Ⅸ/自分を変えてやる
勘違いしていた。
自分はどこまで行っても、弓兵だ。
剣の真似事などして、どうこうなるわけがない。
それを思い出せた。
レックスには、感謝しても仕切れない。
だからここで、出し切る。
「――――」
憂いを残さない。
後の人生など考えない。
傭兵になってからコレまで、勝ち得たすべてをぶつける。
そうでなくては、ウソだ。
アレはいつもそうやっていた。
だからこそ人の心を打ち、人の心を変えてきた。
そうやって生きたいと思った。
今この瞬間から、すべてを変えてやる。
まず、自分を変えてやる。
「…………くっ」
しかしだのに、左手の照準が定まらなかった。
力が入らないため、ふらついてしまう。
このままではまず、命中すらしない。
それはクォンもわかっているのだろう。
微笑んだまま、こちらに向かおうという気配も――
「よっ、と」
突然、照準が定まった。
冷たくなった左手に、温かい感触が生まれていた。
「レックス、お前……」
「へへっ、これがいけねぇとは言わせねぇぜ。不意打ちしたのは、そっちが先だからな」
「……いいでしょう」
レックスはクォンに自分が弓を支えることを、了承させてしまった。
それにマテロフは、笑った。
なるほどもっともだ。
自分はどうも難しく考えすぎていたようだ。
「ハハハハ」
「……大丈夫か、お前? 笑ってるとこなんか、初めて見たぞ?」
「余計なお世話だ。じゃあ頼んだぞ、レックス」
「! おうよ!」
そして静寂が訪れた。
一矢、必殺。
『――――』
間合いは約、4メートル。
一歩で、相手の間合いになるだろう。
つまり斬るのが先か、放つのが先か――
実に、わかりやすい戦いだ。
無意識に、マテロフは呟いていた。
「クォン殿……お覚悟」
「いい殺気です」
その瞬間、すべてがスローモーションに変わった。
マテロフの右手から、番えた矢が、解き放たれる。
同時だったか先立ったか後だったのか、クォンは真っ直ぐこちらへ殺到する。
まったく無意識の最中放たれた生涯最高の一矢は――無残にクォンの斬撃により、散らされた。
そのまま返す刀で、マテロフの胴が狙われた。
レックスは反対側にいる。
万事休す。
100%死んだとマテロフは予想した。
だからこそその飛来したものがなにか、咄嗟に判断出来なかった。
「ほう?」
クォンの声だった。
と同時にこちらに向かっていた横薙ぎの剣が、真下に変化した。
渇いた音。
払われたのは――自らが取りこぼした、マインゴーシュだった。
「落ちた剣を蹴り上げるとは、いやはやなかなかの発想――」
聞いていなかった。
クォンがマインゴーシュを払おうと視線を下げた、同じ刹那。
マテロフは真っ直ぐに疾り――レックスに投げて地に転がっていたダガーを拾い上げ、その刃をクォンの胸元に、突き立てていた。
時間が、戻ってきた。
獣の唸り声が聞こえた。
「ぐぉおおおおおおおおおおおお」
それは耳元で、凄まじい声量を巻き起こしていた。
マテロフは現在なにがどうなっているのか、理解出来なかった。
ただ呆然としていた。
なぜ自分は、先ほど投げたダガーを持っているのか?
それがなにかに深々と突き立てられ――
「……クォン殿?」
「ぐわ!」
「きゃっ」
振り回されるように、マテロフは突き飛ばされた。
ゴロゴロと転がり、誰かに抱きとめられる。
「大丈夫か、マテロフ?」
「あ、あぁ? ……レックス?」
なぜこの男がここにいるのかと、呆けた頭で疑問に思ってしまった。
しかし次の瞬間、すべてを思い出すことが出来た。
「あぁ……あ、あああ!?」
マテロフも同様に咆哮し、跳ね起きる。
目の前でクォンが胸を抑え、文字通り血を噴き出しのた打ち回っている。
「ぐっ、ぬ、ぁあああああああああああああああ!」
「く、クォン殿……!」
駆け出そうとして、その手を掴まれた。
「離せ、レックス!」
「無理だ。ありゃあ致命傷だ。あいつは、助からねぇ。
お前の勝ちだ」
「…………」
その言葉に、複雑な気持ちが沸き起こった。
クォンの胸にはダガーの、刀身の3分の2ほどまでが潜り込んでいた。
心臓に届くか否かというところだが、引き抜けば大量失血で終わる。
もう、手の施しようがない。
「……これで、良かったのだろうか?」
「手心を加えて勝てる相手じゃなかった」
それはその通りだった。
せめて、とマテロフはクォンを見つめ続けた。
最期を、看取ろうと考え。
その時、ビクンっ、とクォンの体が痙攣した。
「え……」
そのまま白目をむき、クォンは仰向けに崩れ落ちる。
いきなり事切れたのかと思った。
ショック性の死というものか?
おそるおそるマテロフはクォンの身体を、覗き込む。
そこで妙なことに気がついた。
「剣、が……?」
抜かれていた。
にも関わらず、"出血がまったくない"。
「どういう……?」
「あー、死ぬかと思いましたね」
死人が、喋った。
「うぇ!?」
「ウォ!?」
とつぜんの事態にマテロフとレックス、二人同時に飛び退く。
一瞬聞き違えかとも疑ったが――
「いやぁ、素晴らしい連携技でした。お見事お見事、まさに一本取られちゃいましたね」
間違いじゃない。
本当に胸を貫かれて、生きているどころか、話している。
マテロフはゴクリと生唾を飲み込む。
「クォン、殿……生きて、おられたのですか?」
「えぇ、この通り」
「…………」
確かに話してはいるが仰向けのまま、指一本、瞬きすらしない。
まるで死体の口元から声が発せられているような状況に、マテロフは頭を悩ませる。
「その……」
迷う隣から、馬鹿が声をあげた。
「ゾンビかよ、おっさん」
「!? し、失礼だぞレックス……!」
混乱と恐怖とそこに焦りまで加えられパニック寸前のマテルフだったが、そこにクォンはなだめるような言葉を投げかける。
「いやいや、大丈夫ですよ。初めて見た人は、驚くんですよね。とりあえず、止血してもらえますか?」
「え……?」
しかしマテロフはその言葉にさらに戸惑わされる。
止血といわれても、既に血は止まっているのだが――
「あぁ、いや大丈夫ですよ。これは一時的に"心臓を止め"、仮死状態にすることで止まっているだけですので、止血は必要なんです」
「し、心臓が……?」
思わず自身の胸に手をやる。
そんなこと、果たして本当に?
「実際は微細動してるんですがね。とりあえず、止血してもらえますか?」
「あ、はい……」
そこへレックスが頭の後ろに手を回しながら前に出る。
「ふーん。妙なヤツだな、あんた」
マテロフは再度たしなめようと振り返ったが、クォンは穏やかに制す。
「そうでしょうか? 気味が悪いですか?」
レックスは意外にも冷静だった。
「いんや? 知り合いにそういうやつが一人いるんでね、別に」
クォンは目を見開く。
「なんと! いやそれは詳しくお聞きしたいですね。手当てをしていただいている間、お聞かせ願えますか?」
「あぁ、いいぜ。そいつはアレって名前なんだが、そもそもがおれの馬鹿な知り合いのベトってやつが拾ってきて……」
――結局私がやるのか。
二人が話し込む中、マテロフは手当てに取り掛かった。
ろくに道具も無かったので、再度自身の服を破くハメになる。
なんとも損な立ち回りだった。
するとなぜかレックスが話を中断してまで覗き込んできて、
「ほぉう……真っ白で、スベスベな足だなぁ」
「黙れ」
「触っていいか?」
「――殺すぞ」
なんてやり取りを経ながらなんとか止血も済み、レックスの話も一区切りついていた。
よくよく考えれば魔女狩りも全盛のこの時期に、魔女がいると他言するのも危険極まりないが、レックスにその辺りを期待するというのも虚しい話だったか。
「というわけだ」
「なるほど、彼女は間違いなく魔女ですね」
おいおい。
マテロフは目を白黒させ、
「そ……それは確証は、ないのではないでしょうか?」
「そうですか? それほどの摩訶不思議な出来事が巻き起こったというのならば、それで状況証拠は充分かと思いますが?」
「おぉ、話がわかるなオッサン!」
「ハハハいえいえレックスもなかなか面白い若造ですよ」
「この野郎言ってくれるじゃねぇか!」
「あたたたた、足を踏まないでください足を」
「…………」
なんだか、とてつもなく頭の悪い会話だった。
傭兵団のノリを思い出す。
剣聖の弟子というのも、どれだけ信じられるのか怪しいところだ。
「――では、本題に入りましょうか」
スッ、と音もなくクォンは立ち上がった。
「あ……」
「おぉ……?」
マテロフ、レックスはたじろぐ。
先ほどまで咆哮し、昏倒し、ほぼ死んでいた人間の動きではない。
クォンは真っ直ぐな瞳で、マテロフを見下ろした。
「お見事でした。このクォン、確かに貴殿に一度敗北致しました」
「や、いや……そんな、私のやったことは騙し打ちもいい所で……」
「それも含めて、見事な機転でした。当然ですが、合格です。是非私と、来ていただけますか?」
一瞬聞き間違えかと思った。
「……剣聖殿と、会えるのですか?」
「残念ながら、それは難しい」
「へ……?」
「おいおい、そりゃどういうことだよ?」
レックスが口を挟むと、クォンは弱り顔をしてそちらを向く。
「残念ながら、先ほども言ったとおり今回の行動は弟子たちによる独断なのです。ガルシア様は、孤高のお方です。弟子とは名ばかりで、我々はあの方の影を追うばかり……」
「な、なるほど……」
ガルシアの人柄が、おぼろげながら見えてきたような気がした。
「だとするなら、私はいったい……?」
「一緒に来ていただければ、他の弟子たちと顔合わせが適います」
「……その弟子たち、というのは?」
「たった四人ばかりですが」
考えるまでもない。
「是非、お願いします」
頭を下げたマテルフに、クォンは父性すら感じさせる笑みを作る。
「決まりましたな。では早速――」
「おれもついていくぜ」
この存在を、しばらく忘れていた。
「……レックス、お前」
「とーぜんだ! マテロフの窮地を救ったのはおれ。だからついていくのはと――――ぜんの権利、だっ!」
レックスは言い張る。
マテロフは頭を抱えた。
「……行けるわけないだろ。ですよね、クォン殿」
「構いませんよ?」
「え"!?」
「よっしゃ!」
まさかの反応にマテロフは面喰い、レックスは無邪気にハシャぐが、
「だ、大丈夫なんですか?」
「――その、覚悟が在れば」
クォンの瞳には、冗談やシャレが一切存在していなかった。
それにマテロフは、呑まれる。
これが"剣聖"の、弟子というものか。
「いつだって、死ぬ覚悟は出来てんだよ」
笑って、しかし瞳は笑わずレックスは応えた。
それにみたびクォンは、破顔する。
「では、参りましょう」




