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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
夢 -utopia-
88/132

Ⅶ/半月刀

「……そう」


 貴婦人はゆとりある仕草で、カップをテーブルに戻した。


 そして値踏みするように、こちらを見る。


 マテロフは、もうなにも考えてはいなかった。

 なるようになればいい。


 もし計3箇所ある扉から屈強な私兵たちが大挙して雪崩れ込もうが、構うものか。


「では紹介するけど、よろしいかしら?」


 一瞬、耳を疑った。


「なにを――」


 紹介するって?


「では、入ってきてください」


 そして扉は、開かれた。


「え……」


 咄嗟に、マテロフは懐の中に手を入れていた。


 マインゴーシュ、なにか飛び道具が来たときに止める為。

 人間変われば変わるものだ。


「フフっ」


 その人物は、笑っていた。


「…………」


 マテロフは腰を浮かし、相手を冷静に分析した。


 デカイ。


 身長はマテロフを二回りは上回りそうだった。

 屈強そのものといった体躯を覆うは、使い込まれ、手入れが行き届いたプレートアーマー。


 右頬にはバツ字の痕。

 左目には黒い眼帯。


「何者……ですか?」


「会いたかったんでしょう?」


 貴婦人は愉しげに、微笑んだ。

 マテロフは目を、瞬かせた。


「まさか――」


「参る」


 ほぼ、言葉と同時だった。


 男は背中から、半月刀シミターを抜き――振りかぶってきた。


「な」


 考える暇も、戸惑う刹那すらない。


 マテロフは咄嗟にマインゴーシュとダガーを抜き、交差してそれを受け止め――


「ぐっ!? ……かッ!」


 きれず、ソファーの向こうへ吹き飛ばされてしまう。

 そのまま窓の下まで転がり、仰向けに倒れる。


 そこへ男が、舞い踊る。


「ハッハー!」


「っ……うぁ!」


 床に突き立てられる、半月刀シミター

 その寸前なんと床を転がり、マテロフは難を逃れた。


 そして床を叩き、立ち上がった。

 叫ぶ。


「――どういうことだっ! 事と次第によって……許さんぞ!」


 マテロフはダガーの先端を、貴婦人に向けた。

 これ以上の狼藉を働けば、投擲するという意思表示だった。


 相手の反応を見る一瞬すらなかった。

 男の突きが、喉を狙っていた。


「ぐ!?」


 マテロフは結局ダガー、マインゴーシュを合わせ、それを防いだ。

 本音を言えばそのままマインゴーシュで絡み取りたかったが、速度が――それになにより威力が、桁外れすぎた。


 ――まさか。


「っ、あ……貴様、」


 再度転がり、勢いをつけてマテロフは立ち上がった。

 そして男を睨みつけ、叫んだ。


「名を、なんという!」


「ガルシアだ」


「な……」


 一瞬の隙。


 マテロフの左腕に、男の半月刀シミターが突き刺さっていた。


「あ……ハッ、くァ……!」


 力瘤の辺りに10センチほど、刀身が潜り込んでいる。

 跳ねるような痛みに、マテロフはマインゴーシュを取り落とす。


 カランカラン、と渇いた音が辺りに響き渡った。

 しかしマテロフは、それどころではなかった。


「ガル、シア……だと? それはつまり……貴様がホメロ……ガルシアだと、いうことか……ッ?」


「だとすれば、どうする?」


 ぐりっ、と半月刀シミターが捻られた。


「いッ!? ぎ、ひぎ……っ?」


 思わずマテロフは、潰される蛙のような声を発していた。

 その最中でもマテロフは相手から、目を離すことは無かった。


 真偽は、明らかではない。


「――――」


 天下三剣は三者ともがその素性──流儀や使用する得物はおろか、その面構えまでもが不明だ。


 唯一"剣王"ハルバルト=ディアランが持つという『聖剣ルミナス』のみがその伝説的な戦績と共に知れ渡っているが、それすら名称以外一切の情報が皆無という徹底ぶり。


 だから自分がガルシアだと名乗れば、それを正す術はない。

 まあ逆に言えば証明する術もないといえるのだが──


 だからマテロフは、その瞳に賭けた。

 自身が傭兵に成り果ててから養ってきた、眼力に頼んだ。


「ハァ、ハァ……ハァ、あ……」


「どうした? 黙りこんだな。なにか、言うことは無いのか?」


「ハァ、く……ハァ、ハァ……」


「何もないのか? つまらんな。もう気持ちが切れ──」


「違う」


 ほぼ、直感に近い。

 

 自身を剣聖だと名乗る男の眉が、吊り上がった。


「違う、とはどういうことだ? なにか間違え――」


「お前は"剣聖"ホメロ=ガルシアではない」


 直感の正体に、気づいた。


 今、この男は、つまらないと言った。

 そこに女特有の、理屈ではない違和感を覚えたのだ。


 正体は、伝え聞くガルシアの気質だった。


「ただ至高の剣を求めるというガルシアが、つまるつまらないという浅慮な考えで物事を計るはずがない……消えろ偽者。私は貴様に掛かり煩っているような暇はないのだ」


 半分放心したようにマテロフが呟くと、男は無言──そして無表情となりその半月刀シミターを、引き抜いた。


「っ、う……」


「……まったく、私もまだまだ未熟ですね。小物には小物とそれらしく演じたつもりが、単にガルシア様の名を貶めるだけの結果になってしまった……反省せねばならないでしょう」


「なにを……」


「大したものです」


 突如口調が変わったその男は、おもむろに懐から包帯を取り出し、マテロフの傷つけられた腕を縛った。


 突然の変貌に、マテロフはされるがままになる。

 展開にまったくついていけなかった。


「……どういう、ことですか?」


「失礼致しました。順序が逆になりましたが、名乗らせていただきます」


 男は胸に腕をつけ、深々と一礼した。


「私はホメロ=ガルシア様が弟子が末席、クォン=イルテーゼと申します」


「な……」


 マテロフは絶句する。

 正直この男が偽者だということに大した衝撃も無かった。


 最初から、そんな予感はしていた。

 女の直感だ。


 しかしまさか"剣聖"の関係者だとは考えてもいなかった。

 そも、弟子がいるなどと想像だにしていない。


「そ、れは……本当、なのですか?」


「私に、初対面のあなたにウソをつくメリットがあるのですか?」


 言い回しこそ違えど一度近々に聞いたセリフ。

 それに妙な説得力と、説明し得ない運命的なものを感じる。


 しかし理屈で考えれば最初にガルシア本人だと名乗ったことはどうなのだと言及すべきか考えていると、


「して、あなたのお名前は?」


 マテロフは思案を中断。


「……マテロフ=アルケルノです」


「職業は?」


「一応……傭兵を、やっていました」


「今は?」


「……その日暮らしで、やり過ごしています」


「武器は?」


 チラリ、と右手のダガーと取り落としたマインゴーシュに目をやる。


「……元々は、弓を。現在は白兵戦用にと、この二つを使っています」


「では、本題の質問に入らせてもらいます」


 心臓がひとつ、鳴った。

 男──クォンは温和ながらも奥に厳しさを持った瞳で、マテロフを射抜く。


「私がこうして参ったのは、あなたの噂を聞いてのことです」


「それは、どういう……」


「しばらく前より、我が師"剣聖"の名を求める人物が現れたという。物見遊山の類であるなら、しばらく泳がせれば消えるかと放置しておりましたが、一向にその気配はない。しかも調べてみれば、その人物は女性だという。そこでもうしばらくの時を与え、その動向を探った上で、ひとつ試してみようという話に相成りまして」


「……ほう」


 それを聞き、マテロフは元の心持ちに戻っていた。


 なるほど、今までの徒労も徒労ではなかったということか。

 素直にここは喜んでおこう。


 未だ見ぬ"剣聖"の尻尾を、動かせたことを。


 しかし、


「やり方が……気に入らないな」


「失礼致しました」

「貴方がどうこうというより、顔も知らぬ私を試すような真似をしたことが、です」


「申し訳ございません。それも弟子である私どもが独断で判断、行動させていただきました」


「……だとするなら、話は別ですね」

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