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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
開拓 -frontier-
59/132

Ⅰ/自由

 その場所は草臭く、そして視界いっぱいに青い空が広がっていた。


「…………」


 ぼんやりした心地に、二度寝したくて堪らない気分になる。


 とてもこのまますんなりと起きたくはない。

 そういえばガキの頃は、しょっちゅう野っぱらで寝たものだ。


 やはり自分は肉食動物なのだと思う。

 屋内よりも野外の方が性に合っている。


 再度、瞼を閉じた。


 本当に、のんびりする。

 なにか直前までとても大切なことをやっていた気がするが、自分に責任感や使命感を求める方が間違っている。


 オレは所詮、しがない殺し屋に過ぎないのだから。

 そんなに色々求められても、実際困るのだ。


「……ふぅ」


 とまぁグダグダと言い訳してみたが、しかしそのまま寝ていられるかというとそんな訳でもないのが実際悲しいところだった。

 ひょっとするとあの娘が言うように根はイイ奴なのか?


 とかトチ狂ったことを一瞬でも考えてしまうあたり、実際自分は相当に限界なのだろうと思う。

 少しくらい休ませてもらわないと身体が保たない。


 とまぁ。

 実際あの娘は自分が休むことをどうこう言ったり。


 どころかなにかを強調したりすることは無いのだが。


 それが余計に休み辛いという逆説的な効果を生み出しているのがまた、皮肉で口元を緩めた。


「――さて?」


 身体を起こし、そして再度目を開ける。


「うわ、起きた」


 そこに浴びせられたのは、失礼極まりない言葉。


 誰だ、と一瞬思った。

 それぐらいにそれは、聞き覚えのない声だった。


 そちらに、顔を向けた。

 真っ赤なオバサンが、そこに座っていた。


「あ、オバサン」


「あたしの名前はエミルダだって言ってるだろうが……まったく」


 元気そうだった。

 どうやら赤いのは返り血らしい、微かに胸をなでおろす。


 このオバサンを救い出すのが要望というか一応の目的だったわけだし、大怪我されたりしたらだいぶ目覚めも悪いわけで。


 と、そう言えば。

 オレ、斬られなかったっけか?


「あのさ、オバサン」


「ハァ、あんたはひとの話を聞けないタイプの子供だね……で、なんだい?」


「オレの首筋、切り裂かれてねぇ?」


「無いわねぇ」


 さくっ、と応えられると本当にちゃんと見てるのか気になるところだったりするが、ま、実際生きてるし――


「ンむ、血出てねぇな」


「あんた手で確かめるなら、あたしに聞くことなかった……ていうか失礼だね、あんたは」


「そっスね」


「軽っるいわね、あんた……」


 ガックシ肩を落とす。

 なんだかんだで結構細かい性格なんだろうか?


 こう見えて苦労してそうだった。

 頑張れオバサン。


「それで……もうなんでオレが生き残ったのかはノーコメントとして、ここはどこなんスか?」


「なんで急に敬語なのよ、まったく……ここは城壁の外、なんにもない野っ原よ」


 ビクン、と身体が跳ねた。


 それにエミルダもびくっ、としていたが、それどころじゃない。


「――おいおい。それ、マジか?」


「あっ、えっ、あぁそりゃあ……そんなことでウソついてもあたしに得もないし……」


「マジ、か……」


 ぽつりと呟き、ベトは辺りを見回す。


 空が、とてもつもなく高かった。

 草木が、風になびいていた。


 それは身体の中も通り抜けていくかのようだった。


 自由。


 そういう、心地を味わった。

 シャバに出た、という感覚だった。


 別に教会での日々が苦痛だったわけではないが、自分のような人間には相応しくない場所のような気もしてはいた。

 若干牢獄に近いというか――ああそうか、繋がれているのは教会うんぬんというより、あの子にか、と納得。


 外に、出た。

 出られた。


 しばらく出られないと思ってたのに、まさかこんなにうまく――


「……どうやって、出られたんスか?」


「だからなんで微妙に敬語なのよ……あんたたち野蛮な集団が、検問をブチ破ったのよ」


「ハハ」


 さすがに、笑える心地だった。

 このオバサンを助ける為に集めたならず者の集団が、まさかこんな形で役に立つと。


 まさにトントン拍子、笑いが止まらなくなりそうだった。

 生きてるし、オバサンも救い出せたし、万々歳だった。


 あとはせいぜい負傷者の有無を確認するぐらいのものか、さて?


「それで、オバサン?」


「……もうその呼び方は変わらないみたいね、なんだい?」


「他の野蛮人たちは、どこにいるんスか?」


 ザッ、と周りを見回した感じ、特に見当たらなかった。

 というか見晴らしが半端じゃないから、実際どこに?


 オバサンはハァ、となぜかため息をついて、


「……みんな、どっかに散っちまったよ。まったく本当に訳のわからない連中だったね。それで魔女の嬢ちゃんとくっついてた、チビな男――」


 電撃のように、思い出した。


「おッ!? オバサンっ!!」


「なッ!? なななななななんだいっ!?」


 ガッツリ二の腕を掴んで迫ると、エミルダは目を丸くしてビビっていた。

 見た目に反して結構小心者のようだった、がそれどころじゃない。


「そそそその魔女の嬢ちゃんって、だっ、どっ、あーどうなってんだーッ!!」


「ななななななに言ってんだいあんた落ち着きななに言ってるかわかんないていうか離さんかいボケ――――――――ッ!!」


 超至近距離で睨み合い。

 お互い興味も無いのにハァハァハァハァ息を荒げ合う地獄のような状況だった。


 一度落ち着く為にも手を離し、息を整える。

 落ちつけ、こんな状況今までにくぐってきた修羅場に比べれば大したことないだろう?

 言い聞かせ、決め顔を作り再び相対する。


「――でッ! アレ=クロアはどこじゃいゴルァ!!」


「落ち着きなあんたは――――――――ッ!!」


 ちっとも落ち着いていなかった。


 本当に自分はあの子が絡むとどうかすると再確認。

 とにかくどうこうするのは、あの子の無事を確認してからだ!


「落ち着くとかなんとかどうでもいいんだよゴルァとにかくアレは、アレ=クロアは無事なのか怪我したのか生きてんのか処女なのかその辺を早くハッキリ――」


「……ベト?」


 久方ぶりだった。


 その声は、静かに胸の奥に染み入る、深酒した翌朝に呑む透き通った冷たい湧き水のようだった。


「――アレ」


 その声を呼ぶと、喉が渇いた。


 久方ぶりといっても、せいぜいが数時間ぶりというところ。

 それでなぜこんなに感慨深くなっているのかと考えて、それは決死の作戦の後だからだと理解する。


 もう、会えないかもしれないと。

 それほどの覚悟であたった作戦のあとに再会できたからこそ、これほどの不安、恐怖、安堵感緊その他を味わうことになったのだと。


 そういう諸々を込めて、ベトはゆっくりゆっくりと、振り返った。


 その、感動の再会を果たした相手は――なぜか不審そうに、眉をひそめていた。


「――あれ?」


 それにベトは、肩すかしをくらう。


 なぜ?

 というかそんな表情、初めて見るぞ?


 疑問符で、頭が占められる。

 なんかオレ、失敗したか?


「……どしたん? あんたがそんな顔してるなんて……珍しいな?」


「ベト……なんの話をしてるんですか?」


 疑問符がもうひとつ、


「なんの話って……そりゃあんたが無事にちゃんと生きてるのかどうかって――」


「処女なのかなんとかって、仰ってませんでしたか?」


 ピン、とくる。


「や、いや……まぁその、あんたの身を案じてっていうか」


「ベトは……そういうことに、興味の無いひとだと……信じてました」


 ――オイオイ?


「いや、その……ていうか、ナンデ?」


 こんな欲望のままに生きてきたようなケダモノが?


「だってベト……喜んでもらえると思って無理して口のくっつけ合いしたのに、全然微妙でしたし……だからベトは、きっと……」


「あー……」


 なんか、微妙に納得できる理由だった。

 そういうふとした偶然の積み重ねで歪な関係が構築されているわけね。


 複雑だったが、特に無理に変える必要性も感じられない気もしたりした、よくわからんが。


「そ、ソダナ、ウン、悪い、あの、そう、そうデス、ハイ」


「……でもベト、処女だとかなんとか」


「しょ――うじょ、そう、少女って言ってたんだよ、女の子って」


「少女なのかって、今さら訊くことでもないというかこの場面で訊くことではないような……」


「世の中難しいことがいっぱいあるんだよ、大人になればわかるさ」


「そう……です、か?」


 苦しかったが、ここは押し通すことにする。

 さすがに色々経験して、真っ白な純潔さを保つことは難しくなりつつあったか。


 僅か14歳の乙女が処女がうんぬんだとか知らなければならないとか世も末だったが、たぶんマテロフ辺りだな、なにげに耳年増だからなあいつも、うん知らんが。

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