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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
開拓 -frontier-
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Ⅳ/誰も助けてくれない

 自分とは別種のだが似た系統の、エミルダは普通の反応だった。


「は……死、って……え、いや……は?」


「しにたいですかー?」


 無邪気な、それは問いかけだった。

 だから残酷な、それは投げ掛けだった。


 相手にすべてを委ねる一方的で、無責任で、少し笑えるくらい滑稽な、背筋が凍るほどに醜悪な。


 それは丸っきり。

 隣にいる聖女と、真逆な在り方だった。


「な……なに、言って……」


「知ってますよー、わたしー、エミルダさんっていいましたっけー? 確か娘さんがー、辛い目に遭ってー、それでふくしゅーしてー、成し遂げてー、もうやることなくなってー」


「やめろ」


 直接的に止めたのは、確かにベトだったのかもしれない。

 だがその袖が引かれたのは、ベトが声をかけるよりも確かに早かった。


「? なんですかーアレさんベトさん?」


 当り前の笑顔で、プライヤは振り返る。


 そこに含むところや他意はまったく読み取れない。

 悪意があるとは、到底思えない。


 だからこそ逆にベトは、そこに悪意が無いとは到底信じられなかった。


「……お前、」


「なんですかー?」


 だがなぜか。

 その完璧すぎるとさえいえる笑みが、ベトの癇に障ることはなかった。


「いや……なんでもない」


 それだけ、ベトは引きさがった。


 シスタープライヤはそれになんですかーなんですかーと繰り返すが、取り合うつもりはなかった。

 所詮他人など理解し合えるものでも、


「プライヤさん」


 そこに首突っ込むのも、またお前だよな。

 ベトは軽く頭を抱えて、成り行きを見守ることにした。




 シスタープライヤは、自身から湧き起こる不思議な感情に流されかけていた。


 若干の苛立ち。

 もしくは焦燥感。


 とにかくなにかをしなければ、落ち着かなかった。

 だから促した。


 目の前で迷っている人間がいたから、その心を確かめようとした。

 それは半分くらいは親切心からによるものでもあった。


 なのにそれを、留められた。

 不本意ではあったが、しかしそれは慣れたものでもあった。


 自分がなにかを善意で行おうとすると、必ずどこかしらから抑止力が働く。

 今回もその類だと、笑顔で流そうとしていた。


 そのタイミングで、聖女さまから声をかけられた。


「はい、なんですかー?」


 笑みを持って応える。

 それがプライヤの日常だった。


 あの日オレアンに言われてから続けてきた習慣。

 すべてを丸く収める、まるで魔法のような在り方。


「あの、なんで……」


 自分に気遣いなんて必要ないのに。

 言いたいことがあるならなんでもズバズバ言ってくれればいいのに。


「なんですかー?」


 プライヤは作りではなく結構本気で笑ったりした。


「なんで……いつもそんなに、悲しそうなんですか?」


 イラっ、とした。


「――――」


 極度のストレスが、プライヤの頭に送り込まれた。


 それにプライヤの脳は、活動を停止する。

 処理能力を、それは大幅に越えているものだった。


 プライヤは次の行動を起こさず、ただ相手の出方を待った。


 反応はすぐに、訪れた。


「教えてください……なにがあなたをそんなに、哀しませているんですか?」


 脳を通さず口が自動で、受け答えた。


「え? なに言ってるんですかー? わたしはいつでもハッピーで、楽しい愉しい毎日を送ってますよー?」


「あなたも、嫌なことがあったんですか? それとも、わたしたちがあなたをそんなに悲しませてるんですか? 教えてください、わたしはあなたの、力になりたいです」


 ザザ、ザ、ザザ、とノイズが走ったようだった。


「あはー、は……かなしくないですよー? どうしてそんなこと、言うんですかー?」


「……わたしじゃ、力になれませんか?」


 チリチリ、と皮膚が焼きつくようだった。


 言葉が、通じない相手。

 態度が、通じない相手。

 擬態が、通じない相手。


 面倒だった。


「なれませんねー」


 笑顔で、軽やかに答える。


 この相手には遠回しに言う方が失礼にあたると判断。

 逆にいえばキッパリ言えば追及はしてこないと予測する。


 その、つもりだった。


「そうですか……」


 相手の言葉から、力は無くなった。

 おそらくは、項垂れたのだろう。


 だというのに、


「……あのー?」


「なんですか……?」


「この手は、なんですかー?」


 おそらくは項垂れながら、自分の服の裾を、掴んでいる。


「いえ、その……なんでもありません」


「そうですかー、だったら離してもらってもいいですかー?」


「はい……」


「……離してませんよー?」


 予想外だった。


 意外と頑固というか、感じから受けるヒロイックなイメージからはかなりかけ離れている。


 ほんの少しだけ、どんな外見をしているのか気になったりした。

 今まで一度たりともこの両の網膜が外の世界を映し出すことはなかったのだが、だからそういう願望を持つことすらなかったのだが、なぜだか生まれて初めて、興味というものが生まれていた。


 不思議な娘。

 だからみな、彼女に惹かれ、ひとが集まるのだろう。


 自分とはまったく違う、そのあり方。

 乾いた笑いが、口から漏れていた。


「ハハハハハ、なんですか? なんのつもりですか? 正直言って、同情だったら爪の先ほどもいらないんですけどー?」


 なぜ自分がこんなに感情的になっているのか、プライヤは自身でも理解出来ていなかった。

 それが喜なのか怒なのか哀なのか楽なのか判別も出来ていなかった。


 アレは笑い声に、握る手の力を強くした。

 結構本気で、疑問符が湧いた。


「あのー……ちょっと、痛いんですけど?」


「…………」


 言葉にも、アレは反応しない。

 ただギュっ、と自分の手首を握っているだけだ。


 実際痛いというほどでもない、どちらかというと必死に縋っているという印象を受けるものだ。


 なにかそれで、訴えてでもいるのだろうか?

 だったらそれを、なぜ言葉にしないのだろうか?


「……あのー?」


「…………」


「……そのー?」


「…………」


 どうしたものか。


 以前を思い出せないくらい久しぶりに、プライヤは軽く途方に暮れる。


 どうしようか、コレ?


 辺りを探ってみたが、人の気配は遠かった。

 みな少し距離を取って、様子を見守っているというところか。


 なんだか感ぜられる視線が、生温かかった。

 微妙に、気持ち悪かった。


 誰も助けてくれない。


 いつものことだった。

 世の中の難事の99%は自分の力でどうにかしなくてはならず、そしてままならない。


 世知辛い世の中だった。

 さていつものように、自分の力でどうにかしようと無駄な努力をしてみよう。


 しがみついている手に、顔を向けた。

 すると頬に、感触が生まれた。


「…………」


 少し、びっくりした。

 どれくらいビックリしたかというと、一瞬なにが起こったのか理解できないくらいだった。


 自分が盲目だと理解した後。

 自分に触れてくる人間なんて、いなかった。


「……え? いや……は?」


「わたしに心を、開いてはもらえませんか?」


 ヤバい、本当に意味がわからない。


 同じく以前を思い出せないくらい久しぶりに、プライヤは困る。


「……すいません、アレさん。よければわたしにもわかる言葉でお話してもらえませんかー?」


 頬をかき、アレとおそらくは向き直る。


 目の前たぶん5センチ以内のところに相手の顔があるだろうことは感じられた。


 なんのつもりかわからない相手は、厄介だなと思ったりした。

 もうなんか、さっさと切り上げたいと思ったりした。


 唐突に唇に、感触がきた。

 なにが起こったのか、当然わからなかった。


「? ?? ???」


「ばっ、おまっ、アレお前このバカッ!!」


 必死なベトの声が、なんだか面白かった。

 そしてその非難で、自分になにが起こったのか理解出来た。


 そうか。


「……キス、されたんですかー?」


「なにやってんだよ、お前っ!」


「キャっ」


 アレの気配が、遠ざかっていった。


 ベトに引き剥がされたのだろう。


 本当にこのふたりはちょっとした夫婦漫才だと思う。

 見てて笑えるし、飽きない。


 でも、なぜ?


「その、ベト……でも、あの?」


「そのあのじゃねーよ! お前、その……あのなァ、」


「ベトもその、あの……言ってます」


「揚げ足取ンなっ!」


 一部、笑い声があがった。

 あぁ、本格的に夫婦漫才が始まったようだった。


 さて、今回はどう楽しませてくれるのか、と――


「ひゃっ……す、すいません」


「おいおいベト、あまり婦女子を泣かせるのは感心せんな」


 オレアン神父、参戦だった。

 さすがだった、楽しいことがあると決して見逃さない。


「あ?」


 と気炎をあげかけたが相手があのオレアン神父と気づいたベトは出鼻を挫かれ、留まり、抑え――コソコソとアレの方を向き、


「……誰でも彼でもキスすりゃ喜ぶってわけじゃねーんだよ」


 ああ、と思った。

 そういうことか。


 理解したら、込み上げてきた。


「ハハ」


 そしたら全然、我慢出来なかった。


「アハハハハハハハハハハハハっ」


 いつもの、自分で決めた笑みじゃない。

 腹の底から迸る、それは笑い声だった。


 バカバカしかった。

 それは本当に。


 以前も二人の関係を思い返してクスリとしたが、なるほどキスの意味も知らずみなそれをしている時幸せそうだったから、男女の区別なく自分にもしたと?


 なるほど確かに純粋無垢だ。

 男女の分け隔てすらなく、間違いなく天使のような女の子だ。


 ていうかバカでしょ、この子?


「ハハハハハハはハッ!」


 結構本気でツボに入ってしまったらしく、プライヤはしばらく笑い続けた。


 それを皆、黙って見守っていた。

 ベトは腕を組み、オレアン神父は胸元に忍ばせた聖書に目を通しつつ、アレも慈悲の瞳を向け、エミルダだけ当惑とともに。


 そして2,3分ほども経って、ようやくプライヤは顔を上げて目元の涙を拭った。

 笑い過ぎ。


「ハハハは……あー笑わせてもらいましたー、どうもすいましぇーん」


「プライヤさん、」


 フザけた物言いにも、アレの言葉は落ち着いていた。

 さて、なにがくるだろうとプライヤは少しだけ楽しみでもあった。


 なにがおかしいんですか?

 バカにしてるんですか?

 怒ってもいいですか?


 なんでもいいから、この子の感情が見たかった。


 果たして次にアレから発せられたのは――


「幸せに、なれましたか?」

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