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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
106/192

第五話 「青の魔導書、蒐集終了」

 かなり広いボス部屋だ。

 四角い部屋、その奥にごちゃごちゃと光物が積み上げられていた。あれが財宝なんだろう。

 他にも武器や道具といったものも見られる。


 俺たちは顔を見合わせる。

 ボス部屋と言っても、ボスがいないのだ。

 部屋を見回すが、隠れられる場所など積み上げられた財宝の中くらいのものだ。

 ボスはいないのか? ダンジョンに入ったことがないからわからない。

 だが、ボス部屋というくらいなのだから、いて当然だと思うのだが。


 張り切ってきたのに、肩透かしを食らってしまった。

 しかし、このまま帰るなどという発想には至るわけがない。

 いないならいないでいい。戦う手間がかからないのだから。

 さっさと財宝を詰めて、帰ってしまおう。


「……そういや、出口は?」


 出口がなかった。

 ボスを倒さないと出ない、とかだろうか。そのボスが出てこないのだが。


「わからん。だが、この場で立ち止まっている必要もないだろう」


 グレンの言う通りだな。

 俺は財宝に向けて歩き出す。


 ちょうど部屋の真ん中くらいに差し掛かった時、中空にいきなり黒い煙が集まりだした。

 すぐに戦闘態勢に入る。

 いつ襲われてもいいように、警戒心を最大限に引き上げる。


 黒い煙は一か所に寄り集まると、ゆっくりと形を成していった。

 クマを模した煙は、やがて実体化した。

 かなり大きなクマだ。ボス部屋の天井に当たりそうなほどの体長がある。

 ……黄色いから夢の国の住人っぽい。まぁ、そこまで可愛くないんだけど。

 そのクマは俺たちを睥睨し、手を横に軽く振った。


「そんなに構えなくていいよ。別に取って食うわけでもないんだから」


 その発言を信じろ、というのだろうか。

 確かに敵意などは感じられないが、こちらを塵とでも思っていれば、敵意の持ちようもないだろうけど。

 が、俺は言われたとおりに警戒を解いた。

 誰か一人が警戒していればいいだろう。それに俺だけならば咄嗟の攻撃にも対処できるだろうし。


「お、わかってくれると助かるよ」

「……お前がダンジョンのボスか?」

「うん。そうだよ。まぁ、ボスというよりは守護神って感じかなぁ。

 自己紹介が遅れたね。ボクの名前はスロウス。純色神に仕えていた神もどき、ってところだね」

「神もどき……」

「神ではないけど、最も近い存在。ボク含め十四体存在するよ」


 グレンやキルラは警戒を解こうとしないので、俺が一歩前に出ながら話を聞く。


「戦わないでいいのか?」

「その通り。ただし、ボクは試練を与える。当然、試練に合格しなければ財宝はあげない」

「帰してはくれる、と?」

「そう。帰すだけはね」


 ここまで頑張って来て、手ぶらで帰る。

 それとも、試練という博打をするか。


「試練を受けずに強引にとろうってことなら、仕方ない、ボクもひと暴れするよ」

「強引にとるつもりはない」


 すぐに否定する。

 神もどきとまで言ったのだから、それは少しリスクが高い。


 すると、後ろにいたグレンに襟首を引っ張られた。


「何を言っている。手ぶらで帰るつもりはないんだぞ」

「いや、そこは諦める覚悟もしとけよ……」


 死ぬかもしれないんだぞ。

 まぁ、どうせ魔導師四人いるから大丈夫とか思っているんだろうな。


「心配ない。俺だって手ぶらで帰るつもりはない」

「じゃあ……」


 俺はグレンの拘束から抜け出し、スロウスにもう一歩近づく。


「試練を受けよう」


 そう宣言した。


 また襟首を引っ張られた。鬱陶しいな……。

 軽く後ろを振り向くと、相手はグレンではなくミネルバだった。


「ちょ、大丈夫なのか?」

「知らん。けど、財宝が欲しいって、騎士様が言うんだから持って帰らなきゃ」

「……あたしは、ネロの味方になるぞ」

「心遣いどうも。だけど、別に争う気はないよ」


 ミネルバは俺がやむなく試練を受けるように見えたのだろう。

 けど、違う。俺は自分から試練を受けるのだ。


 だって、そうすれば財宝全部俺のじゃん。


「さぁ、試練をやろうぜ」

「その野心は面白いねぇ。じゃ、試練一名様ご案内」


 スロウスはそういうと、腕を一度上下させる。

 それだけで、その上下させた場所に奇妙な穴が現れた。

 イビルゲートのような、真っ黒の穴だ。


「この中に入れば、試練はスタートさ。

 あ、安心していいよ。死ぬことは絶対にないから」


 スロウスはそういって、その穴を手で入るように示した。

 そのスロウスの笑顔は黒いものがある。


 ……死ぬことは絶対にない、ね。

 死なないけど、何かが起きるんだろう。試練に失敗すれば。

 たとえば、精神崩壊とか。


「じゃ、行ってくる」


 そんなもので怖気づくわけもなく。

 俺はグレンたちに軽く手を振りながら、黒い穴に一歩踏み出す。


 周囲が、黒く塗りつぶされた。



☆☆☆



 周辺が真っ黒に塗り潰され、しかし自分の体だけはしっかりと見える。

 ここで一体何の試練をするというのか。

 試練が始まるのを待っていると、目の前にあの黄色いクマ、スロウスが現れた。


「はい。じゃあこれから試練を始めるんだけど……」

「なぁ、ちょっといいか?」

「うんうん。そう来ると思ったよ。アレイシアについて、でしょう?」


 スロウスは俺の疑問を先取りした。


「ボクら神もどきの存在は、無神によって作り出された。純色神に仕える、というよりは監視のためにね」

「監視か」

「二人一組になって、べったりさ。ボクは黄神に仕えていたせいで、体が黄色くなっちゃってけどね」


 元の色は違うのか。


「無神の手下なら、俺が」

「転生者であることを知っているよ」


 先取りしてくる。

 ……喋りにくいなぁ。


「転移型ダンジョンのすべてが、お前たちのいるダンジョンへと」

「つながっているよ。転移型ダンジョンは特別、一度攻略されれば二度目はない。

 もちろん、試練に受かって、だけどね。

 そうでないなら、一度消えて、また同じように出現する」

「……ダンジョンのすべては」

「ボクらの管理下だ。魔物を生み出している……というよりは送り出しているのがボクら。それが役目であり、使命だ。

 さて、聞きたいことは聞けたかな? そろそろ試練を始めるよ」

「……ああ。

 始めよう。その前にルールなんかを説明してくれると助かる」

「おっと、そうだった。試練を受けてくれる人が久々すぎて忘れてしまうところだった」


 スロウスは大げさに笑うと説明を始めた。


「まず、これから君の記憶を覗いて、あらゆる幻覚を見せる。それに対して、感情を動かさない。それだけ」

「……案外ぬるいな」

「そうかな? これでも試練の合格者はいないんだ。舐めてかかると痛い目を見るよ」


 スロウスの脅しに笑いを返す。

 別になめているわけではない。もっとえげつないものだと思っていただけだ。


「感情の動きに対してはボクが判断する。誤差も少しだけなら認めてあげる」

「それはありがたいな。何が来るか、わかったものじゃないから」

「……それじゃ、レッツ試練」


 スロウスがそう宣言すると、黄色いクマが一瞬にして消え去った。



 そして、現れたのは包丁だ。

 包丁は宙に浮いたまま、俺に狙いを定めると飛来してきた。

 と同時に消えた。


 今度は上から縄が落ちてきた。

 輪があり、ちょうど俺の首を通して。

 そして上へと引き上げられる。

 痛みなどは一切なく、また消えた。


 次は拳銃。

 こめかみに冷たい鉄の感触がし、耳元で発砲音がする。

 鼓膜が破れるなどといった感想はなく、テレビ越しに見ているようだった。

 拳銃も消えた。


 バット、ナイフ、拳、毒、岩、車、大砲、飛行機、戦車、鳥、火、動物、アイアンメイデンその他諸々、極めつけに核爆弾……。

 俺の前世の記憶から引っ張り出してきたであろう品々の実験台にされた。

 だが、そのどれもに痛みはなく、殺されるという恐怖を与えてくるようだ。

 一度死んだ人間が、幻覚程度の死の恐怖に怯えるものか。

 幻覚だと知らされていなければ、多少は変化が会ったかもしれないが。


 そしてあるところから完全に趣向が変わった。

 殺す道具が剣や魔法、魔物といったものに変わったのだ。

 これは、俺が転生したあとの世界での記憶を模しているのだろう。


 剣が俺に突き刺さってくる。

 魔法が飛んでくる。

 魔物が襲いかかってくる。


 だが、すべて幻覚だ。

 俺は淡々とやり過ごす。


 そして、また趣向が変わった。

 今度は人が現れた。

 前世の人物。両親、兄弟、クラスメイトに担任。俺と関わりがあった人物を片っ端から出現させてくる。

 それらを、やり過ごす。


 そして、ニューラやサナが出てきた。

 デトロア王や学園長、レンビア、モートン、ラトメア、ナフィ、ガルガド、ニルバリア。

 ドレイク、シグレット、アレイスター、シルヴィア、カラン、レイア、エクアス。

 片っ端から現れては、俺を殺そうとして消えていく。


 キルラ、フレイヤ、ミネルバ、グレン、リリー、ノエル、イズモ。

 誰もが、バカの一つ覚えのように俺を殺しにかかる。


 ネリとナトラが、握っている剣を振り上げた。

 俺の頭から一刀両断しようと、力強く振り下ろした。

 当然痛みなどは一切なく、体を真っ二つにすることもなく消えていく。


 そして、ノーラ。


「……」


 手を軽くあげ、火の弾丸が浮かびあがった。

 フレイムバレット。朱の魔術書の魔術だ。

 それらが俺へと飛来して、消えて行った。



「お疲れ様。これで試練は終わりだよ」


 スロウスが現れ、試験の終了を告げた。

 それを受けて、俺は大きく息を吸って、吐き出した。


「試験は合格。……最後の最後に、微妙に動いたね」

「あれで抱き着かれでもしたら、不合格だったろうな」


 軽く笑みを浮かべながらそう返した。

 しかし、あれだけ立て続けに殺されてはさすがに精神的に滅入る。さっさと帰りたいところだ。


「合格者は初めてだ。これで財宝は君のものだよ」

「そうか。遠慮なくもらって帰る」

「そうするといい。まったく。ここまで感情を動かさなかったのは君が初めてだ。大きく感情が動いても、三回までは見逃してあげるつもりだったんだけどね」


 スロウスはそうぼやきながら、出口を作ってくれる。


「君はとても面白いね。だから忠告しておくよ」


 俺が出口から出ようとすると、スロウスがそんなことを言ってきた。

 足をいったん止め、スロウスに振り返る。


「アレイシアに気を付けて。それと……頑張って」

「……ありがと」


 アレイシアに気を付けてはいる。

 あいつが俺を利用しようとしているのは明確だし、そんな相手に好感を持てという方が無理だ。

 まぁ、家族が死ぬようなことがなければ、ほいほい利用されていたかもしれないけど。


 俺は出口に向き直り、試練会場から脱出した。



☆☆☆



 ボス部屋に戻ってくると、グレンたちは財宝を分けていた。

 俺が戻ってきたことにフレイヤが気付き、こちらに手を振ってくる。

 それに手を振り返しながら、俺も彼らの手伝いへ向かう。


「試練はどうでしたか?」

「楽勝。ただ突っ立っているだけだったし」


 フレイヤの問いにそう返しながら、魔眼を弄る。

 鑑定眼に設定して、高価なものから掘り出していく。


「あ、スロウス。出口っていつまで?」


 俺と一緒に戻ってきたスロウスに、そう尋ねる。

 キルラの話だと、十分程度だったはずだが。


「出口ならボクがいつでも作ってあげるよ。財宝が詰め終わったらまた声かけて」

「了解」


 再び財宝漁りに没頭する。


 すると、下の方に武器っぽいものが見えた。鑑定眼からすればかなりのレアものだ。

 引っ張りだして見ると、それは槍だった。


「あ、それはグングニルだね。強力武器だよ」

「へぇ。けど、俺槍使えないしなぁ」


 習ったことがない。

 槍って後方からちくちく刺しとけばいいのだろうか?

 エルフの里で訓練をやってはいたが、習ったことはない。見学もしていないしな。


「グレン、使えるか?」


 この槍、グングニルはグレンが持つのがいいだろう。使えれば、だが。

 キルラは魔法剣が主体だし、フレイヤは使えそうにない。

 ミネルバはもしかすれば使えるかもしれないが、グレンが許すとは思えない。


 近くで財宝を漁っていたグレンが、俺の持つグングニルを見る。


「使えないことはない。剣の方が慣れてはいるが、槍の扱いも受けている」

「さすが騎士様。じゃあやるよ」

「ちょっ!?」


 グレンに槍を投げ渡す。

 山なりに放り投げた槍を、グレンは慌てて掴み取った。


「武器を投げるな! 危険だろ!」

「へーへー」


 グレンの注意を聞き流し、財宝漁りに戻る。


「……お。これは何だ?」


 少し下の方にあった、布を引っ張り出す。

 魔法陣が刻まれているし、迷宮道具なのは確かだろう。

 スロウスが俺の疑問を聞いてすぐに近づいてきた。


「あー、これはあれだね。空飛ぶ布だ」

「魔法の絨毯か!」

「絨毯ではないけど」


 確かに絨毯ではない。

 絨毯ほど硬くないし、大きさもどちらかというと縦長だ。


「込める魔力量によって大きさは変化するよ。命令式で形も変えられるし。便利だと思うよ」

「……お前これ、俺にもっと中二病をこじらせろと言っているようなものじゃないか」


 この世界では別に前世の中二病が普通に罷り通るんだけども。

 だが、さすがにこれはないだろう。砂漠のど真ん中で、冬着をするなんて。


「ちなみに迷宮道具だから、体につけようが何しようが暑さなんかは調節可能だよ」

「よしわかった!」


 マフラーにしろと言っているんだな!

 さっそく空飛ぶ布という迷宮道具に、命令式と魔力を送り込む。

 いい具合になるように調節していきながら、ようやくそれっぽいのが完成した。


「どうだ、かっこいいか?」

「…………あー、うん。いいと思うよ」

「なんだ今の間は」


 スロウスを睨むが、奴は俺から顔を逸らすとどこかに行ってしまった。

 まぁいいか。腹巻とかよりは、こっちの方がいいに決まっている。

 マントにしてもいいんだが、グレンと被るからな。マフラーでいいだろう。


 というかこのマフラー、大きさを変えられるなら超巨大にして財宝全部覆った方が早くないか?

 考えてみたが、すでにあらかた詰め終わってしまっているのでもう遅い。


「そろそろ詰め終わったかな?」


 スロウスの言葉で、全員がいったん手を止めた。


「それじゃ、今詰め込んだ分と一緒に、元の世界に戻すけど、心残りはないかな?」


 まだ全部詰め終わってはいないが、残っているものはそれほど価値のあるものでもない。

 十分だろう。もう一度ダンジョンが復活するというのなら、残して置いてあげないと可哀そうだし。


「なぁスロウス、帰りの日時は指定できるのか?」

「それは無理。ボクらはこちらとあちらを繋げることしかできないから。けど、位置の指定は可能だし、そこまで時間は経っていないよ。たぶん」


 最後の部分が少し気になるが、まぁ信用するしかないだろう。

 位置の指定というくらいだから、皆同じ場所に帰してくれるはずだ。


 スロウスが手を振りかざすと、そこに黒い穴が開いた。

 ダンジョンの入り口とよく似ている。


「ここに入って、まっすぐに進めば入ってきたところに出られる。それじゃあね」


 スロウスがそう説明し、グレンから順に入っていく。

 最後に俺が穴に入ろうとしたとき、スロウスに注意を受けた。


「君は試練に受かってしまっている。情報に、飲み込まれないでね」

「……?」


 何が言いたいのかわからないが、スロウスはこれ以上何も言う気はないらしい。

 俺は首を傾げながらも、穴へと入った。



☆☆☆



 穴の中は、来た時と同じように暗い空間だった。

 来るときはミネルバが一緒だったが、今は一人だ。同時に入らないと一緒には抜けられないらしい。

 前へと足を踏み出す。来たときと同じならば前に進んでいればいずれは出口につくだろう。


 踏み出した足が地に着いた瞬間、行きと同じように光が弾けた。

 そしてまったく同じ映像が映し出され、流れていく。

 だが、今回は少し違う。

 映像を見た俺の頭に直接、叩き込まれるようにして音が響いた。


 堪らずに頭を押さえつけるが、音がやむことはない。

 それらの音は、最初はただの接続が悪いラジオのような音を響かせていたが、だんだんと明瞭な声となって響いてきた。


『無神・・・・・を封じろ!』

『純色神はどうした。魔導書は!?』

『術者がもたない! 早くしろ!』

『だから呪術書は使うなと!』

『魔導師がいないんだ! 対抗手段がない!』


 無神、純色神、魔導書、呪術書、魔導師……。


『魔王が現れました』

『勇者召喚の用意をしろ』

『勇者様、どうか魔王討伐をお願いいたします』

『旅のお供は魔導師様にお願いいたしましょう』

『勇者様が魔王を討伐なさった!』

『魔導師様はどうなった?』


 魔王、勇者……。


『百を越える迷宮を攻略した英雄』

『彼より勝るものは、神以外にいまい』

『白い髪に金の瞳は英雄の証だ』

『彼ならばこの世界を統一できるかもしれない』

『七種族すべてを束ねる、英雄王か』


 迷宮、英雄、種族……。


『また魔王が現れました!』

『魔物を使い、全世界に同時侵攻しています!』

『どうやって対処するのだ』

『魔導師に頼るしかない。召喚陣は失われてしまったのだ』

『青の魔導師が帰還された!』

『魔王はどうなった。他の魔導師は?』


 ……。


 叩き込まれてくる情報をすべて捕らえることはできなかった。

 断片的な会話や映像を何とか目で追えた程度。

 何を示しているのかなんて、とてもじゃないが予測できない。

 気になる言葉はいくつもあったが、それについて考えている余裕がない。


 頭痛がひどい。

 歩いていくのがやっとだ。


 やがて映像が飛び出してきていた光源へと辿り着いた。

 倒れ込むようにして、その出口から脱出した。



☆☆☆



 視界は開け、焼けつくような暑さが身体を襲った。

 頭痛と暑さのせいで余計に思考する余裕がなくなっていく。

 思わずその場に片手をついて蹲ってしまう。もう片手は頭を押さえ続けている。


「ネロ! 何かあったのですか?」


 先に出ていたフレイヤが駆け寄ってきてくれる。

 俺が頭を押さえているので、魔導で治療をしてくれているようだが効果はあまりなさそうだ。

 魔導も効かない痛みとは……。


 少しの間蹲っていると、ようやく頭痛が引いてきてくれた。

 すぐにフレイヤを手で制し、魔導をやめさせる。


「悪い。もう大丈夫」


 立ち上がり、ズボンについた砂を払う。

 考える余裕は出てきたが、痛みのせいでいろいろと吹っ飛んでしまった。

 ここから思い出すのか……骨が折れる。

 記憶力にはそれなりの自信があるとはいえ、それだけで推測するのも抵抗があるんだが。


 スロウスの最後の忠告はこれのことだったのか。もう少し詳しく教えていてくれれば、対応の仕方も変わったというものを……。

 まぁ、頭に直接叩き込んできたのだから、どう対応するのかとも思うが、そこはあれ、心構えの問題だ。


「ネロくん、これからどうするの?」


 同じく先に帰っていたキルラにそう問われた。


「そうですね……いったんリヴに戻りましょう。ダンジョンのせいで、どれだけ日付が経ったかも確認したいですし」

「それもそうだね」


 こんなことになるなら牢を開けなければよかっただろうか。

 飲まず食わずで生きられるのは72時間が限度らしいし、無駄か。この世界でも同じかは知らないけど。


 塔の風化具合なども見ても、そこまで著しいものはないし、年単位はないだろう。

 少し安心だ。


「グレン、いったんリヴに戻って情報収集、その後の方針を決める」

「わかった。しかし、この量の財宝はどうするのだ?」

「もう一回魔物を捕まえてくる」


 今度は二匹ほど捕まえてくるか。

 一匹は荷物運び、もう一匹は乗り物用。


「また貴様は……」

「この方が楽だろ」


 グレンが頭を押さえる。

 俺の周りの奴って、よく頭押さえるよな。頭がイカれているんだろうか。


 さっさと次に回りたいので、俺はさっさと塔から飛び降りた。

 風魔法で調整しながら、難なく着地。探索結界を広げ、近くにいたデザートリザードへと向かった。



☆☆☆



 イナバ砂漠を抜け、リヴへと戻ってきた。

 情報収集をした結果、俺たちがリヴからイナバ砂漠に入ってから大体二か月の月日が流れていた。

 まぁ、運が悪ければ年単位で跳ばされるらしいし、これくらいは仕方ない。


「それと、学園長から手紙が来ていたらしい」


 情報収集から休んでいたカフェテラスへ戻ってきたグレンからその手紙を受け取った。

 差出日が書かれている。確かに二か月ほど前の日付だ。

 封を開け、手紙を見る。二枚入りだ。


「なんと書いてある?」

「……まぁ、魔導師の保護ってところかな」


 ざっと読み終わり、そう答える。


「王国内じゃ、海人族のミー姉は珍しい。しかも盗賊の頭領としての噂もそれなりに広まっている。捕らえていた奴らを解放したから仕方ないんだけど。

 んで、学園長が保護を申し出てくれている。絶対安全なら、だけど」


 何をもって安全とするのかはわからないけど。

 デトロア王国とアクトリウム皇国の関係がいまいちわからないので、デトロア王がミネルバをどうするのかは予測できない。

 適した罰を下すか、それとも極端な判決をするか。


 後者だとしても少し読めない。

 殺す、あるいは解放の二択だ。どちらもアクトリウム皇国の影がある。

 殺した場合、もしかすればこじつけの戦争が起こるかもしれない。それとも怖くないぞという意思表示か。

 解放の場合、やはり戦争を回避する意図がある。怖いといっているようなものかもしれない。

 ミネルバは魔導師だ。たとえ犯罪者とはいえ、海人族の魔導師を殺せば、アクトリウム皇国の戦力大幅ダウンだ。


 青の魔導書も、まだミネルバ以外に選定者は存在しない。

 存在したとして、見つけ出すのも難しいだろう。


 どちらにせよ、国が絡んでくる。

 そのため、学園長が保護を申し出たといったところだろう。

 学園長は王妃とも仲が良いようだし、それなりに権力はあるのだろう。


「ミー姉はとりあえずそうしてもらった方がいいと思うけど」

「わかった。迷惑をかけないように努力する。魔導書も、ネロに預けておくよ」


 ミネルバがそういって魔導書を渡してくれる。

 ふむ、学園長の狙いは青の魔導書である可能性も否定できない……というかそれがメインである可能性の方が高い。

 とはいえ、俺が魔導書を集めることは知っているから大丈夫だとは思うが。


「もう一枚の方はなんて?」

「ユートレア……というか、エルフの里が俺を指名で呼んでいるってさ」


 こちらはたぶん、ホドエール商会経由だろう。

 商会の者が学園長に渡し、一緒に送ったといったところか。

 通行証だというハンコも押されている。


「もちろん行くつもりなんだが……すでに差出日から二か月経っている。急用ならもう手遅れかもしれないし、そうじゃなくとも返事も出さずに放置状態だ。

 俺としてはすぐに向かいたい」


 ユートレア共和国に行くだけならば、俺一人でも十分だろう。

 フレイヤが一度戻りたいというのなら、ミネルバのように魔導書を預けて欲しいところだ。

 グレンが許しそうにないが。


「では、わたくしはネロについていきましょう」

「帰らなくていいのか?」

「はい。魔導書を預けるのは、グレンが許してくれそうもないので、ならばついて行こうかと」


 フレイヤも俺と同意見のようだ。

 グレンの方を見ても、当然だとでも言いたげな表情をしている。


「……んじゃ、王都へはキルラさんとミー姉でいってくれますか?」


 キルラの任務はイナバ砂漠での案内と護衛。

 イナバ砂漠から帰ってこられたのだから、任務完了だろう。

 この後も何かあるに違いない。無職な俺と違って魔術師団という国家公務員だから。


 あ、でも俺も一応冒険者なのか。……冒険者が職業なのか怪しいが。

 それに加え、俺は別に冒険者ギルドの任務を受けているわけでもなく、ただ王女様の脛をかじっているような気が……。

 ダメじゃん。ダメ男じゃん……。


「すぐに王都に戻るのか?」

「そうだね。幸いまだ日も高いし、乗合馬車がまだあるだろうし」


 俺が一人、自分のダメさに暗くなっているとグレンとキルラが話を進めていた。


「さすがにフレイヤ様を乗合馬車に乗せるのはダメだし、僕らの馬車まで買う必要もないよ」

「ダンジョンの財宝はあるが」

「わざわざ散財する必要もなし。僕らは乗合馬車で十分だ。いいよね、ミネルバさん?」

「構わない。まぁ、犯罪者を人の多い場所に連れるのはどうかとも思うが」

「その辺は君を信用するしかないかな」

「あ、ならこれつけておけば安心ですよ」


 何とかテンションを持ち上げ、俺はキルラに銀手錠を渡す。


「純度の低いものですけど、魔導は使えないので十分でしょう」


 魔導書がないと魔導は使えない。

 魔力操作を使えば銀手錠などお構いなしだが、もうすでにそこまでできるとは思わない。


「……銀手錠はどこから仕入れていたのだ?」


 グレンがそうミネルバに訊いた。

 俺が持っているのは塔にあったものだし、確かにどこから持ってきたのかは疑問だ。

 銀手錠だけでなく、あれほど大きな銀の檻がどこから仕入れたのかも知りたいところだ。


「簡単に言えば、誰もが悪と無縁というわけではない、ということだな」


 その通りだけども。

 もうちょっと詳しく教えてくれないのだろうか。

 まぁ、別に貴族から漏れたのは確実なのだから、ガサ入れすれば済むんだろうけど。


 ミネルバは自分で自分の手に手錠をはめた。

 抵抗する気は一切ないのだろう。

 絶対に安全かと問われれば疑問だが、大体安全だろう。

 そもそも絶対安全とかありえないし。絶対がもうありえない。

 ありえないなんてありえないくらいありえない。


「さて、ではそろそろ出発するか」


 グレンがそういい、席を立つ。

 それに続いて皆も立ち上がり、まずは乗合馬車の停車場所まで向かった。

 そこでキルラとミネルバと別れ、俺たちは馬車を購入後、すぐにユートレア共和国を目指して北上した。

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