Ⅴ/ツケ
ベトはベリファニーと、アレを探していた。
共に彼女の心当たりを回った。
しかしそのどこにも、アレの姿は見当たらなかった。
ベトはとにかく、ベリファニーに任せた。
一切口を挟まず、とにかく随行した。
だが結局最後の場所も空振りに終わり、ふたりは小屋に戻ってきた。
そしてテーブルに着き、しばらくの沈黙のあと、ベリファニーが口を開いた。
「すいません……見つけることは、出来ませんでした」
「そうだな」
「正直、私には……ふたりがどこにいるのか見当もつきません」
「そうか」
「すみません、力になれず……」
「あぁ」
『――――』
再度、ふたりは黙りこくる。
ベトは腕を組み、ベリファニーは顔を伏せ。
気まずい空気に耐えられなくなったのは、やはりベリファニーだった。
「――どう、しましょうか?」
「俺にはわかンねぇ」
「そう、ですよね……」
「だから俺は、あんたに縋るしかない」
ハッとして、ベリファニーはベトを見た。
気づかなかった。
ベトは真摯に、ベリファニーと目を合わせようとしていた。
そこに当初見受けられた驕りは、微塵も感じられなかった。
「ベトさん……?」
「あんたに助けを請うしかない。俺には一切探す力はない。だから頼む。アレを見つけてくれ。アレを、助けてくれ」
ベトは深々と、頭を下げた。
その様子に、ベリファニーは慌てた。
「そ、そんな……頭を上げてください! 私なんて……」
「頼む!」
ガンっ、と額をテーブルに叩きつけた。
その勢いに、ベリファニーは目を丸くする。
これが昨日と同じ青年だとは、信じられないくらいだった。
「ベトさん……」
「オレは、気づけたんだ! アレがオレにとって、どれだけ大切かって……オレはアレを、失うわけにいかないんだ。だから頼む、助けてくれ! どんな手段だって、どれだけ掛かったっていいから……アレをオレの元に、戻してくれ!!」
「…………」
必死な様子のベトに、ベリファニーは胸打たれていた。
彼は、本気だ。
彼女の重要性、そして事の緊急性に気づいている。
そして自分に対して、なりふり構わず協力を申し出ている。
その姿を、過去の自分と照らし合わせた。
救いたい、と強く思った。
だからこそ、その言葉は口から漏れた。
「……責めない、のですか?」
ベトは顔を上げず、そして微動だにもしない。
だからベリファニーは、問いかけを続けた。
「私とスペロは、知り合い──いやおそらくお察しのことと思いますが、そんな言葉では到底言い表せないような関係を以て、ここにいます。
だからあなたはそんな彼が起こしたことに、この事態に、私を責めることも、その責任を取らせるため追求することだって、その権利は──」
「関係ねーだろ」
頭をテーブルに擦りつけたまま、言葉だけがベリファニーに飛んでくる。
戸惑い。
それを感じ取ってか、さらにテーブル──後頭部は喋り続ける。
「じゃあ聞くが、あんたはあの男に、アレを攫うようにとでも指示したのか? 危害を加えろとでも、言ったっていうのか?」
「! そ、そんな事は……!」
努めて平静を保とうとしていたベリファニーだったが取り乱し、ハッとして視線を背け、そこでようやく後頭部はその表情をあらわにした。
ニヤリ、といつものように不敵に、微笑んでいた。
「だったら関係ねぇ。知り合いだから、関係者だから、あんたの責任だなんて。そんな考えしてたんじゃこのくそったれな世の中生きていけねえし、傭兵なんてやってけねえよ」
ベリファニーはまるで叱られる子供のようだった。
「……いいんですか、それで?」
「魔女だからなんて偏見、オレにはねえ」
ハッとして、思わず視線を合わせる。
その表情は吹っ切れたような、澄んだものだった。
「白魔女は俺の救い主様であり、天使様だからな」
「ベトさん!」
いきなりベリファニーが、ベトの両手首を掴む。
ベトも無言でうなずく。
そこにもはや躊躇いや迷いや負い目は無かった。
「わかりました! 私で出来ることなら、なんでもします……だからアレさんを、探し出しましょう! 助けましょうっ! 絶対諦めないで……幸せになりましょう!!」
「あぁ!」
ベトは手首に掴まれたその手を持ち上げ、ガッチリと握手を交わす。
諦めるつもりなんてない。
そう自分を変えてくれたのは、アレだったから。
今度は自分が、彼女自身を変えたい──救いたいと、願っていたから。
*
マテロフは、永い旅を続けていた。
永いと感じたのには、理由があった。
マテロフは生まれた時からずっと誰かと共にいた。
野盗に襲われるまでは村のみんな、家族と。
そのあとはスバルに拾われて、傭兵団のみなと。
だからこうして単独行動を取るのは、初めてに近いことだった。
ひとりの時間は、悠久を想わせた。
「――――」
それまで無駄な時間、手間を取らせてなどと考えていた他者とのやりとりが、実際独りでいるとそれは何も知らない子供の戯言なのだと思い知らされる。
ただひとり。
この世で他に、誰もいないようなその感覚に――
近くの茂みが、音を立てた。
「…………」
それにマテロフは、物思いを中断。
無粋。
脳裏に浮かんだのは、その単語ひとつだった。
ため息ひとつ吐き、再度漆黒の闇に自分を沈めようかと考える。
「あー眠れねー」
決定打だった。
「…………おい、レックス」
「あ、やべ」
その間抜けな一言だけ残し、声の主の気配は遠ざかっていった。
一応顔を上げて辺りを見回すが、もちろん人影などない。
どうしたものか。
「…………ふぅ」
ため息、二つ目。
マテロフは再度瞼を閉じた。
そしてゆったりと、木の幹に身体を寄りかからせる。
ちなみに現在マテロフがいるのは、スバルが駐屯していたアジトより徒歩で休まず四日掛けて辿り着いた、名も無き森だった。
その20メートルにも及ぶ大樹の、上四分の一に位置する巨大な枝に、身を預けていた。
ここまで来れば、森の獣たちも易々とは襲ってはこない。
疲れた。
「――――」
瞑想、再開。
マテロフは今までの日々を思い返していた。
ずっと、戦い続けてきた。
最初は日雇いの野盗狩りに参加したり、攻城戦に参戦したり、そうして日銭を稼いだ。
そしてある程度纏まった金が手に入ったら、あとはひたすら歩いた。
その間も戦った。
容姿がこんなだからか、やたらと無粋な男たちに声を掛けられ、絡まれた。
それが面倒で野ざらしの道を行くと、今度は獣に襲われた。
どこに行っても、心休まることはなかった。
戦いが、自分の人生だった。
それに気づけただけでも、ひとつの収穫だった。
どこかで、狼が吼えていた。
「――――」
心地良い。
そう思えるということは、自分と通じるところがあるのだろう。
狼か。
「……そんなに強くないだろう、私は」
虚しさに、心が空っぽになったように感じられる。
独りで戦うことは、本当に苦労した。
弓兵、というものは単独戦闘には向いていない。
自然、短めの片手剣にも着手した。
ダガー、スティレット、マインゴーシュ、ククリ、レイピアなど――最終的には右手にダガー、左手にマインゴーシュという変則二刀流とでも呼べるものに落ち着いた。
マインゴーシュで敵の剣を受け止め、ダガーで急所を穿つ。
まるで左手で弓を握り、右手で弦と矢を引き絞り、放つのに似ていた。
自分にとっておあつらえ向きといえた。
「今までのツケ、か……」
両腕には、数え切れないほどの傷が出来ていた。
治りかけのものもあれば、出来たての生傷もある。
今まで自分がいかに甘えてきたか――守られてきたのかを、自覚出来た。
「子どもだったんだな、私は……」
ペロ、と手の甲を舐める。
滲んでいた血は、鉄の味がした。
剣など野蛮と言っていた自分を叩きたい気分なくらいだった。
「腕は……鈍ってはいないだろうな」
ふと思い立ち、マテロフは背負っていた弓を手前に引き出し、矢を番えた。
残りは、七矢。
今回撃てば、そろそろ補充しなくてはいけないだろう。
目をギラリ、と光らせる。
「――――」
獲物を捕らえる、狩人の瞳。
マテロフの視力は現代でいえば6.0に相当。
さらに夜目も利くため、深夜の森であろうとも――
「――――ヒュッ」
呼気、一閃。
放たれた一矢は狙い通りに真っ直ぐと――ウサギの臀部を、貫いた。
「きゅっ!? きゅ、き……!」
「……チッ」
マテロフはその結果に、舌打ちする。
狙いはウサギの、心臓だった。
この結果では――
「やっぱり、か……」
ウサギはきゅーきゅー鳴きながら、なんだかんだでお尻を庇いながら逃げて仰せてしまった。
弓矢は、一矢必殺。
外せば位置を悟られ、敵兵は殺到し、殲滅の憂き目に遭ってしまう。
「ダメだな、これじゃ……」
マテロフは呟き、頭を幹につけた。
自分にとって短剣は、あくまで補助的なもの。
メインアームズは弓で無ければならない。
その精度が落ちてしまえば、それこそ本末転倒だろう。
悩む。
「……一人では、限界か?」
今まではなんとかやってこれたが、これから先どうなるかはまったく見通しが立たなかった。
大体が行き当たりばったりに行ったところで、剣聖のけの字すら出てこない。
これではただ闇雲に、その場凌ぎに生きているのと変わらない。
「――――寝よう」
結局マテロフは、そう結論付けた。
もう日も遅い。
朝早くに起きて、動けるだけ動かなくてはならない。
こんな森でいつまで過ごしても、それこそ剣聖のけも見えてこないだろう。
──本当に、果たして自分は強くなれるのだろうか?
考えても考えても、結論など出ようはずもなかった。




