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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
138/192

第三十七話 「解放」

「やあ。これで最後だ」

「……正直、あれで最後だと思ってた」


 俺はまた、真っ白い空間に呼び出されていた。

 正面には輪郭しか認識できないアレイシアがいる。


「私もそうしたかったんだがね。一つ、重要なことを伝え忘れていた」

「へぇ。どんな?」

「もし魔天牢が解かれ、中の二人が無事だったなら、魔導書を彼女らに渡してはくれないか?

 そして、精霊を呼び出して欲しい」

「なんで?」

「そうだね……世界をよりよくするため、なんてありきたりだと思われるかな?」

「いいや。言い包めが面倒になってきているな、って思う」

「そうかもね。正直、他のことで手一杯でね。だけど、君は私のお願いを聞いてくれると思っている」

「……なるほど。確かに、そうだな」


 俺は吐息しながら、アレイシアのお願いに頷く。


「いいだろう。二人に魔導書を渡してやる」

「白も、だよ?」

「ああ。何とかするさ」


 俺の即答に、アレイシアは少し訝しげにする。

 だが、何もわからなかったのだろう、やがてため息を吐いて視線を逸らした。


「話が早くて助かる」

「なら、俺からも質問いいか?」

「二人の安否でしょ? まだ生きているよ。期限まで一年以上あるから、死んではいない。ただ、廃人になっている可能性もある」

「まぁ、その辺は俺と姫様でどうにかなるだろう。

 俺からは以上だ」

「そうかい。では、戻ってくれて構わないよ」


 アレイシアが告げると、俺の意識も遠のいて行った。



☆☆☆



 竜車は暗黒大陸まで運んでくれた。

 詳しくはシードラ大陸の端まで運んでもらい、そこから海を越えるのにユカリを使った。

 特に暴走することもなく、普通に運び終えてくれた。


 カラレア神国、ヴァトラ神国にはすでに連絡を取っておいた。

 降り立つ場所は、彼らがいるところにした。


 カラレア神国の迎えは、良く見知った奴らだ。

 両騎士団のトップ二ずつ。

 そんな四人もいらないと思うんだが……。

 馬頭はいないな。まぁ、あいつは騎士団に入ってはいるが、別に重要な役職ではないし。


 挨拶やら小言やらをもらいながら、さっさと転移魔法陣に乗る。

 俺たちの分の魔石は十分持ってきていた。一人超級魔石を持たせ、俺の魔力総量があれば大丈夫だろう。

 アレイスターたちも、魔石は自分たちで用意していた。


 転移魔法陣を起動後、ヴァトラ神国側はリュートが出迎えていた。

 いくつか憎まれ口を叩かれるが、フレイヤが対応してくれた。

 フレイヤは小さい時はヴァトラ神国で過ごしていたから、こちらでの対応はすべて彼女に任す。


 で、ようやく王城に着いた。

 早速、俺たちは魔天牢がある展望台まで向かう。


「ネロ、言ったものは持ってきているよね?」

「そりゃあるけど……封印して、解放したからって、国民は納得するのか?」


 アレイスターと連絡を取った時、T-REXの仮面を持って来いと言われていた。

 別に捨てる気もなかったので、いつでも持ち歩いているので構わないのだが。

 目的も大体わかるが、それで納得するのかは疑問だ。


「大丈夫。その仮面に似たものをシグレットにかぶせていろいろやらせたから」

「おい……」

「大体、君の背負っている罪の多くはボクらが背負うべきものだ」


 別に嫌々背負っているわけでもないのに……。

 というか、それなら目撃情報の辻褄が合わなく……まぁ、そこまでの伝達能力はこの世界にはまだないか。

 それにアレイスターとシグレットが善意でやってくれたことだ。別に咎める必要もない。


 俺はT-REXの仮面をかぶり、魔天牢の魔晶に手を置く。


「んじゃ、お前ら頼むぜ」

「貴様はいいのか?」

「これは黒神と白神を封じるもので、解いたのは他の五神だ。だから、黒と白は必要ない。

 精霊を呼び出せば、そいつらが教えてくれるだろ」


 俺が言うと、全員魔導書を取り出した。

 ユカリに簡単な魔導と召喚魔導だけは教えておいたから、問題はないはずだ。

 一応、ユカリの傍でサポートをしてやる。


 それぞれが詠唱を始め、サモンの言葉が重なった。

 魔導書から、魔導書に封じられた精霊、純色神たちが現れた。


 グレンの赤の精霊は前にも見た人型をした炎。

 ミネルバの青の精霊は液体でできた女性。

 リリーの緑の精霊は忍者のような恰好なのに緑の人型。

 ユカリの紫の精霊は電撃を終始放っている不定形。

 アルマの黄の精霊はモグラのような丸っこい何か。


「これは……魔天牢か」

「誰か入っているのね」

「これを解けばいいのか?」

「そのようだな」

「じゃーやろっかー」


 精霊たちは一目見ただけでこちらの目的まで理解してくれる。

 そしてすぐに散っていき、魔天牢を囲うように位置取る。


「ね、ネロ! こっち!」

「え? あ、うん」


 アレイスターが慌てたように遠隔透視魔法を繋げ、俺にその方へ向けという。

 言われたとおりに振り返ると、アレイスターが何か口パクで伝えてくる。

 何言っているのかわからないが、何か喋れと言いたいのだろう。


 えー……急に言われてもなー……。

 何も考えていないし、ふんぞり返ってようかな。

 腕を組んで少し胸を張る。

 アレイスターは困った表情を浮かべるが、諦めたのか魔法に集中した。


 つーか、魔天牢の方を見ていたいのに。

 俺は足を軽く引き、斜めの態勢になって首を魔天牢の方へ向けた。


 精霊たちがそれぞれ詠唱しながら魔力を流しているのが、魔眼からわかる。

 やがて精霊たちの魔力が魔天牢を包み込むと、ゆっくりと溶かし始めた。

 中にいる二人が、ようやく姿を見せた。


 生きては、いるようだ。

 廃人になっているかどうかは確認しなきゃわからないが。

 魔天牢が完全に解けきると、中にいた二人は封印された時と変わらない姿で立っていた。


「……」


 近づいていいのかな? 大丈夫だろうか。

 精霊たちの方を見ると、すでに魔導書に引っ込んでしまっていた。


 俺はとりあえず、彼女たちに向けて一歩踏み出す。

 と、そう離れていなかったので、向こうが一歩踏むだけで距離がかなり近づいた。


 そう、彼女たちの拳が。


「は――ッ!?」


 ギャーッ!


 二人の握り拳が、T-REXの仮面をつけた顔面に綺麗に入った。

 おかげで軽く体が飛ぶ。仮面も割れてしまった。

 くっそ痛ぇ……。仮面の破片が刺さった気がする……。

 いきなりなんだこいつら。せっかく助けてあげたというのに。

 周りの連中も、突然の光景に困惑している。


 俺がよろよろと立ち上がると、二人がさらに接近してきた。

 ま、まだやろうっての!? いいぜ来いよ!

 と、意気込んでみたものの、本当に手を出すわけにはいかない。

 冷や汗が垂れるが、二人の行動は予想外だった。


 二人に抱き着かれた。


 予想外だったため、支えることもできずにそのまま背中から倒れ込んだ。

 地味に痛い……。


「封印されて、少し意識があったんですからね」

「え……マジか」

「心配する身にもなりなさい」


 気まずさから頬を掻く。

 これはまずった。まさか意識があったなんて……。

 これでは考えていた隠し通すことすらできなかったのか……まぁ、周りの奴が喋るとは思うが。


「でも……助けてくれてありがとうございます」

「ありがとう」

「……お互い様だ」


 生きていてくれて、ありがとう。

 ようやく、再会できた。



☆☆☆



 感動の再会をいつまでもやる暇はない。

 魔導師たち皆に了承してもらって、まずはカラレア神国へととんぼ返りした。

 連続で面倒を起こすのも嫌なので、とりあえず今日はアレイスターに用意してもらった宿に泊まることにする。

 イズモには悪いが、王城に戻る前にすべて終わらせておきたい。


 宿の部屋は、俺とグレン、後は四人ずつで別れた。

 俺はベッドに腰掛け、グレンは壁に寄りかかっていた。


「で、カラレア神国で何をするつもりだ?」

「その辺は全部グリムに……黒の精霊に伝えてある。そいつから聞いてくれると助かる」

「……貴様は、一体何をするつもりだ?」

「さてね。俺にもどうなるかよくわからん」


 俺の返答に、グレンが睨むように見てくる。

 できもしない読心術は意味がないというのに。

 やがてグレンは諦めたようにため息を吐いた。


「全く……巻き込まれる方の身にもなれ」

「あっははは。それは悪いな」


 でも、これで本当に最後だから。

 これが終われば、俺もやりたいことがある。


 と、その時部屋の扉がノックされた。

 返事をすると、イズモが入ってきた。


「どうかした? あ、リリーと上手くいってない?」

「いえ、そんなことはないんですが……」


 はて、では何かあるか?

 グレンが知っているわけもないし……何かあったかな。


「えっと……」

「うん? あ、血が欲しいとか?」

「……そうです」


 吸血鬼らしい理由だが、ノエルとかじゃだめなのだろうか。

 まぁ、別に拒否する必要もないのだが。

 どうせ今日はもう休むし、少しくらい持っていかれても大丈夫だろう。


「……」


 無言でグレンが立ち上がって部屋を出て行った。

 なんで出て行った。別に吸血くらい見られても困らないのだけど。

 よくわからないが、まぁいいか。


 それにしても吸血ってどこから吸うんだろうか。腕でいいのか?

 それとも首か。首だと態勢が大変なことになるんだけどな……。


「死なない程度に好きなだけどうぞ」

「ありがとうございます」


 イズモがベッドに上がってきて、抱き着いてくる。

 やっぱり首ですか……。

 首筋に痛みが走る。が、それも一瞬のことだ。


「ちょうどいいから、明日の段取り伝えとくぞ」

「はい?」

「明日、俺はお前に魔導書を渡す。つーかあげる」

「……え?」

「んで、何か起こると思うから、その後は召喚をしてグリムに訊いてくれ。いや、あいつなら勝手に出て来るかな?」

「ま、待ってください」


 吸血しているというのに、器用に喋ってくるイズモ。


「どういうことですか……? 魔導書を渡すって……」

「んー、元から考えていたことだから」

「元からって……」

「だって、その方がお前が統治しやすいじゃん」


 カラレア神国での宗教は黒神教だからな。

 黒の魔導書があった方が、教徒どもを扱いやすい。


「姫様にも伝えなきゃなー」

「白の魔導書をノエル様に、ですか?」

「そうそう」

「それなら、もう渡していましたけど」

「へぇ」


 わからなくはない、かな。

 でも大丈夫なのだろうか。独断のような気がするんだが……。

 フレイヤが白の魔導師であることは、デトロア王だって知っているはずなんだから。


 イズモは十分満足したのか、首筋から口を離した。

 少しくらっとするが、特に問題はないな。


「一応、これまでのことはフレイヤ様とリリー様から聞きましたが……本当にいいんですか? 妹様と再戦をするのでは?」

「別に魔法だけでも何とかなるだろ。戦ったときだって、魔導を効果的に使えたとは思えないし」


 たぶん、なくても同じだとは思うが。

 剣の強化ができないのが欠点といえば欠点か。

 ああ、シグレットあたりに剣を借りなきゃ。俺の剣はラカトニアで修復中だし。


「……マスターはもう少し我が儘を言っても構わないと思いますが」

「そんなことない。十分我が儘言ってきたつもりだし、これからも言うつもりだよ。それこそ、国を捨てろ、程度の要求をするつもりだが?」


 笑みを浮かべ、反応を見る。

 グレンやミネルバ、リリーはついて来てくれるかもしれない。

 だけど、イズモとノエルは王族だ。ついて来てもらうには、少々厄介な身分だ。

 答えられないだろうと思っての質問だったが、イズモは当然のように答えた。


「いいですよ。捨ててあげます」

「……即答するなよ。お前の目的はカラレア神国の繁栄じゃないのか」

「そうです。でも、それができるのは、すべてマスターのおかげです。私が生きているのも、今ここにいるのも、すべてマスターのおかげです。

 マスターがすることに私が必要ならば、私は国を捨てます」


 ……怖い怖い怖い。

 そんな堂々と言われると、逆に怖い。

 王族が国を捨てるとか、普通じゃねえよ。


「それでも、マスターを信じていますから。そんな無茶な要求はされないと、信じています」

「プレッシャーかけるなぁ……。ま、それもノエル次第かな」


 ノエルの協力がなくては、あっても何年かかるかわからない、けど。

 イズモはベッドから降り、頭を下げた。


「マスター、ありがとうございました。ごちそうさまです」

「お粗末様。じゃ、明日頼むぞ」

「あまり気乗りはしませんが……わかりました」


 そういってイズモは部屋を出て行った。

 一人になった部屋で、俺は座っていたベッドに倒れ込む。

 血を吸われ過ぎたか、少しめまいがする。そこまで気にするほどでもないと思うが……。


 そのまま目を閉じそうになった。

 だが、はたと気づく。

 グレンを呼びにいかなければ、またラカトニアのようなことになるのではないか。

 どこかでいらん喧嘩を吹っかけているのではないか。


「面倒臭ぇな……」


 ベッドから降り、少しふらつく足で部屋を出た。

 と、ちょうど隣の部屋からフレイヤも出てきたところだった。


「あれ? どうしたの?」

「いえ。少し外に出ようかと思いまして。ネロはどうしました?」

「グレンを追い出しちまったから、呼びに行こうかと」

「そうですか」


 そういって、とりあえず宿の一階に降りる。

 併設されている酒場にグレンは……いない。遅かったか?

 やり過ぎる前に連れ戻さなければ。


「……で、なんでついて来てんの?」

「特に意味はないです」


 俺の後ろをついて来るフレイヤに尋ねるが、明確な答えは返ってこない。

 まぁ、別について来るくらい良いんだけどさ。


「ネロ、少し付き合ってくれませんか?」

「珍しいな。姫様から誘われるなんて」


 まぁ、大体いつもグレンが引っ付いているから、フレイヤと二人きりという状態が珍しい、というか。


「構わないけど、外?」

「はい。グレンもいないようですし、探しながら少し話しましょう」


 言われるまま、俺はフレイヤの後に続いて外に出た。

 日は暮れてしまい、辺りは店からの明かりでしか照らされていない。

 魔人族は夜目が効くものが多い。明かりをあまり必要としないのだ。


「ネロと二人きりというのは、初めてかもしれませんね」

「そうかもな」


 大体グレンがいるからな、フレイヤの近くには。


「観光地ってわけでもないから、良い場所なんかはないぞ」

「あら、それは残念です」


 観光地の真逆だし。今は。

 近くには広大な更地があるだけだ。


「で、なんか用があるの?」

「何か用がないと散歩もできないのですか?」

「そうじゃないけど」


 フレイヤが俺を誘うのは珍しい。

 だから、余計に勘繰ってしまうのも仕方ない。


「……ノエルに、魔導書を渡しました」

「イズモに聞いたよ。大丈夫なのか?」

「それは、何とかします。元から考えていましたから」


 フレイヤの髪色は、元から白色に近い。あまり変わった印象はない。

 何とかすると言っているが、何とかできるのだろうか。

 まぁ、フレイヤは雰囲気こそぽわぽわしているが、芯はしっかりしているから大丈夫だとは思うけど。


「もしダメそうなら、ちゃんと言えよ」

「ネロは優しいですね」

「限定的にな」


 誰にでも優しいわけじゃない。

 俺が信頼している奴にしか、優しくない。


「そんなことはないです。だって、まだデトロア王国は生きていますから」

「殺したら、王国にいる奴が死ぬだろ」

「そこまで人は弱くありませんよ」


 どうだろうな。

 確かに生きられる奴はいるかもしれない。だけど、他国に侵略されれば普通は奴隷にでもされるんじゃないのか。

 戦争奴隷、とかいるわけだし。


「普通は、そんなことまで考えませんよ」

「かもな。余計なことまで考えてしまう性分は、厄介極まりない」


 前を歩くフレイヤが、振り返ってくる。その顔は、いつも通りの笑顔だ。


「でも、だからこそ、わたくしはネロが好きです」

「……あん?」

「驚きましたか?」

「……ああ、驚いた。姫様が冗談を言うなんて」

「では、もっと驚いてください。わたくしは本気ですから」


 フレイヤの笑みを見て、真意を測る。

 だが、いつも通りのその笑みからは、何もわからない。

 俺は、苦笑を溢す。


「よりによって俺かよ。グレンじゃないのか?」

「グレンもいいですけど、いつも一緒では疲れます」

「まぁ、確かにな」


 あんなのといつも一緒は、正直疲れる。

 俺は適度に発散するが。本人で。


 フレイヤは前へ向き直ると、今度は俺の隣について歩き出す。


「でも、ネロはもうすでに三人もいますからね。わたくしは諦めます」

「そうしてくれると助かるな」

「ええ。わたくしはきっと、結婚もしませんよ」

「そこまで決めることじゃないだろ。俺である必要がないんだから」

「わたくしが、ネロ以上の人はいないと思っていますから」

「随分と買いかぶられたものだ」

「正当な評価だと思いますよ」


 どこがだ。

 どいつもこいつも、俺を過大評価し過ぎる。

 俺が、どう思っているかも知らないで。


「皆ネロに期待します。でも、ネロはそれにすべて答えてしまうから、さらに期待するのです。少しは、手を抜いた方がいいと思いますよ」

「そうかもな」


 でも、それで失敗するのも嫌だ。

 期待してくれるのは嬉しいのだ。必要としてくれているから。

 だから、頑張りたくなる。答えたくなる。

 ……それが、逆効果なわけか。


「それに、ネロは良いところが多いですから。頭は良くて、面倒見も良くて、料理も上手で、優しくて、顔も良いですから。欠点も一つしか見当たりません」

「べた褒めだな。逆に気持ち悪いしかゆい。まぁ、姫様が言ってくれると、嬉しいところもあるが」


 これがグレンなんかだと、からかっていると判断して殴りつけるところだが。

 それよりも、欠点が一つなわけないと思うのだが。

 相手を煽るし、バカにするし、笑みも黒いとよく言われる。


 フレイヤは、俺へと人差し指を突きつけてくる。


「欠点は、『姫様』と呼ぶところです」

「……それは悪いな」

「もう慣れてしまったので、直せとは言いませんが」


 そういってくれると助かる。

 今更呼び方を変えるのも、面倒だし。


「でも、良いのか? 王族なのに、結婚しないってのは」

「構いません。お父様もあまり乗り気ではありませんから。わたくしの血を残すのは。お兄様もフレンもいますし」


 バカみたいな考えだな。

 血と一緒に思想まで受け継ぐわけがないだろうに。環境さえ変えれば、フレイヤの子でも過激に染まるはずだ。


「わたくしはネロを諦めます。でも、それは今世だけ。

 来世は、ノエルやイズモ、ユカリ、リリー、レイシー、誰がいても負けません」

「……あははは! それはいい!」


 フレイヤの宣言に、俺は吹き出した。

 なるほど、来世か。確かにないとは言えない。


「いいな。それは面白い」

「ええ。ですから、覚悟しておいてください。どんな身分であっても、ネロを奪ってみせます」

「あっははは。期待してるぜ」


「何を笑っている?」

「お、グレン」


 フレイヤの宣言に笑っていると、グレンが曲がり角から現れた。


「いや。鬼に笑われただけさ」

「鬼……? 魔人族でもいたのか?」

「魔人族はどこにでもいるだろ。

 それより、お前は何をしていたんだ?」

「これと言って何かしていたわけではない。いつ帰ればいいかわからなかったので、適当に散歩だな」

「喧嘩してないか?」

「していない。俺もちゃんと考える」


 ラカトニアの時は考えていなかっただろうが。


「ネロ、ここの魔人族が話していたが、この近くは更地だそうだな」

「ああ。俺がアレイスターに頼んで用意してもらった」


 魔物や魔人族を一切いない場所という、ちょっと無茶な要求をしていた。

 三年前くらいに連絡はしていたから、何とかしてくれたのだろう。


「……どういうことだ?」

「明日わかるさ」


 要領を得ない俺の返答に、グレンが睨むように見てくる。

 それは部屋でもしただろうに。

 俺は笑みで真意を隠す。


「……チッ。もういい」

「悪いな。簡単に言えることでもないんだ」

「明日は戦闘の用意をしていけばいいのだろう?」

「え? あ、お前らは別に……」

「なるほど。貴様は戦闘する気か」


 うわ、グレンにやられた。

 鎌をかけられるとは……くそ、グレンにやられるとは想定外だった。


「もう深くは訊かん。だが、危険になったら頼れ」

「……わかってるよ」


 元からそのつもりだ。

 俺の手に負えないなら、遠慮なく皆巻き込むつもりだ。


「グレンも見つかりましたし、戻りましょうか」

「そうだな」


 フレイヤについて、俺とグレンは歩き出した。


 ……魔導書集めが終わり、明日には俺の面倒事もすべて終わる。

 この三人から始まった旅も、もう終わりだ。

 きっと、もう旅なんかできなくなるのだろうな。


 俺は俺のやることが、まだまだある。

 そのことに縛られ、俺は動けなくなる。フレイヤも、もう旅などはできないかもしれない。


 これで、最後か。


 時間で言えば、たぶん学園にいたときの方が長い。

 イズモとの国奪りと同じくらい。


「どうした?」


 余計なことを考えていると、足を止めてしまっていたらしい。

 俺は慌てて足を速め、二人に追いつく。


「なんでもない」

「そうか」


 宿へと向けて歩いていると、先頭を行くフレイヤが足を止めて振り返ってきた。


「ネロ。また、旅に出る時は誘ってくださいね」

「……ああ、いいぜ」


 どうやらフレイヤには、俺の考えはお見通しらしい。

 俺は頬を緩め、頷く。


「今度はどこに行こうかな。ゼノスかアクトリウムあたりが、まだ寄っていない国だけど」

「あら、いいですね」

「ゼノスはダメだ。危険すぎる」

「ああ? だったらアルマ姉でもガルガドでも引っ張って行けばいいだろうが」

「フレイヤ様が行くことが危険なのだ」

「そうか、グレンはゼノスでフレイヤを危険から守れないのか。じゃあ留守番か」

「なぜそうなる! 危険から守るのならば、人数は多い方がいいだろうに」

「でしたら、グレンが大丈夫だと思える人を連れて行きましょう」

「そうだな。それで解決だ」

「ぐ……っ」

「なんならまた魔導師全員でも構わないだろうぜ。都合がつくなら、だけど」

「それは少し大変そうですね。ノエルは王女ですし……」

「フレイヤ様も王女ですよ! そう簡単に行けません!」

「だったらお前が何とかしろって。公爵だろ」

「貴様とて侯爵だろうが!」

「俺は家の七光りは使えないし。それに地位的にはお前の方が上だ。それとも、王様を脅迫していいのか?」

「何を言って……!」

「はいはい、二人とも。宿に着きましたよ。それに自分のことくらい自分でできます」

「だ、そうだ。ってことで、次の旅は姫様次第。頑張って王様を説得してくれ」

「ええ。わかっています。それでは、おやすみなさい」

「お休みなさいませ、フレイヤ様」

「おやすみー」

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