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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
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第三話 「青の魔導師」

 九階へと上がってきた。

 八階の檻に入れられていた連中は、侵入者である俺に一瞬喜んだが、悪名高いT-REXだと知って叫び声をあげていた。

 あまりにうるさいので、叫ぶ奴は放って帰ると言ったら一瞬で止んだ。

 まぁ、俺が帰って来られたらの話なんだけどな。


 九階には残りの下っ端らしき盗賊どもが待ち構えていた。

 彼らをタワーリングインフェルノで一掃し、十階へ続く階段を上った。

 ついでに食料なども一緒に燃やしてやった。働かざる者食うべからずだ。いや、犯罪を働いているんだろうけど。


 十階へと上がると、そこは異様な光景だった。

 まず、肘掛のある椅子に足を組んで座る、青髪に青眼のミネルバ。

 その隣に、六階でミネルバを呼びに来た男。

 ミネルバの後ろには屋上へと続く階段がある。


 銀の檻に入れられた、グレンとフレイヤとキルラ。

 しかもグレンは懐かしい金髪碧眼だ。フレイヤも、元の髪色に戻っている。

 魔導書の選定を破棄した結果だろう。俺も一度やったことがあるからわかる。


 そして、ミネルバの近くに転がる焼死体、それに目が虚ろな廃人。

 数は6体。生き残りは、ミネルバと男以外にいない。


「……選定済みの魔導書を、無理に他の奴に持たせたか」


 精霊にはそれぞれ司る感情があるように、性格もある。

 赤の魔導書、火の精霊ならば怒りやすい。白の魔導書、光の精霊ならば厳格。

 焼死体は赤の魔導書を使おうとした奴だろう。廃人は白の魔書だ。


 魔導書は普通、一般人が使えるものではない。

 それは魔力総量の面だったり、精霊の好みだったりがあるからだ。

 それでも無理に使おうとすれば、精霊の怒りを買い、何かしらの罰を与えられる。


 火の精霊は怒りやすいから、どうせ自分が選定していないものが持った瞬間に燃やされたのだろう。

 光の精霊は厳格ゆえに、選定していない者が持つことをとても嫌う。だが慈悲もあるので、殺されはせずに廃人になったのだろう。どの道死にそうだがな。

 ちなみに黒の魔導書の、闇の精霊であるグリムの性格は無関心だ。選定していない相手にはとことん興味を示さず、たぶん持ったくらいでは殺されはしない。


「彼はこうなることを知っていたのですか。やはり捕まえておくべきでしたね」

「サイウス、奴の戦闘はすべて見ていただろう。捕らえられんさ」


 ミネルバとその隣の男、サイウスが会話をする。

 ……なんか蚊帳の外で寂しいな。

 なので俺も勝手に会話をさせてもらう。


「グレンのその外見って久しぶりだよな。その方がライオンっぽいから俺は好きだけど」

「……貴様、この状況で何を」

「わたくしもそう思います。グレンの赤い髪も綺麗ですけど、金色の方が似合っていますよ」

「フレイヤ様まで……!」

「ていうか、さっさとその檻から出ろよ。できるだろ」

「できるか! 貴様と一緒にするな! 誰も彼も魔力操作など使えるか!」


 グレンが銀の格子をガンガンと叩く。

 えー、でもさわり程度は教えたはずだし、だとすればそこから発展させなかったあいつらのせいだろ。


「大体魔導書とられる前に、でかい炎でもぶっ放せばよかっただろ」

「フレイヤ様を巻き込んでしまうだろ!」

「いや、姫様なら傷一つつかずに助かるだろ。仮にも魔導師だぞ」

「仮にもってなんですか。立派な魔導師ですよ」

「魔導書持つだけで魔導師ってのは浅はかだな。最低でもキルラさんに勝たないと」

「最低が僕って……それって評価されてるの?」

「してますよ。ていうか、キルラさん以外評価してませんし」

「ええっと……」


 キルラが困ったような笑みを浮かべる。

 そもそも俺がこの国で戦った相手なんて、学園のトーナメントくらいだ。経験がなさすぎる。

 暗黒大陸では嫌というほど戦ってきたけど。


「悠長に話している暇があるなら檻を壊せ!」


 グレンがたまりかねたようにそう叫んだ。

 そうは言われても、捕らえている相手は魔導師だ。何を仕掛けているかわからない状態で、壊すも何もないだろうに。


 案の定、グレンの叫びを聞いたミネルバが腕を振った。

 すると銀の檻が置かれている床に水があふれ、人三人入れた檻を持ち上げた。

 そのまま水は移動していき、塔の窓の近くに移動した。


「魔導書を渡せ」

「それは頼みか?」

「違う。命令だ」


 息を吐く。

 俺は懐から黒の魔導書を取り出す。


「貴様バカか!? なぜ大人しく従う!」

「お前は死にてえのかよ!?」


 いや、確かに大人しく従うのはバカかもしれないけど。

 ていうか、俺が大人しく従うと思っているのか、あいつは。


 ミネルバの隣にいたサイウスが、俺の方へと近づいてくる。


「妙な動きをしないでください。無駄な殺しはしたくありません。相手が王族ともなれば、ね」

「苦労してそうだな、あんたも。その目、いつか頭領を食おうとしているよな」

「…………失礼なガキですね」


 サイウスの頬が微妙に引きつったのが見えた。

 図星をつかれた、ってほどじゃないんだけど……その考えが少なからずあるってことだろうか。

 盗賊の内輪もめに興味はないんだけど。


「さっさと魔導書を渡しなさい。主導権はこちらにあるんですよ」

「はいはい」


 俺は魔導書を手渡す。


「選定を切れ」

「先に檻をこちらに寄越せ」


 いくらなんでも、そう簡単に従う気はない。


「……剣も捨てろ」

「はいはいっと」


 言われたとおり、腰に差していた剣を放る。

 これで俺の武器は一切なくなってしまった。というわけではもちろんない。

 魔法なんて書物関係ないし。魔力操作使えりゃ十分だし。

 魔導は魔導書がないと使えないが、魔法でも魔力操作ができれば魔導級にできる。


 ミネルバが檻へと手を振りかざすと、水がそのままこちらに寄ってきた。


「そういえばさぁ、お前の罪はいくつくらいだった?」


 暇つぶし、与太話程度にそう聞く。

 ミネルバは軽く顔を上に向けた。


「数え切れんな。そもそも、お前とあたしたちの罪の基準は違うだろう?」


 確かにそうだろうけど。

 普通の、一般人からしたら人殺しは罪だ。が、盗賊にとって人殺しは生きていくうえで必要なものであり、生きるために必要ならば罪とは思わないんだろう。

 とはいえ、殺しは罪だ。


「一つ、言えるとすれば、お前よりは多いよ」

「俺より多い? はっ、これは笑える」


 思わず失笑してしまった。

 俺より、罪が多いだと? 笑わせる。


「お前にはこの仮面が見えねえのかよ? ふざけんじゃねえぞ。俺を、T-REXを舐めてもらっちゃ困る」


 笑いを何とか抑え込み、続ける。


「砂漠の塔に籠って、ちまちま悪事働いてるテメエら小悪党と一緒にするな。国に喧嘩売る度胸もねえ、矮小なクソガキどもが。

 俺は、もう少しで国が盗れた。カラレア神国の女王を殺せたんだよ。

 ま、あと一歩及ばずだったけど……俺は粘着質だからなぁ。仕返ししてやらねえと気が済まねえんだ。

 皆ご存知、女王と王女の魔晶化。

 テメエにこの罪を数えられるか? ああ?」


 鬼気迫る勢いで、そう問い質してみた。

 ミネルバもサイウスも、喉を鳴らして唾を飲みこんだようにみえた。


「……っていう演技をやってみたんだが、グレン、どうだった?」

「貴様はバカだ!」


 態度を一変させ、へらっとグレンに訊いてみると罵声が返ってきた。


「どうよ、今の。暴君に見えたろ?」

「見えんな。貴様の正体など、とうに見切っている。今更騙されん」

「なんだよー。暗黒大陸の奴らは簡単に騙せられたのにー」


 グレンの、いやに堂々とした態度が気に食わないけど。

 やっぱりグレンには通用しないか。結構迫真だったと思ったんだがな。


 俺は吐息し、近づいていた銀の檻に触れた。


「動くなと――」

「遅ぇよ」


 ミネルバが言い切る前に。

 俺は手に雷と風を複合させ、魔導級の命令式と魔力を加えて手刀で銀の格子を切断した。

 銀の格子が豆腐のように斬れ、中にいた三人が急いで這い出てきた。


「サイウス、魔導書を持って来い!」


 ミネルバが座っていた椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、背後にある階段を駆け上がった。

 残されたサイウスも、転がっていた赤と白の魔導書を回収し、三冊の魔導書を持ってミネルバの後を追って行った。


「待てっ!」

「は、お前だ」


 グレンが慌てて追おうとしたのを、足を引っかけて転ばす。

 綺麗に顔面から着地したグレンが、怒りながら詰め寄ってきた。


「何をする! 魔導書を集めるのが貴様の目的だろう!?」

「そうだけど、逃げたってことは、何かがあるってことだろ。無策に突っ込むな、アホ」


 もちろん、このまま取り逃がす気は毛頭ない。ちゃんと四冊回収して次に向かうさ。

 だが、俺が言ったように、逃げたということは何かがあるということ。

 屋上には転移型ダンジョンの入り口がある。他にも、何か罠や装置があるのかもしれない。

 そんなところに、猪のように突っ込むような馬鹿な真似はやめて欲しい。


「ダンジョンに逃げたらどうする気だ!」

「逃げないよ。ここの盗賊団の人数はかなり多い。そいつらが、攻略もしないで放置するわけがないだろ。つまり、あいつらじゃ攻略できないって言っているようなものだ」


 そこに逃げ込むなんて、バカじゃないか。


「とりあえず、先頭は俺が行く。何かあっても魔眼で見つけられるからな」

「……」

「姫様は残っていてもらった方がいいかもな。キルラさんも護衛で」


 ついでにグレンも置いて行ってもいい。

 フレイヤは魔導書がないと完全に使い物にならないだろう。グレンも、魔導書がない今では剣技しか取り柄がなさそうだ。

 どちらかというと、グレンとキルラなら、魔法剣を使えるキルラの方が戦力としては上かもしれないが、仮にも王族のフレイヤを手薄にするのもダメな気がする。


「わかりました。確かに魔導書がないと、わたくしは役に立てそうにありません」

「ん、なら僕も残るね」


 二人が了承してくれる。


「何かあれば、分かりやすい合図してください。すぐに戻ってきますから」


 そう釘を刺し、俺とグレンは屋上へと続く階段に向かった。


「グレン、剣は?」

「とられた。替えも全部」

「なら俺の使え。俺は魔力さえありゃ、なんでもできるし」

「……わかった。ありがたく使わせてもらう」


 俺が差し出した剣を、グレンが素直に受け取った。

 武器がないと活躍できないのは自覚しているらしい。


「俺がミネルバを担当するから、お前は金魚の糞をよろしく」

「ああ。すぐに手伝ってやる」

「そりゃありがたい」


 グレンの返しに軽く笑う。

 まぁ、確かにあのサイウスとかいう奴の実力はそこまでないだろう。どちらかと言えば参謀タイプだ。

 グレンの敵ではないだろうけど、ああいった奴は自棄になるとどんな行動をとるかわからないからな。

 頭がいい分、厄介な状況になるだろうし。



☆☆☆



 階段には特に罠などはなく、難なく屋上へと着く。

 そこにはミネルバとサイウスが待ち構えていた。サイウスの髪色などは特に変化していないので、この短時間で魔導師になったというわけではなさそうだ。

 まぁ、そりゃ黒はまだ俺が選定を切っていないし、赤と白も死ぬ可能性があるのにわざわざ使おうとしないか。


 彼女たちの後ろには、転移型ダンジョンの入り口が見えている。

 次元の裂け目のように、その空間が歪んでみえている。


 そして一際目を引くのが、屋上部分の中心で水を噴き上げている噴水だ。

 結構な高さまで上がっており、散ったしずくで虹が見える。


 魔導書は……どこかに隠したのか、見当たらない。

 魔導書とはいえ、書物に変わりはないからそこまで大きくはない。隠すくらいならいくらでもできるだろう。

 それこそ、体のどこかに忍ばせるくらいは。


 魔眼を透視に設定すれば、相手の装備品から暗器まですべて丸わかりだ。

 結果、サイウスの服の下に、三冊の魔導書が。汚いことしやがる。


 俺は相手に訊かれないよう、小声で隣のグレンに教える。


「隣の奴、服の下に三冊ある」

「わかった。では、さっさと片付ける」


 グレンがそういうと、サイウスに向かって駆け出した。

 鞘を持ったまま、十分に接近したところで抜刀する。

 その速さは異常ともいえるほどに速い。


 出遅れたサイウスは、それでも何とか身を引いてグレンの斬撃を回避すると、転がりながら距離を取ろうとする。

 そんなことをグレンが許すはずもなく、すぐさま追撃を与える。


「――っと」


 グレンの戦闘に気を取られていると、ミネルバの方から水のレーザーが飛んできた。

 それを半身になって躱し、ミネルバに正対する。


「危ないな。もうちょっとで頭に穴が開いていたぞ」

「当たり前だ。それが狙いなのだから」


 仮面越しに見るミネルバは、焦っているようだった。

 何を焦っているのか……まぁ、サイウスの戦闘が気になっているのだろう。

 あっちは完全にグレンの独壇場だろう。せいぜいせこい罠を設置しながら逃げ惑うのが関の山。ミネルバが俺を倒して手助けが必要に決まっている。


「【スプラッシュ】」


 ミネルバが手を振りかざした。

 俺は咄嗟にその場から飛び退く。その直後に、先ほどまで俺が立っていた位置から水が噴き出した。


 魔導師相手は、近くにグレンがいながら何気に初めてだ。黒以外の魔導はすべて初見、魔導探知の結界は外せないか。

 魔導は必要魔力が多い分、少し雑に作った結界でも十分に探知はできる。

 その代わり、下手したら一気に死んでしまいそうだ。


 俺が逃げた先へと、ミネルバが腕を振るってくる。

 その腕の動きに合わせて、噴き出した水が俺に迫ってきた。


「チッ、【ストーンウォール】」


 目の前に石壁が立ちはだかり、ミネルバの操作する水の進行を阻む。


 魔導の命令式を逆算しようにも、魔導にもなれば複雑だ。

 暗黒大陸で、コトの雷魔術を逆算、書き換えるのに、結構な時間を取られた。

 距離が取れない今、相手の魔導を操作することはできそうにないか。


 とはいえ、こちらに黒の魔導書はない。

 タワーリングインフェルノやイビルゲートが使えないので、魔法に魔力を込めて対抗するしかない。

 命令式の複雑化も、魔力の増大も、呼吸するようにできるようにはなった。それでも、魔導には敵いそうもない。


 ミネルバが水圧を上げたのか、俺が作った石壁にひびが入った。

 かなり厚めに作ったつもりだが、やはり敵わないようだ。


 俺はすぐさま壁を回り込んで、ひびを大穴へと変えて押し寄せてくる水から逃げる。


「どうした、T-REX。国に喧嘩を売ったわりには逃げ腰じゃないか」

「俺の魔導書奪っといてよく言うよ」


 魔導書さえあれば、一瞬だ一瞬。

 まぁ、今まで魔導書に頼り過ぎていたという怠慢もあるのだけれど。

 グレンが魔導書を取り返してくれるまで逃げ回るのもありだが、それだとミネルバが標的をグレンへと変えかねない。

 どこかで攻撃をして、俺をフリーにさせないようにしなければ。


 ……あれ、フリーになってから不意を突いた方が効率いい気がするな。

 そんなことすれば、後でグレンに何言われるかわかったもんじゃないが。


 そろそろ本腰を入れるか。

 まずは、身体強化からやろう。基本だけど、魔導書のない今では身体能力も関係してくるだろうし。


「さて、こっちからも行こうか」


 ミネルバへと向けて駆け出す。

 それに合わせ、ミネルバも水を手で操って攻撃をしてくる。


 縦横から迫りくる水柱を、跳んで回って躱し、俺も魔法を放つ。


「【天嵐】」


 風と水の複合魔法だ。

 地上30mということもあり、それなりに強い風が吹いていた屋上だが、今まで以上の強風が吹き荒れ始めた。

 そこに叩きつけるような勢いで雫が舞い踊る。

 風の操作はすべて俺の思い通り。ミネルバを塔から落とす気で強風を叩きつける。


 範囲型のせいでグレンの方にも影響を与えてしまうが、これくらいは我慢してもらおう。

 こっちは魔導師相手だしな。


 ミネルバが腕を顔の前へ持っていき、雫から守っている。

 そのうちにぎりぎりまで接近し、拳をミネルバへと向けて放つ。


「くっ――【アクアウォール】!」


 拳が届く寸前で、ミネルバの張った水の壁に阻まれてしまった。

 だが、拳に込めたバーンフレイムはそのまま発動し、水の壁を爆散させる。


「魔導師が肉弾戦などふざけてる……!」

「お前のせいだろうが!?」


 魔導書奪ったのはそっちなのに!

 ミネルバの毒に思わず大声で返してしまった。


 やがて俺の仕掛けた天嵐が収まる。


「【アイシクルレイン】!」


 ミネルバと俺を隔てるように大きな魔法陣が展開された。

 魔法陣からは、鋭く尖った氷塊がせり出してくる。


 俺が回避のために後ろへと下がるのと同時に、その氷塊が射出された。

 火魔法を放って溶かしてみるが、射出量が多く、すべてを溶かし切るのはとても無理だ。

 砂漠のど真ん中で、まさか氷を拝めるとは……まぁ、魔法だとなんでもありなんだけども。


 氷塊が仮面を削り取っていく。

 致命傷になりそうな狙いの氷塊は優先的に溶かしていくが、それ以外の氷塊は体の表面をかすめていく。

 仮面も壊したくないが、ローブも完全に破けてしまうのは嫌だな。


 射出量や魔法陣の大きさから、そう長く保つことはなさそうだが、ミネルバの魔力総量もよくわからない。

 俺並みにあるとは思わないが、それでも魔導師になるくらいなのだから人並み以上ではあるだろう。


 どう攻撃に転じるか。

 このまま魔力切れを待つのもありだろうけど、それまで放ち続けるとも思えない。


「……くそっ」


 氷塊の弾幕から逃れるため、上へと逃げる。

 身体強化をした状態でのジャンプで、結構な高さまで到達する。

 風魔法で体のバランスを取りながら、上から攻撃を加える。


「【サンダーストーム】」


 ミネルバへと向けて、無数の雷を走らせる。


「【アクアプリズン】」


 雷がミネルバへと当たる直前、ミネルバは自身を水の牢へ入れて、雷から身を守った。

 俺の放った雷は水牢の表面を抉るが、中心のミネルバまでは届かない。


 魔導に魔法で対抗はできそうにないか。

 こうなれば、どこかで不意を突くか、グレンが取り返してくれるまで粘るか。


「おい! 魔導書を取り返したぞ!」

「ナイスタイミング!」


 背後からグレンが声をかけてきた。

 俺はすぐにグレンのもとへと移動し、黒の魔導書を受け取る。


 サイウスはどこかとあたりを見回してみれば、塔で未だに水を噴き上げている噴水の近くに倒れていた。

 結構な量の血が流れているようで、そこに血だまりができつつある。


「殺したのか?」

「ぎりぎり生きているだろう。その前に魔導書を放り出したので、先に回収したんだ」


 まぁ、あの傷ではどの道すぐに死にそうではあるが。


 今はあんな三下どうでもいい。

 俺はミネルバへと向き直る。


「ミネルバ、形勢逆転だな」

「……」

「魔導書を渡せ。それで、引いてやる」


 俺の発言に、隣のグレンが突っ掛かってくるかと思ったが、そういうことはなさそうだ。

 ミネルバはこちらを睨み付けるように見てくる。


「青の魔導書を渡せ。これは命令だ」


 もう一度言うと、ミネルバが吹き出した。


「ははははは! 形勢逆転? バカを言うな。この砂漠に入ってから、君たちが有利になった時などただの一度もない!」


 俺とグレンが、ミネルバの笑いに当惑していると、階段の方を指差された。


「見ろ。君たちのお姫様は、我らの手のうちだ」


 階段から現れたのは、盗賊に捕まったフレイヤとキルラだ。

 キルラは重傷を負い、気を失っているのか反応がない。


「なっ――!? バカな! 塔にいる盗賊はすべて排除したはずだ!」

「そうだな。塔にいる盗賊は、な」

「……チッ、噴水はそのためか」


 俺が尋問をした奴は、盗賊の数を五十程度といった。そして、そのうち三十はイナバ砂漠に出ている、と。

 俺たちが塔で殺してきた盗賊は、全体の半分もいかない数の盗賊だったというわけだ。

 そして、ミネルバは屋上で噴水を上げることで、塔に異常があったことをイナバ砂漠に出ていた三十人の盗賊に知らせていたのか。


 階段から現れた盗賊の数は十にも満たない。キルラが奮戦してくれたおかげだろう。

 だが、それでも状況が悪いのは変わらない。


「形勢はどちらが有利かな? わかったなら、魔導書を渡せ」


 ミネルバが、倒れていたサイウスに回復魔法をかけながら要求してくる。

 フレイヤをどうするか……。


「……おい、何か魔導はないのか?」

「誰か一人を限定しての魔導はない。フレイヤが捕まっている以上、何もできないよ」


 正直、人質なんてされたら手の打ちようがない。


「まずは、T-REX。お前から魔導書を渡せ」

「……」


 俺は素直にミネルバに黒の魔導書を放る。

 ここからどう逆転するか……ここまでくれば、賭けしかないか。

 相手に訊かれないよう、小声でグレンと話す。


「グレン、赤の精霊はなんて言うんだ?」

「こんな時に何を言っている?」

「いいから言え。何とかするのに必要なんだよ」

「……イフリートだ」


「何を話している? 次は白の魔導書だ」


 グレンが白の魔導書をミネルバへと放る。

 これで残りはこちらにある魔導書は一冊。


「ああ、そうだ。選定を切ってもらわないとな」


「……グレン、いいか? とりあえず、俺が動く。何があっても、相手に隙ができれば真っ先に姫様を救いに行け」

「……? ああ、わかった」


 グレンが了承した。

 これで、後は賭けに出る。


「選定を切れ」

「……我、今ここに盟約を解き、神と道を違える」


 詠唱とともに、俺の中から何かが抜けていく感覚がする。

 黒色だ。髪や目を黒くしている、黒の魔導書の影響が抜けていく。

 今、俺の髪は白く染めあがって、もとい抜け落ちただろう。


「――白の、髪?」


 俺の髪を見て、なぜかミネルバが目を見開いて驚いている。

 だが、それは周りの盗賊連中も同じだ。


 人族の白髪は、魔王の証。忌み嫌われる象徴。


「……赤の魔導書を渡せ」


 困惑しているようだが、それでもミネルバがグレンにそう要求した。

 そして、グレンが赤の魔導書を放った。瞬間。


 それに合わせて、俺も駆けだす。


 周りが驚きで一瞬反応に遅れている隙に、空中にある赤の魔導書を手に取る。


「イフリィィト!」


 赤の魔導書を掴んだ手から、何かが流れ込んでくる。

 今度は赤色だ。髪や目の色へと影響を及ぼす、魔導書の赤色が流れ込んでくる。


 髪が赤く染めあがっただろう。瞳が赤く輝いているだろう。


 俺はすぐさま赤の魔導書を開き、適当なページの魔導を発動する。


「万物が恐れる赤き象徴、その力を我が手に。

 天を赤く焼き、大地を黒く焦がせ。

 万象を焼き払い、焼き尽くし、焼き焦がせ。

 我が望むはただ一つ、あらゆるものの灰燼のみ。【ファイアーヴォルテックス】!」


 中心で噴き上がる噴水よりも巨大な、炎の渦が発現する。

 その渦から炎が飛び、触れた相手をも巻き込んで燃え盛る。


 階段近くにいた盗賊たちが次々と炎の渦に飲み込まれていく中、グレンがその中を突っ切っていく。

 フレイヤを捕らえていた盗賊が炎の渦に怯えている隙に、脇から剣を突き刺す。

 すぐさまフレイヤを抱えて退避すると、渦から腕のように伸びた炎がその盗賊を捕らえて巻き込んだ。


「ありえない……なんだ、何だこれは!?」


 サイウスが炎の渦を前に、腰を抜かして座り込んでしまっている。

 近くにいるミネルバは、それでも魔導で対抗しようとしてくる。


「【デリュージ】!」


 炎の渦へと向けて、洪水のような量の水が押し寄せ、加え今まで晴れていた空に真っ黒の雲がかかり、豪雨まで降ってきた。

 その大量の水は炎の渦にぶつかると、蒸気を噴き上げて消火されていく。


 大量の水は、時間をかけて炎の渦を消火した。


「ミネルバ、諦めろ。お前に勝ち目はない」

「何を言って――!?」


 未だに戦意を喪失しないのは賞賛に値するが、それでも相手の勝ち目は既にない。

 俺が空へと手を向ける。ミネルバやサイウスが、吸い込まれるようにして俺の指先を追う。


 そこには、赤々と燃える、隕石がある。


「詠唱は済んだ。この手を振り下ろせば、あの星はお前へと降り注ぐ」

「……っ!」

「取るべき行動はわかっているか?」


 仮面の下でも笑みを浮かべて問う。

 ミネルバは歯を食いしばって悔しそうにしている。先に動いたのは、サイウスだった。

 サイウスは土下座までして懇願してくる。


「お願いだ! 助けてくれ!」

「ハズレ」

「命だけはどうか!」

「ハズレ」

「なんでもいたします! 跪きましょう! 靴を舐めましょう!」

「ハズレ……」


 靴を舐めるとか初めて聞いたよ。初めて言われたよ。

 男にやってもらっても、汚いとしか思わないよ、普通。いや、女でもやって欲しくないけど。


 そろそろ諦めないんだろうか。


「そもそも、お前に正解はないよ。俺が問うているのはミネルバなんだから」

「……」

「大体、盗賊しといて生き延びようっていう考えがありえない。

 人を殺す覚悟があるなら、殺される覚悟もしといて当然だろう? お前らが築き上げた屍は、狂気と怨嗟で泣き喚いているんだよ。

 今この状況で、お前らは屍の山に加わるか、針の孔ほどの可能性にかけるかの二択だ。

 何か答えてみろよ、盗賊頭領ミネルバ・マーメイ。次の発言で、お前を、今ここで、T-REXが裁いてやろう」


 ミネルバは俯き加減だった顔を少しだけあげ、俺と目を合わせてきた。


「――ならば、針の孔に糸を通そう」

「残念だ」


 腕を振り下ろす。

 空中で静止していた隕石が、ゆっくりと始動した。

 それは重力加速も加わり、すぐに轟音を立てるほどにまでになった。


「【メテオストライク】」


 星が、降る。

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