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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
魔女 -witch-
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Ⅶ/わたしの味方

 一瞬、空白の時間が下りた。


「……正確には把握してませんが、おそらくは――千は越えるか、と」


「あなたのお力で、なんとか助けていただくことは出来ないのですか?」


「力及ばず……ですからベリファニーさんの助けが必要――」


「助けたいと。

 思っていただけているのですか?」


 決して強い口調ではなかった。

 諭すような様子もなかった。


 だがその言葉には、明白な"意図"があった。


 ヴィルはそれに、僅かに気圧されたように見えた。


「――いえ。ですからお助けしたいからこそ、このようにご協力、」


「死にたくない」


 呪いが形を持ったら、こんな風に聞こえるのか?

 ベトはそんなことを考えた。


「な……にを?」


 ヴィルの顔から、鉄壁の笑みが崩れ落ちる。

 逆にベリファニーの笑みはどんどんどんどんと、歪んでいく。


「死にたくない。だからその場で、言葉で丸め込む。死にたくないから、殺したい。だから丸め込んで、みんなで殺す。魔女は異物。人間ではない。だからその対処は、殺すか殺されるかしかない。理解する事も、妥協する事もしない。だって魔女わたしたちは、人間じゃないんだから」


「…………それ、は」


「生まれ堕ちてからこれまで、呪詛のように繰り返されてきた言葉たちです」


「へぇ……」


 ベトは感心していた。


 ベリファニーの言葉には一分の隙もない。


 その通りだ。

 間違いない。


 剥き出しの、ありのままの真実だ。

 言葉使いとしては、ベリファニーのほうが優勢とさえいるだろうか?


「人間じゃないね」


 そのベトの判断を認めない、覆すかのように、ヴィルは崩れ落ちたその鉄壁を、拾い直す。

 百戦錬磨という言葉が脳裏に過ぎる。


 語るヴィルの視線には、既に恐怖の欠片も見受けられなかった。

 エリオム。


「だがボクたちも、魔女じゃない。その違いは現実としてあるものだけど、なに、人間たちにだって色んな種類があるし、それも話し合いにより、違いを理解して、わかり合って、共に生きてきた。不可能はないんだ。少なくともボクは、そう考えている」


 おそらくは予想外だろうその反応に、ベリーファニーは愉しんでいるよあだった。


「可能、でしょうか? 現に私は今まで、数え切れないほどの人間をあやめてきました。その罪は、果たして許されるのでしょうか?」


「人は生きていれば、なにかしらの罪を、業を重ねているものです。それらはすべからく、神の慈悲により赦されると教えられています。必要なのは悔い、改めることです。そして罰を、怖がらないことです」


「私の罪が赦されるには、どのような罰が必要でしょうか?」


「それはボクには計りかねるものです。しかしすべからく、罪を罪と意識し、それを改めたいと考えているのならば、その機会は訪れるでしょう。その為にも、どうかボクと行動を共にしていただけないでしょうか?」


 ご高説だ。


 ベトはギリギリのところで、口を挟むのを留めた。

 なぜならこの先は茶々を入れる必要は無く、決断はベリファニー本人に委ねるべきだからだ。


 どう、出る?


「…………」


 ベリファニーは無言で、宙から地に降り立った。


 そのまま真っ直ぐ、ヴィルに歩み寄る。


 ヴィルは動かない。

 笑顔のまま、微動だにしない。


 なんか起これ!

 ベトは密かにドキドキしていた。


「――私は、」


「わたしの罪モガッ」


 たぶんこのタイミングだろうと、ベトはアレの口を塞いだ。

 ドンピシャだったのに安堵し、続きを楽しもうとする。


 ベリファニーは残りの言葉を、紡いだ。


「私は……ごめんなさい」


 咄嗟だった。


 ガキンッ、と凄まじい金属音がした。

 続いて、なにかが激突するような音。


「ぐっ!? ッつ、あ、ぁ……」


 ヴィルの呻き声、そして沈黙。


 ベリファニーが、振り返る。


「……どういう、つもりですか?」


 笑顔こそ変わらずたわが、言葉に初めて微妙な負の感情が含まれる。


 この状況をどう受け止めるべきか、判断に迷うところだ。


「や……いやーなんていうか、そう。手が、手が滑って――」


「どういうつもりかと、聞いているのですが?」


「や……やー、あははは……」


 取り付く島もない。

 苦笑いを浮かべるしかなかった。


 先の一瞬。


 ベリファニーがヴィルに謝罪の言葉を吐いた、その直後。


 ベトの全身をぬるりと覆い尽くすような、強烈な"殺意"。

 それに身体が、反応していた。


 気づけば持っていたバスタードソードを、投擲。


 それは目標地点であるベリファニーとヴィルの間に到達──直後、凄まじい金属音をあげ、真上に弾け飛んだ。

 その余波でヴィルは吹き飛ばされ、土壁に後頭部から激突、そのまま力なくうなだれ、沈黙。


 それがそのほんの一瞬の間に巻き起こった出来事。

 そして現在に、至っていた。


 さて、どう返事をしたものか?


 ベルファニーは、触れれば凍りつきそうなほどに冷たい雰囲気をまとっていた。


「笑っていたら、わかりません。どういうつもりなのか、教えていただけませんか? そうでないと……この状況をどう判断したらよいのか、わかりません」


 マジだな。

 仕方ない。


 ベトはいっそ開き直り、


「あぁ……じゃあ正直に言うわ。わかんねぇ。気づいたら身体が、動いてた」


 ベトの緊張感のない言葉にベリファニーは一瞬あっけにとられていたようだが、


「……それでしたら、仕方ありませんね。では次は、邪魔しないでいただけますか?」


「やめとけ」


 断言。

 面倒だが、仕方がない。


 もっと面倒なことになる前に、止めておかなければならない。


「……どういう、ことです?」


 怪訝な瞳も、まっすぐ受け止めなければならない。

 腹に力を込める。


「お前、殺す気だろう? やめとけ。そいつは曲がりなりにも、王子だ。ただじゃすまない」


「関係ありません」


「大いにある。この時、この場所が問題なんだ。オレたちが、巻き込まれる。ヤルなら、まったく別の機会でひっそりとヤってくれ」


「ウソです」


 あぁ、ウソだ。


「……あ――――っ、めんどくせぇなお前は! じゃあ言ってやる! そいつを殺すのを、やめろ!」


「――なぜ、ですか?」


 なぜなぜなぜなぜなぜなぜって、お前はアレかっていうかシスタープライヤーかっていうか、俺の周りなんでこんなんばっかりなんだよとベトは頭をかきたいのを必死にこらえて慣れない理屈をこねて、言葉を紡いだ。


「オレが、めんどくせぇと思ってるからだ!」


 ヴィルが、目を大きくしてこちらを見ていた。


 おぉ、ビックリしている。

 なかなかレアで、正直ちょっと面白かった。


 左の袖を、引っ張られた。


「……ベト」


 そんなに潤んだ瞳で、こっちを見るなって。


「……意外ですね。よろしければ、めんどくせぇと思っておられる理由を、お聞きしてもよろしいですか?」


「ねぇ。今ので、全部だ」


 理屈はわからねぇ。

 だが今そいつを殺されるのは、面倒くせぇと思えてしまう。


 考えるのも面倒だった。

 だったら今は、その気持ちに従うだけだ。


 ベリファニーは、俯いていた。

 正直かなり、怖えぇ。


 今の自分には、折れたギオゾルデ──スクラマサクスと、不慣れなバスタードソードしかない。

 なのに相手の力の正体も、もちろん対策なんかもこれっぽちも浮かんでいない。


 死ぬかな?

 てかオレ、本当死ぬか生きるかばっかりだな。


 ベトは自分の運命を呪いそうになった。

 しかしそれは無駄なことに気づいた。


 元々ベトには、自身の運命を呪わない日はなかったから。


「……あなたは、」


「なんだ?」


「私側、なんですか? 王族側、なのですか?」


 ベトはボリボリと、頭をかいた。

 ようやくいつもの習慣をこなせて、痒みも取れるわ一石二鳥の気分爽快といった感じだった。


 やけくそじゃねーぞ?


「お前までそれを聞くか? 言っただろうが、面倒だってよ。そういう小難しいのは――」


「ベトは、わたしの味方だそうです」


 ハッとした。

 パチパチと瞬きしながらベトは振り返り、


「ね、ベト?」


 この子の土壇場でのこの度胸は、今や常人や常識を超えたところにあるように思われた。


「あぁ、まぁ……そういうことだな」


 皮肉げに頬を歪め、肩をすくめて再度ベリファニーと目を合わせる。


 その瞳が、なぜかこうなる前の感じに戻っているように感じた。


「……お幸せそうですね。羨ましい限りです」


 答えようとしたベトを制するように、アレは無防備に一歩、前に出る。


「ありがとうざいます。でも、ベリファニーさんとスペロさんも、仲良しさんではないのですか?」


 その問いかけに、ベトは目を丸くする。

 見るとベリファニーにも同様の動揺が見られた。


「……仲良しさん、でしたよ? 少なくとも、昔は……」


「今は違うんですか?」


 無邪気すぎる質問は、もはや尋問だな。

 ベリファニーは、かなり追い詰められているようだった。


「……わからない、ですね」


「取り込み中悪いんだが、」


 そこでベトが、割って入った。


 それに二人は、振り返る。

 ベトは再度面倒そうに頭をかきつつ、


「とりあえずあれ、どうするよ?」


 親指を立てて差した向こうでは、手足を投げ出し壁にもたれるヴィルと、その傍で健気に剣を構え臨戦態勢を崩さない近衛兵――と、その反対側にあたる部屋の出入り口からコソコソ逃げ出そうとしている、権力者たち。


「ひぃ!?」


 ベリファニー、アレらと視線が合い、びくっとして悲鳴を上げ、一目散に走り出すわけでもなく頭を抱えてその場に蹲るご老体の面々。


 それを見留め、ベトは肩をすくめる。


「まぁ俺はどっちでもいいんだが、あのまま放置してていいのか?」


「そうですね……」


 ベリファニーは呟き、再度ヴィルに向き合った

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