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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
救済 -rescue-
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Ⅳ/隻腕の餓狼

 同時刻。


 アレは窮地に、立たされていた。


「あ、あはは、はは……み、皆さん、その、落ち着いて……へ、平和的に、か、解決、しません、か……?」


 バッこんバッこん大砲ぶっ放す心臓を必死に制して、アレは繰り返した。


 怖い、辛い、心臓痛い、手足痺れる、変な汗かいてる、すごい怖い、今すぐ逃げたい、でも足動かない、どうにもこうにもならない、でも声だけは出し続けなければ。


 その真上で、ギィンッ、と激しい剣戟がまたも打ち鳴らされた。

 火花が散り、それが顔に降り注ぎそうな勢い。


 すっごく怖い、涙出そうだった、ベトぉ、ベトー。


 そしてアレの同じく真上で、男たちが激しく――怒鳴りあう。


「き、き、き……貴様っ! 何度も言っておるだろうが魔女に手を出すなとォ! 魔女は生け捕りにせよ、奇怪な魔術を使うが故刺激するな、魔女裁判ののち公式に火炙りにするとォ!!」


「う、う、う……うるせぇ! 魔女が、アレ=クロアが出たんだ! それが俺たちを、笑いやがったんだ! 許せるか、逃がすか、ここで、ここで、ここで……殺しておかないとっ!」


「この……馬鹿がっ!」


「この……臆病ものがァ!!」


 ギィン、ギィン、と繰り返し剣戟が続く。

 それをアレは手を胸につけ、ハラハラと見つめる。


 そして何度も何度も制止の言葉を投げかけるが、まるで透明人間にでもなったよう決して届くことはない。

 悲しくなってきた、自分はあまりに無力だ。


 そうこうしている間に取り巻きも30人、40人と増えていった。

 それは周囲を完全に取り囲んでしまい、もはや向こう側は完全に見えない。


 これでは半ば捕えられたも、同然だった。

 また捕まって、処女検査、魔女裁判を受けさせられてしまうのだろうか?


 この状況に、アレは最初の頃を思い返していた。

 監獄のような部屋で、窓から外だけを見て、決して干渉されず、出来ず、それは唐突に乱暴に打ち破られ、祖母は殺され、自分も拘束され、硬く鋭く冷たい金属を、胸に、埋め込まれた。


 理不尽な現実に対抗するすべを、自分は持っていない。

 力もない。


 ベトに剣を渡されたが、それは振る時だけと部屋に置いてきてしまった。

 いずれにせよ物乞いを装う為に持っては来れなかったし、自分が剣一本振ったところでタカが知れている。


「――――」


 アレは呼びかけを諦め、その場に両膝をついた。

 そして懐から、祖母のロザリオを取り出し両手で握り、瞳を閉じる。


 祈った。


 元より自分にできることなど、この程度しかない。

 祈る。


 世界が変わるように、救える命が救えるように、救えない命が、救えるようにと。

 この命を、危険にさらしてでも――


「なぁ、おい?」


 異変は最前列から二番目の右から三番目の位置でその様子を見つめていた、一兵士のつぶやきから始まった。

 声をかけられた兵士が、


「あ、ああ、なんだよ?」


「ホントにあんな子が、魔女なのか?」


 素朴な問いかけに、その兵士は答えられなかった。


 そう聞いていた。

 手配書も見た。


 王の件も合わせ、不吉をもたらす世界を覆う闇のような捉えどころのない不気味な存在を想像していた。

 それこそ人智を、越えているような。


 しかしその実態は――


「あれって、たぶんまだ十五にも満たない子供なんじゃ……それにあの目、見たか? 信じられないくらい、純真な目をしてたぜ?」


 どれもこれも、納得の出来る意見だった。

 魔女という烙印が、納得しづらいほどに。


 それはその兵士一人だけの特別なものではなかったようで、たったこれだけの会話を契機にあちこちで囁きが、始まった。


「……健気だよな。悲鳴をあげたり叫んだり逃げ出したりすることも無く、目の前で自分に危害を加えようとしてる男たちの、仲裁に入るなんて……」

「しかもめっちゃくちゃ綺麗じゃねぇか? なんか、純潔って感じ? それになんだあの、銀の髪? すげーよな、宝石みてぇ」

「お祈り(pray)か……そういやもうミサにも何年もいってねぇよ、なんかあの子、天使に見えてきた」

「オレなんか、軽く惚れちゃったよ。てかあんな子捕えて魔女裁判なんて、悪魔は俺らの方じゃねぇのか?」


 疑問は言葉にされることで形を持ち、波紋が広がるように、それは確信へと変わりつつあった。

 兵の士気は、下がりつつあった。


 命令がある為解散こそ出来ないが、それ以上の行動を完全に決めかねていた。


「いい加減目を、覚ませっ!」


「アンタの方こそ目を、覚まさねぇかァ!」


 剣戟と兵の数だけが、増え続けた。


 結果としてアレは、ベトが頼んだ敵の目を引き付ける役を、見事に果たしていた。




 身体が、軽かった。


 左腕が無くなり、一緒に憑き物でも落ちたのだろうか。

 それとも身の丈に合わない大剣を捨て、呪いから解き放たれでもしたのだろうか。


 わからない。

 ただひとつ言えることは――


 ベトの集中力はかつてないほどに、研ぎ澄まされていた。


「――――」


 ベトの戦闘スタイルは、変化していた。

 以前のような裂帛の気合いなどあげず、無表情のまま、じっと敵の様子を観察。


 そこから元の大振りから予備動作すら消え去り、視界にすら残さない神速ともいえる(はや)さで――


「――フュッ」


 僅かな呼気――相手が得物を振りかぶる僅かな隙に、二人の首をほぼ同時ともいえる刹那に斬り、離す。


「ガッ!?」

「ゴッ!?」


「――――」


 その瞬間を狙いを振り下ろされた刃を受け止――めるのではなくそのまま斜めに滑らせるように受け、流す。

 その動きそのまま、反対側の敵に突きを。


「っ!?」


 それは盾に防がれたが、同時にそれ以上の反撃を留めた。


 ベトの動きは洗練された、合理的なものに変化を遂げていた。

 それをベトは、無意識に行っていた。


 当然だった。

 戦闘中に余計なことを考えるなど、殺してくれと言っているも同然の愚行。


 だからベトは考えない。

 考えず次の敵、次の敵を殺す。


 ただ感情の灯らない、冷たい瞳で。


「ぐァ!?」

「づァ!?」


 ベトの戦闘スタイルが変化したのは、得物と心境の変化によるものだった。


 今までは攻撃に際してはその大剣の重さと破壊力を活かすよう、防御に際してはそれにより巻き起こす風圧と刀身の肉厚さを盾のように扱うため、力任せに振り回してきた。


 そのスタイルを選んだのは、いつ死んだって構わないという投げやりさから来ているものでもあった。


 だから隙を作る。

 返す刀で刺されようとも、この世そのものに鬱憤を叩きつけるようなスタイルで。


 それが、変わった。


「ぎゃっ!」

「ばがっ!」



 片手を失い、そういう膂力に任せたスタイルを取れなくなっていた。

 しかしそれは現実問題であり、より大きいのは心境の変化のようだった。


 殺されても、いいとは思えなくなった。

 アレの為に、死ぬわけにはいかないと思うようになっていた。


 それはまだ死にたくないとか生きたいとかいう前向きな姿勢でこそなかったが、少しは人間らしいものへと変わりつつあった。


 そしてそれにより、戦闘スタイルは洗練されたものになっていた。


 隙をなくし、隙をつく、無駄を省いたものへ。

 元来猟犬に近いベトに、実に即したものへと。


 それによりベトの瞳には、敵の動きはスローモーションにさえ、映っていた。


「――――ヒュ」


 小さく呼気を吐き、ベトの剣は幾何学模様を描く。


 直線で綴られたそれで、敵兵はふたりづつ倒れた。

 それぞれの腕を落とし、首筋を斬り裂いている。


「ぶぇ!?」

「ぎぇ!?」


 一息で、二往復――つまりは四回、斬り付ける。


「へっ」


 隻腕の餓狼の、誕生だった。


 敵二人は戦闘不能、それで充分。

 即絶命といかなくても、追撃の無駄を知っていた。


 それよりも今は、大事なことがあった。


「動くなよ、オバさんっ!!」


「オバさんじゃないよ、あたしゃエミルダっていうれっきとした名前があるんだよ!」


「へっ、そりゃ悪かったな!」


 軽口を叩く余裕があるなら、それは結構。

 ベトは一瞬だけ外した視線を戻し、戦闘を続行。


 余裕が、出来ていた。


 敵の位置を、攻撃を的確に見極めることから掴んだ、間合いというもの。

 それを髪の毛一本でも外れていれば、決して届かない。


 そんな戦い方、ベトはしたことはなかった。

 所詮貴族のお上品な戦い方だと蔑んでさえいた。


 ふとベトは、人の心も変われば変わるものだと思った。

 そして、なによりこの戦いのキモは――


「あんたらに、エミルダは殺せない」

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