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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
魔女 -witch-
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Ⅵ/最弱にして無敵の武器

 原型を留めていない肉片や目玉に脳髄なんかがあちこちに散らばり、もはや血溜まりどころか血の池地獄の様相と化している。


「なんですか? ベト、どうなってるんですか? なんでわたしの目を塞ぐんですかっ!?」


 手の中のアレが騒ぐ。

 それに俺は反応せず、次の手を考えていた。


 ヴィルと再度、目が合う。

 凄まじい形相だった。


「……どうなんだ? いま、ハッキリと決めるんだ」


 頬は引き攣り、首から額にかけて無数の血管が浮かび、ギリギリと噛み締められた歯、目尻の皺は深く、赤く赤く血走った眼球、ぐるぐると蠢く瞳孔は、そこに秘められたる激しく凄まじい感情を物語っているようだった。


 二者択一を迫られるのは、苦手だ。

 しかしそんなヴィルを目の前に、そうも言ってられないのが世知辛さといえた。


「と、言われても……なぁ?」


 誰かに笑いかけたかったが、誰もいなかった。


「ベト、わたし……もがっ、もがもがっ!?」


 手の中でアレがなんか言いそうになったから、咄嗟にもう一方の手で口を塞ぐ。

 ここで何かしら言われては、厄介だ。


「その魔女に力を貸す理由が、なにかあるのか?」


 マズいパターンだ。

 このまま誤魔化すのも、結局肯定になってしまう。


 るか?

 どっちを?


 その場合のメリット、デメリットは?

 得るものが多いのはどちらだ?


 俺はなにを最優先にすればいい?


 決まっている。


 アレだ。


 ならばこのヴィルと、浮いてるベリファニーの、どちらを味方すればアレの為になる?


「……めんどくせぇ」


 ベトの言葉にヴィル、


「え?」


 続いてベリファニーが声を発する。


「は?」


 ベトはそれには構わず、目隠ししていたアレをくるん、と背中にやった。


「へ? な、なんですかベト?」


「目ぇ瞑ってろ」


 キツい口調だった。

 それにアレは驚き、


「は、はい……」


「さーてと……コレで、いいか?」


 ベトは辺りを物色、手頃なバスタードソードを拾う。


 理由なんか適当だ。

 短いよりは長いほうがいいだろうが、片手だからあんまり長いよりはこれくらいとか、そんな感じ。


 手馴れてない武器というのが、気に掛かる。

 ギオゾルデが折られたのは、惜しまれた。


 ヴィルが変わらぬ尋常ざらなる様子、しかし警戒心を込めて問う。


「……どういうつもりだい、ベト?」


「しゃらくせぇ」


 ブンっ、という風切り音。


 うむ、悪くはない。

 良くもないが。


「面倒なんだよ。誰が味方とか、誰の敵だとか。俺は傭兵だぜ? 金で動くのが傭兵だぞ? そんな俺に、人間がどうとかとか、魔女がうんぬんとか言われても、知らねーっての。そういうご高説は、お偉いさん方でやってくれ」


 剣を、真っ直ぐ前に向ける。

 誰にじゃない。


 自分たちに立ち塞がる者たちへ、という意を込めて。


「俺に語らせたきゃ、コレで訊けよ?」


 しばらく誰も、口を利かなかった。


『…………』


 ベトはじっ、とポーズを崩さない。

 後ろのアレも、ベトの裾にしがみついて律儀に目を瞑っている。


 一瞬が1秒5秒10秒と、引き伸ばされていく感覚。


 心地いい。


「──ウォォオオオオ!」


 不意に雄叫びが迸り──


 ほぼ同時に衝撃音が、駆けた。


「ぐげぇ!?」


 本日何度聞いたかもはやわからない断末魔と、


「邪魔……しないでください」


 ベリファニーの感情がこもらない言葉が続く。


 その目の前。


 勇猛果敢にも特攻したのだろう隊長格らしき男が、やはり他の例にも漏れずその原型を留めないほどペッタンコ、血ダルマポンプと化していた。


 それに残りの隊員はさらに慄き、より密閉度を上げる。

 まあそのまま四散して逃げ出さないだけ立派と言えなくもなかったが、恐怖で動けないと見られなくもない。


 さて、ヴィルはどう出る?


「……なるほど」


 ヴィルは、微笑んだ。

 そしてなぜかビクビクする隊員たちを押しのけ、前に出る。


 一瞬ヴィルが蛙よろしく潰れる場面を、夢想する。


 しかし何事も無くヴィルはベリファニーの前にまで進み出た。


 ベトは推察する。

 丸腰なのが逆に良かったのだろうか?


 もし王子までも木っ端微塵になっていたら、それこそ国家問題になっていたところだ。


「なんでしょう?」


 ベリファニーの妙に優しい言葉に、場の空気が二、三度冷えたようだった。


 応えるヴィルも同じように、優しい声だった。


「――先ほどは、失礼しました。とつぜんの押しかけに、断罪、連行をと当然と強いる言葉。お詫び致します」


「いえ、私もいきなり何人も殺してしまって、失礼致しましたわ」


 異常な会話だった。


 その隙にベトはさっきのバスタードソードと対になるであろう鞘を拾い、収め、腰に据える。


 背中が喋った。


「……あの、ベト? わたしはいつまで目を瞑ればいいのでしょうか?」


 忘れてた。


「や、いや……まぁ、しばらくは、かな?」


「…………そう、ですか」


 諦めたような声。

 うん、物わかりがよくなってお兄さんとっても嬉しい。


 ベリファイの挑発にも、ヴィルは表情を歪めなかった。


「……いや、先に失礼をしたのはこちらが先。ベリファニーさんに非はないでしょう」


 ベトは感心さえした。

 さすがに王族は心ぶっ壊れてないとやってられないか。


 さて、そこに来ると黒魔女は──


「そう……でしょうか? それは痛み入ります」


 敵もさるもの。

 さすがそもそも人間辞めてるだけはある。


 そこでヴィルは下げていた頭を上げ、真っ直ぐにベリファニーを見つめた。


 痙攣は治り、血管は消え、歯軋りは止まり、シワは無く、眼球は白く──しかしその瞳孔に潜む"濁り"だけは、いかに卓越した血筋といえども隠す事は適わないようだった。


「いえいえ……そこで、お詫びというわけでは無いのですが、ひとつ、ご提案させていただきたいことがあるのですが──よろしいでしょうか?」


 そう来たか。


 ベトはヴィルが取った手に、かすかに口の端を歪めた。


 魔女とこちらの戦力差は明らか。

 まともにぶつかるのはもちろん、現状どのような奇策を弄しようが傷ひとつつけることは適わないだろう。


 そこで王族が古より駆使してきた最弱にして無敵の武器──


 言葉を、用いてきた。


「提案、ですか?」


 ベリファニーに、動揺を始めとした反応の変化は見られない。

 それは逆に言えば、感情が把握できないということに他ならなかった。


 やり辛い、ハズだ。


 ベトは思った。

 いくら王族であろうと、相手の手の内がわからないうちは──


「はい、ご提案です」


 ヴィルの笑顔も、鉄壁と化していた。

 それは以前対峙した、国王エリオム十四世を彷彿とさせる。


 チラリ、とアレを確認する。

 律儀に両手で、瞼を覆い隠していた。


 安心して、再度様子見を決め込む。


「なるほど。ではその提案とは、一体どのような内容なのでしょう?」


「いえ、大したものではないのですが……具体的に述べさせていただきますと、ベリファニーさんにはボクと、ご同行願いたいのです」


 予想外の言葉にベトは眉をひそませ、ベリファニーは小首をかしげる。


「同行、ですか? それは先ほどの言葉を繰り返させていただきますと、魔女裁判を受けろ、と?」


 白々しい笑みにも、ヴィルの鉄壁は崩れない。


「違います。逆です。こちらといたしましてぜひとも、ベリファニーさんの潔白を証明するのに協力させていただきたい、というお話なのです」


 なるほど。

 ベトは微かに、再度口の端をゆがめる。


「私の、潔白ですか? ありがたいお話なのですが、しかしこの状況……どう言い訳いたしましても、難しいかと思いますが?」


 ベリファニーは、周囲を見回す。

 血と贓物と肉片の祭の中、なるほど説得力のある言葉だった。


「仕掛けたのは、我々です」


 なるほど、それも確かに事実だ。


 再び背中が口を利く。


「……ベトぉ、どうなってるんですかぁ?」


「もう少し待っててくれや」


 今がいいところなんだ。


「わかりましたぁ……」


 アレが聞き分けたタイミングで、ベリファニーは瞼を半分閉じる。


「そうではありますが……しかしそれにいたしましてなぜそこまでしていただけるのか、理由がわかりかねますし、私としてもご厚意に甘えにくいというか……」


「我々は、大いに誤解しておりました」


 バッ、とヴィルは大仰に両手を広げた。


 そしてベリファニーの仰ぎ、見上げる。

 これはいよいよだな、とベトはワクワクし出した。


「我々は、魔女とは人類の敵だと考えておりました! ……いや違う、天災の一種だとさえ思っていたのです。ボクは自分の無知が恥ずかしい……実際はこれほど見目麗しい淑女にして、奇跡の力を持ち、人智を超えた慈悲深さを秘めておられたとは……あなたには、義務がある!

 美貌を備え、力を持ち、愛ある者として──魔女と謗られ、非道なる扱いを受けている者たちの為、彼ら彼女らの社会的地位を取り戻し、光を当てる義務がっ!」


「よっ!」


 思わずだった。


 ベトは合いの手を打っていた。

 気づいた時にはもう遅い。


 当然のようにヴィルとベリファニーの視線が集まる。

 仕方なく、ベトは一歩前に出た。


「……あー」


「──どういうこと意味かな? 今のは」


「いや、別に深い意味なんてないんだが、その……」


「なにか、おかしかったかい?」


 あーこれは逃げられない。

 ベトは覚悟して、頭をかいた。


「……いや、本当に深い意味なんて無いんだ。ただ、まぁ……王さん様だなぁ、と」


「ボクは王じゃないよ。王候補"だった"、ただの王子だ」


「いや、オレが言いたいのは、さすが王族だなと思っただけでな。素晴らしい口上に、感心しただけなんだ。悪気はない、すまん」


「へぇ……」


 ヴィルの口元に、秋悪な笑みが浮かんだ。

 さすがにマズイか、とこちらは苦笑い。


「ふ……フフフっ」


 意外な第三者が、声を出して笑っていた。

 それにヴィルはそちらへ振り返り、


「――どうしたんですか、ベリファニーさん? あなたもボクの言葉に、想うところがありましたか?」


「いえ、すいません。ただ……ざっくらばんな人だなぁ、と感心しただけでして」


 どいつもこいつも感心してばっかりだ。

 ヴィルは再度こちらを向きベリファニーへ掌を掲げ、


「ホラ、ベト。彼女はキミのことがお気に入りのようだよ、拝礼のひと つもしたらどうだい?」


「そういうわけじゃねぇだろ。ンなことよりあんたの用件はもういいのかよ?」


「無論だ」


 ヴィルは再度、ベリファニーと向き直った。

 一瞬で元の表情に戻る。


「そういうわけなんですが、如何でしょうか?」


「その前にお聞きしたいんですが?」


「ボクで答えられることでしたら、なんなりと」


「現在その迫害とやらで苦しめられている人間は、全部で何人おられるのですか?」

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