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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
魔女 -witch-
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Ⅳ/神も視えざる手

「いかがですか?」


 ニッコリ、これでもかというくらいの――というより今までどおりの、鉄壁の笑み。


 ベトは一瞬だけ呆気にとられ、そしていつもの不敵な笑みを浮かべた。


「……いや、今の、ホントかよ?」


「もう一度?」


「いや……あぁ、ゼヒとも」


「では」


 ガン、とでもいいそうな勢いでアゴが真上に、跳ね上がる。

 しかし今度は構えていたため、先ほどまでの衝撃はなかった。


 確かに不可視の、不確かな能力ちからだが、正直軽い。

 それこそ女子どもの、見様見マネのあっぱー、といったところだろうか。


 顔を下げ、正面から見据える。

 尋ねる。


「今のは?」


「魔力です」


「なんだ、そりゃ?」


「私のものは、正直力としては大した部類ではございません。名称としては、『神もえざる手』と申します。真っ直ぐ相手の――」


「そうじゃねぇ」


 特に強い口調ではなかったが、それでベリファニーは意図を察して、言葉を止めた。


 アレもまた、なにも語らない。

 そして一泊の間を開け、ベトは語った。


「オレが聞きたいのは……この"魔力"とやらの、正体だ」


 ベリファニーは、微かに笑みの種類を変えた。


「私たちは……実験動物、らしいです」


 直感的にベトは、その意味を察していた。


 アレを見た。

 アレだけは、今までと微かにも在り方を変えてはいなかった。


 なにを想っているのだろう、と無意識に想っていた。




 ベリファニーは、それ以上言葉を続けなかった。

 その代わりのように、静かに薬草茶を啜った。


 ベトもそれ以上は追及せず、同じくお茶を。

 アレもそれに倣っていた。


 静かな時間だった。

 これだけ誰も彼も口をきかず、静かな中の茶会なんて、思い出すことさえ出来ない。


 らしくないのは間違いなかった。

 にもかかわらず、ベトは心地よさを感じていた。


「……ンでだろうな」


 ふとした呟きだった。


「なにがですか、ベト?」


 それに優しく応えるアレに、僅かに動揺する。


 今のを聞かれたのは、相当に気恥ずかしい。

 誤魔化すつもりでなにかを――


「あなたの瞳は、どこかスペロに似ていますね」


 ある種助け舟のようで、それはどこか承諾し辛い内容だった。


「なにがだ?」


 ベトはカップを置き、その言葉の主、ベリファニーに尋ねた。

 瞳が似ているというそれが言葉通りの造形を指すとはどうしても思えない。


 その時のコト、という音さえ、大きく響いた。


 ベリファニーは予想外だろうその言葉にわずかに考え、


「そうですね、あえて言えば、性格です」


「こんな捻くれ……てたな、確かに」


「えぇ、とてもカワイイです」


「――オレが? カワイイって?」


「えぇ、スペロはとてもカワイイです」


「あぁ、そうかノロケか……ンで、そのスペロってのはどんな男なんだ?」


 左手を胸に当て、交錯するように右手で頬を支え、2秒。


「なぜ、それほどあれこれの聞くのでしょう?」


「そりゃあこのアレが、あんたと同類だからさ」


「ほぇ!?」


 とつぜん水を向けられ、肩を抱かれ、アレは素っ頓狂な声をあげた。


 ベトはニヤリと笑う。

 やはり自分は主導権握ってナンボだな。


「…………同類?」


 初めて、ベリファニーの瞳に感情が、視えた。

 ベトは見逃さない。


「あぁ、同類だ。あんたと同じだ。だから知りたかった。あんたがどういう生き方をしてて、相方がどんな人間で、どう――」


「同類って、どういう意味ですか?」


 焦りが隠せてないぞ、黒魔女?


「いや、どうってことはない。ホラ、あんた言っただろ? スペロってヤツとオレが、どこか似てるって。それと同じような――」


「ウソですね」


 こちらも焦燥感を隠せなかった。


「……なんで、そう思う?」


「女の直感です」


 久しい感覚だった。

 ちょうどマテロフと最初に出会った時も、こんな緊張感を伴っていたものだ。


 さて、どうしたものか?


「ほう、女の直感……ねぇ。というと、根拠はないというわけか。なるほどね、それで、ああ、うん……」


「どうしました?」


「いや、あれだ……アレもあんたと同じ魔女なんだよ、うん」


 今度の空白は、5秒にも及んだ。


「…………冗談は、好きじゃありません」


「アレ、見せてやんな」


 ベトはアレを促した。


「……ほぇ?」


 アレの素っ頓狂な声、再びだった。

 当然といえば当然の反応だが、ものは試しというか一応聞くだけ聞くのはただみたいな。


 ベトは咳払いして、


「おほん……あーたぶん確かにアレはあんたと同類っていうか同じような力を使えるはずなんだが、どうもその勝手はわかってないみたいでな。というかまったく正体不明で、てんてこ舞い。先輩様にご教授願いたいってのが本音なんだけどねぇ?」


 今度の間隔は、3秒ほどだった。


「……本当、なんですか?」


「いやー魔女狩り全盛のこのご時勢、わざわざ自分のツレ魔女でーすなんてウソつくメリットあるかね?」


 2秒。


「あなたは……」


 フラついた足取りで、アレに歩み寄るベリファニー。


 アレはいつものよう、無邪気に微笑むだけ。

 ベトのカミングアウトにも、ベリファニーの接近にもなんの動揺も見られない。


 まるで感情のない、怪物のよう。


 しかし1秒後、ベリファニーは以前の様子を取り戻した。


 端的にいえばあっという間に、落ち着き払ってしまった。

 こいつも怪物だよな、とベトは微かに苦笑。


「そうですか、あなたも……奇異な偶然もあるものですね。ではあなたの出生の程を、お聞きしてもよろしいですか?」


「わたしは、ずっとおばあさんと暮らしてきました」


 またもやあのやたら永い割に中身の無いへたっくそな話を聞かされるのかと、ベトは頭を抱えた。


 しかし、


「……そう、ですか。それは苦労なさって、きたのですね」


「へ?」


 ベトは思わず、素っ頓狂な声をあげた。


 それに女性陣ふたりは、こちらに視線を送る。


 慌てて誤魔化すような笑みをベトは返す。

 なんでオレ、こんな気をつかってるんだろうな。


 しかし、この女――


「あ、あのよ?」


「なんですか?」


「いま、ので……なんか、わかったのかい?」


「はい、だいたいは」


 マジかよ、とは口にはしなかった。

 こりゃ確かに物の怪の類だ。


 底が知れない相手と遭遇した場合は近寄らないのが長年の経験で培った処世術。


 しかし、


「わかりますか?」


 そこで食いつくのが、悲しいかな相方であるアレの在り方だった。


 もう慣れた。

 いい加減頭を抱えるキャラからも脱却したかったので、ベトは余裕の体で成り行きを見守ることに。


「はい、わかりますよ」


「だったら、教えて欲しいことがあるのですが……」


「はい、なんですか?」


「わたしは、どう生きたらいいんでしょう?」


 重い。


『――――』


 一気、場の空気はその質量を10倍とした。


 ベリファニーは魔法にでもかけられたように微動だにしない。

 ベトに至っては息をすることさえいっぱいいっぱい。


 まさかのここで、人生相談とは。


「そ――そう、ね。あなたは、えぇと……あ、あのね?」


 おぉ、あの鉄面皮女がガッツリ狼狽えている。


 ベトは話の流れも忘れ、面白がっていた。

 いいぞ、もっとやれ。


「ねぇ、ベト?」


 ――こっち振る?


「な、なんだ?」


「ベトは、どう思う?」


「い、いや……オレは、お前がやりたいように――」


「わたしが、どうしたらいいのかわからない、って言ったら?」


 なんでここで、そんなこと急に言うんだ?


「お……お前、は、もっと、強いだろう? 世界を、変えるんだろ? か、神さんと、契約したんだろ?」


「――わたしに、出来ると思いますか?」


 一瞬、そこにいるのが老婆かと、錯覚した。


「アレ、お前……」


 それくらい、そこに座る14歳の少女は、疲れ切って見えた。

 いつもみなを癒す笑みは、今にも消えてしまいそうだった。


 守りたい、と以前は思った。

 だけどこのままじゃ、アレが崩れると思った。


「お前、そんなんじゃ――」


「アレちゃん」


 ベリファニー。


「お、おま……」


「アレちゃんは、自分がしたいことが無いの?」


「無い、です」


 即答かよ、お前。


「だとするなら、アレちゃんは自分自身が無い、ということになりますよ?」


 寝耳に水。


「お前、なに言って……」


「そうなんですか?」


 アレの言葉、そして瞳は切実だった。

 必死だった。


 だからベトは、口を挟めなかった。

 なにしろ自分は、その疑問に答える言葉を持っていなかったから。


「人には、欲望があります」


「わたしにも、ですか……?」


「欲望が無ければ、ひとは生きていけません。それは生きたい、というのもそのひとつだからです。もし真に生きたいと思っていなければ、食事もとらず、水分もとらず、やがて──死に絶えます」


 思わず、


「そーだなー」


 ベトは同意していた。


 世が世だ。


 儚んで、夢も希望も持てず、死を選ぶ人間なんていくらでもいる。

 それも死んで、あの世に、天国に、と前向き――というのは難しい話だが、だったらまだマシだ。


 しかし生きるのもともかくで死にたいとさえ思わず、ただただ何もかも放棄して結果として人間という範疇から脱し、ただのモノと化した人間をも幾人も幾十人も幾百人以上も、見てきた。


 だからその定義からすれば、アレは人間だ。

 きっと立派に、欲とやらがあるのだろう。


「なるほど、じゃあわたし、死ねばいいんですか?」


 ズドガシャっ、とベリファニーとベトは盛大にずっこけた。

 安直過ぎる。


 さすがにその意見はベリファニーも想定外だったらしく、


「ど……どうしてそうなるのかしら?」


「だって、わたし、死ぬの怖くないんですよ」


 そうか。

 再三再四、口を挟むのを抑えられなかった。


「そうだったな……そういえばあんた、そうだったな」


「そうですよ?」


 無邪気な笑顔が、哀しかった。

 その瞳が、ベリファニーを捉える。


 それを受け止めるベリファニーの瞳は、波打つように揺れていた。


「死ぬのが……怖くない?」


「はい」


「だったらあなたが怖いことは……なにかしら?」


「なにも出来ずに、死ぬことです」


「――なにがしたいの?」


「わたしには、神に与えられた使命があります。それはわたしの命よりも優先されるべきものです。ですがわたしにはわからなくなりました。それは優先されるべきものであり、わたしの望みではない。だったらわたしはどう生きるのが、元来の人間として、正しい生き方のだろうと」


 言葉がうまくなった、と正直ベトは感心した。

 が、そこで抱く違和感をベトはごまかせなかった。


 板につきすぎている。

 これではまるで、教会の神父様。


 そして、元来の人間として──


「難しい質問ですね」


 ソレはその通りだと、同調しかけた。


「だって私は、真っ当な人間ではありませんから」


 ソレはその通りだと、同意しかけた。

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