第四話 「転移型ダンジョン」
轟音と共に隕石が塔の端を抉るようにして落下していった。
通り過ぎたあとの爆風は凄まじく、立っているのがやっとだ。
顔を腕で庇いながら、隕石が落ちていく先を見る。そこは誰もいない、砂漠の一部だった。
よかった。これで誰かいたりしたら、その人が不憫でしかない。
「こンの……アホがッ!」
「ッで!」
いきなり後頭部を本の角で叩かれた。
「何すんだよ!?」
「それはこちらのセリフだ! 貴様のことだから無茶はするだろうとは思っていたが、いきなり大規模な魔導を使う奴がどこにいる!?」
「どこにいる? ここにいるだろ! てか、本の角はマジでやめろ! シャレにならん!」
ガンガンと黒の魔導書を振ってくるグレンの腕を何とか取ろうとするが、うまくいかない。
「ちょっとホントやめろ! 凹む! 頭が凹むだろ!」
「一度へこんでしまえ! 上手くいけばその脳みそで必要ない部分が消える」
「ふざけんな! もう一回メテオ落とすぞおい!」
大規模な魔導とは言っているが、俺の魔力量はまだ余裕がある。
大きくなければ、もう一発くらいはいけるはずだ。そのせいで枯渇しても嫌だけど。
俺よりグレンはでかいので、上からの攻撃になる。
必死に頭を防御していると、振り下ろされた魔導書が当たらずにすり抜け、返す動きで顎に直撃した。
おかげで軽く体が飛ぶ。……どんだけ馬鹿力してんだよ、おい。
「痛ってぇ……」
「貴様、手加減というものを知れ。盗賊は仕方ないにしても、青の魔導書はどうする気だ?」
「ああ? ちゃんと考えてるよ。というか、盗賊も死んでいない」
俺が指差す先、そこには二人の盗賊が残っていた。
ミネルバとサイウスだ。
どちらも荒い息を吐いて倒れ込んでしまっている。よほど精神的にやられたらしい。
「元からあいつら自身を狙ったわけじゃないし、魔導師なら何とかできるだろうっていう確信があったからな」
「それは確信ではなく希望的観測だ」
グレンに突っ込まれた。
「放置しても一日程度で元通りだろうけど……姫様が駆けて行ったな」
「フレイヤ様! 不用意に盗賊に近づかないでください!」
俺とグレンが言い争っている間に、フレイヤがミネルバたちの方へと駆けて行き、グレンもそのあとを追う。
「おい! 魔導書!」
赤の魔導書の選定を切り、グレンに投げ渡す。
グレンからも黒の魔導書が返され、すぐにいつも通りの黒髪黒目に戻った。
一息吐いて俺も駆け寄ろうと思ったとき、召喚もしていないのにグリムが現れた。
「主も存外、不用意だな」
「うっせー。あんなの賭けのうちにも入らないんだから、十分だろ」
「土壇場で魔導書に選定させようなど……普通は考えん」
「だが確信もあった。だからやったまでだ」
人族のままで黒と白の魔導書に選定された。その事実だけで十分だろう。
俺には他の魔導書、言ってしまえばすべての魔導書を使える可能性がある。
「それは確信ではなく希望的観測という」
「テメエまでいうか……」
「今回はうまくいったからいいが、次はないようにしろ」
「そんなピンチが来ないことを、俺も願うさ」
グリムの説教を適当に流しながら、俺はキルラを抱える。
フレイヤが解放されてからすぐに回復魔法をかけてくれたのか、すでに傷は塞がっている。
さすがに白の魔導師、治療などもお手の物のようだ。
キルラを抱えてグレンたちの方へ移動していると、気を失っていたキルラが目を覚ました。
「起きましたか」
「うん……えっと、ごめん。フレイヤ様を守りきれなくて。それにずっと寝てたみたいだし」
「構いませんよ。戻ってきた盗賊は相当の数でしたでしょうし、俺やグレンが残っていても同じ結果だったでしょう」
実際、魔導書のない俺は言わずもがな、さすがのグレンも二十や三十に囲まれれば魔導書なしではどうしようもないだろう。
誰が残っても、あの場面は変わらなかった。
「そういってくれると助かる」
「後はあの盗賊を縛り上げて帰るだけですからね」
俺はそのまま次の目的地に向かいたいが、盗賊を放置していくのもダメだろう。
いったん王都に戻り、そのあと改めて次へ向かおう。
キルラと話している間に二人のもとにつく。
グレンは再度赤の魔導師になっているので、髪色は赤く染まっている。
フレイヤはミネルバとサイウスを診ているようだ。
「姫様、その二人どう?」
「問題ありません。二人ともショックを受けているだけですから」
「回復魔法は?」
「すでに施しました。すぐに動けるようになるでしょう」
動き出す前に縛り上げておくか。
魔法で済ませようかとも思ったが、ここから王都まではかなり時間がかかる。縄で縛った方がいいだろう。
「グレン、縄は?」
「……ない。盗られた荷物に全部入れていたからな」
「その荷物はどこだよ」
「そんなの、隠した盗賊にしかわからないだろう」
そりゃそうだろうけど。
しかし、自分たちを縛るための縄を取りに行くため、俺たちから取った荷物の在り処を教えてくれるだろうか。
まぁ、ここは盗賊のアジトになっていたんだし、探せば縄くらいいくらでも発見できそうなものだが。
「仕方ない。縄を探してくる。見張ってろ」
「言われずともわかっている」
俺はキルラを下ろすと、塔の階段に向かった。
☆☆☆★★★
ネロが階下へと消えた屋上で、フレイヤはミネルバとサイウスを診続けていた。
どちらも外傷は、メテオストライクの余波で受けた火傷程度だ。
傷は大きいが、白の魔導師であるフレイヤが治せば、跡形もなくなる。
「フレイヤ様、お願いですから我々よりも前に出ないでください」
「そんなことを言っていては、手遅れになってしまいます」
「盗賊の命など――」
「グレン」
グレンが続けようとした言葉を遮り、フレイヤは眉を上げる。
「確かに彼らは盗賊ですが、同じ人でもあるんですよ。命を蔑ろにしてはいけません」
「……ですが」
「反対意見は聞きません。良いですか、グレンは強いんですから優しくもありなさい。ネロのように」
「奴が優しいとかまったく思いませんが、努力はいたします」
「……そもそもグレンはネロにどこも勝てていないんですよ? わかっているんですか?」
「そんなはずは――」
「魔導師として勝てますか? 剣術で勝てますか? 知識で勝てますか? 行動力で勝てますか? 何で勝てるんですか?」
魔導師としては勝てない。それは、実感している。
グレンにはメテオストライクを放つことはまだできないからだ。
剣術は、どうだろうか。戦ったことはないから断言はできないが、キルラを基準に考えればわかる。
グレンはキルラと同等くらいだろうか。ならばキルラに勝ったネロには、劣ることになる。
知識は、勝てないだろう。学園の二度目のテストから、ネロは満点をたたき出していた。
それに加え、学園長すら興味を引かせるものを知っている。勝てない。
行動力も勝てない。たった一人のために、国を盗ろうなどと思えるはずもない。
それが奴隷ならばなおさらだ。ネロは、異常だと言える。
「バカな……!? 俺が、奴に劣っているだと!?」
手で顔面を覆い、本気でショックを受けているようなグレン。
そんなグレンを、フレイヤが腰に手を当てて眺めている。
「わかったら少しはネロを見習いなさい」
「あいつを見習うなど……!」
だが、フレイヤの言う通りでもある。
届きそうで届かない相手は、見習うのにちょうどいいだろう。ならば、ネロを見習うのが一番のはずだ。
それは理解できた。だが、実際に行えと言われると無理そうだ。
「無理だ……俺には、あんないい加減な奴を認めるなど不可能だ!」
みっともなくも叫ぶグレンに、ため息を吐くフレイヤ。
キルラもそんな二人を苦笑交じりに眺めている。
「あら、ネロが戻ってきましたよ」
フレイヤが階段の方へと目を向けたとき、ちょうどネロが縄を持って現れたところだった。
グレンとキルラも同時にそちらへと目を向けた。
その時。
フレイヤとグレンの背に、手が押し付けられた。
★★★☆☆☆
「おー、あったあった。ロープ」
十階で色々と漁りまわり、何とかロープを見つける。
ついでに銀製の手錠も拝借していく。魔導書を奪ってしまえば魔導は使えなくなるから、純度は高くなくていい。
どうやって銀手錠を手に入れたのかは知らないが、もう一度貴族どもの屋敷をガサ入れすればわかるだろう。後でフレイヤに頼んでしまえ。
それにクロウド家が絡んでいたら笑いものだな。そんなことになればニルバリアを指差して笑ってやろう。どうせあいつが元凶だ。
ああ、あと牢に入れられていた奴らに鍵だけでも渡しておくか。
上に上がってこられても困るので、階段は塞いで。
捕まっていた人々の牢を開け、さっさと屋上へと戻ってくる。
何やらグレンが俯き加減でぶつぶつ言っているが、あいつは何がしたいんだろうか。
フレイヤが俺の方へと指差してきた。
それにつられ、グレンとキルラも俺の方へ向く。
その時だけ、俺へと全員の意識が向いた。
「――グレン!」
あいつはアホか! なんでそれくらい想像できない!?
あいつらの近くには、まだ縛られていない敵がいるんだぞ!
だが、俺が声をかけたときにはすでに遅く、グレンとフレイヤの背後に忍び寄っていたサイウスが二人を突き飛ばした。
その方向には、転移型ダンジョンの入り口がある。
二人はそのまま、次元の裂け目とも見えるダンジョンの入り口に吸い込まれていく。
「フレイヤ様! グレン様!」
キルラが突き飛ばされた二人に気付き、手を二人へと伸ばす。
キルラの手は二人の腕を捉えるが、二人分の体重を支えることはできず、そのまま三人揃って次元の裂け目に消えてしまった。
「サイウス! 何をしている!?」
「何って……敵をダンジョンにいれただけですよ」
「バカか!? もう一人いるんだぞ! それもメテオを放った、あいつが!」
ミネルバとサイウスが口論を始めるが、それを諌めるつもりは一切ない。
俺はダンジョンの入り口まで駆け寄ると、近くにいたサイウスの襟首をつかむ。
「な、なにを……!?」
「テメエも入れよ」
サイウスを入口へとぶん投げた。
彼は三人と同じように、叫び声とともにダンジョンの中へと消えてしまった。
「ったく……」
「……どうする気だ?」
手をはたいていると、体を起こしたミネルバにそう訊かれた。
「そうだな……俺たちもダンジョンに行くか」
「何を言っている。転移型のダンジョンは時間軸が不安定な場所だ。仮に中に入ったとしても、彼らと同じ時間、場所に出られるわけではない」
「いや、案外そうでもない。転移型の行きは決められた場所に飛ばされる。時間も、一日以上空けなければそこまでラグは生じない」
転移型のダンジョンは、別の世界だとも言われている。
行きの際は向こうのある一点から吸い寄せられるようにして移動するため、場所は一定だ。時間もそこまで変わらない。
だが、帰りの際は射出される感覚であるため、その時々の射出の速さによって時間が変わってくるのだ。場所も一定とはいかない。
「そんな情報、どこで……」
「ちょっとこの世界に詳しい知り合いがいるだけだ。……お前を残して、逃げられても困る。このまま一緒についてきてもらうぞ」
「……好きにしろ。逆らう気はない」
「そ。ありがとよ」
立ち上がったミネルバの手を取る。
「手を離すな。一応の処置だ」
「わかっている」
二人で次元の裂け目に向かって並ぶ。
そして、同時に足を踏み出す。
足元が、抜けた感覚がした。
☆☆☆
入り口を越えた先は真っ暗だった。
ここはダンジョンの内部だろうか? それとも、行きの道だろうか?
初めてのダンジョンなのでわからない。
右手には手を握っている感覚があるので、ミネルバとはぐれずにいられている。
振り返れば、ミネルバの姿も確認できた。自分の体も見える。
「ここは……ダンジョンの中か?」
「たぶん行きの道だな」
転移型のダンジョンは、別の世界や空間などと言われるくらいには不確かな部分が多い。
まぁ、ダンジョン自体どこかの世界の一部が出現している、なんて言われているんだけど。
ミネルバの手を握ったまま、一歩踏み出す。
足が地面についた感覚がした瞬間、前方から光が弾けた。
その光は映像をいくつも映し出しながら、後方へと流れていく。
光によって映し出された映像には見覚えはなく、それでも相当古いものだということは、直感的にわかった。
だが、それがどれくらい昔なのかはわからない。
「何のシーンだよ、これ。わかるか?」
「わかるわけがない。相当古いというのはわかるが」
ミネルバにもわからないようだ。まぁ、年齢的にも俺より少し年上といった感じだしな。
わけがわからないので、疑問を持ちながらもそのまま進む。
やがて映像があふれ出てくる光源に到達する。
その光源に足を踏み入れると、また足が抜ける感覚がする。
一瞬後には、俺とミネルバは見たこともない建造物の中にいた。
「……ここが、ダンジョンか」
「だろうな。もう手はいいか」
ミネルバと手を離し、周りを確認する。
誰かが来た痕跡は一応ある。足下が砂になっており、足跡がいくつかあるのだ。
前を見ると、先へと続く道がある。道の入り口に、焼けた跡があることから、たぶんグレンがつけたものだ。
「とりあえず進むぞ。ここにいたって、出られるわけじゃないし」
「そうなのか?」
「ああ。転移型ダンジョンから出られるのは、最奥のボスを倒したときだけだ。そして、倒したその場にいたものだけが出られる」
「……つまり、先にいった王女様たちに追いつけないと、取り残されるというわけか」
「そういうこと。まぁ、転移型のボスは強いらしいし、あいつらが無茶しない限り、追いつけるだろうよ」
閉じ込められるのも嫌だし、さっさと合流してしまおう。
サイウスは別に放置でいいか。盗賊だし。まぁ、偶然見つけたら一緒に行くくらいはしてやろう。
俺とミネルバは、ダンジョンを進んだ。
☆☆☆
「ダンジョンって気張った割には、魔物弱すぎるな」
「君が異常なだけだ……」
俺とミネルバでダンジョンを進んでいるが、湧いてくる魔物はどれも地上の魔物と変わらない。
どいつも魔導ではなく、少し威力を弄った魔法でばたばた死んでいく。
「これくらいは、魔導師ならできるようになってもらわないとな」
「……あたしに何かさせる気か?」
「さてな。どうしようか検討中さ」
適当に返しながら、魔物を屠っていく。
地上では見たことがない魔物も多いが、どれも弱い。これくらいなら、グレンでもすいすい奥に進めるだろう。
進んでいると、やがて広間に出た。
その広間の中心には一つの石碑が鎮座していた。周りにはいくつもの番号を振られた扉が。
石碑には、何やら9×9のマスが描かれていた。
さらにそのマスを九等分し、いくつかのマスには数字が書かれている。
そして一マスだけ赤く光っている。
「……ナンプレかよ」
「これはなんだ。君は知っているのか?」
「一応な」
確かに、この世界にはナンプレとか見たことないな。
まぁいいか。とりあえず解こう。たぶん、赤く光っているマスに入る数字が、正解の扉だろう。
あれ、グレンたちってこれ解けたのか? 初見でやり方がわかるだろうか?
……嫌な予感しかしない。
ここで彼らが戻ってくるのを待つか、それとも先に進むか。
どちらにせよ、このナンプレを解かない限りは進めないな。
扉をもう一度確認してみれば、五番のところに焦げ跡がある。たぶん、グレンたちは五番に入ったのだろう。
俺は石碑に刻まれているナンプレを解き始めた。
「……ようやくできた」
石碑に両手をついて、大きく息を吐く。
何気に難易度が高かった……俺、初級しかやったことないのに。
かかった時間は三十分くらいだろうか。その間にグレンたちは引き返してこなかった。
答えは五番ではなかったので、行き止まりになるはずなのだが。
……もう三十分待って現れなければ先に進むか。
「ミネルバ、もう少しだけ待つ。いいか?」
「好きにすればいい。逆らう気はない」
ミネルバの了承も得て、俺は石碑を背もたれに座り込んだ。
「そういえば……君は、ネロと呼ばれていたな」
「あん? ああ、そういや自己紹介がまだだったか」
「いや、自己紹介なら終えているだろう。君がネロ・クロウドなら」
「……久しぶり、でいいのかな?」
「まぁ、そうなるな」
少し気恥ずかしい、というか……。
ミネルバがトロア村にいたミーネだったとは……まぁ、名前からして気付けたはずなんだろうけど。
ドライバーの情報は正しかったというわけか。それとも、ただ単にこの国で海人族自体が珍しいのか。
「随分と見違えたな」
「いろいろあったからな。ミー姉こそ、盗賊しているとはねぇ」
「……ミー姉はやめてくれ」
ミネルバが顔を背けた。
その耳が若干赤くなっているのは、気のせいではないはずだ。
「あれ? どうしたのミー姉? 顔が赤いよ、ミー姉? 風邪でも引いたのミー姉?」
「やめてくれ! 呼ぶなといっているだろ!」
顔を真っ赤にして抗議してくる。
俺はその反応を期待していたので、声を出して笑う。
「なんで? 俺とネリにとって、ミー姉は二番目の姉さんだろ?」
「……あたしは、もう慕われるような存在じゃない」
「でもさ、俺もネリも同じようなもんだよ?」
俺はカラレア神国で暴君を演じて、T-REXとして指名手配。
ネリだって、ガルガドが師匠だと戦場を連れ回されているに決まっている。
人殺しが罪ならば、みんな人を殺している。みんな罪人だ。
たとえこの世界では必要なことであっても、罪は罪だ。
「ミー姉だって、家出だっけ? それで行くあてもなく、でも魔導師として力があったなら当然の帰結じゃない?」
「……もっと別の道もあった。デトロア王国にとどまる必要なんてなかったし、さっさとユートレア共和国にいっておけば」
「まぁ、そりゃそうだろうけど」
多種族が共存するユートレア共和国ならば、海人族でもデトロア王国よりは暮らし易いだろう。デトロア王国は人族至上すぎるのだ。
だが、それでも残っていた理由があるのかもしれない。
「もし俺やネリがいるから、って残っててくれたなら、嬉しいけど」
「別にっ、そんなことはない……!」
真っ赤になった顔を逸らし、小さい声で言ってくる。
何この反応。
「そういえば、ネロはどうして魔導書を集める、なんて言い出したんだ?」
「……ええっと、ですね」
話すと長くなるんだが……。
「あんなにいい子だったのに、暴君として指名手配されるなんて、よほどのことがあったのだろう?」
「ま、まぁ、よほどのことと言えば、そうですけど」
「教えてくれるね?」
「……はい」
できるだけ簡単に、短くして、ミネルバがいなくなった後からの話をした。
これだけでかなりの時間を潰せた。そろそろグレンたちが戻ってくるだろうか。
「……あたしより大変な経験をしていないか?」
「まぁ、暴君なんて一生に一度で十分な経験だからな」
大体暴君なんて死ぬか亡命するかの二択しかないし。
とはいえ、その人が本当に暴君だったかなんて、わかりようもないのだけど。
俺は……え、演じただけだし。たぶん、まだ大丈夫な方だ。二人を助ければたぶんまだ引き返せる。
「ミー姉の話も聞きたいけど、時間がないな」
「そうか。では、帰りにでも話してあげるよ。時間はあるだろうし」
ミネルバと約束をして、俺は時計を取り出す。針は王都にいる間に合わせてある。
すでに待ち始めて二十分以上が経過していた。グレンたちが戻ってくる気配はない。
「そろそろ行こう。正解の七番に印をつけるから、戻ってきたらわかるだろ」
俺は七番の扉に、○と描いてから開く。
まぁ、石碑をもう一度見てくれれば、正解だとわかるんだろうけど。
ミネルバと一緒に七番の道を進む。
「本当に待たなくていいのか? 王女様もいるのに」
「大丈夫だろ。グレンもキルラさんもいる」
「だが、三人の中で一番強いのはネロだろう?」
「強いのはな。でも、護衛とかになるとグレンの方がうまい。俺は突出し過ぎるからな」
防御なんて面倒臭ぇ! 攻撃は最大の防御だ!
「昔は護神流しか使えなかったはずだが……」
「ダークエルフにいろいろ教わったからな。それに今じゃ魔導主体に立ち回るし」
ホント、俺が護神流使いだってのを忘れてしまいそうになる。
剣はイズモに持たせていたことが多かったので、俺自身あまり使わなくなっていた。
「……ま、俺が強いのも今のうちだけだろうけどな」
「どういうことだ?」
「俺の強さはラッキーの部分が多いんだ。ダークエルフの剣術も、この国じゃ珍しい詠唱破棄も、死んだ技術だった魔力操作も、魔王の証である魔眼も、世界一の魔力総量も、黒の魔導書までも」
全部ラッキーでしかない。
アレイシアも、ガラハドも、どちらも偶然でしかないのだ。
この世界に来たこと自体、偶然のはずなのだから。
「剣術は最近やっていないし、詠唱破棄も魔力操作もグレンには教えている。すぐに抜いて来るさ」
ていうか抜いてくれ。
俺の独り勝ちだと、いろいろと言われそうなんだから。俺が従属させている、とかさ。
「あ、ミー姉にも魔力操作を教えるね」
「そんなに簡単に教えていいのか……?」
「俺が覚えた時点で俺の技術だ。俺のものをどうしようが俺の勝手。それに魔導師がいるなら、全員に教えるつもりだし」
魔導師限定だが。
あんまり言いふらすのも避けた方がいいだろうけど、今現在で魔力操作を知っている奴らは二桁いかないだろう。
ガラハド、俺、学園長、ノエル、イズモ、フレイヤ、グレン……くらいか。
「ミー姉ならすぐできるようになる」
「そうか? ネロよりも覚えが良いとは思わないけど」
「どちらかというと詠唱破棄に似たところがあるからな。だから、人族には難しいんだ」
俺はエルフの里で詠唱破棄を覚えていたので、一週間程度でできるようになった。
学園長も詠唱破棄を使える。教えてから一年経っているので、どれくらい発展させているか怖いところだけど。
逆にグレンやノエルは詠唱破棄が使えないので、魔力操作を覚えるのに苦戦している。
それでも一年以上とは……まぁ、俺も詠唱破棄ができるようになったのは教えてもらい始めてそれくらいだったかもしれないけど。
そのほとんどが言語のせいだったとはいえ。
「手繋いでいれば、コツくらいすぐつかめるよ」
ミネルバに手を差し出す。
手を握られ、ミネルバに魔力を流しながらいろいろと弄繰り回す。
「ん……なんか気持ち悪いな」
「そういうものだからな。とりあえずコツがつかめるまでは、このまま行こうか」
手をつないだまま歩き出す。
魔物は出てくるが、そもそもただの魔導に両手は必要ない。なんか雰囲気とかで動かしちゃうときはあるけど。
魔力操作を直接どこかに与える時は触れないとできないが。
やがて広間が見えてきた。
☆☆☆
「また分かれ道か……」
今度は五つの道がある。
周りを確認してヒントらしきものを探すと、前回のときと同じように石碑があった。
石碑に書かれた文字を読む。
「赤、財宝への道は五番の道。
青、赤は嘘つき。財宝への道は三番。
黄、青は正直者。
緑、財宝への道は四番の道。黄も青も赤も嘘つき。
紫、緑は嘘つき。青が正直者。
……随分と難易度の低い問題だ」
先ほどのナンプレの方が難しかったな。
五番の道が正解だ。
が、さっさと先に進むと合流が難しくなるかもしれない。
「少し待つか。魔物は掃討しながら来たし、正しい道に進んだならすぐに来るだろ」
グレンたちを少し待つことに。
時間は……前と同じ三十分でいいか。
ミネルバも頷いてくれたので、座って待つことに。
「魔力操作はどう? コツはつかめた?」
「大体わかってきた。実戦に使うにはまだ時間がかかりそうだけど」
「そう。まぁ、気長にやればいいさ」
俺はミネルバから手を離し、伸びをする。
ダンジョンに入って5時間ほどだろうか。外の世界と同じ時間が流れていればいいのだが。
転移型のダンジョンは時間軸が不安定だ。ダンジョンを攻略して十年経っていた、なんてこともまったく否定はできない。
とはいえ、ずれる時間も一定らしいのだが。
ダンジョンに入って一日以内に攻略すれば大丈夫とのことだし、攻略に一日以上かかることもあまりないらしい。
転移型ダンジョンに入って攻略に一日以上かかった場合、それは死ぬ可能性が高いということ。
最奥までの道中で、そこまで苦戦したならば、ボスには勝てないという意味だろう。
こちらは魔導師四人。万が一もそうそうないだろう。
三十分ほどが経ち、そろそろ行こうかと思ったときに、後ろから足音が聞こえてきた。
振り返れば、来た道から三人が現れた。
「やはり貴様も来ていたか」
「おう。俺がいないと、お前ら正しい道も選べないからな」
軽く笑いながら立ち上がる。
「……問題を見たことがなかっただけだ」
「へいへい。さっさと攻略して出るぞ」
グレンの言い訳を適当に聞き流し、さっさと五番の道に向かう。
ミネルバも立ち上がってついて来る。
すると、グレンがなぜか不快そうな表情をして並んできた。
「なぜ盗賊までいる? フレイヤ様もいるのだぞ」
「外に放置すりゃ逃げられるだろうが。それに、もう脅威はないよ」
「どういうことだ?」
「力の差を知っている。バカじゃなけりゃ、騒動を起こそうなんて思わないだろう? それにミネルバは小さいころの知り合いだ」
「そうなのですか!」
俺とグレンの話を聞いていたフレイヤが目を輝かせた。
……ミスった。
「ミネルバさん! ネロについてちょっと詳しく教えてください!」
「おいやめろ。詮索するんじゃない」
いろいろと恥ずかしい過去が……あれ? 俺、なんか恥ずかしいことしたっけ?
何かはしているかもしれないが、ミネルバの前でそんな社会的にやばいことしたっけか?
まぁでも、過去を知られたくないのは事実だが。どこに黒歴史があるかわかったものではない。
フレイヤに迫られ、ミネルバも困惑している。
今のうちに話題を変えてしまおう。
「そろそろ奥の間につくんじゃないのか? 無駄話している暇はないだろ」
「フレイヤ様、何と言われようと盗賊にかわりありません。危険ですから近づかないでください」
グレンがいつも通りお堅い発言を。
まぁ、王女を護衛するなら当然のことなんだろうけど。そもそもこんなところに連れてくるはずないんだろうけど。
「そういえば、キルラさんってダンジョンに来たことありますよね? ボスってどんなのでした?」
「ボス? うーん……ダンジョンの型によって変わるらしいんだけど、僕が攻略したダンジョンのボスは大型の魔物だったよ。大きさ以外には魔物との違いはなかったかな」
「そうですか……転移型のボスは情報あったりしますか?」
「最近は転移型ダンジョンに挑む人自体少ないらしいから、ちょっと古い情報になるけど、転移型は人型が多いらしいよ。それも強力な」
強力なのはどこも一緒だろうけど、転移型はそれよりもさらに強力なんだろう。
まぁ、人型だろうが魔物だろうが、結局やることは同じなんだけども。
開幕にでかいの一発叩き込む。先手必勝だ。
それで片がつけば早いんだけど。そう上手くは行きそうにはなさそうなんだよなぁ。
「戦力に憂いはないし、大丈夫だろうけど。……そういや、もう一人突っ込んだのが見当たらないな」
「サイウスか。あいつは武闘派ではないので、どこかで野垂れ死んでいるだろう」
俺の疑問にミネルバがすぐに答えてくれた。
元仲間とはいえ、随分とドライな返しだな。まぁ、盗賊なんて入れ替わりが激しいのかもしれないけど。
俺も別に心配とかではないしな。
「……と、先が見えたな」
片手間で魔物を駆逐しながら進んでいると、ようやく出口が見えてきた。
そこを抜けると、ボス部屋の手前の休憩部屋、とでも言えばいいのだろうか。そんな感じの部屋に出た。
ボス部屋の手前だとわかるのは、見るからに重厚そうな扉があるからだ。
「ここでいったん休憩した後、さっさとボスを狩る。そして外に出るとしよう」
あんまり長居すると元の世界での時間経過が起こる。メリットも特にないし。
歩き疲れたのか、フレイヤが床に座り込む。それにならって、皆腰を下ろして休憩する。グレンだけ立ってあたりを警戒しているようだが。
「そういえば、迷宮道具というものを見ていませんね。なかったのでしょうか?」
「迷宮道具や財宝なんかは全部ボス部屋にあるんだ。しかもボスを倒さないと起動しないという制限付き」
ダンジョン攻略経験者のキルラが説明してくれる。
ということは、ボス部屋にある迷宮道具を使いながらボスを倒すことはできないのか。
「それと、ボスを倒してダンジョンから出るまでの時間は、ダンジョンによって異なるけど平均十分程度。財宝なんかの回収は急がなきゃいけない」
五人いるから大丈夫……なわけないか。
五人しかいないんだよな。ダンジョン攻略なんて、もっと大人数でやるようなものだろうし。
魔導師四人いるから、戦闘に関しては問題がないとしても、そういう問題が起きるのか。
いろいろと面倒だな、ダンジョン攻略も。
大人数にすれば分け前を考える必要が出てくるが、かといって少人数でいけば財宝が多く持ち帰れない。
……いや、十分でどれだけ回収できるのかわからないけど。
迷宮道具や財宝が、どれだけ多く、もしくは少ないのかわからない。それはダンジョンによって変わるらしい。
「……ダンジョンって、なんであるんでしょう?」
今更になって、フレイヤがもっともな疑問を口に出した。
フレイヤの目がキルラへと向く。
キルラは苦笑を浮かべ、「わからない」と正直に言う。
次にグレンへ向くが、グレンも「すみません」と謝るだけ。
そして俺に回ってくる、と。
「真実は知らん。が、無神の悪戯って言われている。ダンジョンに住むのは魔物だけ。人もいなければ道具もない。文明も。無神は魔物を率いて世界に侵攻したから、そういわれているんだろう」
転移型ダンジョンは別世界に繋がっていると言われているが、このダンジョンは屋内だ。
そもそも屋外のものをダンジョンというのか自体怪しい。それにそんな記述を見たこともない。
「……無神はまだ世界を狙っている、と?」
「知らね。志半ばで封印されたんだ、そこで諦めるか奮起するかなんてわかるものか」
人それぞれだ。
それに神様なんだろう? 人の俺にわかるわけがないだろうに。
俺が会っているのは、奴の意を信じれば無神ではなく無の精霊なのだから。
「さて、そろそろ進むか」
立ち上がり、扉の前まで行く。
「あ、気を付けて。扉は勝手に開くから」
やけに親切だな、おい。
まぁ、こんな重そうな扉を人力で開けって方が頭おかしいと思うけど。
扉の前に立って少し待つと、キルラが言った通りに扉がゆっくりと開き始めた。
完全に開き切るのを待って、俺たちはボス部屋へと踏み込んだ。




