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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
118/192

第十七話 「紫の魔導師」

 龍人少女、ユカリを連れて王都へと帰還した。

 龍人族の特徴として、人型の時には龍の角が生えていることだ。それを隠すために、また俺の帽子が活躍だ。

 まぁ、イズモの角みたいに頭に引っ付いているのではなく、少し上に伸びているので帽子をかぶせても不自然だが。

 ないよりはマシということでかぶせた。


 まずは学園長宅でいいだろう。俺は。

 フレイヤとグレンは、帰還報告に王城に行った。つまり別行動だ。またすぐに合流するが。


 学園長の家に行き、鈴を鳴らす。

 少し待つと、玄関が開かれて中からキルラが現れた。


「え、キルラさん?」

「やあ、ネロくん。ちょうど遊びに来ていてね」

「そうでしたか」

「ミネルバも学園長も、中にいるよ。連れて来る」


 そういうと、キルラは奥に戻っていってしまった。

 しかし、どこに向かえばいいのだろうか。

 まぁ、学園長の家は広いとはいえ、家だしな。すぐに戻ってくるだろう。

 そう思い、俺はとりあえず玄関で待つことに。


 やがて奥から学園長が姿を現した。


「おお、ネロ。早い到着だな」

「ええ、まぁ。グレンと姫様は、王城です。後から来るそうですけど」

「そうか、わかった」


 挨拶をし、歩こうとすると足が重かった。

 視線を落として見れば、ユカリが俺の脚にしがみついて陰に隠れていた。人見知りするのかよ……。二人は問題なかったのに。


「む? その子は?」

「龍人族の少女です。ユカリ、挨拶」

「ゆ、ユカリ、です……」


 か細い声でそれだけ言うと、完全に隠れてしまった。

 なんだ怖いのか? 学園長は怖いというより、近づきたくない、だろうか。奇行が目立つし。


「君、今失礼なことを考えなかったかい?」

「何のことやら。それより、話もいろいろあるんで、どこに行けばいいですか?」

「ふむ、そうだな。とりあえず広間に行こう」


 学園長の後を追って、広間へとやってくる。

 中心に置かれたテーブルには、ミネルバとキルラも座っていた。

 学園長とは対面に座り、一息つく――、


「パパ! お外行きたい!」


 間もなく、ユカリが腕を引っ張ってきた。

 一息の代わりにため息を吐いて、腕を掴んでいるユカリの手を取る。


「外はダメ」

「なんで!」

「危ないから」

「危なくないもん!」

「危ないの。連れ去られて売られるよ」

「だってパパが助けてくれるもん!」


 そりゃ、助けるけど。

 王都に来るまでにいくつか町に立ち寄ったことがある。その時にも、俺が目を離したすきにユカリはどこかへと消えていることがよくあった。

 大体ふらふらと俺から離れて、珍しい龍人族の子供だということで連れ去られるのだ。

 そのたびに千里眼で探して助けなきゃいけなかった。


 王都は広いし、離れる時はちゃんと言ってくれるようにはなったが、千里眼でずっと監視するのも面倒だ。

 それに千里眼で監視しながら、学園長たちと話すのも難しい。俺はこちらに集中したいのだし。


「行く!」

「ダメ」

「や!」

「やじゃない」


 もう面倒臭すぎる……。

 なんで二度も子育てしなきゃいけないんだよ……。しかも別に学園長の命令というわけでもないのだし。


「はぁ。じゃあ、じゃんけんに勝ったらいいよ」

「ホント!?」

「ホント。いくぞ。じゃーんけーん」


 俺の左眼が光る。

 周りが一瞬スローになり、ユカリの出す手がわかる。チョキだ。


「ぽん」


 当然、俺はグーを出した。


「はい、ユカリの負け」

「う、うー……!」

「話が終わったら連れて行ってやるから」

「絶対だよ!」

「はいはい。絶対な」


 ユカリと話をつけ、大人しくさせる。

 さて、と。ようやく話に入れる。

 顔を前に向けると、なぜか対面に座る三人が唖然とした表情を浮かべていた。


「どうかしました?」

「え、ああ……なんか、すごいね、って」

「すごい?」


 キルラが返してくれるが、何かすごい要素でもあっただろうか。

 うーん……キルラは俺の魔眼は知っているし、じゃんけんで引き下がったことかな?


「まぁ、龍人族なんで勝った者に従う遺伝子でもあるんじゃないですかね」

「いや、そうじゃなくって……」

「すごく板についているね」

「……なんですかそれ」


 ミネルバの発言に、すねたように返してしまった。

 何、そんなに子育てが似合いますかね? 暴君なのに。


「まさかイズモの代わりをすでに見つけているとはな……」

「ちっげえよ! 代わりじゃねえよ!?」

「いや、もしかすれば君の子供か? 少し会わないうちに大人になって」

「っざけんな!! 龍人だっつっただろうが!!」


 ユカリの帽子を剥ぎ、脇を抱えて掲げて見せる。


「どこが俺の子だよ! 大体あんたと別れて一年と経ってねえぞ!」

「いやいや。龍人の生態は何んだかんだでまだ詳細はわかっていないそうだからね。もしかすれば、と」

「ふざけんな! いくらなんでも一か月でここまで成長するかよボケ!」

「……さて、冗談は置いておいて」

「だと思ったよチクショウ!!」


 ユカリを抱えたまま、荒い息を吐く。

 くそ、こいつら……特に学園長……!


「しかし、君の歳くらいになれば、既婚者は多数派だろう? 子供はまだにしても」

「んなこと知るかよ。俺は別に一人でもまったくもって問題ないの!」

「だろうな。君は、まずはイズモにノエル様と話をつけないとな」


 わかってんなら言わすなよ……。

 抱えたままだったユカリを降ろしてやり、俺は頬杖をつく。


「くっそ。せっかく紫の魔導書を受け取ったから、学園長にみせてやろうと思ったのに」

「なに!?」

「あーあー、もうからかうから見せる気失くしましたー。またの機会にご期待くださいー。もう次はないケドネー」


 緑の魔導書はリリーが持っていたし、青の魔導書もミネルバは選定を切っていない。

 扱えるとしたらまだ選定していない紫の魔導書か、あるいはどこにあるかまだ特定できていない黄の魔導書になる。

 だが、黄の魔導書となれば、持って帰ってくることもないだろう。

 最後なのだから、そのまま魔天牢を解除しに行くし。


「ぐぬ……! 申し訳ありませんネロ様これまでの非礼を謝りますのでどうか魔導書を!」


 わー、簡単に頭下げやがったー。

 まぁ、魔導書を引き合いに出しているからだろうけど。……いや、それでなくとも、学園長にプライドってあんまりないのか。

 こんなのが学園の長やっているんだからふっしぎー。


「まぁ、いいけど」


 別に学園長に見せないなんてそんな意地悪する気ないし。

 今のはたぶん学園長的に意地悪のうちにも入らないだろう。どうせ魔導書を見て忘れるだろうし。


 俺はリュックに入れていた紫の魔導書を取り出す。


「ほい。ユートレアに行く前に暗黒大陸から届いたけど」


 と一応説明してはみるが、学園長の興味は差し出した紫の魔導書に移ってしまって訊いちゃいねえ。

 学園長には魔導師としての素質があるからな。選定されるかもしれないし。

 まぁ、魔導師はいるならいた方がいいし。あ、でも学園長を引っ張って行けるかな……。業務があるもんなぁ。

 できれば学園長を選定するなよ、という思いで紫の魔導書を眺める。


「お?」


 すると、紫の魔導書がゆっくりと浮かび上がり、漂い始めた。

 まずは学園長の前に行き、そして次にミネルバ、キルラ、俺の順に移動する。

 おや、学園長はお気に召さなかったようで。じゃあ、結局ドラゴニア帝国で魔導師探しをしなければいけないのか。

 なんて考えていると、紫の魔導書はユカリの前に行き、そして止まった。

 ……なんてこった。


「パパ、なにこれ?」

「それはなぁ……」


 どう説明しようか。

 ていうか、なんでよりにもよってユカリを選ぶのだろうか。龍人族だからかそうかそうか。


「とりあえず手に取ってみれば?」

「いいの?」

「いいよ」


 俺が許可を出すと、ユカリは前に浮かぶ紫の魔導書を手に取った。

 ……それだけだった。

 ユカリの髪の色や目の色は変化しない。


 うーん、親と引き離されたときは記憶があっただろうし、もう感情が溢れていてもおかしくはないと思ったんだが……。

 ちなみに、紫の魔導書が司る感情は“嘆き”だ。

 親と引き離されて嘆いても、感情が溢れないとは……さすが龍人族だ。遺伝的に慣れているのだろうか。


「くそ! 私では何がダメなのだ!?」

「奇行」

「冷静に返すな!」


 あとは種族が合わないからだろうか。

 これで魔導師になれる最後のチャンスを逃したわけか、学園長は。


「残念でしたね」

「そんないい笑顔で言われても殺意しか湧かんぞ」


 おっと、あまりの嬉しさに顔に出てしまったか。

 だって連れ回すにも、学園長よりユカリの方が断然に楽なんだもの。


「まったく……もういい。

 それより、ユートレアはなぜ君を呼んだのだ?」

「ああ、ダンジョンの攻略ですね。あと戦争をしたかったらしいです」

「なに……?」

「それも止めて来たんで、当分は大丈夫でしょう」

「……君が、か?」

「ええ。死ぬ思いでしたよ」


 矢が何本刺さったこととか。

 後、カミーユがとても怖かった。


「……いつもながらハイスペックだな」

「そうですか? ただ殴って黙らせただけのような気もしますが」


 実際、決闘法で黙らせたのだから。

 それに、俺も頑張ったけど、アニェーゼも頑張ったからな。


「ついでにエルフクイーンのツテも手に入りましたし。収穫は多かったですよ」

「そうか……いや、何というか、ご苦労さまだったな」

「ええ、まぁ。

 ゼノスは大丈夫だったんですか?」


 ユートレア共和国よりも、ゼノス帝国の方が危険だろう。

 何せ向こうにはヨルドメアがいる。俺が王国からいなくなれば、いくらでも好きにしろといったから、攻められていてもおかしくないと思うのだが。


「ふむ、これまでに何度かあったらしいが、トロア村の住民がゲリラ戦で追い返した、という話が多いぞ」

「へぇ。よく訓練しましたね」

「どちらかというと、自主的なものだったらしいが。クロウド家のじいさんがそういっていた。ノーレンはいつも使えんと」

「ふーん」


 言われても、俺、ノーレンと会ったことないんだよな。

 まぁ、ニルバリアのような奴を馬鹿にしたくらいに思って十分だろう。どうせそのくらいだ。

 それにしても、クロウド家はニューラ以外本当武芸ができないな。


 トロア村の連中は、よく頑張ったな。なんなら村捨てて逃げればいいのに。

 生活があるのか。でもノーレンってことは、重税が大変だろうのに。


「ああ、そうだ。明日にでもクロウド家へ行け」

「え、嫌です」

「また即答して……」

「だってイズモいないんですもん。絶対にやらかしますよ」


 ストッパーのいない俺がどうなるか、レンビアのじいさんでよく分かった。

 だから、極力嫌いな奴とは会わない方がいいに決まっている。相手のためにも。


「それは、そうだが……」

「そもそもネリを連れて来るって言っておいて、いつまで経っても連れていけてませんからね。恥ずかしいです」

「いや、だが……」

「ていうか、じいさんまだ生きているんですか? なかなかしぶといですね。さっさとぽっくり逝ってくれませんかね。龍は簡単に逝ったのに」


 俺の口から滑るように毒が出てくるな。

 学園長だけでなく、キルラやミネルバまで苦笑を浮かべてしまっている。


「君は本当に、クロウド家が嫌いだね……」

「何せ父さんを捨てた家ですからね。嫌いですよ」


 俺は家族大好きなんだから、当たり前だろう。


「……はぁ。だが、フレイヤ様たちを呼び戻したのも、それに関係があるのだぞ?」

「そうなんですか? ていうか、なんで呼び戻したのかいまいちわかんないんですよ。教えてくれませんか?」

「ふむ、そうだな……クロウド家に行けばわかる」

「じゃあいいや。ユカリに魔法教えて、姫様とグレンの用事が終わるのを待ちます」

「そこまでしていきたくないか……」


 何を当然な。

 俺の扱いに四苦八苦している学園長を、キルラとミネルバがやはり苦笑を浮かべて見ている。


 しかし、本当になんで呼び戻されたんだか。

 今ごろ、ラカトニアについている頃だろうに。まぁ、戻ってこなければユカリに会えなかっただろうから、紫の魔導師探しをする羽目になるのだが。

 その辺考えるとイーブンかな。いや、やっぱり早くネリに会いたい。


「学園長、もう教えてあげればいいじゃないですか」


 見かねたキルラが、学園長にそう進言した。

 そうだぞ、早く教えてくれ。別に知らんでも委細構わんが。


「……次代の貴族たちによる、討論会といったところか」

「はぁ? なんですかそれ」

「王は貴族を無視した政治は行えん。それはわかるな?」

「まぁ。行政担当はほとんど貴族ですもんね」


 時々王政に反対したり無視する貴族がいるのは、聞いたことはあるが。

 誰だったかな……政治関連だから、たぶんニューラだったと思う。まぁでも、別に珍しいことではないだろう。


「そこで、王が次代の当主になり得るものたちを集めて、討論会を行うのだ。誰がどんな考えを持っているか、聞くにはちょうどいいだろう?」

「そうですかね? 貴族にも高い低いがありますし、太鼓持ちも当然います。討論会なんていうくらいなんだから怒号が飛び交うのも目に見えますし、わがままな跡取り野郎の場合は殴りかかる可能性もあります。いくら監視を置いたって、後手に回るのは当然、未然に防ぐことは不可能。そんなところでもしもグレンのような公爵家の嫡男を傷つければ、実家がどんな報復を受けるかわかりません。つまりは公爵家たちの考えを知る場という意味であり、別に全貴族の考えが知りたいわけではない。王は国の中でも最も力のある家の動向を事前に知り、そして対策を立てたりするつもりでしょう。彼らが反乱でも起こせば国が疲弊します。敵国に挟まれているところで、そんな危険を冒したくないんでしょう? 伝統的に行っているのならば、そんな感じの意義しかないんじゃないですか? つまり侯爵であり、継ぐかどうかもわからない、きっと継がないクロウド家の俺が出る意味など到底ありません。

 ……と、これくらいでどうですか?」


 出たくない一心で思わず軽やかに喋ってしまった。

 学園長の方を見てみても、額に手を当ててため息を吐いてしまっている。


「……言い分はそれだけか?」

「まだまだ言えますけど、ここで言っても無駄ですからね」


 ホント、ここで言うだけ無駄なんだよな。

 しかし、そんなもの俺が出るわけがないのに、それをわかって呼び戻したというのか、この学園長は。

 まったく、冗談も大概にして欲しい。


 俺が不満げな視線を送っていると、俯いていた学園長が顔を上げた。その顔はなぜかしたり顔だ。なんかムカつく。


「そうだな。確かに、今までの討論会は君の言う通りだったろう。

 だが、今回は違う。そうだろう? なぜなら、君というイレギュラーがいるからだ」

「……うわ、超ひでぇ」


 つまり、この学園長。

 伝統的に行われてきた、意識調査とでも言えよう、次代の貴族たちの討論会に。

 俺という、異常者を討論会にぶち込むことで、伝統を破壊しようというのか。


 いや、まぁ、そりゃ確かにさ、俺が出れば、この現状を批判しまくるよ。

 ユートレア共和国とゼノス帝国、二つともに喧嘩腰。ヴァトラ神国には脅しで開国を迫り、シードラ大陸の二つの強国を敵に回し。

 バカじゃねえの、って。お前ら死にたいの、って。

 本当に、王様にもそれを支持する奴らにも聞きたいよ。

 人族なんてちょこっと魔法が優れているだけで、数の暴力には勝てないんだから。


「絶対に嫌ですよ、そんなの」

「だが、この国を変えるチャンスかもしれないぞ?」

「んなアホな。俺一人の意見で変わるようなら、今頃この国は理想郷(カオス)ですね」


 人ひとりの意見を片っ端から導入。減税やら徴兵の停止やら。でもそれだと国が立ち行かなくなる。

 じゃあやっぱり増税の増税で重税、加え徴兵で農村は壊滅的打撃。

 皆の意見が通るよ。だけどその反動も強すぎるけど。


 そんな国、あるわけがねえよ。つか、潰れるわ。


「ふむ、確かに君一人では無理だろう。しかし、それに同調するものがいれば?」

「いないですよ」

「いるだろう。少なくとも、グレン様とフレイヤ様は賛同じゃないか?」

「……」


 いや、どうだろう。

 あいつらだって、国王の前じゃどうなるか。親の前ではどうなるか。


「しかし人は流される生き物です。多数決ってありますよね? あれって、少数意見を潰す最適な方法だと思うんですよね。少数派の意見も聞こう。聞くだけだけどね。っていう奴ですよ。

 だって十人のうち一人が反対したって、喧嘩をしようにも九体一、勝ち目なんて皆無ですよ」

「しかし君は、九対一でも勝つ自信はあるのだろう?」

「殺していいならね?」


 俺の思考は完全に暴君だな。

 周りが反対? うるせぇ、俺に逆らう奴は皆殺しだ、って、まんま暴君じゃないか。

 演じるのは構わないけど、実際にすると結構きついんだよな。


「でも、殺せないだろう?」

「……うっせぇな」


 殺せないよ。だからなんだよ。

 T-REXの仮面かぶったって、そんな盗賊とかでもないのに殺せないよ。

 てか、殺せないから勝ち目ないんで出なくていいじゃないか。


「確かに前の君は怒ると周りが見えなくなっていた。しかし、今の安定した君ならどうだ? 自分からは絶対に手を出さないだろう?

 バカにされて、頭にきて、しかし君は深呼吸一つで冷静になる。そして相手の揚げ足を取る。逆に煽って、相手に手を出させる」

「……」


 どこ情報だよ、それ。

 いや、確かに俺は安定してきているだろうよ。今までも、あんまり怒っていない気がするし。

 前半部分はどうか知らないが、後半部分なんてユートレア共和国の議会の出来事じゃないか。一体誰から聞いたんだよ。


「国を変えるには最大のチャンスだと思うけどなぁ?」

「別にそこでしか変えられないわけでもないでしょうに」


 外からの圧力だって、十分国勢を変えることは簡単だ。

 ドラゴニア帝国あたりが、潰すぞ、と本気の脅しをかければ、潰されたくないのでへりくだるだろ。

 別に中から変える必要はない。そっちの方が難しい可能性もあるのだから。

 何かを変えるには、相応の代償が必要だ。


「結論。変わるわけがない」

「ふむ、そうか……」


 学園長は俺の意見を聞き、扇子を口に当てながら背もたれに寄りかかった。

 まったく、こうなることはわかっていただろうに、なぜこんな長くなってしまっているのだ。


「まぁ、君の参加はクロウド家の当主が決めたのだが」

「あンのクソジジイ!!」


 両拳で机をぶっ叩いた。


「出ないにしても、クロウド家の当主に話を通せ」

「ぐ、くそ……! だけど、別にドタキャンだってできないわけじゃないだろ。当日行かなけりゃ……」

「君は少し大人になりたまえ。成人はとっくに済み、もう二十歳だろう? そんなのではこの先生きていけんぞ」

「別に国で生きていく必要ないですし……」


 野に放たれようが、生きていける。

 俺には俺のパイプがあるし、どうにでもなる。


 ……しかしなぁ。

 確かに、学園長の言う通りなんだよな。不参加にしても、ちゃんと事前に伝えるべきなのはわかるんだよ。

 いつまでも子供でいたいわけでもない。とはいえ、大人だという自覚もあまりない。

 だが、駄々をこねるのも疲れる。


「はぁ……もうわかりましたよ。クロウド家に行けばいいんですね」

「そうだ。それでいいんだよ」


 結局、俺が折れた。

 どうせユカリも外に行きたいと言っていたし、寄り道程度に行けばいいだろう。

 そこでじいさんに、直談判すればいい。ああいわれてしまえば、学園長に何を言っても無駄なのは明白だ。


「わかりました。行きますよ……」

「お外!?」

「お外はもうちょっと待って」


 ちゃんと連れて行くから。

 ユカリは不満顔になったが、まだ話をし切れていない。


「で、えぇっと。ミー姉」

「ん? なんだい?」

「この後……ていうか、たぶんその討論会が終わった後」


 俺は出ないにしても、グレンとフレイヤは出るだろう。

 だから、二人の用事が済まないと動けない。


「ラカトニアに行くんで、ついて来てくれますか? ネリもそこにいるんで」

「そうか、ネリはラカトニアにいるのか。わかった。ついていくよ」

「キルラさんも来ます?」

「あー、ごめん。僕は魔術師団の方があるから……」

「わかりました」


 まぁ、そうだよな。キルラは今日休みだから来ているんだよな。


「とりあえず、ミー姉に青の魔導書返しておきます」

「いいのか?」

「構いませんよ。それに、あった方がいいでしょ」


 選定は切っていないので、ミネルバの髪色なんかに変化はない。青いままだ。

 渡せばすぐにでも使えるだろうが、別に大丈夫だろう。


 そう判断して、俺はリュックから青の魔導書を取り出してミネルバに渡した。


「じゃあ、俺はクロウド家に行ってきます……」

「すごく嫌そうだな」

「当たり前じゃないですか」


 討論会の出席者に俺を選んだということは。

 次代は自分だと思って疑わないバカな叔父が一人、いるからな。抗議をしに来ていてもおかしくはない。

 会いたくないなぁ……。あ、ウィリアムもいるし。ローザにはイズモを会わせたかったけど。


「うわ、すっげぇ行きたくなくなってきた……」


 立ち上がりかけた体がいきなりゆっくりになる。

 本当にクロウド家に良い思い出ないんだけど。どうしてくれようか。いっそ潰すか。


「おそとー!」

「ちょ、と」


 ユカリにいきなり腕を引かれ、危うく転びかける。

 もう、危ないなぁ。龍人族だから少女のくせに力も案外あるんだよなぁ、ユカリ。

 引っ張ってくるユカリを抱き上げ、いったん振り返る。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」


 学園長に言われ、ミネルバとキルラが手を振ってくれる。

 それに振り返しながら、ユカリを抱いて学園長の家を出た。



☆☆☆



 ふらふらと離れて行かないよう、ユカリの手をしっかりと握る。

 こいつは風船かと思うほどに、本当によくどこか行く。

 好奇心旺盛なのはいいが、こんな国で龍人族の、しかも少女が一人でいれば簡単に売られてしまうというのに。龍人族だと見分ける角は隠しているとはいえ。


 まぁ、記憶を失っているユカリには、イズモと似たところがあるのかもしれない。

 あいつも、ずっと奴隷暮らしで世間に疎かったし。


「パパ、お肉!」

「ああ、うん。肉だな」


 肉屋なんだから、肉があるのは当然だろう。それに見ればわかる。


「食べる!」

「ざけんな。テメエのその発言は肉だけじゃ済まないだろうが」


 食事の量だけなら、フレイヤと張るのだ、こいつは。

 龍人族だからと納得するのは簡単だが、その五歳前後の体のどこに入っていっているのか不思議でしかないんだよ。

 とはいえ、フレイヤは別に腹ペコキャラというわけではない。いつも腹が減っているのではなく、食べたいものがあるといくらでも食うのだ。それもそれですごいのだが。


「やだ!」

「ダメ」

「食べる!」

「ダメ」


 今、金あんまり持ってないの。

 俺たちの財布役はグレンだし、近くにグレンはいない。それに持っている大半は学園長の家に置いてきた。

 俺の今の手持ちなんか、こいつの胃袋を満たすことなく一瞬で消えちまう。


 銭貨は経済にはいいけど、大量だと重いんだ。さっさと紙幣が登場して欲しい。

 紙幣はそれ自体に価値がないので、管理は大変なんだけどな。


「いいじゃねえか、兄ちゃん。食わしてやれば」


 俺がユカリのおねだりを全力拒否していると、肉屋の店主が声をかけてきやがった。

 店主の発言を聞いて、ユカリも目を輝かせるし。


「安くするぜ?」

「安くなっても意味が……」


 いや、待てよ? 交渉次第でタダ食いできるな。

 ……よし、吹っかけるか。


「じゃあ、ちょっと賭けでもしない?」

「賭け?」

「とりあえず炙った程度でいいから、肉をこいつに食わせる。あんたが絶対に食えないだろう、っていう量を、な。

 んで、それを完食したら、お代はなし。無理だったら、その用意した肉を、少し色を付けてすべて買おう」

「はぁ? なんだそれ。賭けになるのかよ」

「俺はこいつの食う量を知っている。が、あんたは知らない。

 逆にあんたは食う量を選ぶことができるが、俺にはわからない。成り立つと思うが?」

「……ふむ」

「消費期限ぎりぎりで構わないけど、切れているのはやめてくれると助かる」


 切れているかどうかなど、魔眼で見ればわかるけど。

 だが、うまい話ではあるはずだ。

 処分しなきゃいけない肉を、もしかすれば買ってくれるかもしれないのだから。


「量の追加も構わないぜ」

「……そうか。よし、いいだろう」


 はっ、引っ掛かった!


「調理は俺がするから、肉だけ持って来い」

「ああ、ちょっと待ってろ」


 店主が奥に引っ込んだ。

 と、俺と店主の話を聞いていた通行人が少し集まってくる。

 見物客はいた方がいい。明らかな不正が防げるからな。


「とりあえずこのくらいでどうだ?」


 戻ってくると、店主は両手で抱えるほどの肉を持ってきた。それを見て、ユカリの目が輝く輝く。


「少ないですよ。いいんですか?」

「まずは処分予定の奴だけだからな。追加していいんだろう?」

「ええ。でも、買うのは出してきた分だけですよ?」

「わかってるよ」


 店主が大量の肉をいったんその場に置く。と、ユカリが飛び出そうとする。


「ユカリ、ステイ!」

「う!」


 俺が声をかけると、忠実に動きを止める。

 生で食わせて腹を壊されても困る。フレイヤに頼めば治してくれるだろうけど、回復魔法には腹痛なんかは緩和程度の効果しかないからな。

 俺は適当に肉を掴み上げ、手の上で軽く焼いていく。


「あんた、それ詠唱破棄か……?」

「あん? いや、いただろ。数年前にも、詠唱破棄のできる奴」

「いや、確かにいたが……そいつ、確か突然消えて……?」


 そういや、他国にいることが多くて忘れがちだが、デトロア王国では詠唱破棄って珍しいんだよな。俺か学園長以外使えないらしいし。

 最近になって、ようやくグレンとフレイヤもある程度使えるようになったが。

 何気に俺はこの国で有名人らしいな。……魔導師で詠唱破棄使えて、しかもぶっ飛んだ思考の奴だから有名なのは当然か。


 まぁ、今はそんなことどうでもいい。

 いい感じに焼けた肉を、ユカリに渡す。


「待て」

「う……」


 食いつこうとするユカリに声をかけてみると、忠実に従った。まぁ、口の端から涎が大量にこぼれているのだが。


「待て」

「うぅ……」

「よし」

「う!」


 満面の笑みで食いついた。

 ユカリが最初の肉を頬張っているうちに、俺は次の肉を手の上で焼いていく。

 そして焼き上がると同時に、もう躾はせずにがっつかせる。


「す、すげぇ食いっぷりだな……」

「この調子だと、すぐなくなるぞ」

「な……! ちょ、ちょっと待ってろ!」


 もう一度店主が引っ込んだ。

 その間にもユカリの食事は続く。

 ユカリは俺が焼き上げるタイミングに合わせて、肉を食べきるなど器用なこともやってのける。


「パパ、もっとー!」

「はいはい。今焼いてるから」


 しかし、良く食うなぁ。フレイヤより食べるのではないだろうか。

 別にフードファイトしようなんざ思ってないけど。でも、この二人の対戦ってどうなるのか見てみたい気もするな……。


「おら、追加だ!」


 と、最初の肉を平らげるころに、店主が戻ってきた。



「さらに追加……ってもう食いやがったのか!?」

「もっとー!」


 ユカリの元気な声が響く。



「さ、さすがにもう……もうねえ!?」

「もっとー!」


 店主も往復ご苦労様だな。



「く、くそ……もう倉庫が空だぞ……!」

「もっとー!」


 じゃあ、もう店頭のを出すしかないね。



「ちくしょう! 赤字覚悟だこの野郎!」

「もっとー!」


 いや、そこまでするなよ。生活あるだろ。



「み、店が……」

「もっとー!」


 意地になるから……。



「お、終わった……何もかも……」

「けっぷ」


 あーあー。

 かわいらしいげっぷをしているユカリだが、まだまだ余裕はありそうだ。

 あんまり食わすのもいけないだろうから、もう終わりでいいんだけど。

 しかし、本当によく食べたな。

 こいつ一人で、肉屋一軒潰しやがったよ。


「嬢ちゃんすげえな!」

「見事な食いっぷりだったな。こっちまで食った気分だ」

「あんな体のどこに入っているんだよ……」

「嬢ちゃんもすごかったが、親父もすごかった!」

「焼いてた兄ちゃんもな。魔力総量どうなってんだ?」


 見物客からも感想が上がり、拍手が送られてくる。いつの間にか、周りは人だかりで囲まれてしまっていた。

 お前ら暇だな……仕事があるだろうに。

 いや、今日はキルラもいたし、休日なのかな。だからこの人の多さか。


 ユカリはそんな周りの言葉には反応せず、食休みかその場に座り込んでいる。

 俺は店主の方に近づき、金貨を二枚ほど出す。


「悪かったな。店の足しになるかは知らんが、やるよ」

「構わねえよ、別に。賭けに乗ったのはこっちだ。それに肉なら、明日にまた着く予定だ」

「……んじゃ、親父の健闘を讃えて、ってことで」

「そういわれちゃあ……ありがたくいただくよ」


 店主は苦笑を浮かべて、俺から金貨二枚を受け取った。

 さて。ユカリもこれだけ食わせりゃ、今日はもう大丈夫だろ。


「ユカリ、立てるか?」

「抱っこ!」

「……」


 急ぐからするけど。するけども!

 座り込んでいたユカリを抱え上げ、なくなり始めた人垣の中を歩いた。

 肉を大量に食った後だからか、重量が増している気が……。


「口、拭くぞ」

「んむ」


 ハンカチを取り出して、ユカリの口周りを拭く。じゃないと、肉臭いのだ。顔が近いだけに、余計に。

 肉汁とユカリの唾液でべとべとになったハンカチを水魔法で濡らし、絞ってからもう一度ユカリの口を拭いてからしまう。


 さぁ、後はクロウド家に行くだけだ。

 クロウド家に……行く、だけか……。


「はぁ……」

「パパも食べたかった?」

「違うよ。ユカリの食いっぷり見てるだけでごちそうさまだよ」

「そっか!」


 いや、嬉しそうにするところじゃないよ? いつもそんなだと、俺が食えなくなるんだからね?

 まさか毎回店を潰すわけにもいかないだろうに。


 しかし、クロウド家に行くにしても。

 あの長い道、どうしてくれよう……。ユカリ、普通に重いです。

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