Ⅴ/虐殺
そこでベトが、間に入る。
「……どうなんだろうな」
たぶんこの時点で、答えの出ない袋小路に入り込んでいる。
無意味な時間。
だったら助け舟を出して切り上げるのが妥当だろう。
そんなやり取りより、今日の飯ダネだ。
「どう……なんですか、ベト?」
「いや、そんなことよりなに喰うか――」
「だったら死ねよ」
驚いた。
まさかこのタイミングで、第三者の登場とは。
誰だ?
ベトは振り返る。
「楽しそうだな、ベト」
顔見知りとは、思ってもみなかった。
そこに揃っているのは、見知った顔だった。
それは潜入した会議室で雁首揃えていた、ヴィル率いる偉そうなジジィたちだった。
なぜここに?
そういう面倒ごとは、従者たちに任せるんじゃなかったのか?
「おぉ、これが黒魔女ですかねヴィルフォローゼ卿?」
目を輝かせるジジィその1。
厭な予感が、背中を駆け抜ける。
マズい雰囲気だ。
とりあえず、せめてアレだけでも退避を――
「おぉ、目も眩まんばかりな恐ろしく美しい娘までおる! なんぴとぞ、あれは? 黒魔女とともにいるということは、罪人か? ならば罰は、私がお与えしましょうかのう……ぐっふっふ」
白魔女だとは気づかれなかったようだが、別の意味で獲物扱いだった。
手遅れ。
どうしようもない時は開き直るのが一番。
ベトは一発咳払い、
「あー……おほん。な、何をおっしゃっておられるのかしらねこのジジィじゃなかったご老体様は……と。そこにおわすはヴィル……なんちゃらこうちゃらどうたらこうたら、ローザガルド殿、ではないですか? これはこれは団体様で、如何なるご用件であられましょうか?」
「――そこにいるのが、黒魔女さんかい?」
こいつは厄介だった。
このマイペースさは、さすがの王族といった印象だ。
「──ンだな。っかし今夜の探索は諦めるとか言ってたんじゃなかったのか? えらく早く戻ってきて……どういう心境の変化だ?」
「すまないね。実はキミにひとり、監視をつけさせてもらっていた」
悪びれた様子もないその言葉に、ベトは戦慄する。
「なん……だと? そ、それは本当か?」
「あぁ。失礼だとは思ったが、こちらも仕事でね。悪く思わないでくれるとありがた――」
「本当に今までオレに……"気づかれず"、尾けていられたっていうのか!?」
ベトはヴィルの両肩を揺さぶる。
それにザワザワ舞い上がっていた周囲も黙り込み、注視。
アレもベリファニーも、呆気にとられた顔をしていた。
「……ベト?」
「ベト、さん?」
二人の呼びかけにハッと我に返り、ベトはその手を離す。
「あ……わ、わりぃ。ちょい取り乱した」
ヴィルは突然の狼藉にも気にした様子もなく、もう慣れたと言わんばかりにジト目で肩をすくめる。
「キミは……本当に自分に、自信があるんだなぁ」
「ぐっ!? ……しみじみ言うな、恥ずぃ」
ベトは今更照れ臭くなって頭をガシガシとかく。
ことの成り行きをどう見守るべきかと再びざわつきだした周囲を置いて、
「だがその前にひとつ聞きたいんだが……そいつは今も、オレを、その……見張っているのか?」
「想像にお任せするよ」
ベトは気になって、頭が回らなくなってしまった。
果たして、今もいるのか?
それとも、いないのか?
というか何時いて、何時いなくて、果たしてどういう人物で、どれほどの腕前で、一対一で戦った場合――
考え込み、黙り込んでしまったベトの代わりのように晴れやかな表情のベリファニーが一歩前に、踏み出す。
「ハハ、ベトさん黙ってしまわれましたね。ではここから私が代わりに……あの、あなた様は、一体?」
「この国の、元第四位王位継承者……と言っても、既に王の代替わりがなされた今、この肩書きも虚しいばかりではあるがね」
ベリファニーの顔が上がり、その両手が重ね合わせられる。
「あら、そうなのですか? ということは王子様であられ……第四、ということは他に三人ほどいらっしゃるのでしょうか?」
「他には21人ほどいるね」
「あら、たくさん……ご兄弟が多いのですね。羨まし――」
「申し訳ないが、」
ヴィルにしては珍しく、ベリファニーの言葉をピシャリと遮った。
それにベリファニーはあら? と口元を抑える。
「……なにか、お気に障ることでも?」
「雑談に付き合う気はなくてね。"黒魔女"……と我々はお呼びしているが、よろしければ本名をお聞かせ願ってもよろしいかな?」
「私は、ベリファニー=ワックスといいます。以後、お見知りおきを」
「ボクたちはキミを捕縛、しかるのちに魔女裁判にかけさせてもらうつもりだ」
死刑宣告だ。
アレは、理解した。
魔女裁判。
ベトに話は聞いていたが、その非道さは自分が経験したものとは比べようもなく、恐怖を抱かせるには充分過ぎるほどだった。
その単語を知り合いとなったヴィルから聞かされ、気が遠くなる。
ベリファニーは、笑顔のままだった。
「それで?」
「とは?」
「私に、なにをお望みでしょうか?」
「大人しく捕まり、裁判を受けてはいただけないかな?」
肯定するものと、アレは考えていた。
「イヤです」
だからその言葉を一瞬理解すること適わず、
「え……べ、ベリファニーさん?」
小さくうめき声を漏らしてしまう。
しかしヴィルは動揺の欠片も見て取らせない。
「イヤ、というなら、どうするんだい?」
「戦います」
心配そうに見つめるアレの目の前で、ベリファニーは──徐々に徐々に、"浮いていった"。
「ベリ、ファニー……さん」
「すみません、アレさん。しばらくの間、見苦しいものをお見せすると思います」
『…………!』
尋常でない空気を感じ取り、御老体らは一斉に後ろへと引っ込み、代わりに同行していた屈強そうな男たちが、前に出た。
その数は改めて数えてみると10と6人
女がひとりどころか自分が助太刀しようとも早々まともにやり合えるような数ではない。
アレはみたび、ベリファニーを見た。
驚くべきことに、ベリファニーは既に天井近く――推定4、5メートルもの高さにまで、浮かび上がっていた。
遥か高みにて、凡夫たる我々を見下ろす。
「では……殺しますね」
それはまるで、天使か──悪魔のようだった。
部屋全体を、尋常でない衝撃が襲った。
「うぉ!?」
それにベトは思案を強制中断させられる。
今更ながら我に返り、慌てて周囲に視線を巡らす。
驚いた。
部屋全体が、グラグラと揺れていた。
「なッ…………!?」
それはまるで透明な巨人の手により、部屋全体がガクガクと揺らされているかのような有様。
それに翻弄される、焦って騒ぎしかし何の手立ても持ちようのない哀れなる民草たち──
なんて浸ってる場合じゃない。
アレを──いた。
中央の床に四肢をついてへばりつき、必死に堪えよていた。
とりあえず一安心、次にベリファニーを探す。
驚いた。
仰ぎ見て発見したその天井付近を、フヨフヨと浮遊中。
「な……なにやってんだ、あんた?」
「…………」
ベリファニーは、答えなかった。
その視線は真っ直ぐ――ヴィルを、見つめていた。
これ以上ないほどの、冷たい瞳で。
それに全てが付合する。
「……おいおい、コレ、あんたかよ?」
ベトはひとり呟き、結果様子見と自分の立ち位置を決定。
とりあえずベリファニーはこちらと、アレに危害を加えるつもりはないようだった。
だったら知ったこっちゃない。
黒魔女と王子様で御伽噺よろしく、好きなだけ殺し合ってくれればいい。
それに応えるかのようなタイミングで、ベリファニーの視線が強くなる。
同時。
ベリファニーの前で主であるヴィルを守るように立ち塞がっていた3人の衛兵が――圧し、
潰された。
「ぐひっ!?」
「あぎっ!」
「ぎにゅううううううううううう!!」
ベトは反射的にアレへ飛びつき、
「見るなッ!!」
「きゃ」
その両目を、塞いでいた。
凄まじい光景だった。
人間が、何か、得体の知れない力により圧迫、四肢が床に押し付けられ、めり込み、それでもさらに力が加えられ――あちこちから血が噴き出し、肉が潰れ、骨がひしゃげ、肉体が弾け、飛んだ。
えげつない。
「…………」
ベトは刮目していた。
超常現象。
そうとしか、表現のしようがない。
いや確かにアレが刺された時に見せた槍も超常現象だと言えなくもないが、あれはあえて言うなら人間が投げても同じ真似は出来る。
しかしこれは、如何なる手段を用いようとも再現し得ない。
「魔法……か?」
「魔女め……」
ベトの言葉に呼応するよう、ヴィルの憎々しげな怨嗟が続く。
それはそうだろう。
目の前で部下がまるで蟻んこが踏まれるように無残な死を遂げているのだ。
――悼むだろうか?
王族が?
あのエリオムの、親族が。
「ひっ、ひぃ……い、行け行け殺せ! さっさと出て殺せ、殺すんだァアア!!」
その光景に圧倒された他の権力者たちが、半狂乱で指示を出す。
それにしばらく怯んでいた衛兵たちは、威勢のいい咆哮とともに前進、突貫する。
さすがに近衛兵ともなる人間はとっくに命を投げ捨てていらっしゃって、まったくご立派なことこの上ない。
ベリファニーが、そちらを見た。
その瞬間、ベトの脳裏にある仮説が浮かび上がった。
「がっ!?」
「うごぁ!」
「ぎあああああああああ!!」
巻き起こる怒声、悲鳴、阿鼻叫喚の地獄絵図。
しかしベトにとってそれらはもはや子守唄代わり。
そんな中、冷静な思考を働かせる。
「あの、視線……」
それと、以前の言葉。
『神も視えざる手』といったか?
その二つから、連想する。
神も視えないというからには、当然自分たちのような人間にはまったくお手上げな代物と推察。
つまりベリーファニーは、自分たちからはただ視線を送る、相手を、対象を見ているだけのように見受けられるが――その実、視えない何かを行っているとしたら?
だからどうした?
視えなければ、対策のしようは?
そんなものあるというのか?
「あぎゃああああ!」
「な、なんだこれはっ!?」
「ぐあ……あ、悪魔めぇえええエエエ!!」
ある。
「くっ……こ、この役立たずどもめ! いくら払っとると思っとるんだ! いけっ、いけっ、ころせ、殺せぇえええええええ!!」
無能丸出しに特攻を指示するジジィにイラっとしながらも、ベトは考察を止めない。
視えなくとも、人である以上行動を起こすには必ず予備動作というものが必要になる。
弦を引かずに弓を放つことは不可能だし、振りかぶらずに剣を下ろすことは出来ない。
つまりここからは仮説だが、あの視線無しに魔法を起こすことは、不可能ではないのか?
さらにベトは気づく。
注視しないとわからなかったが、その睨むベリファニーの口元。
ほとんどわからない程度に、動き――
「ッ……おい、ベト! ベト――――――――っ!」
そこでベトは半強制的に、考察を中止させられる。
「……なんだ、ヴィル王子様?」
いつものように皮肉めいて答えたつもりだったが、肝心のヴィルに余裕は無かった。
顔を真っ赤にして、叫ぶ。
「キミは、キミは……どうするつもりだっ! そちらに付くのか? 本当に、王族の、国の……人間の敵に、なるつもりかァァァアアアアアアアアアアアアア!?」
「…………」
問われ、ベトは周囲を見回した。
度重なる圧迫により、近衛兵はその数を残り3、4、5……6人にまで、減らしてしまっていた。
それもすっかり戦意をなくし、しかし後方には老体たちがいる為撤退がるに撤退がれず、ただ部屋の隅で固まり、怯えて対峙するのみ。
着込んだ重装備で気丈に持ち上げ構えた剣先が震える様が、哀れだった。
それを察し、ベリファニーも更なる追撃を留めている。
ただ天井付近に浮かび、無感情に事の成り行きを見守っていた。
部屋の中は、この上ないほど惨憺たる有様。




