第三十一話 「懐柔」
「パパー!」
扉を蹴破る音と、ユカリの大声で目を覚ました。
体を起こして入り口の方へ顔を向けると、ユカリが部屋に入って跳びかかってきた。
「ママがいなくなっちゃったー!」
抱き着かれて耳元で騒がれる。
寝起きの頭にこれはかなりきつい。
「うるさい。もっと静かに」
「でも! 起きたら一人なんだよ!」
「一人じゃないだろ。ミー姉も姫様もいる」
「パパとママがいない!」
何なんだ、こいつの両親渇望は。そこらの浮浪児より強すぎませんかね。
なんて思っていると、レイシーもユカリの大声で起き出した。
……え、なんでこいつ俺のベッドで寝てんの。なんで空いているグレンの方で寝てないの。お前は別にイズモやユカリのような奴じゃないよな!?
「ユカリ様うるさいです……」
「あー! なんでママが寝てるの! ユカリも一緒に寝る!」
「うるせええええええ!!」
堪らずに、抱き着いていたユカリを隣のベッドに放り投げる。
「今日はやることがあるんだよ! もう寝てる時間はない!
あとレイシー! 狭いから別のベッドで寝てくれるかな!」
「えー……はい。善処します」
「断言してくれ!」
俺の安眠はいつになれば来るのだ!
ああ、くそ。なんでこんな朝っぱらから大声出さなきゃいけないんだ……。
俺は頭を掻き、ベッドから出て机の上に置いていた仮面と手袋を取る。
「……そういえば、ネロ様はなんで仮面をしているんですか?」
「指名手配されてるからだよ。魔人族と天人族には顔がばれている可能性が高い」
それ以外の種族については、レイア画伯の似顔絵ではわかるまい。
レイシーに適当に説明しながら、椅子に掛けて置いたローブを羽織る。
「……まさか、T-REXですか?」
「……あ、えっと」
やべぇ、地雷かな。
レイシーが奴隷になったのは五年前だそうだから、俺が暗黒大陸でいろいろとやらかしたころでもある。
魔人族に買われることが多かったレイシーは、もしかすればそのあおりも受けたのかもしれない。
「……代わりに死ぬまで守ってもらいます」
「わかりました……」
声のトーンを落とさないで欲しい。ちょっと本当に怖い。
「ていうか、様をつける必要もないけど?」
ユカリに様を付けるのはなんかおかしいし、それなら俺にもつけなくても構わないし。
「いえ、そのあたりは雇い主としても認識していますので」
「あ、そう」
「お金、くださいね」
「……まぁ、それに見合う働きをすれば、な」
いや、別にお金を上げたくないとかじゃないけど。
欲しいものがあるなら、買えるなら買ってやるつもりでもあるけど。
欲しいならあげるけどさ。
「とりあえずお前ら、着替えてこい。今日は人探しするから」
「わかりました。ユカリ様……なんで寝てるんですか」
「すげえな……」
大人しいと思ったら、ベッドに投げたユカリはそのまま寝落ちしていた。
感心するわ、その寝つきの良さ。
宿で朝食を取り、町に出てネリの捜索を開始したのだが。
かれこれ数時間は探しているというのに、見つからない。
そして、それ以上に気になることがある。
「なんか視線を感じるのは気のせい?」
「いや、あたしも感じる」
ミネルバにも感じていたらしい。
俺はふと視線の感じる方へ目を向けると、何やら強面の兄ちゃんがこちらを見ていた。
……昨日は大人しくしていたはずだ。
いや、サッカーをやったけど、あれで目を付けられるとか考えたくない。理由がわからないし。
となると、別の原因があるのか。
今日にかけて、何かやらかしてそうな奴は……。
「グレン。お前昨日何してた?」
「昨日か? 昨日は、宿の一階の酒場で時間を潰していたぞ」
「……その時に何をやった」
「ゴロツキに絡まれたのでな、外に出て撃退していた」
「そうか……」
こいつのせいか。
まぁ、こいつ以外いないよな。
どうしよう、こいつに掃除でもさせようかな。
「鬱陶しいのならば、鎮めてくるが?」
「やめとこう。悪化しかしそうにない」
後先考えないって怖いわー。
しかし、どうしようかな。鬱陶しいのはその通りなんだよな。
自分で何とかするか? 元締めまで壊滅させれば、これもなくなるだろう。
あ、でもそれならネリを探し出した方が早そうだな。あいつ、この国では恐れられているらしいし、兄妹だってわかったら消えるだろう。
でも見つからないんだよな。聞き込みしているのが間違いなのだろうか?
訊き込んでいる間に、あいつは端から端へと移動しているというのか?
なんて面倒臭い奴なんだ。
「ネロ、今度は南の方へ向かったらしいけど」
「今北を探している最中じゃないですか……」
さっき東から来たというのに。
これ、待ち伏せした方が早く見つけられそうにないか?
「どうするんですか?」
「……勘に頼るか、訊き込むか」
「ここまでくればどちらも同じだと思えるな……」
頭を捻るが、結局どっちがいいのかなんてわかるはずもない。
「もうネロの勘に頼れば? その方が確率高い気がしてきたよ」
「そうですかねぇ……」
でも、今は別にどこにいるっていう感覚はしないんだよな。
もっと近くにいないといけないのだろうか。
まぁ……適当に歩くなら、どこに向かおうが一緒だな。
「じゃあ、こっち行きましょう」
適当に向かうか。
「あ、やっぱ向こう」
「あー……右?」
「塀か……越えよう」
「あ、こっちじゃない」
「ちょっと戻って」
「次はー……」
「ちょっと待て!」
小一時間ほど、俺が先導して適当に散策していると、グレンから声が上がった。
「なんだよ」
「一体貴様はどこに向かっている?」
「え、どこって……ネリのところ?」
「それがなぜ塀を越えたり、他人の敷地に入ったり、来た道を戻ることになるのだ?」
「いや……本当に適当に行っているだけだから、理由を聞かれても困る……」
マジで適当に来ているから。何なら分かれ道で木の枝を頼りにするくらい適当。
でもまぁ、俺もおかしいと思う。
なんで塀なんか越えたんだろうな。もしネリと同じルートを通っているというのなら、あいつは何なのだ。ネコか。いや、ネコは塀の上を歩くか。
「もうちょっと真面目に……!」
「あっ!」
掴みかかってきたグレンの手をすり抜け、そのまま駆け出す。
なんか、こっちにいる気がする。
後ろから皆が慌ててついて来るのがわかるが、待っているとまた逃してしまう。
身体強化をかけ、大通りへと抜ける。
右へ曲がり、露店が開かれ人がひしめいている通りを縫うように走る。
すると向かう先に、四人組が見えた。
後ろ姿から女性は二人……いや、三人か。一人はフードをかぶっているせいでわかりにくいが、たぶん女性だ。残り一人は男性。
そのうちの一人が、なぜか赤いドレスを着ていた。
たぶん、あいつだ。
「ネリッ!」
声をかけると、赤いドレスが振り向いた。それと同時に赤いリボンで結ばれた黒のポニーテールも跳ねる。
その顔は、五年ぶりでもすぐにわかる。
ネリだ。
「兄ちゃん!」
仮面をつけているはずなのに、ネリも俺を認識した。
俺はネリと両手を合わせる。
「兄ちゃんの仮面だっさい!」
「ネリのドレス似合わねえ!」
「お互い様だね!」
「まったくだ!」
久々に会い、貶し合って笑い合う。
ネリは、五年前から少し大人びてきていた。凛とした雰囲気が増し、もう傷つけられるような印象は受けない。
服装は赤のドレスで、似合っているとは思えない。ネリはもっと動きやすそうな服の方が似合う。
しかも剣も持っていない。
木剣が抱き枕代わりのような奴だったのに、これはどういった風の吹き回しだ。
「なんだ、お前の服装。クイズかよ」
「だよね。あたしも慣れないよ」
ネリも居心地悪そうに、身じろぎをする。
「その方が警戒されにくいんだよ」
ネリの後ろ、でかい獣人族の男性が言う。
元将軍のガルガドも精一杯の礼装なのか、軍服を着ていた。
「警戒されたところで無意味だろ。こいつ自身が剣なんだぞ」
「まったくだ。行く先々で問題を起こそうとしやがる……」
ガルガドも苦労しているようだ。
さらにその後ろから、フードをかぶった緑髪のダークエルフが前に出てくる。
リリーも、外套の下はドレスを着ていた。何だこいつら、お遊戯会かよ。
「ネロ、いつラカトニアに来たの?」
「一昨日の昼だ。今日まで探し出すほどの時間がなかった」
お前らの異常な行動力のせいでな。
なんで端からは端に、数十分程度で移動できるんだろう。ちょっと怖いわ。
で、さらにリリーに並ぶようにもう一人、ドレスの女性が。
なんか猫の耳がついている。尻尾もあるから獣人族で……ガルガドの娘か? でかいな。リリックと張りそうだ。
「その人がネリのお兄さん?」
「そうだよ。仮面かぶってるけど、強いんだよ」
「ばっか、ばかお前、仮面かぶっている人の方が強いんだよ」
ほら、そういうのって鉄板じゃん。
悪役は大体顔を隠している。強い奴にもなればその確率は高くなるだろ。むしろ顔を隠していない奴は弱い。
「でも、仮面かぶると視界が悪くなるじゃん」
「本気で返されるとちょっと対応に困る……」
確かにその通りなんだけど。
視界は悪いし呼吸はしにくいし、おまけに仮面かぶったままでは食事できない。
ホントなんで仮面をかぶっているんだろう。もうやめようかな……。
ネリとの会話を聞いていた女性が、小さく笑いながら手を差し出してきた。
「初めまして。アルマ・レオルガ。ガルガドの娘です」
「ああ、えっと、ネリの双子の兄のネロです」
その手を握り返しながら、軽く挨拶をしておく。
「このボケッ!」
「ぐぇ!?」
いきなり脇腹を蹴りつけられ、通りに転がる。
蹴りつけられた箇所をさすりながら、振り返る。とグレンに胸倉をつかまれる。
「いきなり走り出すな! こちらにも気を配れ!」
「お前らどうせ追いつくだろ! このくらいで怒るな! いつものことだ!」
「貴様基準で考えるなと言っている!」
いやいやいや。
俺が先導していたんだから、俺基準になってもおかしくないだろう。
というか、こいつなんでこんなに怒ってんだよ。掴みかかりを避けたからか?
「随分と大所帯で来たな……」
ガルガドがグレンの後方を見ながら言ってくる。
その方を見れば、フレイヤたちがようやく追いついてきたところだった。
「まぁ、魔導師全員集めたからな」
「ああ? もう揃ったのか?」
「魔導書は全部そろったぞ。つーかグレン、そろそろどけてくれ。邪魔くせえ」
グレンが舌打ちをしながら手を離してくれる。
立ち上がりながら、ローブの裾をはたく。
「さて……」
「やるか!」
ネリが背に手を突っ込んだので、俺も応じるように腰に差していた剣に手を掛ける。
「やるな!」
「痛っ!」
ネリと一緒に、ガルガドに拳骨を落とされた。
二人で頭を押さえて屈みこむ。くっそいてぇ……。
容赦ないな、こいつも。もうちょっと手心を加えてくれないかな、武闘派の皆さん。
「なんでだよ! あたしはこのためだけに強くなったんだぞ!」
「その心意気は買ってやるが、今の状況を考えろ。こんな往来で、テメエらがやったら消し炭だ」
「甘いな! 本気なら国が消える!」
「なおさらじゃねえか!」
俺だけまた拳骨を落とされた。
「ネリ、あなた今ガリックの依頼の最中でしょ。ちゃんと終わらせないと」
「えー……だからってなんでドレス着なきゃいけないのさ」
「その方が警戒されないからよ。何度も説明してるじゃない」
あー、そういや、ネリたちはガリックに犯罪組織の撲滅を依頼されているんだっけ。
「なんでそんな依頼受けたんだよ? お前にできるのか?」
「できるわけないじゃん! でも、やらないと兄ちゃんとの勝負させてくれないし、ラカトニアから出してくれないし、いろいろ面倒なんだよー」
「ああ、騙されたのな。可哀そうに」
なんか契約でもされたんだろう。
ラカトニアは国の性質上、強い者は残しておきたいと思う者も少なくないだろうし。
視線をガルガドに視線を向け、説明を求める。
「ガリックに指南してもらう条件がそれだったんだよ。王になった時に、いくつかの依頼を受けてもらう、というものだ」
「なるほど。んで、譲歩されてそれか」
指南、ついで俺との勝負と出国の三つの見返りに、犯罪組織の撲滅、ね。
割がいいのかどうかは知らんけど。
「で、お前はどういう作戦を立てていたんだ?」
「軍にいたからな……悪いが、武力解決しか思いつかん。で、戦力分析に回っていたところだ」
「バカだなお前」
まさか本当に武力行使で何とかしようとか考えているのか?
だったら救いようもないバカだぞ。
「それで壊滅するわけないだろ。犯罪組織だぞ。どこにでもゴキブリのように湧き上がるぞ」
「否定できねえのがうぜぇ……。ならお前には何かあるのか?」
「当たり前だ。一日で、犯罪組織を押さえつけられる」
人差し指を立てて、突き出しながら言う。
「ネリと、分析した結果を渡せ。今日中に片づけてやる」
☆☆☆
「じゃあ、行こうかネリ」
「いつでもいいよ!」
俺とネリは、二人だけでとある犯罪組織の拠点へとやってきた。
路地裏にある、少し入り組んだ道を進んだ先にある、隠れ家的なものだろう。
ガルガドたちの調査、それにガリックが元から調べていた情報からして、ここに犯罪組織のボスがいるだろうとの見当をつけた。
見張りはいないが、目の前にある扉の向こうには人の気配がしている。
本来ならば結界でも張って中を確認するのだが、今回ばかりはそれをしなくてもいい。
「ネリ、中は?」
「うーんと……廊下に二人、部屋に五人はいる」
人間探知機だ。たぶんミスはないだろう。
そもそもそこらのゴロツキ程度、何人いようが敵ではない。
ネリもいるし。
ちなみにネリはドレスから動きやすい服に着替えている。
ドレス姿でも十分戦えるらしいが、ネリが着替えたがっていたので好きにさせた結果だ。
剣は腰に一本だけ。だが、ガルガドの話を聞いた限りでは、ネリはまだ剣を使うらしい。
ネタバレになるので、俺には勝負まで隠されているのだが。
「じゃ」
「お邪魔しまーす!」
ネリが扉を蹴破って中に入る。
人が二人やっと通れそうな広さの廊下に、突然の侵入者に見張りがこちらを向いて身構える。
数は、ネリが感じ取った通りの二人。
これなら、中にも五人で確定だろう。
「〈剣舞姫〉……! ついに来たか!」
「隣は誰だ? 獣人族じゃないぞ」
ネリはこの国では、獣人族と一緒に認識されているらしい。
まぁ、それも当然なんだろうけど。
「いっくぞ!」
ネリは腰に差していた剣を抜き放ちながら前に出る。
あまり広くないこの廊下では、ネリが一人暴れるのが精いっぱいだ。
「姫はおれが抑える! 後ろの奴をやれ!」
「わかった!」
見張りのうち、一人が駆けるネリの脇を何とか抜けて、俺の方へやってくる。
俺は剣を抜かず、自然体に構えておく。
「見ねえ顔だな……新入りか?」
「一昨日入国したばかりだ」
「姫の連れだ、容赦はしねえぞ!」
されても困るだけだ。
ていうか、ネリを姫って呼のやめてくれないかな……。剣舞姫だから仕方ないのかもしれないけど、なんかネリに似合わないんだけど。
などと適当なことを考えているうちに、もう剣の間合いまで接近されてしまっていた。
そして見張りが剣を壁などに当たらないように、最小限の動きで振り下ろしてくる。
振り下ろしを半身になって回避し、勢い余ったところに足を引っかけて転がす。
廊下を滑っていく見張りに、催眠魔法をかけて眠らせ、ネリの方へ向く。
ネリもちょうど相手を気絶させたところで、剣を鞘に納めていた。
弱いな……抑えるって言ったんだから、もうちょっと粘れよ。
まぁ、さくさく進んでくれて嬉しい限りだが。
「殺してないよな?」
「大丈夫。柄頭で殴っただけだから」
なら大丈夫だろう。ネリの突きの威力なんて知らないけど。
俺は奥に進んでいき、扉の前に立つ。
「兄ちゃん」
「わかってる」
扉の隣と正面に一人ずつ、待ち伏せしているんだろう。
見張りの役割はちゃんと果たされている。誰が侵入してきたのか、ちゃんと中の奴らへ伝えているのだから。
「俺が先に入る。いいか、俺たちは話し合いに来たんだからな?」
「わかってるよ。ボスは殺さない」
「気絶もさせるな」
ネリに注意をし、蝶番を魔法で壊れやすくする。
そして扉を蹴り抜く。
すると蝶番が外れ、扉はそのまま蹴られた方向、部屋の中へと吹っ飛んでいく。
「ごはッ!?」
正面で待ち伏せをしていたゴロツキにぶつかり、ついでにその後ろに構えていたらしいもう一人を巻き込んで倒れ込んだ。
扉が吹っ飛んできたことで意識がそちらへと向かっていた、扉の脇で待機していた一人を、腹に身体強化をかけた拳を叩き込んで沈ませる。
「ひっ……!」
残った二人は……ボスとその側近だろうか?
ソファに一人が座っており、その後ろに一人立っている。
その対面のソファに、ネリと座る。
「さて、【ブレイズ】の頭領。交渉に来ました」
「こ、交渉……?」
「はい。彼らは向かってきたので対処させていただきました」
「へ、部屋の奴らは何も……」
「向かって、きましたので」
「……」
頭領は小さく頷いてくれる。
「我らが提示するのは、二つの選択肢」
まず一つ、と指を突きつける。
「今、ここで潰されるか」
二本目の指を突きつける。
「我らに与するか。
お好きな方を、選んでください」
「……っ」
頭領は息を飲む。
すぐに返答は来ない。が、予想していた。
ていうか、即答されても困る。
俺は指を引っ込め、仮面を外して机に置く。
当然表情は、笑顔を張り付けている。
「もちろん無条件とはいきません。
知ってのとおり、こちらの〈剣舞姫〉はガリックからの依頼により、犯罪組織の撲滅を行っています。本日はそのことについての交渉というわけです」
「兄ちゃん、笑顔が黒い」
「黙ってろ」
お前は後ろの連中を警戒してくれていればいい。
交渉事は俺で何とかするから。
「……お、おれたちの見返りは何だ?」
「組織の存続を許されます」
「…………」
「疑うのももっともです。ですが、こちらも早急に犯罪組織の撲滅をしたいのです。
そこで、手っ取り早く行うために、あなた方を利用させてもらいたい」
「……具体的には?」
「目をつぶれない悪事に加担する犯罪組織の情報を渡してください。
そして、警備部隊が創設され、整備されるまでの間、町の警護をしてもらいたい」
何のことはない。
同じ犯罪組織の、犯罪の情報を渡せと言っているのだ。
餅は餅屋。犯罪は犯罪組織、だ。
徳川家康が江戸へと向かわされた当時、江戸はゴロツキであふれていた。
そんな中で家康がとった作戦は、そのゴロツキを束ねているリーダーを城に呼び寄せ、金を与えて逆に町の警備をさせたという。
その応用をする。
「あなたの組織ブレイズは、まだ良心的な犯罪組織だ。
麻薬、奴隷狩り、遊びでの殺しなどなど、到底許せそうにない犯罪には手を出していない。ゆえに、あなた方に協力をしてもらいたい」
「……なるほど」
「ただし」
少しずつ落ち着いてきた頭領が、顎に手を当てて頷いたところで、俺は両手を打つ。
「あなた方が一番良心的だったとはいえ、他にも似た組織は多くあります。
いつでも、あなた方を切ることは可能なのです」
「…………」
「我らに協力し、後ろ盾ができたからといって過激に走れば、あなた方も粛清の対象になるということをお忘れなく」
「…………」
「これまで通り、犯罪すれすれ、または目をつぶれるくらいの程度で済ませてくれれば、見逃してあげましょう」
「……こちらが渡す犯罪組織の情報は、どうなる?」
「こちらで精査し、害悪だと判断した場合にのみ、壊滅させてもらいます。その組織の市場などは、すべて【ブレイズ】が管理してもらって構いません」
「……なるほど」
「そして正規の警備部隊が整備されれば、あなた方は裏の警備部隊として働いてもらうことになるでしょう。
悪事を実行した犯罪組織があったとして、もし証拠などが押さえられなかった場合。どう考えてもその犯罪組織だと判断できている場合、あなた方に始末してもらいたい。その際には、こちらも人を派遣します」
「…………」
「引き受けていただけますか?」
頭領はソファに深く座り直し、顎に手を当てて考え込む。
……くそ、これでもやっぱり即答は難しいか。
だが、これ以上の譲歩は無理だ。
犯罪組織の壊滅は難しい。人がいるから犯罪はあるのだから。
誰もかれもが清く正しく誠実に生きているわけがない。
どんなにきれいな人であったとしても、あら探しをすれば必ず見つかるものだ。
これ以上の条件はさすがに提示できないんだが。
犯罪組織を撲滅するとか意気込んでいるところに、生き残らせてやろうっていう話なのだから、悪くないはずなのだがな。
まぁ、立場が逆でも俺は同じく考え込むだろうけど。
「おれたちが、整備された警備部隊に狙われないという保証はないだろう?」
「……ええ」
「それでは話にならん。
結局、いいように使われた後に捨てられては、たまったものではない」
「そうですか。では……」
仕方ない。もう一つ、条件を出してやるか。
「不当な理由によって狙われた際には、俺が守りましょう」
「……それが、どう安全につながると?」
「俺は、こいつの兄です」
ネリの頭を押さえながら、そう告げる。
さらにリュックから、仮面をもう一つ取り出す。
「もう一つ、今更俺に犯罪の躊躇いはありません」
「T-REX……!?」
音を立てながら、明らかに動揺をする頭領。
「まぁ、真っ当な理由で狙われるなら、庇う気はないですけど。これで、どうですかね?」
なんか、T-REXの仮面を出したところから、もう脅迫めいてきているんだが。
あくまで交渉のつもりだったんだけどなぁ……。
「さて、どうします?」
「わ、わわわかった! 協力する! 協力するから命だけは!」
「……」
え、なにその慌てよう。
T-REXの噂はどれだけ大きくなっているのだ? あとでレイアあたりに問い詰めた方がいいだろうか?
何となく釈然としないまま、とりあえず協力を取り付けることに成功した。




