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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
107/192

第六話 「依頼」

 北上していく馬車。

 対面にはフレイヤとグレンが並んで座っている。

 フレイヤは寝入っているようだが、その手には顔が描かれた仮面を持っている。俺のT-REXではない方の仮面に彩色を、今のうちに頼んだのだ。

 グレンはダンジョンで手にいれたグングニルの手入れをしている。


 グングニルは、さすが迷宮道具だけあって規格外の能力がある。

 小手調べに何度か戦ってみたが、俺からしてみてもチートだ。

 魔力総量がチートの俺でこれなのだから、常人にしてみれば最悪だろう。


 俺は荷物から本を取り出して読み耽っている。

 馬車を引くのはスワッチロウではなく馬なので、酔うことはないだろう。


 リヴでキルラとミネルバと別れて、大体一週間だろうか。

 ここまでにいろいろな町にもよってきたので、それなりの時間がかかってしまっている。

 通り過ぎてもよかったのだが、フレイヤが回りたいというのだ。

 俺としてはエルフの里に一刻も早く……というわけでもなかったりする。もう二か月も音沙汰なしだから二、三日くらい構わないだろうという諦めがある。


 すでに馬車はレギオン公爵の領地に入っているので、もうすぐグレンの実家だろう。

 グレンは親とうまくいっていないのか、寄らなくともいいと言っていた。

 これはグレンの問題なので、フレイヤも特に何かを言うこともなく、グレンの言う通りに寄らないことになった。

 グレンの実家を素通り、その後エルフの里に入る。そういうことになった。


 読書に集中していると、馬車の後方から車輪の音が響いてきた。

 その音はかなりうるさく、とても馬が引いている馬車とは思えない。

 というか、この馬車を追い越そうとしているようにも感じられる。


 あまりにもうるさいので、俺は本を閉じて吐息する。

 フレイヤも目を覚まし、グレンも手入れの手を止めた。


「なんだ、この音は」

「俺が知るか」

「魔眼があるだろう」

「お前はすれ違う馬車すべてを監視しろとでもいうつもりなのか?」


 そこまでする必要もないだろうに。

 そもそも異常があったら御者が教えてくれるだろうに。何を心配しているのか。


 グレンは騒音に不快そうに顔を歪めている。

 俺は頬杖をつきながら外に目を向ける。

 すると、窓の向こう側にスワッチロウが見えた。


「……」


 おかしい。

 この国でスワッチロウに馬車を引かせる奴なんて、俺以外にいるのだろうか。

 スワッチロウは足が速く、力持ちでもある代わりに調教が難しい。俺は魔王としての素質を全開にして従わせるのだが、それは俺かガラハドしかできないはずだ。

 魔物はただの人の脅しでは全く効かない。魔導師であっても、だ。

 そのために馬車を引かせる動物が、スワッチロウではなく馬が主流なのだ。


 ……おかしいというよりも、嫌な予感というか。

 そんな考えが思い浮かぶのと同じくらいに、スワッチロウの御者が窓に見えた。

 思わず頬が引きつる。

 赤毛混じりの茶髪。女のくせにでかい体。

 嫌な思い出を掘り起こされてしまった。


「よう、ネロ!」

「リリック……」


 リリックが、馬車内の俺に気付いて片手をあげてきた。



☆☆☆



「いやー、まさか王都に戻らないとは思わなかった」

「それだけ急いでいるってことだ。事情はどうせ知っているんだろ」


 馬車を止めてもらい、リリックが何をしに来たのかを確かめる。


「それで、何の用だ?」

「王都に戻ってきたら渡す予定だったんだけど、戻ってこなかったから急いで追いかけたというわけだ」


 言いながら、リリックはスワッチロウが引いていた荷台から小包を取り出した。

 大きさからして本だろうか。

 差出人などの明記はなく、代わりに封印式が刻まれている。


「暗黒大陸からだ。確か差出人は……アレイスター、だったかな」

「アレイスターか」

「どれだけ大事なものなんだろうね? 鍵とかじゃなく、封印式だなんて。解除式は知っているのか?」

「いや、知らん」


 見たところ、黒騎士団の紋章が刻まれているので、騎士団が使う封印式なのだろう。

 騎士団が何に使うのか、まぁ戦時中の手紙だったり、黒騎士団自体が国王の身辺の警護だったから、国王が出す秘密の何かに使っていたのだろう。


「解除できるのか?」

「解除はできない」


 残念ながら、王城を調べ尽くしたが解除式は知らない。

 たぶん騎士団にのみ伝えられているのかもしれない。それで十分だろうし。


「だけど壊せる」


 アレイスターが俺に当てて出したということは、破壊しても構わないということだろう。

 むしろそれを目当てで、封印なんてして送ってきたのだろうし。


「いつ送られてきたんだ?」

「一か月ほど前かな。暗黒大陸に向かった商会の奴が、ほくほく顔と一緒に持って帰ってきた」


 どうやらホドエール商会は暗黒大陸でもうまく商売に成功したらしい。

 それにしても一か月か。まぁ、その商会の奴がもらってすぐに帰ってきたわけでもなさそうだから、もう少し前には渡っていたのかもしれないが。


 俺は封印式に集中し、魔力を流し込む。

 魔力操作を行い、封印の命令式や魔力回路を破壊していく。

 すると、乾いた破裂音とともに、奇怪な封印式は崩れ去った。

 案外楽にいけたな。まぁ、解読はしていないので俺が封印式を使うのは無理だが。


「さすがだな」

「まぁな。……と、これは」


 封印式を解き、巻かれていた布を取り去ると、予想通り一冊の本が姿を現した。

 しかも、形だけは妙に見覚えのあるものだ。

 本と一緒に手紙も着いており、先にそちらを読む。


 内容としては、アレイスターやシグレットからのお小言だったり、レイアの近況報告だったりだ。

 まぁ、それらは全部添えた程度のものなのだろうけど、文の量がもうメイン並みだ。

 とはいえ、メインはたった一言で済むんだけど。


「紫の魔導書、だな」


 これで五冊目か。

 かなり早いな。あと二冊で揃ってしまう。

 元から三冊あったとはいえ、ここまで簡単に集まってくるとは。


 アレイスターの話では、カラレア神国領を再調査中に見つけたらしい。

 場所はドラゴンの棲家。ただ、そこに主はおらず、訪れた形跡もないことから隠れ家だったのだろうとのこと。家主は既にやられていた、と。

 加え、カラレア神国領で最も強いドラゴンはラセンドラゴンらしく、十中八九ラセンドラゴンの隠れ家だろうとのこと。

 ドラゴンが溜めた財宝の他、迷宮道具や魔法道具が見つかったらしい。


 どうりで俺とイズモが泊まった棲家の方にめぼしいものが少なかったわけだ。本当に価値のあるものはその隠れ家に隠していたのだろう。

 ドラゴンのくせに。魔物のくせに。

 暗黒大陸の魔物は少々逞しすぎやしないか。


「へえ、魔導書か」


 リリックが物珍しそうに見てくる。

 魔導書という兵器を運んできたので、追加料金でも取られるのかと思ったが、そういうこともなさそうか。


 しかし、紫の魔導書か。

 一応、どの種族でも扱うことは可能だ。が、本領発揮ができるのは龍人族が使った場合だ。

 シードラ大陸に行く予定はあるにはある。その時に探してみるとするか。


「リリック、ありがと。それで、お前が直々に来たってことは」

「ああ。あたしもこれからユートレア共和国に行くところだ。

 ユートレア共和国もゼノス帝国も、商売は順調さ」

「それはよかったな」

「暗黒大陸でも成功したし、全部ネロのおかげだな。今度礼をするぞ」

「いらねえよ。カードで充分だ」


 こいつらの礼を甘く見ると怖い目をみそうだし。

 リリックの礼とやらは丁重にお断りしよう。


「それにしても、そのスワッチロウは調教したのか?」

「そうだ。なかなか難しかったが、何とか成功した。こいつはその第一号だ」


 そういって、リリックはスワッチロウの首を撫でる。

 スワッチロウも気持ちよさそうに目を細めている。

 俺とは随分と違う方向性のようだ。まぁ、別に俺は魔物が使えればそれで十分なのだが。


「ああ、そうだ。リリック、約束の代金」


 俺はリュックから、イナバ砂漠のダンジョンを攻略した際に持ち帰った財宝の一つを、リリックに投げ渡す。


「換金してないけど、そっちの方が都合がいいだろ。いつかの布と糸代だ」

「律儀だなぁ。踏み倒されても別に文句は言わないよ?」

「借りは返す。じゃないと気持ち悪いだけだ」


 リリックは俺の渡した財宝を興味深げに眺めた後、荷台に詰め込む。


「んじゃ、あたしは先にいくね。ユートレアで会えたら、その時はよろしくな」

「おう。全力で回避する」

「またまた照れやがって」


 リリックが御者台に乗り、高笑いとともに去って行った。

 その姿に俺は舌を出して見送った。



 見送りもそこそこに、馬車の中へと戻る。

 中ではグレンとフレイヤが待っていた。


「悪い。長くなったか」

「大丈夫ですよ。それより、何があったんですか?」

「魔導書だ」


 フレイヤに問われ、素直に紫の魔導書を見せる。

 馬車がゆっくりと走り出す中、フレイヤとグレンの目が魔導書に引き寄せられた。

 そして俺へと向けられる。


「……どうなっている?」

「真剣に問われても困るんだが」


 どうなっているも何も……どうなっているんだろうか。

 俺がこの世界に来てから、いろんなところで俺は魔導書集めを決意してきた。

 結局、行動に出たのはイズモとノエルが封印されてしまったためだったが、なぜか俺はよく魔導書集めの決意をしていた。

 それを手伝ってくれているというのだろうか。


 ……ありえないな。

 これはすべて、俺の実力。ということで。

 暗黒大陸に、俺が出向いたおかげでアレイスターたちと知り合えたわけだし、つまり俺が動かなければ紫の魔導書も今ここにない可能性があり。

 まぁ、俺が暗黒大陸に行かなければ二人が封印されなかった、ということもあるのかもしれないけど。


 どちらにせよ、それは難しいか。

 仮に俺が動かなくとも、俺が死ねばイズモはカラレア神国に帰っただろう。

 帰って、統一して、国王がイズモではなくレイアだったとしても、ヴァトラ神国は統一されたカラレア神国に同盟を申し込んできただろう。

 そうなれば、当然ヴァトラ神国を一度も訪れない、ということも不可能であり。

 そこで接触すれば、魔天牢は起動していた。

 捕まるのがイズモとノエルではなくなるかもしれないが、それでも魔天牢は起動する。


 そして俺が暗黒大陸に行かなかった場合でも、結局はネリとの約束のために魔導書集めはしなければいけないことであって。

 その時、暗黒大陸にいっていなければ回る破目になり。

 そしてそれには当然イズモはついてきていただろうから、結局は変わらないのだろう。


 帰結するのだ。すべて。

 魔天牢が起動してしまうことや、魔導書を集め始めることに。

 そう、断定する。


 しておかなければ、やっていけない。


「ま、これであと二冊。緑と黄だ。とはいえ、魔導師も探していくから、シードラ大陸、さらに言えばドラゴニア帝国には行きたいところだ」

「そうか。まぁ、いいのではないか? 世界を回るのも、経験にはなるだろうし」

「……お前のセリフとはとても思えないな」


 こいつ、本当にグレンだろうか。

 前までは他の国などすべて敵だ、とか言っていたような気がするのだが。

 丸くなってくれたのならいいことだけど。歓迎すべきことなのだが。

 なんか釈然としないな。



☆☆☆



 グレンの実家を、宣言通り素通りし、エルフの里へとつながる街道にやってきた。

 以前にユートレア共和国が軍を展開したこともあり、国境警備が少し強化されているようだった。


 馬車は既に降りており、ここからは徒歩となる。あまり部外者を他国に連れて行くのもダメだろうとの判断だ。

 人族なんてほとんど他国に行こうと思う奴がいないからな。何かあっては困るし。


 ユートレア共和国領に入ると、森が見える。

 その抜けた先に、エルフの里があるはずだ。

 大体、俺はエルフの里がどこから繋がっているのかしらない。行くときもラトメアに拾われたのだし、帰りも馬車内だったということで、あまり周りを把握していなかった。

 進んでいれば、いつかは着くだろうという考えだ。いざとなれば千里眼もある。


 ユートレア共和国も国境警備を強化しているかもしれないので、行く側としても油断はならないのだが。

 あたりを警戒しながら、森を進んでいく。

 時折、千里眼で周囲を確認する。エルフの里が映れば、俺が先行する予定だ。

 いきなりグレンとフレイヤを連れて行くのは危険すぎる。こちらに敵意はなくとも、二人はデトロア王国の重要人物だ。いい印象を持たれることの方がありえないだろう。

 グレンは赤の魔導師として、エルフの里に知れ渡っているだろうし。

 まぁ、俺の方が有名ではありそうだが。


「お。見えたな」

「そうか。では、俺とフレイヤ様はいったんここで待機だな」

「では、ネロ。よろしくお願いしますね」

「ああ。帰らないで済むようにはする」


 二人と別れ、エルフの里へ歩き出す。

 森の中のせいで正確な位置は把握できないが、まぁ大丈夫だろう。

 魔物もでるかもしれないが、グレンがいるなら万が一もない。何とかなる。


 実に五年ぶりのエルフの里だ。

 中学卒業してから成人して帰ってきたようなものか。

 高校生になって一人暮らしを始めて大学に入って、成人式で帰ってきた感じ?

 うーん……大学言っていないからわからないな。


「止まれ!」


 エルフの里に向かって歩いていると、突然上の方からそんな声が降ってきた。亜語のせいで、一瞬何を言われているのかわからずにフリーズしてしまった。

 声からして男性だな。まぁ、警備しているんだから当然男性が多いだろうけど。

 俺は指示通り立ち止まり、次の声を待つ。

 亜語は……うん、大丈夫だな。まだ使えそうだ。


「……通行証を持っているか?」

「持ってる」


 俺は懐から、送られてきた手紙を取り出す。

 すると、後ろに人が降りてきた気配がした。音もなく降り立ったので、ちょっと驚いた。

 そいつは俺の手からその手紙をひったくると、確認を始めた。


「おまえ……ネロ・クロウドなのか?」

「だったらなんだ。レンビアを連れてくれば、すぐにわかる」


 小さくため息を吐く。

 本人確認のしようなんて、俺の顔を知らないからできないだろうに。


「……いいだろう。許可する」

「どうも」

「里についたならば、真っ先に学校へ行け。場所はわかるな」

「変わってないなら」


 答えると、後ろの人の気配がフッと消えた。忍者かよ。

 初めに声をかけてきた方も、特に反応を示さないので通っていいのだろう。

 警備ご苦労様だな。



☆☆☆



 しかし、いくら多民族国家のユートレア共和国とはいえ、人族は珍しいものだ。再び訪れて、実感する。

 周りの視線が素晴らしいほどに集まってくる。芸能人というよりも、パンダ気分だろうか。

 五年前はそうでもなかったんだが……拾われたときだと、何が何だかわからなかったから気になんてしていられなかった。それにリリーもそばにいてくれたし。

 だが、俺が出て行ったのって五年前だよな。なんでこんな注目を浴びるんだろうか。やっぱり、三年前に一触即発の場面を経験したからだろうか。

 その後に、なぜ人族が、ってところだろうか。


 エルフの里にはエルフがもっとも多いはず。エルフは長寿だし、五年なんて物の数とは思えないんだが。

 そんなに珍しいか。五年前までいたんだぞ。人族が。


 ……ああ!

 そうかそうか。俺がエルフの里にいたときとの外見的特徴がまったく異なっているからか。

 レンビアたちは、まぁ一度会っているから黒の魔導師としての俺でもわかるが、それ以外の奴は俺だと判別できないのか。俺の知名度がここで高いかは知らんが。

 人は外見が九割っていうからな。それでパンダ気分なのか。

 納得した。


 一人で納得して頷いていると、いつの間にか学校についていた。

 五年前とあまり変わらない建物だ。木造だし、丈夫なんだろう。


 母校に戻ってきた気分だろうか。

 成人した人が中学校を訪れた感じ?


 校門を抜け、学校の外廊下から入っていく。

 学校に通っている生徒たちが、俺を訝しげに見てくる。まぁ、仕方ないよな。

 人族がいると騒がれないだけマシか。いや、騒がれた方がすぐに見つけてくれそうではあるが。

 というか、学校に行けと言われたから、言われたとおりに学校に来たが、誰に会えばいいのだろうか。

 レンビアか? それかライミーあたりか。モートンは……そこまでの地位じゃないだろうしな。

 誰か一人いない……? そんなわけがない。亜人族の知り合いは、この三人が筆頭だ。


「あ、あんた……!」


 亜人族の生徒たちとすれ違いながら、校内を適当に散策する。

 しかし、レンビアとモートンは学校にいるだろうが、クラスが変わっている可能性もある。ライミーはそもそも学校にいるのかわからない。

 そうなれば、職員室に行けばいいだろうか。

 教官殿がいると嬉しいな。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ、あんた!」


 思わず黒い笑みが浮かんでしまう。

 教官殿はトラウマを植え付けたからなぁ。今回も、一度は脅して帰りたいところだ。


 今はちょうど、授業と授業の合間の時間だろうか。昼休みのちょうど終わりかもしれないな。

 校内を生徒が歩いているのは、この二つの時間帯だけだろうし。


「わ、わたくしを無視するなんていい度胸じゃないの!」


 目の前に粗大ごみが見えた。

 まったく、廊下のど真ん中にごみを放置するなんて、先生方もなってないな。

 迂回してさらに進む。


 休憩時間なら、ちょうどいいか。授業中に乗りこんだら、生徒の視線が余すところなく向くからな。

 注目されたくもないので、今のうちに、とりあえずロータス組から回るか。


「ろ、露骨な無視をするんじゃありませんわ!」

「おいおい、動くゴミとか初めて見たぞ」

「ごみ!?」


 珍品として高く売れそうだな。もちろん商売相手は奴隷商だ。

 と、くだらないことを考えている暇はないんだった。


「えーっと、レンビアは……」

「れ、レンビアなら……!」

「動く上に喋るゴミか」

「ゴミ……ひぐっ」

「しかも涙を流す。高く売れそうだ」

「う、うわあああああん!」

「あ、騒音機能は超いらん。金払ってでも引き取ってもらいたい」

「酷過ぎますわー!」


 粗大ごみがものすごいスピードでどこかに消えてしまった。

 自分で動けるなら、さっさとゴミ回収されてしまえばいいのに。誰も必要としていないだろ。


 さて、それよりもレンビアは……っと。


「お前は相変わらずだな……」

「おお、レンビア! ようやく知り合いに会えた!」


 後ろから声を掛けられ、振り返るとそこにはなぜか引きつった表情のレンビアがいた。


「あ、そうだ。さっきさ、動く上に喋るし泣くし騒音機能付きの粗大ごみがあってな。どっか消えちまった。今度見つけたら、俺の知り合いの奴隷商に金を払ってでも引き取ってもらおうと思うんだが」

「とことん根に持つな、お前は……」


 粗大ごみは邪魔にしかならないし、さっさと廃棄しちまった方が賢明だ。

 それがわからないわけではないだろうに、なぜ引きつった表情を向けてくるのか。


「粗大ごみでも、一応領主の娘だ。売るな」

「レンビアも酷過ぎますわ!」

「あ! ごみだ! とりあえず縛ってから奴隷商に引き渡そう!」

「ひいっ!」


 また現れた粗大ごみに声をかけると、怯えた声を出して消えてしまった。


「ほう、人の言葉を解すごみか……」

「その辺にしてやれ……」


 まだまだこんなものでは俺の復讐は終わらないぞ。言葉責めしかしていないじゃないか。

 とはいえ、話が進みそうにないのでゴミのことは置いておこう。


「それで、俺を指名だなんて何があったんだよ」

「そのことだが……場所を移そう。ゆっくり話したいこともいろいろある」

「わかった。どこに行くんだ?」

「僕の家。少し歩くけど、構わないだろ」


 レンビアの申し出に頷く。

 エルフの里で落ち着いて話せる場所なんて、俺には思い当たる場所はない。

 せいぜいラトメアの家くらいだが、大事な話もありそうなので、レンビアに従った方がいいに決まっている。


 レンビアが学校の出口の方へ向かうので、そのあとを追った。



☆☆☆



 連れてこられたレンビアの家は、かなり大きかった。

 確か貴族の孫とかで、でも継承権が弱いからエルフの里に飛ばされているんだったっけ。

 曲がりなりにも貴族、というわけか。

 領主はライミーの方だから、エルフの里に関しての行政権はないだろうけど。


「俺が入って大丈夫なのか?」

「問題ない。というか、家長は僕だ。親は首都にいるからな」

「左様ですか、ご主人様。いや、旦那様?」

「気持ち悪いからやめろ。ったく……」


 冗談めかしていうと、ため息交じりの声が返ってきた。

 レンビアが家に入ると一人の執事が出迎えた。


「お帰りなさいませ、レンビア様」

「レンビア様」

「やめろと言っただろう!?」


 一歩後ろに下がってレンビアの回し蹴りを回避する。

 レンビアがまたため息を吐き、執事と二、三言話をする。

 そして執事がどこかに去って行き、またレンビアが歩き出したので後を追う。


「知ってるかレンビア。ため息を吐くと幸せが逃げるんだぜ」

「そうかい。なら僕の幸せはお前のせいで逃げているんだな」

「いや、周りの人の幸せまで逃がすから、俺が不幸なのはお前がため息を吐いたせいでもある」

「ひどい責任転嫁だな!」


 そしてまた一つ幸せが逃げて行った。



 レンビアが通してくれたのは応接間のような場所だった。

 向かい合わせのソファと、その間に低いテーブル。あとは俺では価値のわからない調度品だ。


 促されるままにソファに座ると、俺が入ってきた扉とは違う方から、先ほど消えた執事が紅茶と茶請けを持ってきた。

 執事はそれらをテーブルに置いて、さっさと部屋を退室してしまった。

 真っ先に茶請けに手を出した。


「それで、俺を指名したのはなんでだ?」

「ネロを呼んだのは二つの理由がある。

 一つは、ダンジョンの出現。もう一つは、護衛といったところかな」

「へえ。ダンジョンと護衛ねぇ」

「もちろん、ただでとは言わない。それなりの報酬は用意するつもりだ」

「ふうん」


 紅茶を口に含み、レンビアの申し出の裏を考える。

 ダンジョンの出現ってのは、たぶん自然型だな。転移型は入ったら時間軸が崩れるだけで、放置しても何の問題もないとされているから。まぁ、スロウスの言い方からすれば、魔物が出てきているんだろうけど。

 きっと、二か月前はそのダンジョンについてだけだったんだろうなぁ。

 エルフの里の近くにできたか、あるいは首都近く……。


 だが、俺に頼むほど苦戦しているのだろうか。

 エルフの里には、まぁ俺の知る限りではラトメアだけだが、冒険者の経験がある者もいるだろう。

 それに日常的に魔物相手に狩りをやっていたりもする。

 里の者だけでは決定打に欠けるとしても、ラトメアあたりなら十分何とかしそうなものだ。

 ダークエルフだって戦闘民族だ。戦闘で他の者に劣るというわけでもあるまい。

 それほどまでに手強いというのか、あるいはもっと別の理由……。


「ダンジョンの難易度は?」

「そうだな……確か冒険者ギルドではAで発表されていたかな」

「随分と高いな。自然型だろう?」


 自然型は高くてもランクBが上限だったはずだ。


「厄介なことに、この国では妖魔の森と呼ばれている場所を覆うように出現したんだ。元からいた魔物が強化され、さらにダンジョンだから魔物が湧いて出てくる」

「攻略はいつから始まっているんだ?」

「半年ほど前からだ。あまりにも手に負えないようだから、ネロに助力願ったってことだ」


 なるほど。

 半年も攻略されなけりゃ、危険だろうな。亜人族には森と共生しているような者も多い。

 エルフも森に縛られているようなものだし、モートンのようなアルラウネも長時間森から離れると死んでしまうと言われている。

 ダークエルフはその縛りを破ったエルフ、というらしく、だからダークエルフのラトメアは世界を移動できたわけだが。

 まぁ、森林伐採が特に進行していないこの世界では、どこに行こうとも森は少なからずあるにはあるが。


「護衛ってのは……言っとくけど、俺政治に関しちゃもうこりごりだぞ」

「わかるとは思ったが、まさかもう政治を経験していたとは……」


 つまり、どこかの政治闘争に俺を巻き込もうというわけだ。

 いや、駆け引きはそれなりに面白いとは思うが、自分の利益になるとも思えないことはやるだけ無駄だろうし。


「安心しろ。護衛だけだ。僕の祖父を、首都についてから守り抜けばいい」

「なんかあるのか?」

「もうすぐ議会が開かれる。今、ユートレア共和国の世論は真っ二つだ。

 開戦か、非戦か。もちろん相手はデトロア王国」

「面倒臭ぇ……。いや、まぁ目の届く範囲での戦争は阻止したいけども」

「都合がいいな。僕の祖父は穏健派のリーダーだ」


 あー。なるほど。

 でも、確かこのユートレア共和国って、各民族の代表者の議会があって……。


 まず、エルフだけの議員が集まる。そこでエルフの議員だけの議会を開き、エルフの総意を決める。

 その総意を、さらに各民族の代表者が集まる議会での意見とする……んだっけ。

 確かこんな感じだったと思うんだが。


「それって、エルフの総意だけで非戦とはいかないんだろう?」


 ユートレア共和国は多民族国家だ。

 エルフがいて、ダークエルフがいて、ドワーフ、アルラウネ、ホビット、その他人型をした人族ではない者たちの国。


「それはそうだが……正直、今の状況ではどっちに転ぶか全くわからないんだ」

「すでに過激派に傾いているなら、まだとれる策はいろいろありそうだが」


 それこそ、過激派を一人ずつ……ああ、この思考はダメだな。暴君になってしまう。

 まぁレンビアの祖父を守ることは別に構わない。

 グレンとフレイヤも、特に過激派というわけでもないだろうし、大丈夫だろう。むしろあいつらは穏健派だ。


「あー、ちょっといいか」

「なんだ?」

「俺、今魔導書集めをしていてな。今、魔導師二人連れているんだ」

「……赤の魔導師、か?」

「そいつと、あと白の魔導師だな。まぁ青と紫の魔導書はあるんだが、魔導師はいない」

「な、に……?」


「もちろん戦争をわざと誘発させるつもりはない。俺だって戦争は嫌だ。他の二人も同じ考えだろう」

「……まぁ、以前のあれを見れば、いくらかは」


 一度戦争直前まで行ったときのことを思い出しているのだろう。

 レギオン家を指導したグレンも軍は展開したが、攻め込みはしなかった。ユートレア共和国が退けば、グレンも軍を退いた。

 だから、過激派ではないとは思ってくれるだろう。


「白の魔導師は、王女様なのな」

「……いや待て。待ってくれ。それは、なんだ? えっと……」

「大丈夫だ。あの王女様は別に国王の言いなりというわけでもないし、そもそも白の魔導師の戦闘力はほぼ0だ」

「……」

「お前の申し出は、もちろん俺一人でもこなせる。だけど確実にするためには、その二人も巻き込んだ方がいい」


 俺の説明に、レンビアは腕を組んで考え込んでしまう。

 仕方ないだろう。いきなり人族の魔導師が、今3人控えています、近くにいますよと言われているのだ。

 魔導師の戦闘力は一国に値する。白の魔導師には戦闘力がないとはいえ、援護や支援に関しては一国に値する。

 攻め込む気はない。だが、それは相手側からすれば爆弾を抱え込む様なものだろう。


「判断しかねるな……祖父に訊けるわけもない。もし失敗すれば、僕は殺されてしまう」

「俺だけでも戦力は十分だとは思うが、何せ俺も人だ。不意の暗殺などには対処できないかもしれない」


 戦闘力が一国に値するとはいえ、それは真正面から衝突した場合だ。

 遠くからの狙撃や、食べ物に毒物の混入などはさすがに防ぎきれない。

 四六時中ずっとそばにいて護衛も、できなくはないけどやりたくない。


 そもそもレンビアの頼みだから聞こうと思っているだけであって、実際にはレンビアの祖父とは面識もなければ恩もない。死なれても感慨もなにもない。

 戦争はしたくない。だけどエルフの総意だけの一票で平和路線に確実にいけるとは限らない。

 モチベーションが上がらないのは事実だ。

 そもそもじいさんに良い印象がない。


「レンビア。力が欲しいなら、賭けも必要だろう」

「ああ、分かってはいるが……」


 レンビアが親指の爪を噛む。

 俺は吐息しながらソファの背にもたれこむ。


 レンビアはたぶん、継承権が弱いことを気にしているのだろう。

 そして祖父からの護衛の申し出は、きっとまたとないチャンスだ。自分の継承権を上げるための。

 だからここで博打をするか、悩んでいる。


 グレンとフレイヤの正体を隠して護衛を頼むのもありだ。が、ばれたときに困る。レンビアだけでなく、俺も困ってしまう。

 その祖父が、人族である俺たちを信用するかわからないから。

 レンビアの反応から、その祖父が親デトロアというわけでもなさそうだ。


「……その二人に会わせてくれ。それから判断する」

「わかった」


 何としても成功させたいのだろう。レンビアはそう告げた。


 さて、話はこれで終わりだろうか。

 俺は大きく伸びをしながら、これからを考える。


「二人を連れてくる前に、リリーを訪ねておくか……」


 後回しにして、何か嫌味ごとを言われても面倒だしな。

 言われるとも限らないけど、あいつは口より先に手が出そうだし。殴られるのは避けたい。


 レンビアの返答を期待したわけではないが、何気なく彼の方を見る。

 レンビアは、なぜか深刻そうな表情をしていた。


「そうか。そのことも話さなければいけなかったな」

「……なんだよ。リリーになんかあったのか?」


 様子が気になり、問い質す。

 レンビアは口を開こうとするが、一瞬躊躇した。そしてもう一度口を開いた。


「リリーは今、行方知れずだ」

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