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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
魔女 -witch-
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Ⅱ/熊

「死ぬん……ですか?」


「はい」


「それは、なぜ?」


「ベトの命は、わたしの命よりも重いからです」


 それがアレの実態だった。


 アレは自身でも気づかぬうちに、自身の命をとても軽く見ていた。

 そしてそんな自分を大切に扱ってれるベトの命を、世界と同等くらいに重く扱っていた。


 だからベトが命を落とすような事態になれば、使命も契約もかなぐり捨ててすぐに命を捨てる覚悟があった。


 ベリファニーはそれを聞き――酷薄な、笑みを漏らす。


「あなたは……命の重さに、違いがあると思っているのですか?」


「違いますか?」


 アレはいつもの純真無垢な瞳で、問いかけた。

 誰もが驚き、怖気づいたソレに、しかしベリファニーはまったく怯む気配は見せない。


 見せず、さらに質問を返す。


「あなたは……愛というものは、あると思いますか?」


「愛? です、か?」


 その質問に、アレは止まった。


 愛。


 幾度か聞いたことはあったが、しかしその実態はまったく理解は出来ていないもの。


 なぜいま、このタイミングで?


 空白の間、ベリファニーは畳み掛ける。


「愛、を。あなたは、知らないのですか?」


「え、や……はい、知りません……」


「あなたはその、ベトさんを、愛しているのですか?」


「え……そ、それは……」


「わかりませんよね。だってあなたは、愛を知らないのですから」


 アレはその笑みが酷薄なことに、ようやく気づいた。


 そして同時に、怖気づいた。

 怖い、と真っ正直に思った。


 底が知れない。

 魔女。


 それはなんなのか?

 いつの間にか自分は白魔女などと呼ばれているが、魔女の意味も魔法のなんたるかも知らない。


 食べられる、と一瞬思った。

 けれどそれは間違いで、実際は呑み込まれると感じたのだと理解した。


「あ……なた、は?」


「私? ですか?」


「なぜ、笑うんですか?」


「笑ってはいけないんですか?」


「なぜ……わたしを、笑うんですか?」


 その言葉に、ベリファニーの瞳が細くなる。


「あなたを笑っているわけでは、ありませんよ?」


「でも……じゃあ……わ、わかりません」


 なにかを頬が伝わるのを、アレは感じた。

 手を当てると、冷たい液体が触れた。


 涙?


「怖いの?」


 優しい声色が、逆に恐怖を煽っていく。


 アレは一歩だけ、後ずさる。

 座っていた椅子が、ガタッと音を立てた。


「こ……怖く、なんか……」


「大丈夫ですか? なにを怯えているんですか? どうしたんですか?」


「い、いや……っ!」


 捲くし立てる言葉に、アレは身体を抱いてガタガタと震え出した。


 わからない。

 なぜ自分がこんなに震えているのか、怖がっているのか、それが得体の知れないことによるものだと、理解出来なかった。


 ベリファニーが、身を乗り出す。


「……アレさん、」


「なっ、なんですかっ?」


「あなたは――愛を、知らないの。だからそんなに、怯えなくてはいけないんです」


「だっ、だったらあなたは……愛の意味を、知っているんですかっ?」


 声をひっくり返しながら、アレは尋ねた。

 それにベリファニーは優しい――妖艶な笑みを浮かべる。


「はい。私の愛するスペロは……私の為に、その身を捧げてくれました」


 その意味をも、アレは理解することは叶わなかった。




 ベトはアレを探して、延々森を徘徊していた。

 そうこうしているうちに、すっかり日が落ちてしまった。


 ただでさえ深く暗い森のこと。

 唯一の灯りである太陽が消えてしまえば、それこそ漆黒がすべてを覆い隠してしまう。


 篝火という手も無くもないが、いつ消えるか知れない。

 ただでさえ正体不明の魔女が棲むという危険地帯。


 これ以上の探索を続行することは、事実上不可能といえた。


 その判断を、ヴィルはベトに告げた。

 当然といえば当然の反応を、ベトは返した。


「ッざけんな!」


 ヴィルはそれに、薄い笑みで応える。


「ふざけてはいない、これ以上皆を危険に晒すわけにはいかない。これは一国の王子として、そしてこの自治区を治める者の一人として、当然の判断だ」


「オレは残るぞ」


 そういうだろうことは、ヴィルとしては充分に予想出来ていた。


「そうか。別に止めても、心は変わらないんだろ?」


「別に止める気もねぇンだろ?」


 数秒、ふたりは見合った。

 そしてほぼ同時に、視線を逸らす。


「いってあげるといい。きっとアレちゃんは、キミの助けを待っているだろうさ」


「ンなことァ知ったこっちゃねぇ。ただオレァ、オレのしたいことをするだけだ」


「意地っ張りだね」


「余計なお世話だ」


 背を向け、ふたりは同時反対向きに歩き出す。

 無論、調査団はヴィルについていき、自然ベトはひとりになる。


 ベトはそれにより、自由になったと感じていた。


 そう。

 元々自分は、独り。


 ただ殺し、それにより喰らい、生きて、いつか死ぬ。

 ただそれだけのシンプルな人生だったはず。


 いつの間にか、余計な荷物が増えていた。

 身軽さが失われて、気軽に命を投げ出せなくなっていた。


 それが疎ましくて。

 どこか、温かい想いを感じているのも事実だったりした。


「柄にもねぇな……おい、アレーっ! どこだー、おーい、置いてくぞー、てか置いてかれたぞー、お前このままだと晩飯なしだぞーッ!!」


 とりあえず、思いついた言葉をバンバン叫んでみた。

 特に食べ物ネタはヒットし易いかと思ったが、返ってくるのはギャーギャー喚くバカ鳥の鳴き声のみ。


 鬱陶しい。

 ベトは顔をしかめ、とにかく闇雲に森を進んでみることにした。


 別に猪が出ようが狼が出ようが、知ったことではない。


 もし仮に黒魔女さんとやらが出くわすなら、好都合。

 この辺で白魔女見なかったかと尋ねるなり、水晶とかで占ってもらったり、都合が良さそうだった。


 とにかく、音を立てまくった。


「おーい、アレーっ! 出てこーいっ! てか黒魔女さんでもいいから、出てこーいっ! なんでもいいぞー、出てこーいっ! 猪でも狼でもなんだったら別の赤魔女なり青魔女なりなんだったら灰色魔女なり――」


 ガサガサっ、と茂みが掻き分けられる音。

 それにベトは、ニヤリと口元を歪める。


 ようやく、なんか出たか。

 貴族様の探索なんて、お上品でいけねぇ。


 危険なんて、リスク度外視で、とにかく騒げばいいのよ。

 さて、出たのは鬼か蛇か――


 グォオオオオオ


 現れたのは、推定全長190センチ以上、体重は250キロも及ぶかと思われる、ベトを4人重ねてようやく釣り合うか否かというほどのあまりにも巨大な黒い、野獣。


「って、まさかの熊かよ……」


 その線は考えていなかった。

 たらり、とこみかみに冷や汗が流れる。


 もはや小さな山かとも思えるその巨大な体躯は、漆黒の周囲と相まってもはや野獣というよりも魔獣にすら思えるから、どこか現実感すら薄かった。


 腰の、ギオゾルデに視線を落とす。

 確かに大振りのスクラマサクスといっても、その刀身はせいぜい40センチ。


 熊狩りにはちと、というかだいぶかなり正直相当に、心許ない。


 グォっ、グォっ、グァオオ――――――――ッ!


 だってのにお相手は、ヤル気満々に上半身を上げてニ足歩行に移行、威嚇しまくりだった。

 というかどちらかという殺る気マンマン、という感じか。


 ままよ。


「だーっ、らーっ、やってやらァコイヤこのケダモノちくしょうが――――――――っ!」


 ズラリ、とギオゾルデを引き抜く。

 まさか戦闘とは考えていなかったが、所詮傭兵の宿命。


 戦闘となれば、先手必勝。


「ラァっ!」


 一気に間合いを詰め、一撃加えようとしたが──そこに熊の長い前足が真上から、急襲。


「ぐぉ!?」


 咄嗟に打ち付けようと振りかぶっていた剣を頭上で翻し、受け止める。

 足が地面に、めり込む。


 重っ、てぇえ!?


「ぐ、ぉ、お……や、野郎やっぱり野生のケダモノは、は、ハンパねぇな……ちくしょうが!」


 膝をタメ、全身バネのように使い振り払い、横っ飛び。


 ゴロゴロ転がり、間合いを開ける。

 色んな動物と戦ってきたが、まさか熊と戦うことになるとは思ってもみなかった。


 熊は熊で四足ついて、前足でガシガシ地面をかいてやがる。


 ふぅ、とため息ひとつ。

 ぐるんぐるんとギオゾルデを振り回す。


 負けるかよ、この野郎。


「ふぅー、ふぅー……オラてめぇこの野郎ハルバルトに比べりゃてめぇなんざ熊鍋だゴラァ!!」


 訳わからんことを喚き、ベトは再度突進。

 同時、クマも突進してきた。


 狙いは、今度は頭突きか。


「この単細胞野郎が、串刺しにしてやらァ!」


 ギオゾルデを脇に構え、鉈で突っ込む某国カタギじゃない人のような体勢となるベト。


 正直、勝算は薄かった。

 あんな巨大な質量を持つ硬いケダモノと正面衝突なんてやらかせば、スクラマサクスなんてへし折れるんじゃないか、と。


 危惧は、見事当たってしまった。


 額に少しだけ刺さったあと、ギオゾルデは真ん中からベキィ、というスゴイ音を立てた。


「あ」


 一回だけ間抜けな声をあげ、ベトは宙を舞った。


 ざっ、とたっぷり三秒くらいは。


 その間考えてたのは、皮肉なことだった。

 あーあ、しょせん餓狼の牙じゃクマ相手だとへし折られちまったかー。


 ちくしょー、せんせいスンマセン。

 ズドゴン、という衝撃。


「ぐぇ!?」


 背中から落ち、数秒息が詰まる。


 視界が明滅。

 打撃でこんな痛いのとか、アバラへし折られた"剣豪"相手以来だった。


 やっぱ野生動物ハンパねぇわ。


 ドドド、とすごい音が聞こえた。


 ギギギ、と首をそちらに向ける。

 熊がもはやまっしぐらの勢いでこちらに向かっている。


 ヤバい、踏み潰されるてか殺される。


「ぐ、ォ……!」


 折れた剣を杖に、なんとか立ち上がる。

 あーあーと老人のような息が漏れる。


 そして改めて顔を上げると、クマ目の前。


 クソが。

 剣を腹にして、衝撃に備える。


 盾にもなんにもなりゃしない。

 再度、突き飛ばされる。


 あーあーこいつァ馬車事故かなにかかよ。


 今度は後頭部をしたたか打ち付ける。

 意識が数瞬、途絶える。


 オイオイ、洒落になンねぇぞコレ?

 マジで打撃だけで、死――


 ギラリ、と白銀の輝きが目の前に。

 おぉ、野生動物の爪って鋭ぇ。


「――じゃねぇっての!」


 一人ノリツッコミしてぐるり、と身を翻す。

 ザクンっ、深々と地面に突き刺さる。


 こりゃ折れそうにもねぇな。

 よっぽどこの爪抜き取って剣にした方が役に立つってもんじゃねぇか?


「く、っそが……!」


 なんとか気合いを総動員して身体を起こしたが、もはや満身創痍だった。

 だのに熊はグォーいって、元気いっぱい、動物だから空気読まずに容赦なし。


 心でアレに、謝罪した。

 スマン、オレ、ここで野生動物に殺されるわ。


 なにが世界変えるだよ。

 本当オレの人生どうしようもねぇな。


 せっかくまたあのハルバルト=ディアランと遭遇したらどう立ち回ってやろうかとか、無駄なこと考えてたっていうのに。

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