Ⅵ/王位継承者
「……おまえ?」
鬼が、眉をひそめる。
目の前の人間が何者か、わかっていないようだった。
当然と言えばその通りのリアクション。
彼は人前には、めったに姿を現さない。
かく言う自分もお目通りがかなったのはせいぜい3,4回程度。
それほど稀な、それは出現だった。
なぜ?
「キミが、かの有名な"首切り公"ベト=ステムビアかい?」
騎士皇子は馬上から、鬼に語りかけた。
しかし付けられた厳めしくも豪奢なそのヘルムの為、そのお顔も表情も窺い知ることは出来なかった。
しかしその特徴的すぎる紅の全身鎧の為、エミルダはその名を知ることが出来た。
鬼が視線を下げたので、それに倣う。
地面の上には六つの矢が途中でへし折れた形で、そこに墜ちていた。
鬼が再度、その顔を上げる。
「……騎士さまがオレの悪名をご存じだとは、恐縮至極、ですねぇ。それで? そんな貴方様は、いったいどこのどいつ様で?」
「ちょっあんた!?」
その慇懃無礼に、エミルダは慌ててその口を塞ぐ。
それに鬼は面食らい、慌ててその手を振り解き、
「っ、く……お、オバさじゃなかったエミルダお前、いきなりなにして――!?」
「これは失礼」
そのやり取りに、騎士皇子はそのヘルムを、脱いだ。
サラリと流れる、日の光を反射する白金の長髪。
息を呑むほどの、高貴さ溢れる美貌。
それに鬼は、眉をひそめていた。
「おまえ……?」
頭を振り髪を整え、騎士皇子は自身の名を仰せなさる。
「自己紹介が遅れた。ボクの名は、ヴィルフォローゼ=ステア=ネビ=トール=アイゼン=ギタラノーレ=オル=ローザガルド」
鬼が目を、瞬く。
「ローザ、ガルド……だと?」
にこり、と爽やかに騎士皇子はほほ笑んだ。
「この国の、第四位王位継承者さ」
ベトはその自己紹介に、心に暗い影が差すのを感じていた。
――王位、継承者?
皇子様ということか?
それも、第四位だと?
充分に王位を、狙えるほどの立場じゃねぇか?
大物過ぎる。
ベトは信じられないという想いと、そして先刻王と対峙した時と同じ考えを向けざるを得なかった。
すなわち自身がここまで落ちぶれ、みなが飢えと病と戦いの混沌の中で生きねばならなくなった、その責任を――
「…………」
改めてベトは、皇子――ヴィルフォローゼ=ステア=ネビ=トール=アイゼン=ギタラノーレ=オル=ローザガルド――ヴィルの身なりを、確認していた。
赤い、鎧だった。
まず、それが目につく。
しかもソレは自身が乗る馬にまで装着されており、その頭の先には角までつけられていた。
重騎兵。
初めて見た。
ここまで徹底すれば、防御力は圧倒的なものとなるだろう。
事実先ほどの矢は直径二メートル近くにも及ぶだろう盾に、紙屑のように弾き飛ばされていた。
その身長もまたおそらくは2メートル近くに及ぶだろう総じてその圧力も、凄まじい。
しかもそのすべてが赤いというのもまた、スゴイ。
ド派手だ、皇族というものは得てしてこういうものなのか?
それにしたってこれではあまりに目立ってしまい、戦場では狙われ、しかし実際出撃などはあるかというと――
「……あぁ、めんどくせぇ」
頭をかき、思考を停止。
こういうのは自分の性分ではないと考え直し、騎馬の向こうを確認。
矢を放った兵士たちは驚き、戸惑っていた。
突然の皇子の登場、そりゃあ当然だ。
さて。
ならばオレは、どう行動したら正解だ?
「……それで、」
「ここはボクが、引き受けよう」
寝耳に水だった。
「――――は? いまおま……じゃねぇ皇子様は、なんとおっしゃいましたか?」
「ここはボクが引き受けよう。ベト、キミは彼女を連れて、外に逃げてくれ。後に城外にて、落ち合おうじゃないか」
空耳では、なかった。
それに当然兵から、
「な!? ヴィ、ヴィルフォローゼ皇子、一体なにを……?」
「いけ!」
是非も無い。
「ッ……よくわかんねーが、恩に着る!」
「は? ヴィ、ヴィルフォローゼ皇子――って、うわっ!?」
それこそ考えも纏まらないうちに、ベトはエミルダを担ぎあげ、駈け出していた。
その方向に再度兵士は弓を構えようと――
「っ、ヴィルフォローゼ皇子!?」
「ここは、させないよ?」
騎馬を前に進め、その身体で視界を塞いだ。
兵士は歯噛みし、弓を下ろす。
皇子に弓を、向ける訳にはいかない。
その代わりのように、指示役をしていた先頭の兵士が、叫ぶ。
「なぜっ? なぜです、皇子ィィイ!!」
返事の代わりのようにヴィルは口元を歪緩め、視界の端でふたりが消えていくのを確認していた。
考えるだけ無駄だったから、ベトは思考を放棄していた。
だいたいがそんなに余裕があるわけじゃない。
先ほどの兵士以外にもどころか本隊は全然別だし、エミルダが完全な盾になるわけでもないと証明されてしまった格好だ。
大体が余裕かますなんて柄でもない真似をしてしまったのが、失策だった。
ひとを、殺すのだ。
そんな真似、大体が地獄にでも堕とされかねない行為だってのに。
「……つっても、オレは絶対地獄逝きだろうがね」
一人ゴチて、そしてベトは独り笑った。
肩の上のエミルダは、意外にも文句ひとつ言わなかった。
図りかねる胸中は不気味だったが、今は都合いいと割り切ることにする。
駆ける。
中年女性ひとり背負ってなお、ベトは健脚だった。
辺りでは矢やら弩やら槍やらが降りしきっている。
本日のお天気は晴れのち矢やら弩やら槍といった具合だ。
その隙間を縫い、ベトは疾った。
アレが、気がかりだった。
「つってもこの状況下、正直見に行く余裕は……」
思っていた矢先、兵の塊のひとつに目を付けられる。
「あ! あれはまさか、死刑囚エミルダ……おい、お前ら!」
「おう!」
殺到する兵士たち、その数6、7──8。
決して相手取れない数ではなかったが、しかしヤケクソになって一斉掃射されるのは軽くトラウマになっている。
「ッ……くそっ!」
舌うちひとつ、ベトは直角に進行方向を変えた。
それに兵士たちは血相を変えて追いすがるが、ベトは突き放した。
くそっ。
心の中でも悪態をつき、ベトは周囲を見回す。
だいたい、ここどこだよ?
城ってやつはだいたいが広過ぎて訳わかんねぇ。
以前籠城戦やらかした時はもっぱらスバルの指示に従って、レックスに道案内は任せきりだったから――
「――そこ、左よ」
肩が、口をきいた。
「……なんだオバ──じゃねぇエミルダ、そっち出口?」
「わざとかいそりゃあ、忌々しい……むしろ袋小路にでも向かってる、って言ったら?」
「そりゃあ気づいて引き返そうとする頃には殺到するだろう本隊、ついでにまさかの駆り出されてたりするかもしれない聖王騎士団に挟まりなんてして、きれいなサンドイッチの出来上がりだったりな」
こういう時はありえない最悪の状況もユーモアの1つと化す。
緊張で動きが硬くなることほど恐ろしいものはない。
「緊張感ない鬼だね、本当にまったく」
「……鬼ってなんだ?」
「なんでもないよ、ほらほらさっさとしな」
激しく上下しているだろうに、エミルダは饒舌だ。
そしてベトもまた、愉しげに舌を転がす。
「へいへい。でもまた、こりゃどういう気の吹き回しだ?」
「なんだいそりゃ? まるでアタシが死にたがってるみたいに――」
「違うかい?」
しばしの、沈黙。
ベトは催促したりせず、ただ足を動かした。
その間にも降りしきる矢の数々をうまいこと躱しながら。
だいたい、十秒ぐらい経っただろうか。
「……なんでだい?」
「ンだなぁ……まぁ。アレに、似てたから」
ごつん、と後頭部に衝撃。
多分エミルダが頭突き、っていうか、ずっこけたか?
「たたた……」
「大丈夫か? ってやられたオレが聞くのも変な話だけどな、アハハ」
「たた……ったく、何言ってんだかね……あんな綺麗な娘と一緒になんて――」
「外見じゃねぇぞ?」
「……わかってるわよ。ていうかあんた、デリカシーの無い男だね」
「へいへい、そりゃ失礼しましたね」
沈黙、
「……アレ=クロアがあんたを選んだ理由が、わかった気がするよ」
「そうかい?」
沈黙。
それに対しての返答はないと判断し、
「それで? なんで心変わりしたんだ?」
「──死にたがってた理由は、聞かないんだね?」
「興味ねぇ」
そこでベトは一拍置き、
「……ていうかンな時代、生きたがってるやつの方が気が知れねぇ」
エミルダはその言葉を噛み締めるように間を置き、
「……アレ=クロアの、いや……あのお嬢ちゃんの為に、って言ったね、あんた?」
「ああ」
「じゃあ"今は"、死ねないさね。嬢ちゃんの為にも、あんたの為にも」
「――どういう意味だ?」
初めて動揺を見せたベトにエミルダは目を丸くして、
「あら、わかんないかい? 意外だねぇ、なんでもわかってるような口きいといて」
「へいへい、そりゃ失礼しましたよ。ンで? そいつはオレみたいなクソ傭兵にも、御教授いただけるような内容でありますのかねえそいつァ?」
一拍の間、
「単純な、話さ。わざわざあたしみたいなのを、助けようとしてくれる、気持ちを。そしてそんな与太話に付き合ってくれた、あんたの気持ちを。そいつだけは、無碍にはできないって……あぁもうあんたはなに恥ずかしいこと言わせてんだいっ!」
ぼそっと、
「……いい歳こいて」
ごつん、と今度はぐーがきた。
もちろん大して痛くはないが、
「……おいおい、なにすんだよ」
「ホンッとにデリカシーのない男だね」
「へへ」




