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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
131/192

第三十話 「心の扉」

 集合場所には、まだミネルバもユカリもおらず、俺とレイシーはベンチに座って昼食をとっていた。

 フレイヤは少し離れたところの店に行って食事をしており、グレンはそれについている。

 レイシーと二人で昼食のサンドイッチを食べていると、広場にミネルバとユカリがやってきた。

 ユカリは俺に気付くと、こちらに向かって駆けてきた。


「パパー! お腹減った!」

「はいはい。これでも食べなさい」


 新しいサンドイッチを渡すと、ユカリは俺の膝の上に座って食べ始める。普通に重い……。

 しかも身長もあるから、前が良く見えない。

 ベンチは三人掛けなので、まだ空いているというのに。


「フレイヤ様たちは?」

「向こうで食べ歩きですね」


 二人が向かった方角へ指を向ける。

 ミネルバはそちらの方へ向いて苦笑を浮かべ、次にレイシーを見た。


「その子は?」

「奴隷です。わけありの」


 レイシーにかぶせている帽子をわずかに上げ、白い髪を見せる。


「ああ、なるほど……。ネロはそれを感じたりしたのかな?」

「いいえ。お告げってところです」

「お告げ……?」


 ミネルバは俺の返しに首を傾げる。

 まぁ、あんまり聞き慣れない言葉ではあるだろうな。


 とはいえ、別に同じ白い髪がいるなんて、俺は感じたわけもない。

 感覚が共有されたのは、今のところネリくらいしか覚えがないな。


「廃棄予定のところを引き取ってきました」

「廃棄予定って……大丈夫なの?」

「大丈夫でしょう。こまめに回復魔法かけてますし、宿に戻ればじっくり調べますよ」


 魔眼で調べれば、病気なんかも見ることができる。

 何か病気でもあれば、フレイヤに治してもらえるだろう。


「誰この人?」


 膝の上に座るユカリが、隣のレイシーを指差し訊いてくる。

 説明しただろ……ああ、でも名前をまだ言っていないのか。


「名前はレイシーって言って……あー、と、ユカリのママ」

「へっ!?」

「そっかユカリのママか!」


 説明を受けたユカリが、俺の膝の上から驚いているレイシーへと飛びつく。

 すげえ、簡単に信じやがった。大丈夫かよ……。


「ちょ、ネロ様! どういうことですか!?」

「いや、そういうことで」

「ちゃんと説明を!」


 と、言われてもな。

 特に理由なんてないし、その場のノリで決めてしまった。ちょっと後で厄介になりそうで、すでに後悔している。


「ユカリのママがいなかったから」

「パパというのはなんですか……?」

「そいつ、奴隷にされそうになって記憶削除されているんだよ。そこを保護したから、刷り込み効果で勘違いされた」

「だ、だからってなんでレイシーが……!」

「片親って大変なんだよー」

「理由になってませんよ!」


 ユカリに抱き着かれ、筋力の落ちた体では引き剥がすこともできずに困っているレイシー。

 だが、抱き着いていたユカリがその動きをピタリと止めた。


「……ママ、お胸ないね」

「ふ、ぐぅ……!」

「あっははははは!」


 ユカリの容赦ない言葉にショックを受けるレイシーに、俺とミネルバは声を出して笑った。


「まだ! これからです!」

「お前、成長を諦めている割には、儚い望みも持っているんだな」

「い、いいじゃないですか、望みを持つくらい!」

「そりゃそうだ。望みを持つのは人の勝手だ。

 だけど、俺のドレイなら反抗するな。まず初めの仕事だ」

「う……わかりました」


 レイシーをユカリの親にするメリットはいくつかある。

 ユカリはどうもどうやら親に飢えているようで、俺から離れたがらない。それこそ、レイシーよりも大人のミネルバやフレイヤの話は聞いても、自分から抱き着いたりはしないのだ。

 これで俺がユカリに四六時中ずっと一緒にいなくても良くなるだろうし、扱いやすくもなる。


「ミー姉も座ったらどうですか?」


 レイシーがユカリの相手に手を焼く様子を眺めているミネルバだが、俺に言われてベンチに腰掛ける。

 サンドイッチを渡しながら、午前中の成果を聞く。


「で、ネリは見つかりました?」

「いいや。見つけていれば、連れてきているさ」

「ですね」

「だけど、情報は集まったよ。今、ネリは面白いことをしているようだね」

「面白いこと、ね」

「ラカトニアの現国王であるガリックは知っているよね?」

「はい。といっても、名前と攻神流の神級だというくらいですが」


 正直、剣士について興味があんまりないからな。

 昔の、歴史書に出てくるくらいの有名な剣士とか、本になっていたりすれば知っていることもあるのだが。


「それで十分だろうさ。で、ガリックが取り締まりの強化を宣言したのは?」

「グレンから聞きました」

「その強化に使われているのが、ネリのようだ」

「へえ。確かに、面白そうなことをしていますね」


 だけど、大丈夫か?

 ネリは完全に武闘派だぞ。犯罪の取り締まりなんていう頭の使いそうなことはできそうにないが。


「ネリはこの国ではかなり有名で、〈剣舞姫〉なんて称号をもらっているようだ。剣舞の称号をもらうには、三つ以上の流派で王級以上の実力が必要だそうだ。

 現在では剣豪十傑に数えられているらしい」

「剣豪十傑……」

「簡単に言えば、この国でのランキングのベスト10だね」


 なるほど。そんな制度もあるのか。

 この国でベスト10ともなれば、世界でも有数の実力者ではないだろうか。

 世界中から剣士がこの国へと集まってくるのだから、猛者はあらかた網羅しているはず。

 まぁ、剣豪十傑になっても出て行くものもいるだろうし、だからこの国でのベスト10なのだろう。


「剣豪十傑の皆が剣舞の称号を持っているわけでもなく、さらに言えば十傑の中の女性は三人。ネリは、かなり強くなっているね」

「兄として誇らしいです」


 剣の才能があるとはわかっていたが、まさかそこまでの強さになるとはな……。

 これは俺が戦っても、負けるかもしれない。


「ネリは現在、獣人族の二人と一緒にいるらしい。その二人はレオ族らしいけど、ネロに心当たりは?」

「ありますよ。トロア村を襲撃して、ネリを連れ去った将軍がレオ族です。その将軍と、将軍の娘ですね」


 あ、でもガルガドはすでに将軍職を降ろされたのだったか。だからラカトニアに来たはずだ。


「ネリは今、犯罪組織について下調べの段階らしい。しらみつぶしに組織を訪れているとのこと。

 ただ、行動範囲が広すぎてね。東の端で目撃情報があったと思ったら、今度は北の端で目撃情報があったりする。

 捕まえるのは困難だと判断して、切り上げたんだ」


 それが本当だとすれば馬鹿げた体力と行動力だ。

 犯罪組織があちこちにあるのも考えものだが、歴代のこの国の王が放置していたのが原因だろうな。

 どうやっても犯罪組織の壊滅は難しいが、それでも方法がないわけでもないだろう。

 ガルガドは将軍していたから、その辺のノウハウもあるのではないだろうか。


「後はー……そうだな、最近になって緑髪のダークエルフが仲間に加わったらしいね」

「ああ、それは緑の魔導師ですね」


 リリーもちゃんとネリと会えたようだ。

 これで、ネリを探せば全員集められるのか。

 ただ、困ったことに黄の魔導師もいないんだよなぁ……。ガルガドあたりが使えないだろうか。魔剣を持っていたし、可能性はゼロではないと思うが。

 その辺はアレイシアがまた出て来てくれれば聞けるのに。


「明日は一日使ってネリの捜索ですね」

「うん。あたしも手伝うよ」


 けど、それだけ動き回るなら、適当に探してどこかで出くわすのが一番だろう。

 こっちが必死になって探しても、見つかりそうもないし。


 服屋で待っているときに見た、怯えた様子のゴロツキどもは、そのせいだったわけか。

 剣豪十傑なんていう奴に追い回されれば、そりゃ怯えるのもわかる。

 しかし、どうもうまく進んではいないようだな。

 取り締まりの宣言をしたのは最近なのかはわからないが、それでもまだ犯罪組織が減っている様子もなさそう。

 効率よく取り締まる方法もあるのに。


 ミネルバと話しているうちに、離れていったフレイヤとグレンが戻ってきた。

 フレイヤは両腕に食べ物を抱えて。


「あら、ミネルバさんも戻っていたのですね」

「さっき戻ってきたよ。なかなか探し出すのが難しいんだ、ネロの妹は」

「貴様の結界で探せばすぐではないか?」

「バカ言うな。この国全体を覆うような結界なんか作りたくない」


 簡単そうに言うなよな。物凄く疲れるんだから。

 それにこの国を覆おうと思うと、下手すると魔力枯渇だ。それに範囲が広くなればなるほど精度も悪くなる。

 精度の良し悪しなんて、俺の集中力次第なのだが。


「この後はどうするのです?」

「俺はネリを探そうかな」

「えーっ!? ユカリと遊ぶんでしょ!」

「あー、そっか」


 そういや、そんな約束もしたな。ならユカリと遊ぶか。

 どうせ探して見つかるようでないのなら、どちらでも同じだ。

 といっても、ユカリと何をして遊ぶかな……。


「グレンはどこか行きたいですか?」

「そうですね……よろしければ、この国を見て回りたいです」

「わかりました。では、わたくしとグレンはこの国を見てきます」

「へーい。行ってらっしゃい。集合は宿な」


 二人に手を振って見送り、さてユカリと何して遊ぼうかな。

 周りを見てみても、子供といえば剣を振って素振りをしている。あれは遊びとは言わないな。

 一応こちら側の島にも居住区はあるが、ほとんどが道場に通う剣士のものだ。子供もそれと似たようなもの。

 俺が小さいころにしていたような遊びは誰もしていない。暇があるなら剣を振れ、って感じだ。


「何して遊ぶの?」


 ユカリから期待に満ちた目を向けられる。

 これでは下手な遊びでは納得してくれそうにない。


「……ちょっと待ってて。ボール買ってくる。ミー姉、お願いしていいですか?」

「わかった」


 ベンチから立ち上がり、露店が開かれている方へ向かう。

 確か、売っていたはずだ。なかったとしても、材料を買って作ればいいだろう。



「じゃあ、適当に遊ぶか」


 片手に野球で使うくらいの大きさのボールを持ち、ユカリに見せる。


「それで何するの!」

「投げるから取ってきて」

「それだけ?」

「それだけ」

「わかった!」


 わかっちゃうのかー。

 文句でも言われるかと思ったのだけれど、そんなことはないらしいな。

 まぁ、ユカリとしては体が動かせればいいのだろうけど。


「じゃあ、いっくぞー」


 振りかぶって、ボールを山なりに投げる。


「きゃー!」


 投げたボールを嬉々として追いかけるユカリ。

 落下し、てんてんと転がっていくボールを拾うと俺の元へ戻ってくる。

 ユカリからボールを受け取っていると、後ろからなんか視線を感じる。

 振り返れば、ミネルバが苦笑を浮かべ、レイシーは呆れた表情をしていた。


「レイシーもやれば? 運動になるよ」

「ママもやるの?」

「いえ、レイシーは……」

「やれば?」

「……はい」


 渋々といった体で立ち上がり、ユカリの隣に並んだ。


「へい」

「きゃー!」

「……」


 投げると、ユカリは全力で、レイシーは駆け足で追いかけた。

 そしてユカリが拾って戻ってくる。


「ほい」

「きゃー!」

「……」


 ユカリは飽きないのかな。俺は既に飽きた。レイシーは最初からやる気が感じられない。


「ほれ」

「きゃー!」

「……」


「よっ」

「きゃー!」

「……」


「はい」

「きゃー! ――……あれ? ないよー?」


 何こいつ。めっちゃ犬じゃん。

 投げるフリして投げなかったのに、ちゃんと追いかけていきやがった。

 犬を飼ったことがないから、本当にそんな間抜けなことになるのか知らないけどさ。


 レイシーは俺が投げていないのを見ていたので、動かずにこちらを半目で見ている。


「ここにある」


 ユカリに声をかけると、急いでこちらに戻ってくる。


「すごい! 魔法?」

「違う」

「へー」


 すごく興味なさそう。

 しかし、予想以上につまんないな。これ、相手が犬だと何か違うんだろうか。

 まぁ、少なくとも人間相手にやる遊びではないのは明らかだな。


 ユカリもそろそろ飽きてきたようなので、ボールを取り換える。

 今度はサッカーボールくらいのやつだ。


「次はこれ。ルールは、手は使っちゃダメ」

「じゃあどうやって遊ぶの?」

「こうやって、足だけで遊ぶ」


 ボールを落とし、軽くリフティングしてみる。が、あんまりうまくいかない。

 十回も越えないくらいで、簡単にどこかに吹っ飛んでいく。やはり慣れていないから難しいな。

 吹っ飛んだボールを風魔法で取り寄せ、ボールに足を置く。


「こんな感じだな。上手くなれば、百回くらい軽く超える」

「でも一人しかできないよ」

「あくまで俺と遊ぶのか……」


 これで一人で遊んでてくれないかな……。


「じゃあ、足だけ使って俺からボールを奪い取れ」

「わかった!」

「レイシーも。成長には適度な運動も必要だぞ」

「はい……」


 もう特に反抗することもなく、レイシーも加わる。


「相手に怪我をさせるなよ。魔法もなし」

「わかった!」

「んじゃ、スタートで」



 小一時間ほど三人で遊び、途中からミネルバも混ぜて四人でサッカーもどきをして遊んでいた。

 場所が広場だからか、観客までも出る始末だ。

 最終的には暇そうな奴らを捕まえ、人数を十人にしてゴールも決めて、フットサルもした。


 日が暮れだしたころになって、ようやく終了となった。


「すっげー疲れた……」


 ベンチにぐったりと座り込みながら、大きく息を吐く。

 ユカリの馬鹿みたいな体力に付き合わされたせいで、ほぼフルでやってしまった。

 まぁ、最後までやり通すくらいの体力はあったのだけれど。


「足だけっていうのは、案外難しいものだね……」

「だからゲームとして成り立つんですよ」


 普段は使い慣れていないからこそ、白熱する。

 手を使うと危険度が増すからな。脚力は急な加減が難しいため、ボールを取るために屈んだ瞬間に蹴り抜かれる可能性がある。

 ゲームを楽しいものにするためにルールはあるのだ。


「楽しかった! 明日もする!」

「えー……時間があればな」


 フルでやらなくていいなら、考えてもいいけど。

 それ以前に、明日の予定はネリの捜索だ。まぁ、一日で見つかるかどうかわからないが。


「大丈夫ですか?」

「まぁ……問題はない」


 レイシーが心配そうに見てくるが、体力を使い果たしているだけなので、少し休めば歩けるようになる。

 ちなみに、レイシーは体力も見た目通り極端に少ないので、十分も走れば簡単にバテていた。その辺も課題だよな。


「さて、そろそろ帰るか」


 十分とは言えないが、それでも休んだので宿までは歩けるだろう。

 ベンチから立ち上がり、宿へと向かった。



☆☆☆



「なーグレン。ちょっと今日、部屋を貸してくれね?」

「何を言って……ああ、そうか」


 俺の唐突なお願いに、グレンは反論しようとしてやめる。

 宿の部屋でくつろいでいた俺とグレンだったが、お願いを聞いたグレンはベッドから立ち上がった。


「いいだろう。俺はどこでも寝られるからな」

「ありがと」

「ちゃんと話し合えよ」

「話し合うっていうか……」


 グレンは俺が何をしたいのかわかったのだろう。

 まだレイシーと本格的な話をしていない。

 しかし、それをするにはグレンがいない方が都合がいい

 俺もレイシーも、たぶん気兼ねなく話せる。


「では、俺は下に降りてくる」

「悪いな」


 部屋から出て、たぶん宿と併設している酒場にでも行くのだろう。

 グレンが出て行ったので、俺も隣の部屋にいるレイシーを呼びに行く。

 男女で別れているという理由と、ユカリの相手をしてもらうために、レイシーにはフレイヤたちの部屋にいてもらっている。


 彼女らの部屋をノックし、返事を待つ。

 中からミネルバの返事が聞こえ、扉が開かれる。


「ああ、ネロ。ちょうどユカリが寝たところだよ。危うくレイシーも寝てしまいそう」

「すいません。ちょっと呼んできてください」


 ミネルバは頷くと、いったん部屋に引っ込んだ。

 そしてまた現れると、眠い目をしたレイシーを連れていた。


「悪いな、レイシー。今日はこっちで寝てもらう」

「……わかりました」


 眠い目のままのレイシーを俺の部屋へと連れて来る。

 レイシーはそのまま、近くの通路側のベッドに倒れ込んでしまった。

 本気でこちらで寝るだけのつもりのようだ……。


 しかし、眠いまま話を無理にしても無駄だろう。

 頭を掻き、明かりを消して仮面と手袋をテーブルに置き、俺も窓側のベッドにもぐりこんだ。

 グレンにああ言われたが、レイシーが眠いのではどうしようもない。

 どうせ、いつかは話し合うんだし、今日じゃなくてもいいだろう。



☆☆☆★★★



 目を覚ます。

 魔力灯は消され、部屋の明かりは窓から差し込む月明かりだけ。

 周囲を確認すれば、テーブルにナイフが置かれていた。

 ネロ様が持っていた剣もあるが、ナイフの方が使いやすいだろう。


 刃物に変わりなければ、何だっていい。

 殺せるなら、何だっていい。


 ……ネロ様が、これまでの主人と違うのはよくわかっているつもり。

 だけど、奴隷を買う人に違いなんてない。

 真っ当な人が、奴隷を買う必要がないように。


 今のうちだけ優しくしておいて、後になって襲われるのだ。

 その時に浮かべる、絶望や恐怖の表情を見て、「それが見たかった」といって笑うに決まっている。

 皆そうだった。

 彼らに大差はない。


 ネロ様が契約紋にかけている命令式は、無視禁止の一つだけ。

 本当は口も利きたくないが、契約紋のせいで話さなければならない。

 だが、血統契約でもなければ、殺傷禁止でもない。

 今、主人を殺すことは可能なのだ。いや、今しか殺せない。


 いつかやらなければならないことだ。

 あの檻に戻るのが、嫌ならば。

 昔に戻るのが、嫌ならば。


 今までの経験を乗り越えるために。

 これまでの人生を変えるために。


 そのためには、殺さなければ。


 ナイフを持った手が震える。

 だけど、躊躇ってはダメだ。それに、いつ起きるかもわからない。


 ナイフの刃のケースを外し、両手で柄を握る。

 呼吸が荒くなる。心臓が高鳴る。息が詰まりそうになる。


 それでも、やらなければ。


 ネロ様の寝ているベッドの端に立ち、狙いを喉に定める。

 そして、思いっきり振り下ろした――。



★★★☆☆☆



 バチィ、という何かを弾く音がする。

 俺は閉じていた目を開け、その正体を見る。


 レイシーの持つナイフだ。それが、俺の喉に突き刺さる直前で、何かに阻まれて不自然に制止している。


「――ぁ」


 目を開けた俺に気付いたレイシーは、怯えて足をからませながら後ろに倒れ込んだ。

 その際にナイフを取りこぼしてしまう。


 俺は上半身を持ち上げ、落ちたナイフを拾い上げる。

 黄の魔導書と一緒にもらったナイフだ。何の変哲もない、本当にただのナイフ。

 それを脇に置き、レイシーへと向き直る。


「ひっ……!」

「あー、怯えなくていい。お前が殺そうとするのなんて、お見通しだったから」


 それを待って、俺は寝たふりをしていたのだから。

 まぁ、予想よりも遅かったので危うく寝てしまいそうになっていたが……。


「ど、どうして……?」

「殺そうとしたのがばれたこと? それとも、ナイフが通じなかったことか?」


 レイシーは何度も頷いてみせるが、それではどちらを訊かれているのかわからないのだが……。


「ど、どっちも……」

「そうだな……殺そうとしたのがわかったのは、奴隷が主人を殺せる時に殺そうとするのは、当然だろうっていう偏見があるから、かな。

 ナイフが通じなかったのは、予想くらいついているだろう?」


 訊いてみるが、レイシーは顔を横に振って否定の意志を示す。

 ……無視禁止っていうのは、俺が無視だと判断しないと発動しないようだな。


「そっか。じゃあ、見せるよ」


 言って、俺は黒の魔導書を取り出す。

 そして最後のページを開き、そこに書いてある文字を読む。


「我、今ここに盟約を解き、神と道を違える」


 持っていた魔導書が手から弾かれ、俺の中から色が抜ける感覚がする。

 そして、俺の髪の色は本来の色へと戻る。


「うそ……? なんで……」


 それを見たレイシーの目が驚きに見開かれる。

 俺は脇に置いていたナイフをもう一度手に取り、そして自分で首を突き刺す。

 が、やはりレイシーの時と同じように、不自然にナイフが止まる。


「アレイシアの魔力を持っていると、奴に干渉される。自殺ができない、それはお前も知っているだろ」

「……はい」


 レイシーは自殺をしなかったのではない、できなかったのだ。

 奴隷としての生活、特にレイシーが受けた扱いを考えてみても、自殺しない方がおかしいと思える。

 だけど、できなかったと考えるならば話は通る。


 俺もラトメアに拾われた時には、何とかして自分を殺そうとしたが、不可能だった。今はそれに感謝してはいるが、レイシーにとっては呪いと似たようなものだっただろう。

 そして、アレイシアの魔力を持っていて自殺ができないのであれば、奴の魔力を持っている者同士もまた、殺し合えないのだろうと推測したのだ。

 まぁ、万が一にも外れていた場合には本当に死んでしまうので、体を硬化してはいたが。


「アレイシアと会った。それはお前だけじゃないさ」


 しかし、アレイシアは俺にレイシーの情報を与えたというのに、レイシーには俺のことを教えなかったのか。

 まぁ、俺が会った理由は転生者だからで、かなり特殊な例だしな。


「レイシー、いつアレイシアと会った?」

「……五年、前です」


 すると、俺がちょうどエルフの里を出るころだろうか。

 俺もその時に一度会っている。時間まで同じとは限らないが。


「俺は、一度死にかけた際に、初めて会った。魔力が枯渇しそうになった時だ。

 その際に、魔導書に選定されるようにと、かなり多くの魔力を与えられた。その副作用か、一か月寝込んじまったけど」

「……レイシーは、西の方の村に住んでいたとき、魔物に襲われました。魔物が出るという森に無断で入ったレイシーの自業自得だったのですが、その際に会いました。

 アレイシアは、助かりたいかと、一言だけ。頷くと、お腹の下あたりに手を置いて魔力をくれました。

 目が覚めれば、森にいたままだったのですが、魔物はいなくなっていました」


 アレイシアの魔力は魔物にまで影響するのか? 俺の時はそういうわけでもなかったと思うが……。

 いや、もしかすれば、ラトメアに拾われる前に魔物に襲われなかったのはそのせいだろうか?

 ……くそ、ちょっとややこしいな。


「それで、森から抜けたのですが……」

「白髪のせいで、村人に怖がられた、と」


 レイシーは小さく頷いてみせた。

 俺との違いは……白髪が村人に知れ渡らなかったところだろうか。

 あとは、貴族かどうか。


 俺が白髪であることが分かったからか、それとも会話をしているからか、レイシーはだいぶ落ち着いてきたようだ。


「レイシーの家は農家か?」

「はい。ネロ様は……貴族、ですね」

「そうだよ。といっても、本家とは仲悪いけど」


 俺の返しにレイシーは首を傾げるが、その話はまた後だな。


「どうして奴隷になったんだ?」

「……初めは、お父さんもお母さんも優しくしてくれていました。だけど、そのうち畑が荒らされたり、家畜が盗まれたりされ始め……」

「厄介払いか」


 わからなくもない。畑や家畜は農家にとって財産だ。

 財産が奪われる原因がわかっているなら、排除もしたくなる。

 現代なら考えられないことだが、この世界の文明レベルからすれば当たり前なのかもしれない。


「……なぁ、レイシー。お前は家族が好きだったか?」

「え……?」

「家族に愛されていたと思うか?」

「……はい。お父さんもお母さんも、レイシーを売ると決めたときには、泣いてくれましたから」

「……そう」


 俺は頬杖をつきながら、レイシーから顔を逸らして息を吐く。


「……家族に捨てられるのと、奪われるの、どっちが苦しいんだろうな」

「それは……」

「俺は、白髪で何か苦労した覚えはない。ずっと髪を隠していたし、何より父さんは村の守護騎士だった。その子供に手を出すような奴はいなかった」

「……」

「俺はアレイシアに、世界一の魔力総量だと言われた。それはきっと嘘じゃない。実感もしている。だけど、幼いころの俺はそれを使いこなすこともできず、黒の魔導書も持っていたのに使えず、家族は妹一人残して皆死んだ。

 アレイシアに会ったのが不幸だとは、俺は言えない。むしろ幸運だったはずだ。だけど、そのために自分の無力を思い知った。

 アレイシアと会っていなければ、魔力をもらっていなければ、俺はきっとひどく悔やむこともなかったはずだ。諦めが、つけられたはずだ」


 魔導師になり、詠唱破棄を覚え、魔力操作を使いこなせるようになった今では、魔力総量が多くて助かってはしているが。

 だからといってアレイシアに感謝する気にはならない。


「なぁ、レイシー。俺が怖いか?」

「……」

「怖くて当然だよな。怯えて当然だ。殺そうとして当然だ。俺がお前の立場だったとしても、同じことをしだろう。奴隷からして主人なんて、信じられるものじゃない。」


 奴隷の持つ主人への見解なんてそんなものだ。

 酷使され、玩具にされ、最終的に捨てられ、売り払われ。

 恐怖するなという方が難しい。


「だけど、これだけは信じられるはずだ。

 俺たちは、後天的な白髪の人族は、アレイシアにそそのかされた被害者だ」


 ガラハドも同じだ。

 彼がいなければ、俺たちが言われない迫害を受ける必要はなかったのかもしれない。だけど、ガラハドが魔王になる要因を作ったのはアレイシアだ。

 三人とも、アレイシアの被害者のはずだ。


 俺はベッドから降り、レイシーと目線を合わせる。

 レイシーはビクッと肩を震わせ、距離を取ろうと後ろに下がろうとする。


 さて、どうやって心を開かせようかな……。

 別に得意じゃないし、なんならフレイヤの方が上手くやってくれそうだ。

 けど、自分で使おうと思っているからな……俺が何とかしないと。


 イズモの時のように上手くいくだろうか。

 ユカリの時は向こうから来てくれたから楽だったんだけど。


 俺はレイシーに向けて右手を差し出し、そのか細い体を抱き寄せる。


「ひ……っ!」

「怯えるな。レイシー、俺はお前に近くにいて欲しい。でないとお前を守れない」

「まも、る……?」

「今は信じなくていい。怖がっていい。安心しなくていい。

 だけど、お願いだから俺から離れるな。お前がどう思おうとも、絶対に守ってやるから。

 俺はお前に死んで欲しくない」

「……レイシーも、死にたく、ないです……!」

「ああ。俺が生きているうちは、死なせない」

「お願い……します……っ!」

「わかった」


 声を押し殺すようにして泣き始めたレイシーの背を軽く叩く。

 これで少しは、心を開いてくれるといいんだけど、な。

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