初めての王都
アレルの森での一件以来、ネリだけでなく、ミーネのご機嫌取りに邁進しているうちに約1か月が経った。
ミーネまで不機嫌になるとは思わなかったため、機嫌を直してもらうのにかなり時間がかかってしまった……。
あ、あとミーネからは回復魔法を教えてもらえるようになった。
サナでもよかったのだが、忙しそうだからミーネから教わることに。
まだ習い始めて1週間ほどなのだが、飲み込みがいいとかで初級の回復魔法を一つ、覚えることができた。
飲み込みがいいんじゃなくて、教えがいいのだろうけど。前世ではかなりバカにされてきたからな。
さて、黒の魔導書についてなのだが。
俺は黒の魔導書が使えなかった。いや、開けなかった。
どういう原理なのか、黒の魔導書は開くことができないのだ。これは俺の実力が足りないとかなのだろうか……。
だからまぁ、俺はまだ魔導師とは呼べそうにない。
ただ、使えないからと部屋に放置して外に行くと、いつの間にか懐に入っていた。何これ怖い。
魔導書について、アレイシアからはつかみ程度しか教えてもらっていなかったため、サナに教えてもらった。
魔導書は、世界のどこかに封印されているらしいのだが、どこに封印されているのかはわからないらしい。もしみつけたとしても、扱うことはおろか、持つことすらできないこともあるらしい。
魔導書を扱うことができる者を特別に魔導師という。その魔導師の数は時代ごとに異なるらしい。最低でも2人は必ずいるらしいのだが、7人すべてが揃ったことは今まで1回。それも第一次世界大戦時という、物凄く昔のことだと伝えられている。しかもそのことが書かれているのは一部の歴史書のみ。そのため、それが真実かどうか定かではない。
俺が読んだ歴史書には書いていなかったな。
それと、魔導書は全部で7冊。どれも魔術書とは比較にならないほどの威力があるとか。
無の魔導書についても訊いてみたのだが、これは知らないらしい。
で、今日も魔導書を部屋に放置してネリと外に行こうと思ったら。
「王都から召集?」
そんなことをニューラから言われた。
「ああ、そうだ。なんでも、王様がネロと会いたいらしいんだ」
「魔導書を持っているから、ですか?」
「それもあるが、あの兵士の処遇について褒めたいらしい」
褒める、か……。
なんか裏がありそうで怖いのだが、断れるような相手でもないし。
「俺としても、そろそろ王都に連れて行ってやろうと思ってたところだ。ちょうどよかった」
最初から拒否権なんてなかったのか。
「わかりました。今日出るのですか?」
「そうだな。準備でき次第出発する。ナトラとノーラにも会えるぞ」
「ホント!?」
横で聞いていたネリが目を輝かせて喜び始めた。
まあ、半年以上会っていないのだから当たり前か。俺も楽しみになってきたし。
「わかりました。ネリ、準備するよ」
「うん!」
こうして、俺は初めて王都へ向かうこととなった。
☆☆☆
トロア村から馬車に揺られること約5日。1時間や2時間で着かないのはさすが異世界。
騎士団の方々が付き添いで来てくれ、夜の睡眠も快適でした。
魔物と出遭うたびに、ネリが駆け出そうとしてサナが困っていた。
……俺も魔法の練習とかで何匹か殺したが。
御者をしているのはアルバートだ。この執事、なんでもするな。
時々、地方の城塞都市や村を経由しながらも馬車は王都を目指した。
そして、騎士団のおかげで危なげなく俺たちは王都へと着くことができた。
王都は、外の魔物が侵入してくるのを防ぐため、10mほどの門が築かれている。
その門をくぐり、王都へと入っていく。
馬車の窓から顔を出し、一番初めに目に飛び込んできたのは、城だった。
「うわぁ……!」
「すごいおっきい!」
俺は嘆息の息が漏れ、ネリは声を上げた。俺もネリも、城を見るのは初めてだ。
小高い丘に建てられているのか、その絢爛たる城はよく目立っていた。
城もすごいが、周りの市場もすごい。
さすが王都。活気が溢れており、どこも騒がしい。
武器屋なんて初めて見た。防具屋もあるし、まさにファンタジーだな。
露天商も開いており、アクセサリーや魔法書が売られている。
ニューラとサナは俺たちの反応に微笑んでいる。
「あんまり乗り出すと危ないわよ」
サナにそう窘められ、俺とネリは身を引っ込める。
「用事が全部済めば回ってもいいわよ」
サナから許可が下りると、ネリが目を輝かせた。
「ホント!? 兄ちゃん、どこ行く?」
「そうだなぁ、僕は――」
俺は外へと目を向けた。
馬車がゆっくりと走ってくれているため、いろんな店が見える。
そんな中で、細い路地の入口に立った、燕尾服にシルクハットをかぶったひょろ長い男性がいた。
その時、その男性が帽子を取って俺に会釈をした。
俺は不審に思い、その男性に注目した。
目も合っていないと思うし、あんな男は知らない。
なのに、何故会釈をした?
だが、その理由は単純なものだった。
その会釈は、俺ではなく別の、その路地へと向かっていた女性へ向けられていたのだった。
「……」
それでも、何か引っかかるような思いが残ってしまっていた。
「兄ちゃん?」
「え? あ、ああ。僕はやっぱ本屋かな」
ネリに声を掛けられ、質問の最中だったことを思い出した。
「えー、本屋さん?」
不満そうに、顔を顰めて聞き返してくる。
俺は苦笑しながら付け加える。
「ネリの好きなところでいいよ。僕はどうしてもってわけじゃないし。ネリはどこに行きたいの?」
「あたしはね、武器屋さんに防具屋さんに鍛冶屋さんに……」
戦闘関連ばっかだな、おい。
俺はネリの行きたい場所を聞きながら、もう一度あの男性がいた方へ視線を向ける。
あの男性はすでにいなくなっており、そこには誰もいなかった。
ただ、本能的にあの路地へは近づかない方がいいと思った。
☆☆☆
王様との謁見には準備がかなりかかるようだ。
既に王城へ着いて1時間近く来客室のような場所で待たされている。
ネリはベッドをトランポリンにして飛び跳ねて遊んでいて、実に楽しそうである。
俺は適当に持ってきた本を読んで時間を潰している。
ニューラとサナは、先ほどどこかに呼ばれて出て行ってしまって、今はいない。
そして30分ほどが経とうとした頃、ようやく部屋の扉がノックされた。
返事をすると、扉が開けられた。入ってきたのはメイドさんのようだ。
「大変お待たせして申し訳ありません。準備が整いましたので、わたくしについてきてください」
俺はネリに声をかけ、言われた通りにそのメイドについていく。
長い廊下を歩いていく。廊下は燭台に照らされ、とても明るい。
ネリが珍しそうにきょろきょろと周りを見回している。
「着きました。こちらが謁見の間です」
連れてこられた場所には、大きな扉が一つ。両脇には甲冑のような武装をした兵士。
その兵士にメイドさんが一、二言話すと、ゆっくりと扉が開かれた。
「どうぞ」
メイドさんに促され、俺とネリは謁見の間へと入っていく。
中にはニューラとサナが既におり、そのさらに奥には二人の男女が豪華な椅子に座っていた。
王様と王妃様だろう。
王様は……思ってたのと随分と違うな。
もっと肥えた豚かと思っていたのだが、軍人上がりなのか、とても引き締まった体つきをしている。
服装も、ごてごてした装飾いっぱいではなく、動きやすさ優先の服だ。それでも、豪華な刺繍などで高貴さを表している。
王妃様は……すげぇスタイル良い。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
王妃の服装は、紫色のワンピースドレス。口元は、同じ紫色の薄い布で隠されている。
こちらは王様とは違って、装飾品いっぱいでごてごてしてる。
「よく来た。私が王のグリフィリウス・デトロアだ」
「王妃のフロウトリル・デトロアよ」
おもむろに口を開き、そう自己紹介してくれる。
よかったー……自己紹介してくれて。本はたくさん読んでいるが、冒険ものばかりで今の王と王妃の名前知らなかったからな。
「あなたがネロ・クロウドですね?」
射抜くような視線で、王妃が俺を捉える。
ニューラとサナが片膝をつき、手を胸に当てているので、その真似をしながら答える。
ネリも空気を読んで同じように真似をしている。
「はい。僕がネロ・クロウドです」
「まずは、そなたのおかげで無用な戦争を回避できたことを感謝する」
……ふうん。
俺は笑顔を浮かべたまま、王様の顔を見る。
前世が前世だけに、人間観察はそれなりに得意なのだ。その観察眼をもってすれば、ね。
『無駄なことを』
そう聞こえてきそうである。
無駄、か……。
なら、こいつも本命はこっちか。
「それで、黒の魔導書とはどのようなものなのだ? 見せてはくれんか」
「はい。こちらが黒の魔導書です」
俺は懐から黒の魔導書を取り出し、王様や周りの兵士たちに見えるように高く掲げる。
すると、周りの兵士たちが「おお」という歓声のようなものを上げる。
「それが黒の魔導書か。それはどこにあったのだ?」
「アレルの森、その中にある神殿です」
「ふむ、あの神殿か。だが、祭壇のほかには何もなかったはずだが」
「その祭壇の中央にありましたが」
「そうか……魔導書だからな。謎が多いのは仕方ないか」
王様はそれだけ言うと背凭れに寄りかかった。
そして、今度は女王様が口を開いた。
「ネロ、あなた、魔法学校に入る気はないかしら?」
「魔法学校……ですか?」
「ええ、そうよ。この時代初めての魔導師として、そしてクロウド家として優遇してあげるけれど?」
この王と王妃、完全に分かれてるな。
たぶん、王様の方は武闘派で騎士関連に精通していて、王妃様の方は魔術派で魔法関連に精通しているんだろう。
だから王様は、自分の役目は終わった、みたいに目を閉じてつまらなさそうにしているんだ。
しかし、魔法学校か……。
俺はニューラの方へ顔を向ける。
ニューラは、自分で決めろと目で訴えてきた。
「あなたの姉のノーラ・クロウドについては、魔法学校でも有名でね。そのノーラが毎日のように、弟のあなたの方が才能があると言っているの」
「それは買被りすぎです」
「そうかしら? 現にあなたは魔導師になったじゃない」
「いえ、僕は魔導師ではありません」
「……どういうことかしら? あなた、黒の魔導書に選ばれたのでしょう?」
ここはきちんと言っておかないとだめだろうな。
「僕は、黒の魔導書を開くことができないのです。だから黒の魔導書に書かれている魔法を使うことはできません。魔導師を名乗るのなら、魔導書を扱えてこそだと思うのです」
「それは後々できるようになることでしょう。実力がないということになれば、早く実力をつけた方がいいと思いますが?」
「……いえ。それでも、僕は僕のペースでやっていきたいと思います」
「……そう。そこまで言うのなら、これ以上誘っても無駄なようね」
「申し訳ありません。ですが、いつかは通うことになるかもしれません」
「そうね。その時でも優遇はしてあげるわ」
王妃様も、王様と同じように背凭れに寄りかかる。
ようやく終わってくれたのかな?
二人が背凭れに寄りかかったのを見計らったように、一人の女騎士が前へ出てくる。
「では、クロウド様には報奨が出ています。こちらへどうぞ」
女騎士が示したのは、隣りの部屋だ。
ニューラとサナが立ち上がり、一礼する。それに俺とネリも続く。
そして、ニューラとサナの後について移動を開始した。
その直前、俺は何気なく王様の方へ視線をやった。
「――フッ」
小さく、嘲笑された気がした。




