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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
開拓 -frontier-
63/132

Ⅴ/原因はお前だろ

 言葉を、失ってしまった。


「――――あ、ハハ」


 だから、笑うしか、なかった。


 参った、一本取られたような心地だった。

 ハイハイしてる赤ん坊にあんよはこっちと言っていたら、ハイハイそんなのわかってるよ、とツッコまれたような。


 まぁ確かに、愉しい気分にはさせてもらっていた。

 これが幸せといえば、そう言えなくもないのかもしれない。


「あー……はい、そうですねー、幸せ? ですかねー…………たぶん?」


「そうですかっ!」


 本当微妙な返しをかましたというのに、聖女様は大変お喜びのご様子だった。


 もうプライヤも、なにも言えなかった。

 乾杯の気分だった、いや間違えた完敗か。


 いずれにせよ、さすがという感想。


「あー、まー、はぁ……?」


「良かったです! 実はこれベトにもしてみて、あのベトをニヤニヤさせられたやり方なんですよね! ……その後色々言われましたけど、えへへ。やっぱりこのキスって、ひとを幸せにするんですねっ、わーい!!」


 すげぇテンションだった。


「────」


 こんな深窓の令嬢みたいな娘でも、こんな感情を爆発させることもあるのか。

 そういえばベトと色々やり取りしてる時も荒々しかった気もするが、にしてもわーい、はさすがにないというかキャラ違うような気もするが?


「…………」


 なんだか色々考えていると、モヤモヤしてきた。


 参った。

 この子、全然バカにしてたけど、予想よりも遥かに厄介なタイプみたいだ。


 もう正直だいぶ面相臭くなってきたというのが本音だったり。


 あぁ、そうか。

 それでもう皆、なし崩し的にこの子のいうことを聞くようになってしまったりしているのか?


 ヤヴァい、自分もハマりそうだ。

 プライヤは少し考えをめぐらそうとしたが、結局すぐに面倒くさくなってしまった。


 降参。


「――そうですねー、とってもいいやり方だと思いますよー、ベトにも毎朝して差し上げるとよろしいかとー?」


「バッ!? お前なに言ってやが――!」


「おいベト、お前そんなふしだらな生活を……それはうらやまけしからゲフンゲフンいや聖職者として一言いわずには――」


「ちげぇっていうかせんせいも本音隠しきれてねえから!!」


「アハハハー」


 やっぱりこのふたりは、一歩離れた所からからかうのが一番だ。

 下手に絡まれると色々めんどう。


 所詮自分は両親にも捨てられた厄介者だ。

 俗世と関わるなど今までも、そしてこれからもあり得ないのだろう。


 オレアン神父の酔狂に、救われているだけの身。

 身分相応の境遇に感謝して、慎ましく生きていく。


 それなのに。


 なぜかアレは笑わず、こちらを見つめていた。


「――――」


「な、なんですかー?」


 不覚、微妙に動揺してしまった。

 プライヤは笑顔を取り繕い、相手の要求を尋ねる。


 アレはただ、ぽつりと呟いた。


「プライヤさん、その、本当によろしければなんですが、あの……」


 煮え切れない言葉を引き継いだのは、まさかのオレアンだった。


「キミは彼らと、一緒にいき給え」


 一瞬意味が、わからなかった。


「は……お、オレアンしんぷー、その……え? いく、いくって……なにいってるんですかー?」


 オレアン神父の視線と声は、やたらと生温かいものだった。


「お前は今まで、私の言葉をよく実践して、よく頑張ってきた。辛いことがあっただろう日も、苦しかっただろう日も、笑顔で日々を過ごしてきた。だがそこで、私も想うところがあった。


 お前は笑顔ですべてをこなしてはいたが、しかしその実その奥底の感情を、結局は閉ざしたままだったのだ」


 オレアンからの告白を、プライヤは醒めた気持ちで聞いていた。


 そんなこと、当り前以外のなにものでもなかった。


 すべてを一時保留して、ただバカになって笑っていれば、その角に福が来るというオレアンの言葉に従って、ここまで来た。

 まぁとりあえず今のところ福こそ来ていないが、変に構われる面倒臭さも無くなってはいたので、それは良しとしているが?


「私も胸を痛めてはいたが、力が足りず、ただ時が過ぎるに任せていた。しかしそこに、ベトが魔――」


 んん?


「じゃない聖女を連れてきた。これは運命だと……」


「いま、魔女って言いかけませんでしたか?」


「そんなことはないっ!」


 こんなに力強く断言するオレアン神父は初めてだった。

 だからその事態に、プライヤは目を丸くした。


 え?

 今の、そんな失言?

 ていうかわりと知ってる人いると思ってるんだけど?


 そんなシスタープライヤを置き去りにオレアンは咳払いひとつ。


「えほん。というわけでこれは運命、神の思し召し、ひいては私の普段からの行いのおかげだと」


「さっすが神父さまですねー、すってきー」


「いやあはは、まぁそんなに褒めるなよ? 照れるぞ」


 うはーオレアン神父、普段からなかなかにハッチャケてるとは思ってましたが、今日はそれを越えてエキセントリックですねーと遠い目になるシスタープライヤ。


 それにも気づかずエキセントリック神父は、


「そんなこんなで、渡りに船だ。きみは一緒に、いき給え」


 基本説明しないタイプの人間だと知ってはいたつもりだが、それにしても不躾な話だった。


 しかもそのいけ、がどういう意味なのか。

 普通に考えれば、行け、という意味になると思う。


 だけどなぜ、自分が彼らと一緒に行かなければいけないのか?

 だいたいがこの一行の目的や目指している場所もないというのに、一緒に行ってどうなるというのか?


 理解に苦しむところだった。


 だから端的に、答える。


「外にですか? それは無理ですねー」


 さすがにオレアンということで妥協していた本音が、素の言葉がまるで火砕流のようにデロデロと零れ落ちていく。


「教会の中なら目も見えなくてもなんの問題もないくらい自由に行動できますが、外なんて怖くて一歩もあるけませんよー。いやー無理です無理ですー絶対イヤですー、いくらオレアンしんぷの言葉でも従えませんねーていうかそういうの職権乱用ですよ女性蔑視ですよー? わー恐いー」


 オレアンは本当にそこにいるのか疑う位に反応も気配もない。

 いつもは気にもならないその奔放さが、今は引っかかる。


「なんで黙ってるんですかー? そういうのよくないと思いますよー? 下手に黙ってる方が相手にいあつかん与えるんですよー? 知ってますかー? ていうかオレアンしんぷにシリアスは似合わな――」


「プライヤさん」


 いつも空気読まない清浄な声が、耳に障る。

 原因はお前だろ。


「……なんですかー?」


 いつもの口調でいつものように笑顔で振り返ったが、アレからはどこか怯えた気配を感じる。


 ますます癇に障る。

 なんなんだ?


 湧きあがるそれを、プライヤはうまく処理できずにいた。

 すると後ろから、声をかけられた。


「おい、盲目シスター」

「なんですか?」


 そんな自分を、プライヤは持て余していた。

 そのストレート過ぎる呼び方にも余裕なく、0.1秒でそれも普通に即応していた。


「ふっ……くく」


 それにベトは、なぜか口元を抑える感じで苦笑。

 気に入らない。


「……なにがおかしいんですかー?」


「いや、ていうか、あれだ……あんた、イラついてんだろ?」


「ません」


 断言口調に、周囲は静まり返る。

 しかしプライヤ自身、その事実に気づくことはなかった。


 それぐらい目の前にいるだろうベトにしか、意識を集中していなかった。


 ベトは頭をかきかき、やはり笑う。

 愉しそうに、不敵に。


「……くくっ、イイ顔するなー。今のあんた、かなり好みだぜ? 全然前より、今のがいい。くくっ」


「なにがおかしいんですかー?」


「あんた、オレと一緒に来いよ」


 意味がわからない。

 ムシャクシャが――急激に、収まっていった。


 所詮世の中、不条理で構成されている。


「ハァ……別にいーですけど、私、捨て子だったんですけど、眼見えてないんですけど?」


「は?」


 その言葉に、間抜けな声をあげたのはエミルダだった。

 その愚鈍さに、さらにプライヤは落ち着いた心地となる。


 そりゃそうだ。

 今の反応が普通であって、この二人が別格なのだ。


 そう考えると、肩が軽くなったような気がした。


「別にいンじゃね? オレは左腕が肩から無ぇし、アレは足が効かねぇし。お荷物同士なら、相身互いだろ? ……くくっ、分相応だな」


 そんな二人となら、通常なら考えられない冒険も、してもいいかって。


「あ、あんた……目、目が?」


 エミルダが驚きとともに近づく気配がしたので、プライヤはニッコリ笑って応えた。


「ハイ、見えません。でも生きてます。生きて、笑ってます 」





 そしてようやっと四人で揃って中に入り、管理人の振る舞う料理で背中とくっつきそうになっていた腹を満たした。


 その時の味を、ベトは忘れられないだろうと思った。


 なんの変哲もないじゃがいものスープだったが、口に入れた途端に体中が発光したようにさえ感じた。

 栄養が血管を通り、身体の隅々まで染み渡っていくようだった。


 これが、命が助かったありがたみなのかと思ったりした。


 みな、黙々と食事を続けていた。

 いつもガツガツと貪るアレも、静かにお行儀よくしている。


 ふと見ると、プライヤはいつも通り笑顔作りの人形じみた面持ちだった。


 もう吹っ切れたらしい。

 もしくは大してなにも想っていないのか?


 どちらでもよかった。

 出来ればせんせいと、面倒なくワチャワチャと酒でも煽りながらくっちゃべりたいところだったが、そうもいかないのが世知辛いところだ。


 この自分が女を面倒だと感じるなど、天変地異が起こるなとアレに出逢って随分経って今更感満載ながら、思ったりした。


 そして食事を終え、各々が各々の過ごし方で心身を休めている折り、"ソレ"は訪れた。

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