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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
魔導書編 集める魔導師
103/192

第二話 「塔」

 デザートリザードの背に乗って移動すること三日。

 当初の予定よりも早めに塔へと到着することができた。


 その塔は砂漠に立ち、ピサの斜塔のように微妙に傾いている。地盤が砂だから仕方ない。

 高さは大体……30mだろうか。結構高い。

 天辺、屋根のあたりは歪んで見える。転移型ダンジョンの入り口のせいだろう。


「高いな……正面から行くのか?」

「は? ……そもそもさ、盗賊を一網打尽にして、なおかつダンジョンを潰せるかもしれない方法が――」

「塔の破壊は却下だ」

「手っ取り早いのに!」


 なんでいけないんだ。どうせ盗賊が住みついたせいで誰も近寄らないくせに。

 無駄物件だろ。破壊だ破壊。


 そもそも盗賊がいることがわかっているのに、わざわざ正面突破する方が馬鹿らしい。どうせトラップだらけなのに。

 ダルマ落としの要領でいけないかな……いけないか。破壊だもんな。


「とりあえず、中に入る? 盗賊がいるっていっても、一階にはさすがにいないでしょ」

「キルラさんの時はどうだったんですか?」

「確か……三階あたりで盗賊が出てきて、倒しながら進んでいたんだけど、どこかで意識が途切れたんだ。その後は覚えてない」


 キルラが申し訳なさそうな顔でそういう。

 催眠系でもあるのだろうか。まぁ、入ってみなければわからないか。

 それに、三階までは大丈夫そうだし。


「とりあえず聖域を張って進むか」

「そうだな。まずはそれで様子を見よう」


 グレンも頷き、様子見から始めることに。

 俺が詠唱破棄でダークサンクチュアリを発動し、全員を覆って中に入っていく。

 中はそれなりに広い。家具などは一切なく、上へと続く階段があるだけだ。

 窓代わりかどうか知らないが、壁には等間隔に穴が開いている。


 迷うことなくその階段を、グレンを先頭に上る。

 襲撃があるとすれば三階からだろう。違ったとしても、ダークサンクチュアリがある限り不意打ちでもこちらに攻撃は加えられない。


 二階にも何もない。一階と同じ構造だ。

 案外拍子抜けした。何かトラップなどでもあるのかと思っていたが、そんなものはないし。

 あたりを観察し、やはり階段しかないので上る。


 三階に入った瞬間に、それまでとは違う空気に包まれた。

 フレイヤ以外が臨戦態勢に入る。腰に差した剣に手を掛け、周囲を三人で警戒する。

 魔眼を透視に設定し、あたりを見回す。


「――グレン、階段!」


 すると、階上から複数の人影が降りてくるのが見えた。

 グレンがすぐさま、四階へと続く階段に駆け出した。


 フレイヤは状況についてきていないのか、ぽけっとしている。まぁ、戦力に数えていないからいいんだけども。

 お姫様はキルラに任せ、他に待ち伏せをしている奴がいないか周囲を改めて見回す。

 三階にはそれなりに物が置かれている。テーブルや椅子、木箱なんかもある。


 ……木箱が怪しいな。人が入れそうには大きいし。まぁ、透視しても人はいないんだけど。

 一応調べるか。爆発物があるかもしれないし。

 俺はキルラに振り向き、木箱を指差す。

 頷きを返してくれたので、ゆっくりと近づいていく。

 複数ある木箱のうち、一番近くにあったものから中身を確認していく。


 中身は衣類や武器といったものばかりだ。

 さすがにこんな場所に食料を置くバカはいないか。


「ネロ、そっちにいったぞ!」


 木箱を点検していると、後ろからグレンの声が響いた。

 咄嗟に振り向くと、そこには剣を振り上げた、いかにも盗賊といった見た目の男がいた。


 盗賊の攻撃を半身になって躱し、剣を鞘ごと引き抜く。

 二撃目を放ってくる盗賊に対し、相手の持つ剣に向けて強めのウィンドボールを放つ。

 風の弾が、盗賊の持つ剣にあたって吹っ飛んでいく。その隙に鞘に入れたままの剣で、相手の首を叩く。


 肉を打つ感覚がする。

 強めに入れたために、盗賊は簡単に膝から崩れ落ちた。死んではいないはず。


 階段の方からはグレンの撃ち漏らしがどんどん溢れてくる。

 さすがにあの数は、グレンでも捌き切れないだろう。キルラはちゃんとフレイヤを守っている。

 俺は階段に向けて駆け出し、グレンの手伝いを行った。



 十数名の盗賊の死体が転がる。

 赤い階段を上る前に、俺たちは一階下に降りて小休止をしていた。


「貴様、まだ人殺しに抵抗があるのか?」

「できるだけ殺さないようにしているだけだ」


 俺は終始剣を鞘に入れたまま応戦していた。魔法も低威力のものしか使っていない。

 俺が気絶か隙を作った相手は、すべてグレンとキルラが処理をしていた。

 足手まといになっているようだから、あまり悠長なことを言ってはいられそうにないが……。


「姫様的にはどうなの? 人殺し」

「そうですね……あまり気分の良いものではありませんが……」


 フレイヤが少し沈んだ表情を浮かべる。

 それでも一応肯定しているんだろう。

 まぁ、こんな世界、やらなきゃやられるだけだからな。俺も覚悟を決める必要があるか。


 小さくため息を吐く。


「さて、そろそろ行くか」


 グレンがそういうと、立ち上がって歩き出した。

 俺もそれに続いて立ち上がり、キルラとフレイヤもついて来る。


 再び三階に上る。

 そしてそのまま四階へと通じる階段に向かっていく。


 その時、視界の端で何かが動いた。

 グレンたちは気付いている様子はないので、俺一人隊列を離れる。

 塔の壁の方へと近づき、何があるのか確認しようとしたとき。


 俺が最初に気絶させた盗賊が、タックルをかましてきた。


 その方向は、窓代わりに壁に空いた穴だ。

 不意を突かれた俺は、そのまま窓から放り出され、砂の地面へと真っ逆さまだ。


 風魔法を使って落下速度を減速させながら、砂の地面に激突する。

 背中から落ちたために、肺の空気がすべて吐き出される。

 その一瞬後には必死に荒い息を吐いて、何とか立ち上がる。


「ネロくん! 大丈夫!?」

「あー、問題ない」


 窓から三人が顔を出してくる。

 俺が軽く手を振ってやると、全員ほっとしたような表情を浮かべた。


「油断したな。ちゃんとトドメをさせ」

「今となっちゃ、その心配もいらんがな」


 俺にタックルをかました盗賊は、俺と一緒に三階の高さから落下した。

 普通、三階から落ちても死にはしないだろうが、この盗賊はあろうことか頭から地面に突っ込んでいる。

 そのおかげで、首がありえない方向に曲がってしまっている。確認するまでもなく、死んでいるだろう。

 なぜこんなことをしたのか……バカなのかな。それか頭目が怖いのか。


「お前らは先に上目指せ。俺もすぐに追うよ」


 上を指差し、先にいっておいてもらうように頼む。

 三人は一度顔を見合わせると、こちらに頷きを返してくれた。

 そして頭を引っ込め、そのままきっと上を再び目指しただろう。


 俺は右手で髪を掻きながら、一緒に落ちてきた盗賊に目を向ける。

 種族は人族だろう。人族の国なので当たり前と言えば当たり前なのだが。

 それ以外に気になるところは特にない。持ち物にも、魔導書はない。

 まぁ、盗賊の頭目がこんな簡単に死んだら困るんだけど。


「さて」


 俺は塔を見上げた。

 どうせどこかで別れようとは思っていた。

 相手はキルラを捕らえるくらいには強い。そして捕まえるってことは檻か何かがあるはずだ。

 キルラは魔法剣士だし、魔法が使えないわけではない。たぶん、魔法を封じるための何か手があるはずだ。

 銀手錠か、あるいは魔導か。

 どちらにせよ、捕まった場合を考えると二手に分かれた方が得策だろう。


 俺は別に一人でも大丈夫だ。そこまで弱くはない。

 向こうも、グレンとキルラがいるから大丈夫だとは思うけど……フレイヤがどうなるか。


 俺はもう一度髪をかき上げ、再び塔の入り口をくぐった。



☆☆☆★★★



「あら?」


 ネロが窓から落ち、グレンたちは三人で先に上へと目指していた。

 三階で襲撃にあい、その後は特に何事もなく六階まで上ってきたとき、フレイヤが首を傾げた。

 グレンとキルラが同時にフレイヤに振り向く。


「どうしました?」

「今……歌声のようなものが聞こえた気がします」


 フレイヤに言われ、グレンとキルラが耳を澄ます。

 すると、確かに歌声のようなものが聞こえてきた。まだ遠いのか、はっきりとは聞こえないが、微かに響いてくる。

 音源はどうやら階上だ。


 三人が顔を見合わせた。

 誰かいるのは確実だろう。だが、盗賊がいるこの塔で、一般人の可能性はあるだろうか?

 あったとして、それはきっと捕まっているだろう。まさか捕まった状態で歌っているというのか?


「……グレン様、何か思い当たることはありますか?」

「特にはないが……」


 三人が首をひねって考え込む。


 ――歌声が、だんだんと近づいてきた。


 その歌声は美しく、魅了されるようで、思わず聞き入ってしまう。

 三人ともが目を閉じ、その心地良い歌声に意識が向けられる。

 その瞬間、三人の意識が途切れた。



★★★☆☆☆



 三階まで上がってくると、死体が片づけられていた。

 ここまで上がってくる際に、窓から影が降って行っていたのを視界の隅で捕らえていたので、あれが死体だったのだろう。

 塔の外で、特に興味もわくことがなかったので確認はしていないが。


 イナバ砂漠には魔物が多い。死体の処理も、魔物がしてくれる。

 具体的に言うと、砂漠に放置していれば勝手に食ってくれるのだ。魔物は雑食だし。なんでも食べる。

 それこそ骨すら食べるから、魔物がいるところで死ぬとまったく消息が絶つ。


 四階に上がる。

 特に何かがあるわけでもない。襲撃も、待ち伏せもない。

 階段に足をかけた。


 五階。

 ここには木箱がいくつかあるが、中もその背後にも特に気になるものはない。

 次。


 六階。

 木箱とテーブルと椅子と。

 あとは……落し物だろうか。

 階段付近に落ちていたティアラを拾い上げる。


 ……ティアラって、確定じゃねえか。

 思わず頬が引きつった。


 十中八九、捕まったようだ。

 それにしても、こんなわかりやすいものを見逃すだろうか。


 フレイヤがつけていたティアラをリュックに突っ込み、七階への階段に足をかけたとき、何かが聞こえた。

 それは歌声のようで、とても美しく、魅了されるような……。

 そこまで考えた瞬間、俺はすぐにダークサンクチュアリを発動させた。


「あいつら、知らなかったのか……?」


 盗賊に海人族がいることは知っていても良いとは思うが……ドライバーの情報だし、知らなかったのかもしれない。

 だったら俺のミスか。


 海人族、特に女性の中には歌に魔力を込めて惑わすことができるものがいる。

 催眠魔法とはまた違う、いうなれば種族固有の魔法。

 よく人魚が歌で人を魅了するなんて話を訊くけど、それを体現しているんだろう。


 しかし、これで盗賊の中に海人族がいることは確定だ。

 それがミーネであるかはわからないけど、確率は高いか。


 サンクチュアリは魔力を遮断することができる。

 そのため、歌は聞こえてくるが惑わされることはない。

 別に海人族の催眠歌は秘匿されているものではないから、わかるとは思うんだけど。


 歌声がだんだん近づいてきている。

 俺は急いで階段から離れ、木箱の裏に隠れると錯覚魔法を使って姿を消す。

 その後、また違う木箱の裏に移る。


 階段から降りてきたのは、いまだに歌い続けている海人族の女性だった。

 青い髪に青い瞳……青の魔導師、だろうか。そうそうに頭目が出てくるとはな。


 ……ミーネ、に似ているだろうか? ちょっと記憶が古すぎてわからないな。

 成長して会っていれば、面影くらいは見つけるかもしれないが。

 年の頃は俺よりも少し年上くらいだ。


 彼女は六階に降り立つと歌うのをやめ、周囲を確認し始めた。

 そして、俺が最初に隠れた木箱の裏に近づいた。


「……逃げられた? ふむ、あの三人よりはやるようだな」


 鋭い目つきで、さらにあたりを見回す。

 美人なんだろうけど、目つきのせいでかなり性格がきつそうだ。

 俺は息を潜めて、頭目が立ち去るのを静かに待つ。


 どうやら、グレンたちは彼女の歌による催眠に嵌り、捕まったようだ。

 どこにいるのか。この階よりも下ということはないだろうけども、上に行くほどに盗賊の数も多くなるだろうしなぁ。


 彼女がその場で考え込んでいると、上から幹部らしき盗賊が降りてきた。

 下の階で戦った盗賊とは装備品が明らかに違う、豪華になっている。下っ端ということはないだろう。

 そいつは考え込んでいる女性に近づくと、肩を叩いて振り向かせた。


「ミネルバさん、三人とも檻にいれました」

「そうか。わかった」


 そのまま二人が上の階へと戻って行った。

 二人の気配が完全になくなった後、俺は錯覚魔法もサンクチュアリも解き、大きく息を吐いた。


 まさか本当に魔導師が頭目をやっているとはな。

 まぁ、その方が蒐集しやすくていいんだけど。盗賊なら殺してもお咎めは特にないし。

 デトロア王国に対してだって、フレイヤとグレンがいればいくらかは楽だ。

 犯罪すれすれでも、あの二人が味方なら何とかなるだろう。グレンが味方してくれるかわからないけど。


 とりあえず、三人は檻に入れられたようだ。

 どの階にあるのか。

 階ごとに置くものを決めているのだとすれば、先ほど言っていた檻と、食料、それに奪った装備品などから、後は寝床ってところだろうか。

 これで残り四階すべて埋まるな。


 寝床は最上階だろう。装備品は持ち出すためにもそこまで高い位置ではないとすれば、この上か。

 あとは食糧と檻で、重要度で言えば食糧だから、九階に食料だろう。


 一~六階……何もなし。

 七階……奪った装備品など。

 八階……侵入者用の檻。

 九階……食糧など、生活必需品。

 十階……盗賊の巣。


 ってところだろうか。


 確認してみなければ確定ではないんだけども。

 まぁ、別にどの階に何があろうが関係ないんだけどな。どうせわかることだし。

 とはいえ、この配置であっているのだとすれば、三階で一度襲撃を行って警戒をさせておいて、緊張が緩んでくる六階で歌を使って催眠か。

 なかなか考えているんだな、盗賊の癖に。


 さて、そろそろ上に行くか。

 いつまでも檻の中に入れさせておいて、愚痴言われるのも嫌だし。


 俺はリュックから仮面を取り出す。

 今リュックの中には二つの仮面が入っている。

 “T”と書かれているT-REXの仮面と、もう一つ替えの仮面だ。

 後者はまだ彩色を施していないので、のっぺりとした仮面だ。

 俺はT-REX用の仮面を顔にあてがい、今は顔横にずらして装着しておく。


 これで大丈夫だ。

 これで、殺せる。


 俺は七階に続く階段に足をかけた。



☆☆☆



 七階には思った通り、装備品などが詰まった袋が置かれていた。

 それらを守るように、数人の盗賊が見回っていた。

 どいつもこいつも上等な装備をしている。きっと奪った装備品を付けているのだろう。


 錯覚魔法で姿を消したまま、階段を見張っている盗賊の首をかき切る。


「――」


 声もなく崩れ落ち、音を立てないように力が抜けた体を受け止め、ゆっくりと寝かせた。


 七階へと踏み込む。

 盗賊の数は、残り四人か。

 全部で何人いるかわからないからなぁ……一人、拷問でもしようかな。

 暗黒大陸では、結局拷問なんて出来なかったからな。うまくできるかは知らないが。


 見回る四人を一人ずつ消していくのもいいが、もうちょっと手っ取り早くやろう。

 俺は階段からいったん離れ、そこで手近にあった袋をひっくり返した。

 音を立てて、中に詰められていた金品が床に散らばる。


 音を聞いた見張りの四人が、こちらに振り向いてくる。


「なんだ?」

「袋がひっくり返ったのか? ひとりでに」

「まさか。風にあおられたんじゃないのか?」

「なんでもいいけど、さっさと詰め直そう。引き渡しは明日だろ」


 定期的に捌いているのか。そりゃそうなんだろうけど。

 四人が集まってきて、全員が全員下向いて回収を始めてしまった。

 無防備すぎるだろ。


 俺はまず、一人の首を刎ねた。

 首が転がり、切断面から勢いよく血が噴き出す。


 人殺しを躊躇している暇は、ないのだ。

 こんな世界、綺麗なまま生きていけるわけがないんだから。


 それに、俺には贅沢な選択肢は残されていない。


 助けるためなら、何だってするさ。……それが、犯罪であっても。


「……え?」


 残りの三人が、噴き出る血で赤く染まっていく。

 突然のことで呆然自失の彼らのうち一人の胸を貫く。

 心臓を狙い、一撃で仕留める。

 口から血を吐いて倒れ込む。


 もう一人を、バーンフレイムを使いながら頭を吹っ飛ばす。

 こちらは綺麗に頭を飛ばすが、切断面は焼きついているので血は噴き出ない。


 一番気弱そうな奴を残し、三人の命が消えた。

 俺は残った一人の襟首を引っ掴み、一度階下に戻る。

 運んでいる最中は叫ばれないよう、サイレントの魔法を使って黙らせた。


 六階に戻り、置いてある椅子に座らせる。

 バインドを使って動けなくした後、錯覚魔法を解いて姿を見せる。


「――!?」


 何か叫ぶが、声が聞こえない。

 ああ、そうか。サイレントを使っていたんだったな。

 サイレントの魔法を解く。


「T-REX……!? なぜここに!」


 そいつは、俺の仮面を見てそう叫んだ。


「なぜって、そりゃ人族だからさ。まぁ、とりあえず」


 持っていた剣を、盗賊の首にあてがう。

 すると、そいつは小さく悲鳴を上げた。


「あんまり騒がず、俺の質問に答えろ。そしたら命だけは助けてやろう」

「……!」

「拷問はしたことがないから、手加減ができるかわからん。大人しく、答えてくれよ?」


 仮面は不気味な笑みを浮かべたまま。

 俺の表情を代弁してくれている。



☆☆☆



「まず一つ目。盗賊の数は?」

「……全部で五十人程度。塔にいるのは、いつも二十人前後だ。あとは、イナバ砂漠に出ている」


 狩りとかだろうか。

 まぁ、食料の確保は大事だろうし、嘘ではなさそうだし。


「二つ目。檻はどこだ?」

「……八階だ。鍵は八階の机の引き出しにある」


 随分と不用心だな。

 八階まで上がってくるとは思っていないのか、上がってきたことがないのか。

 たぶん、後者だろう。だとすれば、位置は変えられていそうだな。

 探すのは別に時間がかかるわけでもない。魔眼でさっさと見つけてしまえばいいだろうし。


「頭目は誰だ?」

「……」

「ふむ、では爪から剥がすか」


 ペンチなんて持ってないからなぁ。剣でいっか。


「間違えて指切り落としたらごめんね」


 人差し指とその爪の間に、剣をあてがう。


「や、やめっ……!」

「無理」


 そのまま押し込んだ。

 爪を切り落とすが、ついでに指の肉をいくらか削いでしまった。


「ぎゃああああああっ!!」

「うるさいぞ。もう一枚いくか」


 盗賊が叫び声を我慢もせずにあげるので、今度は小指の爪の間に剣を当てる。


「み、ミネルバ! ミネルバ・マーメイという海人族だっ!」

「最初から言えばいいのに」


 剣を引くと、盗賊が荒い呼吸を繰り返した。目にも涙が浮かんでいる。

 情けないな。ま、こちらとしても気分のいいものではないので早く吐いてくれてよかったんだけど。


「ほかに違う種族はいるか?」

「獣人族が、少し……。亜人族も、数人……」


 ということは、この国で普通に犯罪をしていた奴らを集めた感じだろうか。

 どれだけ行こうとも、結局ゴロツキの集まりってことか。制圧は難しくないだろう。


 他に訊いておくべきことは……ないかな。


「質問は以上だ。どうもありがとうね」

「本当に、助けてくれるんだろうな……?」

「おう。……命だけは、な」


 俺は右手を伸ばし、盗賊の頭に乗せる。


「な、何を……」

「廃人ルートへご案内さ」


 サイレントをかけ、ナイトメアを放つ。

 その瞬間、盗賊の目が見開かれ、声は出ないが口を大きく開いている。

 ナイトメアをかけ終わり、完全に目が虚ろになったところで手を離す。


「盗賊して生きてんだ。万々歳だろ、喜べよ」


 一からやり直せ。


「う、あ……」


 階段へと足を向けたとき、後ろから盗賊のうめき声が聞こえた。


 ……とても不快だ。


 向いてないのかなぁ……。ノエルに言われたとおり、悪に憧れたときも少なからずあった気がする。

 自分の野望のために、手段を択ばない悪党に。

 そういう時って、大体は英雄的な描写がされていたけれど。

 悪に違いはなく、誰がどう見ても善ではなかった。


「ああ、なるほど。つまり俺は、偽悪者、ってわけか」


 偽善者がいるように。

 偽悪者もいて当然だろう。


 悪になりきれない、かといって善行をするわけでもない。

 中途半端で、宙ぶらりんで。

 ふらふら揺れ動く、やじろべえみたいに。


 決めきれない、やり遂げられない、本気になれない、真剣になれない。


 偽悪者か。



☆☆☆



 八階へと上がると、確かにいくつか檻があった。

 だが、その中にグレンたちが入っている檻はない。

 まぁ、あのミネルバとかいう海人族はもう一人いることに気付いていたようだったから、人質に使うのかもしれないけど。


 数ある檻は、半分くらいが使用されている。

 つまり中に人がいるってことだ。


 捕らえられているのは、当然だが人族が最も多い。

 その次は魔物だな。こちらは調教用の魔物として売るのかもしれない。

 あとは亜人族や獣人族がちらほらと、って感じか。

 特に知り合いはいないので、スルーしよう。


 檻の中の奴らに騒がれないよう、姿を消す。

 足音を鳴らさないようにゆっくりと歩き、上へと続く階段に向かう。

 途中、机がいくつかあったのでばれないように漁って、檻の鍵らしきものを拝借していく。


 もう少しで階段につくところで、その階段から誰か降りてきた。

 海人族ではない、獣人族だ。

 犬のような耳があるから、犬の獣人なんだろうけど。


 ……犬か。においでばれるか?

 だが、ここの檻に入れられている奴らの体臭もきつい。身体なんかを洗ってないせいだろうが、おかげで俺のにおいを判別できる可能性も低いだろう。


 見回りだろうと思い、犬が通り過ぎるまで立ち止まることに。

 その犬の獣人が俺との擦れ違いざま、腰に差していた剣に手を掛け、俺の方へと振るってきた。


「――!?」


 何とか叫び声を押し殺し、上体を後ろにそらして回避する。

 犬が振るった剣は俺の後ろにあった檻の鉄格子に打ち付けられ、甲高い音を鳴らした。

 檻の中に入れられていた、俺よりも少し年下の少年が叫びをあげた。


「……ちっ。臭すぎて侵入者のにおいも嗅ぎ分けられねえ」


 犬の獣人はそういうと、剣を納めた。

 ……排除した方がいいだろうか? ちょうど背を見せているし。


 俺は腰に差している剣に手を掛け、その犬の獣人にゆっくりと近づき、勢いよく首を狙って振り切る。


「――はぁ!?」


 今度は叫びを押さえられなかった。

 獣人が、見えるはずもない俺の斬撃をしゃがんで回避したのだ。


 獣人が振り向き様に、俺に向かって横薙ぎに振るってきた。

 咄嗟に身を引いて回避し、そのままバックステップで距離を取る。


「今のでにおいを記憶したぜ。隠れても無駄だ」

「……」


 獣人の言葉が本当かどうかはわからないが、すでに俺は声を出してしまっている。

 それに攻撃を避けたということは、相手には俺の行動がわかるということだろう。

 大人しく姿を見せる。

 そいつは俺の仮面を見て、下の階で尋問した盗賊と同じような表情を浮かべた。


「てめぇ、T-REXか!?」

「それがどうした」

「……いや、てめぇの懸賞金は多額だからな」

「へぇ、いくら?」

「デトロア金貨に換算すれば、ざっと一万枚か」


 ……え、高すぎじゃね?

 その金額設定したのって、きっとレイアだよな? あいつ、何したいの? 俺をマジで殺したいのか?

 いや、殺される気なんて毛頭ないし、殺されるとも思わないけども。

 でも、その、ね? グレンが血迷ったら、超面倒じゃないか。


 低くてもそれはそれでなんか思うところはあるけども、だからって金貨一万枚は高すぎるだろ。豪遊して暮らせるぞ。

 世界中の賞金稼ぎに狙われるじゃないか。まぁ、似顔絵の完成度は低いし、判別にはT-REXの仮面だけなんだけど。

 ……今度レイアに会ったら、とりあえず殴ろう。そうしよう。


「くくっ、てめぇの首をとりゃ、頭領に良い手土産だ」


 獣人が舌なめずりをしてくる。気持ち悪い。


「……お前さぁ、それだけ高いってことは、それだけ強いってことなんだろ? お前程度で勝てるかよ」

「オレは賞金稼ぎとして働いていたことがある。その時に何度か賞金首を取ったことはあるが……賞金額と実力は比例しないこともある。特に、てめぇのようなガキだとな」


 ふぅん。

 では、格の違いというものを教えてやろう。


「はい、【アビス】」

「――は?」


 ぱっくり、と。

 犬の獣人が立っていた床に、黒い裂け目ができた。

 そのまま、落ちた。


「な、え、あ――!?」

「ばいばーい」


 軽く手を振って、奈落の穴を閉じた。


 さて、三下は片づけたし。

 本命をいただこう。


「見ているんだろう、ミネルバ? 今から、そこに行くぞ」


 この階にはいくつか水たまりがある。

 屋内に水たまりなど、普通はありえないだろう。


 だが、相手のボスが青の魔導師ならば話は別だ。

 青の魔導書は水系統の頂点だ。水さえあれば、何だってできるんだろう。

 きっと、水たまりに反射している風景が見えたり、わずかな水の振動で音を聞いたりしているんだ。


 不覚にも、姿を消している際に何度か水たまりを踏んでしまっている。

 音は立てないように注意はしたが、踏まないようにする注意はしなかった。

 姿の見えない俺に獣人が気付いたのも、そのあたりだろうな。


「自分の罪でも数えてろ。俺の数と、勝負でもしよう」



☆☆☆★★★



「君たちの頼みの綱は、確かに傲慢だな」


 塔の最上階。

 そこには、海人族の女と、彼女が束ねる盗賊団の残りが集まっていた。

 近くにはグレンたちが銀の檻に入れられている。


 海人族の女、ミネルバは肘掛のある椅子に座り、頬杖をついて壁に映し出されていた階下の映像を眺めていた。

 そこに移るのは、T-REXの仮面をつけた黒の少年だ。


 黒の少年、ネロが的確に画面からこちらに向かって目を向けていた。

 ミネルバは面白そうに、わずかに笑みを浮かべた。


 彼女の声は、近くの檻へと向けられていた。

 グレンたちは返事をせず、だがミネルバも期待していなかったのかすぐに興味を逸らした。


「しかし、あたしの情報が漏れているとは……どこからだと思う? サイウス」


 ミネルバが聞いた先には、眼鏡をかけた神経質そうな人族の男がいた。

 サイウスと呼ばれた彼は眼鏡を人差し指で押し上げ、薄ら笑いを浮かべて答えた。


「奴隷商あたりでしょう。王都のドライバーと呼ばれる商人は、気に入った相手には金でなんでも情報を渡すといわれています」

「そうか。まぁ、すでにばれているのなら、今更相手を変える必要もあるまい」

「ええ。アジトを変えるならば、手を切るのも手ですが」

「ここ以上にいい場所はないだろう」

「それもそうですね」


 ミネルバの考えに賛同するサイウス。


 銀の檻に入れられているグレンは歯噛みした。

 魔導書はミネルバたちに奪われている。銀の檻の純度は高そうにはないが、魔導書がなければ魔導は使えない。

 ネロのように魔力操作もうまく行えないため、魔法を魔導級にするのも難しい。


 この状況では、ネロに託すしかないのだ。

 グレンには、この状況はどうしようもできない。


「まぁいい。奴が来るまで、そこの二冊をさっさと奪ってしまえ」


 ミネルバが指差した先には、二冊の魔導書があった。

 赤と白。グレンとフレイヤの魔導書だ。

 ミネルバは、その二冊を自分の盗賊団の構成員に選定させようとしているのだ。


 サイウスが頷き、まずは赤の魔導書を手に取って、一人の盗賊に渡した。

 しかし、何かが起こることはない。


「ああ、そうか。選定済みだと、いったん選定を破棄しなければいけないのか」


 ミネルバの目が、檻の中の二人へと向く。


「やり方はわかるな?」

「……ちっ」


 今、彼らは人質の状態だ。

 ここで余計な反抗をしては、何をされるかわからない。

 グレンもフレイヤも、大人しく従う。


「我、今ここに盟約を解き、神と道を違える」


 選定の破棄する言葉を、順に詠唱する。

 二人の外見が、選定される前のものへと戻った。


「はじめろ」


 ミネルバの言葉とともに、盗賊の一人が赤の魔導書にもう一度手を伸ばした。

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