表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
114/192

第十三話 「悪夢」

 宿は、ラトメアたちが泊まっている場所だ。

 部屋に入ると、シャラが一人で本を読んでいた。

 俺とリリーが来たことに喜んでいたが、残念ながら俺は相手にできない。寝ろと言われているので、さっさと寝る所存である。


 抱えていたリリーにベッドに放り込まれ、そのまま布団にくるまる。

 そのまま目を閉じると、すぐに意識が闇に呑まれた。



「……ん」


 目を覚ます。

 時間は、深夜……いや、もう明け方だろうか。

 体を起こそうとすると、何かに引っ掛かった。

 掛布団を剥いでみれば、シャラに抱き着かれていた。


「……」


 俺はゆっくりとシャラの手を外し、布団を掛ける。

 わざわざ一つのベッドに二人寝る必要もないだろうに……なんなら起こしてくれれば、床でも寝たのに。

 まぁ、今更ではあるけど。


 俺はベッドから抜け出て周囲を軽く見る。

 ベッドは二つ。俺とシャラが寝ていたのと、もう一つはリリーとナフィが寝ていた。ラトメアは椅子に座って寝ている。


 髪の毛を掻きながら、欠伸をする。

 彼らを起こさないよう、そっと部屋を抜け出た。


 宿から外へと出て、深呼吸を一度する。

 矢にやられた傷はもう気にもならない。フレイヤのおかげだろう。

 矢が貫通した脇腹を見てみるが、頼んだ通りに矢の穴だけ綺麗になくなっていた。まぁ、古傷の上にできた傷だから、ぶっちゃけ区別がつかないんだけども。


 明け方、白み始めた空のもと。

 ユートレア共和国の首都を歩く。

 早く起きてしまったし、眠くもない。暇なので散歩だ。


 明け方ということもあり、町は静かだ。人がいないわけではないが、やはり多くはない。

 適当に歩き回っていると、小高い丘に出た。

 少し傾いている斜面の道を歩き、丘の上へと登る。

 頂上にはベンチがいくつか設置されており、俺はその一つに座る。


 ただ、ぼーっと首都の街並みだけを見ていた。

 ゆっくりと日が昇り、太陽の明かりが町を照らしていく。

 すると、後ろから足音が聞こえた。振り返るとそこには赤髪がいた。


「なんだ、貴様も起きていたのか」

「グレン……」

「……なんだその座り方は。行儀が悪いぞ」

「うるせぇな」


 こんなところにまで持ち出すなよ。

 まぁ、確かに行儀はよくない。ベンチの背もたれに座り、本来座るべき場所に足を置いているからな。


「で、お前もどうしたんだよ」

「早く起きたから散歩だ。特に意味はない」

「そう」


 俺と一緒か。


「あの後、どうなった?」

「貴様がいなくなったので、何人かが意気込んだが、エルフクイーンが沈めた」

「ふうん。うまくいったのか」

「ああ。戦争は、ない」


 グレンの断言に、俺は喉の奥で笑う。

 別にそれを望んでいたので、まったく不満はないんだけど。

 俺の隣に、グレンが移動してくる。


「……俺には貴様がまったくわからない」

「どうした、急に」

「貴様は、デトロア王国に家族を奪われた、のだろう?」

「……まぁ、な」

「ならば、むしろ戦争を勧めると思うのだが。なぜ、身の危険を冒してまで、戦争を止めた? 貴様にとって、デトロア王国はどうでもいいのではないのか?」


 グレンの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。

 グレンはデトロア王国の騎士だ。フレイヤの近衛だが、仕えているのは王国だろう。

 ならば、そんな戦争を回避してまで蒸し返すとは思えないのだが。


「別に。戦争すると、ユートレアにも被害が出る」

「貴様が、もしもユートレアで参戦すれば、王国だけを潰せるのではないのか?」

「それだと、お前や姫様と対立しちまうだろ」


 魔導師と真っ向勝負なんて、できるなら回避するに決まっている。

 ガラハドですら魔導師には勝てなかったのだから。3対1とはいえ、な。


「貴様は、一人で国を潰せるだろう? それだけの実力は、十分にあるはずだ。なのに、なぜ仇であるデトロアを狙わない?」

「……んー、なんていうか」


 答えにくいなぁ……。

 簡単にいっちまえば、そんな面倒なことするか、だ。

 だが、きっとその一言では納得しないだろう。


 グレンのことだ、どうしてその考えにいたったのか、まで問われそうだ。

 そりゃ、家族殺されて、そのかたき討ちが面倒だからってやめるようなことではないと、俺も思うさ。

 俺は背もたれから降り、ちゃんと椅子に座り直す。


「……前に、夢を見ていたんだ」

「なんだ、急に?」

「いいから訊けよ。その夢は、長い長い悪夢だったのさ」

「…………」


 俺の突然の一人語りに、グレンは言った通り静かになってくれた。


「その夢では、俺は落ちこぼれ。何をやっても平均以下。勉強もできなければ運動もできない。

 要領が悪いっていうのか、何をやってもうまくいかなくてさ。そんな俺を、周りはバカにする」

「信じられんな。今の貴様なら、返り討ちにしそうだ」

「ああ、俺もそう思うよ。……だけど、その時の俺は魔導師でも何でもなく、ただの一般人。力もなければ金もない。

 家も裕福とはいえない。まぁ、贅沢をしなければ一生は生きていけるくらいではあったが。

 俺は、その家の末っ子。上に兄が3人、姉が1人。いつも、彼らにバカにされていたよ。末っ子で、親に可愛がられるというよりも甘やかされていたから、だと思う。

 嫌われているとわかっても、俺は仲良くしようと頑張った。努力した。結局は無駄だったけどな」

「……それで?」

「外に出ても嫌われ者、家にいても嫌われ者。だけど、たった一人だけ、優しくしてくれていた子がいたんだ。

 それもあるときを境になくなった。つまり、精神的には一人ぼっちになってしまったんだ。

 まぁ、俺はそれでよかった。その世界では『空気』っていうものがあって、周りに合わせないといじめられるからな。

 俺のせいで誰かがいじめられるなら、俺一人を無視してくれた方が気が楽だった」

「…………」

「んで、まぁ、また一歩大人に近づくわけだ。

 その時に、学園に入るんだけど、俺を取り巻く環境を変えるため、知り合いが誰もいない学園に入った。

 頑張って、要領悪いなりに必死に勉強して、ようやく引っ掛かって入った、それなりなエリート校。

 最初はうまくいっていたんだ。新しい友達もできて、普通の生活が送られていた」

「……そうか」

「でも、ある時。一枚の写真が送り付けられた。唯一優しくしてくれた子が、……いじめられた後の写真だったよ。

 そしていじめた相手は、兄たちだった。また俺のせいか、って、俺はもう一歩も外に出たくなくなった。

 すべてが悪に見えた。すべてが信用できなくなった。俺は努力しているのに、なんでそれを認めてくれないんだろう、って」

「…………」

「それを世界のせいにして、俺は、まぁ、何十年もかけて王都を潰すくらいの爆弾を作り上げたわけだ。

 その爆弾を使って、俺を認めてくれない兄たち、その原因を作った両親、俺をいじめた知り合い、そしてそれらを野放しにする世界に、報復したわけさ。

 ……そこで、眼が覚めた」


 軽い調子で、グレンの方へ向く。

 グレンは苦笑を浮かべていた。


「……随分と長い夢だな」

「最初に言っただろ」

「まさに、悪夢だな」

「それも言った」


 前世の話を、この世界で誰かにしたのは初めてだ。

 胸糞悪い上に短い人生だし、忘れ去りたい記憶でもある。だが、こんなに穏やかに話せるものなのだな。


 それは、俺が成長したからなのか、それとも時間のせいで感情が風化してしまったからなのだろうか。

 わからない。だが、グレンの前では、変な感情が沸き起こることもなく話し終えることができた。


「それで? 報復して、どうなった?」

「別に。それだけ。俺も目が覚めちまったし、結果なんて知らないよ」


 どうなったのかなんて知らない。

 そもそも、結果を知らないということは、俺の爆弾がちゃんと起動したのかもわからないということだ。


 死の前後の記憶が飛んでいて、ただ単に俺が交通事故で死んだだけかもしれない。

 俺の被害妄想かもしれない。

 何より、自分自身で最初に言ったように、夢だったのかもしれない。

 ……まぁ、さすがにそれはないか。俺は、ネロ・クロウドとして生まれたときから記憶があるのだから。

 そんな赤ちゃんが、普通にいたら怖い。


 そもそもこの世界から、まったく別の進歩をした世界の知識がある時点で、夢であったはずがないのだ。

 すべて現実だ。

 俺が、あの場所にいたことは。


「だけど、まぁ、その夢を見て。俺は、この世界での家族には恵まれているな、っていうのを実感した」

「それはよかったじゃないか」

「今はもう妹しか残っていないけど」


 自嘲気味に笑いながら。

 ネリは今、剣の国ラカトニアだっけ。

 あいつはどこまで成長しているのだろうか。極神流は神級になったらしいけど、まさか停滞しているわけもあるまい。


「それで? そこから、どうして貴様が仇討を諦めることにつながるのだ?」

「……俺は、この世界で初めて、普通の家族の大切さってのがわかった。

 戦争をした時、男は戦場に駆り出される。つまり、父親や兄が、戦場に連れて行かれるわけだ。

 戦争が終わった際、その彼らが帰ってこなければ、どうなる?」


 俺は街並みへと視線を戻す。


「そう考えたとき。もし、俺にまだ家族がいたとして。

 父さんと兄さんが帰ってこない。すると、姉さんや母さんはいてくれるけど、やっぱりつらいだろ。

 戦争を起こすってことは、俺と同じ人を何人も作っちまうってことだ」


 我ながらバカなことを考えていると思う。

 だからといって戦争はなくなるわけがないし、俺と同じ子供は何人もできているわけだし。


「だけど、だったら、俺が止められるなら止めたいじゃないか。

 だって、もしそんなことを俺からすれば、それは俺が嫌った相手と同じことをすることになる。

 俺を作り上げた世界は大嫌いなのに、そんな世界と同じようにまた同類を作り上げようとする。そんなの、俺は嫌だ」


 言って、立ち上がる。

 そして両手を前に伸ばし、


「別に俺は両手ほどの人間を救えればそれでいい。満足できる」


 俺のことを好きでいてくれたり、信じてくれたりする、人たちだけでもいい。


 俺はゆっくりと、腕を広げていく。


「だけど、できることならもっと多くの人を救ってみたい。

 可能なら、できるならば、理想でしかないとしても、世界中の人を救える方法があるなら、実践したいじゃないか」


 大きく腕を広げ、町を覆ってみる。案外、収まり切らないものだな、高いところからでも。


「――と、まぁ、一魔導師はそう思うのですよ」


 最後に、笑いながら手のひらを打ち合わせて、締めくくる。

 そろそろ皆起きる時間だろう。もう宿に戻った方がいい。それに恥ずかしい話もしたし、なんか居た堪れない気持ちがする。


「ハハハハハッ」


 突然、笑い声が聞こえ、俺はその方向に勢いよく振り返った。

 そこには、グレンが笑みを浮かべて、声を出して笑っていた。

 ……グレンが普通に笑っているところを見たのは初めてかもしれない。

 俺が目を見開いて驚いていると、グレンが笑みを浮かべたまま見返してきた。


「ようやく、底が見えた気がするぞ、ネロ」

「は……? え、いや、待て。お前今……」


 俺の名前、グレンが呼んだのって初めてじゃないか?


「つまりお前は偏愛主義者なのだな」

「……なんだそりゃ」

「博愛主義者にはなれないんだ、貴様は。きっと、あんなことを言っていても、貴様は未だにデトロア王国を憎んでいる」

「そりゃ、まぁ……」

「だけど、感情に任せて行動を起こそうとしたとき、ネロはある思考が働くんだ。

『俺の幸せは達成するだろう。けど』って感じにな。貴様は自分の幸せを取ろうとした瞬間、そのせいで大勢の人が不幸になってしまうのではないかと、心配する。

 そして、結局その不幸になってしまう人たちに遠慮して、自分の幸せや欲望を手放す」


 そうだろうか?

 人の不幸なんか、あんまり考えたことはない気がするが……。

 俺は首を捻るが、グレンの話は無視してまだ続く。


「そして、その自分の幸せを、誰かに押し付ける。いや、貰おうとする。

 貴様は皆を愛することはできないが、誰か自分が選らんだ相手なら愛することができるんだ。

 だから偏愛主義者。皆に与えるべき愛の量を、誰か数人にしか与えようとしない。そして、嫌いな相手がいれば弄り倒す」

「……なんだそりゃ」

「貴様が今行っている魔導書集めは、いうなれば貴様の愛を与える誰かを助けたいのだろう?」

「いや、確かにノエルとイズモは助けたいが……」

「貴様は魔導師なら簡単に信用するよな。つまり、魔導師は貴様の愛を捧ぐことができる存在なのではないのか?」

「ふざけんな気持ち悪い。じゃあ何か? 俺は男も女もいけるし、それが複数人でも構わないってのか?」

「そうじゃない。愛にだってさまざまな形があるだろう?」


 ……儒学だろうか。

 こいつは儒学でもしているんだろうか。


「確かにネロは誰も信じていないのだろう。だが、俺やフレイヤ様は、他の者よりは信じているんじゃないのか?」

「……まぁ、お前らが、信頼に足ると思ったから」

「それはなぜだ?」

「……知らねぇよ。そう思ったからだよ」

「まぁ、そうか。自分自身ではわからないだろうな」


 なんか、グレンに諭されているということがムカつくんだが。

 けど、偏愛主義者、ね。悪くはない。


「確かに、俺の愛は偏っているかもな」

「貴様は人が好きすぎる。だから、必要以上に優しいのだ」


 なんか、トレイルにも言われた言葉だな……。

 別に俺は人なんか好きじゃない。あんな黒くて裏表があって狡賢くて汚らしい生物、好きになれるはずがない。俺もその一人だとしても。

 ……まぁ、努力する人は好きというか、評価するけども。

 自分の正義を貫く奴とか、さ。


「俺もグレンの底は見えてるぞ」


 お返しに、俺もグレンについて語ってやる。

 あんなに偉そうに、俺のことを語ったのだ。俺だって、グレンを偉そうに語ってやろう。


「ほう、言ってみろ」

「お前だって戦争をしたがらないだろ。デトロア王は隙を狙っているのに。

 レギオン家は公爵だ。当然、戦争になれば兵を出さねばならない。

 それもあるかもしれないが、お前は言い訳しているんだ」

「……言い訳」

「『俺が使えているのは王でも王国でもなく、フレイヤ様だ』とな」

「……なるほど」

「グレン、お前は理想主義者だ。戦争をしたくないとか、どうすればなくなるかも考えずに、ただただ漠然とそう思っているだけだろう?」

「確かにな。お前の言うこともわかる」


 俺に対して素直なグレンも珍しいな……。


「だが、それと同時に、俺はネロを信頼しているぞ」

「……はぁ?」

「お前なら、何かしらいい方法でも持っているのではないか、とな」

「…………」

「話す気がないなら、別にそれでもいいさ。だが、俺に手伝えることなら、いくらでも言え」

「……ははっ。ああ、わかった。忙殺するくらいに言いつけてやるよ。

 まぁ、それをするにも、魔導書集めは必要だし、姫様とも相談が必要だ。今すぐ何かは言えない」

「そうか」

「一つだけ言えることがあるとすれば……俺を裏切らないでくれ」

「……ああ、約束する」


 グレンが俺に向けて拳を突きだしてきた。

 俺はその拳に、拳を重ねた。


「頼むぜ、グレン」

「任せておけ、ネロ」


 ……今この瞬間、俺は初めて。

 家族以外で人というものを、心の底から信頼したかもしれない。



☆☆☆



 宿に戻り、朝食を食べた後。

 グレンたちともう一度合流し、今後の予定を決める。

 その際にはリリーにもついて来てもらう。

 リリーも頷いてくれたし、ラトメアとナフィにも許可をもらった。まぁ、シャラが少し可哀そうな気もするが、終わればいつでも相手をしてやるつもりだ。


 さて、次はどこへ向かおうかな……。

 魔導書集めも大詰めといってもいい。後一冊、黄の魔導書だけだ。

 どこにあるのか見当も付けられないのだが……。


「そういや、リリーって、どこで魔導書を手に入れたんだ?」

「え? あ、確か露天商で売ってた」

「魔導書がなんつー扱い……」

「売ってたのは、たぶん魔人族の人。だから暗黒大陸にあったんじゃないかな?」

「ちなみに、いくらで買ったの?」

「えー、と……確かその時使ってた剣と交換した」

「魔導書が剣一本とか……」


 可哀そうだな……。

 ま、まぁ、魔導書は選定された者にしか扱えないから、ただの魔法書と勘違いしたのかもしれない。

 いや、でも普通は見分けつくはず……。


「その時使ってた剣って、ダンジョンで手に入れた聖剣だったからね」

「あ、納得した」


 なら仕方ない。

 聖剣は誰にでも扱えるし、だったら魔導書と交換に出されても仕方ないだろう。

 強力だけど使えないってのは、宝の持ち腐れだし、商売にもならん。

 誰にでも使えて強力な聖剣の方が高く売れるだろう。


「じゃあ……黄色は、シードラ大陸かな」

「なぜそうなる?」


 俺の推測に、グレンが疑問を挟んでくる。


「考えてみろ。ユーゼディア大陸に、黒と白、それからたぶん青もあったんだろう。

 そして、暗黒大陸から紫が送られ、緑もそこにあったと推測できる。

 シードラ大陸には赤一冊。大陸ごとに綺麗に分布してあるなら、シードラ大陸が一番怪しい」

「なるほど……」

「というのは建前で、早く妹さんに会いたいのではないですか?」

「うん。そう」

「ならそう言え!」


 フレイヤの推察に頷く。

 けど、一応説得力がありそうな仮説も立てられるので、言ってみる価値はあるだろう。

 それに、まだ俺、シードラ大陸にだけ行ったことないし。


「ついでに私用もある。ちょうどいい」

「それはなんだ?」

「世界最強のお国の威光を借りようと思っていてね」


 どうせ向こうに行けばわかる。詳しく説明する必要もない。


「んじゃ、次の行先はシードラ大陸。出発は……明日にするか」

「今日じゃないのか?」

「まぁ、アニェーゼにも会っておきたいし、いろいろ雑事混ぜれば、一日取ったほうが良いだろ。

 別に急ぐ必要もないんだから」

「それもそうだな」


 グレンも頷き、フレイヤやリリーも特に反対はない。


「ということで、明日、シードラ大陸に向けて出発だ」

「海はどうするの? 中央海域を抜けるんでしょ?」

「船は当てがある。心配するな。

 それと、ミー姉も呼ぶ。ネリに会わせたいし、今いる魔導師を集めておいた方がいいだろうし」

「なら、海へはデトロア王国から出るのか?」

「そうだな。俺たちは南下、ミー姉には北上してもらい、港で落ち合えばちょうどいいくらいだろう」


 まぁ、ここから王都へ手紙を出しても着くには結構かかる。

 リリックに頼んで、速達で運んでもらうか。あいつ、まだユートレア共和国にいるんだろうか。

 いなくとも、ホドエール商会には一度向かって、話をしておこう。

 ガルーダ便の方が早いなら、そっちに頼んでもいい。


「じゃあ、いったん解散ですか?」

「そうだな。俺は今からアニェーゼに会いに行くけど、話が終わっているならついて来る必要もないし」

「わかりました。では、わたくしは町にいますね。グレン、いきましょうか」

「はい、フレイヤ様」


 フレイヤとグレンが席を離れる。

 きっと食べ歩きでもするんだろうなぁ。付き合うグレンも大変そうだが、そんな様子は見せないんだよな。


「リリーは?」

「あたしはお母さんに呼ばれてるから、そっちに行く」

「また変なこと吹き込まれるなよ」

「たぶん大丈夫」


 リリーとも別れ、俺一人になる。

 さて、じゃあ俺も、アニェーゼのもとに行くか。

 昨日のお礼も、言っておかなければいけないし。


 俺は席を立ち、店を後にした。



☆☆☆



 アニェーゼがいるだろう家まで歩いて向かっていると、向こうからレンビアが息を切らして走ってきた。

 そして俺を見つけると、駆け寄ってきて両腕を挟むように掴まれた。


「どうした、レンビア。そんな慌てて」

「そりゃ慌てるだろ! カミーユ様がまだ出てこないんだから!」

「……ああ!」


 すっかり忘れていた。

 そういえば、カミーユに凶夢病をかけて放置してしまっていたな。

 むしゃくしゃしていたから、時間制限付けなかったんだった。

 やっぱり、俺は宿に戻るよりも残った方がよかったじゃないか。


「僕でも解除できないし、皆困ってるんだよ!」

「まぁ、魔導を破壊されたら俺もへこむ」

「今はそんなこと言っている場合じゃない! いいから来い!」


 レンビアは俺の腕をつかんだまま、駆け出してしまった。こけないよう、慌ててついていく。


 でも、おかしいな。

 凶夢病の基礎はナイトメアだ。

 ナイトメアは、悪夢を見せるだけのもの。それにドレッドボールの、空間から隔絶する効果と悪夢の怖さを引き上げただけのものだ。


 まぁ、つまりはかけた相手が泣いて叫んで失禁するくらいになれば、勝手に解けるはず。

 時間制限はなくとも、魔導は相手の残り精神力を感知する。

 族長を廃人にするのはあれだから、一応懲りたら解ける程度はずなんだが……。



☆☆☆



 議事堂の、昨日の議会が行われていた部屋へと連れてこられ。

 そこにはアニェーゼもいて、族長たちも何人かいる。

 彼らの中心には黒い球体がある。カミーユを包んでいるはずの凶夢病だ。


「アニェーゼ様、連れてきました!」


 レンビアがそう伝えると、皆が一斉にこっちに向く。

 アニェーゼは早く来るように手招きしてくれるが、他の連中は俺が怖いのか後退りして道を開けてくれた。


「いったいどんな魔導を使いましたの?」

「ん、えと……夢を見せるだけの魔導なんだけど……」

「それにしては、少し禍々しいといいますか……妖精たちも、怯えていますの」

「……まぁ、悪夢なんでね。ちょっと弄って……ええ、その」


 どうしよう、めっちゃ言いにくい。

 まさか性欲盛んなオークやゴブリンと、無力な状態のカミーユを同居させている、なんて言えない。


「ゆ、夢を叶えてあげただけですけどね」

「カミーユちゃんの夢ですの? それは悪夢ではないと思いますの」

「…………」


 あ、なんか嫌な予感がしてきた。

 もしかすれば、もしかするのか。


「……と、とりあえず解きますね」


 俺は黒い球体に手を触れる。

 すると、球体がなくなって中にいたカミーユが出てきた。


「くさっ……!」


 思わず鼻を塞いだ。それは周りも同様だ。

 こいつ、おねしょしてやがる……! 族長のくせに! 四百歳のくせに!

 しかもその状態で半日以上放置したせいで、臭いがさらに強烈になっている。


 俺は鼻をつまんだまま、気を失っているのかうつ伏せに倒れているカミーユの体を反転させる。


「……うわ」


 なんだろう、レイプ目よりもひどい気がする。

 呼吸はしているし、眼に光がないわけでもない。

 いや、むしろ逆だ。


 荒い息で、眼を輝かせている、というか……。

 恍惚の表情なんだけど……涎まで垂らして。


 俺の思った通りの悪夢を見ていたとするならば、こいつの精神力というか性欲の強さを疑うぞ。

 これはあれか。オークさんに謝らないといけないパターンなのか……。

 別に平和でもなければ村でもないし、オークの方から襲ったとはいえ。

 まさか返り討ちに遭うなんて……オークさん、ごめんね。


 まぁ、夢の中だけどな。


「これもう誰も貰ってくれないぞ。どうするんだよ、そのうち暗黒大陸に渡るとか言い出したら」

「ネロのせいだろう!?」


 いや、確かに俺のせいではあるけども。

 これはフレイヤを呼んできて、この夢を上書きするくらいに良い夢を見せてあげるしか……。

 それかもう、もっと直接的なグロ・リョナ系の夢で上書きするか……。


 もう手遅れな感じがするけど。

 誰が四百歳越えておねしょして、結婚適齢期を過ぎようとしている相手を貰ってくれるんだろうか。


「ごめん。本当にごめんなさい。まさかこんなことになるなんて俺も思ってなかった」


 本当に心の底からごめんなさい。


 俺が土下座でもしようかと思っていると、気を失っていたカミーユが勢いよく跳ね起きた。

 彼女は涎を垂らしたまま、周りに血走らせた目をやると、俺に目を止めた。

 思わず一歩後退りする。が、その距離を詰めるようにカミーユが跳びかかってきた。


「さあ、私をもっと愉しませろ!!」

「きゃー! きゃー! ぎゃあああああッ!!」

「暴れるな! ズボンがずらせないだろう!!」


 その後、周りにいた皆がカミーユを押さえつけることで事なきを得た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ