表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女アレ・クロア  作者: ひろい
夢 -utopia-
87/132

Ⅵ/貴婦人

 眩しい朝日で、目が覚める。

 目を擦り、伸びをひとつ。


 さて、今日も行軍を始めよう。

 たった一人の、寂しいものだが。


「さて……ん?」


 樹を降りて、マテロフは気づいた。

 その付け根に、昨晩のウサギが――


「丸焼き、だな……」


 なるほど、これなら酢、塩を掛ければすぐに美味しく頂けることだろう。


「…………」


 一時考え、結局それを朝ごはんにすることに決める。


 貴重な動物性たんぱく質だ。

 貰えるもの、得られるものなら拒むことはない。


 少し、複雑であっても。


 マテロフは、ひたすら歩いた。

 時間にして、日が最も強く輝く時まで。


 それまではひたすら、なにも考えずに歩く。


 しかし今日はその前に一度、足を止めることになる。


「あ……街」


 久しぶりのことだった。


 少し小高い丘から、マテロフはそれを発見した。

 規模としては中程度、というところだろうか? 


 とにかくそれだけの家があるということは、人間もそれなりにいるのだろう。

 ならば情報も、それだけあるのだろう。


「いこう……」


 無機質に、マテロフは呟いた。


 正直、既に半分ほど諦めの境地にも至っていた。

 ここまで何人、何十人、ともすれば百、二百に届こうかというほどの人間に、剣聖に関する情報を募ってきた。


 しかしまったく、これっぽっちも集まらない。

 その影すら、追うことは出来ない。


 所詮、噂や伝説の類。

 自分は無駄なことに、多大な時間と労力を無駄にしているのではないか?


 無力さを、ただ思い知らされているだけなのではないか?


「あの……少し、構わないだろうか?」


 そんな想いを抱えながら、マテロフはいつものよう通行人に声を掛ける。

 声色に疲労の色が混じるのは止められなかった。


「あ、はいなんでしょう?」


 どうせまた、ダメだろう。


「その、ひとつお聞きしたいのだが……ガルシア、という名に聞き覚えはないだろうか?」


 こんな主婦らしき女性に、キッカケがあるとは思えない。


「ああ、はいはい。知ってますよ」


 聞き間違いかと思った。


「…………失礼、ご婦人」


「なんですか?」


 少しでっぷりとしたその貴婦人は、ころりと首を傾げた。


「あの……既知だ、と?」


「ええ、そうですけど?」


「……本当に?」


「初対面の貴女にウソをついて、わたくしになんの利益が?」


「まぁ……」


 そういわれればその通りなのだが、にわかには信じがたかった。

 どうしたものか、少し迷ってしまう。


「その……ご教授いただけるなら、お願いしたいのだが……」


「構いませんよ? では、わたくしのお家に来なさる?」


「え?」


 硬直。

 この自分が誰かの家に――招待?


 正直まったく実感のないまま、マテロフはその御仁についていった。


 危険がまったくないわけではない。

 だが、もし何かあろうとも自分の身ひとつくらい守れる自信があったし、もし想定を越える事態が起ころうとも、既に覚悟は決まっていた。


 所詮は汚れた身の上だ。

 どんな屈辱や、痛みを伴おうとも、失うものなどない。


 死すらも、アレのあの在り方を目の当たりにしてから、どうということではないと思えるようになっていた。

 いっそ、辱め、切り刻み、殺して欲しいとさえ思えるようになっていた。


 そちらの方が、無力さに塗れるよりもよっぽどマシだと。


 しかしマテロフは別の意味で自身の無力さ──見聞のなさを思い知らされることになる。


「……随分と、豪勢なお屋敷ですね」


 到着したその建物は、アジト全部を足したくらいの敷地を誇っていた。

 さらに内装には金銀大理石が贅沢に使われ、壁という壁には宗教画が所狭しと飾られていた。


 一歩進むにも、足が止まりそうになる。

 自分が気圧されるなんて、それこそ屈辱的だった。


「そんなことありませんわ。これくらいなら普通ですわよ?」


 先導する貴婦人に、マテロフは恐縮する。


「いや……そ、そうですか?」


「えぇ……ああ、着きましたわ。こちらへどうぞ?」


 これまたホールかと見紛うほどの巨大なリビングに案内される。

 ソファーの隅に、縮こまる。


「ではお茶をお持ちしますので、しばらくお待ちください」


 そう言って、貴婦人は奥へと引っ込んでしまった。


 マテロフは手持ち無沙汰になるが、もちろんウロウロしたりの失態を犯すわけにもいかない。

 静かに佇み、ただ主の帰還を待つ。


 ただ耳を――直感を研ぎ澄ましていた。

 静か過ぎる。


「――――」


 マテロフはすぐに気がつく。

 これだけの屋敷にしては、まったく人の気配というものがしなかった。


 おかしい。

 さらにあの貴婦人の、見知らぬ自分に対しての余裕がありすぎる態度も気に掛かる。


 臭い。


「…………」


 しかしマテロフは、その場から脱することが出来ずにいた。


 ようやく掴んだ、剣聖の手掛かりの切れ端。

 たといそれが罠で、後に地獄のような展開が待っていようとも、なにも得られず無駄に放浪するよりはマシに思えた。


 世界を救おうと、死を賭して戦っている14の少女がいるという中、自分だけそんなマネはこれ以上したくはなかった。


「…………」


 推測で。

 太陽が東から西へ30度位置を変える時間まで、マテロフは待った。


 しかし物音はおろか、空気が動く気配さえ感じることは出来なかった。


 マテロフは待った。

 辛抱強く。


 どちらにせよ自分に取れる選択肢など少ない。

 待ちぼうけなら、それはそれで構わない。


 外ではいつの間にか、陽が完全に没していた。


「お待たせいたしました」


 貴婦人は、それこそまったく悪びれなく現れた。

 まるでちょっとそこまでトイレにでも行って、帰って来たかのようだった。


 マテロフは気づかれないレベルで、微かにため息を吐いた。


 これだから金持ちの感覚は始末に負えない。

 通常ではありえない、許されない行動をその経済力、権力ゆえ当たり前に取り、悪びれもしない。


 頭が痛くなる。


「いえ……それであの、ガルシアについては?」


 貴婦人はゆったりとした仕草で向かいのソファーに腰を沈め、紅茶のカップを傾けた。


「――なぜその名を、求めるのかしら?」


 ズクン、と心臓がうねった。


「なぜ……?」


の名を求める意味を聞くのが、そんな不思議かしら?」


 マテロフは、そこに嫌な予感を覚えた。


 発端は軽い気持ちだった。

 しかしこの女の雰囲気は、尋常なものではない。


 どう動くことが、正解なのだろうか?


「いえ、あの……その前に失礼ながら確認したいのですが、あなたがいうガルシアとは、ホメロ=ガルシアのことで間違いないでしょうか?」


「質問に質問で返すのは、失礼ではないかしら?」


「もし同名の別人であったのなら、前提から崩れてしまいます」


 マテロフは、一歩も引かないことを選んだ。

 ウダウダ考え、恐れたところで意味がない。


 もはやそういうところに、自分はいない。

 アレが去った時、自分はそう決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ