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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
123/192

第二十二話 「嫌われ」

 討論会から数日が過ぎた。

 ユカリに魔法を教えているが、やはり外見も精神も幼くては教えるのも一苦労だ。

 理解力は悪くない。だけどやる気や集中力が維持しない。

 かといって無理に教えようとすれば、勉強嫌いになる可能性だってある。すでに嫌いになっているかもしれないが。

 目に見える反抗はしてこないので、まだ大丈夫だと信じたい。


 で、まぁ。

 討論会も済んだし、王都での用事はすべて終わったことになる。

 すでにシードラ大陸へと渡る準備を進めている。もうすぐ完了するだろう。


 討論会であれだけ俺を危険人物だと言っていたのに、フレイヤはまだ同行してくれる。というよりは、同行を許されている。

 王が何を考えているのか、くらいわかる。

 あわよくば、死んでしまえ。だろう。

 このままいけば、次の王位につくのはフレイヤだ。王の一言で次の王が変わったりするのかは知らないが、継承順位だとフレイヤが一位である。


 穏健派。今の王というか、国の上層部の考えとは、反対の思想だ。

 だからこそ、どこかで死んでくれないかとか思っているのだろう。

 まぁ、そんなことは起きないだろうし、起こさせない。


 今まで通り、フレイヤとグレンがついて来る。そして青の魔導師であるミネルバも、だ。

 あとはいつ出発するか、なのだが……。

 贅沢を言えば、ユカリが魔導書を使えるようになってから、と言いたいのだが、それではかなり遠すぎる。

 仕方ないので、ユカリには実戦で教えることにした。俺と、ミネルバの二人で。


 今はこれからのことを、学園長の家の広間で、皆を集めて話し合い中だ。


「船はどうするのだ?」

「知り合いを呼びつける」


 その知り合いとは、もちろんドレイクだ。すでに連絡も済ましてある。

 向こうは今、遠海に出ているので、次にドレイクが港による時期に合わせて出発するつもりだ。


「……大丈夫なのか?」

「おっと。信用されていないとは」


 グレンの疑心に満ちた目。仕方ないとは思うが。

 俺の知り合いって偏っているからなぁ。レンビアだって、会った当初はもう最悪の奴だったし。

 ドレイクも例外ではない。何せ海賊だ。デトロア王国を海から監視している、いわば敵だ。

 とはいえ、俺にはそれくらいの当てしかない。ホドエール商会は自分の船を造り始めたそうだが、まだ着工したばかり。完成にはまだまだ時間がかかる。

 ホドエール商会は、どうやらシードラ大陸にはリリックを送り込むようだ。準備も万端に済ましているとのこと。

 なので、先にドレイクが寄るといった港に行ってもらっている。あいつらはどこでだって商売をするから、別に問題はない。


「でも、ラカトニアではなく、ドラゴニア帝国に行くのはなんで?」

「ちょっと龍帝に用事があるんですよ。まぁ、別に後でも構わないんですけど……」


 ミネルバの疑問に、俺の視線は広間をうろちょろしているユカリを追った。

 一応、ユカリの境遇は話してある。ユカリの親類がいるなら返そうという考えも話している。

 フレイヤも親龍からはそこまで聞いていないので、いるかはわからない。それに危険でもある。

 元八大竜王の娘、記憶がなくとも、その座を奪った竜王には復讐されるという恐怖の対象になっているかもしれないのだから。

 しかも、幼いとはいえ魔導師だ。脅威と取られる可能性は、大きすぎる。


「まぁ、相手側が望めば、自衛できるくらいにまで育てるのだって、構いませんけど」


 乗りかかった船だ。ちゃんと最後まで面倒を見てやるさ。

 親類がいたとして、今すぐ返せというのなら返す。当然、ユカリの命に危険がないのならば。

 紫の魔導師として必要だし、何よりこんな小さい少女を死地に送るなんて、人として最悪じゃないか。

 それに、親龍の灰に誓ったし。守る、って。


「わかった。ネロが我慢して優先するのなら、あたしは何も言えないよ」

「ええ、まぁ」


 ホント、目の前の問題を解決しようとすると、どうしてもいつかは会えるだろうというネリとの再会を後回しにしてしまう。

 先にリリーを送っているし、相手をしてくれているだろう。

 それに剣の国ラカトニアだ。ネリにとっては習うべきことはまだまだあるはず。

 剣の国があるのに魔法の国がないなんて! まぁ、どこの国も魔法がそれなりに発達しているから、そうすると七大国が魔法の国なのかもしれないけど。


 と、皆と話していると俺の持っていた通信水晶が光り出した。


「ドレイクからだな」


 ちょうどいいタイミングだ。

 俺はすぐに水晶に魔力を流す。すると水晶にドレイクが映った。


「はーい、ドレイク。ちょうどいいタイミングだ」

『そうかよ。こっちはさっきあの島を出た』

「ん、ならこっちに着くのは半月後くらいか」

『急げば縮められるが?』

「いや。こっちも準備があるから、普通でいい」


 帆船なのにどう急ぐというのだろうか。

 別にヴァトラ神国のように帆に魔法陣が縫いこまれているわけでもないのに。


『なら半月後だ。船は一応中型を二つ引いているが』

「あー……どうだろう」


 ドレイクには事前に商会も連れて行くことを伝えてはいた。

 だが、リリックの積荷は中型二隻で足りるだろうか……。まぁ、王都から商品を運ぶにもそれなりにかかるから、多くはないと思うが。


「今ちょっと連絡取れないから正確な量がわからんが、あいつらは甘く見られない」

『そんなに多いのか……。足りなけりゃ、そっちに船をいくつか置いている』

「わかった。すまんな」

『構わねえよ。……それじゃあな』

「ああ、また」


 言い、通信水晶の光が収まった。

 この場の全員は話を聞いていたので、もう十分だろう。


「聞いた通り、船が来るのは半月後だ。寄港地がオルカーダ領ってのがちょっと心配だが……」


 だが、中央海域の領地はほぼすべてオルカーダ領だ。そこ以外の港を探すとなると、ちょっと大変になる。

 まぁ、船なんて浜辺さえあればどこからだって乗れそうだけどな。

 リリックを先に行かせているので、今更変えられないんだが。


「ここからだと……一週間かからないくらいか?」

「そうだな。それくらいはかかるだろう」


 スワッチロウならもう少し縮められるか? そうすると俺が酔う確率が急上昇だが。馬が引くのでさえ、いまだに三回に一回は酔う。そのうち四分の一の確率で吐く。

 まぁ、酔う原因の大部分は本を読むからなのだが。だからといって暇すぎる馬車内ではやめられないのだ。


「じゃあ、出発は三日後にするか。それまでに準備をしておいて」


 そういって締め、会議は終了した。



☆☆☆



「ネロ」


 一日一回ユカリの散歩を終えて帰ってくると、部屋に向かう途中で学園長に呼び止められた。

 俺はユカリとつないでいた手を離し、学園長に振り返る。ユカリはどこかに駆けて行った。


「約束、憶えているね?」

「学園長こそ」


 約束といえば、一つだろう。イナバ砂漠に向かう前に、学園長に言われたこと。


「魔王ガラハドについて」

「私の探している人物について」


 情報の交換だ。

 ガラハドについての情報は、あんまり広めるなと言われてはいる。だが、学園長ならば大丈夫だろう。

 好奇心で動くことが多い……というか、好奇心でしか動かないが、だからといって情報を触れ回るようなことはしないはずだ。

 仮にも学園の長だ。その辺は、信用しよう。


「私の部屋に来い。そこで良いだろう?」

「どこでも構いませんよ」


 話をするだけなのだから、廊下だって構わない。

 盗み聞きなど、俺にはできないよ。


「では、行こうか」


 学園長が背を向け、歩き出す。俺もそれについて行った。



☆☆☆



「――なるほど。ガラハドはそこにいるのか」

「まぁ、今まで同様、ガラハドが知っている奴じゃないと辿り着けませんが」


 学園長の部屋で、ガラハドについてざっと話し終えた。ついでに俺の、暗黒大陸を離れた後の三年間についても。


「しかし、ガラハドはなぜ三百年以上生きていられる? 人族なのだろう?」

「カラレア神国を一度征服したのはご存知の通り、そこで不死性について調べ尽くしたらしいですよ。それによって、不死性を手に入れた、とのことです。ついでに不老についても」

「不老不死か……人類が望んでやまないことを……」


 まぁ、元から不死に近いものがあったらしいが。

 生まれつき特異な魔力が、ダンジョンで浴びた毒によってさらに変異。加えアレイシアと接触したらしいからな。

 魔力があると、証明できないことの方が多いから、それを真似ようとすると大変だ。


「それで、学園長の探し人はどんな人ですか?」

「ああ、それは……祖母だよ」

「亜人族の、ですか」


 俺の確認に、学園長が頷く。

 学園長は亜人族の中でも長寿の者の血を引いている。

 亜人族の長寿と言えばエルフを思い浮かべるが、ドワーフだってエルフほどではないにしろ、人族よりは長生きだ。

 学園長はそこについて詳しく教えてはくれないが、別に構わない。そこまで強く知りたいとは思わないし。


「でも、それがなぜ奴隷市場に行くようなことになるんですか?」


 ドライバーならば、情報収集を頼んでいるとわかるが、学園長は行く先々の奴隷市場に寄っているようにもみえる。


「ドライバーが知れるのは、奴のネットワーク内だけだ。その外にいると、奴でもわからんさ」


 王都一の奴隷商人がカバーしきれない地域など、それこそ実際に行った方が速そうだが。

 学園長には職務があるから自由に動けないのは、わかるけど。


「とはいえ、私は祖母の名前も容姿も何も知らない。見つからなくて当然だろう」

「確かにそうですね」

「それに異種との子供や孫がいると、何かと世間からの目が厳しい。名乗り出ないのも、別に仕方ないし、納得しているさ」


 学園長は椅子に深く座り直しながら、そうつぶやいた。その表情には諦めが滲み出ている。


「最後の肉親なのだ。君じゃあないが、生きているなら会ってみたいのさ。話さなくてもいいし、遠くから見るだけでもいい。私のルーツが何なのか、それがわかれば」

「なんだ、学園長自身もどの民族かわからないんじゃないですか」

「ああ。だから、詳しく言ってはいないだろう?」


 予想くらいは立てているんだろうに。

 俺は苦笑を浮かべると、学園長も小さく笑った。


「人探し、頑張ってください」

「君も魔導書集め、頑張って」


 言い合い、俺は学園長の部屋から退室した。

 部屋の扉を閉め、小さく吐息する。


 別に、人探しを手伝ってもいい。というか、情報を求めたって構わない。

 俺には一応、エルフクイーンとのパイプがある。妖精を使えば、人探しはすぐに終わるかもしれない。

 だけど、それをする気にはなれない。頼まれない限りは。


 学園長は好奇心でしか動かない。言いかえれば、好奇心がないと動けない。

 今生きていくためにも、人探しを終わらせるわけにはいかないのだろう。

 まぁ、どこかで別の、好奇心を刺激するようなことを見つけさせればいいのだろうけど。

 学園の長というのは、それには当てはまらないのだろう。だから、人探しをやめられずにいる。


「自分のルーツ、ねぇ」


 歩き出しながら、小さくつぶやく。

 俺のルーツは、どこだろうか。

 日本人? それとも、人族?

 生まれた場所は日本? それとも、トロア村?

 親は? 兄弟は? 先生は? 友達は?

 ――好きな、人は?


「大きく逸れたな」


 苦笑を漏らし、俺は思考を止めた。



☆☆☆



 馬車に荷物を載せ終え、一度大きく伸びをする。

 馬車には二頭の馬が繋がれている。御者台にはグレンが座る予定だ。

 後ろに俺、ミネルバ、フレイヤ、それにユカリか。グレン含め全員で五人。荷物はそこまで多くないし、ユカリは子供なので馬一頭でも行けそうな気はするが。

 まぁ、この辺はグレンが決めたことだ。口出しする必要もないし。


「準備できたか?」

「荷物は載せた。集まれば、すぐにでも行ける」


 到着が遅れているのはフレイヤとミネルバの二人だ。ユカリは俺の近くをうろちょろしている。

 フレイヤが遅れているのは……なんでだろう。着替えかな? またバカみたいなドレス着てこられたらどうしよう……。白の魔導師は後衛だからいいのかもしれないけど。

 ミネルバが遅れているのはわかる。うん。きっと寮の方に行っているんだろう。


「グレン、お前さぁ……」

「口を開くな。嫌な予感しかしない」


 牽制されてしまった。

 まぁいいや。男同士でそんな話をしようとするとか、俺もどうかしている。

 一つため息を吐き、ふとユカリの方へ目を向けると小さくなっていく背中が見えた。


「……グレン、もうちょっと待ってて」

「ああ、行って来い」


 俺は急いでユカリの背を追った。



 全員が集合し、学園長に見送られながら王都を出た。

 フレイヤはいるが、別に盛大な見送りなんかない。むしろそんなことをしてもさっさと出て行けっていう空気になるんじゃないかな。


 馬車に揺られること三十分ほど。

 ユカリが速くもぐずりだした。


「お外行きたい!」

「無理だっての。大人しく乗ってなさい」

「やだ! つまんない!」


 あー、もう。子供のころに王都に行くとき、ネリでも我慢していたのに。まぁ、魔物が出てくるたびに馬車を止めて、退治に向かっていたからだっていうのもあるけど。

 暴れるユカリを膝の上にホールドして抱えているが、いつまで持つか……。仕方ない、あんまりやるのは嫌なんだけど。


「ちょっと出てくる」

「大丈夫なのか?」

「たぶん」


 一応、ぐずりだしたときの対処法については話し合っていた。

 ユカリは龍人族だ。つまり、龍の姿になれる。龍の状態にさせ、馬車に並走させるのだ。それで十分だろう。

 ただ、龍人族の〈龍化〉は魔力総量によって大きさが変わる。

 ユカリは魔導書に選ばれるくらいには多いのだ。子供のため、大人の龍とまではいかないが、そこらのレッサードラゴンくらいならゆうに超える。

 その状態で何が危険か。大きさはもちろん、制御を失うと巻き添えを食うのだ。

 まぁ、大丈夫だとは思うが……。


 俺はユカリをミネルバに一旦預け、走行中の馬車から落ちないように這い出て、御者台にいるグレンを呼ぶ。


「グレン、ちょっとユカリを飛ばしてくる」

「わかった」


 返事とともに手を振られる。

 俺は首に巻いていたマフラーを展開し、それに乗る。そしてミネルバからユカリを受け取り、馬車から十分に離れる。

 ユカリは既に喜色満面だ。


「いいか、俺の言うことをちゃんと聞けよ」

「うん!」


 返事だけはいいんだよなぁ……。

 少し心配になりつつも、ユカリに許可を出す。


「ゴー」

「ギャウ!」


 ユカリの姿が龍に変わり、大きく羽ばたいた。大地に生えていた草に波ができ、周囲の空気が振動する。

 龍の姿になり、翼を羽ばたかせながら進んでいくユカリ。

 俺はその背に降り立ち、普通の大きさのマフラーに戻して首に巻いた。


『馬車に遅れないようにな』

「ギャウ!」


 ユカリといてわかったことは、〈龍化〉状態のユカリには龍語でなければ話が通じないこと。たぶん龍人族全般に言えることだろう。

 まぁ、人の状態で、なんで人語が通じるのかは良くわからん。人形態でも、龍語は通じる。


 ユカリの背に座って一息吐こうとしたとき、ユカリが高度を上げた。

 高度を上げるくらいは別に構わない。よくあるというか、空をどう飛ぼうがとやかく言うつもりはない。


 だが、ユカリは俺の予想を大きく超えた。

 高度を上げたかと思えば、ユカリはそのまま縦に一回転を始めたり、大きな円を描くように回り始めた。


『ちょ――おい! バカやめろアホボケェ!』


 右手を握りこんで背中を強めに叩くが、龍の皮膚はそんな攻撃は屁でもないようだ。

 やめる気配はなく、それどころかいっそう激しく飛び回り始める。


『ユカリィ! 聞こえてんだろうが!』

「ギャウギャウ!」


 ああ!? 龍形態だと怖くないだって?

 こいつ、魔導ぶち込んでやろうか……!


「うぇっ」


 いや、それ以前に俺の状態がすでにヤバい。

 回転のし過ぎで、すでに酔いつつある。


『おいゴラユカリ! くすぐるぞ!』

「ギャギャウ」

『そうかもしれねえけど!』


 龍の形態じゃ、くすぐっても無意味だろうけど!

 つか、叫ぶのもつらくなってきた……。声を出すたびに、喉に胃の内容物が込み上げてくる。

 必死に何度も飲み下すが、どうにも収まらない。

 しかしこんな状態では集中などできようはずもない。魔導をぶち込むことも、マフラーを展開して逃げることもできない。

 唯一残されているのは、このまま飛び降りるか。だが、そんなことをしても十中八九死ぬだけだ。

 魔法が使えないのだから、俺にはもう耐えることしかできない。


 くっそ、ミスった……! こんなことなら魔力の消費をケチらずに、マフラーを展開したまま飛んでいればよかった!

 別にこれから戦闘をするわけでもないのに……。


 何度も飲み下していると、胃液のせいか喉がひりひりしてきた。

 いっそユカリの背にぶちまけてやろうか。だが、動きを止めない今の状況で吐くと、まき散らすことになるな……汚すぎる。

 さすがにそんなことをするわけにもいかず、やはり今の俺にはしがみついて耐えることしか選択の余地はなかった。



「大丈夫ですか……?」


 グレンが俺の状態を見かねて馬車を止めてくれたのは、あれから十分くらい経ってからだった。

 現在俺は馬車の座席に寝転がって、フレイヤに回復魔法をかけてもらっている。

 フレイヤは心配そうにしてくれているが、グレンはまったく逆だ。


「グレン恨むぞ……」

「あの程度が慣れれば、馬車くらいは問題ないと思ったのだが」


 グレンは、俺がグロッキー状態になったのを知りながらも、すぐには馬車を止めてくれなかったのだ。

 その言い分が、わからなくはないが、俺にはいきなりハードルが高すぎる。スワッチロウですら酔うのに、あんなジェットコースターに慣れるかよ……。


 俺をこんな状態に追い込んだユカリはというと、ミネルバのところで満面の笑みを浮かべていた。


「ユカリ、あんまりネロを困らせちゃだめだ」

「でもパパが良いって言ったもん」

「それはそうだけど、ユカリだって怒られるの嫌だろう?」


 俺の代わりにユカリを叱ってくれているようだが、果たして効果があるのかどうか……。


「パパ怒らないもん」

「それは……」

「それに怒ったってどうせ怖くないもん!」


 ユカリの言葉に、わずかに頬が引きつった。

 ……ほう。俺が、怖くないというか。

 いや、確かにあんまりユカリに対しては怒ってこなかった。

 父親の威厳っていうのもあれだけど、叱って育てるのは抵抗があるのだ。


 俺は前世も今世も、あまり叱られてはいないのだ。

 前世の両親は甘やかしてくれたので、特に俺の行動について叱ったりはしなかった。叱られたとして、やんわりと、声を張り上げられることもなかったので、両親を怖いなどと思ったことはない。

 今世に関してだって、叱られそうなことの分別はつけられたわけだから、ニューラやサナに怒られることは数回程度だろう。


 叱り方にだって、良い悪いがあるだろうし、それにユカリは人の子だということでどうしても接し方がわからなくなる。

 褒めちぎって育てているわけでもないが、一応使い分けているつもりではあったのだが……。


 そうか、ユカリは恐怖を望むか。


「ゆ、ユカリ。そんなことは言っちゃダメ。ネロが怖くなるよ?」

「どうせ怖くないもん!」


 なぜか誇らしげに、胸を張って宣言するユカリに。

 俺は馬車の座席から立ち上がり、荷物を探る。


「ね、ネロ……? その、お手柔らかに?」

「無理」


 フレイヤに注意を受けるが、そんなことは無理な話だ。

 こっちは我慢してきたのだ。

 くすぐりだって、脅しに使うだけで本当に実行したのは、三回程度。誰がどうみてもユカリが悪いと思ったときにしか、やってこなかった。

 しかし、それは逆にユカリを助長させてしまったようだ。


 ちゃんと言って理解してくれるならば、叱る必要などないのだ。

 だが、言っても理解できないからこそ、叱らなければならない。


 悪いことをすれば、怖い思いをする。だから悪いことをしてはダメなのだと。

 子供にはそれくらいの気持ちでいかないといけないようだ。

 イズモはちゃんと俺の言葉に従ってくれたからなぁ……。まぁ、イズモの年齢は三百越えているし、そもそも奴隷だったから従う以外に選択肢はなかったんだが。


 俺は荷物からとあるものを引っ張り出し、ユカリの元へ向かう。


「お、おいネロ。それはさすがに……」

「俺も嫌だが、仕方ねえんだ」


 グレンですら止めに入る、俺が持つもの。

 ミネルバが近づく俺に気付き、そして俺の持つものに目が向けられる。


「ネロ、落ち着こう? ユカリにはあたしがちゃんと……」

「言っても聞かないでしょう?」


 そうなったのは俺の責任である。

 別に俺たちの言葉に絶対服従しろなどとは言わない。言ったところで聞くかもわからないし、そんな恐怖支配する気もない。

 だけど、ちゃんと善悪とか、年長者の言葉には一定の理解を求めることは必要だ。


「ユカリ、ちょっと来い」


 笑みを浮かべながら、手招きをする。

 だが、ユカリは笑みのまま固まってしまい、動こうとしない。

 仕方なく、俺が近づこうと一歩踏み出すと、慌てたように暴れ出す。


「や、やー! パパ怖い!」

「怖くないんだろう? これくらい怖くないだろ?」


 怖くないって言ったのは、お前だもんなぁ。


「ミー姉、ちょっと押さえてて」

「……わかった」

「やー! 放してー!」


 ミネルバはユカリを拘束してくれ、俺はすんなりと持っていたものをユカリにつけることができた。

 頭から、かぶせるように装着し、迷宮道具のために自動で装着される。


 俺はユカリの首に、赤色の首輪を付けた。


 ユカリは、想像していたのとは違ったのか、首輪を付けられるだけだとわかると、不思議そうな顔をした。

 ミネルバが拘束を解くと、ユカリは急いで逃げ出していく。


「へーん! やっぱりこわくなーい!」

「あっはっは」


 ミネルバが引くほどの、無感情な笑いが漏れた。

 俺は逃げるユカリへと手を持ち上げ、こちらへと引くように腕を振るった。

 すると、ユカリの首輪から魔力で形成された鎖が現れ、俺の手の動きに合わせて音を立てた。


 迷宮道具「隷属の首輪」だ。

 魔物にも使える、というかほぼ魔物専用の首輪である。かけた者をマスターとし、かけられた者の一切を縛ることが可能だ。

 魔力による鎖も効果の一つで、どれだけ離れていようとも、念じれば右手から鎖が伸び、首輪まで繋がる仕組みだ。


 そしてその鎖に引っ張られる形で、逃げるユカリが後ろへと引かれ、尻餅をついたまま俺の元まで滑ってきた。

 俺はユカリの脇へと手を差し込み、


「……へ?」

「三十秒は止めないよ」


 指を滅茶苦茶に動かした。



☆☆☆



 馬車の中、首輪を付けたユカリは俺とは対称の位置に座っている。

 座っているというよりは、できるだけ距離を取ろうとしているのかミネルバの陰に縮こまっているのだが。


 相当嫌われてしまったようだ。

 だからといって、あの場で罰を与えないわけには、俺の腹の虫がおさまらなかった。

 それに反省しているならばある程度は我慢してやれるものを、そんな気配は一切なかったのだし。


 ……子育てって大変だなぁ。

 やっぱり、イズモは子供じゃなかったし、ネリの世話をしていたとは言っても子供の俺ができる程度だったし。


「ユカリ」

「……」


 呼びかけてみるが、こちらをちらっと見るだけで、すぐに顔を背けてしまう。

 反応してくれるだけまだマシなのかどうか……。

 俺は小さくため息を吐く。


「……悪かったな、ユカリ」


 何とかそれだけ言って、俺は馬車の扉から出て御者台の方へ向かう。

 あの場にいない方が、ユカリにとっては良いだろう。俺の時はそうだった。怒られた時、怒られた相手と一緒にいるのが苦痛だった。


 ユカリの親代わりは、何も俺だけではない。

 ママとは呼んではいないが、ミネルバやフレイヤにだって懐いているわけだし、二人もいれば十分だろう。

 少なくともミネルバなら、代わりをやれると思う。


「珍しいな、貴様から謝るなど」

「そうか?」


 御者台の、グレンの隣に座り、膝に頬杖をつく。

 別に俺が悪いと思えば、俺から謝るようにはしているつもりだが……。


「理屈をこねてユカリに謝らせるのかと思った」

「そんなことするかよ……」


 本当に意外そうに言ってくるグレンを、苦笑交じりに見返す。


「別にそれで、理解してくれるなら構わねえよ」


 理屈は、理解できないと宇宙言語だ。理解しようとか、理解できないような言葉で言われても、意味が解らないので逆に頭に来る。

 ユカリはどうせ俺がどれだけ説明したって、理解できないししようとしない。


 先に仕掛けたのはユカリで、俺はその報復をくすぐりでしただけだ。

 先にやられたから、やり返した。成長すれば、それは当然のように聞こえるかもしれない。だけど、子供にとってはそんなことはどうでもいい。

 やったという自覚がないので、やられたという事実しか残らない。等式が成り立たないのだ。

 そのくせやられたからやり返して、それをさらにやり返されると……と繰り返しになる。喧嘩になる。


 子供は耐えることが苦手で、飲み込むことができない。少なくとも、普通の子供は。

 耐えることができる俺が耐えなければならず、でもしなかった。だから謝った。

 子供の世界で、先に謝った方が悪者だ。


「まぁ、悪役も嫌われ役も慣れているから構わないさ」

「嫌な慣れだな」

「全くだ」


 だけど、案外いいものだ。

 世の中、悪役や嫌われ役の方が動かし易かったりするのだから。だって、ドラマや映画、小説で偉い人は大体悪役だろう?


「ま、これでユカリが大人しく馬車に乗っているのなら安いもんだ」


 俺は大きく伸びをして、空を仰いだ。

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