第九話 「緑の魔導師」
探索結界なども張って走り回ってみたが、それらしい人物は引っ掛からなかった。
逃げられているのだろうか? それとも、もういないのか。
とはいえ、魔物の斬殺死体はまだまだ湧いてきているので、いなくなったわけではなさそうだ。
森全体に結界を広めるか……いや、ダンジョンボスを倒していないのにそんなことをしたら、万が一がある。
まぁ、最悪ここで見つける必要もないのだが。
仕方ない。普通に攻略をして、ボスを倒したら一度大きい探索結界を張ってみよう。
引っ掛からないことはないだろう。すでにそれなりに深いところにいるし、一瞬で外に出るのも不可能だろう。
俺は足を止め、結界を消して来た道を戻り出す。
自然型ダンジョンの厄介なところは、ボスが動き回る点だ。
位置が限定されておらず、ダンジョンの範囲を自由に動き回る。
ダンジョンに入ると同時にボスと遭遇することだってあるのだ、自然型ダンジョンは。
建物型は大体最深部のボスの間というのがあり、そこにいる。転移型も似たようなものだ。
緑の魔導師を追いかけている最中、何度か大きい魔力の反応があったが、ボスかどうかは確認していない。
一人でも倒せる自信はあるけど、じいさんがいた方がいいだろう。
「お、いたいた」
戻っていると、ようやく赤い髪を先頭にした一団が見えた。
「おーい、グレーン」
軽く手を振りながら声をかける。
向こうも俺の声に気付いてくれ、こちらに向かってくる。
が、合流する前に。
上から何かが降ってくるような、風が起きた。
咄嗟に仰ぎ見てみると、上から格子が降ってきた。
俺は慌てて後ろに飛び退く。
その直後、眼前を銀の格子が、轟音を立てて落ちてきた。
「ネロ!」
格子の向こう側から、フレイヤに呼ばれる。
その声が、連続する叩きつけるような轟音に掻き消された。
周りを確認する。
「うわ……」
思わず呻いた。
森の中だというのに、俺は銀の檻に閉じ込められてしまった。
「ネロ、大丈夫か?」
「俺は問題ない」
レンビアの確認に、手を振って答えた。
しかしまぁ、銀の檻ねぇ……。
銀の格子に手を触れてみる。
ひんやりとした感覚が伝わってくるが、そんなこと気にしていられないほど不味い状況だ。
「どうした? 壊さないのか?」
「いや、壊さないっていうか……」
グレンに問われ、俺は頬を掻いて答える。
「壊せない」
苦笑いを浮かべる。
しかし、グレンたちは俺の言っていることがわからないようで、首を傾げている。
俺も首を傾げたい。なぜこのような状況になっているのか、理解できない。
「この銀、純度が凄く高い」
「……つまり?」
「魔導すら封じられた」
俺の見解に。
腕を組み、首を傾げ、ゆっくりと理解していく向こう側の面々。
「はあ!?」
そして綺麗に声をそろえた。
「そ、それどういうことだ?」
「俺、出られない」
銀は魔力回路を阻害する働きがある。
それは中にいる者、加え外からの攻撃に対して、だ。
外からの攻撃というよりは、銀の部分に触れた魔法が分解されてしまい、結果魔法による攻撃ができないのだ。
塔でグレンたちが入れられた銀製の檻も、魔導書を持っていないため魔導が使えないグレンたちは破壊できなかった。
俺は魔力操作を使って、魔法を魔導並みの精度にして破壊したが、この檻はそれすらもできない。
力づくで破壊するしかない。
「しかし分厚いな。それ用の工具がないと無理じゃないか?」
これほど純度が高く巨大な銀なら、小国なら買えそうだな。
破壊するにも、工具とドワーフあたりを呼んできた方がよさそうだ。
「今更戻るにしても時間がかかるぞ。どうするんだ?」
「んー……幸い、というか完全に誘っているんだろうけど、上が開いてる」
指で上を指す。
天井はなく、代わりに枝が覆っている。
たぶん、あの木にも銀のように魔力を阻害する力があるんだろう。
……ダンジョンスゲー。
木登りでもすれば出られそうではあるが、魔法なしでそんな運動したくない。
怖いしできるかもわからないのだから。
「ついでに階段もある」
グレンたちの後ろを指差す。
そこには、言った通り階段がある。
「……わかった。俺が行く。貴様はできるだけ大人しくしておけ」
「あー、うん。わかった。できるだけ、な」
グレンが睨んでくる。怖い。
フンと鼻息荒く、グレンは階段へと向かった。
レンビアたちも向かい、フレイヤだけ残った。
「姫様は?」
「ネロが大人しくしているように見張っています」
「なるほど」
俺ってそこまで信用ないのな。まぁ、わかっているけど。
そしてやっぱり大人しくしているつもりはない。
「さて、と。そろそろ出てきてもいいんじゃないかな?」
フレイヤに背を向け、俺は檻の中に目をやる。
こんな大仕掛け、どうせダンジョンボスがやったんだろう。
人並の知能だなんて言っていたが、軽く人越えているんじゃなかろうか。
人を出し抜いて人並もおかしいし。
俺の声に反応したかどうかはわからないが、上から何かが降ってきた。
それは魔物……といっていいのかわからない。
外見は猿だ。チンパンジーくらいかもしれないが、まぁ類人猿だな。
特徴的なのは、頭部に設置された機械だ。
なんかピカピカ光っているし、アンテナはあるし、いやに現代……近未来? いやさSFっぽい。
「サイボーグだ……」
日本でだってそんな猿いないぞ。俺が知っているのなんて服着て犬とお使いに行くチンパンジーくらいだ。
どうなってんだ、ダンジョン。怖い。超怖い。
そのうちアンドロイドでも出てきそうだ。それかガン○ム。
「侵入者……排除……開始」
サイボーグが機械音でそうつぶやき、襲いかかってきた。
それが意外に速い。
俺は急いで逃げるように走り出す。
あんな奴と、魔導なしで真っ向から勝負できるわけがない。
身体強化も満足に使えない今、どこまで逃げられるか。
サイボーグの右腕が振るわれる。
咄嗟に転がって躱すが、轟音と共に地面がえぐれた。どんな威力してんだよ。
これは一発アウトだな。やばい。生き残れる気がしない。
魔眼のおかげで何とか攻撃をかわし続ける。局所的なら魔力を通わせられるな。
相手の初動から影が作られていき、攻撃予測がされる。予測眼とでも言おうか。
普通の相手ならばカウンターを合わせられたり、ぎりぎりで回避もできるんだが、こいつの攻撃力のせいで全力回避してしまう。
背後からサイボーグの左腕が伸びてくる。
千里眼と予測眼を使い分け、逃げ続ける。
……逃げ続けた。
逃げ続けて……うん、頑張った。
もう無理。
足ガックガク。
膝がケタケタ笑ってる。
深く息を吐こうとすると、もれなく胃の中身もついてくる。
やっべぇ。魔導に頼り過ぎで鍛えていないのがここで出ちゃったよ。
身体強化が便利すぎるのがいけないんだよ。うん。
というわけで、絶体絶命。
角に追い込まれ、サイボーグを眼前に。
退路もなければ逃げ道もない。
「ね、ネロ! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃない……」
檻の外からフレイヤが訊いてくる。
あまりに疲れすぎて、声もかすれてしまっている。
マジでやばい。
……あー、でも。
やっぱり、死ぬ時くらいカッコつけようかな。
決まる気はしないし、無駄にやってカッコ悪いだけかもしれないけど。
まぁ、何もせずに殴られて死ぬとか嫌だし。
俺は足に無理矢理力を込めて軽く開き、腕を組む。
顎を引いて、今できる限りの眼光でサイボーグを睨み付ける。
「ね、ネロ……?」
外のフレイヤが、俺の行動に困惑したような声を出す。
「余裕……理解不能」
「ハッ、猿に理解されてたまるか」
サイボーグの機械音に、反応はないが答える。
一瞬身構えるサイボーグだが、覚悟を決めたようにゆっくりと腕を上げた。
そして、風切り音とともに腕が飛来する。
俺に当たる。――瞬間。
大きな木の枝が降ってきて、
サイボーグの腕がすっぱりと斬り飛ばされた。
「消えろ」
それを合図として、俺は魔導を放つ。
黒い炎が、サイボーグを包み込んだ。
タワーリングインフェルノは、サイボーグを燃やし尽くすまで消さない。
「グオ……ッ!?」
サイボーグが、残った方の腕を振りあげて最後の一撃を放とうとする。
「やめとけ。細切れになるぞ」
当然、俺の言葉など通じるはずもなく。
放たれた腕は、やはり先ほどと同じように、斬り飛ばされた。
腕と鮮血が舞う。
が、黒い炎によって燃え尽きる。
両腕を失い、バランスを崩して倒れ込もうとするサイボーグが、俺の言ったとおり細切れに細断されていく。
それは刃物によるものではない。
風だ。
サイボーグから血が舞うたび、空気がうねる。風が起きている。
黒い炎によって、機械部分すら燃え尽きたサイボーグを見て、俺は長い溜息を吐いた。
ようやく死んだ。
本気で死を覚悟したのは、暗黒大陸でのベリアルト戦以来だ。
「もっと早く助けてくれてもよかったんだけど?」
追っていたつもりが、ずっと監視されていた相手へと声をかける。
「酷い歓迎だな、リリー?」
俺の問いに、
「先にひどいことをしたのは、ネロでしょ」
答える声。
上から降ってきた、緑髪のダークエルフ。
緑の魔導師になっていた、リリーとの再会を果たした。
☆☆☆
猿のサイボーグであるボスを倒したことで、妖魔の森に出現していたダンジョンはなくなった。
財宝については、前回の分があるのですべてレンビアにあげた。
まぁ、レンビアからじいさんに渡ったのは言うまでもないのだが。
現在は森を出て、馬車の中だ。
「つーか、俺別に何もひどいことしてないよな? なぁ、レンビア。俺、めちゃくちゃ常識的な行動をしていたと思うんだが?」
「ひどいよ! だって錯覚魔法で声も姿もナトラさんにしてたでしょ!?」
「それが本当なら、ひどいと思うが」
「うっ……い、いや、でもそれくらいしないと、リリー離してくれなかっただろ」
「わー、ひどい。責任転嫁しちゃって。ひどいわ」
「潔く謝れよ、ネロ」
くそ、二対一では分が悪いか。
そもそもリリーに好意を寄せているレンビアに同意を求めたのが間違いか。
モートンが欲しい……。
「それよりも、リリー、お前勝手に出て行ったんだろ。ナフィさんたち心配してたぞ」
「そう? でもネロがいなくなって、『二人目も欲しいな……』とか言い出したあの二人のところにいるの、かなり苦しかったけど」
「あ、それはラトメアさんが悪いな。殴っても許される」
「でしょ。あのままいたら、本当に殴りそうだったから、出たんだけど」
「すごく賢明な判断ができているな……お前本当にリリーかよ」
「あっはは。バカにしてるよね?」
バカにしていないと言わない言葉だけど。
「後はあれだな。よくエメロアが生きていたよな、ていう。あの取り巻き二人も」
「リリーがエメロアを本気で殴りに行ったときは、僕が止めた。さすがに殴るのはダメだろって」
「一発くらいよかったんじゃないか? 向こうが悪いし」
「そうだよ。あれ、何気にトラウマなんだけど。暗い小部屋が凄く苦手になった」
「まぁ、あの二人も今や奴隷だ。笑える」
「笑うな。というか、奴隷狩りは違法だろう? 取り締まらないのか?」
「奴隷狩りが世界中でどれだけ行われているか知ってるか? デトロアで立証できると思うか? そして、そんなことを俺がすると思うのか?」
「思わない……」
二人が同時にため息を吐いた。
「そういや、シャラが言ってたリリーの友達って、レンビア?」
「いや。たぶんモートンだ。僕はシャラとはあんまり会ってないから」
「……シャラ?」
「おいマジか。マジかよリリー。レンビア、これはどっちだ?」
「これはひどい。リリー、ひどいよ」
「だよな」
何度か頷いてみせる。
実の妹を知らないなんて、これはひどいんじゃないかな。
俺とレンビアの話に困惑しているリリーに教えてやる。
「ほら、ラトメアさんが言っていた二人目だ」
「え、うそ! できたの!? あたしに妹できたの!?」
「ああ。可愛かったぞ」
「なんで教えてくれないのよ!」
「それは理不尽じゃないか? リリーがいなくなるのが悪いんだよ」
まったくその通りだ。
一言もなくいなくなって、行方知れずだというのにどう教えるというのか。
と、俺たち三人で話し込んでいると横に座るグレンに腕を引かれた。
「おい、貴様わざとか? わざとやっているのか?」
「え、全然わざとじゃないよ。まったくわざとじゃない。
誰もグレンと姫様を、分からない話に付き合わされて居心地が超悪い思いをしてもらおうなんて思ってないよ」
「少なくとも貴様は思っているだろう!?」
あー、うるさいなぁ。
いいじゃないか、昔話くらいしてもさ。
まぁ、フレイヤでさえ引きつった笑みをしているから、少しは効いているんだろうけど。
「……ネロ、その人たち誰?」
初対面のリリーが、グレンとフレイヤに目をやりながら訊いてきた。
「向こうがデトロア王国の王女様で白の魔導師・フレイヤ」
フレイヤはぺこりとお辞儀をする。
「んで、こっちがその王女様専属騎士で赤の魔導師・グレン」
順に手で示しながら説明する。
グレンは腕を組んで不機嫌顔だ。
フレイヤが笑顔で、グレンが不機嫌顔でイーブンだろう。
グレンはもっと愛想よくした方がいいと思う。まぁ、時と場合によって変えているんだが。
「……どういう関係よ」
フレイヤの方を睨みながら、やけに低い声で訊いてくる。
しかし、関係も何も……。
「俺は今、早急に魔導書を集めなければいけないんだ。だから、魔導師の二人を連れている」
「それだけ?」
それ以外に何かあるだろうか。
学園でも特にクラスメイトだったわけでもないし、グレンとは幼少の頃に因縁はあるが、関係というほどでもないだろう。
他にあるとしたら……。
「ああ、一緒に住んでたな」
ひらめき、指を立てながら告げる。
が、その瞬間に空気が悪くなったのがわかった。
「さ、三人だけじゃないぞ。ちゃんと大人もいたし、他に二人……」
慌てて付け加えるが、これは蛇足だった。
女性が関係について訊いてくるなんて、それは男女関係についてだろう。
他の二人、と続けたが、その二人はイズモとノエルだ。女性が増えた。
リリーが、こてんと首を倒して、笑顔で訊いてくる。
その笑顔が怖い怖い……。
「ほかに、二人?」
「えぇ、っと、詳しく言う必要も……」
「話してみなさい?」
「お、落ち着け。とりあえずこんなところで魔導を使おうとするな。皆巻き添えを喰らうだろ」
「大丈夫よ。皆魔導師だもの」
「レンビアは違うぞ?」
「何とかするでしょ」
丸投げしやがった。
レンビアからの「なんとかしろ」という視線が痛い。プレッシャーを与えるな。
「さぁ、ほら?」
「あ、あっはっはー。リリー、ナフィさんに似てきたな。前会ったときも同じようにして――」
「いいから話せ」
怖っ!
いつものリリーじゃない! ……いや、いつもこのくらい強引だったか。
などと悠長に考えている暇はない。
俺は馬車のドアを蹴り開けると、首に巻いていたマフラーを展開してそれに飛び乗った。
転移型ダンジョンで手に入れた空飛ぶ布だ。初めて使用したが、案外使い勝手はよさそうだ。
「あ! こらッ!」
馬車からリリーが身を乗り出してこちらに怒鳴ってくる。
だが、そんなもので止まる俺ではない。逃げるが勝ちだ!
急いで距離を取ろうとしたところで、風が唸った。
次の瞬間には、空飛ぶ布に穴を開けて風の矢が通り過ぎた。
「ちょ、おまっ! 貴重な迷宮道具だぞ!」
「逃げる方が悪いのよ!」
次々と風の矢を飛ばしてくるリリー。
俺は急いで結界を展開し、風の矢の解読を行う。
幸い魔導ではないので、あまり離れていなくても命令式の解読と逆算、破壊が行えた。
それらを結界に組み込み、範囲に入った魔法はすべて破壊するように設定する。
「何なのそれ! ずるくない!?」
「ずるくねえよ。成長した成果だよ」
案の定、魔力操作を知らないリリーは、俺の結界による防御に異議を唱えてくる。
まぁ、後でリリーにも教えてやるんだけど。魔導師には教えていくつもりだし。
空飛ぶ布で馬車に並走しつつ、魔法を無効化していると、やがて諦めたのか風の矢が止んだ。
「もう! こっちの二人に訊くからね!」
「勝手にしろ」
隠し通せるなんて思わない。
だから、どういわれても即座に逃げられるこの位置で、様子を見よう。
「ねぇ、里から出た後のネロって、どんな感じだったの?」
「えっと、学園に来た頃でしょうか? わたくしがネロと初めて会ったのは、学園の試験のお昼休みでした。グレンは、もっと前に会っていたようですけど」
「そうですね。まぁ、俺が初めて会ったときと、今のネロは似ていますが」
「わたくしが初めて会ったときは……イズモを連れていましたね」
「連れていましたね。まさかずっと連れ回すようなことをするとは思いませんでしたが」
「イズモ……? 誰?」
「魔人族の女王です。ネロが育てたと言ってもいいですね」
「四六時中ずっと一緒でしたからね。食事の時も読書の時も寝る時も、果ては入浴の時まで――」
「バッカ! バッカお前!」
思わずグレンの発言を遮るように大声を出した。
勝手にしろと言いはしたが、まさかこんな爆弾投下されるなんて思っていなかった。
思った通りというかなんというか、グレンに抗議するため馬車の車窓に近づいたのだが、その窓から黒い手が伸びてきた。
その手は俺の喉を捕らえ、容赦なく締め上げ始めた。
「ちょ、リリー、苦しい……!」
「え、何て?」
「ギブギブ待って待て待ちやがれこの怪力女……!」
ぎりぎりと力が籠められる中、リリーの腕をタップしてみるが、放してくれない。
「り、リリー! ネロが死ぬぞ!」
「一回死んだ方がいいって! なんであたしこんな奴探してたんだろうね……!」
「クソが……!」
リリーに掴まれている首の部分に魔力場を発生させ、手を弾く。
結界に実体を持たせて、範囲指定して発動した感じだ。
おかげでリリーの手が外れ、そのうちに後退する。
「はぁ……はぁ……」
首を掴まれている間、気道を塞がれていたせいで呼吸が荒くなってしまっている。
自分では見えないが、たぶん痣ができているだろう。もうちょっとで窒息死するところだった……。
「チッ……」
「本気で悔しがるのやめてくれる……? 傷つくんですけど」
「一回死んだ方がネロのためだと思うの」
「ざけんな。死んで生き返るわけじゃないんだぞ」
俺は転生しちゃったけど。
「グレン、言葉に気を付けろ。俺が死ぬ」
「あ、ああ……そのようだな。悪かった」
「まぁ、いいだろう」
リリーも本気で殺しにかかってはいないだろうし。だからダークサンクチュアリを使わなかったのだし。
悪意のない攻撃に対して、サンクチュアリ系は効果ないからな。
「しかし、どこがいけなかったのだ? 事実だろう?」
「だから語弊があるんだよ! イズモがでかくなったら、一緒に風呂には入ってねえだろ!」
「そこか? いや、でも脱衣所にはいた気が……」
「グレン!!」
俺が声を張り上げると、グレンはおかしそうに笑いをこらえていた。
こいつ……! 楽しんでやがるのか、人の生死がかかっているというのに!
「テメエ……!」
「ああ、悪かった悪かった。そうだな、貴様にはそういうことが一切できないよな」
「言い方が物凄く気に食わないが、否定はしない……」
実際、できないし。
というか、しないし。
……で、できないんじゃない、しないんだッ!
「リリーもさ、何を怒っているのか僕にはわからないんだが?」
「何でよ。レンビアにはわからないの?」
「だって、リリーはネロと腕結んでいた時、一緒に風呂に――」
「レンビアぁぁぁあああ!?」
「あ、そっか。入ってたね。ネロとお風呂」
「ほう」
「まあ」
続いたリリーの発言を聞き、グレンとフレイヤがこちらを向く。
クソ! ナフィの口は封じたのに、まさか伏兵がいるとは!
「く、う……うわぁぁぁあああ! お前ら全員嫌いだーッ!」
全力でその場から逃げ出した。
……軽く、本当に軽く、……涙が出た。
☆☆☆
首都まで戻り、レンビアのじいさんの家に戻る。
レンビアの依頼は、この後の議会までの護衛だからな。帰るわけにもいかない。
その議会はいつやるのかと思えば、一週間後らしい。
ていうか、一週間後って決まっているのに、攻略に行くとか、バカなんじゃないの?
まぁ、ともあれ。
今日一日はじいさんの厚意かどうか知らないが、俺たちは自由行動というわけになったのだが。
「ね、ネロ」
「あ゛?」
リリーの呼びかけに、低い声で答えた。
それだけで引きつった笑みを浮かべて引いてくれる。とても助かる。
俺はあいつらを許す気はない。少なくとも、今日のうちは。
だから今日中はあいつらに構わないことに決めた。
それに俺自身、ユートレア共和国の首都だということもあって、散策はしたいし。
一人でなければいけないわけではないが、一人の方が落ち着く。
とはいえ、人族一人ではやはり心象は悪いんだが、そこは我慢するしかない。
リリーを撃退のち、グレンやフレイヤに見つかる前に町に繰り出した。
族長たちが集まり、議会が開かれる場所はじいさんの家からそう離れていない。
当日でもレンビアたちと別行動というわけでもないから、確認の必要は特にないんだが。
さて、今のうちに本をかき集めておくか。
亜語は翻訳できる言語だからな。
龍語は話すことはたぶんまだできるだろうが、読めるまではいかない。
まぁ、本ならばカラレア神国の王城で嫌というほど読んだとはいえ。
やはり本はいい。先人たちの知恵の結集なのだから。
いろいろなものを、そこから学べる。
それに俺は転生者だ。純粋なこの世界の住民ではない分、それを補える唯一の方法だと思っている。
「……しまった。金がない」
調子に乗って買い過ぎた。
いや、貯金が尽きたわけではない。だが、今手持ちの金が尽きてしまった。
転移型のダンジョンで持ち帰った財宝はそんなに簡単にはなくならない。
大部分はまとめてグレンが預かっている。
今回の妖魔の森攻略で得た財宝は、すべてじいさんに寄付したのだが。そんなに金があっても困るのだ。
今やホドエール商会は世界中に展開するまでにでかくなっている。
日用品や消耗品をそこで買えば、料金は99%オフでもうホントに金が減らない。
金融業はまだこの世界では発達していないので、銀行なんかはないのだ。
……こんど、トレイルに金融業の話を持ちかけるか。
まぁ、今絶対に必要というわけではないので、今度でいい。
それより、いったん帰らなければ。
まだ昼前。昼食代もないのでは……いや、何とかなるか。
とはいえ、金があるのに、無理に食事を抜く必要もない。
じいさんの家の使用人にだって、頼めば作ってくれそうなものだし。
俺はじいさんの家へと向けて歩き出す。
帰り道、大通りを通ったせいかやけに豪華な馬車何台かとすれ違った。
護衛の数も多い。議会に出席する人たちだろうか?
……まぁ、そんな、国の最高機関でまで荒らすつもりはない。
じいさんの護衛をする、それだけだ。
降りかかる火の粉を払いはするが、こんなところでまで火の粉が降って来るとも思えない。
それに少量の火の粉ならば、吹き飛ばせる。
「ああ、そうだ。ラトメアさんにリリーを発見したこと、伝えないとな」
リリーは、どうやら俺について来る、つまり議会にもじいさんの護衛として出席するつもりらしいが。
その方が人族で固めるよりもいいだろうけど。
……あれ? いいのだろうか?
ダークエルフは過激派で、だけど対照のエルフは穏健派だ。
ダークエルフのリリーが、エルフであるじいさん側にいていいのだろうか?
「まぁ、リリーの問題ではあるんだけど」
俺の問題ではない。
リリーがいいというなら良いし、それをどうこういうつもりもない。
狙われたところで、リリーの実力を知っているので憂慮もない。
一応、レンビアに相談するとして。
明日の話だけどな。




