夜寝るように。


俺は、初めて人を刺した。


「ぎゃあああああ!?」


突き刺したナイフを引き抜くと、傷口から血が壊れた噴水ように流れ出る。


「ひっ……!」


周りも突然の出血に、悲鳴を上げた。

傷口を押さえて身を屈める何とか侯爵に、手を触れる。


「喚くなよ。もう痛くないだろ?」

「何言って……!」


見上げるように顔をこちらに向けた何とか侯爵は、次の瞬間には目を丸くして傷口を見る。


「は……?」


そこにはすでに傷はない。塞がっている。


俺は何とか侯爵と目を合わせるために屈み込み、目を覗き込む。


「痛みで思い出してくれたかな?」

「……何を--」

「はいどーん」


ナイフを膝に突き立てる。

何とか侯爵の顔が壮絶に歪み、また叫びを上げた。

そしてまた、俺は手を触れて傷を治す。


「いつ、思い出してくれるかな?」


もう一度、今度は肩にナイフを突き立てる。

そして治す。


二の腕に突き立てる。

そして治す。


手の甲に突き立てる。

そして治す。


脇腹に突き立てる。

そして治す。


繰り返す。


繰り返す。


「君が思い出してくれるまで、殺すのをやめない」

「ひ、は……」

「ああ、でもそんな簡単に思い出してくれなくていい。死んだ方がマシだと思った時にでも、思い出してくれ」


脚に突き立てる。

そして治す。


指に突き立てる。

そして治す。


「お、おれが……」


頬に突き立てる。


「え?なんて?」


そして治す。


できるだけ急所を外し、血もあまり出そうにない場所を選んで。

突き刺す。突き立てる。


繰り返す。


「ねぇ、一体お前らはどうすれば更生するんだ?どうすればそのニオイは消えるんだ?どうすれば駆除出来るんだ?」


突き刺す。突き立てる。

治す。治す。


繰り返す。


「そのプライドを壊せばいいのか?その地位から引きずり落とせばいいのか?その頭を良くすればいいのか?その親を殺せばいいのか?」

「あ、う……」


痛みのせいで意識も失ってきたのか、口は半開きで悲鳴ともつかない言葉を流している。


「そろそろ思い出してくれたかな?」

「……お、思い出した……だから、もう……」

「思い出したんなら、ちゃんと自分の罪を口に出そうか」

「オレが……皆と、ミューを……襲いました……」

「うん。それに女子も混ざってるよな?どのくらい?」

「2組のと、1組の……全部で五人……」

「よし、詳細は明日でいいよ。だから」


何とか侯爵の頭をひっつかみ、床に叩きつける。


「寝てろ」


反応はなく、一撃で気絶してくれた。

頭から手を離し、立ち上がる。


周りを睥睨する。

俺の視線が向かうと同時に、余す人なく震えた。

中には涙を浮かべている奴もいる。


俺は彼らに対し、大きく腕を広げて笑みを作る。


「全員、訊いたな?この場にいる全員、余す人なく訊いたな?皆がこいつの犯行の証明者。証言を聞いた証明者だ。なぁ?」


問うと、皆一様に何度も頷いている。

先生も同じように頷いてくれている。


うん。

これで、十分だろう。


「じゃ、収集付いたし、学園長に報告行こうかな」


ああ、でもその前に。

取り巻き1を蹴りつけたせいで、何とか侯爵を突き刺したせいで、服が返り血で汚れているじゃないか。

まぁ、服は仕方ないにしても、床と壁の血は拭いておこうか。


俺は手首を軽く返す。

同時に、教室全体を濡らすほどの大量の水が降る。

授業中だったせいで、机に出ていた教科書類も濡れたが、それくらい我慢できるだろ。


水をかけられたクラスの連中は、意味がわからずに呆然としていた。

水でへばりつく髪をかき上げ、軽く振る。


「やっぱ、慣れねえわ」


ここが、トイレじゃ無いだけマシか。


呆然とするクラスの連中を置き、俺は水浸しのまま教室を出た。



☆☆☆



木陰で本を読む。

日陰に座って木に寄りかかり、膝の上に本を置いて左手でページを繰る。


特に代わり映えのしない、英雄譚だ。


「また英雄譚ですか」

「悪いか?」


木の裏から現れたミューに、振り向かずに答える。

ミューは俺の右側に腰を下ろし、覗き込んでくる。


「こんなものより面白い本がありますよ?」

「恋愛物は好きじゃない。恋愛は軽くて良いんだよ」

「物好きですね……」

「どっちがだ」


本を片手で閉じながら、大仰にため息を吐いてみせる。

俺の場合は本に限った話だけど、ミューはもっとおかしい。


「片腕の旦那なんか、不便極まりないだろ」


俺の服の右袖に、腕は通っていない。


学園での事件、ミューの護衛役の不出来。

二つの責任は、片腕一本と王都からの追放で済んだ。


当初は魔導書も没収予定だったが、黒の魔導書が俺から離れないせいで、それは許された。


とはいえ、片腕では魔法は使いにくい。

魔力回路は全身に走っているので、片腕分の魔力回路がなくなったことになる。

使えないわけではない。制御が難しいのだ。

最近は、訓練のおかげでいくらか慣れてきたけど。


王都から出たら、トロア村に帰ろうと思っていたのだが、起きたミューに捕まってしまったのだ。

そのまま、ずるずるとペースを奪われ、いつの間にか婚儀まで済まされていた。


ここは、ミューの親の領地。つまり公国だ。


「ネロ様の世話が出来るのは、わたしとしては嬉しいですよ」

「今はな」

「これからも変わりませんよ。それに、その腕はわたしのための代償ですから」


笑って言うミューに、苦笑を返す。


ミューのためとは、言えないことだけど。

それでは、ミューのせいで俺が奴らに報復したように聞こえる。


やらなくていい報復を、俺の自己満足でやっただけだ。

その結果、腕を奪われ、王都を追放された。

そこをミューに拾ってもらった。


こっちの方がしっくりくる。


けど、ミューがそう思うというのなら、それでもいい。


「ネロ様」


ミューに呼ばれ、そちらを向く。

と、ミューは目を閉じて唇を少しだけ突き出していた。

それを見て、頬が緩む。


あんまり待たせるのも悪い。

俺もまた、同じように目を閉じて--



☆☆☆



「という夢を見たのだ!」

「…………」


目の前に座るグレンが、心底どうでもよさそうな目をして見てくる。

まぁ、俺も長々と話して悪かったと思う。


「……貴様はその夢を見て、何も思わないのか?」

「思う……?」


グレンに問われ、俺は腕を組んで考える。

あの夢を見て、思うことねぇ……。


「あ、魔導師を片腕で止められるわけないよな」

「違う」

「隻腕もかっこいいよな」

「……違う」

「ミューって俺のどこに惚れたんだろ」

「違う」

「あ!あいつら痛ぶるのをめっちゃ嬉々としてやってたな!」

「違う!!」


ついにグレンが椅子から立ち上がり、机を強く叩きつけながら言ってくる。


「貴様にはすでにイズモとノエルとリリーがいるだろうが!三人の出て来ない夢とはいえ、よくも結婚までいけたな!!」

「……なるほどな!」


ようやくグレンの言いたいことがわかり、思わずグレンを指差して声を出した。

まぁ、確かに言われてみれば、何か悪い気がするけど……。


「夢の俺はイズモもノエルもリリーも知らないんだぞ?知れって方が無茶だと思うけど、あそこにはミューしかいないわけでな?」

「…………」


グレンは何か言いたげな表情を浮かべるが、何も言わずに座り直した。


「で、貴様はなぜその話をしたのだ?」

「いや……ミューって誰だろって」

「知るかッ!」


勢いよく前に倒れながら、グレンはまた机を強く叩く。


「夢の人物だろ!?知るかよ!」

「いや、だってお前、昔の人は言ったぞ?夢で会えたら両想いだって」

「そうだったとして!仮にそうだったとしてだ!見つけてどするのだ!」

「えー……遠巻きに眺めるだけ?」

「……あのな、もう一度言うぞ。貴様にはすでにイズモとノエルとリリー、三人がいる」

「おー」

「これ以上増やすのか?」

「いや、それは考えてねえよ」


いくらなんでも四人は多い気がする。

よく薄い本で何人も相手している奴もいるけど、俺はそこまで出来る気がしない。

こっちには生活もあるわけでな……。


「でもほら、夢占いとかあるし、ちょっと気になったから。夢なのに夢とは思えないほどリアルだったし」

「なら聞く相手を間違えている。俺は占いなんぞというモノは一切知らん」


まぁ、確かにこいつってそういうの信じそうにないよな。


「聞くなら三人の方が無難だろうな」


わずかに口元を引きながら、そう言われた。


確かにそうだな。こいつに聞くよりは、イズモたちに聞いた方が良さそうだ。

女性の方が占いとか好きそうだし。


「わかった。ちょっとあいつらに聞いてくる」

「……は?」

「確かにお前に聞くよりは正解だよな」

「いや、ちょっと待て」


椅子から立ち上がり、入り口に小走りで向かう。


「サンキュー、グレン」

「待て!今のは冗談--」


グレンが叫んでるけど、まぁ、いいか。

ということで、俺はイズモたち三人のいる方へ向かった。



☆☆☆



「なんか言うことある?」

「いや、その……でも、止めたぞ?」


再びグレンと向き合ったのは、夢の話をしてから二日後だ。

グレンは装備の増えた俺を見ながら、気まずそうにしている。


今の時期では少し暑苦しいマフラー。

同じく長袖ローブ。

顔などにも絆創膏を貼っている。


別に喧嘩じゃない。

むしろ仲良しだ。

仲良くし過ぎた結果がこれだよ。


「……で、なんかわかったことはあったのか?」

「あいつらがすっげーヤキモチ焼きだってことくらい。特にノエル」

「ご苦労様……」


グレンに労われるとか、ちょっと怖い。


「ああ、でも何個か思い出したこともある」

「なんだ?」

「胡蝶の夢、っていう話」


グレンは聞き覚えがなく、首を傾げてくる。

まぁ、前世の話だし、知っていても怖いんだけど。

こっちの世界にも、一応似た話はあるけど。

グレンは知らないんだろうなぁ。


「あらすじとしちゃ、とある人が夢で蝶になって楽しんだけど、目を覚ましてから、自分が蝶の夢を見たのか、蝶が自分の夢を見ているのか、わからなくなった、って話だ」

「そいつはバカなのか?蝶が夢を見ると思っているのか?」

「見ないとも断言できないだろ?なにせ蝶とは話ができないんだから」

「……なるほど」


バカはお前だ。

全く……先入観だけでないと断言しやがる。


「こちらも、暇な時に貴様の夢を調べてみたぞ」

「マジで?」

「まぁ、占いがどうのは知らんが、公国については、いくつか文献があった。ミューという人物は、実在した」

「……した?」

「死んだんだ。貴様の見た、夢のような話で、助けがなく、な。大方、貴様の生き様を見て、助けてくれるとでも思ったんじゃないのか?公国についても、それが原因でいざこざが起き、戦争になる前に併合した感じだな」

「……つまり、何?俺は幽霊にでも取り憑かれてるわけ?」

「ないとは断言できないだろ」

「くっそこえぇぞ……」


いや、確かにこの世界には、幽霊のような奴はいる。

魔人族の一部は、実体がない者だし。


だけど、そいつはちゃんと生きている判定をされているわけで。

死んだ人間が本当に幽体で出たら、そりゃ怖い。


「まぁ、なんだ。イズモもレイシーもミネルバも、リリーもか?貴様に会って、貴様のおかげで立ち直れたところも多いだろう。そういうところが、気に入られたんじゃないのか?」

「気に入られても、幽霊じゃ喜べねえよ……」


いや、気に入ってくれるのは、そりゃ嬉しいけどさ。

出来ることなら、生きているうちに会っときたかったな。

たぶん、助けただろうし。手は尽くそうとしたはずだし。


「それにしても、貴様はその夢のミューには思うところがなかったのだろう?なぜ結婚まで行けたのた?」

「えー……見てられなかった、とか?」

「俺に聞かれても……」

「まぁ、何?その、気の強い奴の弱い面を見せられりゃ、俺としちゃころっと行くわけだろうさ」


リリーやノエルのように。

イズモは……地下牢での一件かな。泣いてたし、それまでは結構毅然としてたわけだし。


つまり女の涙は、俺の弱点なわけか。

いや、効果がない奴の方がおかしい気がするけど。


「で、その国ってどの辺?」

「行くのか?」

「これも何かの縁だし、墓参りくらいは行こうかなって」

「……またイズモに怒られるぞ」

「嫁が怖くて遊べるか!--あ、冗談です。冗談ですからその通信水晶を置きなさい」

「…………今で言えば、王都から北西に行き、ユートレアとの国境線当たりだな」

「レギオンの領地か?」

「いや、侯爵地だったはずだ」

「……王もひでえな」

「当時は裁判もめちゃくちゃだっただろうし、な」


まぁ、確かにそうだな。

今嘆いても、もう忘れ去られた過去の話だろうし。


俺は吐息一つして立ち上がる。

グレンに礼を言って、部屋を出た。




その後すぐ、レイシーを伴って元公国領地へと向かった。

領地の人に聞き込んで、何とか墓を探し当てた。


ミューの墓の前で、俺はとりあえず手を合わせた。

レイシーも同じ様にする。


目を開けて、適当に摘んできた花を供える。


「誰のお墓ですか?」

「んー……世界が違えば助けられた人、かなぁ」

「はぁ……」


レイシーはよくわからない、といった息を漏らした。

俺もうまく伝えられない。

夢で会った人物です、って言って、バカにした様な目で見られるのも嫌だし。


「ま、これでこの子とも接点はもうないだろう」


夢は、いくら鮮明に覚えていたとしても、知らぬ間に忘れていることが多い。

覚えているうちに、ここまでこれただけ上々だ。


その時、風が吹き抜けると同時に、咲いていた黄色い花が小さく揺れた。

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