Ⅲ/バカな生き物
ベトは道中落ち合ったヴィルの話に、素っ頓狂な声をあげた。
「し……新国王はリナとかいう女で……それも13歳の子供だとォ!?」
その大声に周りは一斉に非難の視線を向けたが、ベトはどこ吹く風だった。
ちなみに現在パーティーは落ち合ったヴィルが用意した馬車の中にいた。
馬鹿でかい馬車だった、悠に20人はひとが乗れるような。
それに内装も豪奢の一言だった。
やたら金ぴかしていたし、さすがは王族の一員といったところだった。
だが従者といえば御者がひとりに、周囲を守る兵士が3人という質素さだった。
妙ではあったが、王族が傭兵と行動を共にするという時点で異常ではあったのだから、その辺りは気にしないでおくことにする。
対照的にヴィルは周囲に愛想を振りまき、
「ハハ……いやいや、なんでもないよ、すまないね……と、ベト、君はもう少し女性に対するデリカシーや、周囲の迷惑、それに言葉遣いやボリュームなんかを考える必要が――」
「ンなことよりぃ、それホントの話なのかよ!?」
「まったく君は野蛮だね……ああ、確かだ」
それを聞いて、ベトはポカンと口を開けた。
その様子を、周囲の人間は縫い物したり、服の手入れをしたり、女同士の雑談なんかをしながら、微妙に注視していた。
もちろんベトは気づかなかったりしていたが。
「……信じらンねぇ。女が王さまやるっつーのがそもそもありえねぇってのに、しかもなンだよ13歳っつーのは? そンなン……そういや身近に近いのが、」
「ハイハイ、わたしですねっ」
本当にベトから30センチくらいの距離でエミルダに編み物を習っていたアレが、挙手した。
それにベトがうんざり、ヴィルは温かい目で視線を送る。
アレはウキウキわくわく両の拳を握り締め、
「へー、今度の王さまは13歳なんですね、わたしとほぼ同い年なんですね、親近感っ」
ベトは頬杖つき、一言。
「うん、ありえねぇ」
「しょぼーん」
断罪されたような様子でガックリと肩を落とすアレ。
それをエミルダはヨシヨシと慰めた後キッ、と物凄い勢いで睨んでくる。
もちろんベトには柳に風だったが。
話を再開。
「……どういうことだ? お偉方様は、頭に虫でも湧いたか? それともそういう趣味のお方が、ゴリ押しで推薦でもしたのか?」
ベトにとってはまったく理解の出来ない事態だった。
例えるならシスタープライヤに隊の殿を務めさせるにも等しい行為、いや蛮行、愚行。
だがヴィルは、肩をすくめて笑っていた。
「傀儡さ」
「九靴? 足9本のバケモン?」
「いや、失敬……人形のことさ」
そう言われても、ベトにはさっぱりだった。
その様子を見かねてヴィルは、
「要は、自分たちの思い通りになる操り人形を立てた、ということさ。シンボル、象徴といってもいい。宮殿の上層部は、混沌としている。前王であるエリオム14世はその圧倒的なカリスマでみなの意見を抹殺していたが、ゆえ、疎む者、憎む者、忌む者も少なからずいたというのも事実だ。そんな──こう例えるのも憚れるものだが、ある種、目の上のたんこぶが消えた今、各々が己が権力や利益を最大化しようと画策した結果が、こういう形なのだろうと、ね」
説明の最中、エミルダは眉をピクピクさせていた。
話に入りたくて堪らないという様子だった。
もちろんベトはかけらも気づかなかったが。
「ンで?」
「? 以上だが?」
「ふーむン……なるほどねぇ」
素っ気無く言って、ベトは得心がいったように横になった。
そのまま、黙りこくる。
もう話は終わりといわんばかりに。
そこにヴィルはスゥ、と表情を消す。
「ボクはそういうのが、馬鹿馬鹿しくなってね」
「へー」
「もう、王位はいいかなって。だからそういうこと色々と考えてみて、ふと、"首切り公"と"白魔女"の噂を思い出してね」
「白魔女?」
"首切り公"は自分だろうが――ってまぁ、アレのことだろうが。
「フッ、フッフフフ」
笑ってるだけで説明不足な王子様というのも、なかなかにあれなものだった。
ベトはもういいかなと思い、瞼も閉じた。
道中、貴重な時間は有効活用、休めるときは休まなくては。
「というわけで、連れていってもらおうと思ってね?」
そーかい。
話は終わったと、油断していた。
「――″剣豪″くん?」
一瞬の間も開けなかった。
ベトはヴィルに、斬り掛かった。
キン、という澄んだ音が響いた。
ドスの利いた声で、ベトは言った。
「――殺すぞ?」
何処までも軽い口調で、ヴィルは応える。
「……恐いね」
ベトの振り下ろしたギオゾルデを、ヴィルが地に置いておいた紅の槍で受け止めていた。
一瞬遅れてその蛮行に気づいたエミルダが──顔を真っ青にする。
「あ、あんた皇子さまになにして……!」
「チッ」
「フフッ」
バタバタとやってきたそれに、ベトとヴィルは同時に剣と、身を引く。
エミルダは標的を見失い、顔面から馬車の床に突っ伏す。
「あぶっ!?」
こういう展開とみに多いなと想うところがあるベトだった。
そんなエミルダを挟んで、ベトとヴィルは相対する。
「……フン」
「ハハハ」
「……いいだろう。御曹司に、この国の現実を見せつけてやるよ」
「楽しみだね」
ギンっ、という鈍い剣戟。
ベトが今度は、刺突に走っていた。
ヴィルはそれを槍を回転させて弾く。
一気に迫った二人の視線が、火花を散らす。
「あ、あ、あ、あんたは二度までも……!」
「っと」
「ほっ」
再度抱きつこうとしてきたエミルダ(おばさん)を、ふたりでヒラリと躱し、再度エミルダは床にぶちゅーとキス。
そして仏頂面と笑顔で、ギンっと睨み合う。
それにアレとエミルダは、
「……なんかベト、楽しそう」
「バカな男たちだよ、まったく……」
最後にシスタープライヤ。
「アハハハハハ」
まったくもって痛々しいパーティーだった。
四日かけて、ベトたちはスバルが逗留する僻地、ナルタヤに到着した。
乾燥した、砂だけがある土地だ。
過去青銅や鉄の採掘で潤った時期もあるそうだが、それも尽き、今は過去の遺産で細々と生き残っているという状況だった。
そんな村の重たい雰囲気が、スバルたちには心地よかった。
くたびれた汚い宿で眠り、昼にはぶんぶん剣やら槍を振って、寂れた飯屋で臭い飯を喰い、夜はババァしかいない売春宿でなんとかかんとか精を搾り出す。
そんな底辺のような毎日が、心地よかった。
どうせお先真っ暗な世の中、無理に明るく振舞うほうが虚しくて死にそうになるという話。
そんな生活を二週間も続け、心身ともに腐り、濁りきっていい塩梅に終わりかけた頃、見知った顎鬚と、白い薄汚れた少女を見た。
最初に発見したのは、まだ自己紹介もしていない下っ端歩兵。
「あ……あ、ぁ……!」
「ど、どうもぉ」
アレは苦笑いして、軽く右手をあげた。
とたん、下っ端歩兵は飛び上がる。
一瞬ベトはアレが魔法でもかましたのかと疑った。
そして着地すると同時に、歩兵は信じられない速度で後ろへ駆け出した。
耳を疑うような絶叫と、ともに。
「う、うおわああああああああああああああみんなあああああああアレさんの、ご帰還だぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおついでにベトも」
「うるせやい」
ついで扱いされたベトはボソッと呟き、そして宿に隠れていた野郎どもは一斉に、飛び出してきた。
喜色、満面だった。
「うおおおおおおおおおマジかアレさんだああああああ!」
「あ、アレちゃあああああああああああん」
「おじさん覚えてるうううううう?」
「お兄さん覚えてるううううう?」
「お姉ちゃんぼく、覚えてる?」
「てめぇ可愛い子ぶってショタポイント稼ごうとしてんじゃねぇぞゴルァ!」
「うっひゃ久しぶり寂しかったよオオオオオオオオオオオオオオ」
みながアレの周りを二重三重四重も取り囲む中、
「あ、ど、どうも」
男装の麗人が、声を掛けてきた。
「……おぉ、ベト」
「ああ、久しいなマテロフ」
「首尾は上々か?」
「まー、あのオバサン」
そしてベトは後ろに、親指を向ける。
マテロフはそこへ視線を向け、
「……なんだ。趣味、変わったか?」
「いやそういうンじゃねーんだけどさ」
「……どういうことだ?」
「いや……あーもーなンでもねっ」
「……すぐ面倒くさがるのは、貴方の悪い癖だな。そんな調子では、アレとやっていくのも難しいというものだぞ」
「そうかぁ? ……まぁ、そうかもな?」
そのやり取りに、エミルダは深いため息を吐く。
「あんたらは、ひとのことなにウダウダ言って、なに勝手に結論付けてんだい……まったく」
それに気づき、マテロフはきょとんとした顔をして、ベトはイヤハハと照れ笑いで頭をかいた、反応間違ってるだろ。
残念ながらツッコむ人間はいなかった。
「……おーい我が息子よ」
遠くから、その波にノリ遅れたスバルが柱の影から切なげな声を漏らしていた。




