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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
家族編 小さな魔法師
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魔導書の発見

 神殿内には荒廃した祭壇のようなものがあり、その上に二つの燭台が鎮座していた。

 燭台の間には、何かが祀られている。


「これは……魔導、書?」


 一見すればただの魔法書に見えなくもないが、魔法書とは異なるものがある。それはもちろん、概要しか聞いたことがない魔術書とも違う点だ。


 それは、禍々しいほどに真っ黒なのだ。


 魔法書や魔術書には、あの歴史書に書いていたような純色が存在しないと断言されている。しかも、黒だ。アレイシアの言っていた黒の魔導書だとみていいだろう。

 中心には赤い宝石のようなものが埋め込まれており、奇怪な模様も走っている。

 とても人工物とは思えないような本だ。


 何とはなしに触れようとしてみると、魔導書が薄く発光した。

 そして、独りでに浮かび上がり、宙を漂い始める。


「どこ行ったあ!?」


 兵士の出した大声に、ビクッと肩を震わせる。

 そうだった。今は魔導書のことよりも、あの兵士をどうにかしなければ。


 だが、いくら周りを見渡しても隠れられそうな場所は祭壇の裏くらいだ。あとは裏口のような出入口があるだけ。

 咄嗟に祭壇の裏に回り込み、身を小さくするが、これではすぐに見つかってしまう。何か対策を考えなければ……!


 しかし、どれだけ考えてもいい案が浮かばない。

 焦りと恐怖からか、頭がうまく回っていないようだ。


 考え付くのはどれも自己犠牲によるものばかりだ。

 どうしたものか……。


 作戦を練っている間にも、足音は大きくなってくる。

 やがてその足音は硬いものを踏む音へと変わった。どうやら神殿内に入ってきたようだ。


「散々爆発物投げつけておいて……逃げられると思うなよ!」

「この神殿に居るのはわかっているんだ! 出てきやがれ!」


 兵士どもが叫んでくるたびに、心臓が早鐘のように打つ。


 やばいやばいやばい! 何か考えないと!


 必死に思考を巡らすも、妙案は一向にでてこない。

 奇をてらうだけの作戦なら思いつく。自己犠牲の作戦も腐るほどある。

 だが、どれだけ考えても……この状況を抜け出す作戦は思いつかない。


 くそっ! なんか、なんかないのか!? 形勢逆転の一発は!?


 俺の焦りなど関係なく、5人の兵士のだんだんと足音が近づいてくる。

 その音に、さらに焦り恐怖する。


 …………。

 一度、ゆっくりと大きく息を吸い、吐く。

 呼吸音が聞えようが構わない。


 少しずつ、こちらに音が近づいてくる。

 規則正しい、軍隊の足音だ。前世では、テレビの向こうで近くの国がよくやっていたものとよく似ている。


 掌に魔力を込める。

 土塊を作り、爆薬を仕込む。

 先ほどよりも多めに、次は光り方の命令式も加えながら。


 完成の直前で魔力の供給を止め、別の土塊を作り出す。

 先に作ったのを懐に隠し、新しく作ったのには音がよく鳴るように。

 そして、再度呼吸を整える。


 ……覚悟は決めた。


 その瞬間、魔導書がいきなり飛んできて、懐に入ってくるが気にしていられない。

 俺は祭壇の裏から飛び出し、全速力で裏口目がけて駆け出す。


「逃げるな! クソガキが!!」


 後ろから罵声が飛んでくるが、気にしていられない。

 もともとスルースキルは高いのだ。覚悟を決めた今、この程度では怯みもしない。


 俺はただただ、がむしゃらに走る。

 足を前に出し、腕を振り上げる。呼吸は必要最小限に抑え、体力をすべて走ることに費やす。


 神殿から飛び出したタイミングで、俺は用意していた音爆弾を後ろに投げつける。

 爆発までは5秒。命令式を加えてから、3秒ほどは持っていたため投げ返されることはない。

 俺は両手で強く耳を塞ぎ、音の対策を取る。


 音爆弾が爆発し、周囲に大音量の爆発音が鳴り響く。

 事前に対策を取り、距離を少しでも稼いでいた俺でさえ、一瞬ぐらつくような音量だ。

 俺より近くで、聴覚のいいあいつらならそれなりの効果があるだろう。


 ちらりと後ろを向けば、ウサギの兵士が耳を押さえて蹲っているし、犬の兵士もふらついている。

 威力を抑えてしまった分、神殿の破壊はできなかったが、それでもチャンスに変わりはない。

 よし、これで逃げ切れ――


「あっ――」


 逃げ切る最大のチャンスで、俺は木の根に足を取られ、無様にもこけてしまう。


 急いで立ち上がろうとするも、それよりも早く、腹部に激痛が走った。


「――ゲホッ!」


 犬の兵士が追いつき、蹴りを加えられてしまった。

 その衝撃で地面を転がっていく。


「手間ぁ取らせんじゃねえよ」


 3人の犬の兵士は、執拗に俺を蹴りつけ、踏みつけてくる。


 俺はカメのように丸まり、衝撃に耐え、あるいは受け流す。

 まさかこんなところで、前世で俺をいじめてきた奴らに感謝する日が来るとは……。別に感謝はしないか。

 貴重な経験であったことは認めよう。だが、それでも感謝などするわけにはいかない。


 数分続いた俺への暴力はようやく終わり、代わりに胸倉を掴まれて持ち上げられる。


「ガキのくせに、大人の仕事の邪魔をするんじゃねえよ」


 兵士の一人が、顔を近づけてそう言ってくる。


 俺は目に殺意を込め、嘲笑を浮かべている兵士を睨み返す。

 息は切れ、口の中に血の味がする。それでも、俺は言い返しておく。


「黙れよ、ワン公……。あと臭ぇから喋んな……」


 俺の言葉に激昂した兵士が、俺を地面へと叩きつける。


「ぐ、はッ……!」


 手をついて起き上がろうとするも、体力切れとダメージのせいでうまく体が動かない。


 さらにその背中を兵士が容赦なく踏みつけてくる。


「テメエ、自分の立場が分かってんのか?」


「あー、よくわかってるよ……。僕を殺せば、戦争になるだろうね」

「ハッ! わかってねえな! ここで殺して、痕跡を残さなければ誰がお前を殺したと思う? この森に棲む魔物だよ。安心しろ。お前の体は魔物の餌にしてやるからよ」

「どうだろうねぇ……?」

「この……!」


 飄々としている俺に対してさらに怒りを露わにする。

 背中に置いていた足を振り上げ、そして思いっきり振り下ろす。


「――ッ!」


 もう声すら出ないが、それでもいい。


 何度も何度も踏みつけ、ストレス発散でもするかのようだ。

 息なんてできやしない。声なんて出せやしない。


「おい、もうその辺にしとけ。あんまりやると痕が残るぞ」


 たぶん、ウサギの兵士だろう。もう怯みから立ち直ったのか。早いな。

 霞む視界ではうまく相手を把握できないが、シルエットからしてウサギだろう。


「はぁ、はぁ……そうだな。さっさと探さねえといけねえし」


 ようやく犬の兵士が足をどけてくれる。

 これ、背中見たら肉球の跡が残ってんじゃね?

 とか、どうでもいい思考だな。


 ボロボロの俺を持ち上げ、また顔を近づけられる。


「すぐに殺してやる」


 それだけ言うと、兵士は俺を抱えて歩き出してしまう。


 こいつ、それを言うだけのために俺を近づけたのか?

 まあ、いいか。


 全員が俺を意識から外した、このタイミング。

 ここしかない。


 俺は懐に手を伸ばし、命令式の途中で止めた土塊を取り出す。

 その土塊に、最後の命令式を加える。

 途切れそうな意識を集中させ、作り上げた土塊。


「あぁぁぁああああああああああああああ!!」


 声を張り上げ、最後の力を振り絞って兵士の腹などを蹴りつけて拘束から逃れる。

 そして、兵士が虚を突かれて硬直している間に少しでも遠くへと駆ける。


「こいつ……!」


 ようやく動き出した兵士に追いつかれる前に、俺は最後の土塊を天高く放り投げる。

 風魔法も併用し、高高度へと打ち上げる。


 だが、俺はそこで力尽き、ばったりと倒れ込んで荒く息をする。

 大の字に寝転び、天を仰ぐ。

 高く高く昇っていく土塊を眺め、薄く笑みを浮かべる。


「……何を笑ってやがる?」


 兵士が警戒しながら近づいてくるが、今の俺には何もできやしない。

 せいぜい人頼みが関の山だ。


「だから、まぁ人に頼むんだけどさ」

「あん?」

「別に。お前らも、見上げろよ。真っ暗の夜空だぜ?」


 兵士は怪訝そうな表情を浮かべながらも、空を見上げる。きっと俺が動けないのを知ってのことだろう。


 そして、夜空に一輪の花が咲く。


 爆音と多彩な色の花火。

 その音と光を合図に、兵士以外の、大量の足音が響く。


「な、何だ!?」


 兵士5人は一か所に固まり、警戒態勢に入る。

 が、既に遅い。


「ゼノス帝国の兵だな! 大人しく投降しろ!」


 声を張り上げたのは、騎士団を率いたニューラだった。



☆☆☆



 覚悟を決める時、別に騎士団の足音が聞えていたわけではない。

 それでも、なぜかネリが近づいて来ているような感覚があったのだ。

 双子の特性か何かだろうか?


 それに、俺は無暗にダイナマイトを使っていたわけではない。

 音で俺の居場所を示していたのだ。

 ネリは前にも聞いているし、逃げるためにも使ったため、追いかけて来れただろう。


 最後の花火は、注意をそちらへ向けるためだ。

 犬が俺を抱えた時には騎士団の姿が見えたし、自分の身くらい自分で守らないとな。人質にされても困る。


 獣人族の5人の兵士は縄で縛られ、騎士団の人に囲まれている。

 中には自警団の村人も数人いるようだ。


 俺はといえば、木を背凭れにして座り、傷の手当てをサナから受けていた。

 回復魔法のおかげで傷は治るのだが、疲労が回復しない。おかげで満足に動けない。


「ネロ、今日は勘弁してあげるけど、明日になったらお説教よ」


 治療途中、サナからそうお達しが下される。


「はい……」


 ネリも先ほどから俺を睨んできているし、仕方ないか……。


 俺は明日が憂鬱になりながらも、視線を帝国の兵士の方へと向ける。

 そちらの方では、今まさに尋問が始まったようだ。

 ニューラが騎士団長として主動しているようだ。


「お前ら、アレルの森で何をしていた?」

「魔物調査だよ。アレルの森の半分は帝国領だろうが」

「そうだ。が、お前らの野営のテントは完全に王国領だったぞ?」

「迷ったんだよ。だから動き回るよりかは、日が昇ってから動いた方がいいと」

「迷った、ねぇ……。帝国の兵士が、アレルの森で迷ったが通じると思ってるのか?」


 デトロア王国とゼノス帝国はアレルの森を隔てて隣接している。

 そして、この近くでは小競り合いが続いていたのだ。当然、アレルの森を越えるための訓練はしているはず。

 なのに、迷ったは通じない。


「一応、俺はここら一帯の軍事については任されている。お前らの処分もできるんだぞ?」

「ハッ、したきゃすればいいじゃねえか」


 尋問されていた犬の兵士が、吐き捨てるように言う。


「そうか……」


 ニューラは静かに剣を抜き放とうとした。


「父さん、ちょっと待ってください」


 その行動を、俺は止めた。


 周りの視線が一気に俺へと集まってくる。

 う……、大量の視線には慣れそうにないな……。


 それでも、俺は俺の考えを伝える。

 きっとここで彼らを処分すれば、戦争は回避できない。


「父さん、ここでその兵士たちを処分すればきっと戦争になります。処分するなら、王都からの援軍を待ってからの方がいいと思うのですが」

「……そうだな」


 ニューラは、子供の俺に進言されたというのに、大人しく剣を収めてくれる。


「それと、彼らは捨て駒ですよ」

「それはわかるが……」


「いえ、わかっていません。いいですか? 斥候に出すとしても、5人はあまりにも少なすぎます。もっと人数を割いてもいいはずです。なのに、彼らは5人しかいない。そして、野営を王国領内でしようとしたのは、きっと別の目的があるはずです」


 そこで俺は、懐から一冊の本を取り出す。

 その本を見た瞬間、兵士の顔色が見る間に代わるのがわかる。


「その目的は、これでしょう」


 俺の懐に飛び込んできた、黒の魔導書。5人の兵士は、帝国からこの魔導書を見つけてくるように言われたのだろう。


「テメエ! それをどこで!?」


 犬の兵士が、声を荒げて聞いてくる。

 だが、その兵士に構う義理はない。


「父さん。僕の推測でしかないのですが、これは黒の魔導書です」

「黒の……魔導書……?」


 ニューラが首を捻り、問い返してくる。

 ……ああ、知らないのね。そりゃ、戦士系に魔術知識は必要ないからな。


「母さんは知ってますよね?」

「え、えぇ……。でも実物を見るのは初めてだわ」


「その魔導書ってのは、魔術書や魔法書とは違うのか?」


 ニューラが、実に初歩的な質問をしてくる。

 いや、俺もアレイシアから聞いてなけりゃ、そう問い返すだろうけど。


「魔術書は魔法書の上位互換。魔導書は魔術書の上位互換、ですよね?」


 俺は魔術師であったサナへと確認を取る。


「そうね。上位なんて生易しいものではないけれど、間違ってはいないわ」


 サナの説明に周りの騎士団の団員がどよめく。


 魔術書がどれだけすごいのか知らないため、そこまでどよめくことなのかは判断しかねるのだが。

 ああ、確か国家試験的な奴に合格しなきゃもらえないんだっけ。写本を。

 原典は大事に保管してるんだったか。


「まあ、そこの兵士の反応からもわかるように、本命はこっちです」


 俺は黒の魔導書を示しながら言う。


「ぐく……」


 犬の兵士が悔しそうな声を出す。

 安易に驚いたりするからだ。


「わかった。こいつらの処分は上の指示を仰ごう。するとしても、援軍が着いてからだな。こいつらを倉庫に突っ込んどけ」


 ニューラがそう決定し、騎士団の団員が動き出す。


 既に日は落ち切り、周りは真っ暗になっていた。

 俺たちは騎士団に護衛されながら、トロア村へと帰ったのだった。

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