中間管理職だけど、みかんで魔王を倒したことがある。
とある会社の中間管理職の山脇さんを君は知っているだろうか。彼は今年で四十七歳になる男性だ。頭頂部は老いと共にその頭髪を薄くし、現在彼の頭はバーコードリーダーで情報を読むのになんら不自由ないような状態だ。中間管理職は辛い。上と下に挟まれる。これはつらい。上と下に挟まれても辛くないものといったら掛け布団と敷き布団――この世にはそれくらいしか存在しない。
そんな中でも山脇さん(47)は頑張っていた。山脇さん山脇さんと二十年ほど言われ続けているものの、職場の誰一人として彼の下の名を知らない。だが他部署でも山脇さんといえば誰だかすぐに通じる。そんなポジションにいるのか山脇さんだ。すごいぞ山脇さん。中間管理職だぞ山脇さん。
山脇さんといえば周りにこき使われることで有名である。「バーコード脇さん」と誰からも親しまれ、好かれている。そんなときに彼の瞳にうっすらと涙の膜が張ることは誰も知らない。山脇さんは中間管理職である。中間管理職は上と下に挟まれていて辛いのである。
そんな彼が魔王城に向かい、四天王と対等に渡り合っていたことを君は知っているだろうか?
誰一人として魔王退治に名乗りを上げなかったというのに、山脇さん(47)は上司の「お前行ってこいッ!」の一言で魔王城に赴いたのだ。とんだ企業戦士である。会社への忠誠心がはんぱないのである。さすが山脇さんである。これでこそ中間管理職である。
山脇さんには他の誰にもない特殊な能力があった。
それは――この世にあるとある物質を爆発させるという能力である。それが重宝されるのは温州みかんのフレッシュジュースを作るときだとか、温州みかんのゼリーを作るときだとか、あるいはみかんの汁を飛ばして誰かに目潰しを食らわせたいときだったりとか、お正月のこたつの上で景気付けにみかんを破裂させたいときだとか――そういった時用の特殊能力だった。
名を、「三柑が四散」という。そういう能力なのである。みかんを一度に三つまで破裂させられるこの能力は、周りからも不思議だと――ネタ技だと――宴会芸にしては地味だと――料理には向いているかも知れないが後かたづけは面倒だからやめてくれと――様々な評価を貰っている、すばらしい能力なのだ。
ちなみに山脇さんはみかん農家をリスペクトしている。破裂に使用したみかんはスタッフと共においしくいただいている。一つとして無駄にしたことはないし、スタッフ――想像上の生き物――もエアみかんを美味しくいただいている。山脇さんは実在しない人物に対してもみかんを振る舞うほど優しい中間管理職なのだ。
そんな山脇さんはスタッフ――想像上の生き物――とともに魔王城へ赴いた。企業戦士だからしかたない。会社の命令には逆らえないのである。
ちなみに持ち物はアルミ缶入りのみかんのシロップ漬けが五つ。魔王城にいる四天王+魔王のぶんである。敵にも手みやげを用意するあたり、かつて歴戦の営業マンとして名を馳せた山脇さんの素晴らしさがチラッと見えるところである。
「――ここが魔王城か……」
山脇さんはつぶやく。同行したスタッフからは言葉がない。想像上の人物であり実在しないので仕方ない。山脇さんはきりっと顔を引き締め、魔王城へと入っていった。
かつて、社の命運をかけた大企業との交渉に向かったように。あのときの山脇さんはとても輝いていた。お皿に載せられたシロップ漬けの桃なんて目じゃないほどに輝いていた。
――あのときのような失態はしない。
山脇さんは、そのときの交渉で下手を打ち、大企業との交渉成立はならなかったが――そのせいで出世もかなわず中間管理職だが――そのときにもし出世していたら、この場に山脇さんはいなかったのだ。
山脇さんは魔王城を進む。
そうして四天王に遭う度に「迷い込んだのです、私はただのサラリーマンなのです――」と無害なふりをして一体ずつ、確実にしとめていった。山脇さんにはみかんを爆発させるという能力があるのだ。四天王ごとき目ではない。少なくとも仕事もせずに好き勝手に暴れた挙げ句、世界滅ぼしちゃうぜヒャッハー! なんてことをしている者達に山脇さんが負けるわけはないのだ。
――何故か?
それは山脇さんがかつてはばりばり働いた営業マンであり、一線は退いたものの企業戦士だからである。社会に出た人間は強い。荒波という理不尽にもまれて成長していくのだ。働きたくないでござる。
***
山脇さんはそっと魔王の部屋の扉を押し開いた。
ぎいい、と形容しがたい音が鳴る。もうそろそろ扉に油を差すべきだ――と山脇さんは口にした。どうして世界を統べる予定にある魔王ともあろうものが自らの城のメンテナンスもできないのか。それじゃあ世界征服なんてできませんよ――と山脇さんは小さくつぶやく。魔王とて、この程度である。メンテナンス専門ではない山脇さんに住居のメンテナンス不足を指摘される程度の魔王でしかない。おそるるに足りず。
「――何者だ」
地の底から響くような、低い声が山脇さんの鼓膜を震わせる。山脇さんは魔王を恐ろしくは思ったが、その足を子鹿のように震わせることはない。彼にとってはリストラの方が恐ろしいから。
山脇さんはたった一つ残ったアルミ缶のみかんを手に取り――そっと魔王の前へと歩み出て、それを献上した。
すう、と魔王の鋭い瞳がさらに鋭く狭められる。検分しているのだろう。最高級のみかんを持ってきたからそのあたりは問題ないと山脇さんは確信している。相手によって手みやげの価格帯を変えることくらい、できた人間の山脇さんにはたやすい。
魔王も見る目はあったのだろう。す、とみかんの缶詰を手に取った。
「――缶詰か」
「缶詰にございます。我が社からの心ばかりの――賄賂、と申しましょうか」
山脇さんは缶詰会社の中間管理職だったのだ!
こんなときでも自社の宣伝を忘れないあたり、やはりできる男なのである。
ふむ、と魔王は鋭い爪で缶詰をあけていく。ぷし、と軽い音がして缶詰があいた。山脇さんの顔ほどもあろう大きな手のひらでそれをつかみ――魔王はずずず、と缶詰の中身を口に流し込んだ。
魔物のくせに美しく造形された顔。その唇の端からつう、とシロップが垂れる。山脇さんは抜かりなくティッシュを差し出した。魔王はご満悦だ。
「――うまい、な」
「我が社の自信作です――こちらもよろしければ」
山脇さんはさらに懐から二つの缶詰をとってみせる。
――そう、山脇さんは五つではなく七つの缶詰を持ってきていたのだ! もしもの時のために! 顧客が気に入ったときにさらにごり押しするために! すばらしい営業マンだ!
魔王は重々しく、かつ禍々しくみかんの缶詰をあけていく。山脇さんはそれを冷静に、まるで資料に抜けが無いかどうかを確認するときのような鷹の目でそれを見守っていた。二つの缶詰が魔王の腹へと消えていく。圧巻だった。
偉そうな魔王が最高級とはいえみかんの缶詰を食べている光景は、シュールすぎて圧巻だった。缶詰ながらに圧巻だった。
――お膳立てはここまでですね。
山脇さんは、そのときが来たのを知る。ここまでゴマを擦ったのだ、後は攻めに転じるのみ。これは魔王攻略も大企業との契約交渉もかわらない。あくまで低姿勢を保った後に煽る。煽りまくる。攻めて攻めて攻めまくる。「攻略」とはそうあらねばならないと山脇さんはしっている。
「――魔王様、お時間です」
山脇さんはそっと口にした。
食後は静かにと言うのが山脇さんのポリシーである。親が死んでも食休み――山脇さんはその言葉を大切にしていた。
四天王を確実にしとめてきた《必殺技》を今、ここで。このタイミングで発動するのがもっともふさわしい。
山脇さんはやはり、そっとつぶやいた。
「――《三柑が四散》ッ!」
山脇さんがつぶやいた瞬間に、魔王の腹がぶくぶくと膨れていく。食道のあるのどのあたりだろうか――そのあたりもまるで《内側から何かが爆発しようとしているかのように》ぷつぷつと膨れていく。
あっけない終わりですね――と山脇さんはずれていた眼鏡を押し直す。圧倒的勝利だった。山脇さんの缶詰を口にしたときから、勝利は約束されていたのだった。
「がっ……ぐふぅ……き、貴様――我に何を――ッ!」
「“みかん”ですよ。蜜柑を三つ。“三柑”です」
そう。魔王は缶詰三つぶんの蜜柑を食べた。何の変哲もないシロップ漬けのみかんだ。だが――山脇さんになら。
そう、山脇さんなら。
「みかんはね、四散するんですよ――」
どう、と魔王が倒れる。
魔王の腹は割れた西瓜のように悲惨なことになっている。その惨状を山脇さんは何の感慨もなく見つめながら――
「みかんがみっかんない」
そう呟いた。
魔王の腹で爆発四散したみかんの行方を知るものは誰もいない。
そうして山脇さんは、世界を救った勇者として――また、中間管理職の山脇さんの日常へと戻っていくのだ――。




