第十三話 「悪夢」
宿は、ラトメアたちが泊まっている場所だ。
部屋に入ると、シャラが一人で本を読んでいた。
俺とリリーが来たことに喜んでいたが、残念ながら俺は相手にできない。寝ろと言われているので、さっさと寝る所存である。
抱えていたリリーにベッドに放り込まれ、そのまま布団にくるまる。
そのまま目を閉じると、すぐに意識が闇に呑まれた。
「……ん」
目を覚ます。
時間は、深夜……いや、もう明け方だろうか。
体を起こそうとすると、何かに引っ掛かった。
掛布団を剥いでみれば、シャラに抱き着かれていた。
「……」
俺はゆっくりとシャラの手を外し、布団を掛ける。
わざわざ一つのベッドに二人寝る必要もないだろうに……なんなら起こしてくれれば、床でも寝たのに。
まぁ、今更ではあるけど。
俺はベッドから抜け出て周囲を軽く見る。
ベッドは二つ。俺とシャラが寝ていたのと、もう一つはリリーとナフィが寝ていた。ラトメアは椅子に座って寝ている。
髪の毛を掻きながら、欠伸をする。
彼らを起こさないよう、そっと部屋を抜け出た。
宿から外へと出て、深呼吸を一度する。
矢にやられた傷はもう気にもならない。フレイヤのおかげだろう。
矢が貫通した脇腹を見てみるが、頼んだ通りに矢の穴だけ綺麗になくなっていた。まぁ、古傷の上にできた傷だから、ぶっちゃけ区別がつかないんだけども。
明け方、白み始めた空のもと。
ユートレア共和国の首都を歩く。
早く起きてしまったし、眠くもない。暇なので散歩だ。
明け方ということもあり、町は静かだ。人がいないわけではないが、やはり多くはない。
適当に歩き回っていると、小高い丘に出た。
少し傾いている斜面の道を歩き、丘の上へと登る。
頂上にはベンチがいくつか設置されており、俺はその一つに座る。
ただ、ぼーっと首都の街並みだけを見ていた。
ゆっくりと日が昇り、太陽の明かりが町を照らしていく。
すると、後ろから足音が聞こえた。振り返るとそこには赤髪がいた。
「なんだ、貴様も起きていたのか」
「グレン……」
「……なんだその座り方は。行儀が悪いぞ」
「うるせぇな」
こんなところにまで持ち出すなよ。
まぁ、確かに行儀はよくない。ベンチの背もたれに座り、本来座るべき場所に足を置いているからな。
「で、お前もどうしたんだよ」
「早く起きたから散歩だ。特に意味はない」
「そう」
俺と一緒か。
「あの後、どうなった?」
「貴様がいなくなったので、何人かが意気込んだが、エルフクイーンが沈めた」
「ふうん。うまくいったのか」
「ああ。戦争は、ない」
グレンの断言に、俺は喉の奥で笑う。
別にそれを望んでいたので、まったく不満はないんだけど。
俺の隣に、グレンが移動してくる。
「……俺には貴様がまったくわからない」
「どうした、急に」
「貴様は、デトロア王国に家族を奪われた、のだろう?」
「……まぁ、な」
「ならば、むしろ戦争を勧めると思うのだが。なぜ、身の危険を冒してまで、戦争を止めた? 貴様にとって、デトロア王国はどうでもいいのではないのか?」
グレンの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
グレンはデトロア王国の騎士だ。フレイヤの近衛だが、仕えているのは王国だろう。
ならば、そんな戦争を回避してまで蒸し返すとは思えないのだが。
「別に。戦争すると、ユートレアにも被害が出る」
「貴様が、もしもユートレアで参戦すれば、王国だけを潰せるのではないのか?」
「それだと、お前や姫様と対立しちまうだろ」
魔導師と真っ向勝負なんて、できるなら回避するに決まっている。
ガラハドですら魔導師には勝てなかったのだから。3対1とはいえ、な。
「貴様は、一人で国を潰せるだろう? それだけの実力は、十分にあるはずだ。なのに、なぜ仇であるデトロアを狙わない?」
「……んー、なんていうか」
答えにくいなぁ……。
簡単にいっちまえば、そんな面倒なことするか、だ。
だが、きっとその一言では納得しないだろう。
グレンのことだ、どうしてその考えにいたったのか、まで問われそうだ。
そりゃ、家族殺されて、そのかたき討ちが面倒だからってやめるようなことではないと、俺も思うさ。
俺は背もたれから降り、ちゃんと椅子に座り直す。
「……前に、夢を見ていたんだ」
「なんだ、急に?」
「いいから訊けよ。その夢は、長い長い悪夢だったのさ」
「…………」
俺の突然の一人語りに、グレンは言った通り静かになってくれた。
「その夢では、俺は落ちこぼれ。何をやっても平均以下。勉強もできなければ運動もできない。
要領が悪いっていうのか、何をやってもうまくいかなくてさ。そんな俺を、周りはバカにする」
「信じられんな。今の貴様なら、返り討ちにしそうだ」
「ああ、俺もそう思うよ。……だけど、その時の俺は魔導師でも何でもなく、ただの一般人。力もなければ金もない。
家も裕福とはいえない。まぁ、贅沢をしなければ一生は生きていけるくらいではあったが。
俺は、その家の末っ子。上に兄が3人、姉が1人。いつも、彼らにバカにされていたよ。末っ子で、親に可愛がられるというよりも甘やかされていたから、だと思う。
嫌われているとわかっても、俺は仲良くしようと頑張った。努力した。結局は無駄だったけどな」
「……それで?」
「外に出ても嫌われ者、家にいても嫌われ者。だけど、たった一人だけ、優しくしてくれていた子がいたんだ。
それもあるときを境になくなった。つまり、精神的には一人ぼっちになってしまったんだ。
まぁ、俺はそれでよかった。その世界では『空気』っていうものがあって、周りに合わせないといじめられるからな。
俺のせいで誰かがいじめられるなら、俺一人を無視してくれた方が気が楽だった」
「…………」
「んで、まぁ、また一歩大人に近づくわけだ。
その時に、学園に入るんだけど、俺を取り巻く環境を変えるため、知り合いが誰もいない学園に入った。
頑張って、要領悪いなりに必死に勉強して、ようやく引っ掛かって入った、それなりなエリート校。
最初はうまくいっていたんだ。新しい友達もできて、普通の生活が送られていた」
「……そうか」
「でも、ある時。一枚の写真が送り付けられた。唯一優しくしてくれた子が、……いじめられた後の写真だったよ。
そしていじめた相手は、兄たちだった。また俺のせいか、って、俺はもう一歩も外に出たくなくなった。
すべてが悪に見えた。すべてが信用できなくなった。俺は努力しているのに、なんでそれを認めてくれないんだろう、って」
「…………」
「それを世界のせいにして、俺は、まぁ、何十年もかけて王都を潰すくらいの爆弾を作り上げたわけだ。
その爆弾を使って、俺を認めてくれない兄たち、その原因を作った両親、俺をいじめた知り合い、そしてそれらを野放しにする世界に、報復したわけさ。
……そこで、眼が覚めた」
軽い調子で、グレンの方へ向く。
グレンは苦笑を浮かべていた。
「……随分と長い夢だな」
「最初に言っただろ」
「まさに、悪夢だな」
「それも言った」
前世の話を、この世界で誰かにしたのは初めてだ。
胸糞悪い上に短い人生だし、忘れ去りたい記憶でもある。だが、こんなに穏やかに話せるものなのだな。
それは、俺が成長したからなのか、それとも時間のせいで感情が風化してしまったからなのだろうか。
わからない。だが、グレンの前では、変な感情が沸き起こることもなく話し終えることができた。
「それで? 報復して、どうなった?」
「別に。それだけ。俺も目が覚めちまったし、結果なんて知らないよ」
どうなったのかなんて知らない。
そもそも、結果を知らないということは、俺の爆弾がちゃんと起動したのかもわからないということだ。
死の前後の記憶が飛んでいて、ただ単に俺が交通事故で死んだだけかもしれない。
俺の被害妄想かもしれない。
何より、自分自身で最初に言ったように、夢だったのかもしれない。
……まぁ、さすがにそれはないか。俺は、ネロ・クロウドとして生まれたときから記憶があるのだから。
そんな赤ちゃんが、普通にいたら怖い。
そもそもこの世界から、まったく別の進歩をした世界の知識がある時点で、夢であったはずがないのだ。
すべて現実だ。
俺が、あの場所にいたことは。
「だけど、まぁ、その夢を見て。俺は、この世界での家族には恵まれているな、っていうのを実感した」
「それはよかったじゃないか」
「今はもう妹しか残っていないけど」
自嘲気味に笑いながら。
ネリは今、剣の国ラカトニアだっけ。
あいつはどこまで成長しているのだろうか。極神流は神級になったらしいけど、まさか停滞しているわけもあるまい。
「それで? そこから、どうして貴様が仇討を諦めることにつながるのだ?」
「……俺は、この世界で初めて、普通の家族の大切さってのがわかった。
戦争をした時、男は戦場に駆り出される。つまり、父親や兄が、戦場に連れて行かれるわけだ。
戦争が終わった際、その彼らが帰ってこなければ、どうなる?」
俺は街並みへと視線を戻す。
「そう考えたとき。もし、俺にまだ家族がいたとして。
父さんと兄さんが帰ってこない。すると、姉さんや母さんはいてくれるけど、やっぱりつらいだろ。
戦争を起こすってことは、俺と同じ人を何人も作っちまうってことだ」
我ながらバカなことを考えていると思う。
だからといって戦争はなくなるわけがないし、俺と同じ子供は何人もできているわけだし。
「だけど、だったら、俺が止められるなら止めたいじゃないか。
だって、もしそんなことを俺からすれば、それは俺が嫌った相手と同じことをすることになる。
俺を作り上げた世界は大嫌いなのに、そんな世界と同じようにまた同類を作り上げようとする。そんなの、俺は嫌だ」
言って、立ち上がる。
そして両手を前に伸ばし、
「別に俺は両手ほどの人間を救えればそれでいい。満足できる」
俺のことを好きでいてくれたり、信じてくれたりする、人たちだけでもいい。
俺はゆっくりと、腕を広げていく。
「だけど、できることならもっと多くの人を救ってみたい。
可能なら、できるならば、理想でしかないとしても、世界中の人を救える方法があるなら、実践したいじゃないか」
大きく腕を広げ、町を覆ってみる。案外、収まり切らないものだな、高いところからでも。
「――と、まぁ、一魔導師はそう思うのですよ」
最後に、笑いながら手のひらを打ち合わせて、締めくくる。
そろそろ皆起きる時間だろう。もう宿に戻った方がいい。それに恥ずかしい話もしたし、なんか居た堪れない気持ちがする。
「ハハハハハッ」
突然、笑い声が聞こえ、俺はその方向に勢いよく振り返った。
そこには、グレンが笑みを浮かべて、声を出して笑っていた。
……グレンが普通に笑っているところを見たのは初めてかもしれない。
俺が目を見開いて驚いていると、グレンが笑みを浮かべたまま見返してきた。
「ようやく、底が見えた気がするぞ、ネロ」
「は……? え、いや、待て。お前今……」
俺の名前、グレンが呼んだのって初めてじゃないか?
「つまりお前は偏愛主義者なのだな」
「……なんだそりゃ」
「博愛主義者にはなれないんだ、貴様は。きっと、あんなことを言っていても、貴様は未だにデトロア王国を憎んでいる」
「そりゃ、まぁ……」
「だけど、感情に任せて行動を起こそうとしたとき、ネロはある思考が働くんだ。
『俺の幸せは達成するだろう。けど』って感じにな。貴様は自分の幸せを取ろうとした瞬間、そのせいで大勢の人が不幸になってしまうのではないかと、心配する。
そして、結局その不幸になってしまう人たちに遠慮して、自分の幸せや欲望を手放す」
そうだろうか?
人の不幸なんか、あんまり考えたことはない気がするが……。
俺は首を捻るが、グレンの話は無視してまだ続く。
「そして、その自分の幸せを、誰かに押し付ける。いや、貰おうとする。
貴様は皆を愛することはできないが、誰か自分が選らんだ相手なら愛することができるんだ。
だから偏愛主義者。皆に与えるべき愛の量を、誰か数人にしか与えようとしない。そして、嫌いな相手がいれば弄り倒す」
「……なんだそりゃ」
「貴様が今行っている魔導書集めは、いうなれば貴様の愛を与える誰かを助けたいのだろう?」
「いや、確かにノエルとイズモは助けたいが……」
「貴様は魔導師なら簡単に信用するよな。つまり、魔導師は貴様の愛を捧ぐことができる存在なのではないのか?」
「ふざけんな気持ち悪い。じゃあ何か? 俺は男も女もいけるし、それが複数人でも構わないってのか?」
「そうじゃない。愛にだってさまざまな形があるだろう?」
……儒学だろうか。
こいつは儒学でもしているんだろうか。
「確かにネロは誰も信じていないのだろう。だが、俺やフレイヤ様は、他の者よりは信じているんじゃないのか?」
「……まぁ、お前らが、信頼に足ると思ったから」
「それはなぜだ?」
「……知らねぇよ。そう思ったからだよ」
「まぁ、そうか。自分自身ではわからないだろうな」
なんか、グレンに諭されているということがムカつくんだが。
けど、偏愛主義者、ね。悪くはない。
「確かに、俺の愛は偏っているかもな」
「貴様は人が好きすぎる。だから、必要以上に優しいのだ」
なんか、トレイルにも言われた言葉だな……。
別に俺は人なんか好きじゃない。あんな黒くて裏表があって狡賢くて汚らしい生物、好きになれるはずがない。俺もその一人だとしても。
……まぁ、努力する人は好きというか、評価するけども。
自分の正義を貫く奴とか、さ。
「俺もグレンの底は見えてるぞ」
お返しに、俺もグレンについて語ってやる。
あんなに偉そうに、俺のことを語ったのだ。俺だって、グレンを偉そうに語ってやろう。
「ほう、言ってみろ」
「お前だって戦争をしたがらないだろ。デトロア王は隙を狙っているのに。
レギオン家は公爵だ。当然、戦争になれば兵を出さねばならない。
それもあるかもしれないが、お前は言い訳しているんだ」
「……言い訳」
「『俺が使えているのは王でも王国でもなく、フレイヤ様だ』とな」
「……なるほど」
「グレン、お前は理想主義者だ。戦争をしたくないとか、どうすればなくなるかも考えずに、ただただ漠然とそう思っているだけだろう?」
「確かにな。お前の言うこともわかる」
俺に対して素直なグレンも珍しいな……。
「だが、それと同時に、俺はネロを信頼しているぞ」
「……はぁ?」
「お前なら、何かしらいい方法でも持っているのではないか、とな」
「…………」
「話す気がないなら、別にそれでもいいさ。だが、俺に手伝えることなら、いくらでも言え」
「……ははっ。ああ、わかった。忙殺するくらいに言いつけてやるよ。
まぁ、それをするにも、魔導書集めは必要だし、姫様とも相談が必要だ。今すぐ何かは言えない」
「そうか」
「一つだけ言えることがあるとすれば……俺を裏切らないでくれ」
「……ああ、約束する」
グレンが俺に向けて拳を突きだしてきた。
俺はその拳に、拳を重ねた。
「頼むぜ、グレン」
「任せておけ、ネロ」
……今この瞬間、俺は初めて。
家族以外で人というものを、心の底から信頼したかもしれない。
☆☆☆
宿に戻り、朝食を食べた後。
グレンたちともう一度合流し、今後の予定を決める。
その際にはリリーにもついて来てもらう。
リリーも頷いてくれたし、ラトメアとナフィにも許可をもらった。まぁ、シャラが少し可哀そうな気もするが、終わればいつでも相手をしてやるつもりだ。
さて、次はどこへ向かおうかな……。
魔導書集めも大詰めといってもいい。後一冊、黄の魔導書だけだ。
どこにあるのか見当も付けられないのだが……。
「そういや、リリーって、どこで魔導書を手に入れたんだ?」
「え? あ、確か露天商で売ってた」
「魔導書がなんつー扱い……」
「売ってたのは、たぶん魔人族の人。だから暗黒大陸にあったんじゃないかな?」
「ちなみに、いくらで買ったの?」
「えー、と……確かその時使ってた剣と交換した」
「魔導書が剣一本とか……」
可哀そうだな……。
ま、まぁ、魔導書は選定された者にしか扱えないから、ただの魔法書と勘違いしたのかもしれない。
いや、でも普通は見分けつくはず……。
「その時使ってた剣って、ダンジョンで手に入れた聖剣だったからね」
「あ、納得した」
なら仕方ない。
聖剣は誰にでも扱えるし、だったら魔導書と交換に出されても仕方ないだろう。
強力だけど使えないってのは、宝の持ち腐れだし、商売にもならん。
誰にでも使えて強力な聖剣の方が高く売れるだろう。
「じゃあ……黄色は、シードラ大陸かな」
「なぜそうなる?」
俺の推測に、グレンが疑問を挟んでくる。
「考えてみろ。ユーゼディア大陸に、黒と白、それからたぶん青もあったんだろう。
そして、暗黒大陸から紫が送られ、緑もそこにあったと推測できる。
シードラ大陸には赤一冊。大陸ごとに綺麗に分布してあるなら、シードラ大陸が一番怪しい」
「なるほど……」
「というのは建前で、早く妹さんに会いたいのではないですか?」
「うん。そう」
「ならそう言え!」
フレイヤの推察に頷く。
けど、一応説得力がありそうな仮説も立てられるので、言ってみる価値はあるだろう。
それに、まだ俺、シードラ大陸にだけ行ったことないし。
「ついでに私用もある。ちょうどいい」
「それはなんだ?」
「世界最強のお国の威光を借りようと思っていてね」
どうせ向こうに行けばわかる。詳しく説明する必要もない。
「んじゃ、次の行先はシードラ大陸。出発は……明日にするか」
「今日じゃないのか?」
「まぁ、アニェーゼにも会っておきたいし、いろいろ雑事混ぜれば、一日取ったほうが良いだろ。
別に急ぐ必要もないんだから」
「それもそうだな」
グレンも頷き、フレイヤやリリーも特に反対はない。
「ということで、明日、シードラ大陸に向けて出発だ」
「海はどうするの? 中央海域を抜けるんでしょ?」
「船は当てがある。心配するな。
それと、ミー姉も呼ぶ。ネリに会わせたいし、今いる魔導師を集めておいた方がいいだろうし」
「なら、海へはデトロア王国から出るのか?」
「そうだな。俺たちは南下、ミー姉には北上してもらい、港で落ち合えばちょうどいいくらいだろう」
まぁ、ここから王都へ手紙を出しても着くには結構かかる。
リリックに頼んで、速達で運んでもらうか。あいつ、まだユートレア共和国にいるんだろうか。
いなくとも、ホドエール商会には一度向かって、話をしておこう。
ガルーダ便の方が早いなら、そっちに頼んでもいい。
「じゃあ、いったん解散ですか?」
「そうだな。俺は今からアニェーゼに会いに行くけど、話が終わっているならついて来る必要もないし」
「わかりました。では、わたくしは町にいますね。グレン、いきましょうか」
「はい、フレイヤ様」
フレイヤとグレンが席を離れる。
きっと食べ歩きでもするんだろうなぁ。付き合うグレンも大変そうだが、そんな様子は見せないんだよな。
「リリーは?」
「あたしはお母さんに呼ばれてるから、そっちに行く」
「また変なこと吹き込まれるなよ」
「たぶん大丈夫」
リリーとも別れ、俺一人になる。
さて、じゃあ俺も、アニェーゼのもとに行くか。
昨日のお礼も、言っておかなければいけないし。
俺は席を立ち、店を後にした。
☆☆☆
アニェーゼがいるだろう家まで歩いて向かっていると、向こうからレンビアが息を切らして走ってきた。
そして俺を見つけると、駆け寄ってきて両腕を挟むように掴まれた。
「どうした、レンビア。そんな慌てて」
「そりゃ慌てるだろ! カミーユ様がまだ出てこないんだから!」
「……ああ!」
すっかり忘れていた。
そういえば、カミーユに凶夢病をかけて放置してしまっていたな。
むしゃくしゃしていたから、時間制限付けなかったんだった。
やっぱり、俺は宿に戻るよりも残った方がよかったじゃないか。
「僕でも解除できないし、皆困ってるんだよ!」
「まぁ、魔導を破壊されたら俺もへこむ」
「今はそんなこと言っている場合じゃない! いいから来い!」
レンビアは俺の腕をつかんだまま、駆け出してしまった。こけないよう、慌ててついていく。
でも、おかしいな。
凶夢病の基礎はナイトメアだ。
ナイトメアは、悪夢を見せるだけのもの。それにドレッドボールの、空間から隔絶する効果と悪夢の怖さを引き上げただけのものだ。
まぁ、つまりはかけた相手が泣いて叫んで失禁するくらいになれば、勝手に解けるはず。
時間制限はなくとも、魔導は相手の残り精神力を感知する。
族長を廃人にするのはあれだから、一応懲りたら解ける程度はずなんだが……。
☆☆☆
議事堂の、昨日の議会が行われていた部屋へと連れてこられ。
そこにはアニェーゼもいて、族長たちも何人かいる。
彼らの中心には黒い球体がある。カミーユを包んでいるはずの凶夢病だ。
「アニェーゼ様、連れてきました!」
レンビアがそう伝えると、皆が一斉にこっちに向く。
アニェーゼは早く来るように手招きしてくれるが、他の連中は俺が怖いのか後退りして道を開けてくれた。
「いったいどんな魔導を使いましたの?」
「ん、えと……夢を見せるだけの魔導なんだけど……」
「それにしては、少し禍々しいといいますか……妖精たちも、怯えていますの」
「……まぁ、悪夢なんでね。ちょっと弄って……ええ、その」
どうしよう、めっちゃ言いにくい。
まさか性欲盛んなオークやゴブリンと、無力な状態のカミーユを同居させている、なんて言えない。
「ゆ、夢を叶えてあげただけですけどね」
「カミーユちゃんの夢ですの? それは悪夢ではないと思いますの」
「…………」
あ、なんか嫌な予感がしてきた。
もしかすれば、もしかするのか。
「……と、とりあえず解きますね」
俺は黒い球体に手を触れる。
すると、球体がなくなって中にいたカミーユが出てきた。
「くさっ……!」
思わず鼻を塞いだ。それは周りも同様だ。
こいつ、おねしょしてやがる……! 族長のくせに! 四百歳のくせに!
しかもその状態で半日以上放置したせいで、臭いがさらに強烈になっている。
俺は鼻をつまんだまま、気を失っているのかうつ伏せに倒れているカミーユの体を反転させる。
「……うわ」
なんだろう、レイプ目よりもひどい気がする。
呼吸はしているし、眼に光がないわけでもない。
いや、むしろ逆だ。
荒い息で、眼を輝かせている、というか……。
恍惚の表情なんだけど……涎まで垂らして。
俺の思った通りの悪夢を見ていたとするならば、こいつの精神力というか性欲の強さを疑うぞ。
これはあれか。オークさんに謝らないといけないパターンなのか……。
別に平和でもなければ村でもないし、オークの方から襲ったとはいえ。
まさか返り討ちに遭うなんて……オークさん、ごめんね。
まぁ、夢の中だけどな。
「これもう誰も貰ってくれないぞ。どうするんだよ、そのうち暗黒大陸に渡るとか言い出したら」
「ネロのせいだろう!?」
いや、確かに俺のせいではあるけども。
これはフレイヤを呼んできて、この夢を上書きするくらいに良い夢を見せてあげるしか……。
それかもう、もっと直接的なグロ・リョナ系の夢で上書きするか……。
もう手遅れな感じがするけど。
誰が四百歳越えておねしょして、結婚適齢期を過ぎようとしている相手を貰ってくれるんだろうか。
「ごめん。本当にごめんなさい。まさかこんなことになるなんて俺も思ってなかった」
本当に心の底からごめんなさい。
俺が土下座でもしようかと思っていると、気を失っていたカミーユが勢いよく跳ね起きた。
彼女は涎を垂らしたまま、周りに血走らせた目をやると、俺に目を止めた。
思わず一歩後退りする。が、その距離を詰めるようにカミーユが跳びかかってきた。
「さあ、私をもっと愉しませろ!!」
「きゃー! きゃー! ぎゃあああああッ!!」
「暴れるな! ズボンがずらせないだろう!!」
その後、周りにいた皆がカミーユを押さえつけることで事なきを得た。




