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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
旅立 -departure-
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Ⅰ/メッキの平和

 出立の前日、その深夜。


 窓ガラスがコツコツという音を立てた。


 それに寝ぼけ眼を擦りながら、窓際まで歩く。

 予想のとおり、屋根の上にレックスが立っていた。


 こいつはたまにこうして、二人きりで話したい時こんな感じで現れた。

 なんだか、懐かしかった。


 レックスは、簡潔に告げた。


「お前、次、どこに向かうつもりなんだ?」


 ベトは頭をかきながら、気負わず答える。


「スバルんトコ、一旦戻るわ」


 綺麗な満月が、やけに明るくて綺麗で、気に障る夜だった。


「そうか、じゃあ俺は一足先に戻っておくわ」


 綺麗な世界なんて、実際内部は腐ってドロドロで、死んだほうがマシだって思えるくらいだっていうのに。


「一緒に、いかねぇか?」


「遠慮するわ」


 にべもなく、もう会話は終わりだといわんばかりに、レックスは闇の中に消えた。

 その様子を、ベトは少し懐かしさというか羨望を持って眺めていた。


 変わった、という実感は確かにあった。

 ずっと孤独に生きてきた。


 というより、誰とも本音を分け合えず、ただ生きてきた。

 殺されるのを待ち、殺すのを糧に。


 それでよかった。

 それがすべてだった。


 充足していた。

 満ち足りていた。


 そこに、アレが現れた。


 すべてをメチャクチャに掻き回し、自分をすら巻き込み、そうして少しづつ少しづつ、周囲を変えつつあった。

 それは幾ばくかの人間、多少のギルドに過ぎないが、徐々に大きくなってきていた。


 だが果たしてそれが村単位や町単位、都市単位──ましてや国単位にまで至るかは、正直想像すらつかない。

 この辺が、限界のような気はしていた。


 だがよくよく考えれば最初に会ったときなにかを変えられる力があるとはほんの僅かにも思えなかったのだから、これから先どうなるのかなど、考えるだけ無駄という話な気もした。

 しかしふと我に返る瞬間というか、そんな想いは常にまとわりついていた。


 所詮、メッキの平和だ。

 すぐに、あっという間に戻る。


 あの、鉄の臭いが漂い、金属がぶつかり合う音が響く、血生臭い殺し合いの日々に。


「――――」


 弱くなっていくのが、怖い――というより、なんだか違和感があった。


 所詮いつ死んだっていい身だ。

 だから恐怖など、抱くわけもない。


 ただ、そう――変わっていく自分に、不思議な感覚を抱いているに過ぎなかった。


「…………よく、わかんね」


 頭をボリボリとかき、ベッドに戻る。

 そして瞼を閉じる直前、先ほど見た満月が脳裏に焼きついていた。


 アレみたいだな、と思ったりした。

 あの、次の晩には消えているあたりが──とか不吉な連想には、結局気づくことはなかった。




 出立の準備は、簡単に済んだ。

 特に荷物らしい荷物も無い。


 となると逆にアレにはいくつか荷物を持たせるべきかもしれないと思い至る。


 特に衣類を。

 その辺は自分が言うよりも女性陣に任せたほうがいいように思えた。


 というより出立の直前、クレームがきた。


「……どこに行くかしらないけど、どっかで買い出しさせてくれないかしら?」


 エミルダだった。

 それにベトは、眉根を寄せる。


「あ? 買い出し? それってあれか、服とか――」


「ぜんぶよ、ぜんぶ!」


 エミルダは、荒ぶっていた。

 意外といえばそうだが、らしいといえばそんな気もする。


 とりあえず、話を聞くことにした。

 眠いし、とあくびとかして。


「ふわぁ……で、ぜんぶ? なに、他になにが欲しいンだ? 食い物? 酒?」


「でっりかしー無いわねっ、女性には色々あんのよお化粧だとか香水だとか日用品全般だとかその他諸々だとかだわよ!」


「あー……あー、そう?」


 白熱するエミルダに対して、ベトは冷めていた。

 完全に旬を過ぎたもはや性別もよくわからないオバサン相手にどうこう言われてもハァ? というかなんというか。


「……なによ、文句でもあるっての?」


「いや、別に……」


 触らぬあれになんとやら、だった。


 というわけで、ことのついでにアレの様子でも見ようかと首を回す。

 盲目シスターと、目が合った。


 すっごいニコニコ顔だった。


「…………っ!」


 それにベトは、若干たじろぐ。

 とりあえず、苦笑っておくことにする。


「へ、へへ……あ、あンだ? ど、どしたンだ?」


「ふ、ふへへへへ、へへ……いやー、ベトさァん?」


 不思議キャラはアレだけでお腹いっぱいだっての。


「へ、へへへ……あ、あンだよ? ど、どしたってンだ?」


「ふ、ふへへへへへへ……ベトさァん? ベトさァん? ベトさァん?」


「だ、だからあに――」


「こ、この辺、どんな感じ、なんですかねぇ?」


 笑顔の瞳から一筋、涙が零れた。

 不意打ち過ぎて、マジびびった。


「う、ぅえ? な、ど、どうしたんだよシスタープライヤ!? いつでもへらへら笑って余裕ぶっこいて腹黒そうなイメージのあんたが、な、泣くなんてらしくないってか、むしろ怖ぇえってか、その、やめた方がいいっていうか……」


「こ、怖いですよぉ……早く、教えてくださいー……いま、ここ、街なんですよねー?」


 ピンときた。


「あ、あぁ……や、街じゃねぇなぁ。あえていえば、ただの野っ原っていうか、向こうは荒野っていうか……」


「こぅヒャ!?」


 声、ひっくり返っていた。


 これはすげぇ、ボロボロと涙があちこちに飛び散っていく。

 なにがそんなにツボったのか、気にもなったりした。


「え? いや、なに? どしたん――」


「こここ荒野って、それってなんかお話とかに聞いたことあるんですけど一面土しかなくてーおウチとかなくてー土しかなくてー草すらなくてー土しかなくてーたまに石とかしかなくてー……」


「あーまー、うん。その認識はあながち間違ってないな。だがまぁそだなあえて違いを言うとしたら、たまに虫も出るくらいのもんか」


「ヒッ!」


 鋭く悲鳴をあげ、ワタワタと所在無く手を振り回すから親切心で右手を差し出すと、ひしっ! と縋り付かれた。

 なんだかギャップ萌えな気分だった。


「……ハハ」


「ははハは……な、なにがおかしいんですかー……?」


「ああ、おかしい。ていうか逆襲の時きたり、って感じ?」


「いやー……正直、許してほしいですねー?」


「そうだな」


 ベトはあっさり、その言葉に引き下がる。

 嗜虐心は確かに刺激されたが、そのまま従うほどケダモノでもない。


 事実としてこの娘は目が見えないのだから、男としては――


「で? どれくらいエスコートしてさしあげればいいですか、お姫さま?」


 腰を折り、右手を差し出す。

 それにビクビク、と文字通り手探りにプライヤは絡ませる。


 ハハ、とベトは笑い声をあげる。

 いやーこりゃ男冥利に尽きるってもんだわ。


 こうすりゃ可愛いじゃねーかとクシャクシャとそのサラサラな金髪を撫で、


「…………」


 ふと、視線を感じた。


 振り返ると、すっかり存在を忘れていたアレが、こちらを見つめていた。


 熱い視線だった。

 それにベトは、微かに気後れする。


 なんだ? ていうかこれってどう考えても――


 嫉妬?


「……アレ?」


「――――」


 沈黙。

 なんとも微妙なやり取りも、慣れたものだった。


 この子は生まれてから、唯一の肉親であるおばあさんとのやり取りを僅かに、その他ほとんどの時間を、孤独に過ごしてきた。


 裡なる心との対話を拠り所に、生きてきた。


 だからこそアレは、なにかを思う時とっさに言葉を出すということをしない。


 まず見つめ、自らの心と対話し。

 そして結論を出してから、意を決して――


「ベト……」


 ほいきた。


「ン? どしたん、あんたらしくもねぇ」


 本当は誰よりもらしいと思っていたが、気を遣ってやるのが男ってもんだろう。


 アレは真っ直ぐで純粋な瞳を僅かにも揺らさずに、


「わたし……思うんです」


「おぉ、なにをだ?」


「わたし、ここしばらく……」


「おぉ、ここしばらく?」


 エミルダやらプライヤやら襲撃の準備でぜんぜん相手にしてなかったから、甘えたがっているのか?


 かわうい奴め。


「……剣の練習、してません」


 体が180度、反転。

 猛烈な勢いで頭から地面に──ゴッっ、て音がしたゴッって。


「──っでぇ」


 と、視線に顔をあげると、アレが可愛らしく首を傾げていた。


「どうしたんですか、ベト?」

「…………いや、なンでもね」


 きゅう、と妙な音がしたので脇を見ると、腕に絡み付いていたプライヤも地面にキスをしていた。

 南無さん。

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