Ⅷ/剣の王
隙を、探していた。
一瞬でいい。
一瞬の隙があれば、逃げおおせてみせる。
ベトは必死だった。
だが無かった。
どこにも。
隙など。
生きてここを脱することが出来る、そんな道など。
「だが、そうなると事実のようだな。確か世間でいえばルベラータのふたつ名は、"剣豪"だったか。となると気に入らないふたつ名の代わりに、貴公がそれを受け継いでみるか?」
ふと気がついた、なぜ自分が今回のミッションをSSSと評したのか。
現最強と謳われる聖王騎士団を投入してもなお成功率が半々にも及ばないなどと、ランク付けたのか。
当たり前だった。
国家事業ともいえるこの一大事、そんな国最強戦力である騎士団が全く投入されないなどということがあるわけがないということを、どれだけ現実から目を背けようとも頭の片隅から消し去ることはできなかった、というそれだけのことだった。
「へっ、そんなの身にあまり過ぎる光栄だし――」
チラリ、と肩から先が無い左腕に目をやる。
「片腕を、持っていかれた。というよりあの勝利は、向こうからこちらに譲っていただいたようなものだ。ぜんっぜん、勝っちゃいねぇ」
もしあの一撃がこちらの脳天を狙ったものだったなら、自分は相手に傷一つすら付けること叶わず、絶命していただろう。
見事、と最期に呟いたその胸中は、わからない。
だがそれは単純な一枚岩でなかったことは、間違いないのだろう。
それにハルバルトはふむ、と嘆息し、
「なるほど」
ゆったりとした動作で、騎馬を降りる。
心臓がバックン、と喧しい音を立てた。
同じ土俵に、立たれたと思った。
だが動けない。
相手との距離はまだ4、5メートルはあるというのに、それは既に、間合いだった。
パサパサに張り付く喉でなんとかかんとか唾を嚥下して、そしてベトは剣に手を、かける。
先程までは軽く、手にも馴染み、体重も十二分に乗せられる素晴らしく扱いやすい頼れる相棒だと感じられていたソレが、酷く頼りない、子ども騙しの玩具のように感じられる。
気の迷いだ。
ひとつ気合いを入れて、抜き、放つ。
それに呼応するように、ハルバルトも声も無く剣に手をかけた。
向こうの気にあてられた形になったが、ひょっとすると抜かなければ戦闘を回避できたかも――などという希望的観測にも、走ってしまう。
我ながら情けない。
そしてその刀身に、ベトの目は釘付けになる。
子供でさえ、おとぎ話に聞いたことがある。
聖王騎士団団長が持つという、その愛剣。
唯一無二といわれる、至高の名刀。
あれが――
「あれが……碧き聖剣、ルミナス」
その実態に、ベトは舌打ちする。
「――なにが青、だか。むしろなんの色や飾り気すら無い、どこにでも売ってるような当たり前の普通の、ブロードソードじゃねぇかよ」
小声の呟きはハルバルトに届いたのか否か。
気負った様子も無くそれを右手で正眼に、左手はラウンドシールドを脇に、構える。
それも基本中の基本過ぎる、ありきたりなものだった。
武器の性能に頼らず、奇策に走る必要もない。
超大型のグレートソードから、変わり種のスクラマサクスに転身した自分に対する、嫌味のようにすら感じられた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」
それに当てられるように、ベトは無意識にギオゾルデを前方に、構える。
ただ、一言。
「いざ、尋常に」
気負いもタメもモーションも、一切無かった。
気がつけばハルバルトの姿が、巨大化していた。
「いッ!?」
ほぼ条件反射的に剣で、受け止める。
身体が、激震した。
「な、ン――んんんんんんんっ!?」
その勢いで、ベトの身体が後ろにゴリ押されていく。
単純な重さ、スピードだけではない。
軸がミリ単位でズレず、重心が恐ろしいまでに下がっているための、それは究極とさえいえる業によるものだった。
「だッ、こ、りゃァアアアアアアッ!!」
それを勢い任せに、跳ね上げた。
「ほう?」
さして驚いた様子もなく、ハルバルトは跳ね上げられた剣を落ち着いて戻し、再度構え直す。
「ッ……く!」
ベトは勢いに押されて仰け反っていた体勢そのままに後方回転することによって、着地。
「……ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ!」
相対するハルバルトと5メートルの距離をとり、睨みつける。
たった一度の手合いで、ベトは確信していた。
最も苦手とする類の、剣士だ。
「っ……ぐ、ぐぉおお!?」
休む間もなく、次なる打ち込みがくる。
それをベトはただ、一方的に受け太刀するしかない。
無様に、モロにその圧力を受ける。
歯を食い縛って堪えたところで、なぜかフッと力が消え――袈裟から剣が、振り下ろされる。
「く、あ――っ!」
息を止め、頭を下げて回避。
同時に再度打ち込み、それをまたも受け太刀――今度は弾き、飛ばされる。
「いっ!?」
3メートルくらい宙を舞い、
「……ぐっ、あっ、づ、でぇええ!?」
都合4度も体中を打ちつけ、
「――――えっ!!」
最後に顔面をぶつけ、その勢いで身体を跳ね起こし、構える。
鼻血がボタボタと垂れ、体中の擦過傷が痛くてのたうち回りたかったが、そんな場合じゃない。
向こうに立つその表情からは、敵であるこちらがこれほど無様な醜態を晒しているというのにそれを蔑んだりどころか気にかけている様子の欠片も、見て取れなかった。
やり辛い。
「…………っ」
ベトは直感的にそう思う。
別にそれは蔑まれたりバカにされるのが好みだという意味ではなく、驕りや油断や感情の揺らぎが全く感じられないというそこ。
ベトは基本、敵の虚を突く戦いを得意としている。
軽口も、飄々とした態度もその一環でもある。
予想外のタイミングで意外な一手、相手は心の準備もなくあの世へ。
そうでなければ人類最大の急所のひとつでもある首を、そう易々とはこちらに渡してなどくれやしない。
すべてはその為の大剣でもあり、軽装でもあったのだ。
しかし目の前に立つ男はどこまでいっても、基本だった。
「っ!?」
またも、正面真っ直ぐの打ち込み。
そこまで身体の中心ド真ん中を狙われては、こちらとしてはただ受け太刀するしか手立てがない。
鍔迫り合い。
そしてそこから――
「くっ!」
先ほどのように引かれては厄介だと、ベトは逆にタイミングを見計らい、下がった。
ピタリ、と追いすがってくる。
「な!?」
「ぬん」
突き、喉への。
「――ひっ」
生涯初ともいえる情けない悲鳴を漏らし――血が、弾けた。
文字通り皮が、向こうに流れていった。
ほんのコンマ数秒の世界だ。
それだけの瞬間に勝敗――というより生死が、決する。
思考が、弾けた。
「う……うわああああああああああああ!!」
激情に駆られ、ギオゾルデを力任せに遠心力を効かせて斜め上から、叩きつける。
ようとした。
しかしそれは僅かに半歩、身体を切っただけで躱される。
「な…………」
盾を使わせることさえ適わず、行き場を失いたたらを踏む身体。
そして正眼から、ガラ空きの顔面に、綺麗な軌跡を描いて、聖剣が――
「ほぁっ!」
それにこちらも剣を振り回した勢いそのままに一回転、なんとかその軌道から逃れる。
今度は前髪と――まつ毛が数本、持っていかれる。
一太刀ごとに、寿命が数年づつ持っていかれる心地。
「は――くっ!」
回転を止めずそのまま勢いをつけてバックステップ、さらに2歩、3歩と跳んで約7、8メートルの距離を取って、構え直す。
警戒していたが、今度は無理に追い縋ったりはしなかったようだ。
隙がない。
やはり、どこまでも。
どくんどくんどくん、と心臓が早鐘を打っている。
マズイマズイマズイ、と警鐘を鳴らされているような心地だった。
ルベラータとやった時にも勝てそうにない感じは嫌というほど味わっていたが、今回のこの絶望感に比するものではなかった。
強い、桁外れに。
それは間違いないし、正直わかってもいたつもりだった。
しかしそれ以上に、相性が悪い。
最悪に近い。
このままではこちらの持ち味は発揮できず、なにも出来ないまま、首ちょんぱだ。
手に汗が、じっとりと滲む。
ちらり、と脇のエミルダを確認しする。
その瞳は戸惑いを越え、なんというか表現しづらい表情を成している。
呆けているのか、呆れているのか、もしくは怒ったりしているのか?
どうでもよかった。
どうでもいいというのに、なぜこの刹那の戦いの最中、自分は気にしてしまったのか?
それがわからず、そして一瞬のそれを越え、再度ハルバルトに視線を移そうとした――その時。
「――――アレ?」
この場で見えてはいけない人影を、見た気がした。




