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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
夢 -utopia-
89/132

Ⅷ/冷徹なまでの現実

 なるほど。

 結局自分は"剣聖"の影をすら、踏んではいないということか。


 むしろ現実味があり、マテロフは納得してしまった。

 ならばここを、逃してなるものか。


「それで、私はどういった結果を得られたのでしょうか?」


 真っ直ぐマテロフが見つめると、クォンはおもむろにその慇懃無礼な姿勢を、正した。


「これからです」


 そして背中に回していた半月刀シミターを、真っ直ぐこちらに突き出す。


 その一言、その一挙動で、すべてを理解出来てしまった。

 これからの、自分の結果をすら。


「……わかり、ました」


 微かにうな垂れ、マテロフはダガーを構えた。


 左腕は、指一本動かない。

 どうにもならない。


 勝てる勝てないのレベルではない。

 一矢報いるイメージさえ、浮かばない。


「…………」


 それでもマテロフには、他に選択肢が無かった。


 やっと踏みかけた、剣聖の影。

 しかしそこまでの距離は遥かに遠く、自分の足はあまりに頼りなかった。


 それでも前に、進むしかない。

 あの不自由な足で世界を救うと旅立っていった、アレのように。


「――いくぞ」


 自らを鼓舞するように宣言し、マテロフは(はし)った。


 クォンは騎士の一礼を済ませ、先ほどの猛烈な突きを放ってくる。


 手心の、欠片もない。

 本当に世の中は、甘くない。


「クァアアアア!」


 まるで鶏のような雄たけびをあげ、マテロフは迎撃を試みる。

 それはあえなく失敗し、紙屑のように吹き飛ばされた。




 合計、四度切り結んだ。


 その結果、マテロフは仰向けに、大の字に倒れ、一歩も動けなくなった。


 全身、あますことなくなます斬りにあっていた。

 そこはまるで血の池のような様相を呈している。


「あ、く……ぅ……」


 それをクォンが、笑顔で見下ろしていた。


「終わりですかな?」


 ぎょろん、と白目をむいていた瞳が、戻ってくる。

 それは真っ赤に充血し、狂気の色を放っていた。


「お、わ……る、か」


「しかしお立ちになれない」


「た、てなく……と、も……たたか、えるぞ……」


「この私に倒れ伏した婦人を、斬れと?」


「かま、わん……」


「私がご遠慮申し上げます。もし続きをご所望とあらば、お立ちを」


「くっ……」


 マテロフは、あがいた。

 全身に力を込め、なんとか立とうと試みた──が、もはや指一本、動かない。


 唇を噛み締める。

 自分は本当に、無力だ。


「終わりですかな?」


「ハッ……ははは……ハハハハハハハ!」


 マテロフは、笑った。

 笑おうと思い笑ったのではない。


 どうしようもない無力。

 指一本動かせない理不尽。


 それらが裡で爆発し、その行動を誘発したのだ。


 この相手は、このまま自分を見限り、落胆の表情を浮かべて去っていくだろう。


 それきり、もう二度と会うこともあるまい。

 そうなれば、もはや"剣聖"に辿り着くこともない。


 結果自分は何事も成せず、その辺で野垂れ死ぬ。

 ベトに追いつけず、アレに置いて行かれ、惨めな生を送るのだ。


 滑稽だ。

 これほど滑稽な話があるだろうか。


 クソ。


「アハハハハ、ははっ……ハハハハハッハハハ!!」


「楽しいのですか?」


「あははははははははは……こ、これが楽しく見えるのなら……貴様の目は狂っているぞ!」


「それは失礼致しました。では、以上でよろしいでしょうか?」


「ぅ……」


 答えられない。

 答えたくない。


 受け止められない。


 この冷徹なまでの――現実を。


「そのようですね。ではこれにて、私は失礼させていただきます」


「あ……」


 待って。

 マテロフは、そう言いたかった。


 しかし言えなかった。

 言うわけにはいかなかった。


 そうすることで、本当の意味で幻滅され――終わってしまうことが、わかっていたから。


「ふ……ふふふ、ふ……あはは、はは……」


 マテロフは笑った。

 笑いながら、泉のように涙を零した。


 いつもそう。

 本当に欲しいものは、それこそ水のようにこの掌を、指の間をすり抜けていく。


 決して守れない。

 それが自分の人生。


 悲しさを越えて、もうなんにもなかった。

 こんなところで血まみれで、大の字に横たわって泣きながら笑うだなんて、自分にお似合いだ。


 そうだ、ここから。

 ここから始めなくては、いけないのだろう。


 また、放浪しよう。

 どうせ何処にも辿り着かなくとも、それが自分に与えられた贖罪――


「待てよ。そんなに慌てて帰らなくてもいいじゃねぇかよ」


 不意に投げかけられた声に、マテロフは笑う声を止めた。


 信じられない想いに、視線を向ける。


「お、まえ……」


「おう」


 ずっと、姿を見ることはなかった。

 だが常に気配はあり、時折り贈り物が届けられ、二、三度声を聞くことはあった。


 だがまさかこのタイミングで、出しゃばってくるとは思ってもいなかった。


「レ、ックス……お前、どういうつもりだ?」


「惚れた女が泣いてるっつーのに、黙って隠れてられっかよ」


 ストレートな物言いに、マテロフは一瞬たじろいた。


 その隙を突くように、レックスはマテロフの脇を通り、クォンの前に出た。


「なにかね、君は?」


「なにかねじゃねぇよ。お高く止まってんじゃねぇ」


 いきなりの喧嘩腰。


「…………」


 それにマテロフは、生きた心地がせずハラハラしていた。


 やめてくれ。

 今自分は、"剣聖"のお眼鏡に適うか否かの瀬戸際なのだから、そういう真似は――


「……マテロフ嬢の、知り合いかい?」


「恋人だ」


「違う!」


「あふっ!?」


 その言葉にマテロフは咄嗟に、ダガーを投げつけていた。

 それはレックスの後頭部に――幸か不幸か柄の部分からぶつかり、そのままぶっ倒れる。


 なにを言っているんだ、あいつは!


「違う、違いますよクォン殿っ! その、そいつはなんていうかただの成り行き上の腐れ縁というか、腐り過ぎたただの馬鹿というか、まあ有り体にいえば……」


「へへ、仲間だな」


 レックスは立ち上がり、そう続けた。

 それにマテロフも、今度こそ異論はなかった。


「そう……だな。共に戦ったことが、幾度かあるかもしれない」


「へっ、相変わらず厳しい物言いだな」


「……フン」


「へへっ」


「――なるほど」


 そう頷き、クォンは半月刀シミターをゆっくりと抜き、放った。


 それにレックスも、腰から愛刀であるブロードソードを抜く。


 普通のものより幅広で、斬るというより叩くほうに特化した特注品だ。

 理屈じゃなく、数で討つ。


「へっ……ヤル気になったか?」


「時間稼ぎ、ご苦労だな」


「へ?」


 不意に投げかけられた意外な言葉――と同時に生まれた後ろの気配に、振り返る。


「マテロフ……」


 マテロフは、立ち上がっていた。

 満身創痍で、ボロボロで、血まみれで、傷が無いところなんかないっていう位の痛々しいその姿で。


「そうだな」


 マテロフは、笑っていた。

 笑って弓矢を、構えていた。


 レックスの肩から、力が抜ける。


「お前……やれるのか?」


「無粋な質問だな。お前は、いっつも」


 それは健やかな笑みだった。

 気負うものが何もない、純粋な笑顔。


 それにレックスは見惚れていた。

 こんな美しいもの、見たことがない。


 マテロフはそのまま真っ直ぐに、クォンを見つめる。


「お待たせした」


「いえ、ご準備の方は?」


「ああ……」


 レックスはそこで気づいた。


「お前、左手を……」


 そうだった。


 マテロフは、動かない左手に弓を――破った上着をぐるぐるに巻きつけることで、固定していた。

 それを無理やり掲げて、クォンに照準をつけている。


 右手を精一杯引き、矢を番う。

 レックスが作ってくれた時間で、準備は整った。


 己のすべてを込める。

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