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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
剣 -brade-
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Ⅶ/神との契約

 突然。


 アレが立ち上がり、振り返って、大衆に向けて行った告白に、一同は言葉を失う。


 それはベトも、同様だった。

 わけがわからない、というかこの子は会った時から一切の行動おの意味がわからない。


 みなと同じように、だからただ聞き耳を立てていた。

 それにアレは真っ直ぐ、真摯に、言葉を紡いだ。


「わたしは、おばあさんを殺されたくなかったです。でも、殺されました。どうしようもありませんでした。でもこの世の中は、どうしようもないことで溢れてると思います。わたしはそんな世の中を、どうしても変えたいのです。だから皆さん、よろしければ、どうかわたしに、力を貸していただけませんか?」


 そして深々と、頭を下げる。


 それに全員、ぽかんと口を開けていた。

 反応のしようもない。


 だいたいが、考えたこともないような考えだった。

 だからそもそもが理解し脳味噌が租借するのに、かなりの時間が必要だった。


 傭兵だし、あんまり頭使うことも少ないし。


「……嬢ちゃん、それでなんで世の中を変えるになるんだい?」


 最初に質問まで漕ぎつけたのは、二度までもベトにガントレットでアバラ骨を打ち抜かれのたうち回っていた、スバルだった。


 すぐに返答が来ないアレへさらに、


「仇とか、討ちたくないんか? 悔しいだろ? なんならわしがこれからちょちょいと、殺してきてやろうか?」


 スバルの独特の言い回しに、固まっていた仲間たちから笑いが巻き起こる。

 任せろ任せろと、力こぶまで作っている男までいる。


 和やかな雰囲気に、戻りかけていた。


「討ちたくないです。それにベトに、もう彼は殺されました」


 しかしアレは、表情も口調も一ミリも変わらなかった。

 それに緩和しかけた空気は、再び硬化する。


 そしてアレは、ベトを見る。

 それにベトは少し、気圧される。


「ベトも、悲しいと思っている」


「……は? んだよ、それ」


 突然決めつけられ、ベトは憤慨の声を漏らす。

 少し、目線をそらしながら。


 アレの視線があまりに真っ直ぐで、透き通ったものだったから。

 アレはそれに、寂しそうな笑みを漏らす。


「ベトには、感謝してる。あと少し来てくれるのが遅かったら、わたしは死んでます。だけど、ベトにだって殺して欲しくはなかった。その人だって、生きてた。そしてきっと、こんな世の中じゃなかったら、そんなことをしなかった。だからわたしは――そんなどうしようもない、悲しい世界を、変えたい」


『…………』


 一同、ようやくアレの言いたかったことを理解した。

 そして、その迫力に圧倒され、巻き込まれていた。


 男の中に女の子がひとりだというのに物怖じすることなく淡々と、それは感情を超越した高い、まるで神の視線からの意見を紡ぐようなその姿に。


「……どう変えるってんだよ」


 ひとつ、意見が飛んだ。

 しかしそれは質問というより、反発に近いモノだった。


 それに、一斉に続く。


「そ、そうだ。俺たちだってこんなその日暮らしは嫌だ。だけど、どうしようもない」

「そうだ、戦争なんだ。食べ物がないんだ」

「他にろくな職はない。男はこうして、生きていくしかない」

「お前のそれは、女子供の夢物語だ!」


 最後に強い言葉が、アレをたしなめようとした。

 言い放った男レックスはかぶりつき、鋭い目で睨みつける。


 しかしアレはあくまで冷然と、


「夢を、語ってはいけないのですか?」


「現実を見ろって言ってんだ! ヤらなきゃ、ヤられるんだ! 悲しいとか――」


「悲しくはないんですか?」


「っ……!」


 レックスが、言葉に詰まる。


 それは図星を突かれているに他ならなかった。

 レックスはそれにますます顔を強張らせ、


「だ、だからなんだってんだ! お前に、世界が変えられんのかって聞いてんだ!?」


「変えられるかどうかは、わかりません」


 その素直な言葉に、男たちは一斉に息を吐く。

 やっぱりか、という落胆というか安心というか。


 それに強張っていたレックスも気を緩め、


「ほ、ほら見ろ。やっぱりなんだかんだ言っても、世界をどうとかとか……」


「でも、変えなくてはいけないんです」


 アレの視線も口調も、僅かにも変わってはいなかった。


「わたしは、契約した。この命を捧げると。だからわたしはすべてを捨ててでも、世界を変えなければいけない」


 デジャヴ、いや違う。

 以前も聞いたこのフレーズだったが、その真意は――


「け、契約って、なんだよ? お前、誰とそんなもんしたんだよ?」


 すっかり相手役になったレックスの言葉にアレは瞼を閉じ、


「――神様と」


『……………………はぁ?』


 突然の言葉に、レックスだけでなくその場にいた全員が、同時に間抜けな声を出した。


 しかしベトだけは、なぜかリンクしてしまった。


 今までの彼女の言動と心の内を、聞いていたから。

 直接神だなんだと聞いたわけではない。


 しかし――


「わたしの身は、既に死んでいる。あの時、殺されている。生きながらえたのは、使命があるから。そのためだけに、生きる。たといどんな不条理が、無理難題が待ち受けていようが、関係ない。それがわたしの、使命だから」


 我が身、顧みない。

 ただその身その命、使命のためだけに。


『――――』


 みな、それに感動していた。


 いや最初は動揺していたのだが、そして普通そんな言葉を聞けば疑惑も湧きそうなものなのだが、アレのあまりに真っ直ぐで、疑いを知らない姿勢、態度に、誰もが引きこまれ、そしてそれをなんの力も持たず、肉親を殺されたばかりの少女が語っているという事実が、みなに感動をもたらしている要因だった。


「そ、それで今日剣を……?」

「ベトに、教わってました。でも、ぜんぜんうまく出来ません。ダメですね、へへ」


 そこで年相応に、にこっと微笑んだ。

 それにもう、みんな骨抜きだった。


「わ、わしで良ければなんでも教えるよ、なんでも聞いてくれ!」

「スバルのおっさんはエロいこと教えるだけでしょ! お、俺が手伝うよなんでも!」

「おれを頼ってくれよ、頼むから、頼むからさ……!」


 もうどっちがどっちなのかわからない言葉たちの羅列。

 それにアレは少し、というかかなり困った表情で笑顔を返すだけだった。


 そんな周囲を、ベトはどうともつかない表情で見つめていた。




 夜、眠りにつく。


 住み慣れた部屋。

 これでこのアジトでの暮らしも、四年を数えた。


 終わりの見えない、泥沼の戦争。

 別に不満も疑問もない。


 殺し合いたい同士、好きなだけ殺し合えばいいと思う。

 自分は金さえ頂ければ、好きなだけ殺そう。


 ただ、あの娘は言った。


「それが悲しい、ね……」


 呟いてみた。


 床についたあとに何かを考え、ましてや呟くだなんて、ずいぶん無いことだった。

 だからその無駄が、新鮮だった。


 無駄は嫌いだった。


 無駄を省いて、ただ生きてきた。

 生きるために無駄な動きを省き、ただ殺してきた。


 生きるとは、人間とはそういうものだった。

 なんなんだ、あの娘は。


「……使命、ね」


 考えていた。


 使命。

 使わされた命。

 命の、使い方。


 そんなものがあるだなんて、考えたこともなかった。


 人はただ、生きている。

 他の生物を食って、加工された水を飲んで、吐き出して。


 そして、死ぬ。

 それだけだった。


 それだけじゃないのか?


 なにか、しなければならないのか?

 それだけだと、生きていることにならないのか?


 間違っているのか?

 自分の生き方は、本当は悲しいモノなのか?


「……ふぅ、わかんね」


 わからなかった。


 今までの生き方と、考え方と、在り方と、あまりに真逆な存在。

 本当に人間か? とさえ疑うことすら――


 悪魔憑き。


「…………」


 厭な単語が、脳裏をかすめた。


 それに思わず、いつの間にか閉じていた瞼を開く。

 窓から差し込んでくる月の光は、いつになく眩しかった。


「まさか……」


 な、とまで言いたかった。


 だが言えなかった。

 それは、それを言えばあまりに今までの行動の不可思議が解決される言葉だったから。


 だとすれば、あの変貌も、神との契約という言葉も、そして昼間の事件も――


「……どうすっかな?」


 面倒だった。

 聞くべきか?


 でも悪魔憑きは、自身ではわからないという。

 なら、確かめようがないか?


 悪魔祓い(エクソシスト)。


「…………」


 対抗手段といわれているのは、聞いたところでそれだけだという。

 教会が所有しているという、対悪魔の特殊部隊。


 ツテは、ないでもない。

 こんな稼業をしていると、あちこちで色々と恩を売ることにもなる。


「明日……」


 衣擦れのような音がした。


 キン、とベトは傍らの愛剣を、静かに抜く。


 物音には、昔から敏感だった。

 敏感でなければ、死んでいたような環境だったから。


 それに戦場で産声を上げたというのも大きかったのかもしれない。

 だからベトは今まで、不意打ちというものを喰らったことがなかった。


 しかし今のは、起きていなければ気づかないほどの些細なものだった。


 たまたま遅くまで珍しく考え事をしていた今日だったからこそ、気づくことができたのかもしれない。

 それにベトは、眉をひそめる。


 ――なんだ?


 息すらひそめ、態勢を変えず剣のつかに手をかけたまま、気配に神経を集中させる。


 動きが、あった。

 ひどくゆっくりだが、それは徐々に、こちらではなく入口に――


 まさか。


「……アレ=クロア?」


 微かに微かに、呟く。


 既に中にいて出ようとしているなら、他に該当する者はいないだろう。

 自分の感覚を無視して進入することは、不可能だ。


 気配が完全に外に出たことを確認して、ベトは起き上がった。そしてあとを追おうとして――移動用の杖がその場に置き去りなことに、気づいた。


 どうしたというんだ、あの娘は?

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