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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
救済 -rescue-
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Ⅶ/悪夢

 それで、会話は終わった。

 必要ないと言えばその通りの、戯れともいえる内容だったが、しかしそれを省くべきだったかとはベトは思えなかった。


 悪くない。


 そう結論付け、指示に従い突き当たりを左に曲がると、一気に視界が開ける。


 目的地である正門前広場に、辿り着いた。


 それにベトはホッと一息、どうやらエミルダはギリギリのところで嘘は吐かなかったようだ。

 正門前ということで戦況は混乱しており、さらに割かれた人員もそれほど多くはない。


 いける。


 ベトはその隙間を高速隠密移動により潜り抜け、エアスポットのように手薄となっている跳ね橋の前までたどり着き、そのまま間をおかず脱出を――


「来たか」


 悪夢だった。


「ウソ……だろう」


 それにベトは足を止め、エミルダを取り落とす。

 その事態にエミルダは両足で着地。


 しかしその眼はベトと同様、その向かう先である跳ね橋の上に、注がれていた。


 まさか。


「待っていたぞ」


 騎士がいた。

 ただ、一騎で。


 今度のは確実に、敵だとわかる相手だった。

 なにしろその相手の名を、ベトは知っていたからだ。


 いやそれどころかこの国にいて、その名を知らぬ者はいないだろう相手だった。


 出来れば一度たりとも、相対したくはない相手だった。


「聖王騎士団、団長……」


 意図せず、ベトは呟いていた。


「ハルバルト=ディアラン」




 同時刻、跳ね橋にはベトの協力者たちが集まってきていた。


 ベト側の連絡役が、エミルダの救出成功及び正門前広場への到達確定を、各隊に通達。

 それを受けた面々がベト同様、戦闘離脱を開始。


 しかしその全隊が正門前広場到着後、跳ね橋からの通常脱出を断念。


 代案として、持っていた場合はロープを対岸まで繋ぎ、それを伝って乗り越えようと試みたり、その場になんとか隠れる場所を探したりこさえたりして急場をしのごうとするなりの、方針転換を余儀なくされていた。


 当然それは危険と困難を極めていたが、跳ね橋を利用するよりかは比べようもないほどにマシと思われた。


「マジかよ……なんっでハルバルト=ディアランが、こんなとこにいんだよ……!」


 そのうちのロープによる文字通り綱渡りの脱出に成功し、対岸から他の隊の様子を見守ろうとしていたレックスが、歯ぎしりして呟く。


 隣にいるアレは自らの手を握りしめ、ただハラハラとそのふたつを見比べている。


「あ、あの、レックス、さん?」


「なんだよ、聖女さま?」


「いえそれやめてください……あの、まずは助けていただいて、本当にありがとうございました」


 両手を添えて、ぺこりと頭を下げる。


 緊張感のないそれに、レックスは肝を抜かれる。

 硬直した後頭をガリガリかき、


「――いや、助かったのは俺たちの方だな。実際こうして命があるのも、俺たちの大部分が、無事に生き残れたのも……」


 レックスは思い返す。


 その時。


 アレを囲む兵の数は、遂には200近くにまで及んでいた。


 それは当初予定していた数の、ザッと10倍強にまで達してしまっていた。

 それは余りにも、うまくいき過ぎた結果だった。


 文字通り、蟻の子一匹通る隙間もない。

 これでは元々の作戦である、隙を見て掻っ攫う真似も出来はしない。


 敵の手を封じることは出来たが、万事休すに等しかった。

 アレはここで捕まり、まず間違いなく殺されるだろう。


 そして自分も、それを看破など出来ず、殺される。


「…………」


 レックスは巨大な祭りのような様相になった裏庭を、その側の丘の上から無感情に眺めていた。


 どうせ一度死んだ身だ。

 あの時、城の中でアレの魔法に助けられていなければ、ここにこうしていることも出来なかった。


 いい夢を、見れた。

 その最後の、篝火なのだろう。


 レックスは立ち上がる。

 ベトが首尾よくいったという報告は、既に受けていた。


 味方は既に大部分が撤退を始めている。

 それが済めば、巨人が正気を取り戻す。


 すれば、危険度は一気に×10に跳ね上がるだろう。

 たとえ今の生存確率が、0てんなんなんパーセントであるとしても。


 それでも今動く方が、ほんの僅かでも、マシ。


 夢の、終わりだ。


 レックスは斜面を、駆け降りる。

 心臓がバクンバクンと早鐘を打っていた。


 死ぬのは、怖くない。

 だけど死んだあと、ベトがどんな顔をするのか、アレが泣いてしまわないのかが、気がかりといえばその通りだった。


 斜面を、下り終えた。

 ほんの僅かな、覚悟の逡巡。


 レックスは息を吸い、そして叫んだ。


「おいてめぇら今すぐアレ=クロアを……!」


 言い切ることは、出来なかった。


『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 同時そこに、想像だにしていなかった大混乱が起巻き起こったからだ。


 自分が叫んだ、というより叫びかけたその声に呼応されたように、一斉に乱戦が、始まっていた。


 わけがわからなかった。

 その場の全員がこちらを向き、矢でも槍でもびゅんびゅん飛んでくるならわかるが、なぜそっぽを向いて、よりにもよって同士討ちを――


 ピン、ときた。

 同時にまさか、と考え直しかけた。


 そしてレックスは、"それ"を見た。


「な、……お、おいおい?」


 その事実に、口元が緩むのを抑えきれなかった。


 奴らが戦っていたのは、同士ではなかった。

 奴らが戦っていたのは、城を守る兵士たちではなかった。


 奴らが戦っていたのは、自分たちの仲間である──傭兵たちだった。


「――ったく、いつの間に潜り込んだんだよ、お前ら」


 へらへら笑いながら、その乱戦にレックスもよたよたと混じっていく。


 みな、目の前の戦いに夢中で、途中参戦してきたレックスに気づく様子はない。

 ドタバタと土埃が舞う中、レックスは乱戦の中を進む。


 見たところ、混じっている傭兵の割合は全体の四分の一というところ。

 だが数で多少負けようとも、一枚岩の気合いで押しているのはこちら側だった。


 ベトは進む。

 狙いは、中央。


 土埃の中でも隙間が出来ている異質な空間だった。

 ひと際激しい剣戟が聞こえる。


 まだやってやがる。

 レックスは笑みを作った。


 刃が鎧を斬り裂く音が、聞こえた。


「ハッ。はっはっはっはっ……ば、バカが! 最初から邪魔しなけりゃ、死んだりすることもなかったのによ……! へへ、へへへっ! これで、これで俺が魔女を、魔女を退治し――!!」


「悪いな」


 そしてレックスたちはこうして安全地帯まで逃げ仰せ、対岸まで辿り着くことが出来た。


 兵士たちを隠れ蓑に凌いだおかげで、傭兵たちの被害も相当数抑えられた。

 まさに聖女さま様々といったところ。


 しかしまさかここでハルバルトが出張ってくるとは、予想外もいいところだった。


 もうここからでは、どうしようもない。


「くそっ! なんだって跳ね橋の上を……普通処刑が行われる、場外の大広場だろ? 要人も多数集結してるだろうし、観衆の数は半端なく、隠れたり潜り込める場所も隙間も数限りない……襲撃があるとしたらそこだと思うだろ普通? ただの侍女助けても意味なくて、普通は要人襲撃とか掻っ攫うだとか……それが、なんでだよッ!!」


 ベトの場合単独によるエミルダ救出という最重要難度の任務を負っていたが故、こうしてここにたどり着くのも奇跡的な自分とは違った意味の綱渡りだっただろうし、その道先を確認せずに自らの姿を晒し、そして逃げ場を失ったことを責められる者は、いないだろう。


 レックスは怒りに任せて握りこぶしの底を地面に叩き――付ける直前で急停止させ、そして音も無く着地させる。

 先ほどの啖呵も勢いはあるが、声量は最小限に抑えられていた。


 ここで見つかれば、自分もアレも終わりだというのは充分に理解している。

 そこはさすがの傭兵生活が長い、冷静な判断力だった。


「え? え、え?」


 アレはレックスの狂乱ぶりに、ただ顔をあっちにこっちにと振るだけだ。

 その境遇を聞けば、知らないのも無理はないのかもしれない。


 だがそれも信じがたいと言えばその通りだった。

 それほどの、相手は大物だった。


 最後の最後に全てが失敗、瓦解したことを、レックスは確信せざるを得なかった。




 ドクン、ドクン、と心臓が脈打っている。


 剣を握る右の掌が、じっとりと濡れている。

 喉が、カラカラに乾く。

 水が欲しい、と思ったりした。


 目の前に立つ男は、決して大柄ではない。

 体格も、極めて標準的だといって差し支えない。


 そして装備も、先ほどの赤騎士と比べるとまったく平凡で、それはもう凡兵と間違えそうになるほどだった。


 違いは、三つ。


 その深い皺が刻まれた、白髪白髭の相貌。

 この戦場において、最初から兜は放棄していた。


 その鎧の胸の真ん中でひときわ目立つ、宝玉を抱いた大鷲の紋章。


 そしてその、剣圧。


「貴公が、」


 ゆったりと、騎馬をこちらへ向ける。


 騎馬にも鎧などつけられていない。

 その動きに一切の気負いは、見られなかった。


 おそろしかった。


「貴公が我が盟友ルベラータ=ワッサムを倒した、"首切り公"かね?」


 穏やかな、落ち着いた声色だった。

 まるでひとに道を尋ねる時のような。


 それが、恐ろしかった。

 この、血まみれの戦場で。


「……光栄だね。"剣王"ハルバルト=ディアラン殿に我が恥ずべき汚名をご存じいただいているとは、ね」


 声が微かに震えるのを、抑えることが出来なかった。

 まるで初陣の若者。

 恥ずかしい限り。


 足らない唾をなんとかかなんとか、嚥下する。


「聖王騎士団本隊は、こんな下らない軍務に参加するわけないとは思っていたが――さすがに団長殿は、配備についていたわけですか」


 のちの言葉には、ハルバルトは応えなかったようだった。


「不相応なふたつ名だ、私は好かんよ」

「奇遇だな、オレもだ」

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