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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
救済 -rescue-
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Ⅸ/無意識の一撃

 集中力は、限界まで高めていた。


 それゆえ、周囲の風景はピントがボケたような状態になっていた。


 しかしわかった。


 理屈では、それが頭のてっぺんからつま先まで薄汚れ切っている斑らな灰色という特異な外見だったし、感覚的にはやっぱりかという嫌な予想が的中したという、それ故だろうと。


 視界の端からヨタヨタと、その白い陰――アレ=クロアは、出てきていた。


 頭、真っ白になった。


「――な、」


 剣圧。


「とっ、ぐぅ!」


 みたびに及ぶ、真っ直ぐな打ち込み。

 永年の経験により、身体の方が反応してそれを受け止めた。


 膠着、恐怖に背筋が総毛立つ。

 先手を打っても後手に回っても押しても引いてもその上をいかれ、こちらの寿命が縮められ、もしくは命が掠め取られる。


 次の一手が恐ろしくて恐ろしくて仕方ない。


 どうなる?

 どうくる?


 オレはどうしたら一番良い?

 どう行動するのが、一番の――


「銀の、魔女」


 ズグン、と身体が脈打った。


 見ると、剣王の視線は左手の――先ほどまで自分が見つめていた箇所と同じ地点を、向いていた。


 黒い感情が、胸の内で渦巻く。


「お、おい……」


 声が、震えた。

 ハルバルトは――心が凍りつきそうな冷たい瞳を、向けてきた。


「貴公の傍にいるというソレが、あの娘かね?」


 カッ、と目を見開く。


「てめぇっ!」


 剣を打ち払い、そして瞬時に叩きつける。


 その一撃は、ようやく相手に盾を使わせることをよしとした。

 金属と金属がぶつかり合う、歪で心臓にくる音が響き渡る。


 巨大な盾の影から、冷たい瞳が覗き込んできた。


「ほう……いや素晴らしい打ち込みだな」


 聞いちゃいなかった。


「てめぇアレ=クロアに手を出しやがったら、ブッ殺してやるからなァ!!」


 盾の上に打ちつけた剣をそのままに身体を右手に反転し、遠心力をたっぷりつけ全体重を込めて――


「アァ!!」


 それも再度、盾で防がれる。


 微動だにしやしねぇ。

 くそったれが。


 さらに身体を回し、袈裟に打ちつける。

 ガギン、と耳が痛い。


 逆袈裟、ゴギン、当たらねぇ。

 横薙ぎ、バギン。

 当たらねぇ、横薙ぎ、当たらねぇ、横薙ぎ、当たらねぇ、唐竹割り、当たらねぇ。


「くそっ!」


 点が、迫ってきた。


「っ!?」


 咄嗟に仰け反り、そのまま倒れ、顎先を掠めさせはしたもののなんとかその鋭い突きを、回避。


 勢いをつけ後方に転がり、四つん這いとなり、猫科の獣のように、跳びかかる。


「らアア!!」


 盾の上から剣を、叩きつける。

 ようやく微かに、ハルバルトの膝が曲ったのを、見た。


 そこへ美しい軌跡を描き──横薙ぎが、襲ってきた。


 身体は、宙空。

 回避する、術は無い。


 一瞬だけ諦観が、頭をよぎった。


 ――ここでオレが死んだら、アレはどうなる?


「う……うわああああああ!」


 理屈など考えず、左膝を伸ばし、つま先を突き上げ――聖剣の腹を、蹴り上げた。


 跳ね上がられた自身の剣に、ハルバルトは目を丸くし――それ以上にベトが、驚いていた。

 こんな無謀で危険でムチャクチャな回避法、初めてやった。


 それが成功したことでまた訳がわからなり、頭が真っ白になる。

 だから――


 キィン、という澄んだ金属音。


「っ」


 無意識の、一撃だった。


 ほとんど力は込めなかったその横薙ぎの剣が、初めてハルバルトの鎧の脇部を、捉えていた。


「――っ、く」


 一瞬呆けていた頭を即正常に戻し、ベトは一足飛びに後方へと距離を開ける。


 ハルバルトは追撃、してこなかった。

 ただ佇み、じっとこちらを見つめていた。


 心臓が別の意味で、ドキドキしている。

 なんだ?


 今の感覚は、いったいなんなんだ?


「……やりおる」


 初めて感情が滲んだ、それは言葉だった。

 だからベトも、らしい笑みを浮かべた。


「……恐縮、至極。いやたまたまだ、あんま気になさんな」


「そういうわけにもいかんな。いやしかし本当に、一撃を入れられたことなど思い出せないほどに久方ぶりなことよ。くくっ……死んでいたな」


「まさか」


 まさかだった。


 今のは殺気も力も腰も入れず、あくまで無意識に振るわれた一撃だった。

 だからこそ虚を突くことも出来たというもの。


 逆にいえばそんな一撃では死ぬどころか、鎧にかすり傷ひとつつけることすら出来はしないだろう。


 くく、ハハ、と笑い合うと、なんだか仲間にさえなった心地だった。

 お互い剣に狂った者同士、やはり通じるところがあるか。


 しかし一瞬の、それはやり取りだった。


「しかし、あの娘が現われた途端、貴公の剣は冴えを見せたな。なにかね、あの――魔女に、誑かされたか?」


「かもな」


 素っ気なく答え、ベトは剣を構え直した。


 手に、力がこもる。


 手出しさせねぇ。

 ここで止める。


 剣王がなんだ。

 聖王騎士団団長がなんだ。


 聖剣がなんだ。

 ンな骨董品、オレが引導を渡してやる――


「――良い目をしている。もう、なにも言うまい。来るがいい」


 カッコつけてんじゃねぇ。


 ベトは言葉の終わりと同時に突撃、刺突を見舞った。


 今度のそれは首を捻ることで躱され、カウンター気味に袈裟斬りが飛んでくる。

 お返しとばかりにこちらも今度はそれを頭を下げて紙一重で躱し、胴に横薙ぎ――


 ギィン、という響き。

 盾に防がれた、それを合図とするようにベトは再度間合いをとった。


 戦えている。


「――――」


 息も、乱れていない。

 不思議な感覚だった。


 なぜだ?

 先ほどまでは一方的に命を搾取される側の立場だった筈。


 なぜだ?

 それはまるで狩る者と狩られる者の立ち位置。


 なぜ兎が、オオカミと噛み合えるのか?

 理由は――


 その瞬間。


 ベトの脳裏に、子を庇う親兎の姿が浮かんだ。


「――シッ」


 踏み込み、斬りつける。

 盾に防がれる。


 続いて、連撃。

 キン、キキン、と子気味いい音が流れる。


 再度の鋭い斬撃。

 目と鼻の先で、死が通り過ぎていく。


 不思議と恐怖が、薄い。

 その理由を、どこか納得できいる自分が、滑稽だった。


 オレが――


 親か?


「くくっ!」


 耐えきれず、笑みを溢してしまった。

 そして笑いながら、再度の斬撃。


 盾で防がれるが、失望はほとんどない。

 どうせ勝てる見込みなどほとんどない相手だ。


 有効打撃など望むべくもない。

 まともになんて、とてもやってられない。


 ただ離れた場所から、ガンガン打っていられればそれでいい。


 きっと前の自分なら、とっくに剣ごと断ち割られていた事だろう。

 それほどまでに"剣王"の打ち込みは、重い。


 だが今の自分は、格好など気するつもりはない。

 無様でも、姑息でも、相手にペースを掴まれようが、ただ死ななきゃ、それでい――


 そこまで考えて、ベトは自身の異変に気がついた。


 ――死ななきゃ、だと?


「ッ!?」


 一瞬の隙に、ハルバルトが打ち込んでくる。

 それを受け止め――フッと力を抜いて相手の力に逆らわず下がって、そして回り込み、剣を振るった。


 無理に、力任せにではなく、あくまで力が流れる方向に、自然に。

 盾は、間に合わなかったようだ。


 剣は、ハルバルトの肩当てを打ち――弾き飛ばした。


 正直、打ったこちらの方が、ポカンとしてしまった。


「――ぬんっ」


「!? っと、たっ、あ!」


 再度襲ってきた突きを、しゃがみ込んで回避。


 前髪を何本か、持っていかれた。

 呆けている余裕など無いというのに――なぜなのか?


 今までの自分なら、死ななきゃどころか、死ぬことを求めて戦場に赴いていた。

 その筈だった。


 その自分が、死ぬことさえ回避できれば、などと――


「ははっ」


 笑ってしまう。

 無論先ほどまでの恐怖が毛筋ほども無くなったわけではないのだが、現状の滑稽さに、どうしても笑みが隠せなかった。


 信じられなかった。

 自身が、威嚇、もしくは油断を誘う目的以外で、戦闘中に笑みを浮かべることがあるなどと。


 相手を殺す為ではなく――誰かを守る為にこの剣を振るう時が、訪れるとは。

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