Ⅹ/雷
「――ウラァ!!」
楽しい気分で剣を盾に、叩きつける。
ガィン、とイイ音がした。
その勢いを利用して後ろへ跳び、間合いを開けた。
息を、整える。
余裕が、少し出てきていた。
戦えている。
あの伝説めいた武人と。
その事実が気持ちを高揚させていた。
傭兵といっても所詮は男、剣士の端くれ、こんな子供じみた気持ちも残って――
「なるほど」
ふとした、それは呟きだった。
一瞬なんのことなのか、把握できなかった。
「は? ていうか……あんたが、喋ったのか?」
死闘の最中だというのに、つい声を掛けてしまった。
ハルバルトはフッ、と剣を横に振った。
そして盾を地面に、放り投げる。
ガラン、ガラン、と喧しい音が響き渡る。
――なにを?
「貴公の技量、敬意を表すに値すると、判断させてもらう」
そしてブロードソードを、両手で握り直す。
――両手持ち、だと?
たらり、と冷や汗が垂れる。
「お……おいおいそりゃ、どういう塩梅だよ?」
常識として。
ブロードソードを装備する場合、今までのハルバルトのように利き腕とは逆に、盾を装備する。
というか剣士は、普通片手に盾を持つ。
誰だって死にたくはない。
盾が無ければ、受け手が無い。
だから自分みたいな頭のネジが外れてるような人間か、どこか勘違いしてる力自慢ぐらいしか両手剣なんて使わない。
それがわざわざ盾を放棄して片手剣を両手で持つなど、ベトはお目にかかったことはおろか聞いたことすらなかった。
どういうつもりだ?
ハルバルトはゆらりと、陽炎のように立っていた。
「私の剣は、通常のものにアレンジを加えてあってな。遠い異国の剣術をブレンドしたものを使っており――試して、みるがいい」
瞬きをする刹那も、無かった。
雷が、落ちてきた。
「――――なァっ!?」
鮮血が、吹き出した。
首筋が、燃えるように熱い……!
「あ、が……くっ、ぅうう……!!」
壊れたポンプのようになった首筋を、抑える。
ドクドクドク、と心臓が高鳴る。
やられた、どこだ、首筋、急所、頸動脈……!?
血が零れ過ぎて、どこがやられたのか、わからない、血が、止まらな――
真横から、雷がきた。
「ハッ、あ――!!」
生体反射で身体を引いたが、鎧が裂かれ、またも血が飛び散る。
今度は深さこそ一撃目ほどではなかったものの──もはや避けきれないことは間違いないと、証明されてしまった形となった。
盾が欲しい、と生まれて初めて思った。
ルベラータとやりあった時ですら、思わなかったのに。
「ぐぁ、あ……」
片膝を、つく。
真上から、"剣王"が見下ろしているのを感じていた。
その瞳には、阿修羅が住んでいるのかもしれなかった。
「――――」
もはや、なにも語らない。
終わった。
気のせいだった。
"剣王"は、やはり庶民には手の届かない存在だった。
勘違いには、神の裁きを落とされてしまった。
わりぃ、アレ。
こんなオバさん、やっぱほっとけばよかったぜ。
そして無慈悲に、みたび雷が落とされたのを感じる。
懺悔する暇もない。
厳しい。
アレ。
最後に思うのが女だというのが、なんとも女々しいとベトは笑みを浮かべた。
キン、という硬い音。
なにが起こったのか、まったくわからなかった。
「……まだ足掻くか、若人よ」
なにを言っているのか、まったくわからなかった。
さらに剣戟が響く。
誰が戦っているのか?
見ると、自身の右腕が動いていた。
止まらない出血で、もう全身が濡れそぼっている。
敵を倒してこうなることはよくあったが、自身の血でこうなることはルベラータ以来だった。
温かかった。
それで、少し眠くなってきた。
もう戦うのも面倒だし、ゆっくり休んでしまいたかった。
キン、キン、と剣戟が耳元で響く。
なぜ右腕は、それでも剣を動かし続けているのか?
「――その投げない心意気や、あっぱれ」
ハルバルトはただ真っ直ぐに振り下ろした一撃を弾かれたあと、まるでじゃれつくようなこちらの剣を生真面目に受けていた。
避けて、一撃入れれば終わるというのに。
それでこのみっともない戦いも、
「――死ねない」
誰かが、呟いていた。
「ほう?」
「死ねない、死なない、死ぬわけには、いかない……約束が、あるんだ……あの子を守ると、誓った……オレが、死んだら、あの子も――
生きるん、だ」
勝手に動くその右腕に――想いを、込めた。
「ベト!」
誰かが自分の名を、呼んでいた。
途端に――剣が、閃いた。
「ぬぉっ!?」
初めてハルバルトの、人間らしい呻き声を聞いた気がした。
視界の端に映るハルバルトの姿が、遠くに消えていくのを見た。
なにが起こっているのか、まったくわからなかった。
ただ、意識が落ちていった。
限界を、完全に越えてしまった。
消えゆく視界の中で、ただ思った。
死にたく、ない。
奇跡を見た、とレックスは思った。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!!」
レックスは必死の想いで、森の中を馬で駆けていた。
その背には、ベトが背負われている。
後ろには、アレも乗っていた。
速度は相当に上がっており、その上に乗る三人は激しく上下に揺さぶられている。
「ハッ、く、かっ、あ……!」
息が乱れる。
心臓が高鳴る。
それは疲労以上に、先ほどの光景が目に焼き付いてのことだった。
ベトはもう死んだ、と確信していた。
「ハァ、アァ、はっ、く……!」
あのハルバルト=ディアランの剣が遂にベトの肩筋か首筋かわからない微妙なラインを捉え、そして鮮血が飛び散った。
いいやそれはもはや弾けたといって差し支えないレベルのものだった。
さらに追い打ち。
膝をついた。
もはやそれは、致命傷に思えた。
助けに行こうとは、どうやっても思えなかった。
自分一人助太刀したところで、なにが変わるとも思えなかった。
だから自分はベトにトドメの剣が振り下ろされるのを、ただ眺めていた。
薄情なようだが、しかしそれが傭兵という在り方だった。
こんなところで情に流されるようじゃ、命がいくつあっても足りやしない。
心の中でアバヨ、と別れの挨拶はしておいた。
その時だった。
「ベト……」
叫んだわけじゃない。
語りかけたわけでも多分ないのだろう。
微かに、呟いたに過ぎない。
ほぼ同時にベトの剣が、ただ真っ直ぐに振り下ろされたハルバルトの剣を、跳ね退けた。
「…………は?」
そしてじゃれつくように、剣を振り回す。
それにハルバルトの勢いは、殺がれたようだった。
正直、無様だった。
無駄な足掻きもいいところ。
自分は決して取らない選択であり、ベトも同じタイプだと考えていたからその想定外の事態に、レックスはただ目を白黒させ動向を見守るしか出来なかった。
そして――
「ベト!」
それはきっと、呼びかけ――声援、だったのだろう。
ベトの剣が、急加速した。
「ぬぉっ!?」
それで――その時の光景に、レックスは己が目を疑うこととなる。
あの"剣王"が受け太刀ごと、吹き飛ばされていた。
「な……っ!?」
身を、乗り出す。
あのハルバルトが。
軸を乱すとか、体勢を崩す気配すらこれまで見せてこなかったというのにグラつき、のけぞり、しかし勢い止められず両足から砂埃を舞わせ、その姿は既に小さく見えるほど──つまりは悠に10メートルは越えて、なお遠くに、圧されていく。
レックスの危機回避能力が、ブザーを鳴らす。
「! ベトォてめぇ!!」
一気、茂みから跳び出す。
そして倒れ込むベトを担ぎ上げ、主がいなくなった跳ね橋を、それこそ全身全霊で駆け抜けた。
後ろは一切、振り返らない。
渡りきったそこに繋いでおいた馬に飛び乗り、そのまま走らせようとしたところでアレとエミルダの存在を思い出し、うわやべえと一回だけ振り返ろうとするとすぐ後ろに必死で走ってついてきているところを見つけたから飛び降り有無を言わず摘み上げ自身はその後ろに跨り体勢もぐちゃぐちゃのまま、急発進。
ガッタンゴットンわーわーきゃーきゃーの騒音と悲鳴が巻き起こる中、レックスは夢見心地の中にいた。
信じられない。
あのハルバルトを──出し抜いた?
「おっ? と――あァ!」
それからずっとめいっぱい飛ばし続けていたせいか馬の足元がヨロ巻き始めたところ、現れた足元の大きな石に躓き、レックスは地面に投げ出された。
続いてベトも、まるで荷物のように転がっていく。
頭を打ち付けたレックスはそこを押さえながら、そちらへ駆け寄る。
「ッ……お、おいベト!」
「ったい! たいたいたいたい痛いですよレックスさん……」
「おいててて……なんて乱暴な乗り方をするんだい、あんたは」
一緒に投げ出され、盛大に尻餅と頭を打ち付けたアレとエミルダは一旦放置。
そんだけ文句言う元気があれば上等。
倒れ込むベトの様子を確認して──レックスの血の気が、引く。
ベトの顔色は青を通り越し、真っ白になっていた。
それとは対照的に、首から下は溜め池にでも漬かったかのような真っ赤に濡れそぼっている。
絶望的な、出血量。
このままだと絶対に、死んじまう。
「! ベ、くっ」
声を掛けようとして、それを留める。
僅かな振動でも、出血量が増しそうで恐ろしかった。
レックスは歯を食い縛り、服の袖を千切り、止血を――
「ベト……」
その目の前に、小さく真っ白な手の甲が、現われる。
「……アレ」
レックスの呼びかけにも、アレは反応しない。
ただどこか虚ろな瞳でベトを見つめ、そして手を翳している。
その先、首と肩との間に刻まれた深く深い斬り口が、徐々に、徐々に──"塞がっていく"。
「…………」
二度目のことだとはいえ、レックスは自身の目が見開かれることを止めることは、出来なかった。
離れていた傷口の皮膚と皮膚が、肉と肉が、まるで個別の生き物のように蠢き、近づいていく。
まるで化け物のようだが、それはベトの身体が行っていることではおそらくはなく、この目の前の――
「…………」
ドクン、ドクン、と心臓を脈打たせながら、レックスは顔をあげた。
アレは、なにかに憑かれているかの様子でただ手を翳すばかりだった。
微動だにさえしない。
そうこうしているうちに傷口は完全に塞がり、そして出血までも、止まった。
同じだった。
あの時と。
ルベラータとかいう"剣豪"とな呼ばれている化け物とやって、右腕を持っていかれて、瀕死で、というかほとんど死んでいたあの時と、それはまったく同じ状況だった。
魔の、所業。
魔女。
ふたつの言葉が、立て続けに浮かんだ。
「ベト」
もう一度白痴のように繰り返し、そしてアレはその場に膝をつき、こちらにしなだれかかってくる。
突然のそれなら前回のように驚き戸惑い振り解くところだが、二回目なら受け止める余裕も出来ていた。
なにせ――
「くぅ」
気を失うように、アレは眠っていた。
まるでなんらかの力でも、使い切ったかのように。
「…………」
その姿に、レックスは釈然としないものを感じながらも、アレの首根っこを掴み、おかげで峠を越したのか安らかで喧しい寝息というかイビキをかきだしたベト(バカ)は肩に担ぎ、ただただ戸惑う存在感を無くしたエミルダ(オバサン)を促し、馬に跨った。
謎や疑問やシコリは残るが、しかしレックスは捨て置いた。
ウダウダ考えるのは、レックスの性分ではなかった。
そういうのは頭がいいやつがやることだと割り切っていた。
とにかくレックスが思うことは。
まったく都合のいいハッピーエンドだざまぁねぇぜ、この野郎。




