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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
旅立 -departure-
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Ⅶ/芸術都市ブルーネル

 気になったことといえば、アレが一言も口を利かなかった事だった。

 またなンぞの悩みでも抱えているのか?


 それとプライヤの事も、気がかりだった。


 ほとんど無理やり連れ出したような体だし、やはり困惑しているのだろうか?

 ああ見えて繊細だとすると詐欺みたいな話だが、厄介な事もこの上なかった。


 なんもかんも面倒だった。

 みんなエミルダみたく図太ければいいと思った。


 そんな危惧もブルーネルに到着した途端、杞憂と消えた。


「わーきれー」


「わー美しい音色ですねー」


 アレとプライヤ、女性陣ふたりは黄色い声をあげる。


 アレは片足で杖を使って器用にぴょんぴょん飛び跳ね、しゃがんだ勢いそのまま路上の絵描きに話しかける。


「すごいですねー、綺麗ですねー、コレはどうやって描いてるんですかー?」


 突然ンな絶世の美少女に話し掛けられた画家さんはデレデレして、恐縮ご満悦。


「え? や、いやその……うへへ」


 視線を向けると、プライヤのほうは対照的に顔を伏せ、動かず、静かに耳を澄ませていた。


 それは安らかな、心満ちている様子だった。


 考えてみれば教会から出たことがないプライヤは、聖歌隊などの宗教音楽以外に触れるのは、初めてなのかもしれない。


 腕組みして様子を見ているベトの隣に、このパーティーの中で唯一この地に似つかわしい騎士が、並び立つ。


「やはり淑女は、芸術を愛でてこそだね」


「……アレと盲目が、淑女ってンなタマかね?」


「そういう言い方は、あまりよろしくないと思うよ? 彼女たちに失礼さ」


「へいへい」


 なンか、ベトは微妙に面白くなかった。


 アレが楽しげなのは勿論悪くはないのだが、いつも自分にべったりくっついてたのが他の男に走っているというのもそうなら、そもこういう状況を作り出しのたがこの王子様というのがなんとなく気に喰わない。


 と理解したら、


「……アホらし」


「おや、何処に行くんだいシェフ殿?」


「気晴らし……てかシェフはやめろ。オレぁ別に代表になろうって気も、まとめようって気も、お前ら守ろうって気もねぇぞ?」


「――最後のは、嘘だろ?」


 なンもかンも見透かしてるようなその笑みが、気に喰わないっての。


「けっ」


 昔みたいな感じで息を吐き、ベトもまた街に繰り出した。


 その場に残ったのはヴィルと、音楽を聴くプライヤと、エミルダだった。

 ヴィルは優しく、傍らに佇む老婆に声を掛ける。


「……ミズ・エミルダは、街を見ては回らないのですかな?」


「そんな殊勝な趣味はあたしゃあ無いんでね。今さら着飾るもないし、教養なんてあるわけもなし。ただ足腰がくたびれるだけさ」


「ご謙遜を――」


「なにかい? この場にいちゃ、迷惑なのかい?」


 シン、と静まり返る場。

 プライヤは、ただ薄く微笑みなにも語らない。


 しばらくしてヴィルが、


「……ミズ・エミルダには敵いませんね」


「ハハっ、年の功だね」


 腹の読み合いは、継続中だった。


「……素敵な、音楽です。心、洗われるようです」


 プライヤだけ、まるでアレのようなことを呟いていた。




 アレの七から八歩後ろを、ベトは歩いていた。

 ポケットに手を突っ込み、ぶっきらぼうに。


 視線は明後日のほうを彷徨わせ。

 意図を悟られたくなかった。


 無意識ではあるが、しかし足元を見られたくないそれは生粋の傭兵の在り方だった。


 アレは、楽しそうだった。

 このうえなく。


 ベトとは違う意味であっちでもないこっちでもないと視線を大回転、瞳をキラキラと輝かせていた。


 口元はニヤけっぱなし。

 杖をついてしか歩けないのが実にもどかしそうだ。


 楽しそうだった、この上なく。

 純粋に、楽しんでいた。


 まるで、年相応の子どものように。


「…………」


 ベトはその姿を、胸騒ぎとともに見つめていた。

 ざわざわしていた。


 あの子にとっての、幸せを。

 アレ=クロアにとっての、幸せを。


 あの子はいう。

 自分は神に命を捧げた身だと。


 だから世界を救うために、すべてを犠牲にしなくてはいけないと。


 誰が決めた。

 自分が決めただけではないのか?


 だから、スバルの元に残らなかった。

 そしてアレはいま、こうして芸術都市を楽しそうに闊歩している。


 いっそ放って、去ってしまおうかとも考えた。


 すれば、あれだけの美貌を備えたあの子のことだ。

 どこぞの金持ちが後見人にでもなって、末永く幸せに暮らせるんではないのだろうか?


 血生臭い殺し合い。

 そんなものに、関わらなくて済むのではないのか?


「――――」


 そんなこと不可能だろうことは、ベトにも理解できていた。


 あの子が、決めたのだ。

 自分が、強要したわけではないのだ。


 誰に、求められたわけでもないのだ。


 だからもしここで放られても、あの子は無謀な戦いに身を投じるのだろう。

 そして傷つき、絶望し、すべてを神の為と自分を偽り、自らを犠牲にするのだろう。


 選択肢は、ない。

 ならばせめて、今だけでも――それは、傭兵の生き方にどこか似ているように思えた。


「わー、すごい素敵なお靴ですねー」


 ハッとして我に返る。


 アレは道路でカンカン金槌を振るって靴を仕上げている職人に、目を留めていた。

 それに職人も、楽しげに顔を上げる。


「おーお嬢さん、すごくカワイイデスねーどこから?」


 軽い男だった。

 ベトは軽くズッコケ、そして最初の出会いを思い出した。


 自分も、というか自分はもっと酷かった。

 ありだな。


 アレも楽しげに、受け答えする。


「え、そ、そうです、か……えへへ、ありがとうございますぅ」


「いやいや、それで、どこから?」


「あ、えーと……どこですっけ?」


「いやこっちに聞かれても? アハハ、なんだか楽しい女の子さんですねー」


 アハハハハハ、とひとしきり盛り上がる。

 まったく頭の痛くなりそうな会話だったが、レベルが同じ人間が現れてよかったなと微妙に親心。


「ありがとうございます。それで、お兄さんはいまなにをしていらっしゃるんですか?」


 ズゴー、とずっこけかけた。

 ギリギリで堪える。


 そんなんしたらせっかく路地の間から覗き込んでいる意味が無くなる。

 さすがの靴職人も、苦笑いを浮かべていた。


「え? いや……ぼくはァ、しがない靴職人~、毎日カナヅチとんてんかんー、叩いて楽しく靴作り~」


 とつぜん歌いだしたその若造は、なかなかの喉を持っていた。

 アレは最初は驚いていたようだが、少しして愉しげに眼を細める。


 大仰な仕草で、靴職人は歌を終えた。


「と、いうわけです」


「なるほど、お靴ってトンカチで作るんですねー」


 少し的外れな言動に靴職人は苦笑い。


「えぇ……でもあなたは、裸足なんですね?」


 靴職人の視線の先、アレはずっと裸足だった。

 別に珍しい話ではない。


 自分で稼ぎ出す能力のない婦女子に子どもは、履き物すら買うことが出来ない。

 それでその柔肌に傷を負い、病気になり、死に絶えることも多かった。


 ベト自身もほぼ生まれてきた時より履いてきたブーツしか持っておらず、ほとんど皮一枚で支えているような状態だった。


 その素足に、靴職人が触れた。


 一瞬ベトは、衝動的に飛び出しそうになっていた。


「よろしければ、こちらを――」


 そう呟き、靴職人は座っていた小さい椅子の陰から取り出した一足の靴を、アレに履かせていた。


「え……」


 アレは自身がなにをされているのか、理解出来ていない様子だった。


 無理もない。

 生まれてから一度も靴を履いたことがなければ。


 不幸はソレと知らないことが最上級だと、誰かが言っていた気がした。


「ハイ、やっぱりピッタリでしたね。履き心地は、如何でしょう?」


 靴職人は以前と変わらず、営業スマイルだった。

 問題は、アレの方だった。


「…………」


 呆けたように、靴が履かされた両足を見つめていた。


 片方の膝をあげ、靴を地面へ。

 その感触に、アレは頭を傾げる。


 面白い。

 ベトは見つめながら微かにほくそ笑んでいた。


「あの……気に、入りませんか?」


 タイミングかと思った。


 いつもの適当な口上を捲くし立てながら、ズカズカと乱入していく。

 まったく保護者の立ち位置だなと頭痛くなりそうになりつつ、


「あー、そこの善良なる靴職人。別にキミが悪いわけじゃなく――」


「おやアレ、いい靴だね?」


 先にエミルダが、偶然現れていた。


「――――」


 それにベトは黙って回り右、撤退していく。


 エミルダはアレ、靴職人とやんややんやと盛り上がり、その後ろについていたようであるプライヤも自然と溶け込んでいた。


 華々しいものだ。

 ベトは少しだけ、寂しく思った。


 もう自分が無理にアレの傍にいる必要も、無いのかも知れない。

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