Ⅴ/6人
――すべて、貴様のせいだ。
貴様が変なことをするから、少女を誘拐するから、私がこうして苦労して、こんなわけがわからない戦場で死に急ぐハメに――
「あァ!!」
裂帛の気合いと共に放たれたその一矢は、斧男の額を見事にぶち抜いた。
それにクォンはニヤリと笑い、後ろから追随した三人を一呼吸で――まとめて三枚に、おろした。
戦闘中のことを、マテロフは覚えていなかった。
ただ、無我夢中だった。
最初のうちはとにかく矢を連射していた気がする。
そのうちまともに照準する間もなくなり、めちゃくちゃに乱射したような気がする。
さらに近づかれ、マインゴーシュとダガーの出番となった。
そこからはまったく記憶にない。
ただ無我夢中で、死なないように相手を戦闘不能にしようとひたすらに足掻いたような──
目から、血が吹き出るかと思った。
口から、心臓が飛び出るかと思った。
もうあまりにいっぱいいっぱいで、死んでも生きてもどっちでもいいかと思えた。
ふと、ダガーを振り回した瞬間──なんにも、当たらなかった。
「あ……」
ふと、我に返り、性能を取り戻した視力で、辺りを見回す。
立っている人間は、自分の他にたった一人だった。
何か話そうとした。
「――く、ぉ、お」
喉からは、形容しがたい何かが漏れ聞こえるだけだった。
そこに何かが降ってくる。
「今すぐ喋るのは無理だと思うよ」
唐突に、膝が落ちた。
「ハッ、かっ……く、ぅ──」
そのまま全身に力が入らなくなって、うつ伏せに倒れる。
不意に猛烈な眠気に襲われた。
なにも考えられない。
抗うという発想すら浮かばない。
目覚めは、かつてないほど幸福なものだった。
「――――あ」
最初自分がどこにいるのか、理解出来なかった。
今までなにをしていたのかも、思い出せなかった。
ただすごく気持ちよく眠れたという実感があった。
これほど睡眠というものが心地いいものだとは考えたこともなかった。
なんとなしに、首をめぐらせた。
「おはようございます」
目の前に、"剣聖"の弟子がいた。
「は……クォン、殿」
「よく、眠れましたか?」
徐々に――そして唐突に、すべて思い出した。
「し……失礼しましたっ」
直立不動に、敬礼まで加えた。
気づけば洞穴。
倒れて気を失った後どうやってここに至ったかは全くわからない。
状況的に考えればこの目の前の人に運ばれた以外ありえないだろう。
そう行きつけば、顔から火が出るような心地だった。
なんという失態……!
クォンは朗らかに、笑った。
「いやいや……よく、生き残った」
その顔を見た瞬間、それまでの感情羞恥様々なものが吹き飛び、マテロフにある疑念が湧いた。
――楽しんでいた?
穿った見方かもしれないし、それを確認する術、利はない。
マテロフは浮かんだ考えを胸の裡に収め、
「は、はい……なんとか、その……しかし気を失ってしまい、ご迷惑を……」
「全力を出し尽くした結果です。どうです、気分は?」
「や? その、えぇと……」
「意外と、いいでしょう?」
それは、真実ではあった。
なんというか、憑き物が落ちたというか。
なんていうか、軽くなったというか。
死すら越えて、怖いものが少なくなったというか。
「そ、そうですね……悪いものでは、ないです」
「6人」
なんのことか、最初わからなかった。
「……討ち取った、人数でしょうか?」
「ヤル気をなくさせた人数、というところでしょうか?」
すっくと立ち上がり、見下ろされる。
こうしていると、圧倒的な存在感だった。
格が、違う。
「弓矢による狙撃で、4人。剣により手傷を負わせ、2人。だが実質そのほとんどが真正面から闘ったのではなく、騙し討ちのような形で挙げた星です。
これがあなたの、現状の、実力だ」
「…………」
そうなるはずはないと思っていたが、いざ突きつけられると打ちひしがれてしまった。
なにが"剣聖"だ。
6。
弓で4、剣で2。
それも、手傷を負わせて2。
まともに切り結んで勝てた相手など、実質いなかったのではないか?
「……クォン殿」
「なんだい、マテロフ?」
「見込み……なし、か?」
「そうでもない」
安易に救われたような気になり、顔を上げていた。
目が合い、笑われ、恥ずかしくなりまたも顔を、逸らす。
小さい子供か、私は。
「……慰めの、つもりだろうか?」
「仮にも"剣聖"の弟子を自称する者が、そんな愚にもつかぬ真似をするか」
僅かな怒り。
それは言葉の信憑性を担保する。
マテロフはまたも自身の安易さを恥じ、瞼を閉じて服を払い改めて、真っ直ぐにクォンを見上げる。
「……根拠をお聞きしても、よろしいでしょうか?」
「元来弓兵であるあなたが、あれだけの乱戦に身を投じて、こうして生き残っている。その事実だけで充分といえますね。常軌を逸する力を求めるのなら、実はこの能力が重要なのです。途中で力尽きてしまえば、そこから先へは行くことが出来ない。当然だけどね」
マテロフはクォンの言葉を、黙して聞いていた。
「…………」
今までの理屈とは、間逆の理論。
これがただ戦果をあげればいい傭兵と、剣の道との違いというものか。
「納得したかい?」
「……お言葉、痛み入ります」
「フフっ、あなたの実力ですよ。さて、ウォーミングアップも終わったし、そろそろ修行に入りましょうか」
耳を疑った。
「……しゅ、修行、ですか?」
「まだウォーミングアップが足りませんか? でしたら私がお相手しますけど?」
「い!? い、あ、いえそ、そういうわけではなく……!」
「フフっ、冗談ですよ」
軽く笑い、そしてクォンはスタスタと歩き始めた。
その姿を見て、マテロフは覚悟を決めた。
ついていくしかない。
"剣聖"に、と決めた以上どんな不条理も、飲み込むしかない。
そこでふと、アレの気持ちを知った気がした。
あの小さな身体で、何も知らない心で、この――いやこれ以上に苦難の、道のりを。
考えていたら、力が湧いてきた。
やってやる。
そして自分は、あの子の剣に、必ず――
「来たか」
視線の先に、巨大な鉈を背負う2メートルを越す巨人を発見。
「……い、イリプス殿?」
そちらへちょび髭バッテン傷の眼帯は、気楽に片手を挙げる。
「やぁ、イリプス。じゃあ次はキミの番ですね」
イリプスは微かに息を吐いたようだった。
「まったく、時間の無駄だな」
「でも引き受けた」
「――わかっている。失せろ。貴様の役割は、もうない」
「はいはい、じゃあ任せましたよ?」
ひらひら手を振り、クォンはあさっての方向へ歩いていってしまう。
マテロフはわけがわからずそれを見送り、見えなくなってから仕方なく、イリプスの方を向く。
「いくぞ」
ただ、一言。
それにマテロフは、自身の先行きを案じた。
気づけば元の洞窟で、眠っていた。
ハッとして起き上がり、辺りを見回すとクォンがにこやかに大鍋で料理を作っているところだった。
傍に腕を組み、不機嫌そうな顔であぐらをかくイリプスもいた。
半分寝ぼけ眼で、身体を起こそうとした。
「は……はれ?」
指一本、動かせなかった。
それどころか喉も渇いて、痺れて、張り付き、まともな声が出なかった。
「は、く、ぅう……?」
物音に気づいたクォンが振り返り、
「あー、大丈夫大丈夫。まずはこれ、ゆっくり飲んで」
カップに入った水を口に流し込まれる。
それを喉だけこくこくと動かし、胃に流し込んでいく。
それだけで、ヒビが入るほど渇ききった身体が少しづつ、潤っていく。
カップ一杯、すべて飲み干した。
少しだけ肘関節と、腰が動かせた。
──途端激痛が、全身を貫いた。
「あ! くっ、あ……ぅつ、あぁ……!!」
「あー、しばらく動かないで。身の回りの世話は、私がすべてしますから。とりあえずホラ、楽にして」
「あ、は、はい……っ」
身体を横たえると少しづつ痛みは引いていき、それは引きつるような痙攣へと変わっていく。
と同時に猛烈な疲労感が全身を襲う。
まるで何十キロもの重りを両手両足腰に背中に首に頭とまんべんなく装着させられたようだった。
だけど動かなきゃ。
少しでも剣聖に近づくには、こんなことで休んでいる暇など──
「う、ぐぐ……!」
「落ち着け」
重みのある一言に、マテロフを覆う緊張感が糸を切るように解かれる。
理屈はわからない。
──コレが俗にいう"気"とかでもいうものなのか?
「え……あ、ぃ……?」
「黙れ」
「あ……ぃ……」
抗いようもなく従っていると、
「よしよし、いい子だマテロフ。美味しいシチューが出来たから、ゆっくり噛み締めて飲むといい」
クォンがスプーンを口元に持ってくる。
それをマテロフは餌を与えられる子鳥のように咥える。
飲み込む。
「ん、く、ん、こく……」
されるがままだった。
それ以外の選択肢は浮かぶことさえない。
「よしよし、全部飲んだね。美味しかったかい?」
無言で顎を引く。
それにクォンは笑みを浮かべ、
「うんうん、身体は少しは楽になったかい?」
頷く。
それにクォンは、嬉しそうに首肯。
「よしよし、じゃあ今日は一日ゆっくりするといい」




