第二十一話 「討論会・後篇」
「もう帰りたい……」
「まだ始まったばかりじゃないか」
中断後、公爵含め全員がもう一度身体検査を受けさせられ。
レイヴァン家はグレンの言った通り退場となって今この場にはいない。
暗器を隠し持っていたビーホーク及びウルフディアは厳重注意のみ。ついでに俺のハッタリが当たったタレイガーも注意を受けていた。
オルカーダは身構えただけで特に何もしていないので、何もなかった。
だが、この場はもうグレンが支配した。
彼が先ほどの騒動を収拾したので、発言権がぐっと増している。
しかも、元からフレイヤの近衛隊長というか専属騎士ということもあり、もう王族しか口出しできないくらいだ。
まぁ、王様もきっとグレンが仕切ってくれると思って、特に何か注意をすることもなかったのだろう。
この場での公爵のパワーバランスは完全に崩れ去ってしまっている。
グレンは他の公爵のように、俺を執拗に攻撃はしないだろう。その辺は俺だって信頼している。
だがしかし、論題は既に決まっているのだ。
この討論会が、俺の異端審問であることに変わりはない。
「超帰りたい……」
まぁ、異端審問とはいっても、罪状をでっちあげられ、問答無用に処刑されるわけではないから、まだマシとはいえ。
帰りたいことに変わりはない。元から参加したくなかったし。
こうなってくると、王妃が呼んだ理由が魔導師だから、なんてことさえ怪しくなってきた。
俺を責めるのに必要なことは、まだまだ事欠かないのだから。
「では、討論会を再開させていただきます。論題は『ヴァトラ神国』について。
ウルフディア様」
……ほら、もう。
いきなりきやがった。
「はい。今から三年前、ヴァトラ神国で起こった、ヴァトラ・カラレア両国の王族封印事件。その首謀者はカラレア神国の統一直後に転覆を謀ったレックスによるものと言われています。
人相書が我が国にも送られてきましたが、正直言って参考になりません」
仕方ないね。あの絵は人の絵じゃないものね。
レイア画伯は前衛的過ぎるんだよ。
ていうか、もっとソフトに攻めろよ。俺狙い過ぎだっての。こう、ヴァトラ神国との国交について話したりとかさ……。
もう隠すのも面倒なのかもしれないけど。
「三年前といえば、少し時期はずれますが、デトロア王国からヴァトラ神国のノエル王女が帰還されましたね。
学園に通っていた者の話では、そのときからクロウドも学園には来なかったとのこと。
クロウド、あなたは数か月前に姿を現し、そしてイナバ砂漠の塔の転移型ダンジョンを攻略した。その際、塔に捕らえられていた者の話によれば、レックスが現れたと言っていた」
うーん、俺も案外おざなりだな。今度からはもうちょっと後先を考えて行動した方がいいだろうか。
「魔導師であるならば、カラレア神国の統一を助力するのは容易かろう。また一人となっても奪い取ることも不可能ではなかろう。
奪い取ろうとし、阻止され、腹いせに王女を封印した。クロウド、あなたがレックスではないのか?」
「クロウド様」
フレイヤに呼ばれ、ため息一つ。
もうちょっと質問することは慎重に選んだ方がいいと思うぞ。
「はい。もし俺がレックスだったとして、これまでずっと一緒に旅してきたレギオンが俺を放置しますかね? そばには、フレイヤ様もいたわけですし」
ウルフディアの問いにはこれで十分だ。
事実、ウルフディアは歯噛みしている。
「では、レギオン様」
「はい。もしクロウドがレックスであったとして、国に害をなすと判断したならば、奴は生きていません」
おっと、すごい言われようじゃないか。
まだグレンに殺されるほど弱くないぞ。
「……それは、クロウドがレックスではないという証明ではない」
「確かにそうだ。奴がレックスである可能性は十分にあり得る。この中では、最も高いだろう」
おい待て。どこまで言うつもりだ。
「だが、学園の者に訊けばわかるはずだ。
奴がノエル王女、さらにはカラレア神国の女王であるイズモ女王に、恨みを持つわけがない、と。
確たる証拠もなく疑うのは危険だ。奴は〈黒の魔導師〉であるのだから」
グレンは言い終えると座ったので、俺もついでに座らせてもらう。
立っているのはウルフディア一人だ。
「……奴がレックスであるかどうかは、ヴァトラ神国に送ればわかるのではないか?」
その提案に誰が乗るというのだろうか。
リュートは国を保つためならば何でも利用する奴であるのは、デトロア王も知っているところだろう。
そんな奴に、魔導師の俺を送るなんて提案、愚の愚策。であるはずだ。
まぁ、本当にそんなことされれば、海の上でドレイク呼びつけて乗り換えるだけだがな。
「クロウドの写真を見せるだけでもいい! レックスは人族であると言い触らされているんだぞ? 汚名をそそごうとは思わないのか?」
いや、レックスが人族であるのは事実だし、レックスを捕まえたからって簡単に汚名返上とはいかないだろう。
まぁ、犯罪者には同じ人族であっても許さない、なんて姿勢は見せることはできるかもしれないが、そうなると奴隷狩りをしている奴らまでどうにかしなきゃいけなくなる。
そう上手くいかないものだぞ、汚名返上ってのは。
「しかし、なんであいつはあそこまで熱いんだよ……」
すでに誰も相手にしていないというのに、喚き散らしているウルフディア。そろそろフレイヤかグレンが制止に入るだろう。
「知らないのか? あいつがノエル様を狙っているってのは割と有名だぞ。報告書にも書いていただろ」
「あー……寝不足で抜けてたかも」
それ以前に放っておいて良いのかよ、その噂。
ウルフディアは外見年齢からすれば、三十代くらいだ。ノエルが養子になった時にはすでにある程度理解力のある子供のはず。
普通ヴァトラ神国の王女を落とそうと考えるかね……。
なかったとしても、妹として見ていたはずなのに。
「ネロをすごく恨んでるよ、あいつ」
「は? なんで?」
「お前、小さいころノエル様を助けたことがあるだろ?」
「……ああ、まぁ」
キツネの獣人に襲われたときか。
「それ以来ノエル様のあいつに対する態度が急変したって話でさ。
あいつがコツコツ積み上げていた好感度を、お前が命救ってごっそり持っていかれたようなものだろ」
なんだそれ。
いわゆるNTRってやつか? ちょっと違うな。寝てないし。
「シスコンとか終わってんな……」
「お前が言うな」
え、俺別にシスコンじゃ……あ、ノーラ大好きだ。あとネリも。
「じゃあ健常者か」
「お前も終わっているんだよ……」
でも俺はナトラもサナもニューラも大好きだぞ。
家族皆大好きだから、シスター限定じゃないから多分シスコンじゃないな。ファミコンだ。俺はファミコンか。配管業者の兄弟のゲームができそうだな。マンマミーア。
「ウルフディア様、これ以上の討論は続行不可能と判断いたします」
喚くウルフディアをフレイヤがバッサリ斬り落とした。
ウルフディアも王族には逆らう気はないのか、俺をすごく睨みながら、不承不承のように着席した。
私情しかねえな、この討論会……。これ、もうやめた方がいいぞ。
「続いての論題は『クロウド家』についてです。
タレイガー様」
「はい」
おいもう隠す努力すらしなくなったよ。
こいつら俺のこと好き過ぎるんじゃないの? 人気者だね。嬉しくねえ。
深くため息を吐き、頭を掻く。
まぁ、何か画策しているのはわかるが、どうせ俺には効かない。後手に回ろうが、力任せに解決可能だ、今の俺ならば。
これが学生時代なら、無理だったろうけど。
「クロウド家、いやネロ・クロウド。君は犯罪者予備軍であるのは間違いないだろう。レイヴァン家の跡取りであるバーブレイと、学園では何度も衝突をしていた。そうだな?」
「否定はしまぜんよ」
バーブレイと衝突していたことは事実だし、犯罪者予備軍だと思われていても別に否定はしない。
犯罪者予備軍ではなく、犯罪者だけどな。
「加え、クロウド現当主の次男であるニルバリアとも衝突している」
「ええ、その通りです」
「……釈明もなにもしないのか?」
「事実を捻じ曲げる気はないですし、そんなことしても無駄ですからね。あなたたちと違って、俺は潔いのです」
必要とあらば、捩じ切る勢いで捻じ曲げるが。
と、討論会が始まってずっと静かにしていた、公爵以外の者が手を上げた。
「タレイガー様、よろしいですか?」
「はい。構いません」
「では、フェゼントリ様」
おっと、俺に魔術を放とうとした伯爵様じゃないか。
どうせ策士気取りの公爵様の太鼓持ちなんだから、俺を糾弾するしか能の無い奴なんだろうな……。
「犯罪者予備軍の者を貴族のままにしておく必要などないと思いますが、なぜクロウド家は未だにネロ・クロウドを勘当しないのでしょうか?」
「いや、そんなの俺に言われても困るんですけど……」
普通に、今もまだじいさんが当主しているわけで、そういったことはすべてじいさんの権限だ。
まぁ、どうせじいさんも老い先短いんだ。ニルバリアに交代すると同時に、俺は追放されるだろうから、もう後十年もすれば俺は貴族ではなくなるさ。
「あなたの父親、ニューラ、でしたか? 彼に対しても同じだ」
「ちょっと待て。なんでそこで俺の父さんの話になる」
「貴族の暗黙の了解を知らないわけではあるまいに、冒険者などという低俗な職の者と結婚するなど」
「冒険者のどこが低俗だよ。命かけて生計立ててんだから、口挟んでやるなよ」
「あなたには貴族足り得る血はない」
「……」
こいつ、俺の話を聞く気ねえな。
なるほど、これからはそういったスタンスで来るのか。ならば、聞き流すのが良策か。
俺は椅子の背にもたれかかり、腕を組む。
どうせ何を言っても聞かないのなら、言うだけ無駄なのだから。
「貴様の兄にしたってそうだ」
と、フェゼントリとはまた別の貴族が立ち上がって発言した。
おい、良いのかよ。フレイヤの許可なしに発言して。
「貴様の兄は、レギオン公爵地に赴任してからというもの、騎士団とは不和だったそうだな。そして、頼った先は、あろうことか敵であるダークエルフ」
そういえば、そんな話もあったな。
ナトラの話によれば、騎士団側から爪弾きにされていたようだが。
秘密の特訓っぽい感じだったので、知られているとは思っていなかったが……情報を片っ端から集めていたのは、俺だけではないらしい。当然といえば当然なんだが。
「しかも、だ。貴様の兄は敵に恩情を受けて剣を習い、姉は魔術師になっておきながら、ゼノス帝国に良いようにやられてしまって」
「――ちょっと待て」
別に、ニューラに許嫁がいながらサナと結婚したのは知っている。許嫁と結婚することが暗黙の了解ならば、それは破ったニューラが悪い、でわかる。
ナトラだって、爪弾きにされたのは騎士団の側であったとしても、溶け込もうと努力はしただろうにしても、確かに敵認識であるダークエルフから剣を教わったことが悪いってのも、まぁわかる。
だが、どうして。
そこから、ゼノス帝国の話に飛ぶ?
「戦争でトロア村は焼け野原。何人もの犠牲を出し、おまけに責任を取るべき領主の貴様の父親も死んでしまって。なんと情けない」
「どこがだ。そのおかげで、ゼノス帝国に攻め込まれずに済んだんだろうが」
「なんだ貴様。知らないのか? ゼノスとの秘密協定を」
「――ッ!」
それを、今、この場で切るか、普通?
相手の浮かべた薄ら笑いを見ていると、腹の奥底に、形容しがたいどす黒い感情が渦巻いてくる。
その感情もまた、リリーの時のように、消化不良を起こして体の内にのた打ち回る。
「ネロ、落ち着け」
いつの間にか机に両手をついて立ち上がっていた俺の腕を、隣のリリックが掴んでくる。
それを振り払い、俺は相手を睨みつける。
「貴様の家族も災難だな? ゼノスとの、小競り合い程度で死んでしまって」
「小競り合い……?」
あれが? 小競り合い?
俺の家族を奪っておいて。故郷を焼け野原にして。死体の山を重ねて。何人もの骨を壺に収めて。
ああ、そうだろうさ。
テメエら王都の貴族どもには、国の危機が来ない限り、何だって小競り合いに見えるだろうさ。
――今ここで、その危機を再現してやったっていいのに。
視界が赤く染まる。狭まるのがわかる。
俺の目が映すのは、ただ死んだ家族をなお愚弄する、どっかの馬鹿たち。
「貴様だって、魔導師でありながら家族一人守れなかったのではないか?」
「貴様の妹はゼノスの将軍に連れ去られたそうではないか。家族揃って恥知らずだな」
「貴様の兄は騎士学校ではいい成績だったはずだろう?」
「貴様の姉は魔法学園の特待生のくせに、すぐにやられたらしいな?」
「我らの国の最高峰の生徒ともあろう者が」
いろんな声が聞こえてくる。
フレイヤの声も、グレンの声も、ちゃんとわかる。収拾をつけようとしているのだろう。
だけど、俺の耳が拾う声はすべて、そんな言葉だ。
貴族の馬鹿どもは、バカの一つ覚えのように、話を聞かないスタンスを貫くようだ。
「貴様の家族は全員、無駄死にだ」
本当に。
もう、滅ぼしてやろうか――。
「恥さらしども――」
ドガン、と。
殴りつける音がした。
声が一斉に止み、水を打ったような中で。
俺の視界は、ようやく開けた。
「一斉に喋るなよ」
クリアになった視界。そこにまず映されたのは、リリックの後ろ姿だった。
会場の皆の視線が余すところなくすべて、リリックに注がれていた。
どうやら、先ほどの殴りつけた音はリリックによるものらしい。
殴った相手は、誰だろうか。だが、悪口を言っていた奴だってのは、分かる。
「王女様の許可を得てから発言するんだろうが。ああ?」
女とは思えないほど迫力のある声だ。
殴られた相手は、すでに気絶している。それも仕方ない。リリックは体がでかいし、商売のために力仕事も日常的に行う。体が鍛えられているんだから。
「ハッ――あっははははは!」
俺は思わず、机を何度も叩きながら大声を出して笑う。
耐えられなかった。
自分の短絡さに。リリックのアホさに。貴族どもの馬鹿さに。
何より、それに付き合っている自分自身を、笑わずにはいられない。
「あっははは。おっかしーの!」
笑いがようやく収まり始めたので、俺は目じりに浮いた涙を拭って。
「リリック。退場だ」
「わかってるよ」
素直に応じると、リリックは俺の方へ向かってくる。
俺の後ろ側にも出口はある。そこから退場するのだろう。
すれ違い様、口を開く。
「ありがと」
「しっかりしろよ」
リリックに肩を叩かれ、足音が遠ざかって行った。
扉の閉まる音と同時くらいに、二階席の方からも笑い声が聞こえた。
そちらに向けば、トレイルが笑いながら席を立ち、出口に向かっていた。
トレイルが俺の方へ目を向けてきたので、俺はとりあえずピースを返しておいた。
さて。
俺は深呼吸一つする。
その間に、硬直していた貴族どもが動き出した。
まず初めに声を上げたのは、タレイガーだ。
「き、貴族を殴りつけておいて退場で済むものか!」
「そう声を荒げるな、クソガキ」
それは予想した通りの反応だ。
だからこそ、対処するのは簡単だ。
俺は取り繕うのをやめ、タレイガーの方へ目を向ける。
「別に殴られて死ぬわけでもないだろ? なんならコップを投げつけられる方が危険だ」
「なんだと……!」
「殴るには近づく必要があるだろう? それ以前に気付けない方がバカではないか。対し、コップを投げるにはどこからでも行える。それがナイフであろうともな」
コップがナイフであったなら、俺は死んでいるぞ。
人を精一杯殴ったところで、死にはしないだろうに。しかも相手は女だ。死ぬ方が、おかしい。
が、まぁ俺がどれだけ言おうとも、こいつらはきっと聞かないだろう。
だから、と俺はグレンの方を見る。
「退場以上の処罰が、必要か? グレン」
「いいや。必要ない」
「レギオン!」
「そもそも、フレイヤ様の許可を得ず発言し、それを促したタレイガー、貴様にも責はある。この後の討論に支障が出ないよう、貴様も退場をするか?」
「ぐっ……」
「あっはっは。策士気取りの若造の悔しそうな顔。写真に撮りたいな」
「ネロ、煽るな」
はいはい、と。
さっさと討論会を進めて、終わらせてしまおう。こんな胸糞悪い日はふて寝に限る。帰って布団に直行してやる。
俺は一つ、手を打ち合わせる。良い音が鳴った。
「さて。では議題は『クロウド家』についてなので、俺から言わせてもらいますね。
まず、クロウド家についてはじいさんが現当主なので、クロウド家に対する文句や抗議はすべてそちらに向けていただきたい。
クロウド家の今の地位が気に食わないというのならば、じいさんを説得して俺を勘当させてください。俺はいつでもその申し出を受け入れますよ。
何せクロウド家の今の地位は、俺ありきのものですから。レイヴァン家を蹴落としたのも、ゼノス帝国を追い返したのも、すべて俺の功績であり、クロウド家とはまた別のものであるはずですからね。
これで、クロウド家に関する議論は尽くされたと思いますが、姫様?」
ここでクロウド家についてあれこれ言ったところで、何かが変わるわけがない。
俺はそもそも次の当主でもなければ、クロウド家に対する発言力も特にないしする気もない。
ニルバリアが当主になれば、俺を勘当するのは自明の理だ。
こんな場所で取り上げる必要など、俺をいじめる以外に何もないのだ。
「ええ。そのようですね。タレイガー様も、構いませんよね?
さすがにあのような議論をされましては、わたくしとしても黙っていることもできませんので」
グレン、フレイヤから脅しをかけられ、若いクソガキのタレイガーは悔しそうに頷くだけだ。
まったく、一体こいつらは俺をいじめて何がしたかったのだろうか。
クロウド家の地位を落とす? 活躍しているのが気に食わない? フレイヤやグレンと旅しているのが危険だと思った?
いずれにせよ、俺にはまったくもって関係ない話だ。
「じゃあ次の論題に行こう」
俺はフレイヤより先にそう声を出す。
もう我慢などしない。面倒臭い進行など取っ払っちまおう。
「クロウド! 調子に乗るな!」
「黙れビーホーク。調子に乗ってんのはテメエだ」
俺は魔眼すら隠すことをせず、この場の全員を脅す。
「テメエらこそ、わかってんのか? 俺は、魔導師だ。この国一つ潰すのに、一日とかからねえぞ」
できるだけ低く、ドスの利いた声を出す。
この辺も教わったからな。王には必要だって、半ば無理矢理だったが。
金の瞳で周囲を見回し、ほとんどの者が怯えているのがわかったので、先に進める。
咳払いをして声の調子を戻し、
「レギオン家の論題は『戦争』について、だろ?」
グレンの方へ向くと、軽く口端を上げてきた。
フレイヤの手元の資料は千里眼にしたときに見たし、別に見なくともグレンの出しそうな論題は丸わかりだ。
グレンは戦争を起こさない考えを出すつもりなのもわかる。
それに俺が乗って、何とか過激派を押さえつけようなんて、ガラにもなく考えているんだろう。
だけど、それだけじゃあ、足りないんだよな。
俺は椅子から立ち上がり、机の上に立つ。
「『戦争』についてだけど……今すぐにでも開戦しよう」
笑みを浮かべ、手を広げながらそう宣言する。
俺の宣言に周りがどよめき、グレンの表情もわずかに動いた。
他の公爵だって、俺のことを調べたのだろう、この宣言に面食らっている。
「……どういうことだ?」
グレンの問いに、俺は前の机に飛び移りながら答える。
「この国には三人の魔導師がいる。赤、白、黒。その三人だ。
白の魔導書に攻撃魔導はほとんどない。だが、対して赤と黒のほとんどは攻撃魔法だ。
言うなら、今のこの国の戦力を最大限活用すれば、世界を取るのも簡単だろう」
国を一つずつ、潰していけばいいのだから。
「まずはゼノス。その次にユートレアを潰し、このユーゼディア大陸を取る。
その次に暗黒大陸だ。まだ統治されて間もないカラレア神国を奪うのは難しくない。ヴァトラ神国は、山脈さえ超えてしまえばどうとでもなることは、わかるだろう?」
会場の中心に降り立ち、周りを眺める。
「その後、全種族から徴兵、そしてシードラ大陸を取る。いくらドラゴニア帝国が強くとも、この物量なら負けることもないだろう?」
全部を一気に相手にする必要はない。
一つずつ、ゆっくり、だけど連携される前に。
「世界征服が随分と現実的になっただろう?」
世界征服を目標にしているのかは知らないが、何事も細かく明確に区分して目標にすれば、字面だけならば達成できそうになるものだ。
さて、グレンはどう来るか。
俺がこんな宣言するとは思っていなかったのかもしれないが。
この程度、越えられるだろう?
「……ありえんな」
グレンは席から立ち上がり、その場で話し始めた。
「貴様が大人しく、国の命令に従うとは思えん」
「そうか? この討論会に出席したのだって、王妃様に求められていたから、だぜ?
根が小心者だから、案外でかい権力に逆らうだけの根性はないぞ?」
「そうだな。そうかもしれんな。だが、貴様はやはり危険人物に変わりはない。そんな奴を抱えたまま、戦争は起こせない。
ゼノスとの戦いの最中に、貴様が反旗を翻す可能性も、十分あり得る」
「確かにそうだ。だが、そんな慎重で大丈夫か? 戦争だぜ? 予想外なことは挙げればきりがない」
この国のすべてが、王政に従っているわけでもない。
反乱分子はどんな国、時代にもいるものだ。それらすべてを取り締まることも不可能。
「そもそもお前らにとってゼノス帝国もユートレア共和国も敵なんだろう? 敵は排除すべきものだろう? 早く取り除きたいと思っているんじゃないか?」
グレンから目を離し、周りの連中の様子を見る。
まぁ、困惑九割ってところか。まだ、俺とグレンの対立についてこられていない奴がほとんどだ。
だが、ついて来ている奴もいる。
それで十分だ。
「なら俺とお前を一組にすればいい。魔導師同士だ、止められないこともないだろう?」
「無理だな。俺一人で、貴様を止めることは、できない」
おおっと、そこまで言い切ってしまうか。
「旅の道中ならば不意打ちもなんでも可能だが、警戒されていては俺にはどうしようもできないだろう。
貴様を監視する役をどれだけ増やそうとも、貴様の行動を制御するなど不可能だ。
これまでの経験上、貴様を止められる者は四、五人といったところだろう。その誰もが、今この国にいない。
貴様の家族さえ生きていてくれれば、その提案にも乗れたのだがな」
言ってくれるじゃないか。
俺は思わず苦笑を漏らしてしまった。
確かに、そうだろうな。
家族さえいてくれれば、俺はこの国に貢献してやってもよかった。まぁ、家族が望めば、の話ではあるが。
その場合、俺はここまで強くはなかっただろうが。
「でもさ、お前らだって戦争したいんだろう?」
参加者だけでなく、見学者にも訊くように。
俺は大きく腕を広げて問う。
「第一に、何度もヴァトラ神国の王女を狙った」
ノエルは、俺が知っているだけで二回も命を狙われた。
王都でノエルと一緒にいたのは、長いようで案外短い。幼少の頃の一回と、学園での一年だけだ。
計画だけだったとしても、その数は多いだろう。
「第二に、ダークエルフに剣を習っただけで、恥知らずと罵った」
今さっきの話題だ、知らないとは言わせない。
「第三に、勇者の召喚陣を使おうとしている」
勇者を先頭に、他国の侵攻を狙ったのも事実だ。
召喚陣が起動しないおかげで、いまだに計画の域を出てはいないが。
探せばまだまだあるんだろうけど、パッと思いつくのはこのくらいだろうか。
「そんなお前らに、戦争の機会をあげようって言っているんだ。断る理由が、あるのか?」
もう一度、周りを見回す。
ここまで時間を取って説明してやったんだから、そろそろ何かしらの反応を見せてもらいたいものだ。
「ふざけるな!」
「我らはそんな野蛮な考えなどしていない!」
おお!?
まさかの外野から怒号が飛んできやがった。
声が聞こえたのは、何と二階席。参加者はというと、呆気にとられたままで、彼らの怒号でようやく硬直から抜け出したようだ。
「そうだ! むやみに戦争を起こそうなどと思っているわけがない!」
「貴様の言い分だと戦争しか考えていないようではないか!」
「国民の支持もなしに戦争など起こすものか!」
会場の中心に立っているせいか、あちこちからいろんなものが飛んでくる。
コップやらそのコースターやら座布団やら。ここは国技館かよ。
だが、これだけ言っているのだ。
いきなり戦争となることは、ないだろう。
「あっはははは」
いろんなものが舞う中で、俺は笑いをこらえきれずにいた。
☆☆☆
討論会が終わり。
俺は今、王城の廊下をグレンと歩いている。
「ネロ、今度からは貴様の考えをちゃんとこちらにも話せ。いきなり戦争を肯定しては、対応に困る」
「そういう割に、ちゃんと対応していたじゃん」
それに、事前に話しては演技っぽくなって、真実味にかけるだろうに。
「全く……こっちは貴様に振り回されっぱなしだ。タレイガーの時は本気でどうなるかと」
「ああ、俺も思った。リリックがいてくれてよかったぜ」
いきなり殴りつけるなんて、インパクトがあり過ぎて面白いし。
バカみたいな行動のおかげで、こっちが冷静になれた。今度リリックに礼を言わないとな。
「なぜ、いきなり戦争を肯定した?」
「……俺とお前で、あいつらを理詰めしたって、別に構いやしない。負けるとも思わないし」
どうせわかっているんだろうに、なぜ訊くかなぁ。
まぁ、答えるくらいしてやるけど。
「だけどそれだと不満が溜まる。溜まった不満が爆発すれば、厄介だろ」
あの場は俺の異端審問の場であり、討論などをする場ではない。
皆が、俺を貶す、蹴落とす、反対の意見を述べる場なのだ。
ならば、あそこで俺が戦争反対の理詰めをしてはダメなのだ。
それでは、不満が溜まる。排除すべき相手に言い負かされたことや、自分の考えを否定されたことに対する、不満が。
グレンだけが戦争反対しても、たぶん意味がない。
あの場で発言力が高かったとはいえ、五公爵の一角にすぎない。討論会が終われば、意味がないのだ。
だからこそ、俺が敵になれば早く片が付く。そう判断した。
「人って面倒臭いよな。嫌いな相手とは、自分の意見と同じであっても、それを言いたくなくなる。嫌いな相手と別の意見を持とうとするんだ。そうやって、嫌いな相手を排除するんだ。人っていうよりは、心や感情って言った方がいいかもしれないけど」
「まるで実体験だな」
「夢の話さ」
夢のような、前世の話。
グレンにはその一言で通じたのか、苦笑を漏らしていた。
「グレン、この後は?」
「公爵の会合がある。現当主を交えた、な」
「そ。じゃあタレイガーに年上は敬うように言っておいて」
あの野郎、最後まで俺を見下していたからな。
もっと丸くなって欲しいものだ。
「だとさ、ラルス」
「は?」
グレンの言葉がおかしかったので、グレンの方へ顔を向ける。
「敬う理由が見つからないな」
すると、グレンが向いている方から、タレイガーの声がした。
そちらに顔を向ければ、不機嫌顔のタレイガーがいた。……ラルス・タレイガーって言うのか。
「たった五年の差に、何の違いがある? 誰もが僕に頭を下げるぞ。老若男女問わず、だ」
「そりゃ当たり前だろ。お前は公爵様なんだから」
こいつやっぱりバカだわ。
公爵に頭を下げるのなんて当たり前だろ。下げないのは王か同じ公爵かそれを知らない奴くらいだ。
「……僕が敬われて当然だろう?」
「バカだ。おいグレン。こんなところに驚天動地の馬鹿がいる」
何その俺様主義。流行らないと思うけどな。
人間、慎みや謙虚さを失くしてしまえば、敵しか作れないぞ。
慎み過ぎたり謙虚過ぎても敵ができるけど。何それ人間面倒臭い。
「……なぜ貴様は僕に頭を下げない?」
「ラルス、それをこいつに言っても意味はないぞ」
グレンが苦笑交じりにそう言う。
確かにその通りだ。俺に礼儀を求められても、必要だと思った相手にしか使わない。グレンやフレイヤにだって使っていないわけだしな。
「ならば、年上を敬う理由があるのか?」
「かわいくないなぁ」
十五歳だろ? 中学三年生だろ? もうちょっと子供っぽくてもいいと思うんだけど。
まぁ、この世界じゃ成人だし、仕方ないのかもしれないけどさ。
けど、理由を求められれば答えてやろう。
「年上ってのは、それだけ経験があるからだよ。一年でも二年でも、それだけ多くのことを経験しているからさ。
剣を振った回数、魔法を放った回数、勉強した時間、訓練した時間、努力した時間、成功の数、失敗の数。
いろんなことを経験しているからだよ」
「……それだけで、どこが偉いというんだ? 剣を振った回数が違うなら二倍すればいい。時間が足りないなら補えばいいだろう?」
「体力も時間も有限であり、成長もある。それに、お前には絶対に経験できないことだってあるかもしれない」
「そんなもの、あるわけ――」
「少なくとも、俺は戦争で家族を失う悲しみを経験している」
「……」
これだけは、誰にも負ける気がしない。
まぁ、負ける気はしないだけで、誰よりも勝てるとは思わない。
別に自慢することでもなければ、したくもないことだ。勝って、嬉しいわけがないのだから。
「ま、お前にはまだ難しいか」
理解できないというか、する気がないというか。
別にそれでも、俺はまったく構わない。
ラルスに敬意を払う必要がないからな。
「それと、策士気取りたいなら別に構わないけど、ちゃんと策は練るんだぞ。
策は、発動しないと意味がない。それに、仕掛ける相手も考えろ」
俺を煽ることが策だというなら。
俺に手を出させ、そこから罰する気だったならば、それは策とはならない。
何せあそこでリリックが動かなければ、本当にこの国を滅ぼしていたかもしれないのだから。
「ちゃんと自分の思い通りになって初めて、策は成功なんだから」
さて、ラルスにはこのくらいでいいだろう。
そろそろ全速力で帰りたくなってきたし。
「グレン、俺は帰るけど、今日はどうすんだ?」
「そうだな……いや、たぶん今日はもうそちらへは行けないだろう」
「了解。んじゃ、また明日」
「ああ、またな」
軽く手を振って、グレンと別れる。
「待――ってください!」
「あ?」
敬語で引き留められたので、思わず振り返ってしまった。
呼び止めたラルスは、すごく葛藤したような表情をしていた。そんなに嫌か、敬語……。
「……あなたの、あれは策ですか?」
「どれか知らないけど、俺のは策と呼ぶにはお粗末すぎるもんだよ」
軍師になれるような頭脳は、ない。
それでもそう思ったときは、歴史の偉人の考えをパクった時だ。
「見解が欲しいなら、グレンから客観的意見を聞け。俺にそのつもりはなかったよ」
それだけ告げ、今度こそ背を向けて走り出す。
あー、そういえば。
あいつが、家族の悪口を言わせるように火をつけたんだよな。
……案外、普通に話せていたな。
ちょっとは、大人っぽかったかな?




