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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
129/192

第二十八話 「同類」

 パスポートを提示し、ゲートを潜る。

 剣の国と呼ばれるだけあり、道行く人のほぼ全員が帯剣している。


 それに商業の方も繁栄しているようだ。

 ラカトニアは唯一の、他種族が混在する国である。

 そのため、七大国他、世界中からいろんな商人がやってきている。

 リリックも、ドラゴニア帝国とアクトリウム皇国での商売が軌道に乗ったら、ラカトニアに来ると言っていた。


 ラカトニア内で、仮面をつけている俺を不審がる人物はいない。修行のため、名前や顔を隠してお忍びで来るお偉いさん方もいるらしいから、そのおかげだろう。

 あとは、剣が使えるなら来るもの拒まずってところか。


「今日はどうする?」


 両脇に露店が開かれた道を歩いていると、ミネルバに訊かれる。


「もうすぐ日没ですし、宿決めるくらいですかね。まぁ、国が国なだけに、夜も開店していますけど」

「わたくしとユカリは戦っていませんが、ネロたちは疲れていますものね」

「町を回るくらいの元気はあるさ」


 だが、その前に宿は決めておいた方がいいだろう。

 長期滞在になるかもしれないし……いや、ガルガドがいるからそっちに居つけばいいのか。

 それにリリーも探さないといけない。やることがいっぱいだ。


「なんにせよ、今日の宿はさっさと決めておこう。ユカリもおねむだし」

「ね、眠くないし……」


 強がるユカリは既に体重の半分ほどを俺に預けている。

 成長しているせいで重いんだってのに……。


「とりあえず、適当な宿に入ろうか。この時間じゃ、部屋も埋まってくるし」


 ミネルバがそういい、率先して案内をしてくれる。

 土地勘のない俺にはどこをどう進んでいるのかわからない。たぶん、グレンも一緒だろう。


「ミー姉、来たことあるんですか?」

「小さいころに何回か。大きくは変わってないから、たぶん大丈夫」


 まぁ、実家が剣の道場やっていれば、なくはないのか。

 案内はミネルバに任せ、俺たちはその後を追った。



☆☆☆



 ミネルバが見つけた宿に泊まり、男女で別れて二部屋。

 ユカリを何とかフレイヤとミネルバに預け、ようやく一人でゆっくりと眠れる夜だと思っていた。


 それだけに、今この状況にとても落胆している。


「随分な挨拶だね」

「当たり前だろうが……」


 真っ白い空間。

 輪郭だけぼんやりと認識できる、机に着いた人型。

 無の精霊、アレイシア。


 何年ぶりだ? 最後に会ったのは、確か封印事件が起きた夜だ。

 魔天牢の説明を受けたときが最後。


「なんで話しかけて来るかなぁ……」

「それはあれだよ。もうすぐ、魔導書コンプリートじゃないか。もう目の前だろう?」

「だったら、コンプリートした後でもいいだろ」


 せっかく今日は一人でゆっくりと眠れると思ったのに。

 ベッドで寝るのが何日ぶりで、しかも一人となると何か月ぶりだと思ってやがる。

 これまでずっと、ユカリが一緒にいたせいでゆっくりと眠れなかったというのに……。


「まぁまぁ。私だってむやみに君を呼んだわけじゃない。ちゃんと助言をあげようっていうんだから」

「黄の魔導書か? それなら、シードラ大陸のどこかっていうくくりでしかわからないから嬉しいけど」

「君は本当に運がいい。世界に愛されている」

「……何のつもりだ?」


 かなり低い声が出てしまった。

 その話は、限定的過ぎてきっと家族の話よりも大きい地雷だ。特に、アレイシアの言葉ともなれば。


「そう怒るなよ。ちょっとした冗談じゃないか」

「さっさと話せ」

「はいはい、っと。黄の魔導書は、ラカトニアにある」

「――っ」


 その言葉は唐突すぎて、一瞬頭がついて行かなかった。

 だが、何とか理解し終え、吐息一つ。


「……本当か?」

「こんな嘘言ってどうするのさ? まぁ、詳細な場所まではわからないけどね。でも、剣の国で魔導書を取り扱う店なんて限られているだろう? それに店主が魔導書と気付いていない可能性だって、ね」


 確かに、ラカトニアで魔導書を扱う店など限られてくる。

 剣の国だ、魔法書でさえ売るのは難しい。

 理由はいろいろあるが、剣と対照的な存在の魔法書の類を店に並べるのは危険だし、何より買い手がいない。


 なぜ、こんな国に魔導書があるというのだ。

 それに常人には開くことさえできない。売ろうとは思わないだろう。


「黄の魔導書は、どうやら最近奴隷と一緒に流入したようだね。一時的に、この国でも珍しいものとして欲しがる者がいるかもしれない、と思って売っているんだろう」

「……そこまで教えてくれるなんて」

「気持ち悪いかい? それとも怪しい? 何言ってんのさ。こんなの、最初からだろ?

 何より、魔導師にするためだけに、君に魔力を貸してあげたと思っているのかい?」

「……そう、だな」


 言われてみれば、おかしな話だ。

 魔力総量が世界一になるほどの魔力を、タダ同然でくれた。

 強い駒として魔導師が欲しかったのかもしれないが、アレイシアは最初から貸してあげると言っていた。

 返せと言われれば、返さなければならないものだ。そもそも俺の了承など得ずに取り返せばいい。


「貸した魔力はそう簡単にとり返せなくてね。本人の了承を得るか、死ぬかしないと戻ってこないんだ。そこで、お願いを聞いてくれないかい?」

「……拒否権なんてないだろ」

「そうでもないんだけどね。訊いてくれると助かる」

「…………まぁ、一回くらいは」


 グリムには警戒しろと言われているが、このくらいなら大丈夫だろう。

 それに、アレイシアに魔力を借りている身、一つくらい頼み事を聞いてやるさ。


「黄の魔導書と一緒に流入した奴隷、彼女に会って欲しい」

「……は?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。

 なんだ、そのお願い? 簡単すぎやしないか?

 いや、簡単なことに越したことはない。だが、会って欲しい?


「会うだけでいいのか?」

「そうだよ」

「買えとかじゃなく?」

「そうだよ」

「……殺されたり?」

「しないしない」


 アレイシアは片手を振って否定する。

 だが、疑いたくもなる。

 警戒して、結局人と会えってだけなのだから。まぁ、相手は奴隷なのだけど。


「けど、きっと会えば買いたくなる。それでいいのさ」

「……じゃあ、買えって言えばいえよ」

「言わないよ。私が強制しているみたいじゃないか」


 保険、か?

 奴隷を買ったとして、面倒事に巻き込まれても「私は買えとは言っていない」と言い訳するためだけに?

 ……別のところに、思惑がありそうだが。


「私のことをどれだけ詮索してくれたって構わない。私だって、君を見失った三年間、ずっと無意味な詮索を続けていたからね」

「なるほど。お互い様ってわけか」


 どうやら、ガラハドの島のセキュリティは万全のようだ。


「まぁ、わかった。奴隷市場に行って、その黄の魔導書と一緒に売られた奴隷と会えばいいんだな?」

「そうそう」

「特徴は?」

「虚弱体質、剣も魔法も人並以下、ぶっ壊れていて、何より買い手が魔人族ぐらいだってことだね」

「なんだそりゃ。完全に不良品じゃねえか」

「おいおい、仮にも人だよ? 君も酷いことを言うようになったね」

「この世界に毒されただけだ」


 本人の前、現実ではそんなこと言わないさ。

 この空間、アレイシアしかいないから、前世の俺で話しているのだ。


「奴隷市場で一番珍しい奴って言えば、すぐに教えてくれるよ。ただ、廃棄処分される可能性も無きにしも非ずだから、急いでくれると助かる」

「……わかった。明日には黄の魔導書を見つけて、その奴隷に会いに行く」

「そうしてくれ。それじゃ、頼んだよ。全部魔導書を集めて、いいタイミングでまた呼び出すよ」


 アレイシアが、お別れだと言わんばかりに手を振る。

 そして、俺の意識も薄れていった。


 意識が途切れる寸前、アレイシアの口が弓のように歪んだ。



☆☆☆★★★



「ふふふ……」


 彼が消え、私だけのこの空間。

 思わず笑い声がこぼれてしまった。

 いや、もしかすれば聞かれたかもしれないな……まぁ、それくらいどうってことはない。


「もうすぐだ」


 もうすぐ、私の宿願が叶う。

 この身に落とされ、数万年。長い、長い時が流れた。

 時にはこの世界の住民で、時には転生者で。

 暇をつぶしては、布石を打ちこんできた。


 勇者の召喚陣を隠し、

 各大陸に魔導書を配置し、

 やがて来たるべき存在のために魔導師を選りすぐって、

 それでもどうやってか世界を滅ぼそうとして、

 失敗に終わり続けたその結果に、

 ようやく彼が来てくれた。


 もうすぐだ。

 もうすぐ、


「私の手で世界に――」



★★★☆☆☆



 翌日、宿を出ると早速アレイシアに言われたとおりに黄の魔導書を探しに向かう。

 魔導書を売るような店は、ミネルバも心当たりがあるようだった。

 なので、そこまで案内してもらう。


「確かこのあたりだな。違法とまではいかなくても、危険なものが取り扱われているのはこの辺だけだったはずだ」


 連れてこられたのは、人目を避けるような裏路地。当然と言えば当然か。

 とはいえ、見たところゴロツキがいるわけではなさそうだ。

 まだ朝早いからなのかはわからないが、こちらとしては好都合だ。今のうちに探し出してしまおう。


 魔導書を見つけるのは、意外に簡単だ。

 店なので、商品は並べられているはず。それくらいの距離ならば、魔導書同士の共鳴があるはずだ。


「っと、早速か」


 ミネルバに案内された路地を歩くこと数十メートルで、懐にある魔導書が反応した。

 グレンたちの方を見ても、全員同じように、魔導書が反応していた。

 近くの店は、右手側に一軒だけ。左手側は建物の壁になっている。


 皆が右手側の店に向き、顔を見合わせる。


「本当にあるとはな……貴様はどこでそんな情報を得ているのか」

「全員で行きますか?」

「買うだけだしなぁ……俺一人でいいだろ」


 わざわざ大人数で押し掛ける必要もないだろう。

 グレンから金を少し多めに渡してもらい、店に一歩近づく。

 俺は振り返ってグレンたちに大通りの方へ戻っておくよう指示し、店の扉を開いた。


「いらっしゃい」


 店に入るころには、空気を読んでか魔導書の反応は消えている。

 店内は薄暗い上にそれほど広くなく、雑多に商品が並べられている。

 店主は小汚い恰好のオッサンだ。


 俺は店内を物色し、適当なものを手に取ったりする。

 いろんなものを売っている。魔法道具というには少し不良品のもの、魔法書、武具、防具などなど。

 どれも割高なものばかりだ。不良品の魔法道具にいたっては、ぼったくりもいいところ。


 その中で、ようやくお目当てのものが見つかった。

 黄の魔導書。魔法書や書物などと同等の扱いで、適当に並べられていた。


「……グリム」


 店主に聞こえないよう、必要最低限の声量で呼びかける。


「なんだ?」

「持って大丈夫か?」

「ふむ……だが、選定されても困るだろう?」

「ああ」


 選定されては、俺の髪の色が変わってしまう。そんなことになれば、店主に魔導書だとばれる。

 幸い、今はまだ魔導書だとばれておらず、値段も魔法書と同程度だ。


「少々難だが、何とかしてみるとしよう」

「できるのか? 真っ二つは嫌だぞ」

「安心しろ。大丈夫だ」


 そういい、グリムの姿が消えた。

 しばらくすると、全身に魔力が流れ込まれる感覚がする。

 黒の魔導書としての魔力を流し、コーティングでもしたような感じだろう。


 手に魔力が行き渡ったのを感じてから、俺は黄の魔導書を手に取った。

 他にも、ナイフや書物など、できるだけ目当てが一つだとばれないように商品を手に取る。

 それらを持って、店主の前に置く。


「……金貨百枚」

「……」


 高っ! 思わず叫びそうになったよ!

 しかもこの店主、碌に商品を見ていない。きっと適当に決めているんだろう。


「払わねえのか?」

「法外な値段だ、と思って」

「ここらじゃ普通だ」


 絶対にそんなわけがない。

 こいつ、どこで俺を見抜いた?

 後ろを振り返ってみるが、外の様子を見ることはできない。

 しかし、よく見てみれば、壁の角にかけられた鏡から、入り口付近の鑑が映っているのが見えた。

 つまり、あの鏡で外の様子を窺っていたわけか。


 ため息一つ、俺は金貨十枚を出した。


「随分と少ねえな」

「それが限界だ。手を打ってくれ」

「ダメだ」


 くそ、やっぱり先手を取られているので交渉が難しい。

 仕方ない、吹っかけるか。


「……いいのか? こんなくだらねえ商品、金貨十枚で買うような奴は、この国にあと何人くらいいるか」

「さあな。売れなけりゃ、外に持ち出すだけだ」

「持ち出すにも金がかかる。無駄な経費だと思うけど」

「そうでもない。あんたは金貨十枚を出した。つまり、金貨十枚分以上の価値があるってことだ」

「なるほど」


 これは、俺もミスった。もっと安くした方が良かったな。

 まぁ、何とかしよう。


「確かに俺には金貨十枚以上の価値がある。だけど、それは外の奴らも同じかな?」

「関係ねえな。外に出せば、おれのあずかり知るところじゃねえ」

「粗悪品をぼったくられたと、信用を落としても?」

「……」


 少しは効いたか?

 商売は信用からっていうし、聞き逃せないはずだ。


「……仮にそうなっても、おれには」

「関係ないなんて言いきれないだろ。いいのか? ここだけの話、近々ホドエール商会がやってくるらしいぜ?」

「……っ」


 よし、今度は明らかな反応を見せた。

 ホドエール商会は、俺がサーカラの領地でいろいろしているうちに、ドラゴニア帝国での商売を軌道に乗せてきている。

 ドラゴニア帝国で成功すれば、親交の深いアクトリウム皇国でもすぐに成功させるだろう。

 そうなれば、次はこのラカトニアに入ってくる。


「市場を奪われるぜ。あの商会、節操がないからな。どんなものでも、金になるなら売る」

「……」

「まぁ、あいつらは荒らし屋でもない。すでにラカトニアで成功している商売については、手を出すことはないだろう。

 だけど、それは表の店だけだ。ここに売っている、すべてのものがホドエール商会から表で、良心的な値段で売り出される。

 お前の店は潰れ、そしてお前も消される」

「…………」


 こういった店は、何かしらの後ろ盾があってのことだ。

 その後ろ盾に何かを、この店から供給しているはず。店が潰れれば、それもなくなり、後ろ盾が今度は剣に変わり、後ろから刺されるわけだ。


「そうなる前に、金貨十枚で買ってやろうって言ってんじゃないの。良い話だと思うけど?」

「……どうだか。どうせ殺されるなら、その前に稼いで逃げるだけだ」

「なるほど。賢明な判断だ」

「わかったら、さっさと払え。この魔法書が欲しけりゃな」


 そういって店主が指差すのは黄の魔導書。

 対し、俺は首を傾げ、別のものを指差す。


「は? 何言ってんの? 俺が金貨十枚で買うってのは、こっちの本の方だぜ?」


 黄の魔導書とは別の、ただの書物。

 内容は、それほどおかしくもないラカトニアの歴史だ。


「……ッ!?」

「いや、外から来たものだから、この国の歴史には興味があるんだけど。たぶん、俺と同じ感覚の持ち主は外にも大勢いるだろう。中の人の著作だし。

 俺は金貨十枚で買うけど、まぁ、確かに物好きは十枚以上で買ってくれるかもね」


 ぱらぱらと本をめくっていると、店主に分捕られた。


「何すんだよ」

「……こ、こいつは売れねえ」

「はぁ?」

「ほかの奴は持って行っていい。だが、こいつだけはだめだ」

「……そう」


 俺は笑みを浮かべるが、仮面のおかげで店主にはわからない。

 言われたとおりに、店主にとられた書物以外を受け取り、店から出た。



☆☆☆



「タダでもらってきた」

「はぁ!?」


 グレンたちと合流し、成果を見せると大声を出された。


「ま、魔導書、を?」

「おう」

「……脅したとかじゃないだろうな?」

「してないしてない。めっちゃ良心的な駆け引きだよ」


 良心的かは知らないけど。

 案外ちょろかったな、あの店主。

 ちなみにラカトニアの歴史の本は、外にも大量に出回っている。金貨十枚どころか、銀貨十枚弱で買える。普通の本と変わらない。

 それにラカトニアの中に入ったあと、外に出られるのだから大差ない出来になる。

 あの店主は、たぶん自分の予想が外れ、驚いているせいで真っ当な判断ができなかったのだろう。おまけにどうせ買えないと金貨百枚という値段をかけたせいだ。


「んで、もう一か所行きたいところがあるんだけど」


 アレイシアのお願いは、まだ残っている。

 こちらもやはり、大人数で行ける場所ではないのだが。


「どこですか?」

「奴隷市場。ちょっと野暮用で」

「ネロが学園長のようになっていく……」

「なりませんよ、あんな奇人変人の代表者なんかに」


 失礼だな、まったく。


「すでに貴様も十分変人だ」

「……」


 当然のようにグレンに言われた。

 ま、まだ学園長ほどの奇行はしてないし! まだセーフだし!


「ともかく! 黄の魔導書と一緒に売られたらしいから、魔導師の素質がある奴かもしれないんだよ」

「それ鳴らそうと早く言えばいいものを……いきなり奴隷市場などと言い出すので、貴様が本当に幼児性愛者になったのかと」

「怒った」


 身体強化を脚に集中させ、グレンの腹を蹴り抜く。


「ゴフッ!?」


 おお、まともに入った。グレンにダメージとか珍しい。やっぱ不意打ちが一番だな。

 その場に膝をつき、腹を抱えてせき込むグレン。


「今のは……どっちもどっちかな」


 どうしてそうなる。

 まぁ、確かにちゃんと説明しなかった俺が悪いといえば悪いけど、アレイシアからの勧めって言ってもどうせわからないだろうに。

 良い口実が思いつくのに少し間ができたのは、確かに認めるが。

 しかし、奴隷市場に行くからって、なんで購入相手がその一択に絞られるんだよ。おかしいだろ。

 グレンが悪い。


「貴様……っ!」

「グレン、いけませんよ。あんなことを言えばネロが怒ることくらい、わかるでしょう」


 やーい、怒られやんのー。

 声に出したら矛先がこちらに向くので、口に手を当てて見せるだけにとどめるが。俺だってちゃんと学習するのだ。


 フレイヤに止められ、グレンはぎりっと歯を食いしばるが、大きく息を吐き出して落ち着きを取り戻して立ち上がった。


「それで、奴隷市場はどこにあるんですか?」

「あたしも奴隷市場までは知らないな」

「適当に聞き込めばすぐにわかるでしょう。金渡して」


 そういう場所にパイプがある奴ってのは、大体金で動く。たぶん。

 まぁ、路地裏の適当な店で聞けばいい。魔導書をもらったところ以外で。


「あんまり大勢で行かない方がいいだろうし、あたしはネリを先に探しておくよ」

「あ、お願いします。あと、ユカリも。教育上よろしくないんで」

「わかったよ。ユカリ、行こう」

「えー!? また?」


 ユカリが不服そうな顔で抗議してくる。

 だけど、さすがにユカリを連れて奴隷市場に行くのは気が引ける。

 まだ見た目と歳相応の考えと判断ができないからな。


「後で相手してやるから」

「絶対だよ!」

「わかってる」


 約束を交わすと、ユカリはミネルバの方につく。


「確か中心部の方に広場があったはずだから、昼くらいにそこで集合にしよう」

「わかりました」


 ミネルバと集合場所を決め、二人と別れる。

 俺は残ったグレンとフレイヤに振り向く。


「で、お前らは?」

「ついて行こうかと」

「……正直、ついて来てほしくない」


 王女様が奴隷市場に行くとか、ちょっと考えられない。

 それにいらん良心で買うとか言われても困る。


「では、わたくしは絶対に口を出しませんので」


 笑顔で言われても、信用してもいいものか……。

 何せ白の魔導師だ。司る感情の慈悲を考えれば、躊躇する。


 アレイシアは買いたくなると言ったけど、今の俺にはその気は一切ない。

 それに会えと言われたのはたった一人だけだ。

 それ以外の奴隷は、すべて素通り。何も買わないつもりだ。


「……グレン、止めろよ」

「善処する」


 だろうな。騎士が王女を引き留めるとか、ちょっと無理そうか。

 まぁ、それでも頼むだけ頼んでおこう。

 ため息を一つ、頭を掻いて俺は王女様の説得を諦める。


「じゃあ、行こうか」


☆☆☆



 路地裏の適当な店で店主に金を渡し、奴隷市場まで案内してもらった。

 案内された店は、入ってすぐはただの商店だが、奥の扉から階段が続いており、そこに奴隷市場があった。

 案内してくれた店主は階段まで着いてきたが、地下にはついてこなかった。


 地下に降りると、奴隷商人が待ち受けていた。

 見た目はドライバーのような奴だ。燕尾服で、シルクハットはないが、妙に小奇麗な恰好をしている。

 その商人は俺たちへとお辞儀をする。


「ようこそ、ラカトニアの奴隷市場へ。とはいえ、ここに置かれています商品は、あまりいいものではございませんが。

 この場の支配人でございます、名をバラックと申します」


 顔を上げ、こちらを観察するように睥睨する。


「良質な奴隷はオークションで売買されます。ここに置かれていますのは商品になりそうにない者ばかりでございますが、よろしいのですか?」

「オークション以外に奴隷はここにしかいないんだろ。なら、いい」

「おや。お目当ての者がすでにお決まりで?」

「ああ。これと一緒に流れてきた奴隷を見せて欲しい」


 言いながら、黄の魔導書を見せる。

 バラックはそれを見ると、眉をひそめた。


「……ほう。それはいくらでお買い求めになられました?」

「タダでくれたよ」


 そう答えると、バラックは驚いたような表情を浮かべ、声を出して笑い出した。


「ははははは! それは面白い!

 せっかく価値のあるものだと、教えてあげたというのに」

「情報源が奴隷商人じゃ、ちょっと信用が欠けるからな。おかげで仕返しもできた」

「確かに、そうでございますね。……では、案内いたしましょう。といっても、とてもおすすめできる商品ではございませんが」


 背を向けて歩き出したバラックに、遅れないようついていく。

 燭台によって照らし出された地下は、人ひとりがやっと通れるくらいの道があり、その両脇には檻が置かれている。

 檻の多くは空だが、中に奴隷が入っていたとしても横になってピクリともしない。

 それらを見て、何となく前を行くバラックに訊く。


「死んでない?」

「かもしれませんね」


 当然のように、即答された。

 まぁ、初めに言った通り、売れそうな奴隷はすべてオークション会場の方へ送られているのだろう。

 ここに残っているのは、売れそうにない奴隷。つまり死にかけ、か。

 振り返ってフレイヤを見てみると、悲壮な表情を浮かべて押し黙っていた。


「ご安心を。疫病などが流行らないよう、厳重に管理しておりますので」

「死体放置で厳重管理、ね」

「まだ朝に点検したばかりですので」

「オークションってのは、いつ開催されるんだ?」

「直近で今日の夜でございます。会場は商人ギルドの専用ホールです。私の紹介だと言えば入れてもらえますよ」

「興味本位だ。高い買い物はしたくないし、遠慮しとく。しかし、随分と堂々とするんだな」

「ええ。ここは剣の国、弟子として奴隷を買う者も少なくありませんので」


 適当に会話をしながら歩いていると、バラックが一つの檻の前に止まった。


「こちらが、その書物と引き渡された奴隷でございます」


 そういって指示した檻の中には、一人の少女が入っていた。

 ぐったりと倒れ込んでいて、顔を見ることはできない。

 身長はユカリより少し低いくらい、だろうか。ガリガリに痩せており、栄養失調になっているだろう。


 だが、そんなことよりも目を引くものがある。

 彼女の、特徴。


 長く、白く透き通った髪。

 加え、光のない目の色は金。


「……なるほどねぇ」


 魔力眼に設定し、その少女を見た。

 色は赤。つまり人族。


 ガラハドの再来、か。

 俺以外にもいるとは、な。アレイシアと接触した奴だろうか?


「軽く説明をいたしましょうか?」

「……ああ、頼む」

「こちらの奴隷、名はレイシーと言いますが、名前などあってないようなものでございます。

 まず、虚弱体質でして、奴隷本人よりも薬代の方が高くつくことの方が多い。加え剣も魔法も人並以下の実力でして、まったく使い物になりません。

 買い手の多くは魔人族でございます。ガラハドの恨みをぶつけていたようなものでございましょう。不妊症のため扱いも酷く、すでに心身ともに喪失状態でございます。

 買い手のつかない奴隷は強制労働行きでございますが、労働すらできないでしょうから、明日には解放の予定でございます」


 ……ああ、確かにこれは、ぶっ壊れているな。

 目に光がないのは共通だとしても、こいつの場合はなぜまだ生きていられるのか不思議だな。

 自殺でもしそうなものなのに。


「……ネロ」

「ん? ああ、解放って言ったって助かるわけじゃないぜ」


 フレイヤが何か言いたそうにしていたので、説明する。


「契約紋を消してその辺に放り出すんだよ。孤児になっても困るから、町じゃなくて平原とかだけど。

 とはいえ、そうなった奴隷の99%以上は死ぬ。衰弱して武器も何もなく、魔物に襲われるのを待つだけだから。通称廃棄処分」


 まぁ、生き残った者がどうなるかは、知らないけど。


「姫様、わかってるな?」

「……ええ。わかって、います」


 しかし、黄の魔導書は反応しないな。あいつは選定対象じゃないのか。

 黄の魔導書は、獣人族が使った方が強力だから、どちらでも構わないと言えば構わない。


「正直、お金を払ってでも引き取ってもらいたいものでございます。

 解放は我々奴隷商人の仕事となりますので、できればそんな見殺しにするようなことは、したくありませんので」

「どの口が言うかよ」


 思わず苦笑が漏れる。

 今までに多くの奴隷を扱ってきたなら、そんなの一度や二度ではないだろうに。


「そう思われても仕方ありませんが、しかし事実です。我々は商売がしたいだけでございますので」

「……っ」

「フレイヤ様」


 何か言いかけたフレイヤを、グレンが腕を掴んで引き留めた。

 まぁ、確かに今の言葉には言いたいことが募ってくる。

 とはいえ、さっさとこの場は出た方がいいだろうな。


「バラック。こいつ引き取るよ」

「おや? よろしいので?」

「ああ」


 アレイシアの口車に乗ってしまうのは癪だが、見捨てるのもちょっと無理だ。

 ただの俺の自己満足だけど、俺たちからしてみればただの被害者なのだから。


 俺もガラハドもこの子も。

 アレイシアにそそのかされた、ね。


 この子がなんと言われてアレイシアの協力をしたのかは知らないが、聞き出せばいい。

 答えてくれるようになるには、少し遠いかもしれないけど。


「金は別にいいよ。だけど」


 俺はバラックに金の入った袋を投げ渡す。


「こいつを買った魔人族の情報を寄越せ。すべてだ」

「は……? しかしそれはお客様の個人情報でして……」


 もう一つ、袋を投げる。


「……」

「情報を寄越せば、その倍をまた払ってやる」

「承知いたしました。すぐに調べさせていただきます」


 やはり金を積めば話は早いな。

 まぁ、これで塔のダンジョンでの俺の財宝の取り分はすっからかんなわけだが。

 暗黒大陸でためた金がまだ残っているので、余裕はあるけど。


 封印を解いた後に、彼らに何かしようかな。

 どちらでもいいけど、境遇が似ているこの子を重ね合わせてしまうと、殺したくもなるのだが。

 まあぁ、その辺は誰かと相談しよう。この子が望むかもわからないし。

 この子に恨みがないなら、わざわざ俺がする必要もない。


「契約紋はどういたしましょう?」

「魔力契約でいい。血統契約するメリットもそうない」


 契約紋すら必要ないだろうけど。


「では、すぐに施します」


 バラックは檻の中から少女を引きずり出す。少女も特に抵抗らしい抵抗はしない。いや、できないのか。


「では、こちらの契約紋に」

「知ってる」


 イズモの時と同じように、契約紋に手を置いて魔力を流し込む。

 イズモはこの時に声を上げたが、この少女は声も出さない。小さく顔を歪めるだけだ。

 慣れたのだろうか、それとも声を上げる元気もないか。

 どっちだっていい。


「これで契約は成立でございます。この少女レイシーは、貴方様の所有物」

「そうだな」

「ほかにも見て行かれますか?」

「いや。今日はこれで失礼するよ」


 少女レイシーの顔を軽く叩いて気付けするが、反応があんまりない。

 しかも自分の足で立っているのがやっとのようで、歩けるのか心配になってくる。

 仕方ないので抱き上げて運ぶ。


「情報はいつ揃う?」

「三日いただければ、名前までは特定できます」

「わかった。三日後にまた来る」


 そう伝え、バラックに誘導されながら入り口まで戻っているとき。


「やはりネロは優しいですね」

「はぁ? どこが」


 フレイヤの唐突な言葉に、顔だけ振り向く。


「完全に自己満足だし。ただの一方的なシンパシーだよ」


 当人からすれば、迷惑でしかないだろう。

 その当人が奴隷だから、別に気に掛ける必要がないのだけど。


「それでも、きっと向けられた相手は嬉しいはずです」

「だといいけどね」


 他人の気持ちなんかわからない。奴隷にもなれば、なおさらだ。

 俺は奴隷の経験なんてない。イズモに聞いたって、廃棄処分間近の奴隷の気持ちはわかるまい。


 この少女が持つ俺との繋がりは、ただの傷の舐め合いだ。

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