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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
134/192

第三十四話 「恋い焦がれ」

 今日も今日とて、グレンの稽古を眺める。

 しかし、ただ眺めていてもつまらないんだよな。


 ネリはアルマと試合始めちゃうし。

 というか、ここは門弟を取っていないのだろうか。人が俺たち以外にいないのだが。

 いないならいないで、別に構わないのだけれど。


「ガルガド、ルールとかはどうするんだ? 武器とか」

「聖剣・魔剣・迷宮道具、武器ならば何でもありだ。ネリの剣のほとんどは聖剣だからな」

「なんだそれ……」


 買うにしても金がかかり過ぎるだろ。

 ていうか、ほとんどって。どれだけ剣を使う気だ。


「勝敗は相手の武器を壊す、あるいは負けを認める、場外、相手の気絶、でどうだ?」

「武器を壊す?」

「運も実力の内なら管理も同じだろ」

「ああ、まぁ……」

「複数武器がある場合は勝負の前に一本選び、それが壊れたら終わり。その前に負けを宣言すれば終わり、動けなくなっても終わり、場外も終わり」


 負けの宣言だけっていうよりは良心的だな。

 グレンとか、大怪我しても負けを認めそうにないし。

 怪我したところで、フレイヤに治してもらえばいいとは思うけどさ。


「いつになりそうなんだ?」

「ガリックに話は通したが、コロシアムが使えるのが五日は先だそうだ。さらに広告の期間も含めると、十日後くらいか」

「結構あるな……」


 まぁ、ラカトニアでも有名な十傑二人が出るんだから当たり前か。

 リリーも十傑には入っていないので、十傑の残り一人の女性が誰かは知らん。


「あ、そういえば」


 ルールや日付の確認をしていると、アルマと手合せをしていたネリがこちらに向かってきた。


「兄ちゃんさ、姉さんに会えるかもって言ったら?」

「詳しく話せ」

「だと思った」


 即答にネリが嬉しそうに笑った。

 とはいえ、いきなりそんなことを言われても正直困るのだが。

 条件反射のように即答してしまったが、そんな胡散臭い話、普通は信じられない。


「この国にいる有名な占い師で、頼めば死んだ人でも会わせてくれるらしいんだ」

「へぇ。それ本当?」

「さあ?」

「おい……」


 そんな証拠もない話を聞かせるんじゃない。

 そもそも信じるなよ。兄ちゃん、やっぱりお前の将来が心配だよ……。


「だって、兄ちゃんが来てから、あたしもやってもらおうと思ってたんだもん」

「それはありがたいけどな」


 ネリからアルマへと視線を移す。

 アルマなら、ある程度の確証を持っていてくれるだろう。

 アルマはネリの説明に苦笑を浮かべながら、補足説明をしてくれる。


「その占い師自体、気分屋でね。やってくれるかどうかもわからないんだけど、それを受けたって人は、確かに死んだ人にも会えたそうよ」


 ふむ、あながちウソでもないのだろうか。

 まぁ、こういうのって前世の超能力捜査とかとそう変わらない気がするのだけど。確証がないのだから。

 魔法のあるこの世界では、まだ可能性はあるのかもしれない。

 可能性があるのなら、行くだけ行ってみてもいいか。


「行く?」

「行こうかな」


 どうせ今は暇だし。

 グレンも昨日からあまりしつこく助言を求めなくなっているし。

 たぶん意識を集中させているのが、結構効いているのだろう。


「じゃあ、早速行こう!」

「良いけど……誰かついて来るか?」


 周りにいる者たちに問う。

 まぁ、グレンとミネルバはついて来れそうにないんだけど。


「あたしついていく」

「わたくしは残ります。グレンもいますし」

「レイシーは行きたいです」

「お外行く!」


 ついて来るのはリリーとレイシーとユカリか。

 フレイヤは残らざるを得ないというか……ついて来るっていうと、グレンまで来そうだしな。


「なら、ガルガドはグレンに教えといて」

「素直に聞くならな」


 今のグレンなら大丈夫だろう。勝つためにいろいろと構っているようではないし。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」


 三人を待ってから、すでに外に向かっているネリとアルマの後を追った。



☆☆☆



 ネリに連れてこられたところには、いかにも占い師がいそうなテントが張られていた。それなりの大きさがある。

 死んだ人に会わせてくれるとは言っていたが、それにしては客もいない。それが本当ならば、もっと話題になっていてもおかしくないとおもうのだけど。

 気分屋だって話だけども、やっぱり胡散臭い話だよなぁ……。


 開店とかそういった看板はない。

 入っていいのかどうかもわからない。


 俺が迷っていると、ネリが何のためらいもなく近づいていく。

 こういう時って、何も考えない奴がいると助かるよなー……。

 その様子を眺めていると、入る前にテントの入り口が内側から開かれた。

 口元を布で隠し、変な帽子をかぶり、なんか似非占い師の感じが否めない……。


「お客でしょ? 早く入ってきなさい」


 それだけ言って、引っ込んでしまった。

 どうしよう、すごく帰りたくなった。


 とはいえ、ネリは既に入り口をくぐっているし、皆もそれについていく。

 どうやらすでに拒否権はないらしい。このまま見捨てて帰るのもアレなので、俺も入ることにする。


 中は、俺たち六人入ってもまだ余裕があるくらいの広さだった。

 その中心には水晶が乗った台が置かれ、その向こう側に占い師も座っている。


「いらっしゃい。今日は気分がいいから、見てあげるわ」


 そんなことを言われる。

 まぁ、気分屋で通っているようだし、その説明でも別に怪しくはないか。


「やったね兄ちゃん! この人、一年に三回しか気分が良くないのに!」

「それはもう生きていられるのか……?」


 言いかえると、一年三六五日としたら三六二日は気分が悪いんだろう? いや、気が乗らないんだろう? 商売として成り立たねえ……。

 まぁ、この世界の一年はもう少し長い気がするが。詳しく調べるなんて面倒なことはしていない。


「見て欲しいのは、そこの双子でしょ。早く座りなさい」

「はーい」

「……」


 なんでそう簡単に返事ができるんですか、ネリさん。俺たちが双子ってことは伝えていないし、そもそもこの人数でどうしてそう確定できるんだ。

 やっぱり妹の行く末が心配過ぎる。


 訝しみながらも、占い師の対面に座ったネリの隣に行く。

 半目で占い師を眺めていると、なぜだかどこかで会った気がしてくる。

 ……魔人族か? いや、でも結構動き回っているからすれ違うくらいはあったのかもしれない。

 あれ? でも、この占い師はずっとラカトニアにいたんじゃ……なら、このデジャヴュは何だ?


「そんな怪しまなくてもいいわよ、魔王様」

「……ああ、あんた」


 なるほど。

 こいつは、あれと同質のものか。

 世界の理から外れた者。


「あの老人か」

「ふふ、さすがに気付くわね」


 占い師は口元に手を当てて小さく笑う。

 俺はため息を吐いて、椅子に腰かける。

 全く得体の知れない者、というわけでもないのか。一応、こいつに似た奴と会ったことがある。

 王城での自称ご意見番の老人と似ている、というか同じようなものだろう。

 まぁ、それなら死者と会わせてくれるという話も、少し信憑性が出てくるかな。


「一つ言っておくけど、わたしはあなたたちが会いたい人に会わせるわけじゃないわ。当然、死者に会わせてあげられるわけでもない」

「というと?」

「あなたたちが最も愛する人に、会わせてあげるの。それが死者であれ、生者であれ」

「……なら、最も愛する人が生きている場合は?」

「そうね」


 占い師は、俺に指を向ける。


「たとえば、あなたの最も愛する人が、彼女だった場合」


 俺から、リリーへと指が向かう。


「彼女の姿が見えるだけ、よ。あの子は、今ここに存在しているから」

「……魂を、呼び出すのか?」

「いいえ。魂に、会わせてあげるの」


 どこが違うのかわからんが。

 なら……イズモやノエルの場合でも、会えるのだろうか?

 死んではいないが、仮死状態だ。魂を引っ張ってきても、本体に異常はないはず。


「どうしたの?」


 王城の老人と同質なら、どうせわかっているくせに。

 だが……まぁ、訊く必要もない。


「いや。なんでもない」

「それじゃ、始めるわね。二人とも、水晶に手を置いてくれるかしら」


 言われ、俺とネリは水晶に手を伸ばす。

 触った感じは普通の、ガラスのような感じだ。ひんやりと感じる、程度にしか思わない。


「では……」


 占い師は俺たちの手の上にさらに手を重ね、俺が全く知らない言語で何かをつぶやき始めた。

 すると、徐々に意識が薄れていくのが感じる。……いや、水晶に引き込まれていく感覚がする。

 そして、意識が完全に白く塗りつぶされた。



 目を開けたそこは、アレイシアのあの空間に似ていた。

 全体が真っ白で、家具こそないが雰囲気は似ている。

 俺はそこに、ただ突っ立っていた。


 俺以外に人はいない。

 ネリと一緒に水晶に触っていたが、どうやらこの空間まで一緒というわけではないらしい。


 さて、俺が最も愛する人ってのは、一体誰なのだろうかね。

 これは前世の人も該当するのか。それともこの世界の人だけか。

 どちらにせよ、結果はたぶん変わらない。


 突っ立って待っていると、ようやく見ている先で何か粒子のようなものが集まり出した。

 それを眺めていると、だんだんと人の形を成していく。

 体格は……髪の長さから女性かな。まぁ、男が出て来てくれても困るんだけど。


 人の体格が形成され、そしてようやく誰が出てきたのか、判別できるようになった。

 その人は、俺の予想通りだ。

 あの時と一切変わらない、別れたときから時間が止まっているようだ。


 それだけで、思わず泣きそうになる。

 相手は、何が起きたのかわからないような、困惑した表情で自分を見下ろしていた。

 そして、俺に気付いてくれる。


「ネロ……?」


 ああ――。

 ようやく、会えた。

 魔導師になって、ようやく会えた。


 俺は、泣き笑いのような表情になってしまう。

 話したいことがたくさんある。言いたいことがたくさんある。


 俺は我慢できず、彼女に抱き着く。


「会いたかった……姉さん……!」



☆☆☆★★★



 ネロとネリ、二人とも意識を失ったのか、力なく項垂れた。


「……一体誰と会っているんでしょうか」


 レイシーが二人を見ながらそう言った。


「外から見ることもできるわよ」

「本当ですか?」

「ええ。見る?」


 占い師が、周りの皆に訊いてくる。

 だけど、あたしは首を横に振る。


「あたしはいいや」


 アルマさんも、同じように首を振った。

 その反応に、レイシーが首を傾げる。


「見ないんですか?」

「誰に会っているか、分かるもん」


 あたしや、イズモやノエルって人でもない。

 ネロが最も愛する人は、たぶん一生変わらないだろうし。

 あたし一人じゃ、きっと勝てない相手だ。


「誰なんですか?」

「ネロのお姉さんだよ」

「ネリはお兄さんでしょうね」


 彼らが愛するのは、彼らの家族だ。

 それは変わらない。いつまでも変わることはない。


「ネリは、そもそも浮いた話がないからね。お兄さん以外にはいないんじゃないかな」

「あー、確かに。でもそれはアルマさんも同じですよ?」

「それもそうね」


 アルマさんはそういって小さく笑う。

 まぁ、あたしもネロがいないとそういった話はないんだけど。


「……リリーさんは悔しくないんですか?」

「聞きにくいことを普通に聞いて来るね……」


 思わず苦笑が漏れる。


「そりゃ悔しいけどね。でも、きっと一人じゃ勝てないから」


 ネロに、家族の話を聞いたことはある。

 ナトラさんだけだけど、ネロの家族は知っている。

 そこからわかったのは、たった一つ。

 ネロの家族に割って入ることは、不可能だってことだ。


 そんなの、普通じゃない。

 きっとネロの家族の方が、少数派だ。

 あたしは、お父さんよりもネロの方が好きだ。


 ネロの兄弟のように、ずっと面倒を見てきた兄弟はいないし、お父さんとはまた違う感情なのかもしれないけど。

 それでも、ネロは家族以上に誰かを愛せるのか、分からない。


 きっとネロは、あたしに誰を一番愛しているか聞かれれば、はぐらかすだろう。あたしじゃなくても、誰に訊かれても、きっと答えない。

 答えないことで、明確な優劣を提示しないのだ。


 イズモやノエル、そしてあたし。

 ネロは、同じくらい好きだと言ってくれた。

 問い詰めても、誰が一番かは答えない。

 一人しか聞かれていないだろう状況でも、きっと言わない。


 あたしたちは、ネロの人生の登場人物。

 お姉さんは、ネロを作り上げた人物。


「あたしたちは、勝てないんだ」


 だって、ネロは言っていた。

 ネロのお姉さんが、生きる理由をくれた、って。



★★★☆☆☆



 昔々――なんて話始める必要もない。

 俺がまだ赤ちゃんだったころの話だ。


 言葉は喋れない。

 自分で立てもしない。

 かろうじてハイハイができるが、普通ならもっと時間がかかるはず。そのため人の前でやるわけにはいかなかった。


 ベビーベッドには、いつもネリと入れられていた。

 ネリは普通の赤ちゃんらしく、ただ食って寝て時々遊んでを繰り返していた。

 俺は、それを眺めながら、見よう見まね、ぎこちない赤ちゃんのフリをしていた。

 家族を困らせないよう、ほとんど泣かなかった。


 腹が減ったら、サナのスカートの裾を引っ張り。

 おむつを替えて欲しければ、足をじたばたしてアピールし。

 ネリが危険な方へ向かえば、泣かないように声を上げ。


 最初はサナも心配して……というよりは、気味悪がっていた。

 それも次第になくなり、手のかからない良い子で通るようになってきた。

 ネリは、手のかかる子のようだったけど。


 しかし、あんまり比較されても困る。

 俺と比較して、ネリが悪い子とみられては、ネリに悪い気がしていたからだ。

 時々には、危険なこともした。


 誰もいない調理場の方で、小火を起こしたり。

 片づけられた本などを散らかしたり。

 俺から玩具を奪ったネリを叩いて泣かせたり。


 いろいろと演出してみせた。

 いつからか、ちょうどいいバランスを見つけ、それを繰り返すようにしていた。

 最悪、俺の方が悪い子だと思われるくらいには。


 俺にとって前世はトラウマだ。

 誰からも忌避され、家にすら居場所を見いだせなくなるような、そんな経験。

 繰り返したくはなかった。


 ある日。

 ベビーベッドからノーラに抱え上げられたのだ。

 俺はできるだけ自然体に構えていた。

 ネリはベビーベッドで寝ている。


「……ネロは、なんか赤ちゃんっぽくない」

「――っ」


 失敗したか、と思った。

 いくらか成長してきたころには、すでに俺とネリの相手はノーラとナトラに任されていたので、赤ちゃんらしくないと思われるには十分ではある。


「あ、あー」


 咄嗟に赤ちゃんの鳴き真似をしてみる。

 が、あまりにも下手過ぎて、ノーラの疑惑が強まっただけだった。

 俺は思わず目をそらしてしまう。


「……お姉ちゃん、そんなに頼りないかな?」


 ノーラにとっては、きっと独り言のようなものだっただろう。

 まだ言語を理解するには早い年齢だったから。

 だが、転生者の俺は人語をすでに修得していた。

 本を漁って、家族の話に耳をそばだてていると、案外楽に覚えられた。


「もっとお姉ちゃんを頼ってもいいんだよ? 兄さんでもいいけど。あー、でもお母さんやお父さんの方が頼りになるかなー」

「う、うあー」

「ネロ……あなたは私の弟で、家族なんだよ。もっと頼ってくれてもいいんじゃないかな?」


 俺を抱えて語るノーラ。

 その後ろから、ナトラが部屋に入ってきた。


「ノーラ、何言ってるの?」

「あ、兄さん。ほら、ネロって全然手がかからないでしょ?」

「そうだけど……まぁ、確かに逆に心配になるね」


 マジかよ。小火を起こしたりだけでは、手がかからないに入るのか。


「やることが極端で」


 そっちかー。

 確かに、極端だった。その辺、良く考えていなかったからな……。


「だから、うーん……お説教?」

「あはは。なら、僕からも言わせてよ」

「えー。兄さんはネリ担当でしょ。ネロは私のよ」

「ノーラのものじゃないでしょ……」


 ナトラが苦笑を浮かべ、しかしそれ以上は何も言わず、ネリの様子を確認してから部屋を出て行く。


「もうすぐ母さんが帰ってくると思うから、説教は短めにね」

「はーい」


 ノーラはよくサナとお菓子を作っていたから、そのことだろう。

 返事をしたノーラは、また俺に向き直る。

 正直、もう放して欲しいのだが……。


「ネロ。どんなことがあっても家族は味方だよ。もっと、頼って」


 ――その言葉は。

 ――俺への、あてつけか?

 ――誰も信じられなかった、

 ――家族すらも、

 ――殺した、俺への――!


『ふざけるな!!』


 叫んでいた。

 俺は、叫ばずにはいられなかった。

 人語は使えた。だけど、いまだに使い慣れていた日本語で、今出せる精一杯の声で。

 赤ちゃんの体ではうまく言葉にもならない。不明瞭で不可解で、きっと日本語が通じる人にも理解できないだろう。


『何が味方だ! 何が頼れだ!? きれいごと並べんじゃねえよクソッタレどもがッ!!』

「え、え!?」

『人なんか信じられるわけがねえッ! 腹のうちに化物詰め込んで、何を言おうが無駄だッ!

 どうせお前らも捨てるんだッ! 気持ち悪いと! 得体がしれないと! 役に立たないとッ!』

「ね、ネロ……?」

『両親も兄弟も友人も先生もクラスメイトも何もかも皆みんなッ!! 皆死んじまえッ!!』


 意味が解らないだろう。俺だって意味もなく叫んでいるのだから。

 悪魔憑きだと思うだろう。

 こんな赤ん坊が、いきなり意味不明な言葉を大声で叫びだしたんだ。たとえどんな世界であっても、こんな赤ん坊を育てるような家はないだろう。


 この世界で、やり直そうとも考えた。

 だけど、やっぱり無理なんだ。


 人間は信じられない。

 自分が一番信じられない。

 そんな奴が生きていくには、どんな世界も厳しすぎる。


 そうだ。

 もう死んじまえばいい。

 どれだけ転生しようとも。

 こんな世界で生きていけというなら。

 俺は死を選んでやる。

 何度でも。

 いくらでも。

 こんな命、いくらでも潰してやる――。


「ネロ」

「ふぇ……っ!?」


 不意に息苦しくなる。

 体全身から、温もりが伝わってくる。

 流れた涙で、目の前が湿っていく。


「やっと泣いたわ。何を言いたいのかはわからないけど……やっとお姉ちゃんの前で泣いてくれた」


 ――何を、言っている。


「んー、でも今のは何かしら? もしかして新しい言語? いやいや、もしかしたら魔法言語!?」

『な、ん……!?』

「また喋った! もう喋れるなんて、ネロは天才ね!」


 意味が解らない。

 何を言っている?

 何を、何を、何を――?


「今の声、何?」

「あ、兄さん! 今ネロが喋ったのよ!」

「ネロが……? それにしては、訊いたこともないような言葉だったけど……」

「ええ! 私にもわからなかったわ!」

「何を喜んでいるのさ……」

「だって、ネロが初めて私の前で泣いたのよ? 今までずっと泣き顔らしい泣き顔を見てこなかったんだもの」

「それはそうだけど……あ、母さんが帰ってきたから、手伝いに行く?」

「あ、うん」


 ノーラはナトラに頷きを返し、そして俺へと顔を向けた。


「ネロ! 明日から魔法を教えてあげるね!」

「それはまだ早いんじゃないかな……」

「大丈夫よ。ネリだって時々木剣を掴むじゃない。ネロにはきっと魔法の才能があるわ」

「まぁ……母さんに許可取ってからだよ」

「わかってるわよ」


 ノーラは俺をベビーベッドに戻し、最後に付け足す。


「きっとネロなら魔導師にもなれるよ。お姉ちゃん、信じてるわ」


 そう言い、ナトラと部屋を出て行った。

 残された俺は、ただ茫然と涙を流したままでいた。

 涙腺が壊れたように、止めどなく流れ続けていた。


 その様子を、目を覚ましたネリが見る。

 ネリは笑みを浮かべ、俺の頭を叩いてきた。


「うっ、うっ」

「…………あ」


 何が面白いのだろう。

 そんなに、泣いているのが珍しいか?

 赤ちゃんが泣くのは、普通だろうに。


 ……ああ、そっか。

 俺、全然泣いてなかったもんな。

 まったく普通じゃなかったし、珍しいか……。


 でも、言い訳をさせてくれよ。

 こんなの、初めてなんだから。

 誰かから、信じてもらえるなんてことは。

 意味の解らないことをして、いまだに信じてくれるなんてことは。


「うあ……っ」


 俺はこの瞬間。

 この世界で、初めて産声を上げた気がした。



☆☆☆



「まさか、またネロに会えるなんて思わなかったわ。でも、会えてうれしいわ」

「俺も姉さんに会えてうれしいです」


 ノーラと向かい合うように座り、お互いに小さく笑う。

 が、すぐに怒ったような表情に変わる。


「あ、でもネロ。あなた、少し考えなさすぎよ。前はもっと良く考えて行動していたはずなのに。ちゃんと見ているんだからね」

「……それは」

「まぁ、家族のことで怒ってくれるのは嬉しいけど、それでネロが傷づく方が嫌よ」

「……」

「いい、ネロ? 私たちは死んでしまって、そりゃ皆に言われたい放題よ。それが少し嫌なのもあるわ」


 ノーラは俺に指を突きつけ、微笑んでくる。


「でもね、ネロとネリ、二人が私たちのことを信じてくれる限り、私たちは誰からの声も気にならないわ」


 その言葉に驚くが、すぐに苦笑を浮かべる。

 ……確かに、そうだな。

 俺も一緒だ。

 誰かが信じてくれている限り、俺は誰の声も気にならない。

 一緒だ。


「そうですね。姉さんの言う通りです」

「ん、分かればいいのよ」


 ノーラは満足そうに頷く。

 ようやく、俺は家族の話題を乗り越えられそうだ。


「あ、あと」


 何かを思いついたように、ノーラは俺の頭を軽く叩く。


「てっ」

「周りのことばかり考えちゃだめよ。自分のこともちゃんと考えて。そうじゃないと、あなたを信じてくれる人がいなくなるわ」

「でも、姉さんは信じてくれるでしょう?」

「家族以外の人よ」


 それは、まぁ。

 でもグレンとか、信じてくれるって言っているし、リリーも……。


「今はいいかもしれないけど、後になってついてきてくれなくなるかもしれないでしょ」

「……わかりました」

「それと」


 まだあるのか。

 この空間がいつまで続くのかはわからないが……まぁ、ノーラの話を聞き続けるのも悪くない。


「お姉ちゃんのことを一番愛しているなんてダメよ。ネロの周りにはいい人がいっぱいいるんだから」

「んー……家族を愛するのはダメなんですか?」

「そうじゃなくって……」

「あれ? もしかして姉さん、俺が恋愛感情を抱いているって思っているんですか?」

「へっ!?」


 おっと、この反応は面白い。

 少しからかってやろうと思っただけだったが、これは面白そうだ。


「あっれれー? 俺は家族を愛していて、それは姉さんだけじゃなくってネリにも兄さんにも向いていますよ? その中でも一番構ってくれた姉さんが、出て来てくれたんじゃないんですか?」

「えぅ……っ」


 ノーラは見る見るうちに赤くなっていく。

 何これかわいい! 姉じゃなければお持ち帰りしてしまうくらいかわいい!


「ねっえさーん?」

「……かっ、からかわないでよ!」


 身を乗り出してくるノーラの顔は赤くなっているが、恥ずかしがっているのか怒っているのかわからない。

 その様子を見て、声を出して笑う。


「も、もう……っ!」

「あっははは。でも、確かにね」


 俺は、少しだけ真面目な表情にしていう。


「家族への愛情プラス恋愛感情で、姉さんが一番です」

「……っ」

「恋愛感情のみだとわかんないですけどね」


 誰がここに出てくるか。

 まぁ、この世界では兄妹でも結婚はできるらしいし。

 だからって積極的に結婚しようとは思わないし、そもそも婚姻とかどうなっているのか知らないし。


 前世だって婚姻届が出せないだけで、別に兄妹で愛し合うこともあるのかもしれないし。

 形が残らないのかもしれないけど、そもそも愛に形はないのなら、無理に形にする必要もないだろう。

 形がないからこそ、残したいのかもしれないけれど。


「……で、そんな愛する弟が、ちゃんとした魔導師になりましたよ。どうですか?」

「そうね……あなたは、私の誇りよ」


 そういって肩を叩いてくれる。


「いつの間にか私が死んだときと同じくらい歳をとって……なのに私以上に魔法に精通していて……とても誇らしく思うわ」

「全部、姉さんが基礎を叩き込んでくれたおかげです。ありがとうございました」

「どういたしまして。

 私が上げたローブもずっと使ってツギハギだらけ……替えてもいいのよ?」

「いえ。どれだけボロボロになっても使い続けます」


 ナトラにもらった剣も。

 捨てられるものではないし、だったら使い続ける。


 まだまだ話し足りないが、そろそろ時間のようだ。

 俺の意識がだんだんと薄くなっている気がするし、ノーラの体も少しずつ粒子に戻っていく。


「そろそろお別れね」

「そのようです」


 また次があるのかはわからないけど。

 でも今は、これで十分だ。


「ネロ、最後にお願いを聞いてくれる?」

「なんですか?」

「……名前で呼んで、抱きしめて」

「……わかりました」


 消えゆく意識の中で、俺は腕を広げる。

 そこにノーラが飛びついて来て、同時に抱き合う。


「……ノーラ、愛しています」

「私もよ、ネロ」



☆☆☆



 ゆっくりと目を開け、体を起こす。横でも、同様の動きを感じる。

 肩の荷が下りた様な、体がすごく軽く感じる。


「良い夢でも見れたようね。目が赤いわ」

「……すみません」


 占い師に言われ、目元を触ってみれば手袋が濡れる。

 目を落として見ても、台に敷かれたクロスを涙で濡らしていた。

 横、ネリを見ても同じような様子だ。


「兄ちゃん……」

「んー……なに?」

「すごく軽くなった」

「俺もだ」


 笑いながら返し、袖で涙を拭いて立ち上がる。


「さ、今日はもう店仕舞いよ。お帰りください」

「お代は?」

「もらったことがないわ。お客の愛する人を盗み見るのが趣味なの」

「いい趣味をお持ちで」


 占い師に苦笑を返し、リリーたちの方へ体を向ける。

 そこにユカリとレイシーがいなかった。外だろうか。

 しかし、なぜかリリーもアルマも少し大人しいというか……俺とネリの雰囲気が伝播してしまったのだろうか。


「どれくらい寝てた?」

「一時間くらいかな。途中でユカリがぐずり出したから、レイシーが外に連れて行ったよ」

「わかった」


 あとで相手してやらないとな。何かと構ってやれていないと思うし。

 もしかしたら、ユカリはこの雰囲気が嫌で逃げたのかもしれないな。


 リリー、アルマと順にテントから出て行く。

 最後に俺が出ようと思ったとき、後ろから占い師に声をかけられる。


「またね、魔王様。次会う時は、英雄様になって」

「……ああ、また」


 軽く振り返り、そこにはすでに占い師の姿はなく。

 それでも軽く手を振りながら、テントを後にした。

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